5-13
ドンネルは胃の痛い思いをしながら、このエルフの里をまとめる長と対談していた。
そもそも、どうして自分がこんな場所に一人でいるのかが不思議だ。自分はたしかにまとめ役だが、あまり賢い頭をしているとは思っていない。
なので、ドワーフ一行の中には交渉担当の人物がいた。が、酒を入れてしまっていたのでどうしようもなかったのである。
ドワーフにとっての酒は多種族でいう水のようなものだが、アルコールはアルコール。ドワーフにも酒に弱い者はいる。肝心の交渉担当がその弱い者の一人である。勿論、弱いといっても、ドワーフ基準ではあるのだが。
(なーにが『あの「欠落」さんと普通に話せてたおまえなら楽勝じゃ』だ! あのクソボケどもっ!)
怒りを顔に出さないよう注意しつつ、緊張の汗が手に出る体質で良かったと安堵する。
「それでは……いつものように、十日間の滞在で、よろしいか?」
「あ、ああ。こっちもそう予定している」
村長はエルフと呼ぶのも烏滸がましいくらい、肌の見える箇所は皺ができている。白髪も後退し、禿げてきていた。これは彼が死期の近い老人であるためだ。
エルフは成人までは人間などと同様に成長し、そこから老化の速度が急激に遅くなる。平均寿命は人間の二倍ほどで、一〇〇年から一五〇年。死ぬまで残り十年ほどになると、それまで食い止めていた老化現象が揺り返しを喰らったかのように起こるのだ。酷い者だと、一晩寝て起きた後にはヨボヨボの老人になったりするらしい。
村長という責任者が高齢であるため、彼の背後には二人のエルフがいる。このどちらかが次期村長ということなのだろう、とドンネルは理解する。もっとも、その二人が何歳なのかはさっぱりわからなかった。
(エルフは見た目で歳がわからん!)
同じことをエルフも思っているとは、ドンネルもさすがに気付かないのだった。
ドワーフもエルフほどではないが、人間より老化が遅い種族だ。それに加えて「髪と髭を大量に蓄えるほど男前」という価値観があるためか、ドンネルも例に漏れず、目に見える範囲で顔の肌面積は非常に狭い。
余談だが、ドワーフの女性の場合は髭と髪の量はそこまでではないが、毛のツヤやカット具合によって素晴らしい女性かどうかが判断される。そういう細かいところまで注意が及ぶ、ということである。
「紹介、しておきましょう……。カルネや」
「はい、お祖父様」
背後にいた女性のエルフが一歩前へ出た。彼女は村長の孫であるらしい。
寿命が長いエルフだが、出生率はそれほど高くない。妊娠期間が人間の数倍ほどあるためだ。だから村長の年齢を考えるとひ孫でもおかしくないのだが、不思議というほどではなかった。
「この子が、この町の次期町長になる予定の……カルナです」
「お祖父様、カルネです」
「おお、そうだったか……」
(大丈夫かこのジジイ!? 孫の名前間違えるか普通……というか、もう限界だろ。隠居させてやれよ!)
内心でドンネルは叫ぶものの、一方で冷静に判断してもいる。
村長が老人だという話は知っていたが、死期が近付いて老いてしまったという話は聞いたことがない。つまり、前回から今回の半年の間にその時期が来てしまったのだ。
そのため、まだ次期村長への引き継ぎなどが完了しておらず、彼は老体に鞭を打ってこの場に出席しているのだろう。
しかし、気になることがある。
「すまないが……。次期村長がそのカルネ嬢であるというのは理解した。となると、彼は一体何者になるんだ……?」
「ああ、アレですか」
村長が口を開くより先に、カルネが口を開いた。
水面のように透き通った碧眼は温度が下がり、まるで氷のような冷酷さを浮かべる。口端は僅かに吊り上がっていた。整った容姿が、その酷薄な様を際立たせる。
侮蔑の笑みだ。
「亡くなりましたが、我が父が外の妾との間に生んだハーフエルフです。お恥ずかしい話ですが、使い用はあるので、生かしているというわけですね」
「どうです、優しいでしょう?」と言いた気な笑みをカルネは浮かべるが、ドンネルの口内には苦い味が広がっていた。
じっとりと手に汗が出てくる。本当に顔に汗掻かない体質で良かった、父ちゃん母ちゃんありがとうとドンネルは故郷の両親にテレパシーを送る。当然届かない。そんなスキルはドワーフにない。
(いや、いや……つまりはおまえの腹違いの兄か弟じゃねえか。どうしてそんな風に思えるんだ? ドワーフにはさっぱりわからんぜ……)
ドワーフもエルフと同じく、他の種族との交配でハーフドワーフが生まれる。こちらも同様に子供を作る機能を失うのだが、ドワーフはハーフであっても差別をしない。これは単純に、ハーフドワーフが生まれた例が極端に少ないからである。
またドワーフはハーフであれなんであれ人の数が増えるのを喜ぶ気質の者が多いため、ハーフでも差別されないという理由もあった。酒を持ち寄って宴会を楽しむ気風は意外なところでも役に立っていたといえるだろう。
もっとも、それはあくまでもドワーフの血族であるからだ。多種族に対して良い感情を持たないという点ではエルフと似たり寄ったりである。
(……まあ、おれたちには関係のないことだ。所詮エルフはエルフ、おれたちはドワーフなんだから。ツルハシが出しゃばると、割れない鉱石も割れるって言うしな。そんで、割れた鉱石はくっ付かないとも言う。雄弁は銀、沈黙は金たあ至言に違いない)
さいですか、と短く返してハーフエルフへの興味を失くす素振りを示す。
ドンネルとしてはこれ以上その話題を広げたくなかったし、カルネたちにとってもハーフエルフというのは恥ずかしい存在と見做しているため、触れられたくない部分でもあるだろうからだ。
「カルネ……儂は後ろに居る。後は、おまえが村長代理として、会談を続けなさい」
「わかりましたわ、お祖父様」
町長が下がり、ハーフエルフがすかさず椅子を取り出す。そこへ町長が座ると、空いた席へカルネが腰を下ろした。直後、長い足を組み始める。
(はあっ!? 対等な交渉のはずだぞ!?)
ありえない事態にドンネルは困惑する。
足を組むというのは、基本的に目下の者へのみ許される行為であるはずだ。それをこういった交渉で行うなんて、理解できない。こういった場での作法を学んだわけでもないドンネルですら知っている常識なのだ。
(常識がないのか? いや、エルフの次期村長なんだから、それはない……。ということは…………そうか……)
背後にいる町長も、カルネを諌める様子はないようだった。
怒りで血管が破れそうだった。血が沸騰していないというのが信じられない。
(おれたちを、舐めてるってことか……!)
怒りを我慢しようとしたが、ここで耐えると今後のためにならないかもしれない。まだ相手は正式な村長というわけでもないのだから、事情を話せば仲間たちも理解を示すだろうし、ひょっとすると彼女が村長に説教されて大人しくなるかもしれない。
「今日はここまでとさせてもらう!」
テーブルに思い切り両手を叩き付け、やおら立ち上がる。衝撃で椅子が倒れたが、ドンネルは気にすることなく会談の席を後にすることにした。
(どういうことだ? 最後までニヤニヤ嗤ってやがった。何を考えてるんだ? さっぱりわからんぞ……。これがエルフってやつなのか?)
少し歩けば溜飲も下がり、冷静さを取り戻す。
エルフたちの考えていることがわからない。「こっちは怒っているぞ」という印象を植え付けるために赤様に怒って出て来たが、それで慌てる素振りもなかった。むしろ、狙い通りのようにも見える。
けれど、それもおかしな話だ。自分たちの冶金技術などがなければ、エルフたちは武器を手に入れたりできないし、農具の手入れも不十分になる。
エルフは主に人間から狙われてもいるから、外部に出るのはごく少数で、なおかつ帰ってくるときにはさらに数を減らしている場合もある。そういう意味でも、ドンネルたちドワーフが出張って来る、この交易は非常に重要であるはずなのだ。
(いや、考えてもわからん。こうなったら酒飲んでるボケどもの尻を蹴るか、頭に水をぶっかけて話しを――)
考えながら宿へ向かっていると、見知った顔を発見する。まだ弱火の遠火で炙られる干物のようだった気分が上方へ向かった。まあ、その二人も騒いでいるのだが。
「お二方、どうしたんです?」
「あ、ドンネルさん! お話終わったです?」
『お! ヒゲモジャじゃないノ! 良いところに!』
メイとエミリー。自分たちが護衛を依頼した「欠落の勇者」の仲間たちだ。正確には冒険者なのは「白無垢」のメイと「暴風の勇者」のトールだけなのだが、実質のリーダーは彼なので問題ないだろう。
ちなみにエミリーはドワーフ全員をヒゲモジャと呼ぶので、複数人ドワーフが集まっている場だと誰を呼んでいるのかわからなくなる。ドンネルはそれで一度彼女の主人に相談したのだが「興味ない」とバッサリ断られてしまった。
『そーだ! ちょっと聞いてヨ! この人、ひどいワケ!』
「ひどくありません。表記されているのはエルフ価格です」
『意味わかんないわヨ!』
「あうあう、エミリーさん……もう、払っちゃってもいいと思うのです……」
『よかないワ! こんなの詐欺ヨ!』
二人は露店の店員と口論になっていたようだ。
話を聞くと、ここで販売していた串焼きが美味しそうだったので、二人は一本買って分けようと思ったらしい。なので注文を済ませて焼いてもらい、受け取ろうとしたところで「金が足りない」と言われたのだ。
「別に、そんな高くないだろう?」
店前には看板がある。串焼き一本銅貨三枚。
別におかしくない。子供の小遣いでも買える額である。
『それが! 聞いてヨ! ありえないのヨ!? これはエルフ価格とか言って、ワタシたちからは銀貨三枚ふんだくろうとしてんだから!』
「銀貨三枚!?」
ドンネルも目を丸くする。銀貨三枚もあれば、一人ならそこそこのディナーコースが食べられるくらいの値段だ。間違っても、この串焼き一本でそんなにぼれるはずがない。
「おい、あんまりなんじゃねえのか?」
「そうは言いましても、そういう値段設定ですから」
「じゃあ要らねえよ」
「焼いてしまった以上は、買い取っていただかないと困りますね」
先程の苛立ちが再燃したかのように、カーッと頭に血が昇る。
「おお! 出してやろうじゃねえか! エルフがこんな守銭奴だとは思わなかったわ!」
懐から酒瓶を数本買う予定だった銀貨を取り出し、店主の顔面に叩き付ける。そして串焼きを引っ掴み、メイに手渡した。
「あ、あの……ごめんなさいです! ええと、お金……」
「構わねえよ。な、エミリーさん?」
『そーヨ、メイ! こんなとこに連れてきたヒゲモジャが悪いのヨ! せめて、それなら一言ワタシたちにも言っとくべきなんだから!』
頬を膨らまして抗議するエミリーだが、不思議とドンネルは彼女たちに対して怒りは沸かなかった。たった四日間の付き合いでしかないが、彼女たちの性格は多少読めるようになってきたと思っている。自分の観察眼を信用するからこそかもしれない。
あるいは単純に、彼女たちもまた「欠落」というよくわからない人物に振り回されているためか、被害者仲間という意識が働いているのかもしれないが。
(いきなり仲間が一人増えたのにはびっくりしたな……)
テッサと名乗る褐色の肌の女性だ。仲がそこまで悪くなかったはずの「欠落」たちの和を乱す問題児出現という感じの女性だった。
ただ他の者がそうであるように、彼女もまた戦力としては申し分ないことだけは間違いない。一体あの大きさの鎖と分銅、鏃がどれだけの筋力ならばあれほどの破壊力で繰り出せるのだろう?
それでも、彼女の性格はなんとなくドンネルには掴めた。ドンネルも故郷には嫁や子供たちがいて、長男は結婚こそしていないが、既に独り立ちしている。
テッサは反抗期の子供たちと同じ感じがした。あと、やたらと悪目立ちしたがる不良のような感じもミックスされているだろうか。不良というよりは、悪ガキといった方が近いのかもしれない。
一応護衛任務であるというのは理解しているようだったし、ドワーフである自分たちには被害が出ないよう行動しているのが伝わって来たからだ。
根は悪い子ではないのだろう、とドンネルは思っている。
(まあ、一番わけわからんのは『欠落』さんなんだが……)
彼だけは自慢の観察眼でもさっぱりわからない。子供っぽいかと思えば、冷徹なまでに現実的な大人としての側面を持つ。めんどくさがりかと思えば、油断なく尾行者にも気付く勤勉さも持ち合わせていた。その際には一人で寝ずの番をやると宣言し、実際にそうしていた。……朝には寝ていたが。
(『勇者』らしいし、まあ頷けるんだが……悪人って言われても素直に頷けるんだよな。けど、善人……いや、善人ではないな。絶対に、それだけは、ない。アレが善人なら魔王はいない)
ただ、根っからの悪人かと問われれば、否と断じる自信がある。
結局、ドンネルの観察眼でも「欠落」は理解不能であった。それでも護衛の依頼を受けている以上はこちらに気を遣ってくれている部分も多少あるので、あまり気にしないことにしておく。そういう意味での信用はすでにできていた。人間の中ではマシな部類だ、とひとまず置いておくことにする。
「ああ、そうだ。今の話とか、『欠落』さんにもしといた方がいいか。どこにあの人はいる……ます? 宿ですかい?」
思い出したかのように取って付けた敬語だが、ないよりはいいだろうと判断する。
そうしてドンネルは二人に訊ねたのだが、二人は表情だけでなく行動までもが完全に固まった。エミリーに関しては串焼きの肉に噛み付いた体勢のまま、器用に空中に浮いている。
「ああああああああの! ご主人様は今、色々と忙しいようなので、できればそーっとしておくのがどう考えてもいいと思うのですですっ!」
『そそそそーヨ! 絶対! 扉を叩いちゃダメヨ! イロイロと忙しいみたいだし、もしかすると怒るかもしれないから!』
「そ……そうですか。なら、お二人の方から伝えておいてもらえますかい?」
「う……ぅ、ぅう……」
『それ、も……なんか、怖い……よネ?』
「でも、うう……わ、わかったのです……」
一体どうしたのだろうか? 二人は「欠落」と仲が良いように思えたが、今は物凄く彼に近寄るのを恐れているようだ。
はあと嘆息し、エミリーがメイの頭へ移動する。エミリー曰くベストポジションであるらしい。
『簡単に言うわヨ』
「はあ」
『トールとテッサに、マスターブチギレ』
「なるほど。近寄らないことにしよう……」
これまでの四日間で、多少なりとも彼らの関係性や実力は理解しているつもりだ。
「欠落」は彼女たちと比較しても、なおぶっちぎりで上位者だ。彼女たちの態度や行動から見ても、それは間違いない。あれだけのモンスターたちを相手にして「欠落」が動かないのに、誰も文句を言わない。そのうえ、モンスターたちを「雑魚」と断定する。
そしてあの鯉のモンスター。アレに対しても「キモいから嫌」と言っていたが、それは反面、メイたちだけで勝てると断定していたからだろう。実際、彼がアドバイスを送ってからは圧倒的だった。
なんとなく、雰囲気で察せられる。
もしも彼が真面目に戦ったなら、あの鯉のモンスターですら「雑魚」の枠組みからは逃れられないのだと。
そんな彼がブチギレているという。大金を積まれても近付きたくはない。
(オリハルコンが眠ってるっていわれても、ドラゴンの守る山にゃあ登りたくねえやな)
結局、ドンネルはそのまま仲間たちの元へ戻ることにした。メイたちもこれ以上エルフたち相手に詐欺られるのも嫌なので同行するらしい。ひょっとするとエルフたちが急に弓矢を構えたりする危険性がないわけでもないので、ドンネルは内心安堵するのだった。
そして、自分の隠し持っていたはずの酒が空いているのを発見し、激怒した。
ドンネルは苦労人。
きっと泣き上戸です。
とりあえず困ったらドンネルに任せときゃいいや、的な。
それなのに秘蔵の酒を勝手に飲まれた。
ドンネルは泣いていい。




