5-4
「遅い……」
冒険者ギルドの入口でメイとトールが帰ってくるのを待ち始め、どれくらいの時間が経っただろう。主人を待たせるとかどういう奴隷だ。もう許せん。これ以上待つ時間が一分増えるごとに食事のグレードを下げていこう。五分でメシ抜きだ。これだけ待たされているのだから、そりゃあ堪忍袋の緒もぶち切れるというものだ。
『まだ五分くらいしか経ってないと思うケド。もーあと五分待ってもイイんじゃ?』
トールがいるため、今日はエミリーを俺に付けている。というより、トールにメイの口から説明させることで改めて冒険者の行動などを復習させているのだ。同時に、きちんとメイが覚えているかのテストも兼ねている。
「五分も経ってるのにさらに五分かよ」
あと五分待つって、それはつまり待っている時間が倍になるってことだぞ? 十日で一割の利息で違法だってんだから、五分で倍ってヤバくない? そりゃ寛容な俺だって怒るわ。
ましてやこの暑さである。
空を見上げれば雲一つない晴天。それを喜んでいられたのは曇天の多いサルニア大陸を出て少しの間だけだった。今ではギラギラ鋭い日射しを遮る雲が現れることを渇望している。人間ってのは欲深いものだと実感する一瞬だった。
「オイ」
ギルドの壁に背もたれてイライラしていると、なんかガラの悪い男が話し掛けてきた。いや、これは本当に話し掛けてきたっていえるくらいのものだろうか? 因縁付けて絡んできたってのが一番正しいか。
くちゃくちゃとガムを噛みながらガン付けてくる。興味ないので興味なさそうな顔をしていると「良い度胸してんじゃねえか」と言われた。どういう勘違いをしてるんだ。
「話がある。こっち来な」
そう言い残し、男は踵を返していった。何故か大袈裟に肩をいからせているので、周りにいる者は彼を避けている。そうしてやがて人の波に飲み込まれ、彼は見えなくなった。
『……行っちゃったケド、行かなくてイイの?』
「関係ないだろ。きっと人間違いしてるに違いない。俺ってほら、あまり目立たないからさ。似た人も沢山いるだろ」
『有り得ないと思うのヨ』
黒髪で隻眼隻腕だろ? いるいる。山ほどいるって。この大陸の人間の髪の毛は色が濃いみたいだし。きっといる。
『あ、帰ってきたヨ。顔真っ赤だケド』
「運動不足なんだな。あの程度のダッシュで顔が真っ赤になるとか情けない」
『絶対違うと思う……』
まあぶっちゃけ俺もそう思う。だって面倒じゃん。無視するのが一番だ。
「テメエ! 着いて来いつってんだろうがよ!」
「え、誰ですかあなた。勘違いしてません?」
「勘違いするわけねーだろ! どこにオマエと似た人間がいるってんだ!」
むう、さすがに無理がありすぎたか。仕方ないので本音で話すことにした。
「なんでオマエみたいなむさいのの後を付いて行かにゃならんのだ。こんなに良い天気なんだぞ? 美女でも連れて来い」
「テメエが文句言える立場だと思ってんのか!?」
がなり立ててくるが、こんな雑魚がどれだけ意気がっていてもなんら問題ない。周りの人たちや冒険者ギルドに出入りしている他の冒険者たちもこの争いに気付いてはいるようだが、わざわざ薮に手を突っ込んで蛇に噛まれようとする者もいない。我関せずを通そうとしているようだ。
誰だってそーする。俺だってそーする。
「しっしっ。早くおうちに帰りなさい。野良犬にだって雨宿りする程度の家はあるもんだろ?」
「野良犬と一緒にすんじゃねえ!」
「おっと」
「ぎゃあっ!」
殴り掛かって来たので回避し、ついでに足払いを仕掛けておいた。つんのめった勢いのまま、男の拳がギルドの壁を思い切り殴り付ける。鈍い音がした。
「ああああああっ! 俺の手が!?」
ふと耳を澄ませば、周囲の人たちの態度も若干変わってきたようだ。なんというか、大道芸とは違うが、漫才を見ている気分になってきたようで、笑っている人もいる。というか笑ってないでギルド職員を誰か呼べ。俺がこのまま黙らせたら問題になるかもしれないだろ。この街の法律とか知らないんだからさ。
「ふうー。ようやく終わったのですー」
「世話になった、メイ殿。感謝する」
「いえいえー。トールさんも、もうメイたちの仲間ですです」
「ふっ、そうだな」
なんだかんだしているうちに、メイとトールがギルドから出て来た。周りでは「あれは『白無垢』か!」「本当に子供なんだな……」「隣のあの美人は誰だ?」とか噂されている。
「お待たせしましたです、ご主人様っ」
「遅い。今日のおまえの晩飯は水と塩だ」
「そんなことあるです!?」
あと一分遅かったらそれすらないところだったんだ。文句言うな。
「ぐっ、『白無垢』……。テメエ、覚えてやがれよっ」
「え? 何? どなたですか?」
見たこともない顔ですねえ。
「こ、この野郎……!」
男は典型的負け犬の台詞を吐いて去っていった。野良犬の上に負け犬か。ダブルわんわんとか最悪じゃないか。狂犬って感じではなかったからトリプルではない。惜しい。
「旦那さま、何かあったのですか?」
「何もない」
「エミリーさん、あの人誰です?」
『さあ? マスターが適当に相手してたら自滅したのヨ。というか、相手してなかったら自滅したってのが正しいのかしら?』
ああいうわんわんはいくらでもいるし、気に掛けても仕方ない。無視するのが一番だ。
そんなことよりも、きちんとトールが登録できたかを確かめる方が先決だ。
「登録はできたか?」
「はい。メイ殿の指示に従うだけでしたので」
「がんばったです!」
とか言いつつ、実際はギルド職員の指示に従ってたんだろうなあ。メイがギルドに入って行った直後、中から受付の女性職員らしき人たちの黄色い叫び声が聞こえてきたし。
何故かメイはギルドの受付嬢に常に愛されているのである。実に不思議だ。世界七不思議に新しく入れてもいいかもしれない。
「じゃあパンくらいは食ってもいいぞ」
「やったです! ありがとうですトールさんっ」
「いやいや。メイ殿の活躍がなければ、ああもすんなりとは行かなかったはずだ。気にすることはない」
『じゃあワタシはメイの前で美味しいもの食べようっと』
「あんまりです……」
ともかく、トールは無事に冒険者登録できたらしい。パーティに関してもメイと同じということになり、書類上はようやく「白無垢」が一人でなくなったということになる。
話を聞けば、やはり年齢的なものもあり、彼女を一人にしておくことはギルドでも問題視されていたようで、それですんなり行ったらしい。主人である俺がいるのだが、それはまた別のお話である。
……メイが好かれてる分、彼女を奴隷にしている俺は受付嬢から凄い勢いで嫌われてるしな。
「階級は?」
「『暴風の勇者』という二つ名もありまして、レベルも考慮して銀階級からスタートだそうです」
それは重畳。もっとも、メイの冒険者階級が黄金階級なので、パーティは実質黄金階級として見做されているだろうが。というか、ルゴンドの街をクラーケンの危機から救ったんだから、さっさと白金階級にして欲しいものだ。
「そんで、クエストは受けてきたか?」
「はいですっ」
「こちらです」
メイが笑顔で万歳し、トールがクエストの詳細が書かれた書類を渡してくる。詳細とはいっても、依頼人などの情報は記されていない。どこで何をして欲しいのか、という情報が記されているだけだ。これは万一クエストを受領した者が途中で死んでしまった際に、依頼人の情報漏洩を防ぐためだ。当然の措置といえよう。
クエストは三つ。事前に指示しておいた通り、すべて狩猟系の依頼だ。採取系のクエストなんざ俺たちがチマチマ受ける必要はない。そもそもトールとメイ、エミリーの連携訓練をするついでに依頼を済ませる予定なのだから、採取系のクエストなんざ受ける意味がないのである。余程金になったり、貴重な素材のクエストだというなら話は別なのだが、そこら辺は俺がギルド内に付いて行けないので仕方ない。
メイたちでは何が貴重な素材で、それがどれくらい入手し難いかとかがわからない。だからもしも受けた内容がとてつもなく面倒なものだったら最悪だ。そういう事態を未然に防ぐため、初めから採取系のクエストは受けないよう言い含めている。
余談だが、俺がこれ以上なく苦労した採取クエストはレーベラという花の採取。とても繊細な花で、ちょっとでもストレスを与えると枯れてしまうのだ。しかもこれは地中に咲く花なので、掘り起こす過程でどうしてもストレスを与えてしまう。ましてや俺の場合はレベルが高過ぎるせいで、手加減するのが異様に難しかった。もう二度と受けない。
閑話休題。トールから受領したクエスト内容を見てみよう。
「ホブゴブリン討伐……オーガ討伐……ドワーフの護衛……護衛?」
ちらと視線を向けると、メイが背中を向けていた。トールは申し訳なさそうな顔だ。まあどちらが悪いかは一目でわかる。
「パンはやっぱりお預けだな」
「待って下さいです! これにはワケがあるのです。それはもう、深ーくて暗い、絶望的なキャニオンというか、そういうワケなのです!」
どういうワケだよ。理解できんぞ。俺に理解できたのは、今日の晩飯は豪華にすればするほど良いということくらいだ。相対的にメイに罰を与えられる。
「トール、説明を」
「はっ。ドワーフの鍛冶職人はエルフの隠れ里へ半年に一度赴くようです。そこで一週間ほど滞在し、向こうでの仕事を済ませる報酬として、エルフでしか作れないアイテムを購入するのだとか」
ふむ、まあわからない話でもない。
エルフは魔法に優れた種族だが、では手先が器用かというと、そうでもない。対してドワーフは非常に手先が器用な種族で、精緻な飾りや武具製作などを行う。
魔法に優れた種族であるとはいえ、エルフにも「戦士」など近接系ロールを持つ者だって当然生まれる。他にも弓矢などに適したロールもあり、そういった者が装備する際は魔力を媒介としやすい素材を用いて作られたものがいい。
だが、エルフにはそういったものを加工する技術や知識が欠けているため、ドワーフに協力してもらうのだ。たとえエルフに「鍛治士」のロール持ちが生まれたところで、知識や技術、加工場がなければまるで意味を為さない。
ではドワーフにはどういうメリットがあるかというと、エルフにしか作れない秘伝の魔法薬といったアイテムを購入できる。これは転売しても利益になるが、鉱山などで貴重な鉱物を採集する炭坑夫たちが崩落で大怪我を負ったり、ガスで意識不明の重体になったりした場合に回復させられる。
思い返せばエルキア大陸でも似たようなことがあったな。そこで色々あってドワーフに気に入られ、俺はスターハートという最高素材で作られた剣を手に入れたのだ。
同じくエルキアのエルフからも当初は忌み嫌われたが、やはり色々あって、最終的には仲良くなった後にも色々あった。
人生色々あるものである。
「とはいえ、護衛が必要ってのはどういうことだ?」
「痛いです! ご主人様痛いです! 髪が全部抜けちゃうです!」
メイのサイドポニーを掴み、背伸びでなんとか耐えられるくらいの高さで固定する。力を抜いた瞬間凄まじい痛みが走るという罰だ。メイが背伸びで耐えている間は痛くないのだから、これを罰という俺はなんて優しい主人なのだろうと思いました、まる。
泣きながら悲鳴を上げるメイを無視し、トールに話を促す。彼女は頬を引き攣らせながらも、続きを口にした。
「どうもエルフの隠れ里へ繋がる道で新たなモンスターが出現したようです。旦那さまなら知っておられるとは思いますが、エルフの隠れ里へは一定の手順と法則に従って訪れなければ迷ってしまいます。つまり迂回路がないため、そこから動かないモンスターをどうにかするための護衛が欲しいということですね」
『法則なんて作らないでいいのにー。迷いの森にしちゃえば一発ヨ。ワタシたちの協力がないと、絶対出られなくさせちゃえば話は早いわヨ』
エミリーはニタニタと嗤いながらそう口にする。
彼女と出会ったあの迷いの森を脱出する方法は一応あるにはあるが、それは事前に知っていなければどうしようもないものだった。なので、精霊との協力を得られなければ脱出できない森と化していたらしい。そりゃあ精霊が悪辣だとトールに言われるわけである。
なにせ精霊は迷わせるのが目的で迷いの森にしたのだから、普通は協力などしない。つまりは知らずに森に入った瞬間ゲームオーバーということだ。えげつねえ。
ただ、エミリーの言うことももっともだ。そんなややこしい隠れ里を作るくらいなら、初めから迷いの森にしてしまえばいい。あとは迷っている者の中で、自分たちと内通している者だけを助けに行けばいいのだから。そうでない者は決して逃れられない魔の森となるが、それはエルフたちにとって知ったことではないだろう。
と、俺は思っていたのだが、どうも話は違うらしい。
トールが首を軽く左右に振って、説明する。
「それはあなたたちの種族が魔王様と協定を結んでいたからだ。そうでないなら、そこまで周到な罠は張れない。万一魔王軍の者が迷い込んで帰らなければ、魔王が動き出してしまうからな」
そしてトールの言うことももっともである。
要するに、そこまで複雑怪奇な魔法を使った陣地を作る場合、大陸を支配する魔王の許可が必要となるのだ。それがないということは、そのエルフたちは「剣舞」に恭順を誓っているというわけでもなさそうだ。まあ誓っているからといって、俺には別段問題ではないのだが。
サルニア大陸の時とは違い、アールグランド大陸ではわざわざ魔王城に赴く必要がない。あのときは氷のバラというアイテムが魔王城にあったから出向いただけで、そうでないなら誰がそんな危ない場所に好き好んで行くだろうか。自殺志願者じゃあるまいし。常識的に考えて、魔王と戦おうとか頭おかしい。そういう連中はきっと頭のネジが外れていて、尚且つ変態なんだと思う。とても仲良くはなれないね。
「で、メイはなんでこのクエストを受けようと思ったんだ?」
力を抜き、掴んでいた髪を離す。ホッとした様子でメイはようやく踵を地に着け、俺へ向き直って笑顔を浮かべた。
「困ってるみたいだったからです!」
「この馬鹿っ!」
「にゃーっ!? どうしてです!?」
困ってるからといってそう簡単に手を差し伸ばすものじゃない。飼えないなら捨て猫も捨て犬も拾って来るんじゃありません理論と同じである。
「狩猟と違って護衛系は面倒なんだ。護衛中に戦う相手が魔王軍の配下だったりしてみろ。俺たちは『剣舞』に喧嘩売ったことになるんだぞ?」
「意外です。旦那さまは『剣舞』様にも剣を向けるかと思っていましたが……」
なに? トールもそんな馬鹿なこと考えていたのか?
「事情があるならそれも吝かじゃないが、わざわざ無意味に喧嘩売る必要はないだろ。今回はその事情がない。メサイアの場合は事情があった。それだけだよ」
しかし、一度引き受けてしまったからには仕方ない。クエストは失敗すれば功績値が下げられてしまうのである。キャンセルも、失敗ほどではないが功績値が下がる。罰金のようなものはないが、受領の際に契約料があるので、その分が赤字になるのだ。
また狩猟クエストは勝手に始末して戻ってくれば話が済むが、護衛の場合は依頼者であるドワーフたちと協議する必要もあるので面倒。もしモンスターなどの命を狩ることを禁ずる物好きだったとしたら凄まじく苦労するだろう。まあそんな依頼者だったらさすがにキャンセルするけどな。
「ところで、困ってるみたいだったってのはどういうことだ?」
メイはこのクエストについて「困っているみたいだったから」と言った。そもそもクエストを依頼している時点で、どの依頼者も困っているようなものなのだが、この言い方からすると当の本人を見ていないと出ない言葉なのだ。
「ギルドホールにいたのです。それで、お願いだーって頭を下げられたです」
「勢いのあまり、一度倒立してからの土下座でしたからね。私もあまりの迫力にのけぞりました」
倒立前転土下座とか何それ新しい。少なくとも、護衛を雇う必要なさそうな身体能力してんな、そのドワーフ。自分でなんとかすればいいのに。他人に頼るな。
とはいえ、仕方ないか。嫌だ嫌だと嫌がり続けていても話は進まない。諦めが肝要なので、ここら辺で前向きになることにする。
「じゃあ詳しく話を詰めないとだな。メイ、トール。ちょっとギルドで会議室を借りれないか相談してこい。それが駄目なら、どっかに飯食いに行くついでに話を聞こう」
「わかりましたですっ」
「了解しました」
あ、俺がギルドに入る許可をきちんともらっておくよう言うの忘れた。まあ、さすがに忘れていることはないだろう。でないと、何で今こうして俺が外にいるんだって話だ。
「面倒なことになりそうだ……」
『マスター、ふぁいとぅ! マスターならやれる! なんだってできる!』
「む、そうだな。俺にできないことなんてあるわけない」
『その意気さぁ! でね、でね、ところでネ? ワタシ、ちょっと欲しいモノがあるんだケド……』
「ちょっと欲しい程度じゃ買わない」
『待ったァ! めちゃんこ欲しいのヨ、実は!』
「それはそれで、役に立たないと買わない」
『酷い! じゃあじゃあ、今回の三つのクエスト、頑張ったら買ってくれる?』
「……そうな。俺が感心するくらい頑張ってたら、考えてやろう」
『いよっしゃあ! ワタシがエリートだってコト、マスターにも改めて思い出させてもらうんだかんネ!』
エリート? こいつってエリートだったっけ? 忘れてるわ。もう忘却の彼方だわ。まあ勝手に頑張れ。考えるだけ考えてやるから。買うかどうかは別として。
『フフフ……これでティータイムのとき、メイを羨ましがらせながらクッキー食べれるのヨ。至福!』
「…………えげつないわあ」
どうしてこういう性格のやつが俺の仲間にいるのだろう? 恥ずかしくて仕方ない。もっと俺を見習うべきだと思う。
そうこうしているうちにメイとトールが帰ってきて、無事に俺たちは冒険者ギルドハーシェル支部に入ることができたのであった。
これも余談になるが、案の定メイは俺の入場許可を忘れており、トールが許可をもらったという。
今晩のメイの食事から水と塩も没収するのが確定した瞬間だった。




