5-14
エルフの隠れ里に訪れ、翌日になった。太陽が黄色い。気怠い身体が心地良いぜ。
昨夜、俺とトールは夢中になってテッサの躾をしていた。あんなに積極的なトールは初めてだった。こんなところでテッサ加入の意味が出るとは。
そんなわけで気付かなかったのだが、メイとエミリーは昨晩ドワーフたちと宴会をしたらしい。どうして俺を呼びに来ないのか。腹が立ったので、メイの頭に拳骨を落としておいた。あとエミリーの羽を紐で縛って飛べなくさせた。
「なんだ、こいつら。……昨日は宿にすぐ込もったからかな? やっぱ人間は珍しいのか」
「いや、その……ご主人様……違うと思うのです……」
『うん……。九割くらいの確率で、違うと思うノ……』
すれ違うエルフたちは訝しんだ視線を俺たちに向けてくるが、別にそれは俺たちが人間だからという理由ではないようだった。じゃあなんだっていうんだろうか。視姦はされるのもするのも好きではないのでうざったいな。
「…………テッサさん……ごめんなさい……メイには助けられないです……」
『うん……ワタシも……無力なワタシを許して……』
「ぐぎぎぎぎぎぎっぎっぎぎぎ……」
テッサ? ああ、新しく飼い始めたわんわんのこと? 今、絶賛散歩中だね。
「その……すまない、テッサ。私も昨晩はどうかしていた。これまでのことは、そっと水に流そう」
「がぐぐぐぐぐぐっ!」
トールがテッサを気の毒そうな目で見ながら頭を下げるが、テッサは怒り狂って飛び掛かろうとする。
「こら! テッサ! ステイ! おすわり!」
とんでもない狂犬だ! まだ反抗的な目をしてやがる!
けれど名で縛っているため、俺の命令には逆らえない。全力で抗おうとしているようだが無意味である。プルプル震えながらおすわりするテッサの頭をよくできましたと言わんばかりにわしゃわしゃと撫でてやった。目が真っ赤なのは涙目だからか怒りによるものなのか。いや、きっと嬉しいからに違いない。
「……その、ご主人様。テッサさんのそれ、なんなんです……?」
意を決した様子のメイがごくりと喉を鳴らしながら訊ねてくる。
「え? 狂犬だから犬らしくコスプレさせてみた」
『どこでそーゆーの買うノ? ここで買ったノ? ハーシェルかルゴンド?』
「いや、結構前に買ったぞ。セパリアかな」
「あそこからそんなのリュックに入ってたです!?」
セパリアで衝動買いしてしまったものだ。女に誘われて付いて行った先の店で発見した。
俺自身、ほとんど忘れかけていたくらいだ。テッサを躾けるのに役に立つ物がないかなーと荷物を漁っていて発見し、記憶が蘇ったのだ。
ちなみに。
セパリアでメイが攫われてドラゴンに変身してしまったときに、俺はこれを買いに行っていた。
まあ結果としてあの件もあり、よりメイが忠実になったから良し。ある意味では記念の品だといえよう。
「思わぬところで役に立ったな」
犬耳、首輪、リード、犬の尻尾。完璧なわんわんコスチュームである!
尻尾は抜けないようにしっかり奥まで突き刺しているため、ズボンはだいぶ後ろまで下がっている。まあ四つん這いだけどいいだろ。俺は恥ずかしくないし。
あとは狂犬だから誰彼構わず噛み付いても事なので、躾用の猿轡を噛ませている。よだれがタラタラ垂れているのが実に狂犬っぽい。
「一晩かけて仕込んだんだ。見てろ?」
言って、おすわりしているテッサの前にしゃがみ込む。
顔も耳も目も真っ赤。
病気かな?
「お手」
「がぎぎ」
「伏せ」
「ぐぐぐぐ……」
「どうだっ」
あれ? メイとエミリーの視線が痛い……。どうして?
『その……ちょっと、マスター、いい?』
凄く沈痛な面持ちでエミリーがそっと告げてくる。仕方ないのでテッサの首輪と繋がっているリードをトールに預け、エミリーが誘導する方へ離れていった。
『一応、昨晩から、何したか教えてもらってイイ?』
「ああ。別にいいぞ」
こしょこしょと耳に囁いていく。エミリーの顔が歪んだ。
こそこそと臨場感たっぷりに囁いていく。エミリーの目に涙が浮かんだ。
どうだと言わんばかりに囁いていく。エミリーはついに顔を両手で覆った。
『その……マスターには悪いけど、うん……たぶん逆効果だと思うノ……』
「なんだって!?」
そんな馬鹿な!?
『それ、マスターがただ嫌がらせして愉しいだけで、テッサは屈辱でマスターを恨む一方だと思うのヨ』
「けど普通、心が折れないか?」
ああいう反抗的な連中は心をポキッと折れば従順になると相場が決まっている。「強欲」と戦う前にヤツの魔王軍から情報を引き出すときだってそうやってきた。つまり実証済みってわけだ。
『ワタシなら折れるけど……もしマスターがやられたらどうする?』
「え? 仕返しするけど」
絶対殺す。死ねないよう拷問してから殺す。ついでにメサイアに頼んで拷問に向いたアイテムを貸し出してもらうくらいの勢いで復讐する。
俺の心がそう簡単に折れると思うなよ。
『あの目を見てヨ。心折れてないと思うのヨ』
ばっと振り返ってテッサの目を見る。
ああ、あの目は知ってるぞ……あの怒りに濁り切った目を俺は知ってる。「強欲」が死の瞬間に浮かべてた。散々嘲笑してやったからな。
ふむ……これは……エミリーの言も信用できるかもしれない。
「……マズいか?」
『マズいなんてもんじゃないと思うノ』
「じゃあ、今度こそ心を折る方向で……」
『いやいやいやいや! その方向が間違ってるってワタシは言いたいワケ!』
え、なにそれ? 面倒じゃんそういうの。
『そこでワタシ、エリート名参謀エミリーは良いアイデアを思いついたであります!』
「ほほう、言ってみたまえ」
『まあ、これもひどいと思うケド、今の状況よりはマシだと思うし……』
そう前置きし、こしょこしょとエミリーは作戦を伝えてくる。
「ええ? そんなんでうまくいくのか?」
『うーん……テッサなら大丈夫だと思うのヨ。少なくとも、今の状況よりは万倍マシだと思う』
万倍ときたか。
「そうか……俺のやり方は駄目だったのか……。トールには効果があったと思うんだけどな……セクハラと称した精神陵辱大作戦」
『セクハラと称した時点で大抵の作戦は失敗に終わるハズ』
けど従わなかったとして、俺は愉しめるからメリットはあるんだよ。これまで抑圧された生活を長々としてきたんだから「欠落」になってからはハッスルすると決めていたのである。それもここで終わるかもしれないが。
「仕方ない、エミリーの作戦に乗るか。協力しろよ?」
『そりゃもう。あんなん見てらんないもん』
邪悪な遊びを好む精霊のエミリーからこんなこと言われてしまった。不可解だ。虫の脚を毟るように人間の手足を千切って遊ぶ精霊よりよっぽどマシだと思うのだが。
エミリーの羽を縛っていた紐を解き、テッサたちの元に戻る。それから騒がないよう注意し、猿轡を外した。
「おい、テッサ」
「なんだ……殺すなら殺せ……ただし、呪ってやるからな……」
おお、なんというドロドロした怨念だ。「勇者」一行なんだからそういうのやめろよ。
「昨日のトールとの戦いみたいな馬鹿げたことをしないなら、ある程度そういうの外してやってもいい。どうだ?」
「…………………………………………わかった」
すごい熟考したな……。復讐心と束縛からの解放を心の天秤で量ったようだ。まあどちらにせよ、俺が名で縛っている以上はあまり羽目の外したことはできないのだし、良しとしておく。
しかし……むう。本当にエミリーの言う通りになってしまった。どういうことだ。
あっ、わかった。精霊は邪悪だから、そういう風に精神的に追い詰める術を理解しているのか。
さすが元精霊、汚い。実に汚い。
俺が追い詰めた精神状態を利用した上、さらに俺に恩を吹っ掛けるつもりだな?
汚い。汚物くらい汚い心だ。俺みたいにピュアな心を持ち合わせていないのか。
エミリーを軽蔑した目で見ていると、その下にいるメイがぴょんこぴょんこ飛び跳ねる。
そういえば、朝飯食ってるときに何か言っていたな。なんだっけ。
「えっと……ドンネルから呼ばれてるんだっけか?」
「ですです。一番奥にある建物で会議だそうです」
『マスターにも参加して欲しいんだって』
俺がドワーフとエルフの会議に参加して何をしろってんだよ。
「旦那さまは睨みを利かせておくだけで十分なのではないでしょうか。先程メイ殿から聞いた限りでは、どうも今回の訪問において、エルフたちの態度がおかしいようです」
トールは俺がエミリーと話している間に、メイからここでの話を聞いていたらしい。軽く聞いてみると、串焼きが銅貨三枚から銀貨三枚まで値上がりされたのだとか。
「なんだそれ。詐欺じゃん」
『そーなのヨゥ! もー! 思い出しても腹立つー!』
エミリーがメイの頭でぴょんぴょん跳ねながら回転する。
俺がもしそれされたらどうするだろうか? まあ脅すかな。一番話が早い。力で解決できるのならそうすればいいのだ。
ただ、それは俺が部外者だからできること。
ドワーフたちはエルフたちとこれまでの関係があった。そのため、そう簡単に関係を瓦解させるような手段に出られないということだ。
問題というか不可解な点は、エルフたちが平気でそういった手段に出ているということ。裏には確実に何かが起こっている……が、俺には関係ない話である。気にしなくていいだろう。何かあったらドワーフを守るくらいはするが。護衛として依頼されているわけだし。
「まあいいや。俺はテッサを普段着に戻してくるから、おまえらは先に行っとけ。トールはメイたちをしっかり守れな」
「了解しました」
「じゃあ、先に行ってるですっ」
『フーッ! 今度あんなふざけたマネしたらハイパーツインキックを喰らわせてやるんだから!』
発情期の猫みたいに興奮しているエミリーをメイとトールに押し付けて別れ、宿に戻る。宿の入口ではドワーフの一人が主人のエルフと口論になっていた。まあ俺には関係ないので無視して部屋へ戻る。なんかエルフが騒いでいたが、どうでもいい。
「ん?」
「ゲッ!?」
俺たちの荷物を漁る耳の長い男がいる。いやまあ、エルフだな。
「ゴー、テッサ」
「おおあああっ!」
リードを放し、テッサを向かわせる。
男は荷物を漁っていた状況から慌てて立ち上がり、まだ体勢が崩れている。そこへ狂犬から猛犬へクラスアップしたテッサが飛び掛かり、渾身の右ストレートを顔面に叩き込んだ。男はそのまま吹き飛ばされ、壁にぶつかって気を失う。
「お見事」
「はーっ、はーっ。ちょっとは気が晴れた……まだまだ物足りんがな!」
俺を憎悪の込もった眼差しで睨んでくるテッサ。なんというか、こいつのロールが「獣魔使い」なんじゃなくて、俺がそうなった気分になってくるな。
ひょっとすると、主人が獣魔使いになるということなのやもしれぬ。今のテッサは小悪魔というより獣魔と呼ばれた方が正しい気もするし。
「ま、こっち来い。外してやるから」
「クソが……。なんつー魔具を作りやがる、クソ人間……」
そう! この犬コスチュームは実はほとんどが魔具製なのである!
かなり高い買い物だったが、メイの冒険者登録でほとんどの素材を悪魔に奪われてしまったため、もうこうなったら全部散財してしまおうと思って売り払ったのだ。それからドラゴンをソフィアたちと協力して退治したりと色々あって金が貯まったため、高かったが買えた。一式揃えばメイより高いんだぜ、これ。
まあその間にメイがドラゴンに変身して色々あったわけだが、それをメイがどうにか撃退したという話をでっち上げたところお金がもらえたので、結果として収支は僅かにプラスになったのである。だからメイは俺がこれを買ったことに気付かなかったのだ。
テッサは諦めて俺に服や装飾を剥ぎ取られていく。というのも、この魔具は俺がマスターロックしているため、着用者であるテッサでは外すことができないのだ。服も胸を隠すだけのチューブトップで毛皮、ズボンも切れ込み鋭いホットパンツで毛皮という念の入れようだ。……勿体ないなあ。
「なあ、テッサ。この服だけでも着とかないか?」
「ふざけろっ! こっ、こんな痴女みたいな格好してられるかっっ!」
駄目かあ。じゃあまた今度トールにでも着せよう。あいつなら文句言わないだろうし。というかメサイアから俺を主君代理にされているので逆らえないし。気に入っていたから勿体ない。
「ん」
耳も尻尾も外し、服も脱がす。下着だけの姿になったテッサはそのまま顎をつんと伸ばして喉を見せてくる。俺は頷き、そのまま口を近付けた。
「ば――っ! 馬鹿かてめえはっ! この首輪外せってんだよ!」
「それならそうと言えよ」
「キスしてくるとか思うか、普通!」
まあ、ごちそうさまでしたと言っておこう。もう何度もしたけれど、まだテッサは恥ずかしがっている。初心なやつよのう。
「首輪か……。似合ってるし、外さないでおく」
「はあっ!?」
「まあリードは外すから。姿見で確認してみろよ。意外とお洒落だぞ?」
テッサは信じていないのか、忌々しそうに俺を睨みながら自分の服を身に着けていく。半袖のシャツの上にレザージャケット、下は八分丈のレザーパンツだ。身長は一六〇センチもないが、脚が長くてスタイルも良いので、様になっている。武器である鎖を両腕に装備し、しかめっ面のまま姿見の前に移動した。
「むっ…………」
目が少し開いた。それから苦虫を噛み潰したような顔でこちらに向き直る。
「おい。この魔具の効果ってなんだ?」
「マスターロック……まあ俺に忠誠を誓うってやつ。反抗できなくなるわけだ。おまえにとっちゃ、あってもなくても一緒だろ?」
「まあ、たしかに……」
名を縛っている以上、むしろあの魔具以上の強制力がある。
再度テッサは姿見に向き直り、首輪をカチャカチャ弄り出した。しかし、動かせないことに気付いて舌打ちする。マスターロックは俺にあるからだ。
「おい! もう少しキツく絞め直せ」
「ん? キツくするのか?」
「こーゆーのは緩いとカッコ悪いんだよ!」
そんなものか。まあそう言われちゃ仕方ない。
「ぐえっ! じめづぎぢゃっ……!」
「難しいな……」
「ごほ、ごほっ! 不器用かおまえぇ!」
いや、自分でやるならいいけど、他人のものだとまた感覚が違うんだよ。だいたい隻腕なんだから、そんな器用にいくわけがないだろう。
今度はゆっくりと慎重に絞め直し、なんとかテッサからもオッケーが出た。
「ふん、ふん……悪くねーじゃねえか」
お気に召したようで幸いだ。まあ首輪の内側には「欠落」と主人の名が刺繍で入れられているのだが、それは言わないでおいた方がいいかな。
「ぅ……ん? はっ!」
「逃がさーん」
「ぐえっ!」
意識を取り戻したエルフが逃げようとするが、逃すはずがない。足払いで転し、その場で取り押さえる。視線を向ければテッサも頷き、扉を閉めて施錠する。これで誰も入ってこれない。
「お、おまえらっ! いいのか!? 俺はエルフだぞ!? この里の住人を傷付けておいて、無事出られると思ってんのか!?」
不敵な笑みを浮かべて俺たちを睨んでくるが……何を言ってるんだ、コイツは?
「テッサ。コイツの言ってる意味わかるか?」
「さーあ? ま、どうせ勘違いしてんじゃねーか?」
「は……はあっ!? おまえら、何を考えて……」
ぴこーん、と良いことを思いつく。テッサに指示し、ソレを取ってもらった。物凄い嫌そうな顔をしていたが。
「じゃーん。これ、わかるか?」
「な、なな……な……」
そう! つい先程までテッサに突き刺していた尻尾である。きちんと洗浄してから刺したので、そこまで汚れてはいないはずだ。
「うんうん。わかるみたいだな。じゃあ、これ、どう使うかもわかるよな?」
サアー、と男の顔色が悪くなる。理解してくれたみたいだ。
「やー、野郎の相手とか嫌なんだけど、テッサがいてくれて良かったよ」
「ゲッ!? あたしが手伝うのかよ!? おまえ一人でやれよ!」
「ハッハッハ。文句言えると思ってんのかおまえ。まあその代わりに汚れるから、そいつは捨てるよ。また新しいの買ってやるから、それまで辛抱してくれな?」
「要らんわっ!!」
テッサの魂の咆哮が轟く。その一方で、男はしくしくと泣き始めた。
「やめろ……やめてくれ……あんまりだ……」
「……ああ、わかる。ひどいよな。人権って知らねーんだよこいつ」
あれ? おかしい。なんでテッサがそっち側に? おまえはこっち側だろうが。
ともあれ、話を聞くのは楽になりそうだ。問題ないことにしておく。
少しでも言い淀めば目の前で尻尾を振るだけで素直にペラペラ喋り始めるので、楽なものだった。
そうして情報をある程度引き出した後は生かしていても邪魔なので殺し、テッサに御褒美代わりに魂をくれてやる。身体は風呂場で解体し、血は流した。凍らせてもおいたから腐敗もしないだろう。
大した情報ではなかったから、むしろ損した気分だ。わかったことといったらエルフたちがドワーフを嵌めようと計画しているということくらいだ。詳細なことやエルフの事情なども知らんとは……。
「どーも、厄介事に巻き込まれたみたいだぜ? どーすんだよ」
「皆殺しが一番楽なんだけどなあ」
「ま、そうだよな。……いや、皆殺しが楽とかいう『勇者』ってどうなんだ……」
変なとこで常識があるな、この小悪魔。そんなもんポイしなさい。固定概念に縛られたままじゃ世の中落とし穴だらけだぞ? 師匠が言ってた。
「トールたちも取っ捕まってるだろうし……」
「ムカつくアマだけどよ、捕まるか?」
「間違いない」
この里のエルフは全員敵として考えるべきだ。さすがにそれだけの量に囲まれてしまうと、トールは対処できまい。あいつは集団戦が弱点なのだから。
ましてや今の任務はドワーフの護衛である。多少傷付く程度なら問題ないのだが、トールは頭が固いので、全員無傷で達成しなければ駄目だと考えるはず。メイとエミリーも付いているが、二人はおそらくトールの判断に従うはずだ。下手に彼女がメサイアの側近だということを知っているからこそ、彼女の判断を尊重する。自分の判断を主張すればいいのだが……まあ、それを馬鹿と言うのは少し可哀想か。
「いったん、町から出るか?」
「あたしに聞かれてもな。あんたがあたしの主様だ。忌々しいが、従うだけさ」
ふっと微笑を浮かべ、扉へ視線を向ける。そこには複数の気配がある。俺たちがこの宿に戻ったのは既にバレているだろうしな。気付けば宿の入口で主人とドワーフが言い争う声も、もう聞こえない。彼も捕らえられてしまったのだろう。
「刺激するのはマズい。殺さずに済ませろ」
「難しいこと要求してくれるな、主様はよ……」
だが、台詞や口調とは裏腹に、テッサの緋色の瞳は危ないほど爛々と輝いている。
「行くぞ」
先手はこちらが握る。
扉を蹴破り、エルフたちを気絶させて宿を飛び出した。




