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地下牢の空気はひんやりとしている。たぶん魔力を吸収するついでに空気が循環しているのだろう。理屈はさっぱりわからないしそんなものがあるのかも知らないが、まあそんな感じだと直感する。俺の直感は大抵当たるから、きっと正しいはずだ。別に外れていたとしても正解を知る術がないのだから、正しいと俺が言えば正しいということになる。
ともあれ、ひんやりしているというのは良いことだ。横になっていると冷たくて気持ち良い。これは昼寝が捗りますね。ぶっ壊して散乱してる瓦礫の山のうち、丁度良い形のものを枕にチョイス、と。
「くうっ! 悲鳴がここまで響いてくるというのに、貴様は何をしている!」
「え? 知らんよそんなもん」
たしかにキャーキャー悲鳴は聞こえるし、ぎゃあぎゃあと断末魔も聞こえてくるが、ちょっと耳障りな子守唄みたいなもんだ。俺にとっては対岸の火事であり、他人の不幸は蜜の味ともいう。
そも、この声の主はエルフどものものだ。ならばもっと苦しめというのが正直な気持ち。
エルフの女は美人ばかりだから惜しい気もするが、いくら美人であっても性格ブスではちょっと遠慮願いたい。死に顔に性格が出ると小耳に挟んだことがあるけど本当だろうか。帰る時に調べてみようかな。
「それでも『勇者』なのか!」
「だーかーらー。手前らの問題を他人に押し付けんなよ。『勇者』だったら人を救えとかアホか。言い換えれば奴隷みたいなもんじゃねえか」
ロールが「勇者」ならば人を助けなければならない? だとすれば、「盗賊」は人から盗まなければならないのか? ただロールが「盗賊」だというだけで犯罪者か?
そんなふざけた話があってたまるものか。
「そもそもアレだ。人間を下等種族つってるんだから、上等種族のエルフ様々がどうして下等種族に頼ろうとしてるんですかねえ」
起き上がり、告げる。知らず知らずのうちに声音は低くなっていた。反響する自身の声を聞いてようやく気付く辺り、感情のコントロールがうまく働いてないのかもしれない。
これも悪魔から感情を取り返している影響なのだろう。以前は手持ちの感情の種類自体が少なかったから、理性で押しとどめることができた。しかし今では感情の種類が多くなっていて、それだけ理性の強度も必要となる。まるで複数の支流が合わさって、川を流れる水量が増えたかのようだ。
以前と比べて怒りっぽくなったと思っていたが、なるほど、そういうのが原因なのだろうとようやく理解する。つまり、本来の俺はとても穏やかな性格をしているが、今は感情の激流に理性が対処し切れていないのだ。うなずける話である。
今は欠落してるからアレだが、きちんとした心とか、制御できるわけない。
そういう意味では、エルフたちに多少の同情は……ねえな。同情とかまだ取り返してねえや。
エルフどもが苦しんで、心の底から清々しいです!
「本当は怖いだけなんだろ!」
「ぶはいはいそうね。こわやこわや。なんで俺はちょっと寝させてもらうね。けどテメエは黙ってろ」
舐めた口を利いてきたのは、俺の入っている牢屋からは顔を見れない位置にいるエルフだろう。
ミスリル製の格子を無理矢理破壊し、丸め、団子状にする。それから角度を調節し、そいつのいる牢屋へ突入するようにして投げた。牢獄の壁や天井、他の牢屋の格子などなどにぶつかって凄まじい音を立てながらミスリル団子が狙い通りに飛んで行った。結果は悲鳴でわかる。
「あぶ、あぶ、あぶな……」
「チッ。当たらなかったか……」
さすがに当てるのは無理だったか。見えない位置にいるやつを声の反響だけを頼りに狙うというのがそもそも難しい話なのだ。ゆえに俺の投擲技術が低いわけではない。一応狙いの牢屋には入ったのだから、むしろ高いといえるだろう。これだけ跳弾させてるわけだし。うん、俺すごい。もっと崇めろ。
「…………」
「………………」
「……ん?」
隣のドワーフたちも、目視できるエルフたちも、全員が目を丸くしてこっちを凝視していた。ドワーフたちに関しては気配を察しているだけだが。
「……ほ、本当に、あの八刀将を倒したのか?」
「はあ? そう言ってるだろ」
現在クーデターを起こしたエルフ代表の小娘カルネの父親らしい人物がごくりと唾を飲んで訊ねてくる。
それにしても、信じてなかったんかい。まさかここまで話が拗れた理由のひとつにそれがあるとかないよな。だとしたら我ながらへこむぞ。
「牢屋を破壊した時点で信じとけよ」
「い、いや……なんらかのスキルを使っていたから……」
ああ、そういえば〈山崩し〉だったか。けどアレは自分の打撃攻撃を複数同時展開させるというスキルだからな。決して威力が底上げされるわけではない。
拳による点の一撃を面の一撃に変えられるのは非常に大きなメリットではあるが、俺は基本的に今回のような使い方をする。たぶん「格闘家」とかのロールのやつが俺の使い方を見たら怒る。けど俺は「勇者」なんだから知ったこっちゃねえ。
そこまで考え、ああそうかと納得する。
ついさっき、俺は自分の筋力だけで格子を引き千切り、粘土のように丸め、普通の石ころのようにぶん投げた。その一連の流れを見ることで、俺がどれだけ高レベルなのか察したのだろう。
それに、この場にいるエルフたちが〈山崩し〉について詳しいと勝手に思い込んだ俺の落ち度でもあるのか。威力が上がらないので俺の力を見せつけた……と俺は思っていたが、連中からすればスキルの恩恵で壊したと考えていたのだろう。
だからこそ、こうしてスキルもなしにミスリルを手で加工できるほどの怪力を見せつけられるまで、俺の言うことを信じようとしなかったのだ。
遅い。実に遅い。理解するのが遅過ぎる。
俺くらいになると一目しただけで溢れんばかりの高レベルオーラが出ているはずなのだから、もっと早く察しろという話だ。あるいはエルフはプライドが無駄に高いから目が曇っていたのだろう。そんな役立たずの眼球くり抜いちまえ。
とはいえ、ようやくこれでお膳立てができたということだろうか?
気が付けば口角が吊り上がっていた。どくん、どくんと心臓の高鳴る鼓動が聞こえてくる。その律動に身を任せてしまいたい衝動がわき起こるが、さすがにそこは自重する。
「はん。それで、どうするんだ?」
「話を聞く必要なんてないだろう! 人間を信用なんか――」
「黙れ! 今は私が話す!」
またどこかの牢屋の方から俺をディスってくる声が響いてくるが、それを変態のおっさんは一喝して黙らせた。おっさんとはいえ腐ってもエルフ。見た目は若いのだが、まあ精神的な話だ。容姿も整っているが、そういった野郎が渋面ぶら下げて俺へへりくだろうとしているのは見ていて胸がスッとする。そりゃあ口角も吊り上がろうというもの。
ただ……それほど時間に余裕があるわけではない。
鉄の心と表情筋で一切表に出さないようにしていたつもりだが、内心では少しずつ焦りが生まれてきていた。
敵は「剣舞の魔王」が配下である八刀将アキツ。あの速度に対抗できる戦力は、現在この集落で俺一人しか存在せまい。トールは防戦に限ればなんとかなるかもしれないが、それでは勝てない。メイの魔法で速度を落とすことは可能だが、実のところそれは悪手だ。
というのも、それはアキツが並外れた敏捷力を持っているからということ。ならばそれを封じればいいじゃないかと思えるかもしれないが、それはヤツに対抗できる力があればの話。
八刀将とまで謳われる人物が速度頼りなわけがない。他にも第二、第三の武器があると考えておいた方がいい。普段ヤツがそれを使わないのは、桁外れの速度によって奥の手を切る必要がまるでないからという単純な理由。
裏を返せば、ヤツの武器をあの速度だけに限定できた状況なのだ。こちらがヤツに対応できないならば、無駄に手の内を晒す必要などないのだから。
だいたい、アキツの速度を多少落としたところで、それでも過剰なほど速いはず。メイのスキルで速度を落とせるとはいえ、力量では向こうが上なのだ。大した恩恵もあるまい。
そこで奥の手まで切られてしまえば、トールたちでは対応できない可能性が高い。
俺が連れているということもあって、「叡智の魔王」配下であるトールが弱いわけではないし、メイやエミリーたちもレベルは上げている。それでも、アキツは彼女たちを上回るほどには強いのだ。なにせ、初見での戦いで俺が攻めあぐむくらいなのだから。
瞬きの瞬間、暗くなった視界の裏では殺された仲間たちの姿を幻視する。細波程度ではあれど、これまで凪のようだった心が反応してしまっていた。そういった感情があることに少し喜びはするが、内心では面倒だとも思う。
心がなければ迷わない――どんな犠牲が出ようと、冷徹さを保ったまま戦える。
心がなければ臆さない――どんな攻撃だろうと、速やかに判断を下せる。
心がなければ揺るがない――どんな相手でも躊躇なく、老若男女の命を刈り取れる。
思うに、悪魔との契約を解消していけばいくほどにレベルが下がるが……それ以上に俺を弱くしているのは取り戻した感情によるのではないだろうか。そう考えれば契約を解消するのはうまくないのかもしれない。
でも――それこそが人間で、生き物だ。
心がないというなら、それは兵器でしかない。ただ敵を屠るだけの魔剣妖刀の類。血に酔うこともない分、まだその類の方が人間らしいとすらいえるだろう。
俺は感情を取り戻すと決めたのだ。ただそれなのに今こうして迷っているのは、やはり感情を取り戻したから。
皮肉なことだと自嘲しつつ、意識を切り換えておっさんへ視線を向ける。
「どうするんだ? このままだと、エルフたちは皆殺しに遭うんじゃないか?」
「く……」
「騙されるな! まだ、本当に襲って来たかどうか決まったわけでもな――」
今度の発言はおっさんに止められたわけでもなく、別の理由によるもの。
というか、轟音と共に天井が崩落してきた。俺の怒りの余波で天井が崩れたわけではない。ぶっちゃけていえばエルフどもとか見下しているので、そこまで怒ってもいない。
「うおおおおおおっ!?」
さすがに俺も慌ててその場を飛び退いた。
気が抜けている現在、岩に圧し潰されたら真面目に死ぬ!
「ぎゃあああああああああっ!」「いてえ!」「逃げろ! おいどけ!」「こんなぎゅうぎゅう詰めで動けるか!」「ワシの酒があああああああっっ!!」
エルフたちの方からも悲鳴は上がっている。ただ、それ以上にドワーフたちからの悲鳴の方が大きくてさっぱり聞こえない。背は小さいのに声はでかいおっさんどもだな。エミリーも小さい割に声がキンキン高いし、そういうものなのかもしれない。
土煙が充満して煙くて仕方ないので魔法を使おうと思い、すぐに手を止める。天井は崩落したかもしれないが、まだこの牢獄の魔力吸収効果が働いているかもしれないからだ。ほんの僅かではあるが、この後にアキツとの戦いが待っている。それなのに無駄に魔力を消費するのもアホらしい。
「おーい、死んでないか? 生きてたら返事しろ。死んでるなら死んでるで返事しろ」
「できるか!」
お、生きてるな。俺の周りに降ってきた岩を見た感じ結構でかいんだけど、ドワーフたちは頑丈だな。それとも、もっと小さな岩だったのだろうか。
「……ま、結果オーライか。今の衝撃で牢屋も壊れたみたいだし」
「そのようだな」
時間と共に土煙が晴れていく。向こうの牢屋からおっさんが出てきていた。彼の視線の先へ目をやると、他のエルフたちも出て来ているようだ。そうでないやつらはたぶん岩に潰されて死んだのだろう。まあどうしようもない。興味ないし、どうでもいいな。なかなか可哀想な末期だなとは思うが、やはり普段の行いが悪かったんだと思うよ。だから俺は当然のように無傷。
「それよりドワーフは……うへえ、気持ち悪」
「なんじゃと!?」
その牢屋は隙間なくドワーフたちがみっちり詰め込まれていた。どうも、ただでさえ狭い状態でさっきの崩落だ。押し合いへし合いして合体してしまっている。ふと昔どこかの村で見たことある積み木の玩具を彷彿とさせた。ある意味芸術品でもあるだろう。ハイセンス過ぎて俺には理解できないが、これはこれで喜ぶ者もいるんじゃなかろうか。
「ちくしょう。この光景を見せ物にできたら金には困らないっていうのに」
「ろくでもないこと言っとらんと助けんか!」
いや、冗談に決まってるだろ。そんな本気で怒鳴らんでもよろしいのに。
ドワーフたちの牢屋の鉄格子で邪魔なものを腕で薙ぎ払っていく。その光景や音で周囲の連中の顔が青ざめていくが、気にしない。むしろ助けろと要請してきたドワーフ連中が俺の差し出した手にビビる始末。
人外領域のレベルまで足を踏み込んでいる自覚はあるけど、そういう反応をされるのもなんだかなあ。助ける意欲が薄れる。依頼者だから感情はどうあれ救出するにはするけれども。
「さて、面白くなってきた。俺を信用するしないの話はもういらないな。敵はいる。そいつをおまえらが見て、俺に頼むかどうか。それがすべてだ」
これまでは俺一人だけが牢屋から自由に出られる状況だった。だからああいう交渉があったわけだが、今ではエルフどもも自由に動ける。ならばこそ、本当の脅威を前にしたなら判断も早くなるだろう。
もちろん、俺が受けるにはそれなりに納得するだけの報酬を整えてもらう。いや、考えようによってはその必要もないのか……?
「ん? ああ、そうか」
閃いた。もっと手っ取り早い方法があったじゃないか。ただ、さっきまでは連中を牢屋から出すかどうかなどの問題もあったため、取れなかった手段だ。けど今なら話は別。完全にエルフの集落全体で非常事態なのだから。
「アキツを殺して、それから事後承諾で報酬を受け取ればいいわけだ。もし出さないというなら、そこはアキツの代わりに俺がおまえらを皆殺しにすればいいわけで」
一人言に近い発言で、またも周りの空気が変わった。聞かせるつもりで放ったから、実際は一人言というわけでもないのだが、そこはどうでもいいか。
さっきの牢屋の鉄格子を丸めたときと同じだ。俺には有言実行するだけの力があるということを連中に見せつけてやればいい。それはここにいる者たちだけでなく、地上で今もまだ生きている連中も含めた話。カルネとやらには目を無理矢理開かせてでも見ていてもらわないと困るな。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「うっさい。俺に歯向かうな。文句言うな。頭が高い」
話が暴力によってすべて解決するというなら簡単だ。俺が立ち去った後のエルフの集落がどうなるかなど、関係ない。見敵必殺。シンプルイズベストの解決策。
さっきまで色々と頭をこねくり回して考えていたけれど、いや、事態がこうなってしまうと、我ながら苦笑を漏らしてしまうな。
そういう「英雄の勇者」としての活動では救えない人がいるとわかっていて、「欠落の勇者」としての道を選んだのではなかったのか。
自分で自分の足下を覚束なくさせていた。どんな存在でもどんな状況でも、人生は落とし穴の連続だって師匠たちから教わっていたのに。
「みんな殺す。すべて殺す。俺の前に立ちはだかるなら魔王だって殺す」
決めてしまえば心は楽になる。沸き上がる衝動のままに魔力を纏い、即席の鎧代わりとする。
「なっっ!?」
「なんて馬鹿げた魔力量だ!」
たとえ魔法に長けたエルフといえど、レベルの足りない彼らでは俺ほどの魔力量を持たない。下等種族たる人間とはいえ、レベルが上がればエルフの魔力を凌駕できる。レベルを上げればドラゴンだって物理で殴り殺せるのだ。
今の俺はただ全身に纏っている魔力量だけで、エルフ一人の全魔力を注ぎ込んでいるくらいはあるだろう。
ただ、少し、我ながらおかしいなとも思う。これほどの魔力を発したつもりはなかったのだけれど。魔力制御が甘いというのは問題だぞ。
「…………ん?」
自分自身のステータスを調べてみると、どうも様子がおかしい。魔力のステータスの色が変色している。
理由としてはやはり魔王の種子が芽生えたことだろうか。デメリットもあるように思うが、まあ利用できる分には利用するか。俺の種子はたぶん「強欲」のだろうし。所詮は一度倒した相手の力だ。
ならば、俺が吞み込まれることなどあるまい。というか、意地でも吞み込まれない。あのクソ野郎が手懐けていた力を俺が支配できないわけがないだろうが。むしろ俺が吞み込むし。意地でも。
「まずは道を切り開かないとだな」
言って、右腕を前に突き出す。
崩落によって地上への道は塞がれてしまっていた。そこには巻き込まれたエルフがいるかもしれないが、そこは運が悪かったと思って諦めてもらおう。
「『夕闇を晴らす氷閃』」
光と氷の複合属性魔法を放つ。貫通性質を高めたことにより、瓦礫は瞬く間に姿を消した。そのまま地上への道を作り出し、破壊の衝撃による二次崩落を氷が防ぐ。
単純に戦闘に使うなら「白夜の閃光」の方が便利だが、アレは上位魔法なのでちょっと強過ぎる。今回は威力を落とし、中位魔法に留めておいた。
「行くぞドワーフども。あと来たけりゃエルフども。サクッと面倒は処理して酒飲むぞ」
「酒!?」「そうか、酒じゃな!」「おおよ! エルフどももさっさと任せとけば良かったんじゃ!」「そうじゃそうじゃ! 酒が呑める呑めるぞ! 酒が呑めるぞ!」
現金なものだと笑みを零し、足を運ぶ。
振り返りはしない。着いて来ているかなどどうでもいい。
ただ胸の内から沸き上がる衝動をぶつけることができるというだけで十分だ。
牢屋の中でウダウダと侃々諤々の話し合いをしていたせいでストレスはこれ以上なく溜まっている。アキツには犠牲になってもらおう。
今度は色の違う笑みを薄く浮かべ、俺は足をさらに強く踏み出した。




