6-11
「大人しくしてろ!」
「いてっ! おまえ、蹴ることねえだろ! 覚えてろ!」
エルフの隠れ里へ向かったが、結局入るための方法がドワーフたちしか知らなかったため、ウロウロしている間に捕まった。無念。ヘータも知らなかったし、まあしゃーない。いや、違う。むしろ作戦通りだ。問題ない。俺のやることに間違いなどないのだ。
エルフの兵たちに連行され、そのままストレートに牢獄送り。ちなみに俺は片腕なので、後ろ手にした手首と左足首が繋がれていた。そのせいで牢屋に後ろから蹴れ入れられ、受け身も取れずに顔面着地だ。あの野郎、顔は覚えたからな……。
「ご主人様です!?」
『エーッ!? マスターまで捕まっちゃったノ!?』
「馬鹿な! 何故旦那さまが捕まるのですか!?」
おお、やはりメイたちもこの牢屋にいたのか。どうも俺の右隣の牢屋がメイのようで、左隣がトールらしい。
メイたちの悲痛な叫びに、俺を連行したエルフたちは嘲笑を向けた。
「所詮下等な人間風情が我々から逃げられると思ってんじゃねえよ」
「さすがは魔族だな。狐面族の子供みたいに思えたけど、一人でコイツを捕らえていたそうじゃないか」
「いや、事前にカルネさんが話を付けていたらしいぞ。森を囲むようにしていてくれたらしい。だから出て来た瞬間に魔法で一発だ」
「なるほど。やはり、カルネさんに付いて正解だったってことだな」
「ああ。俺たちも進歩しなきゃだ。いつまでもこの森に燻ってちゃいられない」
大人しくしてろよと言いながら唾を吐いてきたので、横に転がって躱しておく。忌々しそうな顔を浮かべていたが、これ以上ここで無駄に時間を使うつもりはないのだろう。そのまま去っていった。
足音が遠くへ行くのを待ち、小さく呼び掛ける。
「テッサ、連中は行ったか?」
「ああ。見張りも付けないなんて不用心だな」
「馬鹿なんだろ」
鉄格子の向こう側にテッサが姿を出す。透明化しているよう指示を出していたのだ。
「テッサさん!?」
「おいメイ、あまり大声出すな。お口チャックだ」
「はいですっ」
たぶん自分の両手で口を塞いでいるのだろう。そんな気配がした。
牢屋はそこまで広くない。というか狭い。まあ牢屋だからな。だいたい安い宿にシングルで泊まる部屋の半分くらいだ。トイレらしきものは一応あるが、逆にいうとそれ以外に何もない。
格子を挟んで向かい側にも牢屋があり、それが延々と通路に沿って続いていた。
空気はあまり淀んでおらず、気温も外と然程変わらない。トイレの件もあるし、エルフたちは囚人たちを病気で殺すというつもりはないようだ。
これは考えてみれば当たり前の話でもある。商品としてハーフエルフを量産するためには、エルフ以外の種族が必要だからだ。家畜だって勝手に死なれたら困るのだろう。
そんな風に現状を把握していると、エミリーの声が聞こえてきた。
『ねえ、マスター。もしかして、予定通り?』
「当たり前だろ。あんな雑魚どもに捕まるか。むしろ捕まえて拷問して情報吐かせるわ」
『ああ、間違いなくマスターだわ。ひょっとしてワタシたちを絶望させようとして、狐面族が化けてたのかと思った』
ほう。結構考えたみたいだな。全部無駄だけど。
エミリーはメイとセットのようだが、それは何故だろう。メイがまだ子供だからだろうか?
「トール、なんでさっさとここから出ないんだ?」
「良いザマだなあ? ええ?」
姿を現したテッサがトールの方を見ながらニタニタ嗤っている。また喧嘩でもするのかと思ったのだが、トールは何故か少し大人になったみたいで、これまでのように彼女に噛み付こうとはしない。
「まったくだ。我ながら、旦那さまに迷惑を掛けて不甲斐なく思う」
「うっ。まさか、そう冷静に返してきやがるとは……」
自分が子供じみたことを言っていると自覚してしまったのか、テッサもこれ以上トールを挑発することはやめたらしい。腕を組んで溜め息を吐いていた。
「実は、この牢獄は何らかの魔法の影響下にあり、魔法を無効化するようです」
『そうなのヨ! しかも吸収して、その魔法を構成する材料にしてんのヨ!? 腹立たしいったらないワ!』
隣でエミリーが騒ぎ出す。壁を軽く蹴って黙らせ、少し考えた。
壊すことは容易い。無効果でなく吸収だというなら、魔法を構成する魔法式が定める上限以上の魔力を注ぎ込むことでパンクさせればいいからだ。マナバーンという魔法発動の失敗により、過剰魔力量に比例した爆発が起こる。新たな魔法を作り出したりしようとしない限りは起きないものであるため、一生で一度も経験しない者がほとんどなのだが。
けど、悪くない。この牢獄は使える。
俺がエルフたちを捕らえて拷問するのでなく、敢えて自分が捕まるという手に出たのはいくつか理由がある。
そのうちのひとつが、エルフたちにとってヘータの価値を上げることだ。トールたちの最後の希望である俺を捕まえたのがヘータということになれば、彼はそれだけの実力者として見られることになる。
それ以外には、テッサを透明化させてエルフどもを探らせること。俺を捕らえたならば連中も油断するだろう。本格的に今は亡き狐面族との交易に踏み出すはずだ。同時に、テッサには俺とヘータとの間の伝令も果たしてもらう。
「そんじゃテッサ、ヘータに付いていてやってくれ。こっちはこっちでどうにかする」
「わーった。こんなシケた場所にも居たくねーしな」
言って、彼女の姿が消える。そして浮遊しているのだろう、足音も聞こえない。
「魔法はともかく……この程度の格子ならトールは破れるんじゃないのか?」
「この手枷の縄が厄介でして……」
ふむ。力を入れて破ろうとしたが、破れない。
「なんじゃこれ。かったいな」
「おそらく金属製の糸を編み込んでいるのでしょう。そのため、異様なほどの強度を誇ります」
へえー、そんなものがあるのか。金属を糸みたいに細くし、それを編んだ縄ならばそりゃあ丈夫だろう。ただコストが掛かり過ぎるから、普通の縄用の素材も混ぜて作っているのだ。
「こんなもんエルフにゃ作れんだろ。ドワーフか?」
「……そうだ」
さらに奥の方にいるっぽいドワーフが返事を返した。この声は……ドンネルか。というか、ドンネル以外のドワーフとか覚えてない。
「『欠落』さんまで捕まったか……すまない。おれたちがこんな依頼をしなかったら」
「気にすんな。それより、この特注縄について教えてもらえるか?」
「あ、ああ……軽いな……。これに使われている金属製の糸はワイヤーと呼んでいる。太さにもよるが、同じ太さの普通の縄より十倍から二〇倍の強度を持つはずだ」
へえ、そりゃ便利なものだ。
「それ、今回も持ってきてるか?」
「え、ああ、あるぞ? エルフとの交易品だからな」
「よし。んじゃ依頼内容が色々面倒なものに変わったから、それある程度譲ってくれな」
「それはいいが……この状況で……」
別に問題にもならない。トールなら破れないかもしれないが、俺にとって所詮縄は縄でしかないのだ。
「ふ……っん!」
鈍い音を立て、縄が千切れる。ふー、解放されたー。俺の向かい側の牢屋にいる女性のエルフが信じられないといった顔でこっちを見ていた。ひらひらと手を振ると顔を真っ青にして向こう側に逃げていったが。おかしい……何故だ……。いや、ひょっとすると惚れて恥ずかしがっているのかもしれない。それに違いない。俺だもんな。罪な男だ。そりゃあ捕まるってものよ。
冗談はさておき、とりあえずはトールたちも自由の身にしておこう。やっぱり顔も見れずに話すってのは良くない。
「トール、そっち行くぞ。格子側に寄ってろ」
「へ? え、と……は、はい」
かしゃん、と格子に彼女がもたれた音がした。それを合図に壁へ掌底を繰り出し、スキルを発動させる。
手を壁に沿え、スキルの発動と同時に踏み込み、掌底を突き入れる。
「〈山崩し〉」
威力はできる限り抑えたが、それでも壁の半分ほどがぶっ壊れた。瓦礫が牢屋内にばらまかれるものの、トール自身は格子側へ避難していたので無事だ。
「それじゃ、縄破るから。一生懸命そっちもそっちで引っ張ってくれ」
「は……はい。畏まりました」
俺を見てトールはほのかに笑んだ。花の蕾が誰にも知られずひっそりと開花するような笑みだった。
そうこうしてトールを救出した後はメイとエミリーにも同様のことをする。これで三つの牢屋は壁をぶち抜いて一続きになり、俺たちは自由の身になったわけだ。とはいっても、いまだに牢屋から外には出ていないのだが。
「これからどうするのですか?」
『決まってんじゃナイ! アイツらみーんなぶっ飛ばせばいいのヨ! ワタシたちの恐ろしさを刻み込んでやるワ!』
獰猛なことを言いながらシュッシュとシャドーを繰り返すエミリー。おまえのパンチに一体どれだけの威力があるというんだ。下手すると蚊すら一撃で死なないかもしれないというのに。
「なーんも?」
「ほえ? 何もしないです?」
「うん。しばらくは待機」
メイの頭をぽむぽむ叩く。うん、実に手を置きやすい高さだな。
「うぉおーい、そっちで何が起こってるんだ!? さっきからの轟音はなんだ!?」
「ああ、メイんとこの奥がドンネルなのか」
「儂らもおるぞい!」「狭いのう……」「酒がないのは辛いんじゃ」「ほんにな……」
ちょっとくらいアルコール切って生活してみろ酒乱ども。
「全員一緒なのか……うえ。想像したら気持ち悪くなった」
狭い牢屋の中に毛むくじゃらで筋骨隆々のオッサンであるドワーフがみっちり箱詰めされている様を想像してしまう。うん、吐きそう。
「トール、トール」
「はい、なんですか旦那さま?」
じー、とトールの顔を見て、少し心が癒された。俺が見詰め続けていると、気恥ずかしそうに頬を赤らめていくのもグッド。ずっとあの鎧を着て姿を隠して生活していたから、素顔を見られ続けることに慣れていないのだろう。そこも初心でイイ。
それにしても、この牢屋はどういう基準で囚人を入れているのだろう。
というのも、ドワーフたちは全員一緒の牢屋なのに、トールは一人、メイとエミリーは二人で捕らえられている。俺が来るまでは空きもあったはずなのに、である。
そして通路を挟んで向かい側の牢屋だが、トールとメイたちの向かい側は男のエルフだった。俺の向かいは女のエルフだ。ドワーフたちの向かいも女である。
「男女交互になってるのか?」
「いえ……。なんでも、私たちが交わらされる相手のようです」
ああ、そういうことか!
「しかし、助かりました。壁も、縄も……とんでもない強度でしたので。エルフもドワーフも、こんな技術を持っているのですね」
「割と脆い壁だけどな」
「……それを言えるの、ご主人様だけだと思うのです」
ちらとメイを睨むと、慌てた様子で「いや!? ご主人様がすごくお強いという話なのです!」と必死で言い訳していた。軽く頭を叩くだけで済ませてやる。
そんなやり取りをしていた一方で、エミリーは壁の向こうにいるドワーフたちに、俺が壁を壊して自分たちを救出してくれたのだと説明している。
「うおお! それならおれたちも頼む! 狭いし臭いし気持ち悪いし、もう耐えられるかこんなの!」「何を言うか、このドンネルめ!」「そうだぞ! おまえの手汗ひっどいな! 気持ち悪いのはこっちだ!」「おまえの体臭よりマシだ!」
などと喧嘩が始まった。メイとトールは苦笑し、エミリーは嫌そうな顔をしている。
『どーするノ、マスター。助けてあげるノ?』
「おーい。別に助けてやるのはいいんだけどよ……」
俺は〈山崩し〉の説明と、砕かれた壁の破片でトールとメイたちのいた牢屋の惨状を話す。
「つまり、おまえらにモロに瓦礫が向かうから、当たりどころによっては死ぬんだけど」
「おれたちを助けるのは後ででいいぞ!」「おうよ! このぬめりも考えようによっては悪くないわい!」「酒と思えば、なんでも酒になるかもしれんしのう」「この臭いも、肴になるやもしれんしな!」
ドワーフにとってのアルコールは麻薬とかそういうものと同じものなのかもしれない。ともかく、彼らを早く救出する必要がありそうだ。彼らの名誉のためにも。もし一線を超えてから助けた場合、自殺するやつが出るかもしれないからだ。そうしたら依頼失敗になってしまう。
「……ま、今は待つことしかできないんだけど」
「テッサですか?」
トールに正座させ、膝枕を要求する。まるで嫌がる素振りもなく、文句もなく素直に従うので助かる。
「テッサと、協力者のヘータ待ちだな」
「協力者ですか……ぁっ」
そのとき、トールの腹から可愛い鳴き声のようなものが聞こえた。顔を見ると、面白いくらいの速度で紅潮していく。
「も、申し訳、ございま……せ、ん……」
「泣くなよ! そんなんで泣くなよ!」
「ご主人様……メイもお腹ペコペコなのです……」
『うう……ワタシも……』
「そんなん言われても、俺は何も持ってないぞ」
俺を捕まえたということにしているため、ポーチはヘータに預けているのだ。もしテッサが俺との連絡でいないときに緊急事態が起こった場合、ヘータが危険であるからだ。そういった際にはポーチの中身を自由に使っていいと言っている。ちなみに片手剣はテッサに預けていた。
「ここメシ出ないの?」
「わんちゃんに上げるみたいな感じで出るです」
「私たちは腕を縛られていたので……」
まだ頬を赤らめたまま、トールは自分の手首を擦っていた。手枷で擦れた痕ができている。回復魔法を使えばいいのだが、魔力を温存しようとしているのだろう。どうもこの牢獄は魔力を回復できなくなっているらしい。
基本的に魔力を自動回復する手段は二つある。ひとつは自分の身体で作り出す方法。当然、すこぶる遅い。もうひとつは大気中に存在する魔力を汲み上げて吸収する方法だ。これは一気に加速したりしないが、普通に自分の身体で生成するより余程早い。
この牢獄は魔力を吸収する働きを持つために魔法を無効果するのだが、それは大気中の魔力にも反応しているようだ。一種の永久機関と化している。だからトールは出来る限り魔力を使わないようにしているのだろう。
エミリーが普段より余程怒っている理由もここにある。彼女は精霊であるため、身体を構成しているのは魔力だ。つまりエミリーにとって、この牢獄は常に体力を消耗させる毒の結界なのである。
「治してやるよ」
言って、トールだけでなくメイとエミリーにも回復魔法を掛けてやる。こういった単純な怪我なら光属性の回復魔法が一番良い。
「旦那さま! 魔力は少しでも温存しておいた方が……」
「こんなもん消費した内に入るか」
そもそも、俺には〈急速回復〉や〈回復速度上昇(極)〉などのパッシブスキルの恩恵がある。つまり体内で自動生成される魔力量やそのサイクルが普通よりも余程早いのだ。もちろん、普通に大気中から取り入れた方が早いのは代わりないのだが。けれど、強敵との戦いであれば消費魔力が膨大だし、相手も同様であるため、大気中の魔力が一時的に枯渇してしまう。そういったときに役立つのである。
「消費したところでエルフ相手だろ? しょうもない。雑魚ども相手なら無手でも楽に蹴散らせる」
エルフの脅威は魔法にこそある。弓矢や剣を使うエルフだって普通にいるが、それより脅威なのは魔法だ。
彼らは種族固有スキルで〈簡易魔法〉を持つ。簡易であるとはいえ魔法は魔法。誰もが魔法を使えるというのはあまりにも脅威だ。
事実、エルフではなく狐面族の話にはなるが、彼らの魔法を喰らって俺は死にかけた。弱い魔族である狐面族が相手だとしても、魔法の弾幕に晒されれば俺だって死にかねないのだ。魔力ステータスの高いエルフが相手では、〈簡易魔法〉といえども普通の「魔法使い」並の火力で放たれるだろう。その嵐に呑まれれば生きて帰ることはできない。
ただ、それらは被弾すればの話。回避あるいは障壁や盾を魔法によって事前に展開しておけば問題ないのだ。あのときは森から出た瞬間攻撃され、テッサを担いでいたために右腕が使えないという最悪の状態だった。だからこそ死にかけたのである。……あれ、これってテッサのお仕置き案件なんじゃなかろうか。まあ後で考えることにしよう。
「……随分自信過剰なようだな、人間風情が」
トールたちを安心させようとそう話していると、向かいの牢屋にいるエルフが口を開いた。つまり、トールとの種馬予定だったエルフである。
果たして、こいつはどんな罪で捕まったのやら。
そんなことを考えながら、俺はそいつに応対することにした。




