6-2
「あああああああああああああっっっ!!」
視界が塞がれているため、どうにか周囲の状況を把握しようと努めていると、耳は憤怒に猛り、激情に荒れ狂う灼熱の咆哮を拾った。
「ぎゃあああっ!?」「なんだっ!?」「て、敵はもう一人! 殺せ!」
察する。テッサが敵陣へ攻め込んだのだ。
だが、マズい。あの感じは明らかにキレている。敵が別の何者かならともかく、エルフだというなら今後のことを考えると、非常にマズい。なにせ、今は人質としてメイやエミリー、トールがいるのだ。ドワーフも護衛対象として守らなければならない。
「か、ぁ……く、ぃ……」
駄目だ。声を発しようと思っても喉がイカれているのか言葉を発せられない。
回復魔法も魔法の一種である以上、魔法名を詠唱しなければ使えないのだ。俺は「魔法使い」ではないため〈詠唱破棄〉は修得していない。代わりにパッシブスキルである〈急速回復〉や〈回復速度上昇(極)〉は発動してくれているが、それらは喉など特定部位一カ所に集中できるわけではない。それらのスキルは全身満遍なく効果を及ぼしてしまうのだ。
視覚停止。触覚停止。味覚停止。嗅覚停止。聴覚正常。魔力感知正常。
自分の六感すべてを総動員しようとしても、ほとんど使えない。
駄目だ。これでは駄目だ。
メサイアと戦ったときにも思ったはずなのに。
力が要る。何者にも倒れず、すべてを屈服させ、あらゆる障害をブチ抜く絶対的な力が要る。
かろうじて残った右手だけででも、持てるものは決して取り零さないと誓ったのだ。
そのための力が——
「――――ッ!?」
ずぐん、と胸の内側で何かが鼓動した気がした。
直感し、偶然発動させていた〈智恵の眼〉がそれを解析する。
本来ならありえないはず。これはある意味でギフトに近い。しかし、決してギフトのような奇跡が起こしたモノではない。
もっと醜悪で、計算づくで、この世のシステムに組み込まれたモノだ。
悪意すら感じられるほど、この世に生きている者は絶対に逃れられない。
ソレはある意味で、遺伝子に似ている。
俺の内側で、ソレは確実に胎動を始めた。
魔王という強大な存在。それは決してロールではない。かといって種族ですらもないのだ。
じゃあ魔王とは一体何なのか? 俺の疑問を氷解するように〈智恵の瞳〉が解析結果を促した。
魔王とはこの世に散らばれた種子、あるいは因子。遺伝子でも血液でもなく、魔力よりももっと細かな魔素に含まれたモノだ。
花が花粉を飛ばすように、魔王も死の瞬間、その魔力を世界中に飛ばし、偶然付着した対象の体内深くに寄生する。
であるならば――「強欲の魔王」の死の瞬間、最も近くにいた俺はどうなるのか。
解析結果は結局のところ不明。かろうじて、コレがどういうモノなのかちょびっとわかった程度。
その種子が芽吹くかどうかは完全にランダム。あるいは、直前の魔王の最も根源的な欲求に呼応する者がその種子を芽吹かせる。そして真っ先に開花させた者が魔王へ変貌するのだ。
世界中のほとんどの生物が「強欲」や先日の「嫉妬」の種子をその身に宿している。
ただ、俺は「強欲」の種子を誰より多く獲得してしまっただけの話。
そしてソレはこの状況においてようやく栄養素を満たした。
メサイアとのときはおそらく聖剣がそれを防いでいたのだろう。だが、今の俺にそういったものはない。
結果、「強欲」の種子が芽吹いた。
考えてみれば、妥当といえば妥当な話でもある。
「強欲」の種子を芽吹かせる要因が何かと考えれば、それは勿論何かを「欲しい」と思う心。即ち「欲望」でしか有り得ない。
ただそれが「強欲」ともなると、どれだけ強い欲望が必要となるのか。
俺の場合、元々レベルが高い。ゆえに、力が欲しいと思うことはほとんどない。
けれど。
いや、だからこそ。
俺が——「欠落の勇者」が力を求めるときの熱量は、莫大だ。
それこそ、あの男の欲望に負けているだなんて、思わない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
怒りを、熱を、痛みを、咆哮という形で放出する。
視界が濁りつつも僅かに回復する。
嗅覚が最も嗅ぎ慣れた血の臭いを感知する。
味覚が口内の鉄臭い味を脳へ送る。
腕が僅かに動いたのを理解する。
「〈火之神の抱擁〉」
ソレが芽吹いたとして、いきなり俺が回復するなんてことは有り得ない。現時点で十分奇跡的なのに、それに輪をかけた奇跡がそうポンポン起こってたまるものか。
つまり、死までのカウントダウンがやや弛んだというところだろう。ただ、僅かな時間であっても、時間さえ稼げれば俺の自己再生がギリギリで喉の回復に追いつく。
乾いて枯れた声だが、きちんと音を発することができた。
魔法は無事発動条件を満たした。火属性の最上位回復魔法を行使し、全身の火傷を即座に癒す。視界も正常なものへと復活した。ごっそり魔力が持っていかれるが、まだ七割はある。
続き、一瞬で戦場と敵の数、現在状況を確認する。
開けた草原。なだらかな斜面。森へ向かって鏃の陣形をした敵は一〇〇名以上。そのどれもがエルフでない。
「ック」
喉の奥で短く嗤った。嗤うつもりはなかったが、音が漏れた。
なるほど、だからテッサはああも自由に暴れ回っているわけだ。
敵を殺すのでなく、とにかく混乱を撒き散らすために敵を足場にして跳び回り、鎖をあちこちに伸ばして意識を俺でなく自分へ集めようとしている。
「テッサ、戻ってこいっ!」
叫ぶと、突如宙空で硬直する。俺が魂を縛った状態での命令だからだ。
そのまま彼女は敵の一人を足場にし、高速で俺の元へと戻ってきた。
「なんで戻したっ!? オラ見ろ! ヤツら撃ってく――待て。なんでおまえ、無傷になってんだ?」
「『強欲』のヤツも、多少は面白いサービスをしてくれたみたいだ」
「はあっ!?」
なるほど、なるほど……。そりゃあ、あの悪魔も俺と契約を続行しようというわけだ。それに、他の大悪魔たちが注目して賭けをしていると言っていたが、道理だな。
連中、俺に「強欲」の種子が誰より多く存在していると知っていたな? いや、魔王が生まれるプロセスすら理解していたのだろう。今頃、俺の姿を見て大歓喜しているんじゃなかろうか?
「人は生まれた瞬間から舞台に立っているようなものって、そういや聞いたことあるな」
「何ワケわかんねえこと言ってやがる!?」
俺の舞台は何だ? 俺に与えられた役割は? 俺のすべきことは?
答えはすべて――どうでもいい、だ。
前に悪魔にも言ったことがある気がする。俺は俺の行きたい道を行く。
それを「強欲」だと言うなら、いいだろう。俺は魔王にでもなんでもなってやる。
だが、それは俺の選んだ道だ。決して魔王の種子とやらがどうこうしたって理由じゃない。
俺の誓いは破れない。「英雄」でも「欠落」でもそれは変わらない。ならば「強欲」になったとしても未来永劫、この命が尽きるその瞬間まで決して変わりはしない。
まだ魔王の種子は芽吹いただけ。真に魔王として覚醒するのは完全に花開いたときだ。それがいつになるのか、どうすれば成長を食い止められるのかなどは完全にわからないけれど、まあ……それも含めてどうでもいい。
俺が俺であることに変わりはないのだから。
「〈アイギス〉」
腕を前に差し出し、敵の魔法すべてを障壁で無効化する。
「な…………」
テッサが絶句する。まあそりゃそうか。〈アイギス〉は「強欲」ですら唖然とする程の破格のスキルだからな。これを見せたのは初めてだし。
冷静に、敵を見渡す。いや、魔法の光が凄まじ過ぎて見えない。駄目じゃねえか。
「テッサ、敵はどんな連中だった?」
「はあ? いきなり何を……」
「いいから、言え」
俺の眼光を受け、これが名を縛った命令だと身体が理解したのだろう。いや、魂で理解したといういうべきだろうか。小悪魔も肉体は持たないのだから。
そう、テッサは俺の命令であれば魂で理解するしかないのだよ……ククク……。
「動物の面を被った気持ち悪いワケわからん連中だ。たぶん、例の狐面族だな」
「なるほど……裏付けは取れたわけだな」
俺たちの荷物を漁っていたエルフはハーフエルフだったようだ。
ハーフエルフはエルフたちに迫害されており、その身分は一般的にイメージされるような扱いの酷い奴隷そのものであったらしい。
新村長となるカルネとかいう女はドワーフを切り、「剣舞の魔王」が支配する魔族である狐面族と手を組むことにしたようだ。
そして特産品として、彼ら特有の高性能な魔法薬以外のものを考えた。それがハーフエルフだ。
人間がエルフを攫って売り出すという奴隷商人はいるが、まさかエルフがその片棒を担ぐとは。実にドロドロしていて俺好みだ。
だって、それなら、自分が同じような目に遭っても文句は言えないってことだろう?
人を呪わば穴二つ。しっぺ返しを喰らっても仕方ない。
ハーフエルフを生み出す条件は片親がエルフであることと、もう片親がエルフ以外でエルフと交配できる種族であること。
彼らはドワーフたちと俺の仲間たちを捕まえ、罪を犯したエルフたちとの間に子を産ませようと企んでいるようだ。
「面白い。なら、テメエでまずは産んでもらおうか」
何故、俺の奴隷であるメイやエミリー、トールをその苗床にしなければならないのか。ドワーフたちにしても寝耳に水であるのは間違いない。というか、そうでもないならのこのこ顔を出すわけもないのだ。
ヤるなら自分でヤればいい。その覚悟すらないなら、初めから企まなきゃいいだけの話だ。
それに……俺はまだ、ドワーフたちと宴会をしていないのだ。連中の酒はキツくて呑めないが、エルフの酒は度数が低いらしいし。美味かったらそれはそれ、呑めなかったらぶん殴るつもり。そのことを少なくとも楽しみにはしていたのだ。なら、きちんと楽しまないといけない。
俺の予定を崩すのは許さん。というか、俺の楽しみの邪魔など誰にもさせん。
その障害となるのならブッ壊すまでだ。
「祭りは大騒ぎであればあるほど、楽しい」
「何言ってんだ? 頭イカれてんのか、おまえ?」
なんて失礼な。けどまあ、今は許してやろう。すぐにおまえも楽しくなるから。
「テッサ」
「……な、なんだよ……その顔……」
いや、顔は関係ないだろ。
もう一度言う。顔関係ねーやろ!
「エルフの野郎どもに、これ以上なくやめてくれって懇願させたくないか? あの高慢ちきな顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしてやるんだ」
「…………うわあ、悪趣味」
「あれえ!?」
本当におまえ悪魔か!? あ、小悪魔だった! けどおまえ……そこは同意しろよ! エミリーのが余程悪魔らしいじゃねえか!
「まあ、あたしも怒ってるのは確かなんだけどな」
「……ッハ。それなら十分だ」
視線をテッサから眼前の敵陣へ向ける。
魔法の弾幕も尽きたようで、〈アイギス〉の向こう側がようやく見えるようになる。
「おまえに、俺の力の一端を見せてやるよ」
言って、〈アイギス〉を解除する。間髪入れず、右腕を頭上へ翳した。
ついさっき、魔王の種子を芽吹かせて獲得した攻撃系スキルだ。
そして、そのスキルは俺が誰よりも知っている。喰らったからな。あの頃の俺ですら死ぬかと思ったくらいだ。連中が耐えられるはずもない。
くたばれ。
そして、生まれたことを後悔しろ。
「〈冥府からの呼び声〉」
魔法名を詠唱する。直後には俺の放出した魔力が変換され、黒色と紫色、臙脂色を混ぜたようなモノへと変貌する。
ソレはこの世を優しく抱く太陽を覆い隠し、一時の夜を顕現させる。
テッサも、狐面族の連中も、この光景を見ているすべての存在がソレに気を取られただろう。その間隙を逃さず、腕を俺と敵対する連中へ振り下ろした。
「降り注げ」
言うやいなや、瘴気は一気に敵陣へ降り注いだ。
いや、獲物へ飛び掛かったと表現した方が的確だろうか。
その形はまるで死神の魔手のようで。
「あああああああああああああああっっ!」「やめて! やめてやめてやみぇちぇ」「溶ける! 身体が溶け……うわあああっ!!」「けきゃ、きゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!」
瘴気は獲物の肉を、血を、魔力をも啜り、より色濃く、光すら通さぬ絶対の暗黒へと変わっていく。
あのドーム状の中は地獄が広がっている。対象の魔力を即座に解析し、対象にとって最も有害な性質へと常に変化する。魔力すべてが自動で変化するのだ。効果ひとつをどうにかしたとしても、次の形に変化して絶対に逃さない。
ある者は肌が溶ける。ある者は肌が爛れる。ある者は肌が壊死する。ある者は肌が錆びてる。ある者は肌が黴びる。ある者は肌が乾く。ある者は肌が砕ける。ある者は肌が爆ぜる。ある者は肌が朽ちていく。
当然、肌だけで終わるわけがない。肌の次は肉が、その次は骨がという風に、順番に身体を壊していくのだ。
痛みも恐怖も記憶すら――魂に刻み付ける。
死んだ程度で俺から逃げられると思うな。
「死ね」
言って、拳を握った。俺の動作に呼応するように瘴気は中心へ引っ張られるように収束し、やがて消え失せる。後には血液一滴すらも残らない。ただ瘴気が展開された部分だけが、名残のように雑草すべてを枯らしていた。
「…………………………」
「あ、魂とかもしあっても食うなよ? たぶん汚染されてる」
「見りゃわかる! なんだあの魔法! いや、魔法か? あんな魔法……」
見りゃわかると言われても、俺の目には魂なんて見えないのだから、そんなことを言われても困るのだが。
「……っち、さすがはヤツの魔法だな。アホみたいに魔力を喰いやがる」
とんでもない脱力感だ。このまま寝転びたくなるくらいにはしんどい。汗が噴き出てきた。
一気に五割も持っていかれた。さっきの回復魔法もあるから、これで残りは二割ちょっとか。まあテッサに回している分を考慮しても、時間経過で回復する量の方が多い。スキルの恩恵というやつはこういうときに感じられるな。普段はまったく感じないけど。
「…………ん?」
どれだけ魔力が減ったか確認するために自分のステータスを視ていたのだが、妙なことに気が付いた。最大値がだいぶ伸びてる。ステータスも上がってる。体力もだ。というか全体的にステータスアップしている。
もしやと思ってレベルを確認すると四二〇に上昇していた。なんじゃこれ。
「……芽吹いたからか?」
別にレベルアップの儀式なんてものは行っていない。そんなことする余裕はなかった。他にレベルアップが起こる可能性があるとすると、ロールがランクアップしたときくらいだが、俺のロールである「勇者」は既に最上位までランクアップしている。
それ以外で考えられる要因としては、魔王の種子を芽吹かせたくらいのもの。そのはずだったのだが……。
「………………なんじゃこれ」
俺の種族である人間という表記が銅色に光っていた。
「欠落」、人間辞めるってよ。




