5-15 エピローグ
「ちくしょうが……」
ドンネルが低く呟く。
「うう……縄がキツいのです……」
『むぅー! 何ヨこの紐! 肌に食い込む! もっと良い紐用意しなさい!』
メイとエミリーも文句を言っていた。他のドワーフたちも彼女たちと同様の状態で、身動きを取れないよう手足を拘束されている。
(ちっ! 迂闊だったか……)
トールたちが会議場へ向かったところ、集まっていたドワーフたちは全員エルフたちに拘束されていた。槍や剣が彼らに向けられており、トールたちも抵抗することすらできずに拘束されたのだ。
それでもトールは隙を見付けて拘束を破る予定だった。だが、それは失敗に終わる。
(魔具ではない。しかし……縄に金属製の糸が組み込まれている。私の筋力では破れないか……)
これは他の者たちも同様だった。そもそも、この場で最もレベルの高いトールが破れないのだから、他の誰かが破れるはずもない。もしもこの縄が魔具だとしたらトールも気付けたし、その時点で抵抗していただろう。下手に魔具でないからこその罠だった。
「あと二人はまだ捕らえられないの?」
「気付かれたようで、宿を抜け出したようです」
「ちっ。忌々しい……人間風情が私の計画を邪魔するとは……」
エルフたちの指揮を取っているのはドンネル曰くカルネという次期村長らしい。現町長の孫娘なのだが、町長は不思議なくらい彼女の指揮へ口を挟まない。
(既に権力は移ってしまっている? それとも、共謀か?)
武器は取り上げられてしまったが、トールには魔法がある。エミリーやメイも猿轡を噛まされているわけではないので、魔法を放つことは可能だ。だからこそ、まだこうして余裕でいられるのだが。
カルネを睨んでいると、彼女はそれに気付いた様子でトールに不敵な笑みを浮かべた。
「なぁに?」
「……いや。馬鹿なことを考えるものだと思っただけだ」
「へえ。その根拠を聞きましょうか」
「ドワーフを切ってどうする? 彼らの町へ身代金の要求か? どちらにせよ、長期的にはエルフ側が衰退するだけだぞ」
ドワーフはエルフたちから薬を買い、エルフたちはドワーフから優秀な武器などを購入する。また、農具などの研磨・修繕も行われる予定だと事前に聞いていた。
「長期的? エルフが衰退? あはっ、あははははははっ! おめでたいわね! さっすがは人間! 小さな脳しかない下等種族!」
カルネは心底面白そうに嗤う。哄笑は伝播し、周囲のエルフ兵たちも大声で笑い出す。
「何がおかしいと言うんじゃあ!」「トールさんの言うことはもっともだろうが!」「今後、絶対におまえさんらを助けはせんからな!」「酒をよこせい!」
ドワーフたちも次々と怒りの言葉を吐き出すが、どれだけ大声を出しても、エルフたちは爆笑を止めない。
「こうは考えられないの? 『エルフはドワーフを見限った』って」
「な――」
トールだけでなく、この場で拘束されている全員の頭が真っ白になる。
「フフ……お祖父様が最後の情けとしてあのモンスターを置いてあげたのに。それで引き返すならそれも良し。もしも倒してやってくるのなら……」
カルネは部屋の角にいる男へ侮蔑の視線を向けた。それからドンネルたちに視線を戻し、酷薄な笑みを浮かべる。細めた目に宿る光はとても冷たい。
「ハーフ牧場行きよ」
「ハーフ……牧場……?」
「そう。新しい刑罰のひとつね」
カルネはニヤニヤと嗤いながら、その刑罰の説明をする。
エルフはエルフとの交配でしか子を成せない。正確には、子を成す能力を持つ子を産むことができない、だ。
だからこそハーフエルフは迫害される。あるいは生まれた瞬間に間引かれるのが普通だ。
最低限、道具として育てて使う分だけ、エルフは自分たちを慈悲深いとすら思っていた。
次期村長となるべく教育を受けていたカルネは考える。ハーフエルフは道具であるが、もっと別の使い道はないだろうか、と。
そうして思いついたのが、ハーフエルフを道具ではなく、商品とする使い道だ。
「大罪を犯したエルフも少なからず存在するわ。彼らは牢獄に入れているけれど、新しい刑罰を課すの。それがハーフ牧場の刑」
ハーフエルフは周囲から迫害されるが、ではその親はどうなのだろうか?
実は親たちも迫害の対象となる。エルフを生まなかったという罪だ。これは強姦による妊娠でも適用された。
そこまでカルネが説明すると、ドンネルはハッとした様子で怒鳴る。
「貴様! まさか、自分の父親を……!」
「ああ、アレ? 死んだようなものでしょ? そんなエルフは必要ないのだから」
またもトールたちに衝撃が走る。
この女は自分の父親が人間の女と交配したという理由で血の繋がりを断ったのだ。ドワーフたちには信じられないことだし、魔族であるトールたちにも信じられないことだった。
魔王たちは大規模な戦争を滅多に起こさないが、小規模な戦争なら時折起こす。
魔王たちは出ず、配下の魔王軍だけの戦いだ。代理戦争とも呼ばれる。
そのため、魔族は基本的に浮気や不倫の類をあまり気にしない。数が多ければ多いほど良しとされており、将来的に魔王軍に入ることを親が確定すれば、その子供を育てるくらいの報奨金が与えられるのだ。
「強欲の魔王」が他の魔王たちから嫌われていた理由にこれがある。彼はその代理戦争を短いスパンで繰り返すのである。また本人が出ないといっても、彼の支配下には四天王と呼ばれる準魔王級の実力者たちがいた。そのため「強欲」の魔王軍と当たれば尋常でないほどの死者が出るのだ。
かといって、吹っ掛けられて代理戦争をしないわけにもいかない。魔王のプライドがそれは許さないし、被害が出るだけになるのだから。
しかし、魔王同士も顔を突き合わせた本来の戦争になった場合、それこそ魔王が殺されかねないため、代理戦争という形にせざるを得なかったのである。
ある意味、「英雄」が「強欲」を討ち滅ぼしたことで一番喜んだのは他の魔王たちなのかもしれなかった。
ともかく、魔族であるトールたちからすれば、たとえ子を成せないとしても、数を増やすのは正しい行いだ。それなのに、エルフは違うのだという。
(狂信的な純粋血統主義というわけか)
それだけなら、別にいい。勝手にやってくれというだけの話。
しかし、それに多種族を絡めてくるというなら話は変わる。
戦慄するトールたちを眺めてカルネは笑みを濃くし、さらに説明を続ける。
「色んな罪で捕まってるやつらがいるけれど、まあ……全員同じ罰を受けてもらうわ。一部は喜ぶかもしれないけどね……クフフ」
それから相も変わらず酷薄な目で、再度全員を見回す。
「あなたたちと子作りしてもらうわ。それで生まれたハーフエルフを出荷するの。里に居られても目障りだし、空気が穢れてしまう。それに、そうしてハーフを外に売り出せば私たちはお金が手に入る。周りは決してエルフじゃないけど、それに似た容姿の者が手に入る。私たちエルフは狙われ難くなる。……万々歳でしょ? 子供も出来ないんだから去勢の必要もないし。私たちの役に立つのだから、ハーフどもも嬉しいはずよ」
エルフであれドワーフであれ、異種姦は端的に変態の烙印を捺される。これは魔族でもそうである。容姿が優れていたら気にしないというのは人間くらいだろう。人間が下等種族と馬鹿にされる理由の一因だった。
そんな変態行為を強制されるのだから、なるほど、捕まった犯罪者たちにとってこれは罰というわけだ。トールはそう理解した。そしてそれが自分の身に降り掛かることを想像すると、身の毛もよだつ。
(……旦那さまっ)
奥歯を噛み締め、祈る。
不思議と、彼になら肌を触られても嫌な気がしない。自分は変態なのかもしれないと思ったこともあったが、こうしてエルフなどに触れられることを考えると気持ち悪くて仕方がない。「欠落」に関しては、トールの主人であるメサイアから推奨されていたというのも理由の一端かもしれない。
だが、ともかく、嫌なものは嫌だった。
「待てぇいっ!」
ドワーフの一人が大声を発する。
「……何かしら? 我々エルフはあなたたちと違って、耳が良いの。ほら、見てわかるでしょう? だから、そんな大声を出す必要はないのだけれど」
自分の長い耳を触りながら、カルネはドワーフへ訊ねた。
「儂らを見限る? 大層な台詞じゃな」
「そうだ! おれたち以上の鍛冶屋がどこにいるっていうんだ!」
続いてドンネルが叫んだ。カルネはうるさそうに両耳に指を突き入れ、眉を顰める。
「まったく……知能の足りないクズ……そんな相手を私たちがしてられるもんですか……」
嘆息し、手短かに口を開いた。
「魔族」
全員の顔が蒼白に染まる。
その言葉の意味を正確に理解したからだ。
魔族と手を組むということは、ある意味で魔王の庇護下に入るということでもある。正式なそれではないにしても、場合によっては魔王自身が出張ってくる可能性だってあるのだ。
「『剣舞』の魔王軍に狐面族って種族がいるの。彼らはあなたたちドワーフよりも余程出来の良い武具を用意してくれるわ。ほら、わかる?」
カルネはそう言って、腰に下げていた短剣を取り出してドワーフに見せる。
(装飾過多だが……たしかに、業物だな)
装飾としての短剣なのだろうが、それでも武器として一線級の出来だ。あれをもし量産できるというなら、カルネたちがドワーフを切ると発言したのも頷ける。
実際、この隠れ里を訪れる間にトールはドワーフたちの武器を目にしていた。モンスターを相手にするなら十分過ぎる出来ではあったが、あの短剣と比べると明らかに劣る。
これはドワーフがどうこうというよりも、あの短剣のグレードが良過ぎというべきだ。
「そもそも『剣舞の魔王』だもの。武器の製造技術が優れているのは当然でしょう? あなたたちみたいな時代遅れのドワーフとは違うのよ。声ばかり大きくて、酒臭い。まるで知性を感じないわ」
「ぐぬぬ……」
「くそ、あの短剣……」
「おのれぃ……」
頭に血が上っているようだが、それでもドワーフたちもあの短剣を見て多少は納得してしまったのだろう。
渾身の一振りを作り上げるのならば、自分たちもあの短剣くらいの業物は作り出せるとでも言いた気だ。しかし、コンスタントに量産できるかといわれれば無理なのだろう。
そういった表情を、トールは「叡智」の魔王軍で見たことがある。身内の「鍛治士」がドワーフたちの作る武器を見て同様の表情を浮かべていた。ただ、その表情をドワーフが浮かべる日が来るとは想像もしていなかったが。
(…………腑に落ちない。何か、勘違いしている? いや、それとも……)
一方、トールは腑に落ちないものを探す。それが何なのかはわからない。
けれど、カルネの発言で疑問があったのだ。
「彼らを牢獄に入れておきなさい。……ああ、受刑者たちと向かい合う牢に入れておくのもいいかしらね。狐面族の方々がいらっしゃる日が愉しみだわ」
カルネはそう言い残してこの場を去っていく。トールたちはエルフ兵たちにせっつかされて立ち上がり、牢獄へと連れ出された。
(あの顔……)
その際、部屋の角にいたハーフエルフの男の顔をトールは見る。
目は淀み、生気の欠片もない。まだ若く見えるのに、痩せ細っている。
(旦那さま……申し訳ありません……)
ただ助けを待つ身になってしまったことが、悔しい。
「大丈夫です、トールさん」
『そーヨ。心配し過ぎヨ』
そのとき、メイとエミリーが声を掛けてきた。
あまりにも楽観的な、明るい口調だ。
「ご主人様がいるです」
『むしろ、やり過ぎないか不安なくらいだワ……』
「…………。ふっ、たしかに……。そうだな」
二人の笑みにトールも安堵し、肩の力が抜ける。
今は待てばいい。まだ自分の力は足りない。早く力を付けなければと思うが、一足飛びに手に入れる力はまやかしだ。
彼の背中が遠いからこそ、焦る。しかし、確実に一歩ずつ近付かなければ、きっと途中で階段は崩れてしまうだろう。
そのためにも、今は辛抱の時。
腹に力を入れ、前を見据える。
急に雰囲気が変わったからか、幾人かのエルフたちは息を呑んだ。あるいは、前衛系「戦士」などのロールなのかもしれない。
だからこそ、この状況で覇気を纏うトールに畏れを抱いたのだ。
今はまだ、牙を研げ。
解放されるその時を待つだけだ。
堂々とした足取りで「暴風の勇者」はエルフ兵たちを畏怖させながら、牢獄への道を己の足で進んだ。
第五章はここで一旦終了です。六章へ続く。
ただ間に幕間を挟みます。
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