5-9
テスタロッサという名の小悪魔を手に入れたはいいが、ここでひとつ問題が浮上する。
俺は悪魔という連中のことを詳しくは知らないのだ。人との間に生まれたのが小悪魔だということすら初耳なくらいである。
ゆえに、知らなくてはならない。こんな貴重な玩具、知らずに滅してしまったとか笑えない。
ということで、テッサの叔母である悪魔から詳しい話を聞くことにする。
まあ本人も悪魔なのだから、俺に渡したくない情報はくれないだろうがな。話半分というわけではないが、鵜呑みにはせず、まだ話してない情報もあると意識しておくだけでも違うだろう。
「まず我々悪魔ですが、この身体は本来の身体ではありません」
うん、知ってる。でないとおまえの姿が毎回違う理由がわからない。
「我々悪魔は精神生命体です。そもそも、魔界では人界のように肉体を必要としないのです」
うん、知らない言葉が次々出てきた。詳しい説明を聞くと、こういうことらしい。
こちらの世界は人界と呼ばれる。悪魔が暮らすのは魔界だ。両者は薄皮一枚向こう側のようなもので、その壁を越えられる力を持つ者なら容易に、そうでないなら絶対に越えられない境界でもあるようだ。つまり人間には決して越えられない世界、と思っておけばいい。俺としても、悪魔みたいな強力な存在が闊歩するような世界に行きたくはない。
人界において存在を構成するのは肉体、精神、魂の三つ。魔界では肉体が必要なく、精神と魂の二つだけであるようだ。そのため、人界に来る際には魔力を用いて肉体を構成する必要がある。いわゆる仮初めの器というやつだ。魔力を弄ることで如何様にでも形を変えられるので、毎回悪魔の外見は違うらしい。
この点はエミリーと同じく、妖精や精霊がかなり近い存在といえるだろう。
肉体と精神はまだわかる。では魂がどういうものかというと、この二つをくっ付ける接着剤のような役割を果たすらしい。役割としてはそれだけなのだが、魂がなければ二つは分離してしまうため、一番重要なのだとか。
いわゆる輪廻転生というのはこの魂の話だ。
肉体はこの世を構成する元素として微生物などによって分解され、土に還る。
精神は分散され、魔力へ変換されるらしい。厳密には魔力をさらに細かくした魔素らしいが、魔素なんて久しぶりに聞いたわ。基本的に必要ない知識であるためだ。次に聞くことはあるのだろうか?
「我々悪魔は魔力でなく、さらに細かい魔素を自在に操れるからこそ、より莫大な威力を発揮できるわけですよ。スキルもいってしまえば、魔素が別の形になったものとして解釈していただければ結構です。魔力が結晶化して魔石になるように、魔素は空気中では魔力になり、生物の体内ではスキルという形に変化するわけです」
うん……理解できん。そういうものなのだろうとして飲み込む他はないな。そもそも検証しようにも、その方法すらわからないのだから。話半分で聞くのがいいかもしれない。
これまで悪魔は本当のことを言わないことはあったが、嘘だけは吐かなかった。
けれども、それがこれからもそうであるという理由にはならないのだ。
「……ということは、テッサも見た目を自在に変えられるのか?」
「それが、これから話す悪魔と小悪魔の違いとなります」
なるほど。大人しく聞くことにしよう。
「悪魔と小悪魔の違いとして、生まれにあります。これはエルフとハーフエルフとほぼ同じものと思ってくれて結構で御座います」
「はあん。なるほど」
テッサが舌打ちしたが、聞かなかったことにする。
エルフはエルフとしか子孫を残せない。ではハーフエルフというものは何故存在するのか?
その答えは簡単だ。単にエルフが認めないというだけである。
エルフと他の種族との交配によってハーフエルフは生まれる。といっても、さすがに昆虫のモンスターと交配したからといって子供は作れない。遺伝子が近い種族だけである。まあハーフエルフの九割以上は人間が相手だ。
だが、ここで不思議なことが起こる。ハーフエルフはほとんどエルフ側の要素を色濃く遺伝するのだ。
つまりは容姿に長け、魔力の強い子というわけだ。しかし、子孫を残す機能だけは一切ない。ハーフエルフはハーフエルフ同士とですら子を作れない。
だからこそ、排斥される。子を成せないのなら、それは存在する意味がないからだ。あるいは、死んでもいい都合の良い代用品として扱われる。生物として欠損しているのだから仕方ないともいえるだろう。
ただ、ハーフエルフは代用品という形で認められるだけマシかもしれない。
悪魔と人間――に準ずる生物――との間に生まれる小悪魔は、その存在を完全に排斥されてしまうらしい。代用品としての価値さえ見出されないのだ。
「また、本来精神生命体である我らの能力はほとんど遺伝されません。いいところで二割か三割でしょうかね」
「滅茶苦茶劣化するんだな」
「ええ。それでも、人間ではそこそこ良い線を行くでしょうがね」
悪魔おっかねえ……。二割か三割しか持たない小悪魔ですら、良いとこいった人間くらいの能力持つわけか。じゃあ本来の悪魔はどれだけよ、と言いたくなる。
まあ、目の前の悪魔を見ていたら頷ける話でもある。契約次第であるとはいえ、経験値を無視して一気にレベルアップさせられる存在が普通であるはずもあるまい。というか、二割とか三割も嘘じゃないかと思える。もっと低くなりそうだが。あ、だから限界でもそれくらいってことか。納得した。
「テッサの場合は?」
「いいところ行っているのですが、何分不肖の兄の子なので……。私の子でしたら、話は別なのでしょうが」
「叔母さんは結婚すらしてねーだろっ」
「おや、うるさいですね。野犬でもいるのでしょうか?」
ガツンガツンとテッサの頭で音がする。けど、何も起こっているようには見えない。だが音がする度にテッサは悲鳴を上げていた。……俺は何も見ていない。本当だ。何も見えていないのだから、嘘ではない。
「小悪魔は身体を形勢する能力に劣る者が過半数なので、本来は人界に来ることすら不可能なのですよ。テスタはまだマシな部類ですね。この姿しか作れませんが」
「ちっ。役立たずめ……。姿を自由自在に変えられたらめちゃくちゃ有能なのに」
「おや、言外に私を褒めているのでしょうか? ありがとうございます」
「ぐぎぎぎぎっ」
蔑んだ目で見ていると、殺意がありありと込められた視線を返された。
「また、悪魔固有のスキルもほぼすべて使えません。ステータスこそ小悪魔ということでそれなりの補正を受けられますが、種族固有のスキルはないと思っていただいた方がよろしいかと」
「使えるところというと、何がある?」
「〈霊体変化〉というものがありますね。隠蔽魔法とは違いますが、効果は似たようなものです。大雑把にいうと、透明な身体になれるわけです」
女湯覗き放題じゃないか。何それ俺も欲しい。憎きかな種族固有スキル。人間にもそういった種族固有スキルよこせって話だ。〈経験値獲得量上昇(微)〉とか舐めてんのか。スキルやロールの熟練度にも効果があるからまだいいが、微量じゃ大して意味ねえんだよチクショウ。
「また、悪魔や小悪魔はあくまでも精神生命体ですので、人界では魔力の補給手段が非常に限られるのですよ。器となる肉体があって、はじめて魔力を回復できるので」
「ん……? 尽きたらどうなるんだ?」
「死にますね」
「…………随分、あっさり言うじゃねえか、オイ」
それ、姪をこっちに預けてていいのか?
「構いませんよ。私を呼び出すときと同様に、必要となったときに『欠落』様が呼び出せばよいのです。不要なら魔界へ戻させればいいだけの話ですしね」
「あ、そうなのか。戻せるわけね」
なら問題はないか。召喚の際に俺の魔力が必要となるだけだ。実質、こちらで行動させる分には死ぬことがないといえる。危険な偵察任務とか、もしあったらテッサを使おうと決心した。透明になれるのだから尚更だ。
テッサのスキル〈霊体変化〉を改めて考えてみると、透明になれるだけの能力には思えない。
その身体を霊体とする。つまり、肉体が一時的になくなるわけだ。問題ないのだろうかとちょっと思ったが、まあ問題ないのだろうと判断しておく。問題あれば悪魔が言ってるだろうし。
となると、肉体とセットで存在する体臭や嗅覚、聴覚といったモノが一時的にないものとして扱えるのかもしれない。毒ガスのたまった場所とか、毒沼とか、そういうところへ突っ込ませれるってことだな。
これは想像以上に想像以上のスキルだな。
調子に乗せないために表情には出さないが、内心ではテッサの有用性に下を巻く勢いだ。可能性の塊じゃないか。
それでいて俺の夜のおともにもできるという。たまらんな。実に、たまらん。
まあ夜である必要はないのだが。ゲヘヘ。
「お気づきかと思いますが、召喚の際には『欠落』様の魔力が必要になります。それを用いてテスタは人界への壁を越え、肉体を魔力で構成します。また、肉体形勢に掛かる魔力が減った際には、名縛りの契約により、『欠落』様からの魔力提供が自動的に行われることとなります」
「…………もしかして、それ、現時点で起こってる?」
「察しがよろしくて助かります」
なるほど。さっきから魔力が減少してる気がしていたが、どうもテッサをこの世に現界させるために消費しているということか。まあこれくらいなら、妥協範囲だ。ごっそり持って行かれたら困ったことになるが。魔王級との戦闘中は現界させられないな。
それにこの繋がりがある以上は、俺の魔力が尽きない限りテッサがうっかり消滅するということはないと考えていい。これは良い保険だな。
「普段は使えるが、緊急事態では使えない制限付きってわけか」
「安心して姪を送り出せる理由と思って頂ければ」
この言い方……絶対、他に理由が何かあるな、これ。わからないから仕方ないが。
一応念のために改めて自分のステータスを確認すると、〈従魔召喚〉というスキルが新しく追加されているのに気付いた。
「………………」
「如何されましたか?」
テッサは忌々しそうに俺を睨み、悪魔は愉しそうにキシキシ嗤っている。自分のスキルを確認し、二人へ視線を移し、再度スキルを確認した。
何か、引っ掛かる。
どうして〈従魔召喚〉というスキル名なんだ? 俺が持つ他の召喚系スキルであれば、〈召喚・大気の精霊〉や〈召喚・火炎の大精霊〉という表記になっている。その法則に沿うならば、ここは〈召喚・テスタロッサ〉や〈召喚・小悪魔〉などになっているはずなのだ。実際、この悪魔召喚の場合は〈召喚・契約悪魔〉となっている。
テスタロッサは偽名? いや、彼女の反抗心はおそらく本物だろう。
考え過ぎか? それとも、考えが足りないのか?
「フフ、何を悩んでおられるのです?」
悪魔が嗤い、問い掛けてくる。悪魔……そうか、悪魔か!
「テッサを呼び出すのは〈従魔召喚〉のスキル。……小悪魔は厳密には悪魔扱いされないってことだが、それだけでもないな?」
テッサが目を見開いた。悪魔は笑みをより濃くし、ぶるりと身体を震わせた。
「……よくぞ、お気づきになられました。本来なら説明をしないつもりでしたが……」
「このスキルについて、詳しく説明してもらうぞ」
「了解致しました。テスタ、立ちなさい」
「……ふんっ。これまで人を椅子代わりにしといて、よくそんなこと言えるもんだ」
文句を言いつつ、素直に従うテッサ。改めて見ると、意外と小さい。一六〇センチもないだろう。一五五センチは確実にあるようだが。
「テスタのロールは『獣使い』の上位互換である『獣魔使い』です。まだランクアップはしていませんので制約は御座いますが、動物だけでなく、モンスターも一時的に支配下におけるわけですね」
ピンときた。
「魔界に存在するモンスターを支配下に置いた場合、それを俺が扱うこともできるようになるってことだな?」
「その通りで御座います。魔界のモンスターは魔物と呼ばれますが、人界のモンスターとは隔絶した強さを誇ります」
とはいえ、それはテッサが支配下においた魔物に限られる。
魔界に行けない以上は、その選別作業に関して俺は手伝えないし、魔物がどれくらい強力なのかもイマイチわからない。強いということだけは確かなようだが。
ただ、これを通して悪魔の狙いが多少は読めてくる。この悪魔のことだから、俺の予想を上回ることを考えてはいるのだろうが、ひとつでも読めたらそれはそれでマシだ。
「今のテッサでは魔物を従わせられない。だから俺に同行させ、レベルアップを計る。そして普段は魔界に置かせることで、魔物を支配する能力も磨かせる……。結果として、おまえの手駒が増えるってわけか」
「そういうことです。小悪魔だからといって、役に立たないと捨てるのは勿体ないと私は思いますのでね。まあ、それでもわざわざ小悪魔を子飼いにしようとは思いませんが、一応親族というなら、話は別ですから」
ちら、とテッサの顔を見る。多少歪んでいて、すぐに舌打ちへと変化した。
彼女は彼女なりに、叔母に大して恩義を感じていたようだ。だが、それが打算ありきのものだと理解した。かといって、悪魔的に温情をかけているのは間違いない。ゆえに、正面切って文句を言うこともできない……といったところだろうか。
この悪魔ほど老獪なら無理だが、まだ比較的若い小悪魔なのだろう。頭の中を読むのは容易い。
そして――この悪魔もまた、然る者。俺がここまで読むことも、おそらくは計算に入れていたはずだ。であるならば、これはアシストと取るべきか? いや、どちらにせよ自分にメリットがあるように俺を誘導している。拒絶してもいいが、俺に対しても確実にメリットがある方向へ誘導しているため、癪ではあるが乗るのがベターか。
「あまり、そういうのは好きじゃないな」
「っ!?」
「ほう……。まあ『欠落』様は人間ですからね。ただ、我々悪魔では、これも当然の流儀なのですよ」
俺の返答が予想外だったのか、テッサは驚きに緋色の目を見開いている。悪魔はキシキシと愉しそうに嗤っていた。まあ、筋書き通りに踊ってやろう。テッサの性格も加味した台本なのだろうし。
「悪魔の流儀とか知ったこっちゃねえな。勘違いするなよ? 俺はおまえと契約を交わしているだけで、別におまえの手駒じゃない。おまえの都合が良いように動くと思われるのは不愉快だ」
まあ、実際は悪魔の都合が良いように動いてしまっているわけだが。
「そういうつもりはないのですがね……そう誤解されたなら、ここは素直に謝罪するのが良いでしょうか」
などと言いつつ、悪魔も台本を壊そうとしない。俺も俺で台本を理解した上で、崩さないようにしているしな。
「な、ば、お……おまっ、馬鹿か!? 叔母さんを甘く見てんのか!? 魔界でも四つしかない大悪魔の直系子孫で、麒麟児って言われるくらいの天才なんだぞ!?」
…………うわあ、チョロいな、こいつ。完全に悪魔の手のひらの上じゃんか。この状況で俺を心配する発言をする時点で、さっきまで敵対しようとしてたの無意味じゃん。
悪魔も片手を顔に当てて苦笑している素振りだが、たぶん本気の苦笑だな、アレ。自分の親族だからこそ、ここまで台本通りの動きをしたのが情けなく思えているのだろう。まあ予想外の行動を取ったら取ったで困るが、それはそれで親族としては嬉しかったはずだと思う。
「で? それが俺に何の関係があるんだ?」
「は、あ……?」
踊り出したなら、幕が下りるまで逃げ出すことは許されない。この茶番じみた劇場で、無様に踊り続けるしかないだろう。幸い踊るのは俺一人じゃないし、たった一人の観客はこんな踊りでも熱中していただけているようだし。踊り甲斐もあるってものだ。
「これでも、こいつとは随分前からのつながりだ。所詮は利用し、されるだけの関係に過ぎない。腹が立って切り掛かるようなガキみたいな関係じゃないんだよ」
「『欠落』様の言う通りです。彼は私の大きな契約相手でしてね、魔界では他の三つの大悪魔たちも注目する逸材です。私の方から『欠落』様を切ることはありませんし、彼方としてもないでしょう。持ちつ持たれつの関係だからこそ、腹の探り合いが面白いのです」
「な……人間風情が、四大悪魔全員から注目されてる……!?」
何か狼狽してる。ああ、人間を格下に見てるからこそ、大悪魔どころか悪魔にすら軽蔑される小悪魔としては信じられないのか。……たぶん、それを理解させるために、悪魔もわざわざわかりやすく説明したんだろうなあと思うと、苦労がちょっとわかる。
「腹の探り合いってのは、まあ……面倒だけど面白くはあるしな?」
「ええ。『欠落』様相手の取引は、非常に心躍りますね」
いや本気でぶっちゃけると、ただただ面倒だけどな、悪魔の相手は。きちんと意図を読み解かないと損をするようになっているし。けど、読み解けばサービスされたりボーナスが付いたりするから、その労力も報われるってのが厄介なんだよなあ。釣り針があるとわかっていても食い付かずにはいられないというね。
実際、今もこうしてテッサの俺への信用を最低限は高めた状態にしようとしてくれているわけだ。個人的には姪を押し付けてるんだから当たり前だろうとは思うが。
腰に手をやり、不敵に嗤う。
「まあ、テッサは預かってやるさ。俺の方で、それなりに鍛えもする。けどな……名を俺が手にした以上、テッサはおまえだけのモノじゃなくなった。勝手に利用しようとするなよ? 迷惑だ」
「ふむ……。そうですね。まだテスタは脆弱ですし、私としても利用価値は御座いませんから、結構ですよ。『契約』様が寿命か、あるいは何らかの理由で死んだ後、利用させて頂きます」
「ハッ。大悪魔といえども利用できないくらいに鍛えてやるさ。なんたって、俺が主人なんだからな」
言って、テッサを引き寄せて抱く。
反応できなかったようだが、すぐに事態を理解し、顔を真っ赤にして「触んな!」と叫んで殴ってきた。
痛い。それなりのダメージ。やるじゃないか。そうでないと!
「何恥ずかしがってんだ、生娘じゃあるまいし」
「な、き、ば……バッカじゃねえの!?」
「ああ、テスタは生娘ですよ?」
「叔母さんっ!? バカじゃねえの!?」
テッサが先程まで以上に狼狽する。目はぐるぐるしていて、パニックの様相だ。
そんな彼女を無視し、俺と悪魔は会話を交わす。もう幕は下りたし、気分は楽だ。特に言葉の裏を読み解く必要もない。
「え、生娘なの?」
「ええ。小悪魔ですから、食指の動く悪魔は端から見て変態でしかありません」
「そうなのか……勿体ないな」
本音である。キツ目ではあっても美女なのに。それで内面初心とか美味しいじゃん。
「まあ、なんでしたら好きにしてくださって結構ですよ? どうせハーフエルフ同様、小悪魔ですから孕むことはありませんし」
「叔母さんっっ!?」
おっと、ここで予想外の発言。しかし、今後のことを考えると台詞には気を配る必要がありそうだ。でもある程度は本音を混ぜる。でないと、今後の会話で発言の乖離が起こって疑われてしまう。
とはいえ、テッサを襲うのは内心で決定事項ではある。ストレートに言ってしまうとアレだからオブラートに包みはするが。
「ある程度は好きに弄るつもりだけどさ、最後の一線は自分で選ばそうかなあって。無理矢理襲うのもアリっちゃアリだけど、しこりが残るし」
「おまえっっ!?」
「慈悲深いですね。さすが、かつての『英雄』といえるでしょうね」
「は――『英雄』?」
テッサはこれまでで最大の驚愕の表情を浮かべていた。
それにしても、悪魔があっさりそのことをバラすとは……いや、誰にも聞こえていないか、聞こえないようにしているのだろう。だからこそ、普通に言葉にしたのだ。
「『英雄の勇者』ってアレか? 『強欲の魔王』を倒したっていう……」
「そうですよ」
「そうそう。俺」
思いっきりドヤ顔をかましてやった。たぶん「欠落」になって過去最高のドヤ顔だと思う。
「…………信じらんねえ」
「信じろよ!」
「信じ難いことがあったとして、それは得てして事実であることが多いものですよ」
おっと、ここで悪魔の含蓄ある一言。わかるわかる。世の中、目の前で信じられないことが起こったとき、これは何かの間違いだと現実逃避しようとするやつの多いこと。目の前で起こった以上は事実なのに。そりゃまあ手品なりトリックを疑うのもわかるけど、想像を遥かに超える出来事が起こった場合は大抵真実であることの方が多い。
「あ、そうだ。テッサは呪いを掛けることってできるか?」
「は?」
「ああ、なるほど。そういうことなら可能ですよ。たしかに、必要な措置でしょうしね」
テッサはわからないだろうが、悪魔には通じたようだ。
メイに始まりエミリーにトールと、ここ最近の俺の周りは人が増えている。また、メイが冒険者として活躍して「白無垢」として有名になっている以上、さらに増える可能性もあるだろう。そういった際に呪いをスパッとかけられるやつが身内にいれば非常に安心だ。悪魔を呼び出す場合、タイミングを見計らわないといけないしな。
メイたちがが俺のことを「英雄」だと知った上で問題なくいられるのは俺の仲間だからであり、悪魔が呪いによってそれらの他言を封じているからだ。
これが迂闊にも他者に知られてしまったときのことは——思い出したくもない。
「そうですね……契約の遂行のためにも必要ですね。念には念を入れておきましょう」
「ちょ、叔母さん? あたし、まだ話が読めてないんだけど……」
「無理矢理にでも理解させてあげますよ」
「怖い! なんか怖い! おい、おまえ『英雄』なんだろ! あたしを守れ!」
何この子。俺の後ろに隠れちゃったんだけど。ちょっと可愛いじゃないの。
普段ツッパってるけど実はダメな娘。……アリだな。
「俺を主人と認められない以上は守る対象ですらないな」
「ぐっ、がぅ、ぎぎぎ……わ、かった、よ……。認めりゃいいんだろ!」
顔を真っ赤にさせ、半泣きになりながらテッサは犬歯を剥き出しにして叫ぶ。
「主様――これでいいんだろ!? 主様、あたしを叔母さんから守りやがれ!」
「よしきた」
「ぎゃあっ!? 違う! なんであたしを前に出す!?」
「それはですね、私と『欠落』様はある意味で協力者だからですね」
「共犯者の方が的確じゃないか?」
「ああ、なるほど。たしかにそうですね」
「ぎゃー! ぎゃああっ! なんか手が光ってる! 叔母さんの手! うわっ!?」
悪魔の手が白色にぼんやりと輝いていた。そのままテッサの胸に伸び、そのまま身体の内側へ手は抉り込まれた。だが、血は一滴たりとも溢れはしない。
「ひいい――ぃ? 痛く、ない……?」
「当たり前でしょう。単にスキルをコピーしてあげただけですよ」
「はあっ!?」
テッサが叫ぶ……が、俺だって叫びたかった。
スキルをコピーする? それはギフテッドスキルである〈ハイパーラーニング〉の上位互換じゃないか。ギフトすら上回るスキル……それは一体なんなんだ?
「あまり使い勝手が良いものではないですよ? 誤解されても困りますね。以前……たしか、メイ嬢と初対面の時でしたか。『欠落』様には説明したかと思いますが、私の持つスキルによるものです」
思い出した。〈万物創造〉とかいうぶっ飛んだスキルだ。悪魔が望めば、どんなものでも自在に創り出すことが可能となるスキル。
「あのときに説明した通り、あくまでも契約の範疇内でしか使えないスキルですがね。私の望むモノを創るのではなく、契約者様の要望に応えるためのスキルなのですよ」
いや、それでも破格だと思う……。
この悪魔が四大悪魔だということを踏まえても、まだ信じられないくらいのスキルだ。他の大悪魔もこれくらいなのだとしたら、俺は魔界に一歩たりとも足を踏み入れたくない。
「同期完了、定着確認しました。これでテスタも制限付きですが、同じスキルを使えるようになっているはずですよ」
「どうだ?」
「この野郎! あたしを売りやがって! どんだけ怖かったと思ってるんだ!」
おい。話に付いてこい。ほら、おまえの叔母さん呆れた顔してるぞ。あとおまえの拳は地味にダメージが入るからやめろ、やめないか、やめ、やめなさい! やーめーてー!
「うおっ!? なんだ、このスキル……〈天罰覿面(改)〉?」
なんだそのスキル名。悪魔が使うとは思えないスキルだな。そして呪いを付与するというのが、もうなんというか……。
「『欠落』様の正体が『英雄』様であると気付いた者へ、その類の発言を他者に対し、どんな手段であろうとも伝えることのできないようにする呪いを付与する――ただそれだけのスキルです。改造してますから、それ以外には使えませんよ」
「これ、効果時間とかあるのか?」
「発覚してから一時間以内に使わなければ、契約に伴った記憶消去が起こります。そしてあの契約を解除しない限り、効果が消されることはほぼ確実に有り得ません。それこそ、私以上の実力者が、契約を強制解除しない限りは……ですね」
つまり、実質不可能ということだ。まあ無理矢理呪いを解くつもりもないからいいのだけれど。
「なるほど。じゃあさっそく誰かに試してみるのもいいかもしれないな」
「そうですね。さっさと呪いを掛けるのが良いと思いますよ。今他の者は寝ているのでしたか。その間にやってしまえば如何ですか? 私も、テスタがそのスキルをきちんと使えるか確認できますし」
「そうするか」
「…………『英雄』のする話じゃねーよな、間違いなく」
たしかに。
「……ところで、魔界でも『英雄』の名前は売れてるのか?」
テッサの反応を見るに、それなりの知名度があるように思える。こちら側の世界ではそりゃあ有名だろうが、魔界でも有名であるというのは意外だ。
「基本的に、契約など以外で悪魔が人界に干渉するのは禁じられていますからね。当然、中には『強欲』様と『英雄』様の戦いで賭けをしている者もいましたよ。私もその口ですし」
そういえば、そんなことを前にも言っていた気がする。俺が大穴だったんだっけか?
俺のテントに向かいながら、話を続ける。
「ということは、『強欲』も魔界では有名だったのか?」
「ええ。『強欲』――グリード様の狙いはおそらく人界以外のところにあった……と私は睨んでおります。魔界か、あるいは……」
「あるいは?」
「それ以上は、代価を頂かなければお話できかねますね」
「まあいいさ。テッサにでも聞く」
「そういった情報は話せないよう、既に呪いを掛けていますから意味ありませんよ?」
「えっ!? いつの間に!?」
テッサは知らなかったみたいだが、まあ悪魔の性格を考えると予想通りだな。
それにしても……やはり、悪魔は「強欲」の名を知っていたな。メサイアとグリードの戦争を見ていたようでもあるし、当然かもしれない。
グリード・エンプロクス。それが「強欲の魔王」の名前だ。
俺は自分自身の名を契約で明け渡してしまったからもう思い出せないのだが、その名前に不愉快な感情を抱いていたということだけは覚えている。ひょっとしたら、名前が似ていたのかもしれない。字が被っていたのか、韻を踏んでいたのかなど細かいことはさっぱりわからないが。
「さてさて。どんな様子かな」
テントを開けて中に入ってみる。トールは手を腹の上で組んで仰向けに寝ている。まるで死んでいるかのようだ。おおトール、死んでしまうとは情けない。
メイはエミリーを抱いて横向きに身体を丸めて寝ている。エミリーは……あれ、寝てるんじゃなくて失神してるな。口から泡を吐いて白目剥いてるし。可哀想なのでメイの手から放させ、リュックの上にポイしておく。
「この女魔族? というか、おま――主様のパーティ女ばっかだな。しかも魔族二人に精霊かよ。本当に『英雄』なのか?」
「テスタ? そろそろ、そう言いふらすのも自重しなさい」
「う……わかったよ」
叔母である悪魔に叱られ、シュンとする小悪魔。字面なら納得できるが、実際の二人を見ていると妹に叱られる姉の図だ。実に奇妙だな。
「じゃ、悪魔、頼む」
「了解しました」
テッサのスキルがきちんと使えるかどうかの検証ということで、俺は身内にかけることにした。わざわざドワーフどもに俺の正体が「英雄」だと教える必要はないからな。
ここには俺と契約している悪魔本人がいるので、彼女の手で一時的に呪いを解除してもらい、その後にテッサの手で再度呪いをかけてもらうという形だ。
悪魔はこともなげにトールの呪いを解除する。俺も義眼のスキルで確認し、呪いが解けているのを確認した。すげーあっさりだな……。
「そんじゃ、こいつにさっきのスキル使えばいいんだな?」
訊ねられ、首肯しておく。
「〈天罰覿面(改)〉」
テッサの手から謎の光がみょいんみょいんと放たれ、トールの頭の中に溶け込んでいった。光が消えた後にステータスを確認すると、きちんと呪われている。よし、安心。
「無事呪われているようですね。肩の荷が下りた気分です」
「ああ、きちんと呪われてる。成功だな」
「だから……『勇者』の台詞じゃねーんだって」
テッサも先程の悪魔の言葉に従い、俺を「英雄」ではなく「勇者」として呼ぶよう気を付けているようだ。俺も一安心といったところか。いや、まだ少し足りないか。
「おい、テッサ。こいつらが魔族だってのは内緒だからな? 人間ってことにしとけ。エミリーも精霊じゃなく妖精って設定だから」
「設定って……」
「で、基本的には隠蔽魔法とかで姿を消してるって設定だから」
「いや、だから、設定ってなんだよ……まあ、わかったけどよ……」
テッサもある程度は俺の指示を聞くようになったので、ようやく本当の意味で一安心というところかな。
そう思ったのは俺だけでもないようで、悪魔も珍しく、ふうと音に出して嘆息した。
「それでは、私はそろそろお暇しようと思います」
「あ、待ってくれ叔母さん。あたしも帰る」
どうやら、テッサは自分の意思で世界の壁を抜けることはできないらしい。悪魔が同行するか、俺が召喚するかしないと駄目みたいだ。俺の許可があれば、可能らしいが。自主的には不可能、ということだろう。
「どうでしょう、『欠落』様? 連れて帰ってもよろしいですが」
「いや、テッサにはもう少し教え込まなきゃならんことがある」
うわ、あからさまに嫌そうな顔するな、こいつ。これは腕が鳴るぜ……一本しかない分、器用だからな。
「そうですか、了解しました。では、私だけで帰ることと致します」
悪魔は俺の意図を理解したようで、ニタリ、と嗤った。
そしてテッサへキシキシと笑みを向ける。ひっ、とテッサは怯んだ。
「私の顔を汚さないように気をつけなさい? 『欠落』様がこれから当分、あなたの魂さえも捧げるご主人様なのですから」
「く、う、ぅ……」
「あなた自身が先程口にしてしまったのですから。小悪魔とはいえ、悪魔の血が流れてはいるのです。一種の契約のようなものですから、守らねば大いなる罰が与えられますよ」
「わ、わかってるよ……」
拗ねた口調でテッサはそう言い返し、ふっと微笑して悪魔は俺を見る。
「それでは、不肖の兄の子である姪ですが、今後よろしくお願い致します」
「まあ、ガレオン船くらいの泥船に乗せた気分でいてくれ」
「おいっ」
そう簡単には沈まないぜ? いつかは沈むけどな!
「フ、ククク……。それでは、今後の『欠落』様の一層のご活躍を期待しております」
言い残し、悪魔はいつものように瞬時に溶けるように消えた。
「ああ……行っちまった…………っ!?」
「ふふ……ふ、くく、くくくくく……」
俺が突如笑い出したことにより、テッサは恐怖を感じたようだ。しかし、それには一切の意味がない。すかさず命令を下す。発言権と抵抗権の没収である。
目と口が驚愕に見開かれているが、何も言えまい。そして俺の行動を妨げるのも不可能。
「さて? さてさてさて? 俺は俺の小悪魔の身体チェックをする義務があるな? いやまあ、主人として? しなくちゃいけないことだし? 仕方ないよなあ」
すこぶる満面の笑顔で、器用に右腕一本でテッサの服を剥ぎ取りに掛かる。
テッサは緋色の目を極限まで見開き、続いて親の仇を睨むようにしながら涙を流し始めていた。はっはっは、小悪魔とはいえ悪魔の血を継いでいるんだから泣くんじゃない。
結局、日が昇りそうになるくらいまで、俺はテッサの身体をくまなくチェックする作業に勤しむのだった。
いやあ、主人っていうのは非常に大変な仕事だ。嫌われ者を買って出ないといけないのだから。
順調に人外が増えている「欠落の勇者」一行。
もう一度言う。
「勇者」一行。




