6-9
アキツを葬った後、意識を取り戻したヘータの案内の下、俺たちは狐面族の村を訪れた——はずだったのだけれど。
「お母さん? お父さん? じいちゃん!? ばあちゃーんっ!」
ヘータが叫びながら村を——否、村跡を駆ける。それを俺たちは後ろで見ながら、村の惨状に眉を顰めた。
「……生きてると思うか?」
「無理だろ。生き残りがいるはずもない」
テッサの問い掛けに、俺は非情だが現実的な感想を告げる。
家々はすべて薙ぎ倒されている。凄まじい衝撃によって崩されたものだ。火の手はどこからも上がっておらず、焦げた木材などもない。にも関わらず、そこほこに狐面族の死体が血と臓物、肉片と一緒に転がっていた。
血の匂いを覆い隠すように、吐き気を催すほど陰惨な臭いが立ちこめている。この暑さだ、そりゃウジも湧くしハエの類も飛び回るだろう。倒壊した家屋に潰された人もいたということを、そうした羽虫が言外に告げてくる。
俺はこれ以上の地獄を知っている。だから耐えられるけれど、テッサはそうではない。顔色を悪くして口元に手を当てているので、彼女を村跡からやや離れた場所へ移動させる。メイやトールたちが居なくて良かったのかもしれない。
「アイツの仕業か?」
「それ以外にないだろうな。まあ別の八刀将の仕業かもしれないが、領域を区切って支配しているようだから、十中八九アイツだろう」
アキツは俺にヘータを差し出せと言った。生き残りの狐面族に居られたら困るからだと思われる。それを考えると……偶然倒壊から免れて生き残った者がいる可能性も、尚更低くなる。
そもそも、この村には戦力となる者が少なかったと考えられる。森から出たときに俺を襲った魔法の嵐。あれを放ったのが狐面族だからだ。あれだけの数を出して、まだ戦力が残るというのはちょっと考え難い。
アキツからすれば赤子の手を捻るような容易さで蹂躙したのだろう。
「誰かっ! 誰かーっ!!」
悲痛なまでの叫びが響いた。どこからも、返事はない。
もう沢山だ。見ていたい光景ではない。
「テッサ、引き剥がすぞ。で、ヘータに付いておけ。自決されても気分が悪い」
「……わーったよ。んで、魂はどうする?」
「おまえ、魂の中にある人格と話せるか?」
たしか、悪魔にはできた気がする。魔人のときにそういったことができていたはずだ。
「魂と話すのなんて悪魔にもできねえよ。叔母さんなら情報を読み取ることくらいはできたけど、あたしには無理だ」
「そうか。なら……ヘータに許可を取った後で、すべて鎮魂しろ。喰うなよ?」
「喰わねーよ。こういう魂は苦いから好きじゃない」
味があるのか? 嗜好品なんだからあるか。まあ、別に喰わないなら問題ないさ。
ヘータにはテッサを付けておけばいい。俺は狐面族の村に背を向け、さらにそこから離れた。
ある程度距離を取った後、手頃な木を見付けて殴り付け、へし折った。
「ちょっとは……スッキリしたか?」
ああいった被害を受けた者への同情心は既に悪魔に契約で渡している。義心による憤怒もそうだ。けれど、「英雄」の残滓がまだ残っているのか、ふつふつと弱火で煮るように俺の心を苛立たせる。
あの頃、助けられなかった村や町があった。
「欠落」となった今なら、別のやり方で救えるのではないか? そんな思いがなかったといえば、嘘になる。たとえそれが魔族であったとしても、変わりはしない。命は命だからだ。だから俺は人間でも魔族でも邪魔なら殺すし、助けようと思えば助ける。
命の価値は個人によって違えど、生きていたという重さは同量なのだ。誰にだって家族もいれば、一人くらい大切だと思える者がいる。本人が気付いているかいないかは別として、必ず存在するのだ。
「はあ……」
大きく深呼吸し、一度頭をリセットさせる。乾いた、強い熱を孕んだ風が肺腑を充たし、そのまま心を乾かしていく。
冷徹を心掛け、「英雄」ではなく「欠落」で在ろうとする。
「『剣舞』は何の理由があってこの村を滅ぼした?」
狐面族は自軍の配下であったはずだ。なにしろ魔族なのだから。普通に考えれば、それを潰すなんて理由は思いつかない。
では、普通で考えるのをやめよう。俺のいう普通とは一般人としての感覚。一般庶民や、ただの冒険者としての感覚である。
これまでの知識やヘータから聞いた話によると、魔族というのは人間社会における貴族に近い。であるなら、貴族社会としての側面からアプローチするのが正解に近付くヒントになる可能性がある。
「王家が末端貴族を滅ぼそうとする理由か。……実益、だな」
理由もなく貴族を潰そうと考えるはずもない。そこには必ず理由がある。具体的にいえば、滅ぼすことによるメリットだ。
狐面族は才能限界の低い種族。ゆえに、魔王軍ではそれほど重要ではない。けれど、かといってわざわざ潰すほどのこともないだろう。魔王なら気にしないかもしれないが、人間社会ならそんな王家はクーデターを起こされても仕方ないのだ。
なら、そこに踏み込みに至る後押しが……理由があったらどうだ?
そして、その理由とは何だ?
「有力な魔族による圧力、か……」
情を取っ払った場合、魔王軍が欲しいのは強い魔族である。彼らの席を用意するために弱い魔族を切る。さながら、エルフがドワーフを切ったように。
強い弱いといっても、それは所詮魔族の話。魔王には絶対に勝てない。極端な話、「剣舞」の魔王軍全員が「剣舞」へ叛旗を翻しても、勝つのは「剣舞」になる。考えるまでもなく、魔王固有のスキルによって逆らうことは不可能なのだが。
ただ、魔王固有のスキルの限界を俺は知らない。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。でも普通に考えるなら、あるだろう。限度なくいくらでも支配下におけるのであれば、大陸を支配する魔王として、すべてを魔族として認めて平定させるのが一番楽なはずだ。
逆説的に考えて、支配下におけるのには上限がある。
であるならば、魔王はこう考えることもあるだろう。「逆らえないのだから、どんどん強い魔族を取り入れるべきだ」と。
「だから全員殺した……有り得てしまうな」
取り零しがいれば、そいつから話が漏れる可能性がある。あるいは余計な行動を起こされるかもしれない。それなら皆殺しにしてしまった方が早い。死人に口はないのだし、存在価値がないとして見限ったのだから。
「……一番有り得そうだけど、こればかりに固執するのも問題だな。別の可能性も考えるか」
もし外れていたときのことを考えると、別の可能性も探っていた方がいい。どういう状況で役に立つかわからないからだ。
昔、川で溺れていた子供を助けたことがあった。それを近くの村に送り届け、言葉だけの感謝を受け取って村を去ったのだ。それからしばらくして、ある国に滞在した。そうすると、その国で一番の鍛冶屋の長男が妻に娶ったのが、俺が助けた子供の姉だった。
その話が伝わっていたのでえらく感激され、家宝とされていた剣を譲られたのだ。もう昔のことであの剣は折れてしまったけれど、自分がちょっとした親切心でやったことが返って来て、とても嬉しかった覚えがある。
情けは人の為ならずともいうし、何がいつ自分に影響するかもわからない。未来は未定だからだ。
だからこそ、不測の事態をひとつでも穴埋めするために考察しておかなくてはならない。
「魔王の我が儘、癇癪である可能性。……これも有り得るから、タチが悪い」
特に「強欲」を思い返すと、むしろアイツ、その可能性しかないんじゃないかと思えるくらいだ。普通に自分の支配下の魔族を滅ぼしたりしていたからな。まあ目に付くくらい弱い魔族だったらしいけれど。
そういう意味では、「強欲」の取っていた行動は先程の俺の予想のものともいえるか。違いがあるとすれば、それを他の魔族へ公開するかどうかというところ。「強欲」はそれによって、各魔族たちにレベルを上げるよう促したのである。
死にたくなければ使える人材になれ。強くなれ。強くなれば、ある程度好き放題自由に生かしてやる、と。
「狐面族が、何かした? それも『剣舞』の逆鱗に触れる何かを……」
その可能性――として挙がるのは、やはりエルフとの一件か。
「……! そうだ、忘れてた」
俺たちの荷物を漁っていたハーフエルフの男はたしか、こう言っていた。狐面族たちの作る武具はドワーフのそれに勝る、と。だからこそ、次期村長であるカルネはドワーフを切って狐面族と手を結ぶことを選んだのだ。
けれど、背後の村を見渡してみて、そんなことが有り得るのだろうかと思ってしまう。
狐面族の村は崩壊しているが、その名残から元の形を想像するに、素朴な村だった。一般的な村と呼べるものそのものくらいだ。少なくとも、鍛冶技術に長けた村には見えない。そうであるなら、もっと炉などの施設が散見されてもいいはずだが、目を皿にして調べてようやくひとつ見付かったくらいだ。
「狐面族のブラフ……? いや、有り得るか。エルフをだまくらかしてハーフエルフを手にして…………それを魔王に献上しようとした?」
エルフは魔族ではない。彼らは決して配下に加わろうとしない。「強欲」はそれに苛立ったため、エルキア大陸のエルフの集落は俺が守ってやったところを除いて全滅したはずだ。
「んん、駄目だな……これ以上考えると、逆に後々面倒になりそうだ」
勝手に頭の中で考えたことが先入観となって判断を鈍らせることも有り得る。これ以上は材料が足りないし、考えるべきではないと判断する。そもそも、俺のいうエルフというのはエルキア大陸の者たちだけだ。この大陸のエルフはまた違う感性を持つかもしれないし。……身内を使ってハーフエルフを増やして人身売買するって時点で、だいぶ違うな。前提条件が間違ってるかも。
色々考察したことで気持ちもフラットになったし、村跡へ戻ることにした。
「テッサ……」
呼び掛けて、止まる。
村の入口前でヘータはしゃがみ、胸の前で両手を組んでいる。その前にテッサは立ち、高く澄んだ声で歌い出した。
朗々とした歌声は銀糸のように細く、美しい。日射しが呼応するかのように銀色を強め、蒼空へ吸い込まれていく。
ふわり、と風が起こった。熱はそれほどなく、汗が引いていくのを感じる優しい風だ。
「…………驚いた。あいつ、鎮魂歌なんて歌えたのか」
教会でもよくある鎮魂歌。魂を浄化し神の御許へ送るための葬送曲でもある。
聞いたことのないメロディだったが、おそらく悪魔流のものなのだろう。悪魔に鎮魂歌なんて概念があるのかどうかは知らないが。
声を掛けるのも躊躇い、その場で立ち止まってテッサの歌を聞く。
神職系ロールを持たなくても鎮魂歌は歌える。歌なのだから当然だ。そもそもスキルとして存在する〈鎮魂の儀式〉は死んだ肉体が決してアンデッドにならないようにするためのもの。本来の意味での鎮魂歌とは別物なのである。
死んだ者は何も言わない。死者を悼むのは所詮生き残った者の感傷だ。
けれど、そんな風に割り切れる者は少なくていいと思う。
その感情は人として、生物として、あるべきものだと思うから。
俺みたいに感情が継ぎ接ぎだらけになった、欠落品のようにはならなくて、いい。
やがてテッサの歌が終わった。彼女は俺に気付いていた様子だったが、最後まできちんと歌い切った。それから俺に向けて嫌そうな顔をする。頬がやや赤いから、たぶん柄に合っていないと自覚していたのだろう。
ヘータは今もなお、姿勢を保ったまま動かない。
「ヘータ、もう終わったぞ」
「………………はい」
声を掛けると、ようやく彼は立ち上がった。それでもまだ俯いたままだが。
「テッサ、魂は?」
「あたしが今歌ったの聞いてなかったのかよ?」
つまり、無事葬送できたということらしい。俺には魂なんか見えんし、本当に成功したかどうかもわからねえよ。
「ヘータ。なんで狐面族はエルフと手を組んだんだ?」
こんな状況で聞くのもアレかと思ったが、そんな風に彼を気遣ってタイミングを遅らせた結果、トールたちが被害に合っても馬鹿らしい。
それに、今の彼にはまるで関係のないことを考えさせた方がいいと思うし。
「わかりません……。僕は、ただ言われただけなんです」
「そっか、わかった」
村はそれほど広くない。適当に歩き回り、損傷の少ないソレを見付ける。火で焼かれたわけではないから、どこかにひとつくらいはあると思っていた。
「ほれ。受け取れ」
「え? これは……」
俺がヘータに渡したのは狐のお面だ。
「今はおまえしか残っていないんだろ。なら、おまえが最上位の狐面族だ」
「……今更、これを被っても……」
「そうか? おまえは生き残ったんだから勝ち組だろ? ここの連中は死んだんだから負け組だ。おまえのが優れてるんだから、それを被る権利はあるはずだぞ」
テッサが反射的に俺を睨むが、視線で黙らせた。
「……ぅ、ぅうあああああああっ!」
ヘータは拳を大きく振り被り、俺へ向かって駆けてくる。殴られる義理もないのでひらりと躱し、脚を払って転けさせた。
「あうっ!?」
「弱いな。それが狐面族か?」
「く、ぅ……ぅぅう……」
立ち上がるが、再度殴り掛かる気力はないようだった。
「いいか、よく聞け――おまえは勝ち組だ。生き残っちまった。だからおまえには、他の負けて死んでいった連中の分も生きる義務がある」
勿論、出任せだ。そんな義務はない。なんで勝手に死んだやつの分まで自分が生きなければならないのか? 俺なら勝手に責任取らせんなと文句を言うところだ。
けれど……そうとでも思わせなければ、ヘータはここで心折れる。
こいつは弱い。レベルも低ければ、心も弱い。それが一番の問題だ。
ヘータの心が折れ、生きる気力が挫けてしまうのなら――その代わりになるものを彼の芯に挿げ替えればいい。
「禊みたいなものだな。おまえは弱いよ、ヘータ。けどおまえは狐面族最後の生き残りになってしまったんだ。もう弱いままじゃいられない。そいつを被って、弱い自分と決別しろ。狐面に相応しい男になれ」
世の中はいつだって残酷だ。準備時間など与える暇もなく、唐突に自分の大切なものを奪っていく。それに嘆く気持ちはわかるが、嘆くだけじゃ何も変わらない。嘆くのであれば、それを後に力にしなくては。でないと、ただ嘆いただけで、成長は望めない。成長しなければ、また何かを誰かに奪われるだけ。
非情な現実を知ったのならば、それに立ち向かえるだけの強さを手に入れるべきだ。だって、自分の立っている地面があやふやで、いつ崩れるかわからないものだと気付いてしまったのだから。
ヘータは両手で狐の仮面を見詰め、訊ねてくる。
「なれ、ますかね……強い自分に……」
「さあ? それは知らん。おまえがなるかならないか、それだけだ」
それに、言っただろうと続ける。
「勝ち負けは自分で決めろ。強くなれるかどうかも一緒だ。そして、その焦点も自分で決めるんだ」
ヘータは才能限界に到ってしまった。余程のことがない限り、彼が戦闘能力という点で強くなるのは不可能だ。なら、それ以外の手段で強くならなければならない。
「なります」
短く、熱く重い息を吐いてヘータはそう告げる。
「強く、なります。ならなきゃ、いけないんです」
言って、タヌキの仮面を外し、狐の仮面を被る。そして自分の足で、地面に落としたタヌキの仮面を踏み砕いた。
これまでタヌキの仮面に見慣れていたから、その姿は似合ってないように見える。さながら、子供が背伸びして大人の服を着ていたり、化粧をしているようにも思えた。
でも、それでいい。背伸びしなければ見えない景色だって世の中にはあるはずだ。子供とは本来、大人に憧れて大人になるものなのだから。
「よし。じゃあ、強くなるための一段目は協力してやることにしよう」
言って、手を伸ばした。
「俺たちは今からエルフの隠れ里を急襲する。そこで仲間たちが捕われているからな」
「そうなんですか!? じゃあ、僕たちは……」
「まあ、敵だな。だから言ったろ? 生き残れてるだけで勝ち組なんだって」
俺を敵に回すだなんて、考えられないくらい運が悪い。けれども、ヘータはその運の悪い一行の中、生き残った。運だけでいうなら、こいつはすごいんじゃないだろうか。俺たちと同行することでアキツからも救われたのだし。
「俺を敵に回した以上、エルフたちは酷い目に遭うぞ……というか、遭わせる。だからおまえが、その後のエルフどもをまとめろ」
「できる、でしょうか……」
「いや、できるかどうかじゃねえよ。やるかやらないかだ。そんで、できなけりゃもう全部放って逃げりゃいいだろ。俺はその後のエルフのことなんざどうでもいいんだから」
俺に対して恨みを抱くエルフが少なくなる分には好都合なので、もしヘータがまとめられるなら任せたいだけだ。ヘータにしても、風雨を凌げる場所を手に入れられるのは悪いことではないはず。
それにあそこなら、モンスターに対しては安全なはずだ。エルフたちに対しては知らんけど。
けどやはり、駄目なら逃げればいい。そこは自由である。
「ま、もしおまえが成功したら、俺としては儲け物だってだけだよ。気楽に考えな」
「……そう、ですね。そうします」
うん、少しは強くなれたようだ。一時的なものかもしれないが、それでも強くなった瞬間があるかないかは重要である。それが自信に繋がるかもしれないのだから。
「そういうわけだ、テッサ。そろそろ、メイたちを助けに行くぞ」
「……おっけ。よーやく、あのクソエルフどもを痛い目に遭わせられるわけだな?」
「そういうこと」
まあ、今日は時間も夕刻に近付いてきているので、明日になってからの話なのだが。俺も〈冥府からの呼び声〉やら精霊召喚やら〈空中歩行〉やらで魔力をかなり消耗したし、その回復もしておきたい。
その日のうちに家々から金目のものや魔具などの役に立ちそうなものを回収することに専念する傍ら、テッサに近くの森などから食材となる獲物を狩らせ、食事にすることにした。幸い、ヘータのロールは「料理人」であったため、彼に任せれば助かった。ロールを無駄にすることなく、行軍などの際は料理を作っていたようだし。
一晩明け、俺の魔法で狐面族の村跡を完全に焼き払う。死体がアンデッド化しないための処理だ。光と火の複合属性である〈浄化の光炎〉ならばスケルトンが生まれることも防げる。
同時に、狐面族の村を燃やし尽くすことで、ヘータに覚悟を決めさせた。自分の心の中で誓うだけでなく、生まれ育った故郷が消える瞬間を目に焼き付かせることで、覚悟をより強固にさせたのだ。
「さようなら。…………それと、いってきます」
ヘータは最後に、村へ向けてそう告げたのだった。




