6-10 幕間
「ふぁ」
ソフィアは宿屋を出て朝日を浴び、両手を伸ばして大きく欠伸をする。
「女性が、だらしないですわよソフィアさん……」
「あふ……ごめん。けど、わたしは貴族とかじゃないからなあ」
「貴族どうこうでなく、女性としての嗜みですわ」
「などとヴィヴィは言っている」
「そこんとこどうだい? メシア?」
「私ですか? ええと……たしかに、あまり行儀は良くないのかと思います」
「太陽」のパーティで最も女らしいと身内で評判のメシアが裁定を下す。結果、ソフィアは「女らしくない」という評定が下った。
「おっ。さすがはヴィヴィだねえ」
「貴族なだけはあるね」
「当然ですわ!」
アイリーンとアリアがニヤニヤ笑いながら、新たな仲間をからかう。ただ、それは彼女には通用しなかった。
ある意味でソフィア以上に単純な脳みそを持つ女性こそ、彼女なのである。
「このヴィヴィアン・ローズ! 家を出ても貴族の品格までは捨てておりませんの!」
どの大陸であっても、人間社会で姓を持つのは特権階級だけの権利だ。そのため、これまでの「太陽」パーティでは名前だけの人間――つまりは平民――ばかりだった。ただ、それでは冒険者として行動していると弊害も出てくる。
冒険者ギルドで受けるクエストでは貴族によるものもある。そういった場合、貴族特有の案件や風習も加味しなければならない。なので仲間に姓持ちの者を加えようとするパーティは多かった。
ヴィヴィアン・ローズはローズ家という貴族の娘だ。末娘であるため継承権はあってないようなものであり、そのままではどこかの家にローズ家の影響を広げるための道具として使われるところだったのだが、彼女はそれを拒んだ。
『政略結婚だなんて、耐えられませんわ!』
話を聞いた後、アイリーンは「それ、本当に貴族としていいのかい?」と首を捻った。
家出同然に飛び出し、ヴィヴィアンはそのまま冒険者ギルドで冒険者として登録した。そのため、自分の稼ぎで暮らしている間は家の影響を受けずに済む。勿論現実は非情であるため、どこかで野垂れ死ぬか、どのパーティでも仲間になれずに家に帰ることになるかという者が過半数なのだが、幸いヴィヴィアンには冒険者としての才能があった。何しろ様々なパーティに加わっては抜けを繰り返し「鉄壁」のローズとして二つ名を得るほどなのである。
余談だが、それは彼女の技量とはまた別に、彼女の容姿に惚れて告白して来た者を全員断っていることも由来している。そのことを彼女は知らないため、何故自分が「鉄壁」と呼ばれているかわかっていない。
ソフィアたちがヴィヴィアンと出会ったのはルゴンドの街でだ。
ソフィアたちがアールグランド大陸へ渡ろうとしているとき、彼女がギルド職員に詰め寄っていたのだ。どうやらクラーケン撃退のクエストに加わろうと、サルニア大陸の東にあるハーヴェスト大陸からわざわざやって来たらしい。
数ヶ月も前に終わったクエストだと告げる職員に対し、ならば渡航費用を返せと憤っていたところ、最近有名な「太陽の勇者」一行に加わることで機嫌を直したのだ。
当初はどうなることかと思ったが、アールグランド大陸に渡る船上でのモンスターとの遭遇戦でも、そしてハーシェルの街の冒険者として活動している間でも、意外なくらいに相性は悪くなかった。というか、彼女の貴族を鼻に付けた口調さえ容認できれば、普通に良い仲間だったのだ。
そもそも自分が貴族の血統であることを口にはするものの、平民であるソフィアたちを下位として見下すことはない。現時点では自分が貴族でもなんでもないというのを理解した上でいるからだ。
戦力的にも性格的にも、それほど問題はない。ならばどうしていくつものパーティを渡り歩いているのだろうと訊ねたところ、彼女は微妙な顔をして告げる。
「……わたくし、何故か惚れられやすいのですわ。それで断っていると、パーティ内での雰囲気が悪くなって……。ですので、ここは最高ですわ! 女性だけのパーティ! 変な異性とのしがらみもなくて済みます!」
「女同士という話もある……ククク……」
「アリアさん!? 嘘でしょう!?」
「タチ悪い冗談言ってんじゃないよ」
「あいたっ」
といったやり取りがあり、無事ヴィヴィアンは名実共に仲間入りを果たしたのである。
『あ、そうです。ヴィヴィさん! 主人に言ってやってください。この人、何があったのかわからないですけど「欠落」とかいう「勇者」にあるまじき人に惚れてるんですよ?』
「ば――ちがっ、違うから! そういうんじゃないから! このっ!!」
『ぁ痛あっ!? 主人、痛いです!』
ソフィアが腰に携える美麗な剣の柄尻に埋め込まれた魔石が光り、声を発する。その内容に持ち主であるソフィアは頬を赤く染め、バシバシと殴って黙らせた。
「……いまだに、慣れませんわ。剣が喋るなどと……」
「あたしたちもビックリしたしねえ」
「ですが聖剣などの四宝剣について、ヴィヴィさんなら聞いたことはあるのではないですか?」
メシアが問い掛ける。ヴィヴィアンは指を唇に当て、少し考えてから答えた。
「聞いたこと自体はありますね。他にも『知性ある武具』は存在するようですが……やはり、四宝剣ほど有名なものはないですわ」
四宝剣に限らず、「知性ある武具」はどれも伝説級のものばかりである。その一振りを自分たちが所有しているという事実に多少なりとも浮き足立っている自覚は「太陽」の全員にあった。
「余計なことを言わないなら、すごい剣なんだけどね」
それがソフィアの下す、聖剣への評価であった。
『シクシク。穢れ無き処女の「太陽」様があんな穢れ纏う「欠落」と似たようなことを言うなんて、私は悲しく思いますよ』
「あれ? ソフィーって処女なの?」
聖剣が発する突然の爆弾発言を聞いたアリアが問い掛け、ソフィアの頬が朱色に染まった。耳朶まで染まっていた。
「な、ば、ち、ばっ」
「いや、いいよ。その反応でわかったから……」
アイリーンがソフィアの両肩を掴んで宥める。そして後ろへ首を回した。
「というか、アリアって処女じゃないのかい?」
「違う。アイもそうでしょ?」
「まあ、そうだけど。メシアは……」
「私は既に純潔を神に捧げていますので」
我関せずを訴えるようにメシアは両目を閉じ、両手を胸の前で組んでいた。
「……他の冒険者の野郎たちが悲しむな」
「メシア、人気だもんね。ソフィーも同じくらいだけど」
「ヴィヴィはどうなんだい?」
「貴族たる者、貞操観念は大事ですのよ?」
平然としているように見えるが、彼女もソフィアと同じく頬が朱色に染まっている。
「こっ、この話! やめっ! 中止っ!」
「ああ、そうか。ソフィーは『欠落』さん一途だもんな」
『私は許しませんよ!?』
「そうだった。アイの言う通り。この話は終わりにしよう」
「ち、ちち違う! そういうんじゃなくてっ!」
「この話は終わりにしようってわたし言ったでしょ。ハイ終わり」
口笛を拭きながらアリアが告げ、ソフィアはぐぬぬと唸る。
「アリアがピンチになっても助けてあげないっ」
「大丈夫。わたしが倒れても、第二第三のわたしが現れる」
「わたくし、アリアさんがいまだによくわからないのですけれど……」
「平常運転ですから、気にしなくて結構ですよ」
「まあ冗談はさておき。ギルドに着いたからには、みんな『太陽』らしくな?」
アイリーンが告げると同時に、全員が顔を引き締めた。
リーダーであるソフィアが先頭に立って扉を開き、ギルドホールへ足を踏み入れる。続いてアイリーン、ヴィヴィアン、アリア、メシアの順で続く。その瞬間、ギルドホールにいる冒険者たちからの視線が集中した。
優れた冒険者――二つ名持ちなど――が周りから尊敬されるのはよくあることだが、彼女たちの場合はまた事情が変わる。
というのも「太陽」パーティは全員が女性なのだ。それも、全員美人か可愛いという容姿レベルの高さで。それに加えて全員が二つ名持ちということもあり、余計に注目されていた。
基本的に冒険者というのは二つ名持ちがリーダーとなり、その名でパーティが呼ばれるのが常識だ。二つ名持ちの冒険者は優れた功績を持つ者に限られるのだから、同じパーティに二人以上いるのは稀なのである。それなのに「太陽」パーティは五人全員が二つ名持ちで、全員男からすれば嫁にしたい容姿なのだ。注目されないわけがなかった。
そして、何より、「太陽」は五人パーティなのである。
冒険者である以上、野営は付き物だ。それに使うテントは大抵魔具だが、これは基本的に四人用である。その上に六人用や八人用のものもあるが、そちらは大幅に値段が上がるため、それならば四人用のテントを二つ持つのが主流といえた。
そのため、経費削減ということで基本的にパーティは四の倍数の人数で構成される。そうでないとしても、一人少ない程度になるはずだった。
つまり「太陽」パーティには、まだ最低でも二人は入り込める余地がある。
一人の男が真っ先に動いた。続き、他の男たちも動く。しかしさすがに、一番最初に動いた男より先に声を掛けられる者はいなかった。
「初めまして『太陽の勇者』。私は――」
「あ、ルナーさんだ。ルナーさーん」
声を掛けた男に気付かず、ソフィアは駆け出して知り合いに声を掛ける。続くアイリーンたちは済まなそうな顔を男へ向けてソフィアの後を追った。周りの男たちのうち半数は固まった男に良い気味だと嘲笑の視線を向け、もう半数は同情したような視線を向けていた。
もっとも、あっという間にソフィアたちへ視線は移ったが。男なので、野郎を見ているよりは可愛く美人な女性を見ていた方が気分も良いのである。
「あら、久しぶり」
「久しぶりでもないよ、ルナー」
「それもそうか」
ソフィアが見付けて声を掛けたのは、「欠落」を「叡智」の魔王城から救出するために協力したルミナークとエイリークだった。彼女たちもまた、他の冒険者たちから注目されていた。もっとも、ルミナークがどれだけ美人であろうと、隣にいるエイリークが美男子であるため、あくまでも普通の冒険者としての勧誘対象だったのだが。
「オラルドさんはいないの?」
「あの人はルゴンドで働くらしいから、パーティを抜けたのよ」
「私たちには私たちの目的があるからね」
ソフィアはその返答に目を丸くしたが、すぐに良いアイデアを思いついたとばかりににっこり笑う。
「じゃあ、ルナーさんもエイリークさんも、ウチに来ない?」
ギルドホールに沈黙が満ちた。
「どう思う? エイリーク」
「悪くない……というか、良い勧誘だと思うよ」
「そ。……私たち、目的があるからしばらくはアールグランド大陸にいるけど、問題ないかしら?」
「うん。わたしたちもしばらくはいると思うし」
「そう。じゃあ、よろしくお願いしようかしらね」
「よろしくお願いします」
ルナーは帽子の鍔をやや持ち上げ、微笑を浮かべる。エイリークは見事な姿勢で頭を下げた。
「このっ」
「あいたっ!?」
アイリーンがソフィアの頭を殴り、続いてアリアがソフィアの足を蹴る。
「仲間に相談しないでパーティメンバー増やすとか何事だい?」
「勝手に動かれても困る」
「あ、あう……ごめん……。だ、だめ?」
「別に? ルナーたちの実力は知ってるし、あたしは問題ないよ」
「わたしも。まるで問題なし」
「私も構いませんよ。ルナーさんが攻撃を担当してくれるなら、私は仲間の回復に回れますから」
「わたくしは彼女たちを知らないので、何とも言えませんわ。ソフィアさんたちが賛成だと言うなら、文句はありません」
全員の賛同を受け、ソフィアは笑顔でルナーを見る。彼女も多少ホッとした様子で、彼女へ微笑を向けた。
だが、ここで問題発言が投下される。
「まあ、わたくし以上の戦力などありえないのでしょうけれど」
ヴィヴィアンだった。
「はあ?」
ソフィアたちは彼女の性格を理解しているため問題視はしなかったが、彼女の人となりを知らないルミナークはそれに反応する。ドスの利いた低い声で。
今度は違う意味でギルドホールに静寂が満ちた。まるでドラゴンに遭遇したかのようでもある。どの冒険者も口を開こうとはしなかった。
「勝手なこと言ってくれるわね、この縦ロール。ちょっと良い感じのドリルじゃない。きりもみ回転させて頭から地面に突き刺してあげましょうか。そのまま温泉でも当てて来なさいよ」
「……フッ。髪は女性の命。折角の長髪を何も弄らないなんて考えられませんわ。冒険者の才覚だけでなく、女性としての本能までも劣っているのではなくて? ああ、それとも、もう女として腐っているのかしら?」
「言ったわね。吐いた唾は飲み込めないわよ」
「まあ。あなたは唾を飲み込まなくてはならないほど貧窮しているのですか? わたくしなら耐えられなくて自死していますわ」
ギルドホールに満ちた沈黙が重苦しくなっていく。全冒険者たちだけでなくギルド職員までもがソフィアへ視線を向け、ソフィアはエイリークに視線を向ける。エイリークは首を横に振った。
「付いて来なさい。身の程を弁えさせてあげる」
「フフ……『魔法使い』とお見受けしますが、わたくしの『鉄壁』を破れるのでしょうかね?」
二人は不穏な笑みを浮かべながらギルドを出て行った。
「…………エイリークさん」
「……ああなったルナーは誰の言うことも聞かないのです。すみません……」
やむをえず、ソフィアたちもヴィヴィアンとルミナークの後を追うのだった。
最終的になんやかんやあって、夕日を背景にクロスカウンターを決め合い、二人の間に友情が芽生えたのは別の話。




