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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と幼奴隷
9/129

1-8

 トールは眼前の男を強く睨む。

 飄々とした態度でいながら、その構えに乱れはない。

 大したものだ、と本心から思う。隻腕というだけで重心はかなり崩れるのだ。腕が切り落とされればまともに歩けないほどに。

 ましてや彼は隻眼。距離感すらまともでないだろう。戦闘という一瞬の攻防が生死を分ける特殊な環境において、距離感が掴めないのは凄まじいハンデなのだ。


 だが、どういうことか。男はトールの剣戟を雑作もなげに受け流す。

 こちらが大剣ということを考慮してか、まともに力で打ち合おうとはしない。攻撃を受け流すように素早く片手剣を操っていた。それはさながら水面に浮いた花弁が岩を避けて流れていくかのようでもあった。

 なんという流麗な動きだ、とトールは驚嘆する。そして惜しみない賞讃を言葉にこそしないが、彼に送った。


 トールは魔族である。魔族ということはつまり、人間とは比較にならないステータスの高さを誇るのだ。ましてやトールは「勇者」である。目の前の彼も「勇者」らしいが、人間の「勇者」と魔族の「勇者」とではレベルアップによるステータス上昇量が違う。

 つまり、目の前にいる「欠落の勇者」はトールよりも遥か高みにいるということだ。一体どれだけのレベルなのか、想像もつかない。

 もちろん、トールとて本気で戦っているわけではない。しかし、だからといって、こうも容易く対処されるほど手加減しているわけでもないのだ。


「気が抜けたか?」


 男が剣戟の最中にそう発した。

 直後、凄まじい悪寒に思わずその場を飛び退く。


「おりょ。避けやがった。やるな」


 避けた? とんでもない!

 彼の忠告がなければ咄嗟に飛び退くこともできなかった。でなければ胴体が胸の辺りで両断されていたに違いない。実際、鎧の胸面部分には真一文字に切られた跡がある。

 この鎧は「叡智の魔王」から側近として選ばれた際に下賜された品だ。マントもそうだし、この大剣もそう。

 だから、それを傷付けた男に対して強い敵意を抱く。

 そして、それと同じだけの賞讃と敬意を。

 肌が粟立つ。全身が目の前の男は危険だと叫ぶ。本能の警鐘など剣を持って相対した瞬間から鳴り響いて止まない。

 距離を取って息を弾ませつつ、どう攻めるべきか悩む。どう攻め込んでもあっさりと対処され、反撃される未来しか想像できず、動けない。


「……そろそろかな」


 男が呟く。

 その内容を理解し、ホッとする。

 けれども、それではいけないと自身を激励する。


「いえ……あともう少し、稽古を付けてくれませんか?」

「稽古? まあ、いいけどよ。こっちも、多少とはいえ骨のある相手に会えて、楽しくないわけじゃない」


 男は薄く笑みを浮かべる。蛇のような目付きもあいまって、人間ではなく魔族なのではないかと思えるほどだ。


「少しばかりギアを上げるぞ?」

「望むところです」


 片手剣を持ち上げて肩に担ぎ、剣の峰でとんとんと肩を叩いたかと思うと、男は一瞬にして前傾姿勢を取って駆け出した。


(速い……っ!)


 それはさながら疾風の如く。

 男から見て左から右へ振り上げながら弧を描く一閃。トールは大剣を縦に、片手剣を粉砕する勢いで振り下ろした。


「っっ!?」

「残念だったな」


 大剣と片手剣の刃が噛み合った瞬間、男は手首を返した。そして右足を強く蹴り出し、トールの右側へ瞬時に体をずらす。


「くっ!」

「間に合わねえよ」


 宣言通り、男の右足の蹴りの方が早かった。大剣の腹を蹴られ、その衝撃で自身もよろめく。


(なんという衝撃だ!)


 自分がドラゴンを押したときと同じか? いや、それより強い!

 戦慄しつつも、蹴られた衝撃と同じ方向にサイドステップして衝撃を流す。

 されど、男はやはり予想を超えていた。

 トールのその行動も読んでいたのか、さらに距離を詰めてくる。


「くっ……」


 なんというやりづらさだ。

 こちらが攻撃に移ればすべて受け流されるのに、防御に回ればすべて悪手を強制的に掴まされる。もはやそういうスキルを行使しているのではないかと疑うほどに、こちらの行動が読まれている。


「いーち、にーぃ、さーん」


 男は余裕めいた笑みを浮かべ、口に出しながら突きを繰り出す。渾身の突きではなく連射速度を重視した突きでありながら、その速度は渾身のそれに近い。威力も当然それだけある。体重もそれほどあるわけではないのに、どうしてこれほどまでの威力で放てるのか想像もつかない。強いていえば、それだけレベルが離れているということだが……。


(そんなことがあるわけがない!)


 トールは「叡智の魔王」の側近として選ばれるほどに研鑽を積んできた。それは側近として選ばれてからもそうだ。かの魔王の側近に相応しくあるように努力してきたのだ。

 だというのに、眼前の男は軽くその領域に到達し、さらに上の景色を知っているかのよう。


 だとすれば。それは、どれほどの頂なのか。

 もしや魔王と同じく、世界で最長の頂に立つだけの能力を持っているのではないか。


(ありえない! 『英雄の勇者』でもないのに、こんな力を持つ人間など……!)


 もしも彼が「英雄の勇者」だというなら頷ける。これだけの力を持つのなら、奇跡的な確率の末に「強欲の魔王」を倒したといわれても納得できる。


「迷いのある剣だ」

「っ!!」


 心を見透かされたような一言に、思わず動揺する。

 この男がその隙を逃してくれるはずもない。


 だからこそ、トールは「稽古」と言ったのだ。

 「欠落」の攻撃は苛烈だが、容赦がないわけではない。徹底的に弱い部分をこれでもかというほど貫いてくるいやらしい攻撃だ。

 それは水に浮かぶ油のようにくっきりと自身の未熟な点を浮かばせる。


(なるほど! そういう意味でも『欠落の勇者』ということか!)


 今は片腕と片目を失っているが、これで五体満足だったならどれだけの実力だったのだろうと考えると怖気が走る。それは問答無用で魔王の領域だ。

 しかし、トールは「欠落の勇者」という名を聞いた覚えがない。これだけの実力を持っているならば、もっと有名になっておかしくないというのに。

 ただ、それについては想像がついた。きっと、かつて彼は強大な勇者だったのだ。その頃はもっと有名だったのだろう。だが、何らかの事情か戦いがあって、片腕と片目を失った。以降はこのように後進の育成に励んでいるのだ。でなければ、このように相手の未熟な点を突くような戦いはできるはずもない。よしんば可能だったとしても、トールを相手にしてそれが可能なはずもない。


(なんという素晴らしい精神の持ち主か! これは魔王様に報告せねばなるまいな……)


 実際、トールはもはや本気といってよいほどの力で戦っている。されども「欠落」は意にも介さぬほどの力量でこちらに対処してくる。

 初めから全力で戦っていればこうなっていない確信がトールにはあった。全力を出していながらこうなっているのは、男が戦闘の流れを握っているからと、徹底的にトールの未熟な点を突いているからだ。


(わかる……わかるぞ! この御仁と戦っているだけで私が強くなっているのが!)


 トールの自覚の通り、彼の剣技は一合の度に上達していた。

 しかし、それでも、「欠落」には届かない。常に一手上を行かれる。それは不快な羽虫を捉えようと手を伸ばしてみても、するりと抜けて逃げられる様に似ていた。

 不快感はある。けれど、それ以上の充実感をトールは覚えていた。


 首を狙った縦、横、斜めの斬閃。必死で防いだかと思えば、今度は脚払いが飛燕の速度でやってくる。上段に意識を割かせてからの連撃にトールは対処するだけで、反撃に回ることができないでいた。


「くっ、はっ、やっ!」

「はっ。息が切れてきたか?」

「なにを言いますか! まだまだです!」

「そうかい? でも残念だったな。時間切れだ」

「なっ!?」


 瞬間、目の前から男の姿が掻き消えた。

 そして兜の頂点に軽い衝撃。振り返ると、勝利の酔いに微笑を浮かべた男がいた。


「終わりだ」

「…………そうですね」


 甲冑の中は汗びっしょりだ。しかし「欠落」はというと軽く汗ばんでいる程度。


(なんという凄まじい剣技……。この御仁を味方に付ければ、間違いなく魔王様の助けとなる。しかし、どう説明すればいいのか……)


 なにしろ「欠落」はスキルをひとつとして使用していない。それはトールにしても同じだが、だからこそ地力の差がはっきりとわかる。スキルを用いたとしても、勝てると断言はできないくらいなのだから。

 思案に耽るトールを他所に、男は片手剣を鞘に納めて手を伸ばし、筋肉を伸ばしているほどの余裕を浮かべていた。


(遠い……な)


 まるで太陽を直視したかのように目を細め、トールは憧憬を孕んだ瞳を「欠落」に向けたのだった。

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