6-1
前話を間違えて「6-1 プロローグ」にしていました。
「6-0 プロローグ」に修正しています。
今回が本当の第六章第一話だよ!
「ぬおおおおっ! また来た道を戻ってる!」
「あっち! あっちってずっと言ってるだろあたしは! なんでさっきからワケわかんない方向に突っ走ってんだおまえは!」
「くそっ! てことはコレでいいか!?」
「いいわけねえだろ! 胸揉んでんじゃねえ!」
え、嘘、どうして!?
エルフの隠れ里を出てからずっと追われながら走っている。もう二時間は走っていると思う。けれど、目印代わりに小さく傷を付けた木の周囲を大きくぐるぐる回るだけで、一向に先へ進めない。今では目印を頼りにするのではなく、気絶させたエルフの兵士たちを目印にする始末だ。
つまり何かトリガーがあるんだなと解釈した俺はテッサの胸を揉んでみたのだが、どうも違うらしい。何が違うというんだ!
「もういい! あたしに付いて来い!」
「くうっ! ここは頼んだぞ忠犬テッサ! 鼻を利かせろ!」
「誰が忠犬だ! ぶっ飛ばすぞクソ野郎!」
おのれ、狂犬から猛犬、さらには忠犬とめちゃくちゃランクアップさせてやったのに、さっそく牙を剥きがやる。やはり狂犬はどこまで行っても狂犬のままだということか。世の中ままならんな。
ただ、今度は問題がある。テッサを先頭にして走ると、いかんせん遅いのだ。俺たちが木々を迂回しつつ走っているのに対し、エルフたちは種族固有スキル〈森渡り〉を使うので、木々が自分から避けるのである。その光景はどこの物語だよと突っ込みたくなるくらい冗談じみている。つまり彼らは一直線に俺たちを追うことができるというわけだ。
また、そのスキルの効果は弓矢や魔法にも適用される。あちらがガンガン魔法やら弓矢を真っ直ぐ飛ばしてくるせいで、俺たちは余計に回り道を余儀なくされていた。
「迷いの森と似たような効果だな? テッサが迷わないのは……小悪魔だからか」
彼女の肉体は実際のものではなく、魔力で編んだ仮初めの器。精霊たちと似て非なるものだというが、どう違うのかわからない。ただ確かなのは、この森に覆われているであろう撹乱系スキルは肉体に作用するため、テッサには無効だということ。
「しゃあない。俺が抱き上げるから、おまえは道を指差せ! んで、後ろから攻撃が来たら教えろ!」
「ぐっ……まあ、オッケーだ! 妥協してやるっ」
許可が出たので肩に抱えることにする。テッサの方でも跳び上がってくれたために担ぎやすかった。
「ふむ、やわらかい。何度触っても飽きんな……」
「オラァッ! 何尻触ってやがんだこの非常時にっ!」
痛い。頭殴られた。こいつ、主人に対してなんて真似を……これはお仕置き……をしようと思ったが、それは逆効果だとエミリーに言われたんだった。おのれ……。
ただこれだけは言っておこう。テッサは巨乳だし、尻も大きい上に触り心地が良い。だから俺はお仕置きを完全に止めたりは絶対しないからな!
「ふん、殴りたければいくらでも殴るといい。ただし忘れるな? それを俺は一秒足りとも忘れんからな……殴るなら覚悟して殴れ」
「なんて脅迫するんだこいつ……。あっ、そこっ! あっち!」
「あっちか!」
「そうだ!」
さっきまでは「あっち」だの「こっち」だの「そっち」だの「あっちっち」とうるさい上にわかり難かったが、今度は指差してくれているのでわかりやすい。ちなみに「あっちっち」はしょぼい〈火球〉を放たれたからである。まあしょぼいと言えるのは俺だけでなく、テッサのレベルも連中より遥かに上だからだろう。
「ああああああああムカつく……。なんで俺が逃げてんだ? あんな雑魚ども相手に。全員〈死の宣告〉で即死させてやろうか……」
「な、なんだそのヤバげなスキル……」
ああ、エミリーとソフィアくらいか、知ってるの。滅多に使わないしな。
「睨んだ相手を即死させるスキル」
「そんなんあるわけねーだろっ!」
「『強欲』倒したら手に入ったぞ?」
「マジであるのかよっ!」
「視界に入れば仲間も死ぬ」
「クソスキルじゃねえか!」
まあね。魔力消費量も高いしね。成功率九割だしね。
ただ闇属性魔法の究極にして完成形だと思う。「強欲」は闇属性を得意としていたからな。
「魔法が来るぞ! 三、二、一ッ」
「ふっ」
「うぉあっ!?」
一瞬で真横へスライドするかのようなサイドステップ。この速度で九〇度近い角度の移動ができるのはすべてスキルのおかげである。仙人のクソジジイは本気でクソジジイだったが、彼から教わったスキルはどれも恐ろしく優秀だから文句言い難くて困る。クソジジイなのは変わらないが。
俺たちを追っているエルフたちからすれば突然消えたように見えるだろう。ただ、〈森渡り〉の特殊効果ですぐに気付かれるはず。どうするかな……あ、良いアイデアが浮かんだ。
「森があるからあいつら有利なんだ。この森を焦土にしようそうしよう」
「だから、できることだけ言え! できもしないこと言うんじゃねーよ!」
「できるから言ってんだよ。あと、この程度の範囲じゃそんな疲れない」
「…………マジか」
あ、そういえばエミリーに色々アイデアを授かってたな。ここはそのタイミングになるのか? まあ試しにやってみよう。
「まあ安心しろよ。おまえが消えない程度には魔力を残してやるから」
「ハッ! 当たり前だろうが!」
あれ……効果ない……。おのれエミリー、たばかったか! 優しくすればコロッてなるって言ってたのに! うそつき!
いや、待て。落ち着くんだ俺。エミリーの作戦が悪いのではなく、テッサの感受性がクソなだけかもしれない。所詮小悪魔ということか。
「ん? いや、違ぇよ! 森を焼き払うのなんて禁止だ!」
「ちっ。こういうときだけ良い子ちゃんぶりやがって」
「なんか言ったかオイコラァッ!」
「…………」
「せめて尻揉むならなんとか言えやぁっ」
それにしても、参ったな。「勇者」スキルでやつら全員盲目状態にしてやってもいいんだが、アレだとおそらくテッサまで状態異常に掛かる。そうなると、この森を抜けることができない。〈空中歩行〉で空に跳び出ようとも思ったが、この森全体に付与された魔法のせいで木の高さ以上には行けなくなっていた。
「しゃーない。純粋に振り切るか」
「は……ぁ?」
「舌噛むなよ。あと、先導頼む」
俺の声のトーンが変わったからか、テッサも多少真面目な顔になった。そして前を見据え、無駄口を叩かないようにしている。それでいい。
「加速するぞ。減速も極力しない」
言って、足に魔力を纏わせる。そして一気に加速。
「――――――っっ!?」
テッサが息を呑むのがわかったが、それはすぐに風に攫われて聞こえなくなる。
……それにしても、やはり加速が悪い。メサイアと戦ったときよりレベルが下がっているとはいえ、左腕があるかどうかはかなり影響するな。こんなときにあの聖剣があったなら……と一瞬思ったが、うるさくて仕方ないからやはりソフィアに譲って正解だったと思い直す。俺は間違えないのだ。アレは正しい判断だった。
「まほ――――く――っ!」
何かテッサが喋っているが、うまく聞こえない。ただ方向を指示するときは手を動かすので、おそらく口頭のみということは魔法か。
「〈腐敗を嫌う壁〉」
足に纏わせた魔力を消費し、地面を強く蹴り付ける。発動するのは地属性の防壁魔法。貫通性質が付与される槍系魔法なら貫かれる可能性もあるが、ヤツらのレベルは知れた。いくらエルフといえど、俺の防壁は崩せない。
後方でずずん、と土壁に何かが衝突する音。されど、こちらまでは衝撃波すらやってこない。やはり破れなかったようだ。
「――っち!」
「あっちか」
テッサの指示通り、木々をすり抜けて一気に距離を稼ぐ。あと二歩、一歩――よし、トップスピードに乗った!
身体に受ける風圧がその瞬間から目に見えて広がる。全身に纏わせる魔力量をさらに増量させ、身体以前の段階で流すことによって風圧を軽減させる。ついでにテッサにも魔力を纏わせてやることにした。さすがにさっきのままじゃ話すことすらできない。
「っ!? 風が弱まった!?」
「弱めた。スピードは落としてないけどな」
「ど、どういう……いや、それより! もうすぐ森は抜けるはずだぞ!」
「よし。よくやった」
「な……なんだ、いきなりっ」
あれ? なんで褒めただけなのに顔を真っ赤にさせて憤るんだ? それとも実は責められたいのか? そういう性癖なのか? 病気持ちなのはいただけないが、それだとこれまでのお仕置きで何故怒ったのかが理解できない。
ううん……小悪魔って不思議。女の子は不思議でできてるって聞いたこともあるな。テッサもやはり女だということか。
残り僅かな距離を駆け抜け、森を抜ける。
鬱蒼とした木々が姿を消し、天蓋の失われた空はその青さを取り戻す。降り注ぐ光の目映さに一瞬目が眩んだ。
——瞬間だった。
「放て!」
多種多様な魔法の一斉掃射。
咄嗟に〈アイギス〉を使おうとして、テッサを背負ったままでは無理なことに気付いた。こういうときに隻腕だと辛い。
「っちぃぃぃいいっっ!!」
「な――っ!?」
全力でテッサを魔法の弾幕の射程外へ放り捨てた。
それと並行して考える。
これから〈アイギス〉は間に合うか? 否、無理だ。
即座に攻撃から回避できるか? 否、不可能だ。
反撃によって相殺はできるか? 否、魔法が多過ぎる。
生き残れるか? 是、辛うじて死は免れられる。
「――ぁ、っ――」
普通に戦うのであれば、この程度の魔法はわけない。しかし今回は森を出た瞬間、狙い澄ましたかのようなタイミングで奇襲された。さらにはテッサを逃がす必要もあったため、迎撃開始までの時間が無さ過ぎる。
レベル差もあれば普通に受けられるか? それは否である。
俺がどれだけ強くなろうと、人間であるということは変わらない。
人間は下等種族だ。どれだけ強くなろうと、その上限があまりに低い。
その中で特に低いのが耐久力。ほんの僅かなかすり傷で死に得るのだ。
まして、この魔法の数。準備を万全にして奇襲されたのだから、複合属性の魔法も多いはず。光か闇かはわからないが、どちらにせよ、俺の防御を貫通する可能性は高い。
全力で魔力を全身に纏わせ、防御に回す。とにかく威力を下げられる手段があるなら、なんでも使わなければ。
体内の循環回路を魔力が奔り、その摩擦で神経が焼き爛れそうだ。
それでも、メサイアと戦っていた際に一度全力全開で一定時間以上戦っていた価値が発揮される。おかげで錆び付いていた循環回路は「英雄」時さながらの速度を取り戻していたのだから。
悪魔との契約解除により、レベルダウンが起こる。ステータスは軒並み減少し、それは体力や魔力にしても同様だ。
しかし、悪魔の手伝いでレベルを前借りしたのは別の恩恵ももたらした。
レベルダウンによって起こるのはステータスの減少のみ。つまり、それまでに獲得したスキルや培った技術などは依然として残り続けるのだ。
この状況で使えるのはリアクティブスキルのみ。これらは魔力を流すといった一定の行動を起こすことで自動的に発動する、アクティブスキルとパッシブスキル双方の役割を果たしていた。レベルを契約で前借りしていたため、本来なら四〇〇レベルや五〇〇レベル以上じゃないと修得できないはずのスキルを軒並み発動させていく。
〈智恵の眼〉や〈愚者の強み〉、〈循環速度上昇(極)〉などなど。とにかくこの場を凌ぎ、耐えて生き抜くことのみに集中する。
俺が。この俺がこんな場所で、負けるわけにはいかない。
倒れてはいけない。
死んではいけない。
それは絶対に、選んではいけない。
俺はこの手に希望を抱くと心に誓った。
富も名声も女も武器も――それらすべてを捨ててでも、最後まで掴み続けるのは希望だと誓っているのだ。
他の誰から嘲笑されても構わない。
だが、自分自身を嘲笑するのは許せない。
他の誰から見放されても構わない。
だが、自分自身を見放すのだけは認めない。
俺は「欠落の勇者」だが、「英雄の勇者」でもあるのだ。
この程度の魔法――「強欲」の魔法に比べれば温過ぎる!!
「……く、ぉ、ぉぉ、お…………」
「馬鹿な……生きているぞ!?」「もう一度だ!」「第二陣、構えろ!」
視界は暗転か明転か知らないが、とにかく塞がっている。全身からは熱を感じるが、それが焼け焦げた肌によるものか、神経が直接空気に触れているからなのか、一体どんな惨状になっているのかすらわからない。
ただ、鍛え上げたスキルが聴覚と気配を鋭敏に拾い上げる。
第二波が来る。今度は〈アイギス〉が使える。問題は右腕を前に差し出せるかどうか。いや、右腕の感覚がないせいで、腕が前に出ているのかどうかわからない。もしもまるで動いていなかったなら、足下に向けて障壁を生み出すことになる。そんな間抜けな死に様は御免だ。徹底的に抗ってやる。
死んでたまるか……!
珍しく冒頭からピンチ。
なんだかんだいって「欠落」も人の子なのです。




