6-5 幕間
「ぅ、う……?」
目を覚ます。目映い光が目を焼くかのようだった。
「次の方、前へ進んでください」
声が掛けられる。よくわからないが、何故か自分のことだとはわかった。なので前へ足を運ぶ。すると金糸の髪に白い一対の翼を生やした美麗な少女が何やらプレートを差し出してきた。
「これがあなたの認識証です。決して失くさないよう。失くしたとしても、我々はその責任を負いません」
プレートは手のひらに簡単に収まるくらい小さく、自分の名前が刻印されているだけのものだ。そこから鎖が伸び、首に掛けられるようになっている。そう思ってアクセサリーのように首に掛けると、プレートを差し出した少女は軽く頷き、前へ進みなさいと彼へ傲岸不遜な口調で告げた。
なんという分を弁えない少女だと思いつつ、嘆息して前へ進むことにする。このままここにいても何もわからないし、彼女はきっと喋らないだろうと判断したからだ。
「……これは」
とても美しい景色だった。石畳も、あちこちにある建物も、円柱も、すべてが大理石で築かれているかのよう。いや、大理石ではない。ひょっとするとオリハルコンだろうか。石畳ですらそうなのだから、一体どれくらいの資産を持てばそんなことができるのか。
区画整理は面白みこそないが、実に機能的だ。空いた場所には花が植えられており、色とりどりの花が咲いていて目を洗う。
実に羨ましい。自分もこんな城を築きたかった。彼はそう思った。
「よお。久しぶりだな」
景色を堪能していたそのとき、やおら声をかけられる。無粋な真似をしてくれるものだと嘆息しつつ、どこか聞き覚えのある声だった。
だが、その姿を見て驚く。
「……なっ!? なんだ、貴様……!」
「なんだとはひでえ言い種だな。てめえも同様だよ」
「なに? 私が――なんだ、コレはっ!?」
自分の身体も、声を掛けてきた者とまったく同じ状況になっている。
つまりは人の形をしているだけで、すべて真っ黒に染められていた。顔どころか目鼻口、耳もない。髪もなければ服も着ていなかった。影絵の如く、というのが適切だろうか。
いや、しかし――自分は人の形ではなかったはずだ。
「ぐっ……」
「おお、さっそく思い出したみたいだな」
「貴様……その口調……もしや、グリードか?」
「おう。かつての『強欲の魔王』グリード・エンプロクス様だよ。気分はどうだよ『嫉妬の魔王』ジーン・ククルプス?」
表情は炭で塗られたかのようにまるで見えないのに、何故か自分を嘲笑している気配だけは伝わってくる。イラッとしたが、嘆息ひとつで収めることにした。この男が他の生物すべてを見下しているのは知っている。今更だ。
「貴様がいるということは……私は死んだということだな」
「らしいな。歓迎するぜ。俺の知る限り、二人目の脱落魔王だ」
「貴様に歓迎されると思うと虫酸が走るな……。ところで、ここは?」
「まあ、こっち来いや。ここで話してると、天使の連中がうるさい。今の俺たちじゃ、あっという間に殺されるだけだからな」
あっさり言って、グリードは歩き始めた。
「……天使? 殺される? 私とグリードがいて、か?」
ただ、自分の身体を確認してみても、どうやら真実のようだ。元の姿ではないし、スキルの類も一切使えなくなっているようだ。そもそも、魔力の気配すらない。
「情報が足りない、か……」
今の自分はここに来たばかりだ。一日の長のあるグリードに話を聞くのが賢明だろうと判断し、彼の後を追う。
やがて四方を花と川に囲まれた穏やかな東屋へ辿り着く。そこにあるベンチに並んで腰掛け、グリードから少し距離を取った。
「おい、なんで離れる?」
「貴様、私の領地に何をしたのか忘れたのか?」
「あー? 誰に何したとか覚えてねえよ」
「このクズが……。まあ、いい。すべては……終わったことなのだろう?」
「そうだな。俺もおまえも、死んじまえば全部真っ白ってことだな。いや、真っ黒って言うべきか? カカカカ」
グリードの皮肉混じりの嗤いを受け流し、ジーンは辺りを見回した。ここがどういった場所なのかを探るためだ。
そうするとすぐに、不思議なものを見付けた。というか、見てみれば沢山いた。
「おい、グリード。我々のような存在が多数いるぞ。だが、白い……どういうことだ?」
自分たちと同じようなのっぺらぼうがここには多数いるようだ。
ただしジーンやグリードと違い、彼らは真っ白だった。中には少数だが、自分たちと同様に黒いものもいる。それでも表情や背格好、どんな人物かもわからないという点では共通であった。
「……ようやく気付いたか。しばらく説明するから、大人しく聞けな。質問はあとでまとめてくれ」
ジーンは頷き、グリードに話を促す。
「まあ端的に言うと、ここは天界だ。輪廻転生って聞いたことあるだろ? 死んだ魂はここで次の存在に転生するってことだ」
「天界、か……。まさか実在するとはな」
「あると俺は断言してたんだがな、誰も信じなかった。まあいい。そんで、黒いやつと白いやつの違いだが、まあ業ってやつだよ」
「業……?」
「生前の行いを考慮するらしい。白いのは普通に転生するが、俺たちみたいに黒いのはペナルティを背負って転生するみたいだ。どういうペナルティかは聞くなよ? 俺も知らねえからな」
「……私が貴様と同じで業を背負うというのが納得いかない。せめて、罪に応じて濃淡で表して欲しいものだ」
嘆く。どう考えても、自分はグリードより余程マシな魔王であったはずだ。邪魔になる人間やモンスター、時折敵対する魔族などを殺したり略奪したりはしたが、それは生物であるなら普通のことのはずだ。少なくとも、他の魔王の領域に喧嘩を売りに行って略奪をしたようなことは一度としてない。
悲しいことに、自分は魔王たちの中で最弱のレッテルを貼られていた。誤りではないというのが悔しい。
「魔王って時点で同罪なんじゃねえか? 勿体ねえことしたな。魔王なんだから、もっと好き勝手すりゃ良かったのによ」
俺みたいに、と言いながらグリードは高笑いする。ますますイラッとしたが、深呼吸して心を落ち着かせた。グリードが誰にとっても忌々しい存在で、いちいちイラつく台詞回しをするのは今更なのだ。
この身体には口も鼻もないのだが、不思議と深呼吸はできるようで、花の匂いなども嗅げるようだった。
「その認識証、絶対落とすなよ」
「これか?」
首からぶら下げているものに視線を移す。ただ自分の名前を刻印しているだけのプレートに見えるが、この男がここまで言うということは、重要なのだろう。
「俺たちの姿を見りゃわかるが、誰がどいつだかわからねえだろ?」
「そうだな。そのための認識証か?」
「いや、それだけじゃねえ。おっと、都合が良いな」
この東屋へ白いのっぺらぼうがのそのそと歩いてやってくる。
「俺がやつを羽交い締めにする。おまえはやつの認識証を奪って放り投げろ」
「む……? まあ、わかった」
言うが早いか、グリードは白い者の背後に移動し、宣言通り羽交い締めにする。白い者は抵抗しようとするが、グリードも必死なようだ。
どうも、背格好が同じなことが影響しているのか、身体能力すらも同じにされているらしい。つまりは元が魔王だろうとただの人間であろうと、この状況においてなんの差も存在しないということになる。その場合、数こそが最も重要だ。
ジーンはそのことを理解しつつ、白い者の認識証を奪って放り投げる。
「ああああああああっ! 俺の、わた、お、認識証……俺、ぼく、わたし、は……誰、なん……です、か……」
「な……っ!?」
「驚いたろ?」
白い者の姿は透けていき、やがて完全に消え失せる。
「やつは輪廻の輪に向かった。これで完全に、やつの前世は消え失せたってことだ」
「……なるほど。これを失くせば、我々も同様に消え失せるということだな」
「その通り。で、次だ」
グリードと共にジーンは東屋へ戻り、話の続きを聞く。
「ここで俺たち以外に、普通の姿をしている連中は皆天使だ。俺たちは天界人って扱いらしい」
「天使……信じ難い話だな」
自分で口にしつつも、信じるしかないのだろうと諦める。
「天使を束ねた存在で天使長がいる。その上に大天使。さらに上に、四人の熾天使。頂点が天帝って言われてるが……俺はさらにその上がいるんじゃねえかと睨んでる」
「誰だ?」
「神だよ」
信じられない。そういった言葉が口を衝きそうになったが、一度咀嚼して理解する。
「天帝を、見たことがあるのだな?」
「ああ。ヤツ程度じゃ、こんなのは無理だ。だが、トップがソイツ一人っていうんだ。なら、さらに上の黒幕がいるって考えるのが普通だろ?」
「はいそこーっ!」
シリアスな空気が引き裂くようにパピプペーッと気の抜ける笛を鳴らし、天使の少女が空を飛んでやってくる。ジーンは驚愕して硬直するが、グリードは慣れているのか揉み手で彼女を出迎えた。
「はいはい、なんでやしょ?」
「もしかして貴方たち、今、天帝様の悪口言いましたか?」
「まさかぁ。ボカァ純粋無垢なイチ天界人ですよぉ」
「純粋無垢な天界人は黒くないの! まったく……気を付けなさいよ? 注意で済ますなんてわたしくらいなんだから」
「ええ、ええ! どうも、ありがとうごぜぇーやす! ほら! おまえも頭下げろ」
「あ、ああ……。礼を言う」
「まあいいけどね……。それじゃ、気を付けること!」
鋭く二人へ告げ、天使の少女は去っていった。
「ふぃーっ、あぶねえー。わかったろ? 気を付けろよ? 天帝の悪口言ったら直ぐさま連中飛んでくるからな。文字通り」
「いや、私としては、貴様があそこまでへりくだっているのが予想外だった……」
ジーンが魔王として種子を開花させたとき、既に世界最強最悪の名は「強欲の魔王」が握っていた。ジーンが最弱の魔王というのは、歴代で最も若いというのが理由のひとつでもあったのだ。
それでもグリードが傲岸不遜で自分の欲しいものはどれだけ時間が掛かっても絶対に粘り強く手に入れるという、実にはた迷惑極まりない魔王だったというのは嫌になるほど理解している。
ゆえに、他者に媚びるグリードというのが異様過ぎた。
「俺は勝てない戦いはしないぜ? 勝てると踏むからこそ、徹底的に攻めるんだ」
「……なるほどな。それは理解できる」
グリードは世界最強だったからこそ好き放題に動けた。しかし、彼が魔王として覚醒する前はそうでもなかったのだろう。
それは決して侮蔑の対象ではない。どういった形であれ、生きていなければ何もできないし、魔王の種子だって決して開花することはないのだから。
むしろ、この男がかつては「辛抱」とか「忍耐」とかいう言葉を理解し、行っていたということにこそ驚いたくらいだ。
「この身体だからわからねえが……たぶん、熾天使が生前の俺くらいの力だ」
「……天帝はそれ以上ということか」
「ああ。熾天使二人くらいならなんとかなるんじゃねえかと思うが……天帝には勝てないだろうな。アレは悔しいが、格が違う」
悔しいとグリードは言いながら、冷静に自分と天使たちとの実力差を理解しているようだ。ジーンもそれに則って冷静に自身の生前の実力で考えてみる。高位天使を見たことはないが、少なくともただの天使は今見た。
「私は大天使くらいか?」
「大天使二人か三人くらいならどうとでもなると思うがな」
「ほう? それは大天使が弱いのか、貴様が私を高く見積もっているのか……」
「あん? おまえ、聞いたことねえのか?」
「何がだ?」
グリードは呆れたと言いた気に肩を竦める。
「俺が魔王たちの中で注意を払い続けたのがてめえだってことだよ」
「は……何?」
最強最悪の名で欲しいままに暴れ回った魔王が注意し続けたのが、最弱の魔王だという自分だという。死んで無力となった今では嘘を吐く意味もないだろう。つまりは本音だということだ。
「どういうことだ?」
「そりゃあそうだろ。おまえ、自分の大陸から出ねえし。実力の底がわからねえ。それにおまえだってわかってんだろ? 魔王はそれぞれ固有のスキルを持つ。『嫉妬』のスキルは俺が一番警戒するに決まってんだろうが」
「む……知っていたのか。もし次に攻めてきたなら使ってやろうと思っていたのだが」
「まあ、その前に俺はあのいけ好かねえクソ『勇者』に殺されたがな」
「そうだ。そいつはどういうヤツなんだ? 『英雄の勇者』と言われていたが……」
グリードは口を閉じ――口などないのだが――そのまま深くベンチに腰掛け、頭を掻き始める。
「ふざけた野郎だよ。俺が言うのもバケモノだ。わかるか? 俺の『強欲』固有スキルをたったひとつの魔法で完全に防いだんだぜ?」
「な……それは、たしかに……バケモノだな」
「ああ。人間にしておくのが惜しい。三度くらい勧誘したんだが、全部跳ねられた。もしアイツが俺の手元にいたら、十年以内に全大陸は俺のものだったのにな」
「……『英雄』が貴様を倒したのが良かったのか悪かったのか……」
「ま、いいさ。おかげで、俺は目的だった天界に来れた」
「む……? 目的?」
ジーンは首を傾げる。この唯我独尊魔王に目的などあったのだろうか、と。
しかし、言われてみると、腑に落ちる点はあった。「強欲」はあちこちに喧嘩を打って被害を甚大にさせたが、彼が悪名高い理由のひとつに、狙った場所の秘宝を手にした後で「詰まらない」と吐き捨て、返して帰るということが多かったためだ。それであらゆる魔王や魔族のプライドを傷付け続けてきたのだが……それに理由があったのだとしたら?
「さっきも言ったが、俺は天界の存在を主張し続けてきた」
「ああ。そう言っていたな」
「世界中に点在する遺跡。アレはどうやら、天界へのゲートを開いたり、天使たちをまとめて葬ったりする兵器だったようだ」
「そうなのか!?」
初耳だった。ジーンの支配していたグリーンウッド大陸にも、遺跡はいくらか存在していた。どれもボロくて役に立たない場所にあったため放置していたのだが、そんな代物だったとは気付かなかった。
「むかつかねえか? 俺たちがえっちらおっちら生きてるのを、高笑いしながら見て愉しんでるんだぜ?」
「高笑いしていたかどうかは知らんが……不愉快なのは確かだな」
「だから、その遺跡を復元させる資料や材料を集めた。その過程で、色んなことがわかった。まあ、今となっては意味もないんだが……」
「どういうことがわかったのだ?」
「……ま、いいか。折角の知識だしな」
そう前置きし、グリードは話を続ける。
「元々、俺たちの生きていた世界に天使たちはいた。正確には、天使だった生物がいたって言った方がいいか」
「その言い方からすると、天使じゃない生物もいたのか?」
「正解だ。だが、まあそれは後で。……で、何やら色々問題が起こったらしい。詳しくは知らないがな。そこで連中は二手に別れた。片方は天界、もう片方は魔界だ」
「魔界……悪魔のことか。なるほど、天使と悪魔は元々同じ存在だったということか」
「そういうこと。で、自分たちがまた戻って生活できるように、サンプルとして数多の生命を生んだ。それが俺たちでもあるし、人間たちでもある。おそらく、一定ラインを超えた知的生命体として一番数の多い人間がヤツらのモデルケースなんじゃねえかな」
「その根拠は?」
「俺を殺してくれた『英雄の勇者』みてえに、人間は弱いが、一部だけ常識も限界も無視してぶっ飛んだ存在が生まれるからだよ。俺は確かに最強だったが、それは魔王って事情もあっただろ? だが、ヤツは人間だ。そういう有り得ない存在を俺は調べて回ったが、どれも人間なんだよ。……一応聞くが、おまえを殺したのは?」
「……私を殺したのも人間だな。『神託の勇者』というヤツだ。神が私を滅ぼすよう告げたとかどうとか言っていた」
「なんだそりゃ、確定じゃねえか。神はいる。……まあ、そいつの言う神が本当の神か、それとも天帝か熾天使かはわからねえが」
ジーンはひとまず頭を休ませ、これまでの会話をなぞって復習する。
そうして、グリードに問い掛けた。
「それで?」
「うん?」
「貴様の今の目標は? 念願の天界に来たのだ。今更、転生待ちなどと言うつもりはないだろう?」
「ク、クク、クカカカカッ! さすがだな、ジーン! 察しが良いじゃねえか!」
嗤いながら立ち上がり、グリードは極悪に告げる。
「天使が何だ? どうにかして、力を取り戻す。記憶があるんなら、スキルも取り戻せる可能性は十分ある。まだ俺とおまえしかいねえが、その手段を確立すればいい。後は待ってりゃ兵隊は集まる」
「……なるほどな。魔王が勢揃いしてから殴り込みというわけか」
「いや、魔王だけじゃねえ。あの忌々しい『英雄』も、おまえを殺した『神託』も全員引っ括めてやろうぜ」
ふと、ジーンはグリードの背後に光が浮かんだように思えた。
そしてその後光が微かに照らした彼の姿は黒いのっぺらぼうではなく、腹立たしく思っていた、往年の彼に重なったのだ。
「俺たちを見て嘲笑っていた連中を見返してやる。天界の次は魔界だ。そうしねえと、俺は満足できねえ。転生なんてしてられるか」
「……理由は違うが、転生してられないのは同じだな。私も力を貸そう」
ジーンが手を伸ばす。それに気付いたグリードも手を伸ばした。
手と手が重なり、繋ぎ合う。
最強であった「強欲の魔王」と最弱であった「嫉妬の魔王」は、死後に天界にて、その手を取り合ったのだ。
グリード「この身体になってわかったことがある」
ジーン「ほう……。聞かせてもらおうか」
グリード「脛って打つと結構痛い」
ジーン「…………」
グリード「あと足の小指の先とかも打つと滅茶苦茶痛ぇ! 人間どもが靴とか履いてる理由がわかった! あれぁ必要だわ!」
ジーン「……………………」
グリード「弱くなって初めて知ることってあるんだなあ……」
ジーン「もうおまえ喋るな」
グリード「なんで!?」




