6-7
敵の魂の形からその姿を見出そうとテッサに指示を与えていたが、どうもうまくいかないらしい。
「くっそ、速過ぎる……!」
テッサが歯噛みしながら呟く。
「気にするな。俺の目でも完璧には見えない。目を慣らせ。意識を集中させろ。死なない限りは負けじゃない。で、俺は死なないし、おまえらを死なせもしない」
軽く頭を叩き、告げる。その間にも敵の猛攻は続く。自由自在に飛び回れる敵に比べ、こっちの足場は俺の召喚した大気の精霊頼みだ。最大速度の差もあり、どうしても後手に回らざるを得ない。
だんだんと要領を得てきたのか、敵は少しずつこちらに身体を近付けてきていた。そのせいで衝撃波などの威力そのものが上がり、大きく身体が揺れる。このままではジリ貧だ。召喚すべきは大精霊だったかと臍を噛むが、そのぶん今の俺が使える魔力量には余裕があると考えるべきだろう。
刻一刻と形勢は不利になっている。同系統の召喚魔法であるため、大気の大精霊をここで召喚することはできないし、新たに大気の精霊を呼び出すこともできない。それが可能になるのはこの精霊が消えてからだが、空中に放り出されてしまうと、即座にヤツの猛攻で地面に叩き落とされてしまうだろう。
精霊が消えるのが先か、敵を捉えるのが先か。鉛を少しずつ呑まされているかのようにじわじわと腹の辺りが重くなっていくのを感じる。
「――視えたっ!」
くわっと目を見開き、テッサが叫ぶ。
「この精霊と同じだ! 普通の生物じゃないぞ、アイツ!」
スキルで召喚した精霊とエミリーのような天然の精霊は違う。俺が擬似人格を与えなければ、この精霊は魂なんて持たないのだから。言ってしまえばスキルによって作り上げられた魔力の集合体なのである。
そして、それは敵も同様であるようだ。
「アイツもスキルで作られた存在ってことか?」
「いや。それにしては色が濃い。それならもっと希薄になる。なんだアレ!?」
知らんがな。
けど、まあ。敵の情報を少しでも得られたのは幸いだ。反撃の糸口にはできる。
普通の生物をスキルで改造した存在。そう思えば良いのだろうか。
持ち得る材料で敵の存在を想像する。
俺のレベルを上回るということはまずないだろう。どんな存在であろうと、四〇〇レベルに至るまでには幾度も才能限界を何らかの方法で突破しなくてはならないのだから。そしてまともに考えて、それをできる存在が魔王でないはずもない。
ということは、コイツが「剣舞の魔王」か? それも違う。ヤツは「我の領域に」と言っていた。魔王なら「自分の大陸」のような言い方になるはず。ヤツの発言が魔王のソレだとしても間違いではないが、不十分であるような語感があった。そも、魔王ならテッサのいう魂の色という点でも間違いになるはずだ。
魔王軍上層部で、スキルによって改造された存在。そしてこの実力を考えると、妥当なのは「剣舞」自身が改造した存在だ。そうでないというなら、「剣舞」の陣営の層が分厚過ぎる。「叡智」の魔王軍に余裕で勝っているといえるほどに。なので、ここは「剣舞」が改造した存在と仮定しておく。最悪のケースを考えておいた方が後々マシなはずだからだ。
魔王が改造した存在で、だからこそ信頼して領域を任せた。納得できる。「強欲」でいうと四天王のような者たちだ。だが、四天王ほどの脅威かといわれると、違う。今これだけ劣勢なのは宙空で戦っているためだ。これが地上なら、本気は出す必要があるかもしれないが、十分に勝てる。
今の俺の目で追い切れないほどの俊敏性。そしてこの攻撃力ということは、筋力のステータスも高い。けれど、俺よりはもっとレベルが低いはず。……耐久力や魔力といったステータスが他に比べて劇的に低い、とかか?
生物を改造するスキルを有するロールはいくらかある。だが、それらは特定の生物に干渉できるものばかりで、多種多様な生物を自在に弄れるような凄まじいモノではない。
ではその中で、コイツのようなケースを考える。
「『剣舞の魔王』のロールは『蟲使い』だな?」
告げると、ビタッと敵の動きが止まった。
そうしてようやく、俺たちは敵の姿をきちんと視認する。
縦に細長い身体は一本の刀にも思えた。
手脚は合計六脚。四脚は木の枝より楽に折れそうなほど。残る二脚は四脚から少し離れて腕の代わりになっているようで、脚よりはやや太いが、やはり細い。
背中にはほぼ同じ大きさと形をした二対の翅。翅脈が走っているが、それが複雑怪奇な模様のようになっている。
頭部には小さな触覚が二本。頭の大部分は二つの目に占められているが、これらは複眼であるため、実際は夥しい数の目があると思った方がいい。
魔族であるためか、モンスターとは違って変質している。多少人間に近しい身体をしているのは「剣舞」の趣味であろうか。
この敵の正体はトンボだ。それがスキルによる改造を受け、ここまで強大な存在となっている。
もはや改造とかいう段階を超えている。魔改造と言うべきだ。魔王がやったんだし、それでいいだろう。
「我は『剣舞の魔王』様が生み出した八刀将が一員、アキツである。貴様の名を聞こう」
「名前は事情があって言えない。『欠落の勇者』と呼ばれてるよ」
やはり「剣舞」のロールは「蟲使い」だったようだ。そして八刀将? 四天王のようなものだろうが、こんなのがあと八人もいるのか? 考えたくもねえな。
話すのと同時に、義眼のスキルでステータスも視ておく。これだけ宙空に停滞してくれれば、情報取得に掛かる時間は十分に稼げた。
アキツ。種族は魔蟲族。一八八レベル。「飛行士」と「剣士」のダブルローラー。
「剣士」は「戦士」と少し違い、剣しか武器を振るうことができない。厳密には使うこともできるのだが、そうなると「剣士」のスキルがどれも使えなくなるのだ。代わりに俺も所有している「剣戦闘」のスキルが得られるため、剣での攻撃にスキルの補正が掛かる。
ステータスは予想通り、敏捷が飛び抜けて高い。続いて筋力が高いが、これは敏捷の半分ほど。耐久も筋力の次だが、残りはほとんど同じくらい低い。とにかく素早さに一点特化したタイプだといえる。
倒すのは容易い。一撃擦らせるだけでもカトンボのように終わるはずだ。
問題は、攻撃を当てること。四二〇レベルの俺でも敵わないほどの敏捷性かつ、ここはヤツのテリトリーたる空中である。さらにアキツには「飛行士」のロールがある。普通の人間がこのロールを持つと冗談抜きで意味がないのだが、コイツにとってはこれ以上ないほど合っていた。……不自然な程に。
「その後ろにいる少年は……狐面族だな? 運が良いことだ『欠落』。ソレを我に差し出せば、命だけは助けてやる」
上から目線。俺が「欠落」だと知っても何も気にしない態度。……メサイアが「剣舞」に俺のことを伝えているかどうか不明だったが、伝えていないようだ。あるいは「剣舞」が八刀将に教えていないか、か……。
「なんでヘータを狙う?」
「我に聞ける立場だと思っているのか?」
複眼すべてが俺を狙っているかのような眼光。一気に数十万人から睨まれるのにも匹敵する威圧を受け、俺に抱き着いているテッサが身体を強張らせた。
「オマエの方こそ――身の程知らずもいい加減にしろよ?」
威圧をすべて受け流し、こちらも威圧しておく。アキツは一瞬たじろいだような雰囲気を漏らした。すぐに平静に戻ったのはさすがは八刀将といえるだろう。
レベルやステータスを視れなかったさっきとは違い、もはやアキツの能力は丸裸だ。問題なく、倒せる。そもそもステータスが判明しようとしていなかろうと、まともに俺に勝つには魔王級の力が要るのだ。もしもこの場で精霊が消えたとしても、最悪俺一人なら問題なく生き残れるのである。勿論、テッサたちを見殺しにする気など毛頭ないが。
「〈春雷〉」
広範囲を焼き払う下級魔法を放つ。瞬発力の高い魔法なのだが、やはりアキツの速度だと捉えられないようだ。一瞬にして〈春雷〉の効果範囲から逃れていった。
だが、別に問題ない。元々ヤツを遠ざけるために放った一手だ。反動も最大値であるとはいえ、これだけ弱い魔法なら大したものではない。
本当に今ので殺すつもりなら、もっと範囲の広い魔法を使った。それこそ広範囲殲滅魔法とか、だ。加護も乗っけて本気で放てば、国ひとつは軽く焦土にできるだけの威力と範囲も持たせられる。
「テッサ、よく聞け」
「あ、ああ……」
少し顔色が悪いが、気にせず続ける。
「ヤツを鎖で拘束しろ」
「な……無理だろ! あのスピードだぞ!?」
「俺がやりやすくさせる。だが、おまえの攻撃はアイツにとって想定外のはずだ。もしあっても余裕で躱せると思ってるはず」
ゆえに、その油断を逆手に取る。
「一度外せば警戒される。一度のチャンスで確実に決めろ。自信がなければ、できるタイミングまで待てばいい。確実性だけを取れ」
「…………ッチ。無茶苦茶言いやがる」
不満を口にしつつも、口角は微かに上がっている。
「けどまあ、雑魚みてえに思われるのも癪だよな」
「その意気だ」
アキツが遠くから複雑に角度を変え、一気に接近してくる。突進してくるかと思えば直角に何度も折れ曲がり、前方からくると思った瞬間には後方から攻めてくることもしばしば。
(精霊! まだ行けるな!?)
『当然デス。此ノ身ハ召喚士様ガ御呼ビシタモノ。アノ様ナ雑魚相手ニヤラレルコトナドアリマセヌ』
大言を吐くな。けど実際、大気の精霊はアキツの直撃を一度として喰らっていない。暴風圧や衝撃波までは回避できないが、それでも俺たちを振り落とされない程度の揺れで抑えている。俺にしがみついているとはいえ、気を失ったヘータが落ちていないのが何よりもの証拠だ。さすがは俺が召喚した精霊であるといえるだろう。有能アンド有能。
「よし。なら……」
右腕を頭上に掲げ大きくゆっくりと回す。
魔力を放出し、それで天空を掻き混ぜるように。
遠くにいたアキツは俺が何をしようとしているか気付いたらしい。焦った様子で、角度を変えることもなく一直線に突っ込んで来た。
俺が発動しようとしている魔法は〈核熱術式〉。攻撃系魔法ではなく、熱を発生させる魔法だ。そのため、使い方によっては超広範囲に作用させることもできる。
ヤツはこの空一帯の領域を支配しているようだが、本来この大陸を支配しているのは魔王である「剣舞」だ。八刀将ということは、それを任されているということ。本当に四天王とよく似ている。ひょっとすると、四天王の存在から着想を得たのかもしれない。どうでもいいが。
ただこれは逆にいえば、俺が超広域で〈核熱術式〉を使うのを阻止できなければ、支配できなかったということになる。これは自分の主人である「剣舞」の顔に泥を塗ってしまったということだ。八刀将であれば絶対に許されざる大罪である。
〈核熱術式〉の威力は使用者の魔力ステータスや費やした魔力に比例する。これだけ広範囲に作用させようとすれば、相当の熱になる。局所的な竜巻の発生や砂漠が突如として生まれることだってあるだろう。ハッキリ言ってしまえば、範囲内で暮らす魔族たちの村などが最低でもひとつふたつは潰れる。
魔王軍に将来的に入るはずの者たちが永遠に消えてしまうのだ。また、その被災地の復興にも膨大な時間が掛かるだろう。
単純な攻撃系魔法なら、残留した魔力を散らせば他の魔法で容易に復興させられる。勿論、それに相応しい技量と魔力は必要となるが。だが〈核熱術式〉の場合は残留した魔力が消え難い。
いうなれば、俺は「剣舞」の土地を部下たる八刀将の目の前で汚そうとしているわけである。それもそう易々とは癒せない毒沼をだ。
ゆえに、アキツは俺を仕留めるしかない。〈核熱術式〉を使われる前に。
エルフたちはトールたちやドワーフたちを人質に取った。
それと似たようなこと。俺はこの地域の魔族や生物、土地、すべてを人質に取る。
「貴様ァァァッ!」
超高速で一直線にアキツが飛来する。それはさながら流星の如く。
光の矢と化したアキツに対し、〈核熱術式〉の準備に入っている俺は抵抗できない。あとは精霊が避けるのを待つしかないが、精霊の速度をアキツは既にある程度見切っているはずだ。ゆえに先程削って来たとき、少しずつ距離を近付けて来たのだから。
「トンボ風情がこのあたしを無視してんじゃねえっっ!!」
そこへ、テッサが正面から咆哮する。
それは「獣魔使い」のロール固有スキルである〈服従の眼光〉と〈威圧の眼光〉。片方だけならレベルが高いアキツはレジストできたかもしれないが、テッサは両方を同時に放った。それでも大部分はレベル差によって軽減されるものの、あいにく彼女は小悪魔であるため、魔力のステータスは高い。一方、アキツの魔力ステータスは低い。
軽減されても、無効果までは到れなかった。
ほんの僅か、一瞬――アキツの思考に強制的な空隙が捩じ込まれる。
それでも鍛え上げた肉体や魔力制御技術は、意思を介在せずとも問題ないよう作り変えられている。こればかりは魔改造ではなく、アキツが八刀将と呼ばれるに相応しいだけの血と汗を流し続けた証左。
ただそこで問題となるのは――アキツは〈閃光一射〉というスキルを行使して突進していたこと。
本来なら「射手」や「猟師」などのロールが弓を使って放つスキルだが、アキツは「飛行士」のロールを用いて自身の肉体を一本の矢として使用した。
ゆえに、肉体は意思を持たぬ一本の矢に変貌してしまっている。
そこをカバーするのが思考。されど、それをテッサは二種の〈眼光〉で空隙を作り出した。
俺がアキツに一直線の突進を誘導し、テッサは回避能力を削る。
放たれる鉄鎖。二本のそれらが真っ直ぐアキツへ飛来する。
気付いたときにはもう遅い。既に鎖は彼へ向かって放られており、肉体はこちらへ向かって突っ込んできている。相対的な速度は果たしてどれほどのものか。
自分の飛翔速度や複眼による脅威的な動体視力と視野があるからこそ、むやみやたらと突進するだけの攻撃が成り立っていたのだ。テッサは鎖を放る瞬間をアキツに認識させないようにさせた。ヤツが気付いたときには既に自分へ向かって放たれている。ここからでは避けられない。避けられるはずがない。
「ぐあっ!?」
「なんちゅうボディバランスだ」
などと考えていたが、腐っても八刀将。「剣舞」が支配地を任せるほどの信頼する魔族。自身が魔改造したからこそともいえるか。
身体を捻ることにより、一本の鎖を回避してみせた。さすがにもう一本は不可能なようで、四つある翅のうちのひとつを巻き付けて封じ込める。
だが普通ならバランス崩して落ちてしまうはずなのだが。
「っしゃあ! 往生せいやあ!」
使いかけていた〈核熱術式〉を放り出し、精霊の背から宙空へ飛び出した。今度は俺の番だ。
「〈空中歩行〉」
スキルを用い、足下に魔力で足場を作り出す。一気に跳躍し、鎖で繋がれたアキツへ肉薄する。
剣戟の範囲内に入ったならば容易く葬ることができる。
「それでも、遅い!」
「っどぉ!?」
アキツはひとつの翅を封じられてなお、残る三つの翅をそれぞれ別に動かすことで自在に動く。ただそれでもテッサに繋がれているため、飛び難そうだ。バランスも取り難いのだろう。飛行能力は格段に劣化しているといえた。
だがそれでも、俺を牽制し、攻撃を回避するには十分なほどの機動力。
最近では「叡智」の魔王軍を見続けていたからか、舐めていた。あそこは弱体化しているのに、それを普通のように思えてしまっていた。
大陸ひとつを支配する魔王。その配下である魔王軍、とりわけ幹部クラスというのが精強でないはずがない。単純な強さだけならば「強欲」の四天王の方が強いかもしれないが、速度一点特化な分、まともにぶつかればアキツの方が手強いとすら感じる。
片手剣を抜き、アキツと対面する。
「なんでヘータを欲しがる? それを素直に話すなら、命は見逃してやってもいいぞ。オマエ、運が良いな」
「チッ。人間風情が、我の命を見逃すだと? 舐めるなよ?」
先程と似たような台詞が交錯するが、今度は逆の立場だ。
「舐めるもクソもあるか。オマエみたいなカトンボが俺に勝てると思うな」
「トンボとカトンボは違う!」
そこか。オマエのキレるポイントそこか。どうもトンボにはトンボなりの矜持があったらしい。
ただコイツの逆鱗に触れてしまったことで、どうやら正直に話すつもりはなくなってしまったようだ。元からなかったかもしれないが、どちらにせよ俺は困らない。コイツを殺さない場合は意図的に制限して戦う必要があるが、殺していいなら普通に力を振るっても何の問題もないからだ。
「この程度で我を止められると思うなっ」
「うわっ!?」
アキツは細い腕で一生懸命頑張って鎖を引っぱり、テッサを精霊の上から引き摺り下ろす。鎖を翅に絡めたのを逆手に取られた状態だ。鎖は彼女の命綱となり、アキツの手刀か何かで切断されれば、彼女は落下して死ぬことになるだろう。
「さて、人質ができたが……」
「そんなんで上手に立ったつもりだから雑魚なんだよ」
テッサに視線を向け、顎で指示する。理解した様子で頷くと、テッサはエミリーと同じようにふわりと自由に浮き、ピンと張られていた鎖はだらんと弧を描く。
「な――!?」
「理解したか? 少し賢くなったな」
テッサが浮いたことに消費した魔力はゼロ。つまりスキルでなく、彼女個人が所有する通常技能である。人間が腕や脚を自在に操れるように、アキツがその翅で空を飛べるように、テッサも自由に宙空を泳げるのだ。それは彼女が人間でないことを意味する。
その衝撃に、アキツの意識にはまた空隙が生まれてしまった。
瞬間、俺はヤツの懐まで一気に肉薄する。
「賢くなった意味はないけどな」
「ック!」
アキツは翅を振動させ、後方へスライドするように飛行する。
鳥や虫、ドラゴンなど色んな飛翔生物が存在するが、真後ろに飛行できるのはトンボだけだ。
俺の斬撃は片手剣によるものであるため、リーチが短く当たらない。またアキツは「剣士」のロールであるため、〈剣捌き〉のスキルも所持しているはず。剣撃系スキルの威力を軽減させるスキルである。
ゆえに、俺にここまで肉薄されても問題ない――と思って後方へ移動したのだろうが、残念だったな。
「〈山崩し〉」
俺は打撃系スキルを剣でも使えるようにするパッシブスキルを所持している。攻撃の性質が違うため〈剣戦闘〉による補正は乗らないが、この程度の敵なら問題ない。
打撃系スキル〈山崩し〉は魔力そのものを、振動を伴う衝撃波として放つ。当然この攻撃に〈剣捌き〉による回避の恩恵は得られない。
「が――――」
アキツの全身へ同時に超振動と衝撃波が叩き込まれる。点でも線でもない面による重圧を受け、ヤツの身体は木っ端微塵に粉砕された。
攻撃さえ加えてしまえば、速度一点特化な分、耐久は異様なほど脆い。なんてアンバランスなヤツだ。当たらなければ防御は要らないってことか? 俺はないけど、必中攻撃のスキルだってあるんだぞ?
「……あん?」
透明な血液や体内組織が空中にブチ撒けられる中、生物の体内にはないはずのものを発見し、剣を上に放り投げてそれを掴む。
「紙……か?」
一度ポーチにしまってから降ってきた剣をキャッチ。鞘に納めてからまた紙を取り出しつつ、精霊の背中に戻る。ヘータは依然として気絶していたため、今度はやむをえずテッサを後ろに回して彼が落ちないよう掴んでいてもらった。
それよりも、俺はこの紙が気になる。
「なんだ、この文字……」
長方形で長細い。文字らしきものとよくわからない模様が描かれている。そしてアキツの体内から出て来たのにも関わらず、血などの体液で濡れていない。どう考えてもおかしい。普通のものではない。
「テッサ、この文字読めるか?」
「…………いや、見たことないな。けど、さっきのヤツの魂の色と似てる」
俺にはただの黒色に見えるが、テッサには細かな違いがわかるようだ。
「『蟲使い』にこんなものは要らない。じゃあなんだ? こういった紙を触媒……媒介、いや…………」
少し引っ掛かるところがあるんだけれどな。どこだ? どこで見た?
「おーい。それより、こいつどうするんだよ? 起こさなきゃ狐面族の村まで道案内させれねーぞ」
「ほっとけ。そのうち起きる」
紙、紙……紙を使う職業やロール……トランプ……トランプといえばギャンブル……うっ、頭が! もうギャンブルについて思い出すのはやめよう。負けを認めてないから負けてなんかないやい!
裏返してみるが、そちらには何も書かれていなかった。やはり表だけのようだ。
「紙といえば、何かを書くものだ。書くもの……書かれたものといえば本。本……!?」
魔法陣というものがある。あまり使う者はいないが、魔具の一種である。それも「魔法使い」や「賢者」でなくても、魔法を使えるロールなら誰であっても使えるし、作ることができる。
たとえば俺が自分の魔法を魔法陣として記した場合、他者は俺の魔法の威力でそれを使うことができる。一発限りの消耗品だが、汎用性に掛けては最高の一言だろう。
ただ使い手ではなく作り手となると、複数の障害がある。作成にあたってスキルこそ必要としないが、その魔法をきちんと理解し、魔法陣を作成するための知識を有し、経験も積んでいないといけない。
そのため魔法をひとつでも修得している者なら皆魔法陣を作ること自体は可能なのだ。知識を習得すれば、という前提条件は付くが、努力すれば誰でも可能という点でスキルなどとは異なる。ちなみに俺はそんなもん知らん。作れん。
ただ、これが引っ掛かる。魔導書――魔法陣が多数収録された書物のことだ――で必要なページを破って魔法を放って戦う者はいる。大抵は自分で魔導書を作成できる「魔法使い」がそうなのだが、金さえ出せば魔導書は手に入るため、冒険者なら非常時用に一冊くらいは入手している者が多い。特に前衛系ロールなどは回復系の魔導書などだ。
魔導書でなくとも、そういったものを作れるロール……「魔法使い」ではなく、けれどもそういったスキルを修得するロールだ。何がある……?
「そうだ。『陰陽師』だ……」
彼らはスキルで式神というものを作れる。そしてそれを使って戦うロールだ。スキルの性質自体は「魔法使い」と「魔術師」を合わせたようなもの。その代わり、事前に式神を作っていなければならないし、それを介してでなければスキルを使えないという制限が付く。
「いや、まだある――『符術士』」
「陰陽師」と似たようなロールだが、より戦闘に突出させたロール。「剣舞」はこの二つのうち、どちらかのロールを持っている可能性が高い。
「『蟲使い』で『陰陽師』か『符術士』だと? 面倒な相手だな……」
魔王の癖にダブルローラーとかアリかよ。そんな破格の存在がいて許されるのか。俺は許さん。
普通ならダブルローラーはメインのロールを決め、それを集中的に伸ばす。寿命の問題から考えても、そちらの方から生き残れるし、強いからだ。ただ、魔王の場合は寿命が飛躍的に伸びる。そのため魔王がダブルローラーであった場合、両方のロールを最高位までランクアップさせていると考えていい。
これは厄介極まりない。魔王ということでただでさえ強いというのに、ダブルローラーということは幅広い戦法でこちらを攻撃することができるからだ。また、防御に関しても同様のことがいえる。
何よりキツいのはパッシブスキル。マルチローラーは複数のロールのパッシブスキルを修得することで、ステータスを大幅に上乗せできるのだ。別種のロールによるパッシブスキルは重複するのである。
俺も似たようなことをしているが、下等種族の人間がやるのと魔王がやるのとでは話が違うと思う。
「ま、まあ……魔王と戦うことになると決まったわけじゃないしな」
「八刀将だっけ? 幹部を殺しておいて何言ってんだ……」
うるさい。テッサ、黙れ。俺は一生懸命現実逃避するのに努力してんだ。人の努力を邪魔するどころか無下にするなんておまえは悪魔か。
「……ぅん? ぉかーさん?」
「お、起き――オイコラ! てめえも胸触ってんじゃねえよ!」
「げぼぉっ!?」
「ヘータ!?」
テッサに殴られ、ヘータを宙を舞う。そして落ちていく。
「わーっ! 拾え!」
慌てて指示を出し、精霊は言われずともと言わんばかりの速度でヘータを追った。なんとか地面に墜落する前に拾ったが、カタカタと震えてしばらく喋れなくなってしまった。
「おいテッサ!」
「うるせー! どう考えてもコイツが悪いじゃねーか!」
「む、なるほど。俺以外に触られたのが嫌だったのか。わかった。上書きしてや――」
「おまえも星になってしまえ!」
結局俺も殴られるのだった。




