6-14
「――だから、まずはハーフエルフの量産から始めなければならない、と」
「その通りです」
ヘータは狐面族代表を名乗り、現在エルフの里を代表するカルネとの会話をある程度終えた。
これは「欠落」に強制されたことだが、詳しい事情や話の持って行き方などを事前に説明されているため、彼個人としてはあまり頭を使う必要はなかった。商談は合意に向かわせるが、確約は決してするなと言われた通りに従うだけだ。
そもそも、既に狐面族で生き残っているのはヘータ一人だけなのだから、この商談が成立することは絶対に不可能なのだが。
ただ、それにしても――とヘータは思う。
自分たち狐面族に対しても今となっては思うところがある。だが、それ以上に、このエルフたちとは決して手を組むことができない。理性的にも、感情的にも。
岡目八目とでもいうべきか、それとも「欠落」という桁外れの後ろ盾があるからか、ヘータはどこか冷静に彼女たちの立てた計画を推察することができた。
エルフはドワーフと昔から繋がりがあった。エルフ側からは治療の魔法薬などを、ドワーフ側からは武器や防具、農具の提供などのやり取りである。それ自体を続けることに否やはない。しかし、それを続けていても未来に展望はない。
それでも良しとしていたのが旧来のエルフ。
それを良しとしないのが、カルネ率いる若い新たなエルフだった。
カルネが良しとしない理由の一端には、彼女の父親が人間との間に子を成してしまったという理由もあるのだという。エルフたちにとって別の種族との交配は、人間にとっての獣姦とほぼ変わらない。ましてや、この狭い集落で暮らすことを嫌がって外へ出たエルフが乱暴されてしまい、子を成して戻ってくることも近年では増えてきていた。
それらの理由からカルネ率いる血気盛んな若いエルフたちは旧来のエルフを力によって従わせ、大きな変革を起こそうとしていたのだ。
醜悪な獣のようにすら思えるハーフどもと、それを受け入れた変態ども。ならば連中にはその道を選ばせよう――ただし、これまで育ててもらった恩くらいはこの里に落としてもらわなければならない。
ゆえに、集落に一番近い狐面族と接触を図った。彼らも熟考の末、手を組むことに同意した。
作戦の決行はドワーフたちが慣例通りにこの集落へやって来た際に行われることになった。これはハーフエルフを増やすための種親を少しでも確保するためである。別段彼らを裏切る理由はなかったが、泥臭く汚いドワーフ風情が高貴なる我らがエルフの土地に足を踏み入れることに勘弁ならないという理由らしい。
では彼らが行っていた武器防具に農具の提供、あるいは修繕などはどうするのか? そこは狐面族が代理を務めるという話になっていたようだ。
しかし、それがヘータには前々から腑に落ちなかった。以前に上の者に訊いたときには「おまえみたいな役立たずが知る必要はない」と罵倒の上に殴られ、説明してもらえなかったのである。
この疑問については「欠落」が予想を立てた。
『別に仕事を果たす必要なんてないだろう。一人でも母体となるエルフさえ確保できれば狐面族はそれで良かったんだ。あとはそれで『商品』が勝手に生まれてくれる。幸い、エルフ連中は若い姿が続くからな。いくらでも再利用できるだろうさ』
あまりにも情のない予想だったためにヘータには感情的に理解できなかったのだが、こうしてカルネと会話している間に、彼の予想が当たっていたことに気付いた。これまでの狐面族代表との商談がそのように行っていたのを会話から探ることができたのである。
つまり、まず最初に最低一人はエルフを寄越すように、というもの。エルフたちからしても、一人程度なら別に問題とは思わなかったのだろう。今後の信頼関係を思えば一人くらいは、ということだ。もちろん牢に入っている囚人を出すのだろう。
もっとも、狐面族側は初めからエルフを騙して一人手に入れることが目的であったのわけで、エルフたちは大損こくだけになる。
エルフたちは騙されたとして狐面族に攻め入るだろうか?
その答えは否である。何故なら狐面族は魔族であるからだ。魔族ということは、魔王軍の配下であるということ。
今ヘータが「欠落」のおかげで強気に交渉できているように、後ろ盾があれば誰でも強気になれる。
狐面族たちは自分たちの後ろに「剣舞の魔王」の存在があることをちらつかせるだけでいい。エルフたちが狐面族に攻撃を仕掛けるということは、そのまま「剣舞の魔王」に喧嘩を売ったことにもなる。
エルフたちは泣き寝入りするしかないのだ。
ただ「欠落」をしても予想できないことがあった。それはどうやって狐面族の鍛冶の腕がドワーフの代わりになると信じ込ませたかという疑問である。ヘータもそのことは言われて気付き、カルネと会うまでずっとわからなかった。
しかし、今では違う。今ではその理由について答えがわかってしまった。
そして同時に、何故「剣舞の魔王」の庇護にある狐面族がその幹部である八刀将に蹂躙されてしまったかも。
(なんて愚かなことを考えたんだ……!)
気付いたときには目を見開いてしまい、カルネから心配されてしまったほどだ。いや、彼女の性格を考えると、心配したフリだったのかもしれないが。
カルネの腰には美麗な短剣があった。そしてそれをかつて、ヘータは狐面族の村で見たことがあった。
ソレは「剣舞」が自分の庇護下にある魔族の集落に一振りずつ配っているものだ。その存在が「剣舞」の庇護の下にあることの証明になる。だというのにソレを手放すというのはつまり、自分たちから「剣舞」を裏切ると主張しているようなものだ。
(何を考えていたんだ? ただ綺麗な作りなだけの短剣だとでも思っていたのか!?)
ヘータは「欠落」と出会い、また八刀将との戦いを見て、この世界で上位たる存在たちがどれだけ人知の及ばない領域にいるのか理解してしまった。だからこそ、この世界最上位の一人たる魔王の作る短剣がただ綺麗なだけの短剣とはとても思えなかった。おそらくは庇護下にある魔族がその短剣を手放せば、そのことが即座に「剣舞」に報告される魔具のようなものだったのではないだろうか。
何てことはない。狐面族は滅びるべくして滅んだのだ。自分たちでその道を選んでしまったのである。天に唾を吐くどころの話ではない。
(……いや、それは今はどうでもいいことだ。ええっと、なんだったっけ……。きちんと上手いこと持って行かないと、今度は僕が『欠落』さんに殺される……!!)
何も「欠落」は善意でヘータを助けてくれたわけではない。そんな甘い人間でないことはもう十二分に理解している。ヘータにとってある意味では魔王より魔王らしい存在なのだ。何より、近いので。物理的距離が。
彼も八刀将と同じく、この世界最上位の存在に比肩する一人だとヘータは思っていた。実際に八刀将であるアキツを倒しているのだから、それは間違いない。つまりはヘータを軽々と殺せるだけの実力者で、尚且つそれを迷うような性格もしていない。
「欠落」がヘータを生かしているのは利用価値があるからだ。また同時に、自分に敵対していないからに過ぎない。事実として「役に立てないなら殺す」と脅迫されているのだから、それはもう間違いない。
あのときの表情と声音を思い出すだけで、背中には冷や汗が流れる。ヘータが内心で「『剣舞』の魔王様に会ったことないけど、『欠落』さんとどっちの方が魔王らしいんだろう?」と考えただけで「欠落」はこちらを睨んでくるのだ。口に発してなどいないのに!
(『勇者』だって言ってたけど、それだけのはずがない! きっと『暗殺者』とかそういうロールも持っているんだ!)
どちらにせよ、弱者であるヘータとしては全力で尻尾を振って平伏する以外なかった。ゆえに全身全霊で彼の指示に沿うよう働くのである。対価は自分の命。これ以上必死という言葉が似合うものもないだろう、と頭のどこか冷静な部分は自分を卑下していた。
「では、最初の一人を連れて――」
商談はまとまりつつあった。カルネがそう言って立ち上がろうとした瞬間、ヘータの脇腹の辺りが熱くなった。
「え?」
「は?」
同時に、カルネの腰に提げてある短剣も発光していた。いや、発光だけではない。ひとりでに鞘から抜け出し、宙空へふわりと浮き始めた。慌ててカルネはそれを手に取る。
「なっ!?」
しかし、それがマズかった。
ヘータが腰に巻いていたベルト――「欠落」から預かったものだ――に提げられたポーチから一枚の紙片が飛び出て短剣の切っ先に突き刺さる。
瞬間、膨大な魔力が溢れ出した。
「いや! なによコレッ!?」
「カルネ様!?」
美麗な細工に思えた短剣はいまや醜悪な邪剣と化していた。中心の魔石を絡めるような蔦が突如として伸び、柄を握るカルネの手に巻き付こうとしている。
「離れなさいっっ!」
カルネはエルフという魔法に長けた種族だ。即座にその蔦を焼き払い、短剣を放る。
その先は言わずもがな。彼女がこの場で最も忌み嫌う存在――ハーフエルフへ向けられていた。
「ひっ!?」
ハーフエルフの男は突然のそれを屈んで躱す。しかし、短剣は新たな獲物を彼と定め、その触手を伸ばす。今度は獲物を逃さぬよう、巻き付くのではなく、突き刺して。
「う、あ……あ、ああああ、ああああああッッ!?」
「な、なななな……!?」
「なんなの!? なんなのよ一体!」
触手はハーフエルフの体内に潜り込み、血管のように皮膚を浮き立たせて全身を覆う。まるで悪趣味な着ぐるみのように彼の身体は膨張。断末魔は「ゔぇ」というあまりにも短い一言。
やがて触手は内部から彼の身体を突き破る。そして触手が人の形を取ったかと思えば、それらは癒着し、凹凸がなくなっていく。
「ぁ、ぁぁあぁ、あ、ぁ…………」
ヘータは腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
そうして現れた存在に――見覚えがあったからだ。
あまりの事態に頭が付いていかないからか、ふわふわとして現実感がない。
だが膨大な殺気がこれ以上ない現実として全身に突き刺さる。股間が濡れるのにもヘータは気付かなかった。
八刀将の一人、アキツ。
「欠落」が倒したはずの存在が、今こうして目の前に蘇っていた。
◇◆◇◆
どうしてこうなってしまったのだろう。
現在エルフの集落の村長であるはずの老人は目の前に迫り来る魔手を眺めながら、そう思った。
間違いなく、この魔手によって自分は死ぬ。
それをいやに冷静に理解した瞬間、走馬灯のように過去のことが頭に浮かんだ。
ただ、それは走馬灯ではない。過去といっても、己の人生を振り返るようなものではない。
以前、まだこのしわくちゃな肉体が活力に溢れていた、若かりし日のこと。まだ村長ではなく、次期村長と呼ばれていたときのことだ。
『やあ』
周辺の森を巡回がてら薬草を採取していたとき、そんな風に呑気に声を掛けられた。声の方へ顔を向けると、そこには珍しい存在がいた。長い黒髪に褐色の肌と、自分たちと同じく長い耳を持つダークエルフ。
エルフとダークエルフが果たしていつ別れたのかはわからない。とてつもないほど昔の話だということだけ知っている。少なくとも、この集落で知る限り、近くにダークエルフたちの集落は存在しなかった。
『何者だ?』
『おや、酷い対応だこと。見てわかる通り、ダークエルフさ』
彼はうなじでひとつに束ねた長髪を揺らしながら肩を竦め、軽薄に笑う。
じろりと彼の格好を見るが、どうもダークエルフのようには見えない。革の鎧を身に纏い、腰には長剣が佩かれている。噂に聞くダークエルフならばもっと原始的な姿のはずで、どちらかといえば下等種族たる人間のような格好だ。
ただ、ダークエルフと別れて長過ぎる時が経っている。自分たちが独自に発展した文化を持っているように、彼らも同様なのだろうと解釈した。
『ここは我らの縄張りだ。出て行け』
『ひっどいこと言うよねえ。こっちは儲け話を持って来たのにさあ』
『儲け話?』
随分人間臭いことを言うものだ、と眉を顰める。金などあったところで意味がない。エルフの集落では全員顔見知りであり、物々交換が常だ。多少の金銭は出回っているが、それも多種族との交易に使うということもあって、村内で流通させ、そういう文化があると学習させているだけである。
『そっ。俺たちみたいなエルフと他種族との間にはハーフが生まれるだろ? んで、ハーフは子を成せない。けど外見はこっちに近い。だからそれを利用し——』
『その汚い口を閉じろ。他種族と交わる? 気色悪いことを吐くな』
『あらら。別に君にやれって言ってるわけでもないのに。罪人を——』
『罪人だからといって、どんな罰があってもいいわけではない! 罪に見合う罰を与えれば済むだけの話だ』
『ちぇー。ここも駄目かあ。仕方ないなあ』
『今すぐこの場を離れるのだな。エルフの血のよしみだ。見逃してやる』
『んー、それ、無理かな。俺にエルフの血なんて、ないし』
『な……』
目の前のダークエルフの身体が変貌していく。耳は短く、髪も短く、顔すらも。
『へへ、わかる? これが人間の「勇者」だよ』
『なっ、にんげ……「勇者」!?』
『そそ。この「勇者」、「勇者」の癖にダブルローラーで使い勝手のいいロールを——』
『何者だ貴様!?』
目の前の男が理解できない。
考えていることだけでなく、その肉体も。一体何者だというのか。
とにかく、敵だということだけは察することができた。
ゆえに〈簡易魔法〉で風の刃を飛ばし、それを防いだ瞬間を狙って槍を繰り出す。
『ほんと、ひっどいことするよねえ。こっちは話し合いに来たってのに、さ』
『馬鹿な!?』
男は無傷だった。
魔法だけならば、何か障壁でも張ったのかもしれない。しかし、槍は違う。
繰り出した槍の穂先は間違いなく男の心臓を捉えていた。なのに出血はないし、男は痛痒もないかのようにのんびりとしている。いや、事実として痛痒がないのだろう。そうでないと考えつかない。
まるで槍に合わせて身体に穴が空いたかのようだ。
『ま、話し合いがご破算に終わったのなら仕方ない。まだ早過ぎたってことだね。覚えていられても困る。忘れてもらうよ』
『や、やめ——』
『ふふ、最近散々やって慣れてるからね。スキルレベルも上がってくれたよ。じゃ、忘れてくれ——〈記憶制御〉』
そうして、視界だけでなく記憶すら闇に閉ざされた。
「まさか——」
死の間際、突如脳裏に去来した記憶。
その何某かが若かりし日の自分に持ってきた話が、あまりにもカルネの計画と似通っている。いいや、似通っているというよりも、まるで同じというべきだ。
まさか、と思いたい。
エルフは人間などより遥かに長寿だ。そのうえ長い期間全盛期が続く。その自分が年老いるほどの年月が経っているのだ。あの男は既に死んでいるはず。
けれども、確実に死んでいるとは言えない。なにせ槍で心臓を貫かれておきながら平然としていたのだ。それにダークエルフの外見から人間の外見へと変化した。これも理解できない。
それほどまでに理解できない存在だ。その寿命が自分たちを遥かに超えていると、誰が断言できよう。
ただひとつだけ言えることがある。
あの男の口車に乗っては駄目だ。それだけは駄目だ。
当時即座に断ったのは、男の話す計画があまりに常軌を逸していたというのもある。
けれどもそれ以上に、あの男からは得体の知れない何かがあったのだ。
事此処に到って、死ねないという気持ちが強くなった。
カルネの暴走は決して彼女一人の独断ではなく、若いエルフたちの総意でもある。
計画はあまりに杜撰で滅びを自ら招いているようにしか思えなかったが、それならそれで滅びるのもよいだろうと思い、次期村長であるカルネの邪魔はしないできた。
だが、カルネたちがあの男に唆されて滅びの道を歩んでいるのだとしたら、話は別だ。
「待——」
もっとも、そう決意するのには、あまりにも遅過ぎた。
狐面族が寄越した短剣と、交渉にやって来た狐面族のポーチから飛び出た紙とが反応し、カルネの異母弟とでもいうべきハーフエルフの肉体を奪った何者か。
その魔手は容易く、村長の首を撥ね飛ばした。
(ああ……)
視界がぐるんぐるんと回る。自分の首が飛んでいるのだと理解した。首から鮮血を溢れ出している己の肉体を見てしまったからかもしれない。
カルネは顔を真っ青にさせ、まるで幼子のようになって怯えている。
そのカルネを守るようにしているのは狐面族の交渉役の少年だ。恐怖で漏らしているのはわかるが、それはおそらくこの場にいる誰もが同じだろう。それほどまでに、突如現れたこの存在は強大過ぎる。身に纏う魔力が桁違いだ。
(神よ……)
どうか、どうかと最期の一瞬。いまにも掻き消える寸前の命の火の続く限り、彼は祈る。
(どうか、どうか助けてください。滅びるのは構いません。しかし、あの男の目論見で滅びるのは、違う)
意識が消える瞬間は、首が地面に落ちる寸前だった。




