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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」とエルフたち
78/129

6-4

「やはり、駄目か」


 トールはいくつか魔法やスキルを放ってみたが、エルフたちに入れられた牢獄の壁や格子はどういった素材で作られているのか、魔力を遮断する働きをするようだった。


 しかし、そんな代物があるなどといった話、トールは聞いたことがない。世界最高の「錬金術士」である「叡智の魔王」が重用しているトールが、である。

 そう考えると、素材というよりはこの場所自体にそういった機構が施されているのではないかと当たりをつける。

 そもそもとしてそんな素材があるのであれば、エルフたちの中にそれを用いた盾を持つ者がいるはずだからだ。魔法を得手とするエルフだからこそ、魔法の怖さは理解しているはずである。

 ただそうだとすると、どう抵抗しても無意味だ。

 情報としてひとつ得られたが、それが寄越したのは苦い感情だけだった。


(……私を他のエルフと交じ合わせると言っていたな。であれば、その瞬間に魔法で焼き払えばいいか? 口を封じようにも、その瞬間を狙えばいい)


 メイはどこからどう見ても、まだ子供を作れる歳ではないため、狙われないだろう。エミリーは身体のサイズから見ても不可能だ。

 捕われた者たちの中で男のエルフと交配させるなら、まず一番に呼び出されるのは自分であるはずだとトールは判断する。


 最終手段も、一応は頭に浮かぶ。自分がサキュバス――つまりは魔族だとバラしてしまうやり方だ。そして「叡智」の魔王軍であると告げる。「叡智」と「剣舞」は一応交易を交わす程度の仲ではあるため、不容易に手を出して戦争になるのは忌避するはずだ。


 しかし、このやり方ではメサイアへ多大なる迷惑を掛けることになる。それはトールにとって、決して犯すことのできない禁忌だった。そんなことをするくらいなら、まだ屈辱に身と心を灼きながらエルフに犯される方がマシである。

 またトールは思い至ってはいないものの、彼女が「叡智」の魔王軍であると告げたところで、エルフたちがそれを信用するかどうか怪しい部分があった。決してエルフたちは「剣舞」の配下ではないのだ。今はまだ、というのが正確だろうが。


 そのとき、石畳の床をカツカツと叩く音がした。誰かが近付いてきている。

 現れたのはカルネで、わざわざトールが収監されている牢屋の前で立ち止まり、彼女へと向き直る。それから侮蔑的な視線を向けてきた。


「さっきから、随分暴れてくれているようね。大人しくなったみたいだけど、疲れちゃった? もっと暴れてくれてもいいけれど」

「まさか。あの程度で疲れるくらいの鍛え方はしていない」

「そう。……一応言っておくと、ここの牢獄に放たれた魔法は魔力に還元されて、また魔法を無効化するための付与を張り直す材料にしてるから」

「…………?」


 理解できない。そう思って眉を顰めたトールを見て、どうもカルネは悔しがっていると解釈したようだ。高笑いを牢獄中に反響させ、帰っていった。何をしに来たのか、イマイチよくわからない。


(何故、わざわざそんな説明を……? 馬鹿なのか? それとも、罠? 駄目だな。わからない。材料が足りない。いや、それでいうならあのときの会話だ。私は何が引っ掛かっているんだ?)


 自分たちが捕らえられた際、トールはカルネの言葉で腑に落ちないものがあった。その違和感は時間が経つほどに大きくなっている。しかし、それが何なのか、その正体がわからない。


(思い出せ……カルネは何と言っていた?)


 必死に頭を巡らせる。


(違和感があって腑に落ちなくても、私は聞き流した。ということは、表面上は問題ないということ。少なくとも、話の筋は通っているんだ。……なら、カルネは何かを見落としている……あるいは気付いていない何かがある? そして私にはそれを穴埋めするだけの材料があるということか)


 どれだけ悩んでも答えが出ないため、今度はアプローチを変える。攻め方を別のやり方に変えるという方法は鯉のモンスターと戦っているとき、「欠落」からメイを経由して教わったものだ。

 これは戦闘だけに限らない。対話であっても何であっても有用なものだ。


(なるほど。単純な戦い方だけでなく、こうして思考においても役に立つ、重要な方法だったか。さすがです、旦那さま。いつになったら追いつけるのでしょうか)


 若干ズレてしまった思考を元に戻し、考え方を変える。つまりは自分とカルネとの差異を明確にし、そこから違和感を突き止める方法だ。


(カルネはエルフの次期村長……いや、実質村長か。そして私はメサイア様の側近。……違うな。このアプローチの仕方は掛け離れ過ぎている)


 いや、しかしと逡巡すること数時間。一度食事の時間を挟んだが、出された食事は粗末としか言い様のないものだった。しかも自分たちは手足を拘束されている。這って口を直接付けて喰えと言いたいのだろうが、自分たちは犬ではないぞというプライドゆえにトールは食事を摂らないことを決心する。

 そうしてようやく、あることに気付いた。


(そうだ! 私は『叡智』の魔王軍で、メサイア様の側近だ!)


 側近である以上、様々な事柄でメサイアの補助を行うことになる。その中には当然、メサイアが多少懇意にしている「剣舞の魔王」の情報もあった。


(『剣舞の魔王』だから刀剣の製造技術に優れている? そんな馬鹿な話があるか!)


 アールグランド大陸を支配するのは「剣舞の魔王」。しかしその異名に反し、彼女は「戦士」や「ウォリアー」「聖騎士」などのような前衛系ロールの持ち主ではない。剣を武装とはしているものの、彼女の使うソレは普通の武器ではないのだ。「剣舞」と懇意である「叡智」の側近であるトールだからこそ、魔王のロールという重要な情報を知っている。


 一般的には「剣舞」は当然のように前衛系ロール保有者と見做されているが、そうではない。そして武具の製造技術に優れているという話も聞いたことがない。

 むしろ、「錬金術士」である「叡智」が輸出するものの中に武器の魔具があるくらいだった。


(狐面族が武器製造に優れているかはわからない。だが『剣舞』の情報をカルネが得られていないということは、何か彼女は騙されているということだ)


 そして最悪なことに、その企みの渦中に自分たちは落とされてしまっている。


(マズい。このままでは本格的に外交問題になるぞ!)


 もしも自分がアールグランド大陸で何か被害に遭ったとする。それがメサイアの耳に伝わった場合、彼女はどうするだろうか?

 彼女の普段の性格を考えれば、何もしない。たとえ側近であるトールとはいえ、命を落としたのは己の落ち度だと冷酷に判断するのが「叡智の魔王」だ。

 しかしトールは今現在、メサイアと協力関係にある「欠落の勇者」と行動を共にしている。「欠落」の行動はメサイアにとってメリットを生むものでもある。であるなら、それを邪魔した相手に対して、メサイアが敵対してもおかしくない。


 問題は、その舞台がアールグランド大陸であるということ。メサイアが動けば「剣舞」とて黙ってはいないだろう。

 これで「剣舞」の側に自分の配下を従えられていなかったなどの落ち度があれば話はまだ変わるが、エルフたちが騙されているというなら「剣舞」が「叡智」に譲歩する余地はない。

 本格的に戦争が始まる可能性があった。

 そしてそれは、嫌になるくらい可能性の高い、不安濃厚な未来だ。


「出せっ! 今すぐ私たちをここから出すんだ!」


 いきなり叫び出したトールだが、看守たちは相手にしようとしない。向かい合う牢屋でやつれているエルフを見ればわかる通り、他の者たちも大抵が抵抗した後なのだ。そのために、トールの叫びも同様のものとして処理されてしまう。


(自分たちがとんでもない爆弾に着火しようとしていることにすら気付かないのか!)


 彼らはトールが「叡智」の側近であることを知らない。ゆえに仕方ないことなのだが、そんなことは今やトールにとってどうでもいいことだった。

 そしてそのことを大声で告げてやりたいが、メサイアに迷惑が掛かることを考えると、それもできない。


(マズい! どうする! どうすればいい!?)


 焦り、冷や汗がぽたぽたと額から頬、頬から顎へ伝い、垂れていく。それを拭う腕は後ろ手で拘束されてしまっている。


「ぐぎ、ぎぎぎぎぎっ!」


 渾身の力で縄を破ろうとするが、金属製の糸が編み込まれているため、破ることはできない。

 しかし、だからなんだというのだ。それでトールが諦める理由にはならない。


(どうにかせねば! 旦那さまを待っている間に、手後れになるかもしれない!)


「欠落」ならばこの事態を一気に吹き飛ばせるであろうという信頼がある。しかし、だからといって、やはりトールが諦める理由にはならなかった。

 第一、いつエルフたちが事を起こそうとするかわからない。トールがエルフたちと「行為」をさせられれば最後、子を成そうが成さまいが、罪は罪だ。「叡智の魔王」に喧嘩を売ったという事実になる。



 トールが——「叡智の魔王」の側近が——他者によって穢されるのだとしたら、それはそのまま「叡智」を舐めているということを意味する。

 それで「叡智」が黙っている可能性は非常に低い。


 今では人間たちにも寛容……というより不干渉な「叡智の魔王」であり温厚とすら見做されているが、かつての彼女をトールは知っている。

「叡智の魔王」は決して温厚な人物ではない。

 現実的に、理性的に、判断しているだけだ。つまり、今の自軍では不利であるから動かないというだけ。

 利があり、それを勝ち取る目がきっちりあるのであれば、戦争を起こすのに抵抗はない人物だ。


 そして「叡智の魔王」が戦争を起こすということは、彼女謹製の魔具の山が火を吹くことも意味している。

 相手が「強欲の魔王」が従える配下であっても互角以上に戦える兵器だ。アールグランド大陸が燎原と化すのは想像に難くない。

 無数の骸の山の中に自分が、「欠落」がいない可能性はどれだけだろうか。


「叡智」にとってトールは消えると少し惜しい駒だろう。ただ、自分のプライドと天秤に懸けるのであれば、トールの価値は非常に軽い。

 では「欠落」の場合は? これはまた複雑だ。

 彼は色んな意味で有用だ。ただ、それは「叡智」に限らず「剣舞」や他の魔王とて同じことがいえる。


 ならばこそ。一度戦争を起こすとなった場合、「欠落」が「剣舞」の側に回るくらいならばとまとめて圧し潰そうとする。元々「叡智」にとって、「欠落」は不意に現れた便利な駒程度。失くなるのは惜しいが、これもまたトールと同じく、自分のプライドと天秤に懸ければ軽い。


 どちらにせよ、戦争が起こった場合、自分たちごと薙ぎ払うだろう。

 躊躇など「叡智の魔王」の辞書にはない。やるかやらないかの二択だけだ。


(早く! 抜け出さないとっ!)


 トールはその後も抵抗を試みることを続ける。


 一日経っても、縄はびくともしなかった。

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