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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と幼奴隷
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1-5 幕間

 深々と雪が降り続けていた。バルコニーから覗く景色は白く染まり、生物が動く音はまるで聞こえない。既に季節は春から夏に移ろうとしているのに、である。

 風はなく、雪はただただ真っ直ぐに降り積もる。気温は氷点下を下回って久しい。バルコニーからは見えないが、その真下では氷柱が何本も連なっており、それらは下手な剣より固いくらいだ。

 その場で彼女は深く息を吸う。しかし、肺を凍て付かせる絶対零度の風も、魔王の肺まで凍らせることはできなかった。


 氷の都の絶対者――「叡智の魔王」。


 蒼い瞳は空虚な色彩を閉じ込めており、さながら氷で彫刻された義眼のようだ。長いストレートヘアは黒色に見えるものの、光の加減によって本来は深い紫色だということがわかる。

 白く細い肩から鎖骨、胸元まで大きく開けた白色のドレスを身に纏い、彼女は数回深呼吸をして気分を切り換える。


「それで?」


 紡がれる言の葉は触れれば切れそうなほどに鋭く、そして壊れてしまいそうな雪の結晶にも似ていた。


「はっ。まだ『英雄』は見付かっておりません」

「そう」


 彼女の背後には一人の魔族がいた。

 闇を閉じ込めたかの如き漆黒の全身甲冑にワインレッドのマント、幅広の大剣を背にしており、絶対者たる彼女に忠誠を誓うように跪いたまま報告する。


 その間、「叡智」が彼へ振り返ることはない。彼女の瞳は何人も映さず、ただ己が望む世界だけを見つめていた。

 いや、それすらも望んでいないのか。

 人間は彼女のことを「叡智」という二つ名で呼ぶ。彼女に従う魔族たちは怒ったが、彼女が気にしていないということで黙認し、やがて彼女は「叡智」という名で行動することが多くなった。遠い昔の話である。なにせ、魔王の寿命は人間どころか魔族と比べてなお長いのだから。

 そもそも、寿命で死んだ魔王が過去に存在しないことから、寿命などないのかもしれないとさえいわれている。


 彼女は余程でなければ動くことはない。彼女の指示で部下である魔族が動くというだけのことだ。実際、彼女が生を受けて以来、この城から外に足を運んだことなど、例外を除けば一度としてないのである。

 ちなみに、その例外というのは他魔王との戦争だ。


 魔王たちは基本的にひとりひとつの大陸を支配しているが、これは乱立する魔王たちの争いによって自然とこういう形になっただけである。

 なので虎視眈々と他の魔王の支配する大陸を狙う魔王は当然存在する。そういった連中にとってみれば、魔王城から外に出ようとしない「叡智」の大陸は格好の餌だった。

 無論——外に出ないからといって、自分の支配する大陸を他所の魔王が蹂躙するのをよしとするわけではない。

 攻め込まれれば当然反撃に出る。徹底的に敵魔王軍を蹂躙するという戦争を繰り返し、やがて「叡智の魔王」は「強欲の魔王」に継ぐ実力者ということを世界に知らしめたのである。


「『英雄』があの『強欲』を倒したというのは……事実なのでしょうか?」

「…………」


 部下が信じられないといった風に彼女へ訊ねるが、予想通り返事はなかった。

 けれど、信じられない以前に、それが事実だということは彼自身がよくわかっている。


 魔王が死んだ瞬間に世界中へ放たれる魔力によって、誰も彼もが直感的に「強欲」の死を理解してしまったのだ。

 それが本当に事実かどうかは確認されていないが、あれからエルキア大陸で魔族が大規模な行動を取ったという話はない。「強欲」が生きているのならありえないことだ。あの男は「叡智」に対し「オレの妻になれ」と言い放つほどなのだから。


 そうして「強欲」と「叡智」は戦闘になった。魔王同士のみならず、配下である魔族すべてを総動員した戦争だ。


 半年にも及ぶ戦争を制したのは「叡智」だった。だが、半ば引き分けに近い形での終戦でもあった。

 そのうえ、戦争が起こったのはサルニア大陸での話。「叡智」のホームグラウンドであり、彼女のみならず配下の魔族たちにとっても有利な環境での戦争。


 ――それで、五分。


 「強欲」の強さ、恐ろしさは当時の戦争を生き抜いた者ならば誰でも知っている。「叡智」からして「二度と会いたくない男だ」と言わしめるほどだ。もちろんそれには上から目線で求婚されたという理由もあるが、実力が凄まじ過ぎたというのも十二分である。

 それほどまでに強力な魔王である「強欲」を、たかが人間である「英雄」が倒したという。

 眉唾どころか、あの魔力による理解がなければ誰も信じなかっただろう。「強欲」は生きていて、今は何か壮大な計画のために作戦準備をしているのだと主張する者だって少ない数存在するほど。

 しかし、男は個人的にそれはないと判断していた。「強欲」はあまりにも強過ぎるために作戦というものを重視しない魔王だったからだ。


 だからこそ、わからない。どうしてそんな魔王が人間風情に殺されたのか。

 ゆえに「叡智」のみならず、世界中の魔王が「英雄」を追っていた。どのような風体でどのような人間なのか。そして魔王を倒し得るほどの人間だというなら、なんとかして懐柔できやしないか、と。


「次……」

「え……」

「次の報告を」

「はっ! セパリア付近に例のドラゴンを配置させました。まだ討伐はされていないようですが、時間の問題かと思われます」

「そう……。餌に掛かれば良いのだけれど」


「強欲」が「英雄」に倒されて以来、魔王たちの間で「人間とは本当に下等種族なのだろうか」という疑問が生じた。

 人間が下等種族であることには違いない。しかし、その中には魔王を倒せるほどの能力を持つ者が生まれたのも事実だ。

「英雄」のロールは勇者である。ならばとりあえずは「勇者」を重視して調査してみるのが良い。あるいは「勇者」と並んで稀少ロールである「賢者」や「召喚士」などもだ。


「万一『英雄』が現れた場合――任せるわよ、トール?」

「勿論で御座います」


 トールと呼ばれた、魔族でありながら勇者のロールを所持する部下は深く頭を下げる。そして立ち上がり、再度一礼してからその場を去っていった。


「この雪が……いつか止めばよいのだけれど」


 最後に己が忠誠を向ける魔王がそう呟いたのは聞かなかったことにした。

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