6-20
「やめんか、馬鹿者どもめ!」
アルファルドたちが村のエルフたちと合流したときには既に仲間割れが始まっていた。
それを止めるために大声を発して制しようとするものの、それは逆効果になる。この場に到着したばかりのアルファルドには、彼らが何故仲間割れを起こしていたのかまでわからなかったからだ。
エルフたちが互いに争っていたのは責任の擦り付け合いだ。
ハールエルフを罪人たちを利用することで量産し、それを商売として扱うために狐面族と協力する。そうして資金を蓄え、魔族である狐面族を通じて武器などを手に入れる。
若いエルフたちは武器を手にし、同胞を奴隷にしようとする人間たちへ逆に攻め掛かるつもりだった。
その計画が今、想定外の事態によってご破算になろうとしている。ましてや自分たちの住処である集落が突如やって現れた何者かによって破壊されているのだ。この責任者は間違いなく犯罪者扱いとなり、牢獄へ投じられることになるだろう。そうなればハーフエルフ量産の苗床か種馬として扱われることになる。そんなことは認めるわけにはいかなかった。
だからこそ、責任を逃れるために「誰が悪いのか」の押し付け合いだ。
普通に考えればカルネがその筆頭となるのだが、ここまでの事態となれば彼女一人では終わらない。他にも収監される人物が必要となる。ましてカルネは今この場におらず、敵が現れた場所から考えても、彼女が生きているとは思えなかった。
空気がピリピリしているところで誰かが呟く。俺はこんな計画には反対だった、と。その空気は伝播し、他にも同様のことを言い出す者が現れ、今更何を言っていやがると彼らを罵倒する者が現れる。
ただでさえ追い詰められた精神状態であったために、彼らは容易く暴力という手に出た。
そこへ到着したのがアルファルドだったが——彼の一言はあまりにもタイミングが悪かったとしか言い様がないだろう。
エルフたちの目はアルファルドに。続いてその後ろにいる、収監されているはずであるエルフたちにも、ドワーフたちにも向かう。
彼らは——わかりやすく、自分たちの敵だ。何せ犯罪者なのである。
犯罪者なら、敵であるなら——これ以上の罪が増えたところで問題はない。
自分たちが責任を取らずに済むのなら、それでいい。
「こいつらのせいじゃないか?」「そうだ! おまえらみたいな犯罪者がいなけりゃ、元からこんな計画はなかったんだ!」「ふざけんな後から出て来やがって」「ドワーフどもも連れ出してやがる。こいつら、俺たちを殺す気だ!」「ざっけんな!」
エルフたちの数はアルファルドたちより圧倒的に多い。ほぼ集落のエルフ全員が相手なのだ。また、牢屋の中という狭い空間で長く暮らしていたアルファルドたちは筋力も落ちており、武器もない。
そうでなくても人数の差というものは大きい。単に手数というだけではなく、多くの人たちから敵意をぶつけられるというのは、それだけで強烈なプレッシャー足り得るのだ。とどめとばかりに、そうした人数が全員狂気じみた怒りに満ちている。
結果、アルファルドたちはまともに抗うこともできず、村のエルフたちにリンチされることになった。
◇◆◇◆
「何が起こっているんだ?」
初めは喧噪と血の臭いからモンスターに襲われているのだと思った。けれども蓋を開けてみれば、モンスターのモの字もない。いや、ある意味ではコレもモンスターと呼べるのだろうか……とトールは混乱の極致に到ったせいかどうでもいいことを考える。
「いやいや、おかしなことを……。こんなことでは旦那さまに叱られてしまうな」
心を読むスキルなど有さないトールは、「欠落」は彼女の主人たる「叡智」と同じく、常に崇高で深淵深く何かを思考しているのだと思っている。事実としてはむしろ今の彼女のようにどうでもいいことばかり考えてしまっているのだが。
「やめ——ぶっ!」
「うっせえ! 外から厄介事ばかり持って来るくせに!」
「おまえら! こんなとこで仲間割れしても何の意味も——」
「何が仲間割れだドワーフ風情が! 汚い髭面で近寄んじゃねえ!」
ドワーフという単語にトールは反応する。見れば拳がドワーフに迫ろうとしていた。
「それは困る」
トールは素早く距離を詰め、拳を握ったエルフの腕をすとんと切り落とした。
「私たちはドワーフの護衛なのでな。ところで、これは——」
「鬱陶しいー! ぶっとべ!」
「——テッサ?」
腕を切り落とされたエルフは悲鳴を上げながらその場に転げ回る。それを無視してトールはドワーフに手を貸して起こし、何が起こっているのか訊ねようとしたのだが……闇を切り裂くように怒りに満ちたテッサの咆哮が聞こえてきた。
続いて、別のエルフたちが悲鳴を上げながら宙を吹っ飛ばされる姿が。じゃらじゃらと音を立てているのはテッサの武器である鎖だろうと判断する。
「テッサ、何が起こっているのかわかるか?」
「ああん? あたしが知るかよ。仲間割れってことだけはわかるけどよ」
「ドワーフたちは?」
「いや、俺たちにも……来たときにはもうこうで、わけわからんこと言いながら殴り掛かって来たんだ。それより、トールさんたちはどうしたんだ? 『欠落』さんは……」
いきなり現れたトールが躊躇無くエルフの腕を切り落としたこと。トールが森の側から複数人のエルフをまとめて吹き飛ばしたこと。
乱入者の暴れっぷりが功を奏したのか、先程まで荒れ狂っていたエルフたちも表面上は落ち着きを取り戻したようだった。
「私が話そう……」
「おまえは…………誰だ? つーか大丈夫かよ」
テッサが声の主の方を見るが、首を捻る。トールも記憶に引っ掛かるものがあるが、どうにもわからなかった。というのも今まで暴行を加えられていたからか、顔が膨れ上がっていたからである。目はまともに前が見えるのか怪しいところだし、一人では歩けずドワーフに肩を借りている状態だ。
「酷い怪我だな。治そう」
「礼を言う……」
トールは以前に「欠落」から言われたことを思い出す。彼女は彼と同じく「勇者」ロールであるため、その固有スキルや魔法の扱いに関してはこれ以上ない先達から教わることができたのだ。
その中で「欠落」が注意して来たのが回復魔法についてだ。話によると、「欠落」が会ってきた者たちはその意味をきちんと理解していなかったらしい。
実際、トールも話を聞いて驚いた。初めて聞く話だったからだ。
回復魔法にも属性がある。より正確にいうならば、各属性で回復魔法というのはそれぞれあるのだ。
一番有名な回復魔法というのは光属性のもので、最も回復力が高い。基本的に「司祭」や「僧侶」などの使う回復魔法は光属性で、尚且つ彼らの場合はロールによる恩恵で回復力がより強化されている。
ではそれ以外の回復魔法は何のために存在するのかという話になる。一般的には「魔法使い」などのためだといわれており、トールもそう信じてきた。
「魔法使い」や「賢者」などは様々な属性魔法を操ることができるが、多種多様な属性をすべて鍛えようとする者は少ない。スキルレベルを上げるのにあまりに時間が掛かり過ぎるためと、個々人によって各属性に適正があるからだ。適正の属性に関しては魔力の変換にロスが少ない。要するに魔力消費量が少なくなる。そうすれば一度に行使可能な魔法の回数が増え、結果としてより効率良くスキルを鍛えることができる。
こうした事情から、大抵の者たちはそれぞれに適した属性を操る傾向にある。回復魔法においても同様のことがいえるので、そのために各属性の回復魔法が存在するのではないか、というのが一般的な見解だった。
ただ、「欠落」はそれは違うという。彼の言う回復魔法とはそれぞれに応じた場合で使い分けるものということらしい。
例えば火傷だ。この場合、光属性の回復魔法では回復力が強過ぎ、火傷自体は治るものの、その痕が残ってしまうそうだ。他の属性の回復魔法の場合は傷を治すのに時間が掛かるし、結果として魔力消費量も馬鹿にならなくなる。
しかし火属性の回復魔法の場合は火傷痕が残らない形で治癒される。回復に掛かる時間は光属性に敵わないが、それでも他の属性よりは早い。
その火傷が落雷などによるものであった場合は雷属性が適している。火属性でも治るが、多少の火傷痕は残ってしまう。
つまり、傷を負った原因に近い属性の回復魔法を用いることで、より回復効率を上げられるし、傷痕も残り難くなるという話だ。
もっとも、そんな風に使い分けられるのは全属性を操れる「勇者」か、適正に関わらず多様な属性魔法を操れる「賢者」くらいのものだろう。単純な回復力では光属性を上回るものは存在しないため、回復を光属性一本で伸ばしていくのも決して間違いではない。
スキルを鍛える手間や効率を考えれば、話を聞いた後でもトールは光属性だけでいいと思うのだが、この説明をしてきたのが自分より遥か先にいる「欠落」であるため、一考の余地は十二分にあると判断していた。
そして、今。アルファルドが負った傷は殴る蹴るといった暴行によるもの。こうした傷は水属性か風属性が適しているが、回復力に劣るため光属性も合わせる。トールは水よりも風属性の方が適正も高いため、風と光の複合属性回復魔法を選ぶことにした。
「『安らぎの風』」
広範囲を回復する代わりに単体効果の低い風属性の回復魔法だが、そこに光属性が加わることで欠点をカバーする。
トールが魔法を放つと魔力が緑色の輝きを放ち、アルファルドの怪我を治した。
「うむ、もう大丈夫だ。かたじけない」
「構わない」
「ああ」
治療したトールと、ここまで肩を貸してくれたドワーフに礼を言ってアルファルドはエルフたちを見回した。
「なんという無様さか。見苦しいにも程がある」
「ああっ!?」
血の気の多い数人かが前に出て来ようとするが、テッサの鎖が彼らを即座に捕縛した。
『そーよネー。ここまで来て責任逃れしようって言うのが、頭の弱さを物語ってるワ』
「しー! しーなのです、エミリーさん!」
「メイ殿に、エミリー殿」
場から荒っぽい空気が薄まったのを見計らい、メイとエミリーが近寄ってくる。メイが眉を八の字にしているのに対し、エミリーは口調のトゲトゲしさと相反して表情はニタニタと弛んでいた。
『だって、そうじゃナイ? コイツら責任押し付け合ってるケド、なんで自分たちが無事生き残れるって勘違いしてんノ? 八刀将もそうだケドさ、ウチのマスターが許してくれるとか思ってるワケ?』
エミリーの投じた爆弾発言で場の空気が凍った。




