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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」とドワーフと小悪魔
60/129

5-3

四章まで来てなんですが、サブタイトルとか付けてないのはネーミングセンスがないからです。

あげくの果てには主人公の名前すらない始末。


誰か俺にネーミングセンスください。

 部屋が真っ暗になって「欠落」との淫らな夜間訓練が終わり、身を焼くような羞恥と快楽の熱が冷め、それから何度寝返りを打っただろう。一向に睡魔が来ない。

 ついにはベッドから起き上がり、トールは涼を求めて窓辺へ近付く。


 アールグランド大陸は彼女が生まれ過ごしたサルニア大陸と違い、年中暑い場所だった。日中よりは幾分かマシだが、夜間もそれなりには暑い。熱帯夜、という言葉だけならトールも知ってはいたが、あくまでも知ったつもりでいただけなのだなと身に染みて理解する。


 そういった物事はきっと、この窓辺から覗ける夜空の星々ほどの数あるのだろう。


(まいった……)


 トールは内心で溜め息を吐き、頭を掻いた。


(あの悪魔、どう見ても高等魔族だ。私では逆立ちしても敵わないだろう)


 熱帯夜、という言葉を実感として学んだ他、トールは悪魔という存在の強大さも改めて学んだ。


 自分の力量は十分に理解している。かつて「強欲」の魔王軍と戦ったときの先輩たちと同じ実力であるとは思えなかった。今の自分の実力は当時の中堅といったところだ。


(それにしても、そんな悪魔と契約をしているとは。旦那さまは一体……)


 冷静に考えれば考えるほど、「欠落」の存在がよくわからなくなっている。こうして寝食をも共にするようになって数日だが、その人物像がますますわからなくなるというのは予想していなかった。普通は少しくらい理解できるようになると思うのだが、どうも現実は常に想像の斜め上を行ってしまうようだ。


(強さ――は、今更だな)


 自分が全力を出しても、まだまだ足りない。というより、最盛期の「叡智」の魔王軍でも彼に勝てる者がいたかというと、首を捻る結果になる。主人であるメサイアと同じということはないだろうが、魔王級の実力だというのはもはや間違いないだろう。


 トールが「欠落の勇者」を名乗る彼の事情を聞いたのは、実のところ今晩のことであった。

 彼女に事情を話すのが遅れたのはメサイアの存在を危惧していたことが大きい。「叡智の魔王」ほどの実力者になれば、「欠落」の事情を他者に伝えられないようにするための呪いを受け付けない可能性があったためだ。

 よって、現在のトールは「欠落」やメイ、エミリーと同じく呪われた身になっている。


「欠落の勇者」の正体は、「強欲の魔王」を討ち滅ぼした「英雄の勇者」だった。

 そして彼の人間とも思えないほどのレベルの高さは悪魔との契約によるもの。現在はその契約解除の旅の途中であり、旅が進む毎に「欠落」はそのレベルを落としていくことになる。


 そういった事情は理解した。けれど、それでは「英雄」の噂から類推される人物像と「欠落」の人物像ではあまりに掛け離れている。

 ただ悪魔からの呪いの件もあり、嘘ではないのだろう。であれば所詮噂を信じるよりも、実際の本人と接することで彼のことは理解すればいい。


 次にトールは彼の対人関係を考えてみた。

 彼はトールと同じく魔族であるドッペルゲンガーのメイを奴隷にし、雪の精霊であるエミリーを妖精まで格下げさせて同行している。これは人間という種族への叛逆そのものだ。

 だがそのうえで、人間との繋がりもしっかり持っている。なにせ「叡智」の魔王城へ、あれだけの実力を誇る人間たちが自主的に彼を救いに来たのだから。これだけの繋がりを適当に築くことは不可能だろう。

 つまり、「欠落」にはまだ自分たちに話していないだけで、別の目的もあるのだと予想できる。


(……あの者たちは強かったな)


 一騎打ちでも強いであろう人物として「太陽」のソフィア、「戦斧」のオラルド、「魔女」のルミナークがいた。「銀翼」のシルバーは少し実力が足りないが、そこを補えば十分強くなるだろうと思えた。

 パーティとしての活躍でいうならば、「怪傑」のアリアが凄まじく有能だ。的確にこちらの意図を読んで嫌がらせのような行動を取る。彼女と一騎打ちになればあっという間に勝てるのだが、それは他のメンバーが邪魔をする。


 けれど、おそらく――「欠落」であれば、彼女たちを相手に一人で戦っても、勝利を収められるだろうという確信がトールにはあった。


(あれだけの実力者たちに貸しを作り、心を寄せさせる……)


 しかも魔王のような特殊なスキルは持っていないのだ。それが余計に恐ろしい。


(まして、あの悪魔だ)


 胡散臭い雰囲気を隠す様子もないあの悪魔。咄嗟に噛み付いてしまったが、「欠落」に抑えられた。どうも彼はあの悪魔を重用している様子だった。メイや自分がいる以上、そうそう教会に出向くこともできないので、レベルアップの儀式を代行できる悪魔というのはたしかに重要なのだろう。


(ただ——どうやって、あれほどの悪魔との繋がりを作ったんだ?)


 それが疑問だった。


 悪魔を呼び出す方法というのは数多あるといわれているが、どれも成功したという話は聞いたことがない。というよりは、成功した者はそれを言いふらしたりできないようにさせられているのだろう。実際、自分も今日呪われの身となったことがそれを証明している。


 ただの悪魔を呼び出すだけでも相当なのに、「欠落」が召喚した悪魔はその中でも一握りの存在。なにしろ、メサイアが「錬金術士」であることを知っており、さらに魔具を使うこともなく、一目にしただけで性能を看破してみせた。

 ましてや教会の書類の偽造である。それを特に困る様子もなくあっさりこなし、そのうえで自分たちのステータスを正確に読み取っていた。つまりは〈情報開示〉のスキルも有しているということ。


(敵ではないと旦那さまは仰っているが……信用しては駄目だ。悪魔を信用などできるものか)


 トールは経験な教会の信者である。勿論、魔族側の教会の話だが。ただ人間側でも魔族側でも、共通して悪魔は邪悪なる者ということで排斥の対象だ。

 あの悪魔の人格がどうこうではなく、問答無用で敵対すべき存在なのである。


(ただ、私が勝手を働くわけにもいかない。魔王様のご命令に背くことになる、し……)


 しばし瞑目し、再度目を開く。

 その視線が向く先には、仰向けで規則正しい呼吸をする「欠落」がいた。申し訳程度にタオルケットが腰を被っており、それ以外の剥き出しの部分は肌色ばかり。

 トールの身体を自由に弄んだ後、満足したと一言呟いて寝てしまったのだ。


(だ、旦那さまに嫌われてしまうかもしれない……)


 何故か、そのことを想像するだけで心胆が冷えるかのようだった。冷徹な目で、トールのことを要らないと言ったときのことを思い出すと身体が震える。


(…………)


 だが、その直前の行為を思い出すと、震えが治まった。


(く、口に……旦那さまの指が……それに……)


 かあ、と頬が熱くなるのを感じた。さらにその前には首筋から耳にかけてのラインを薄く撫でられた。そしてとどめとばかりにその後の「行為」。

 どくどく、と心臓の音が耳許で聞こえているかのよう。体温が上がり、薄らと汗を掻いてしまっている。タオルを取り出して汗を軽く拭っていると、部屋の角から声が聞こえた。


『ンー? トール? 寝れないノ?』

「エミリー殿。起こしてしまったか、すまない」

『別にイイケド。元々精霊だし、あまり眠らなくてもヘーキなのヨ』


 彼女は起き上がると羽をパタパタとはためかせ、窓に寄った。そのまま「欠落」やメイには月明かりが当たらないよう、片方のカーテンだけを開く。


『チョット、お茶しない? まあワタシは淹れれないから、トールに任せるしかないんだケドネ』

「構わない。私も少し眠れないようだから、話し相手になってもらえると助かる」

『交渉成立ってワケネ! よーっし、たしか、この辺に茶葉とカップと……』


 エミリーがメイのリュックに身体を突っ込み、次々と必要なものを取り出してはトールに渡していく。

 湯を沸かすための火熱用魔具とカップを二つ、ティーポット、茶葉、小さな鍋など。トールも簡易テーブルと椅子を窓際に移動させ、手早く水を鍋に集めた。それから魔具を起動させて湯を沸かせる。


『便利な魔具よネ。マスターは全然使わないんだケド』

「たしかにそうだな。私も見たことがない」


 普通は火を点けるのだが、この魔具によって一時的に使えるスキルは〈加熱〉であり、火そのものを弄るものではない。手のひらに乗るくらいの正方形の板であり、三角形の蓋が四つある。それらを開くことで面積を広げるのだ。蓋を開くことがスキルを行使可能となるスイッチにもなっている。

 やがて湯が沸き、茶葉を入れたティーポットに注ぐ。しばらくすると、どこかホッとするような香りが漂い始めた。


『アチチッ』

「急いで飲まなくても良いと思うけど」

『これも醍醐味みたいなもんヨ! 折角作ってもらったんだしネ』


 ニヤリ、と笑うエミリー。それは彼女のサイズに合わせた大きさのティーカップだ。当然特注品であり、「欠落」がメサイアに頼んで作ってもらったものである。一応魔具であり、〈保温〉のスキルが使えるようになる。効果はこのティーカップの中に入っている液体にしか効果がないのだが。


『ワタシはこの身体だからネ。今までは犬とか猫みたいに顔を近付けて飲むしかなかったのヨ。これでようやくワタシも文明人を名乗れるというワケ! やった!』

「旦那さまは慈悲深いな」

『いや、結構前からワタシ文句言ってたのヨ? ままごと用の小さいのでイイからって言ってたんだケド「そんなもん買ったら怪しまれるだろ」って買ってくれなかったのサ』


「念願のマイティーカップー」と歌いながら、くるくるとその場で回り始めるエミリーを見て、トールは微笑を浮かべる。単純に念願のマイカップを手にしたことに浮かれているのだろうが、彼女はそれを大切にするだろう。「叡智」が作り出した魔具を大切にしているのだから、トールがニコニコ笑みを零すのは当然の話だった。


『あ、そだそだ。トールってばマスターと一緒で「勇者」なのよネ?』

「ああ。格はまるで違うが」

『そりゃまあ、マスターと同列で語れるのっていないデショ……。それはそれとして、トールの得意な属性って何?』


 予想外の質問に、少しだけ目を開く。

 エミリーが「魔法使い」なのは知っていたが、彼女とこれまで過ごした関係では、あまりそういったことは気にしないような性格だと思えたのだ。

 良くも悪くも彼女は精霊であり、いわば気分で「欠落」に同行しているだけのように思っていた。


 だが、今の質問は違う。自分たちは仲間であり、連携を組むために必要な会話だ。平たく言ってしまえば、とても真面目なものだったので、まさかエミリーからそんな質問が出るとは思いもよらなかったのである。


『むっ、その顔! さてはワタシのこと、馬鹿だと思ってた? デショ!? 失礼しちゃうワ!』

「ああ、いや……失礼した。本音を言うと、その通りなのだろう。申し訳ない」

『まあ、精霊だし仕方ないか。気にしてないケドネ』


 考えてみれば当たり前のことでもある。なにせ、あの「欠落」が同行を許しているのだから、底抜けの馬鹿であるはずがない。表面上の態度はどうであれ、彼女も彼女なりに内心では色々と考えているのだろう。トールの中でエミリーの株が上がった。


「私は光と雷属性が得意だ。エミリー殿はやはり氷か?」

『ウン、そりゃモチロン。次に風かなあ。水は、実はあんまりなのよネ。どーしても、それなら普通に氷を使っちゃうのヨ。水だと、むしろ余計な工程が入っちゃうっていうか』


 普通ならば氷属性よりも水属性の方が扱いやすいとされている。というより、氷属性は水属性と風属性を一定以上扱えないと使い難い上位属性だ。魔力の変換効率が雲泥の差になる。

 しかし、雪の精霊として生まれた彼女にとっては逆なのだろう。存外、理解してみると当然かもしれないとトールは思った。


「ところで、旦那さまは得意な魔法の属性とかあるのだろうか? 本人には少し聞き難い部分があって」

『あー、チョットわかる。そういうの聞いたら面倒くさそうにするもんネ。でもたぶん、ないと思うヨ』

「ない……?」

『ワタシだとわかんないダケかもネ。でもこれまで見てた感じ、どの属性も器用に使いこなしてたわヨ』

「………………」


 信じ難い話だが、聞いている限り真実なのだろう。トールとしても、「欠落」であれば有り得るのかもしれないと思えてしまうのだから。


 すべての属性を扱えるのは全ロール中、「勇者」だけである。「賢者」ですら闇属性は使えないのだ。ゆえに、稀少度合いでいえば「勇者」より上のロールがあっても、最高のロールは「勇者」だと世間では謳われている。

 また、魔王をはじめとした魔族たちも光属性を扱えない。トールが使えるのは彼女が「勇者」だからに他ならないのである。


 ただトールがそうであるように、実際は各種属性を使えるということと、得意であるということはイコールにならない。「勇者」であれ「賢者」であれ「魔法使い」であれ、個人によって得手不得手な属性が存在する。

 すべてを満遍なく使えるようにする者もいるにはいるが、器用貧乏になりがちなので、大抵は得意な属性を集中的に鍛える者ばかりである。そうすることで効率良くスキルレベルを上げられるからだ。

 不得手な属性は他の誰かが補えばいい。その考えの下、冒険者たちはパーティを組むのだし、魔族にしたって魔王軍という形で集団を作るのだ。


「……旦那さまは、一体どれほどの高みにいるのだろうな?」

『あー、ウーン……。言葉にし辛いワ。分かりやすい言葉で言うナラ、ヤッパ魔王級ってのが一番なんじゃナイ?』


 心を落ち着かせようとカップに口付ける。紅茶は仄かに温かいが、やはり温度が下がってしまっていた。普通なら嫌がるところだろうが、熱帯夜ということもあってむしろ嬉しいところだ。

 とろとろと眠気もようやく来たようなので、一気に飲み干す。


「ならば、私も鍛えなければならないな。旦那さまに見限られないためにも」

『心配しなくてもイイと思うケド』

「はは。それとこれは別問題だ。それでは旦那さまに甘えた形になってしまう。そんなこと、魔王様も許しはしまい」


 メサイアがトールを「欠落」に同行させたのにはきっと多くの意図がある。けれどもきっとその中に、彼に付いて行かせることで、自分を成長させるという意図があるはずだとトールは思っていた。


「もう飲み終えたか? 茶器は私が洗っておくから、エミリー殿も眠るといい。明日に備えてな」

『うーん、そうネ。そーするワ。明日はワタシたちも頑張りまショ』

「そうだな」


 エミリーも飲み干したようだ。彼女はまた空を飛んで自分のベッドへ戻る。トールは飲み終えた茶器を洗い、リュックに片付けておこうとし、どこにしまえばいいのかわからないのでテーブルの上に置いておくことにした。

 それから布団に入り、目を閉じる。


(負けない……今度こそ)


 脳裏に浮かんだのはピンクブロンドの髪をした「勇者」の姿。

 自身と同じく、「欠落」の背中を追う彼女。

〈スターバースト〉という不思議なスキルを用い、彼女は人間と魔族という種族の差を埋めた。その結果、自分は実質敗北したとトールは考えている。


(今度は勝つ)


 そのためにも、レベルを上げなくてはならない。

 レベルだけではない。剣捌きや判断の精度や速度も。

 固く決意し、明日に備えてトールも眠りに落ちることにした。

 エミリーとの会話か、それとも紅茶によるものなのか、今度はあっさりと眠ることに成功するのだった。


 温く、それでも優しい夜風がカーテンを揺らす。

 その隙間からは月が静かに見えていた。

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