5-12
エルフの隠れ里に色々とてんやわんやあったが、到着した。
それはもう色々てんやわんやだった。詳しい話は頭が痛くなるので思い出したくないが、簡単に言うならトールとテッサの仲が悪過ぎた。森の中でも、そして隠れ里に到着してからも。最終的には拳骨食らわしたしな。
エルフたちはドワーフに加えて俺たち護衛がいるのを見て、一ヶ月も予定が遅れたことの背景に何があったかを察したようだった。幸いなことに、このドワーフたちとエルフたちとの間には信用が芽生えているみたいだ。そのため、護衛である俺たちが白眼視されることもなかった。
かといって、好意的な視線であったかというと、ノーなのだが。
それでも「お疲れのようなので」と宿を手早く手配してくれた。ここへ到着してしまえば護衛もクソもないので、ドンネルもしばらくは楽にしていてくれていいと言ってくれたし、今日は休ませてもらおう。
お説教もあるしな……。拳骨一発で終わると思うなよ?
「馬鹿か? 馬鹿なのか、おまえらは……?」
「ぐ、ぐぃぎぎ……」
「は、ぁ……ぅ、ン……ぁんっ」
フローリングの床に直で四つん這いにさせたテッサの背に俺は座っていた。もうそれは容赦なく、思いっきり体重を掛けている。なんなら飛び跳ねてやる。
そして膝の上にはトールを抱くようにし、服の裾から手を突っ込んで胸を弄っている。まあまあの力を込めているので、多少痛いはずだが、これは躾である。躾ったら躾である。
部屋の角ではメイが三角座りしており、疑問符を頭に浮かべている。というのも、目を隠すようにしてエミリーがメイの視界を邪魔をしていたからだ。もっとも、俺の方からも目を閉じておくよう指示は出していたのだが。
現在罰を受けている二人からすれば、この光景をエミリーやメイに見られるのは物凄く屈辱であるはずだ。だからこそ、二人にはこの場にいさせているのである。
『まあ、マスターもあれは怒るよネエ』
「当たり前だ。無様にも程がある。ふざけてんのか」
「申し、わ……け、ござンンッ! ぃ、たッ……」
「ぉ、もい……! 下りろ……クソ、が……」
テッサが椅子の癖にうるさいので、膝を曲げて踵を跳ねさせた。腹部に突き入れ、ぐぐっと崩れそうになるが、意地で持ち直す。だいたい二三〇レベル相当の力だったから、ステータス補正が高いとはいってもまだ一一五レベルのテッサには大ダメージだろう。体力も三割ほど減少したのではないだろうか。口から血も吐いているようだし。……まあ、そうはいっても小悪魔なので、死にはしない。問題ない。
そう、俺は怒っていた。そしてその怒りはエミリーでさえも仕方ないと言ってしまうほどの理由で起こったのだ。
頭が痛くなるのを我慢し、説教をするために一生懸命我慢してその記憶を呼び起こす。
トールとテッサが襲撃してきたモンスターを倒そうとしたときのことである。
まず、先手を放ったのはテッサだった。鎖という中距離攻撃武器なので、それは当然のことだろう。
問題はモンスターを一体葬った後、その死体を敵へ駆けているトールに向けて落としたこと。
頭からトールは血を被ってしまった。そのときメイは思わず「ひえっ」と悲鳴を上げたくらいである。エミリーは「えげつなー」とドン引きしていた。
ちなみに、これはわざとだった。俺はしっかりと、テッサがほくそ笑みながら死体を落としたのを見ていた。
トールはまだ耐えた。そういうこともあるだろうと判断したのか、単に我慢しただけなのか。ともかく、目の前のモンスターに集中することにした。
続いて、テッサは二体目のモンスターを仕留めた。鎖でがんじがらめにし、その圧力で全身の骨を砕いたのだ。その後、その死骸を武器として振り回した。いわばフレイル型のモーニングスターといえよう。
で、無駄に振り回した。絶対必要以上に振り回した。
俺たちの方には飛んで来なかったので、調整していたのは確実だ。代わりにばっしゃんばっしゃんとトールへさらに血が浴びせられ、肉片やら千切れた内臓やらもべちゃべちゃとぶつけられていた。小さなお子様にはとてもじゃないがお見せられない姿となった。
そして、さすがにトールもキレた。まあ当然だ。それ自体は俺も怒らない。
ただ、トールは俺の禁止だと言っていた縛りを破り、スキルを行使した。それだけでもアレだが、制御せずに広域攻撃魔法なども使ったのだ。
その攻撃範囲には俺たちも含まれる。護衛対象であるドワーフも、主人代理である俺もである。まあ〈アイギス〉で防いだけれども。
トールの魔法によって周囲のモンスターは一掃された。あと、〈アイギス〉の庇護にいなかったテッサはその攻撃をまともに喰らった。死ななかったのは小悪魔の種族ステータス補正特有の高い魔力のおかげだろう。
そうして二人は本気で喧嘩を始めた。いや、言葉を濁すのはやめよう。殺し合いを始めたのだ。
どれくらい本気だったかというと、俺の「シメる」という一言を聞き逃すくらいには。
そして現在に至るわけだ。
より重い罰をテッサが受けるのは当然だが、トールにも罰を与えている。こいつはこれで案外恥ずかしがり屋だから十分な罰になっているだろう。俺も役得だし、問題ない。
「なあ、トール。護衛対象のドワーフも、メイやエミリーも、俺すらも攻撃範囲に入れたのはどういうことだ?」
「も、申し訳ござ――っが!?」
指に魔力を纏わせる。ついでに最近伸びてきた爪も利用し、トールの腹部に指先から第一関節の間である末節まで突き入れた。さらにそのまま指を僅かに折り曲げ、肉を引き裂く。
ステータスの差を活かす。俺とトールのレベル差であれば、本気でやれば素手で内臓を抉れる。
「ぎ……あっ」
「喋らないと、伝わらない」
トールの服がみるみるうちに朱色に染まっていった。
『う、わ……メイ、見なくて正解ヨ……。ワタシも怖い……』
「で、です……ご主人様、本気で怒ってるのです……」
当たり前だ。怒らないはずがない。
今回のクエストの報酬はどうでもいいが、エルフとドワーフたちにコネを作るという点では非常に有用なものなのだ。
スターハートはないだろうが、ひょっとすると、スター級金属の武器が手に入るかもしれないのだ。スター級最下位であるスターシルバーだとしても、飛躍的に俺の戦力が上がる。オリハルコン以下だと他の金属とあまり差はないためどうでもいいのだが。
前回メサイアと戦ったときは駄剣とはいえ、スターゴールド級である聖剣が武器として手に入ったおかげで助かった。普通の剣なら俺の本気の魔法の出力に耐えられずに折れるか炭化するかの二択だからだ。
今後、魔王かその配下で「強欲」の四天王級の魔族と戦うことだってあるかもしれないのだ。そういった際、手持ちに優秀な武器があるかないかは非常に重要なのである。
そして、エルフとの繋がり。これも魔力を回復するアイテムが手に入るかもしれないという点で非常に重要だった。
魔力を回復するアイテムは俺にとっても重要だが、魔力で身体を構成するエミリーにしても、テッサにしても重要である。もしもエミリーでも持ち運びできるくらい濃縮した魔法薬が手に入ったなら、彼女は狂喜乱舞するだろう。精霊魔法が唯一の武器である彼女としては、魔力補給アイテムは文字通り切り札になり得るのだ。
さて、そういうこともあるし、そろそろエミリーも参戦させるかな。
「メイ、目を瞑ってろよ?」
「はいですっ」
「エミリー、ちょっと来い」
『へっ!? ワタシもっ?』
不安そうに顔を青ざめさせながら、エミリーが飛んでくる。
「エミリー。この二人のせいで、今回のクエストが達成できないかもしれなかった。違うか?」
『そ、その通りだけど……』
「つまり、ここ……エルフの隠れ里には来れないかもしれなかったわけだな?」
『うん……』
「もしかしたらエルフたちから、魔力回復用魔法薬を濃縮させて、おまえでも持ち歩けるようなのをもらえるかもしれない」
『マジでっっ!?』
エミリーの顔が驚愕に染まり、それを手にした未来を想像して目が輝き出す。
「こいつらのせいで、駄目になったかもな」
『うえええっ!? なんでっ!? なんでサッ!?』
「だってそうだろ? ドワーフたちからあの喧嘩の話されてみろよ。そんな連中がいるパーティに、わざわざ濃縮した魔法薬なんか譲るか?」
『馬鹿! トールとテッサのスーパー究極ウルトラアルティメットハイパートライデント馬鹿!! 「精霊たちの戯れ」シーズンシックス第八話を見逃すくらい馬鹿ッ!』
え、なにそれ……。気になるが、あまり触れないでおこう。話が長くなりそうだ……。
エミリーは怒りのあまりトールの頭に移動してペチペチおでこを叩く。続いてテッサの頭にも移動してストンピングキックを見舞った。筋力が低いから、たぶんほとんどダメージはないだろう。蚊に刺されるよりは痛いかもしれないが。
『うわーん! 最悪だヨー! そんなアイテムもらえたかもしんないノ!?』
「可能性としては。俺、前に別のエルフから魔力回復用アイテムもらったことあるし」
『イィィーヤァーーッッ! マジじゃん! 本当にワタシ用の作ってもらえたかもしれないんじゃん!! もうヤァーダァー!!』
号泣しながら螺旋状に身体を捻りつつ、エミリーは部屋の中を縦横無尽に飛び回り始めた。俺の予想以上に魔力回復アイテムが欲しかったみたいだ。
そういえば、前にメサイアからエミリー用のサイズのティーカップを作ってもらったときも、滅茶苦茶嬉しそうにしてたな。自分サイズのもの……というか、実質自分専用なものが凄く欲しいのかもしれない。
『あーん、メイー! ひどいよぉ……』
「げ、元気出してくださいです……」
『そこお尻だよぉ……せめて頭撫でてよぉ……』
「目、目を瞑ってるから見えないのですぅ……」
何やってんだあいつら。まあ放置しておこう。役割は果たしてくれた。
「理解したか?」
「はい……申し訳、ございません……」
「ぐ……その、す、すす、す――ええいっ!」
「うわっ」
「ひゃあっ」
テッサはやおら立ち上がり、その背に座っていた俺たちは滑り落ちる。トールが抱き着いてきて、その身体を支えながら着地した。
「付き合ってらんねーっての! 叔母さんが言うから従ってやってるが、元々あたしが人間風情の下に付けるか! あたしは好きにさせてもらうっ」
叫び、乱暴に扉を開けて大股でテッサは去っていく。
「ど、どうするのですか、旦那さま」
好きにさせるわけないだろ。
「カンバック、テッサ」
「ちぃぃぃくぅぅぅしょぉおおおおおおっ」
全力で前へ走り出す格好をしているが、名前を縛っているから俺の命令に逆らうことはできない。見えない何かに引っ張られるかのように、ズリズリと戻ってきた。
「おかえり」
「ふざけんな! あたしを解放しろ!」
「ほう?」
ニコリ、と笑みを浮かべた。
『ヒィッ!? マスターが嗤った!』
「ぎゃあなのです! 暗黒微笑です! 天変地異の前触れです!」
酷い言い種だな。なんで俺が笑うだけで天変地異が起こるんだよ。
トールを下ろし、テッサへ向き直る。おや? 顔色が優れないみたいだな? どうかしたのかなあ?
「こ、ここ、こわくねえぞ! 叔母さんに比べりゃ、おまえくらいっ!」
「ハッ。悪魔はおまえが姪だからそこまで手荒に扱わなかったのかもな」
「はあ!? あの人がそんな理由で優しくするわけねえだろ!」
悪魔……親戚にこんな風に言われてるけど、それでいいのか……?
「ま、俺は悪魔におまえを好きにしていいって言われてるし。そろそろ本腰入れて主従関係ってヤツを叩き込む必要があるかもしれないな」
「な……何する気だ……やめ、やめろよ……!」
エミリーはともかく、メイには刺激が強過ぎるかもしれない。ので、二人はエルフの隠れ里を適当に徘徊してもらうことにする。ついでに、この町がどういった構造になっていて、どこに何があるかを調査させることにした。
二人が出て行き、三人だけになったのを確認してから俺はテッサに再度向き直る。
「おまえはトールが嫌いなようだし? トールには俺の助手をしてもらう」
「はっ。お任せ下さい!」
「なあっ!?」
ピカッとトールの目に嗜虐的な光が点った気がした。
「それにしても、この宿はトイレと風呂が一緒になってて良かった良かった」
「な、なんでそれが良かったっていうんだ……?」
「いや、そりゃそうだろ。外に出る手間が省けるんだし……」
俺はいたって普通のことしか言ってないが、不穏な想像力を掻き立てられたテッサはどんどん顔色を悪くし、目に涙を浮かべ出した。まあ、その想像は正解であり不正解なのだけれども。
おまえの想像の範囲で収まると思うなよ? 俺の欲望と怒りをミックスさせたハイパージュースを喰らうがいい。
「やめろ……あたしに触んな! 触んじゃねえ!」
「さあ! 風呂場へ向かうぞ。トール、連れてけ」
「了解ですっ!」
「てめえも何張り切って良い声出してやがんだ! おまえも女ならあたしの気持ちくらい察してもいいんじゃねえのかっ! おい、本当にやめろ! こらーっ!!」
ヒャッハー! パーティのはじまりだー!!
徹底的に甚振るぞー! 嫌がらせするぞー! 愉しみで愉しみで涎が出ちゃう!
「はーなーせーっ!」
「フハハハハ! 無駄だ無駄だ!」
「無駄な足掻きはよすんだな! 旦那さまに身体と忠誠を差し出すんだ!」
高笑いを上げながら、トールと二人でテッサを風呂場に連行するのだった。
精霊たちの戯れ……精霊たちの間で話題沸騰し続けているドラマ。最新作はシーズンエイト。
「シーズンごとに異なるドロドロの愛憎劇がたまらない」とは某精霊談。
シーズンシックス第八話ではシーズンスリーで永遠の愛を誓い合ったはずの炎の精霊と水の精霊が、実は復讐の為のものだったと発覚する。その際に裏切られたと崩れ落ち、命を散らす炎の精霊の嘆きはエミリー一押し。
余談だが原作・脚本はメサイア・ホワイト。
こんなところでも稼いでたんですね、メサイアさん。




