5-7
俺たちはドワーフたちが足止めを食らうことになった因縁のモンスターを視界に収め、目を丸くする。
まさか、まさかだろう……!?
こんなのは、さすがの「欠落」さんでもビックリですわ。
「お魚さんですっ!?」
「嘘だろ!?」
「わああ! そんな大声出したらっ!」
ドンネルは小声で叫ぶが、俺とメイはそんなことできないので、普通に大声を出してしまった。だからどうやってそんな器用なことするの? ドワーフ器用過ぎるだろ。
当然俺たちの声はモンスターにも届いたようで、存在に気付き、こちらへ向かって一直線に突進してくる。木々を薙ぎ倒し、文字通り一直線である。甘いものを見せたときのメイくらいの猪突猛進っぷりだ。
「うわ、キモい……」
「旦那さま、参りますっ」
『ほら、メイ! 行くわヨ!』
「はいです! メイの晩ご飯ですっ!」
あまりのキモさに戦慄するが、どうも女性陣はそうでもないらしく、逞しくモンスターへ突っ込んで行った。キモいものへの耐性は女性の方が高いと聞くが、どうも真実であるようだ。キモカワイイというのが俺にはどうも理解できないけど、女性はそうでもないらしいし。
ソレは巨大な鯉のような形をしていた。で、その腹の部分に、巨体に見合っただけの大きさの人間のような足が二本ある。すね毛も生えてる。有り得ないくらいキモい。
ちなみにその二脚は別段ヒレが進化したとかでなく、本当に鯉に足が生えたような形だ。
あんなもん俺なら近付くのが嫌過ぎて遠くから魔法で処理する。半径一五メートル以内に近寄って欲しくない。願わくば視界にすら入らないで欲しい。
キツい……本当にキツい……。昔むさいオッサン同士が酩酊して互いを女と勘違いしてキスしているのを目撃したときくらいの衝撃を受けた。
あのときは思わず膝から崩れ落ち、立ち上がれないかもしれないと絶望した。
正面から突っ込むトールたちに対し、鯉が口を開いた。魔力が収束され、高密度に圧縮された水鉄砲が射出された。
「〈包みの葉衣〉っ」
『どっせーいっ!』
メイの魔法により、放たれた魔力が緑色の木の葉状に変形。渦を巻いて水鉄砲を抱き留める。
続いてエミリーの精霊魔法が着弾し、水鉄砲がすべて凍らされていった。鯉は自分の口許まで一気にエミリーの魔法がやってくるのを理解し、サイドステップで避ける。
その機敏な動きときたら! 人間の足を自在に操ってやがる!
「信じられないくらいキモいな、アイツ!」
「あのキモさゆえに、おれたちも戦うのを諦めたのです……」
理由それかい! しょうもなっ! 戦え!
俺? 俺は戦わなくていいんだよ。主人なんだから、奴隷を使って何が悪い?
「そちらは悪手だぞ」
鯉が逃げた先はトールの進む道程と交差している。
鯉はまたも機敏な動きで弧を描き、尾によるぶん回しを放ってくる。
如何なる強靭さか、突進と同じく木々を薙ぎ倒し、破片が周囲へ飛び散った。ずずん、と音を立てて木々は崩れ、隣の木に寄り掛かり、枝がその重量に堪え兼ねてまとめてへし折れる。
「力比べといこうかっ」
トールが大上段に振り上げた刃を一直線に振り下ろす。硬質な音が響き、続いて衝撃波が梢を揺らした。
地に落ちた木々の破片が舞い上がり、再度落下するときには既にトールの位置は変わっていた。
「ちっ、負けたか。重いな……」
力比べはトールの負けだ。筋力のステータスはトールの方が上だが、あの巨体による重量差で負けてしまった。もしもあの漆黒の鎧を着用し、大剣を装備していれば勝っていたかもしれない。
視界に入れたくもないが、いくらなんでもそれはあまりにも酷いだろう。なので仕方なく、義眼を解放して確認する。
鯉のレベルは一六七。ロールは「武闘家」だ。うん、これ以上は視なくていいな。ステータスまで解析するには長時間視続けないとダメだし、やっぱそれは嫌。チラ見が限界。
ドワーフたちはキモいから戦わなかったと言っているが、平均レベル六五の彼らでは一五人いたところで敵わない相手のようだから、戦わずに護衛を雇うという判断は大正解だろう。なんだかんだで運は良いみたいだ。俺たちを雇うのも正解。普通の冒険者なら間違いなく負ける。
トールは力では敵わないと判断し、巨体を相手に小柄な身体を活かした戦法に切り換えた。敵の攻撃を搔い潜り、確実に斬撃でダメージを重ねていく方法だ。スキルが使えれば一気に削れるのだろうが、俺が禁止しているのでそれもできない。
近寄ったトールを引き剥がすため、鯉もこちらを気にする余裕を失ったのだろう。そのおかげでメイとエミリーが自由に動けるようになった。
「〈奈落への誘い〉!」
レベルアップによってメイの修得した闇属性の魔法が放たれる。消費魔力量は多いが、敵のステータスを大幅に引き下げる効果を持つ。また、効果時間もそれなりだ。スキルランクが上がれば、もしかすると即死効果を持つかもしれない魔法だった。
さらにエミリーが魔法を放つ。鯉とトールの周囲を取り囲むように氷の槍を無数に展開させ、トールの邪魔にならない位置のものだけ一斉射出させる。
『かったいっ! どうなってンの、アイツの鱗っ!』
「くぅ……もっと耐久力を落とすのですっ」
結果、俺も目を見張ることになる。
いくら精霊から妖精まで格落ちし、ここがアールグランド大陸と、エミリーに不利な環境であるとはいえ、メイが弱体化させた上で彼女の精霊魔法が弾かれるとは思いもしなかった。
なので俺の方も観念し、ヤツのスキルまでをも視破ることにした。
「武闘家」のロールは本来のステータスを飛躍的に高める。要するに補正値が高いのだ。ただしその代わり、修得するスキルの威力上昇値はそこまでではない。鍛え上げた己の身体こそが最強の武器であるロールなのだ。
だからか、修得するスキルの多くは武器を手にしていると使えない。一部は武器を所持していても使えるのだが。ゆえにダブルローラーで「武闘家」があった場合、周りから生暖かい目で見られる。
ただ「武闘家」はモンスターのロールとしては最適に近いかもしれない。
モンスターは基本的に武器など持たない。普通にその身が武器なので、生まれながらの武闘家みたいなものである。そこにロールによる補正が乗るわけで、結果として凄まじい力量を誇るわけだ。このモンスターがここまで高レベルなのも、その力量で数多くの敵を屠って来たからに違いないだろう。
それ以外にも、あの鯉が修得しているスキルにはパッシブスキルが多い。
「武闘家」ロールによるスキルであるため、そのスキルによる能力補正に関しては「魔術師」の魔法を受け付けないのだ。
「魔術師」による魔法は純粋なステータスを下げるという形で相手に影響するため、「武闘家」のパッシブスキルによる恩恵まで削ぎ落とすことは叶わない。
「〈鋼の鎧〉〈水魚の護り〉〈適応力〉……地上で行動できるわけだ」
単純にどんな環境でも生き伸び、本来の力を発揮できるようにする〈適応力〉。
加護には届かないまでも、それに近い効果を発揮する〈水魚の護り〉。
自身の防御力を高め、素の能力が高ければ高いほど上昇量の高い〈鋼の鎧〉。
そんなスキルを持ち、一六七レベルで、「武闘家」ロールのモンスター。
たしかに、強いといえるだろう。
実に、美味しい敵だ。
「だ、大丈夫なのですか!? 押されているようですがっ」
「いやいや。あの程度のモンスターに負けるようじゃ、俺の旅には連れて行けないよ」
これまでトールたちはどんなモンスター相手でも余裕を持って戦えていた。それゆえにドンネルたちは苦戦している彼女たちを見て余計に心配しているようだった。
すべては杞憂でしかないのだが。
「というか、俺、あんなのと戦いたくない。キモい」
「言ってる場合ですかっ!」
それをおまえが言うんかい。
「ま、そうでなくても戦えない事情はあるんだけどね」
「はあっ!?」
俺以外に気付いていたのはエミリーくらいだ。もっとも、気付いたのは今日のようだったけれど。
連中の中には〈隠蔽〉のスキル持ちがいるのだろう。低レベルの〈隠蔽〉は一定距離以内なら意味を為さないが、裏を返せば一定距離があれば身を隠していられるのだ。
今日のモンスター遭遇戦の際、鳥のモンスターが囲いを抜けてこちらへ飛来してきた。
だから俺が対処したわけだが……あのレベルのモンスターを相手に、宙空を自在に飛び回れ、氷属性の精霊魔法を使えるエミリーが取り逃すというのはどう考えてもありえない。
おそらくは巧妙に偽装して肉眼では見えないレベルの薄い氷による通路を走らせたに違いない。なにしろ、鳥が襲ってきた延長線に、俺たちをハーシェルからこっそり尾行している連中がいたのだから。
だからこそわざわざ素手で掴んだのだ。剣を振るわなかった理由は普通に血が付くのが嫌だったからだが、それなら魔法を放てばいい。なにせ、今の俺たちは護衛任務に就いているのだから、わざわざ護衛対象を危険に晒す必要はないのだ。
ただ、俺が意図的に掴んだことにより、エミリーも俺が尾行者に気付いていると伝わったようだ。
……ぶっちゃけ、そんな手間掛けなくても念話すればいいだけの話なのだが。
あれだな。下手に安直に念話をしなくても意思疎通が取れるということを示したかったのだろう。そうすることで「自分はデキる子ですよ」アピールをしたのだ。今回の依頼関連では御褒美も懸かっているからだろう。
個人的にはそんなアピールよりも素直に念話してきた方がポイント高いのだが。
「……いや。そうじゃない……のか?」
「何言ってんですか!?」
ドンネルを無視し、思考に耽る。
念話を意図的に使わない理由がアピールでなかったとしたら?
理由はひとつ。尾行者に「精霊使い」がいて、あちらと混線することを忌避したという可能性。「精霊使い」は稀少ロールであるためその可能性は低いが……エミリーも俺の性格は理解しているだろうから、念話で済むのならそうするはずだ。
問題はアピールの方の可能性もあり過ぎて捨て切れないということ。五分五分くらいだな。今更エミリーが俺を裏切ることはないだろうと思っているが、そういう方面に関しての信用はまだまだである。
尾行者が「精霊使い」であるかどうかはともかくとして、彼らの狙いがまだ読めない。
これまでわざと隙を晒して夜も普通に野営をしていたのだが、襲ってくる気配はなかった。であるなら別の可能性として、エルフの隠れ里への道を知るためという線もある。
ただ、それならなんでおまえらがこのクエストを受領しなかったんだと疑問も生まれた。こちらに関しては冒険者ではないという可能性と、この鯉のモンスターを倒す自信がなかったという可能性の二択。
鯉のモンスターの実力を知る術はないだろう。なにせエルフの隠れ里への行き方を知らないのだから、こいつが障害になっているかどうかすら知る術はないはずだ。ドンネルは他の冒険者にもこの依頼について相談したようだが、それは「自分たちで倒せない強力なモンスターがいる」としか口にしていなかった。
なんかその辺りまで話すと断られていたらしいから、詳しく説明することもできなかったらしい。ドンマイ。
まあ、ドワーフの武器は立派なものが多いからな。レベル差を覆せるくらいに。そんな連中が一五人もいて倒せないようなモンスターを相手したくはなかったのだろう。
……となると、やはり前者である、冒険者でない可能性が濃厚だ。
そもそも、コソコソ隠れてエルフの隠れ里への道を調べようとしている時点で、後ろ暗い連中だということは断じていいだろう。
もちろん、第三の可能性もある。尾行者は冒険者であり、尚且つ悪事に手を染めているという可能性。
個人的にはこれが一番臭い。というのも、ハーシェルの街を出て三日も経つのに、しっかりと着いてきているからだ。俺たちが粗方のモンスターを倒しているとはいえ、あちらにも多少は狙いが行っているはずだ。それらを倒せるとなると、冒険者が絡んでいる可能性が非常に高い。
次に考えるべきなのは、連中の狙いがこちらにあるのか、それともエルフ側にあるのかということ。
それを判断するためにも、今夜はトールに酒を飲ませることにした。そのためにも急いだのだ。ゴールが近いとなると、ドワーフたちも気が弛んでこれまで以上に深酒するだろうし。最大の障害であったモンスターも排除したとなれば尚更だ。
ちなみに、エルフの森に連中が侵入できるかどうかということは考えてない。あっさり突破してくるだろう。
俺たちがこのクエストを受注したことは、会議室を使ったこともあって、あそこにいた冒険者たちなら誰でも知っているはず。冒険者でないにしても、街のすぐ外にドワーフの集団が一ヶ月もいたのだから、それが消えれば気付くはずだ。そんなドワーフたちの目的……というか依頼くらいは噂になっていてもおかしくないしな。
この森に入ること自体は、エルフの隠れ里のある森の存在を知っていれば難しくない。場所に関しては、俺たちを追跡していれば自然とわかる。
なので、連中は間違いなく森に入ってくるはずだ。
もしも冒険者であったなら、トールという期待の新星をチェックしているはず。なにしろ、これまで一人だけだった「白無垢」に「勇者」が加わったのだから。
これまでもメイをパーティに入れようと画策する連中は実は多かった。決定権は俺にあるのですべて断ってきたが、初見時のメシアのように「『白無垢』を解放しろ!」という連中は多かった。彼女と違い、単純に戦力として欲しかったのだろうが。
ともあれ、冒険者登録さえしていれば、他の冒険者のステータス情報を手に入れることはそれほど難しくない。というか、申請して金を払えば誰でもできる。そうすればトールがどれだけのレベルかよくわかるはずだ。
俺の実力はこの大陸に来てまともに動いてないこともあり、知らないだろう。だからこそ、あの鳥も素手で捕まえることであまり目に留まらないようにしたのだし。
尾行者たちの狙いが俺たちだった場合、最大の障害になるのはトールと判断するはず。ゆえに、今晩はトールにも酒を飲ませて眠らせることにした。彼女が酒を飲まない性格だった場合は無理矢理付き合わせる予定だったが、話がスムーズに行ったので結果オーライである。
つまり、今晩が重要なのである。そしてトールを最大の敵と思わせるためにも、俺はこの戦いに参加することはできない。
まあ………………俺が走って取っ捕まえればそれで済む話でもあるのだが。
でもそんなのめんどい。動きたくない。それにある程度距離があるから、一人くらいは逃げられるかもしれないし。
複数なのはわかるけど、何人いるのかまではわからないし。これが最善なのだということにしておく。
それに、襲われてから迎撃という形の方が後腐れなくていい。遠慮なく殺せる。
ドワーフたちにも、俺たちが仕事をしていると強くアピールできるしな。
「ああっ! 危ないっ!?」「頑張れねーちゃんたちー!」「俺たちが付いてるぞ!」「もっと腰を入れて戦うんじゃあ! そんなへっぴり腰じゃいかんぞい!」
ドワーフはやいのやいのと好き勝手言っていた。呆れを通り越して笑えてきたので、まあよしとすることにしよう。護衛を頼んでいるわけだし、別に戦わなくても問題ない。
「だだだ大丈夫なのかっ!? 本当に大丈夫なのか!?」
「おおおおおおちつけ」
ドンネルは焦りの余り、敬語も忘れて俺をシェイクしてくる。やめろ揺らすな。吐いてもいいのか。ぶっかけるぞ。
「……ああもう、しゃーない。ちょっとは手助けするか」
「おおっ!」
臭いドワーフたちが熱くなってるせいで余計に臭い。あとドンネルが近寄ってくるのも頂けない。
手助けするつもりはなかったけれど、これ以上は勘弁ならん。
「メイ! カモン!」
「行かないのかよっ!」
ドンネルのツッコミは無視。
それにしても……三人の連携訓練不足というのもあるが、それ以上にこいつら戦闘慣れしてなさ過ぎるだろう。
トールは搦め手を使えないので、スキルを取り上げると弱体化し過ぎる。純粋な剣技のみでモンスターの相手をするという経験があまりにも足りない。
エミリーはこれまで雪の精霊としてホームグランドでしか戦って来なかったから、強引にぶち破ることしか思いつかない。
メイはトールという強力な前衛がいる手前、相手のステータスを下げることでしか活躍できないと思い込んでるくさい。
三人揃って馬鹿ばかりか。もっと頭を使え。そういう点は素のステータスが低い人間の方が余程機転が利く。ゆえに劣等種である人間であっても、格上の魔族やモンスターが相手でも戦えるのだ。
それぞれ機転を利かせ、連携で相手の長所を削ぎ落とし、戦う。俺の場合はレベルを上げて物理で殴ったりしてたわけだが。まあ一人ですし。
「ごしゅ、ご主人様っ! あのお魚さん、凄く強いです!」
「アホタレがっ!」
「ぎゅむぶっ」
拳骨を頭に降らせ、さらに頬を叩く。意味不明なようで目をぐるぐるさせながら涙を浮かべるメイに、嘆息しながら打開策を授けた。
「なんでおまえ、アイツの足を止めないわけ?」
「えっ…………ああっ!?」
メイは〈暴れ巣喰う蜘蛛〉という拘束魔法を所有している。というか、スキルレベルが上がっているくらいには使い込んでいる。なんでそれだけ頻繁に使ったスキルを忘れられるんだ……馬鹿だからか、やっぱり……。
「相手は別にドラゴンみたいな巨体じゃないぞ。足を止めればいくらでもやりようはあるはずだ」
「い、今すぐ――」
「待て。他の馬鹿どもにも指示を伝えるんだ」
次にエミリーへの指示をメイに伝える。
「槍系魔法は貫通性質があるが、それが効かないなら別の方面から攻めるしかない。単純に防御力が上回ってるからだ。……ま、エミリーにはそれだけで十分か」
「それだけで、いいです?」
「長々言っても、どうせおまえ覚えてられんだろうが」
「はう……」
貫通性質の魔法はたしかに、防御力の高い相手に有効だ。だが、それが効かない相手が今目の前にいる。ならばそこにはカラクリがある。
だとすれば貫通性質じゃない方法で攻めればいい。
それだけ伝えればエミリーなら気付けて当然である。というか、普通なら気付けるはずなんだよなあ。下手にエミリーは自分の槍系魔法に自信を持っているからこそ、ムキになっているのだろう。そこに元精霊という自負もあるのかもしれない。
続いて、トールへの伝達内容だ。
「切れるところを遮二無二切ってもダメージは稼げない。だから、切れるところを探りながら攻撃するように伝えろ」
「わかったです!」
どうも、意外とあいつは脳筋らしい。ああいや、前からそういう傾向はあったか?
より強いスキルで上から叩くか、手数で圧倒するか。それくらいしかトールはしてなかった気がする。
魔王城では剣技の型とかについて教えてただけで、モンスター相手の戦い方は別に教えて来なかったからなあ。なんで将来的に敵対するかもしれない魔王軍をわざわざ強化しなきゃならんのだと思ってたし。
そのため、わざと穴だらけの訓練をしていたのである。それでも俺ほどのレベルの者と戦闘訓練をすることで経験値は獲得できるので、問題にはならなかったのだ。もしも一度でもメサイアがその光景を見ていたなら気付いていただろうが。
それにしても……あいつら、揃いも揃って馬鹿ばかりか。
てけてけと走っていくメイの背中を見ながら嘆息を零していると、ドンネルが心配そうに訊ねてくる。もっとどしっと構えられないものかね。心配し過ぎだろ。
「だ、大丈夫なのですか?」
「いや、見てみろよ。ヒレの辺り」
暗いが、ドワーフの目なら見えるだろう。
彼らは鍛冶に使う金属などを手に入れるために数多くの炭坑夫がいる。洞窟の中は当たり前だが暗い。普通ならば灯りが必要となるのだが、ドワーフは種族スキルで〈暗視〉を修得するはずだ。
「傷が……」
「アレはエミリーの魔法で付けた傷だ。つまり、硬いのは鱗のある部分だけ。それ以外の場所なら余裕で切り裂けるはずだ」
剣に魔力を纏わせることができればそれすらも必要ないのだが。トールはスキルを使わないとそれができないとでも思い込んでいるのかも? いや、それとも、俺のスキル禁止という指示を拡大解釈して魔力を使わないようにしているとか? それはそれで経験になるからいいのだが、だとするとちょっとストイック過ぎる気もするな。まあ放置でいいか。そうやって修得するスキルもあるし。
ちなみにその戦い方はワイバーンやドラゴンといった強靭な鱗を持つ敵が相手の場合は必須である。ゴーレムなどでも同様だ。
相手の装甲を上回る切れ味を剣に魔力で纏わせる。切れ味が上がるだけなので威力自体は敵の防御力によって減衰するが、それでも弾かれたりするよりは余程マシ。切れさえすれば、同じ箇所を集中的に狙うことで一撃のダメージそのものを引き上げることだってできる。
俺がそこそこ程度の片手剣を使っても戦えているのはそこら辺が大きい。魔力を纏わせるだけであら不思議。安物の剣がこんな切れ味に。これならドラゴンも真っ二つよ! というわけである。まあ安物なだけあって、魔力量が多過ぎたら砕けてしまうのだが。
メイが戦闘に復帰し、エミリーとトールに指示を出す。同時に彼女も魔法を用いて鯉の動きを拘束させた。
「ああっ!?」
「おっ、意外と粘るな」
鯉は筋力で無理矢理動こうとする。メイは一時魔法を解除し、範囲をさらに狭め、両脚でなく片脚だけを固定させることにしたようだ。そうすることで〈暴れ巣喰う蜘蛛〉の拘束力はより高まる。今度こそ、片脚は確実に動かせなくなった。
酸欠であるかのように口をパクパクさせるその様は控えめに言って大層キモい。具体的に言うと、すね毛の生えたもう片脚がバタバタしているのが輪をかけてキモい。一周回ってキモくないかと思ったが、そんなことはなかった。気のせいだったぜ。
『こんにゃろがあーっ!!』
「……何考えてんだあいつ」
俺は貫通性質である槍系魔法を諦め、爆破系などの他の魔法で攻めろと伝えたつもりなのだが、どうも槍系魔法で勝ちたいらしい。他にも冷気を体内に浸透させるとか色々殺り様はあると思うのだが。
ただ、これまでのように周囲へ無数に展開させることはしない。メイが拘束に成功したからだ。相手の逃げ様がないのなら、一発デカいやつをぶちかまそうという腹だ。
こちらにも届くくらい、キン、キンと澄んだ鈴の音のようなものが響く。
ただでさえ強力な精霊魔法。それは妖精の身に落とし、さらに環境がまるで雪のないこのような場所であってなお強力。
存在そのものが魔法と揶揄される精霊だからこそ使える強引過ぎる力技だ。
「な、なんて……」
「なんて馬鹿げた槍魔法だ……」
単純な魔力量でいうなら最高位である極槍系列より上。そこらに鯉がへし折った木々を利用して束ね、それらを氷でコーティング。魔力で無理矢理持ち上げ、魔力噴射による加速で一気に口から尾ひれまで極大の氷槍が貫通していく。
さながらその一撃は破城槌にも似た一撃。鉄壁じみた防御力を誇ろうと、城塞をも貫く槍には耐えられなかったようだ。
「ああああああああああっ!」
トールはメイを経由して俺から受けた指示の通り、むやみやたらと攻撃するのをやめたようだ。
駆け回り、刃の入る箇所を探して確実にダメージを重ねていく。バランスを取ろうとジタバタしている足を跳ねると、ゴキリと盛大に顔を顰める音を立て、もう片方の足が体重を支え切れずに折れる。巨体が倒れた衝撃で俺たちの足場まで軽い地響きが起こった。
敵が倒れたことにより、これまで攻撃できなかった背ひれも攻撃できるようになった。そして注意深く跳ねられないように尾ひれも切り裂いていく。
そろそろ体力が二割を切りそうだが、〈死の拒絶〉を発動したところで、今更抵抗する方法もないだろう。なにせ片脚は切り飛ばされ、もう片脚は折れてしまって使い物にならないのだから。まな板の上の鯉、あるいは陸に上がった魚である。あとは解体されるのを待つだけの運命だ。
「いまですっ」
「はああっ!」
『往生せいやぁーっ!!』
俺が指示を出してから二〇分ほど。
ようやくキモ過ぎるモンスターは完全に動かなくなるのだった。
実に精神的な意味で強敵だったといえるだろう。
俺をここまで苦しめた相手は「強欲」とメサイア、二人の魔王以来だった。
いやあ、強敵でしたね。
具体的にこの鯉の能力がどれくらいかというと、現在の弱体化した「叡智」の魔王軍において、単独で勝てるのはトール一人くらいだったりします。
メサイアの作戦と魔具の貸し出しがあれば、一般兵でも勝てるくらいの力です。
アールグランド大陸魔境過ぎィ!




