5-6
ドワーフの護衛をしながらハーシェルを出て早三日。俺たちはアールグランド大陸の険しさを嫌というほど思い知っていた。
まず、何よりも、暑い。クソ暑い。なんじゃこれって言うくらい暑い。
この地方はハーシェルに比べれば湿気はあまり高くなくカラッとしてるから平気だとドワーフどもは言うが、この大陸で生まれ育った連中と一緒にするな。湿度とか関係ないし。気温がすべてだし。
身を焼く日射しは実に苛立たしいくらいに銀色で。剥き出しの手や顔といった肌を焼く。日射しの強力さときたら、それを痛みとして感じられるくらいだ。こういった強烈な日射しを「鋭い」と形容するのもわかる気がする。
暑さというものの厄介さは単に肌を焼くだけに止まらない。
暑ければ、人の身体は汗を掻いて体温を冷やそうとする。なので水分をこまめに、これまで以上に摂取しなければならないのだ。またあまりに汗を流し過ぎると、体内の塩分濃度を均一に保つために尿意も頻繁に起こる。ただでさえ水分がないというのに、さらに水分を排出しようと身体は働くのだ。実に人体とは不思議なものである。
そうして汗を掻けば服がそれを吸う。結果、普段より身体が重くなる。
俺たちのレベルとステータスからすれば大した問題でもないように思えるが、普段の体重とは違い、意識している通りの動きができないという意味で厄介だ。筋肉があるからといって、重りを手足に付けたまま普段の動きができるかと問われれば、否なのである。
また暑さで意識が朦朧としてくるのも良くない。非常に良くない。
意識が朦朧としてくるという意味ではサルニア大陸の寒さも同様のように感じられるが、暑さは朦朧としなかったとしても、苛立ちという形で平常心を崩しにかかる。それはまるで毒のようにも感じられた。
それにここまで暑いと、景色があまりにも悪い。木々がほとんどない荒野なのだ。
どれだけ歩いても歩いても荒涼とした景色が広がるせいで、自分たちが本当に前へ進めているのか疑問を持つようになる。
普段なら理性で意識を切り換えることもできるが、暑さで苛立っているせいで、そこのところが難しいのである。
見渡す限り赤茶けた大地が広がるせいか、迫り来るモンスターに関しては発見が容易い。ただそうしてやってくるモンスターが思ったより多く、次々と襲ってくる。
それらはトールとメイ、エミリーに退治させる。
こんな暑い中動いてられるかとその光景を鼻をほじりながら見ている俺に、ドワーフの代表であるドンネルとかいうおっさんが話し掛けてきた。
「あの……『欠落』さんは戦わないので?」
「あの程度の雑魚を相手にできるか。それに、俺は他の方向からおまえらを襲う相手がいないように注意を払ってるんだよ」
「はあ……」
あ、信用してないなこいつ。本当だぞ。
こうして視界が開けているから空からしか奇襲はないように思えるかもしれないが、地中とかそういう問題があるのだ。いつだって奇襲には警戒しておかないといけない。
奇襲が何故脅威なのか? それは意識の範囲外から襲われることにより、こちらで戦闘の用意ができていないからだ。
戦闘の用意ができていないというのは、武器を取っていないとかだけの話じゃない。もっと重要な問題である。
陥りやすい罠として、レベルが高ければ奇襲されても大丈夫だというものがある。これは大きな間違いだ。
奇襲に関してだけは、どんな高レベルであっても、大抵は無力に死ぬのである。
レベルが上がれば、体力に魔力、筋力、耐久力、敏捷性などといったステータスも上昇していく。しかし、これらはあくまでも戦闘時の意識に限る。
体内の魔力循環回路を高速で回している時に限り、レベルによるステータスの恩恵が起こるのだ。
つまり、完全に気を抜いている瞬間。そのときは、その生物生身の能力しか持っていないということを意味する。つまり寝ている間であれば、どんな高レベルの人間でも果物ナイフや包丁であっさり殺される可能性が非常に高いのだ。これは俺も例外ではない。
常に臨戦態勢でいれば問題ないとか、常在戦中とか言う馬鹿もいるが、冷静に考えて欲しい。それは裏を返せば一分一秒の隙もなく油断せず、辺りを警戒し続けるということだ。そんなもんできるか。
大抵の人間は自然とレベルアップで覚える〈警戒〉というスキルで補っている。俺もそうだ。大抵はこれでどうにかなる。ただ〈警戒〉は相手の方が自分よりレベル高かったり、〈奇襲〉〈暗躍〉〈隠蔽〉だとかのスキル持ちが相手だと不発の可能性が高いので、あまり信用ならなかったりもする。
まあ何が言いたいのかというと、周りに敵影がないからといって油断はできんよ、ということ。ましてや相手はモンスターだったりするのだから、こちらの想像もつかないスキルを有している可能性もある。
……ま、ドワーフは別に信じなくてもいいけど。こっちは護衛なんだし。仕事はするさ。
それに俺みたいな天才の言うことはいつだって人に信じられないものだ。発想とかが高度過ぎて孤高なのは身に染みている。
ドワーフの集団は一五人ほど。名前なんてドンネルくらいしか覚えていないし、ドワーフはどいつもこいつも髪も髭も凄いので、顔が判別できない。あとハーシェルの外で暮らしていたせいか、汚い。
どうせ今回限りの付き合いだろうし、個々の名前を覚える必要性もないと判断しよう。
前方では迫り来る狼や獅子、蜘蛛などのモンスターをメイが拘束し、エミリーが魔法を用いて氷の通路を作り、一体ずつしか攻めれなくしている。そこをトールが確実に切り捨てていっている。
メイの拘束力もまあまあレベル上がったな。エミリーも、腐っても元精霊ということか、この暑さの中でもなかなか溶けない氷を作り出している。トールに関しては敵が弱いので特に言うことなし。
一番役立っているのはエミリーだな。氷のおかげで一時的にひんやりする。涼しい。おかげで、メイやトールも戦闘中に暑さで意識がどうにかなるのを防げていた。
「凄まじい実力ですね……」
「そうか?」
モンスターたちはどれも七〇レベルほど。メイであっても単独で処理できるくらいの雑魚である。本来ならそれぞれで戦ってさっさと処理して欲しいのだが、今回のクエストはドワーフの護衛であるため、こちらに流れてこないよう気を遣っているのだろう。
あとは俺が指示した通り、連携の訓練でもあるからだ。ただ、俺が想定しているのはこういう連携ではないのだけれども。同じくらいの実力の相手だった場合、まずこういった戦法はできないだろうし。
「しまったな……。平均レベルが高いから、連携組めるほどの強い敵がいない……」
正確には、きちんと連携を組む必要があるほどの敵がいない、か。個々の能力を普通に組み合わせることで勝てるので、それ以上に昇華されていない。
この連携はいうなれば足し算だ。
真の意味での連携ならば、個々の能力を掛け算にしなければならない。
要訓練、ということにしておこうかな。
一五〇レベルくらいの敵がわらわら出てくれたら申し分ないのだが、そんな魔境が人間の暮らす街から三日ほどの場所にあるはずもない。それこそダンジョンに潜らなければ駄目だろう。探すべきはダンジョンじゃったか……。
「あ」
「うわっ!?」
ドンネルが悲鳴を上げ、続いてその後ろにいるドワーフたちも驚愕する。まあ中には酒を飲んでて今だに気付かない愚か者もいるのだが。ドワーフ酒好き過ぎだろ。こいつらが臭いのの八割はアルコール臭だぞ。
「旦那さまっ!? 申し訳ありません!」
トールが慌てて謝罪してくるが、すぐに目の前からやってくる敵に注意せざるを得なくなる。
討ち漏らしたのは鳥のモンスター。空中を自由に動かれては氷の通路も意味ないし、メイの魔法も当たらなかったようだ。
「お仕置きだな」
呟きつつ、一歩前へ出る。
「危険ですぞ!?」
「どこが危険なんだよ、こんなのの」
鋭い嘴に魔力が収束する。おそらくは何らかのスキルを使っているのだろうが、あまりにステータス差があり過ぎて、何の意味もない。ひらりと突進を避けて首を掴み、動けなくさせる。
「な、な……」
グエー、と耳に障る悲鳴を上げるモンスター。鬱陶しいので適当な岩にぶん投げると、水風船が破裂したような音を立てて爆散。周囲に真っ赤な血と臓物が散らばった。
それなりの距離に投げたから、血飛沫という意味で被害はないはずだ。
「…………『欠落』さんは、剣は使わないので?」
「あんなの素手で十分だし、剣が血で汚れるだろ? ドワーフならわかると思うけど」
「は、はあ……たしかに、そうですね、はい……」
刃が血や脂で塗れると、切れ味が尋常でないほど落ちる。具体的には斬撃系スキルが使えなくなるくらいに、である。
代わりに打撃系スキルが使えるようにもなるのだが、俺は元々剣でも打撃系スキルを使えるようにするパッシブスキルを持つため、武器を持ち替えるメリットがないのだ。
素材集めが目的なら話はちょっと変わるのだが。
「向こうも片付いたみたいだな。エミリー、きちんと凍らせておけよ」
『りょーかいっ! ほりゃああ! ワタシのクッキーになりなあっ!』
「クッキーですっ!?」
メイが反応するが、それは無視する方向のようだ。
「ええと、あの妖精……エミリーさんは何をしているので?」
「血の臭いを嗅いで他のモンスターが集まっても面倒だろ? 素材を回収する時間もないから、ああやって全部凍らせておくんだよ」
しばらくすれば解凍されてしまうだろうけれど、その間に俺たちは遠くまで移動できるからな。
「はあ、なるほど……。いえいえ! そんな魔力を無駄にしていいんですかいっ!?」
いや、別に精霊だし。問題ないだろ。俺もいるしな。
そんなことよりも、これから先の話をする方が生産的だ。
「あと二日くらいの予定だったっけ?」
「はあ。行きに五日、向こうで一、二日滞在して、帰りは三日の予定です」
エルフの隠れ里は特殊な魔法でコーティングされており、鍵を開けなければ中に入ることはできない。これは〈解錠〉でも解けない鍵だ。
というのも、隠れ里周辺に入ってからチェックポイント的なものが複数あり、それらを順番に巡ってようやく魔法が解除されるのである。知らなければまず訪れることはできないだろう。
そもそもとして最初のチェックポイントが、この荒野の中で森を発見することである。幻影で座標を弄って隠されているらしいんだよな。
「森がある」ということを念頭に入れておかないと、延々と荒野を歩いていると錯覚してしまうそうだ。
エルフが何故そこまでして里を守ろうとするのか? これは単純な話で、そうでもしないと誘拐や強盗に入られるからである。
遥か昔はエルフも普通の人間と大差なく、耳が長い程度であった。当時は長耳族と言われていたようだ。
当然ブサイクもいたのだが、悪魔と一人のブサイクが契約し、エルフたちは全員美男美女になったというワケである。以降、奴隷として攫われる事件が勃発したため、やむなしの処置としてそういう魔法が生みだされた。これはエルフという種族の固有スキルであり、他の種族である以上は逆立ちしても修得できない。
また見た目を別にしても、エルフの作る魔法薬はこうしてドワーフたちが訪れる価値があるくらいの効果を持つ。ちょうどメサイアとの戦いで魔力を回復させるエルフの飲み薬も減ったし、俺もできれば購入しておきたかった。トールを冒険者登録させるために悪魔へ大枚叩いたので買えるかどうかは微妙なところだが、人里に出回ったときに比べれば余程安いだろう。
「そんで、邪魔っけなモンスターはどこにいるんだっけ?」
「明日くらいに衝突すると思います」
「ふうん。少しは歯ごたえがあるといいけど」
「……いや、なんというか……反応に困りますな……」
ドンネルが汗を服で拭う。服よりそのモジャモジャな髭で拭えばいいと思うが、気分の問題なのだろうか。
「ご主人様ーっ。全部排除したです」
『全員凍らせたヨ!』
「旦那さまのお手を煩わせて……申し訳ありません」
まったくだ。先日注意したのに、トールの視野はまだ狭い。実戦ではなく訓練でレベルを積んだのがこれ以上なくわかる。一騎打ちなどならまだ戦えるのだろうが、集団を相手にした場合にその脆さがわかるというものだ。
より正確に言うのであれば、トールは仲間がいる状況で戦う技術がない。
これは一度「叡智」の魔王軍が崩壊し、リーダーとしてトールが引っ張らなければならなかったということ。そして「勇者」というロールの恩恵から、単独で敵と戦うようになったということが影響しているのだろう。
仕方のないことかもしれないから、そこはあまり強く責めない。しかし、今後もそうであるというのは問題だ。トールにはメイとエミリーを押し付けられるくらいの実力を持ってもらわなければ。そうすれば、俺が単独で行動しやすくなるからな。
「まったく。おまえというやつは……」
「いえ、スキルを許してくだされば……」
「言い訳するなあ!」
「申し訳ありませんっ!」
俺はトールに「スキル禁止」という指示を出していた。そのため、純粋な剣技と身体能力だけでモンスターたちを相手にしなければならない。スキルを使えばどうとでもなったかもしれないが、それでは意味がない。剣技だけで相手をするからこそ、油断なく敵全体を意識に留めることができるようになるのだ。視野の拡大はトールの成長において急務ともいえた。
また、こうして禁止しているスキルというのは意識的に使うアクティブスキルだけでなく、パッシブスキルも含める。
つまり、本人の技量のみ、ステータスのみで戦わなければならない。
これは別にいじめではない。
もし一騎打ちで〈遠隔操作〉と〈詠唱破棄〉のスキルを持つ「魔法使い」が相手になった場合、自分の背後から魔法が発動される可能性もある。さらに高レベルの〈隠蔽〉などもあるとすれば、トールの〈警戒〉スキルでは反応できない。
なので本人自身の地力を鍛えておかないと、あっさり負ける可能性がある。
まあ〈遠隔操作〉は稀少スキルなんだけれども。現在最強候補の魔王であるメサイアも持ってないらしいし。
「この『勇者』さん、おっかねえべな」「鬼だべ」「もっと酒を持ってこーい!」「あ、こいつ! 一人だけ酒を!」「一人じゃねえやい!」「おまえもか!」「おまえを一人にはさせんぜよ! おいにも寄越せ!」「宴会じゃあ!」
何が宴会だ馬鹿野郎ども。まだ日も高いってのに何を言っとるんだ。酒臭いし体臭も凄いわで、護衛対象じゃなかったら切り殺してるわ。
あとおまえらの飲む酒、度数高過ぎ。飲めんわアホか。胃が爛れる。飲むならせめて、俺も飲める酒を持参しやがれクソが。
「ドワーフとは、酒が随分好きなのだな」
エルフの隠れ里への進行を再開させると、トールがドンネルへ話し掛けた。ちらりと後ろを見れば、酒を巡って殴り合いをしながら歩いている。器用なものだ。そのままの調子でみんな死ね。
「ドワーフは血の代わりにアルコールが流れているって言われるくらいですからな。おいおまえら! おれの分も残しとけよ!」
注意するのそこかい。まあ勝手にすればいいけど。そのための護衛なわけだし。でも死ね。
「ご主人様……メイは臭いだけで酔っ払いそうなのです……」
『くちゃいワ! ワタシの端正な鼻がひん曲がりそうヨ!』
「おまえの鼻なんてあるのかないのか微妙じゃねえか」
『なあっ!? 失礼な! マスターといえどもゆるせーん! 喰らえぃっ』
宙空からドロップキックしてくるエミリーを躱し、ついでに叩いて方向を変える。思いっきりドンネルのもっさり蓄えた髭の中に全身すっぽり包まれ、悲鳴が轟いた。
『あ、あり、ありえなっ、ありえないいい! こんなことする!? 普通!?』
「馬鹿め。俺が正義だ」
『正義は滅んだ!』
何を馬鹿な。俺、俺が……俺こそが正義だ!
なんなら「勇者」専用ゴミスキル使って輝いてやろうか!
「酒か……しばらく飲んでいなかった」
「あれ? トールって酒飲むのか?」
「はい。嗜む程度ですが、毎晩寝酒をやっておりました」
へえ、意外。あまり飲みそうにない外見なんだけどな。服装とかきちんとすれば、教会で働いていても問題なさそうな癖に。
ところで、毎晩寝酒やっといて嗜む程度ってどういうこと?
「ほう、そうなんかい? なら、今晩でもどうだ?」
「旦那さまのお許しがあれば、喜んで頂こう」
ドンネルとトールの目が俺に向かう。
「好きにすれば? 深酒は許さんけど」
「畏まりました」
「ほっほう! 酒を飲むときは大勢で賑やかが良いと相場が決まっとる! これは僥倖っちゅうやつだな!」
なんか知らんが、ドンネルは非常に嬉しそうだ。ドワーフが人間――まあトールは魔族なわけだが――を好むのかは知らないが、酒飲みとしては同じく酒飲みが増えることを歓迎するのだろう。気持ちは俺もわかる。相手が美人ともなれば尚更だ。
「旦那さまはよろしいのですか?」
「前に軽く飲んだけど、度数高過ぎ。俺には飲めん」
「ご主人様はメイたちと一緒に紅茶を飲むのです」
『ワタシも、ドワーフのお酒はムリー。あんなの飲んだら身体が溶けちゃう』
メイが嬉しそうに抱き着いてくるが、邪魔なのでデコピンしておく。
「では、私も紅茶にしましょうか……」
「や、気にすることはないよ。自制の範囲内で、好きなだけ飲んでくるといい」
俺の金じゃないし。酒は全部ドワーフの持参物なのだから。一五人いて、リュックの中が酒というのが三人もいるのがおかしい。なんでもエルフ特産の酒を飲めるということで人数が予定より五人増えたらしい。最初は倍以上希望者がいたのだとか。酒への情熱が強過ぎる。
むしろトールは飲みに飲んで連中の酒を早くなくしてやれ。そうしたら少しは酒臭さもマシになるだろう。
そうこうして進行は続く。またモンスターが出て来たりはしたが、ドワーフたちが戦うよりは余程早く進めているようだ。本来の予定より一日短縮できそうなくらいらしい。
「今日はここら辺にしときませんか」
「え、ちょっと早くないか?」
少し日が傾いてきたくらいだ。昨日はもっと進んだはずなのだが。
「いえ、予定より大分早く進めてますんで……その、このままだと例のモンスターのとこに着く頃に日没を迎えそうなんですよ。なので、少し早いですけど、今日はここで野営の準備をしようかと」
そういうことか。予定が早まったがゆえの弊害ってやつだな。
さて、どうするか。普通に考えれば、ドンネルの言うことに従うべきだ。わざわざ視界の悪い闇夜で戦う必要はないのだから。
…………ふむ。
「いや、進むぞ」
「ええっ!?」
「そのモンスターがひょっとすると近付いてくるかもしれないだろ? 近いってんなら、先にブッ殺しておいた方が心配なく飲めるはずだ」
俺は飲まないけど、折角酒を飲めるのならば美味く飲んだ方が良いはずだ。
それに、それならせめて森に入っておきたい。森の中ならこのクソみたいな日射しも大部分が遮られることだろう。
「というかな! おまえらの酒が俺には飲めん! なのにおまえらだけ好き放題飲みやがって腹立たしい! エルフの酒は度数低いんだろう!?」
「は、はあ……おれたちには低いですが、それはそれで美味い酒ですんで、好きなやつは多いですね……」
「なら、一刻も早く先に行く。明日にはエルフの隠れ里に到着するぞ。そんでもって、俺も飲む! 飲んでやる!」
羨ましがらせるかのように毎晩飲みやがって! 中には昼間も飲みやがって。腹立たしいことこの上ない。
飲みたいのに飲めない者の前で飲んで羨ましがらせるとか、頭おかしいんじゃないか? 精神に欠陥があるから、そんな心ないことができるに違いない。俺にはとてもじゃないけど無理だ。
「ご主人様……今日はメイもお肉が食べたいのです……」
「駄目だ。パンが食えるんだから文句言うな」
「あう……せめてお魚も食べたいのです……」
「無茶言うな。こんなとこで魚が取れるか」
スープとか野菜炒めとかは食ってるだろうが。文句言うな。なんで奴隷のおまえが主人たる俺と同じ肉を食おうというのだ。俺はいいのだ。主人なのだから。偉いんだから。
「一切れ! 一切れでいいのですぅ!」
「じゃあエミリーに言え」
「エミリーさぁんっ!」
『えー。でもワタシの分だって三切れしかないのヨ? まあそれで十分なんだケド』
エミリーは身体が小さいので、相対的に超少食である。これでも精霊の中では食べる方らしいが。
少なくても満足するらしいから、俺は分け与えてやっている。その程度でこのお喋りが黙るなら、必要経費として見做さないこともない。代わりにメイがうるさいが、そこはエミリーに丸投げする。給料分は働けというもの。
「それにしても、もうちょっと考えて物を言えよ? こんなところで魚がいるわけもないだろうが……」
「湖とか池とかあったら、有り得るかもしれないのです」
「わざわざ釣るってか? 別にいいけど、一人で行けよ? 俺は知らんぞ」
「あうぅ……。なら、お魚さんの方からこっちに来れば……」
「…………」
こいつは何を言っているのだろうかと蔑みの視線を向けると、メイはさすがに黙った。
しかし、肉を一切れねえ。以前の迷いの森での経験があるので、多少は食料を持ち歩くことにしているが、それでも貴重なのには違いない。なんで俺の分までメイにやらねばならんのだ。「魔術師」の活躍がないくらいモンスターとレベル差があるため、実質荷物持ちくらいしかしてないくせに。
「そうだなー。魚が取れたら、別に食わせてやってもいいぞ」
「ふうぅ……出て来て欲しいのですぅ……」
出て来るわけねえだろ。そんな魚食いたくないぞ。ここは荒野で、寝るのは森の中なんだから。
「『欠落』さん……そろそろです」
「おっ、そろそろか」
メイの馬鹿さ加減に辟易している内に、森の中へ入る。
一瞬にして視界が森になるというのは、わかっていても結構ビックリするな。メイたちも目を丸くして驚いている。
ドンネルの話によると、この森に入ってすぐのところに件のモンスターがいるのだとか。
既に日も暮れそうで、視界は良くない。戦わせるトールもメイも魔族だし、エミリーは精霊。全員夜目が利くからまるで問題はないだろう。
「いました! アイツです!」
「どれどれ……」
ドンネルが小声で叫ぶという離れ業を披露した。どうやるの、それ。
ともあれ、指差す方向を俺も見る。メイとエミリー、トールも油断なくそちらへ視線を向けた。
そして俺たちは——衝撃の姿に、森の中に入った時以上に目を丸くするのだった。
次回、「欠落」たちが目にするモノとは一体……!?




