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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」とドワーフと小悪魔
59/129

5-2

 新しい街に来てすることといえば娼館……じゃなかった、冒険者ギルドに寄ることである。今の俺には都合の良い道具おもちゃとしてトールがいるのだから、娼館に寄る必要はないのだ。


 冒険者ギルドに寄るのはいつも通りの理由もあるが、新しい大陸ともなると話が少し変わる。様々な、より多くの情報を仕入れなければならない。魔王関連もそうだが、それ以上に重要なのが動物の生態や植物の植生などなど。

 例えばだが、これまでは普通に食えたものが環境の変化で毒性を持つことだってある。一部の植物は高地という薄い酸素下で育つと毒性を持つということを、俺はこの身体で学習したことがあるのだ。

 アレはマジで死ぬかと思った。俺のスキルを貫通するほどの毒だったのだ。

 エルキア大陸は腐っても最強最悪の「強欲の魔王」が支配する大陸だったということもあって、普通の草花ですらそういった毒を持っているのである。

 そういった情報は住んでいる人間に聞くのが一番早い。


 というわけで冒険者ギルドへ向かおうかと思ったが、それはやめた。というのも、この街の構造が普通とは違っていたためだ。


 普通の街は円形をしており、重要な施設ほど中心部に、壊れてもまだマシなものを外部に据えた同心円状の構造をしている。冒険者ギルドなどは一番外である。冒険者たちは強い上に、街からすれば部外者なので心情的には理解できる話だ。頼れる肉壁という意味で。


 ところがハーシェルは少し違った。重要施設ほど守られているというのは同じなのだが、それが港部分なのである。つまりは半円状の形をしているのだ。

 そのため、俺たちが冒険者ギルドを目指そうと思うと、街の外側へと移動しなければならない。しかし、ハーシェルに船が着いたのはもう空が薄暗くなる頃。普通の街などと違って、ここは港がある。そのため、こちら側にも船乗りやそれに乗じる商人などが泊まれる宿が存在していたのだ。

 夜に土地勘のない街を歩くべきではないし、ひとまずは近場の宿に一泊するのが良いと判断した。幸いというべきか、宿は船上でやり取りした商人が紹介してくれたので、すぐに荷物を下ろすことができた。


 街並もそうだが、宿もまた大陸が変わればガラッと感じが変わる。

 サルニア大陸が「叡智」の影響で一年中冬の大陸だとすれば、アールグランド大陸は「剣舞」の影響で一年中夏の大陸なのだ。つまり非常に暑い。暑苦しい大陸なのである。俺みたいなクールな男には辛い。

 建物は窓が大きく取られていて、換気口も大きい。それで風の通り道を作っているのだろう。高級な宿であれば涼める魔具とかあるのかもしれないが、俺たちは普段現金をあまり持ち歩かないので、こういった宿に泊まらざるを得ない。今はモンスターの骨を売ったことで結構な金があるが、これは別のことに使う。


 吸水性が良く風通しの良い麻のシーツを敷いたベッドに腰掛け、全員を見回して告げる。


「明日の朝にはギルドに向かうぞ。メイ、一応確認しとけ。階級プレートはあるな?」

「は、はいです……」


 メイは首からアクセサリーのように下げたプレートを俺に見せる。よし。落とすと不安だから加工してもらって正解だったな。

 プレートは冒険者の希望により、多少はいじれるようになっている。大抵の冒険者はメイのようにアクセサリーとするか、ポーチへ大切にしまっておくかだ。鞄などの荷物に入れていた場合、万一盗られたりしたときに問題になるためである。メイはポーチから出すときやしまうときに落としそうだったから、アクセサリー状にさせていた。


「それよりも、ご主人様……さすがに、それはちょっと酷いと思うのです……」

「いえ、メイ殿。これは私が悪いことだから、旦那さまは正しいのだ。しかし、心配かけたようですまない」

「そ、そうです……?」

『ウーン、ワタシもどうかと思うケド……。トールがそれでいいってんなら、いいんじゃないノ?』


 いいもなにも、すべては俺の判断だ。勝手に騒ぐな愚か者どもめ。

 ちなみに、トールは現在床で土下座中である。また足置きとして俺はトールの頭を使っている。本当はその背に座ろうと思ったのだが、鎧だと座り心地が悪そうなのでやめた。

 昨日、頭からモンスターの血を浴びせられたことについて、まだ怒っているのである。一応ブーツを脱いで裸足になっているから、悪逆非道と言われる筋合いはない。舐めて綺麗にしろとか言わない分、むしろ俺は優し過ぎるくらいだと思う。そのうち言うかもしれないが。


「トール、おまえは視野が狭過ぎる。というより、連携が取れなさ過ぎる。周りが合わせられるならいいが、そうでない場面も多いんだぞ」

「はっ。その通りです。申し訳ありません」


 トールは強い。だが、強過ぎるということはない。

 レベルが約二〇〇の「勇者」でしかも魔族であることを考えれば、むしろ弱いとすらいえるだろう。彼女が標準的な意味で強いのは「勇者」というロールによるステータスとレベルゆえに、だ。

 剣技は確かに優れているが、これまで彼女の身に着けていた鎧の性能上、魔法をあまり使わないのも良くない。単純に剣だけを使うのであれば、「勇者」よりも「戦士」や「剣士」といったロールの方が上だ。

 他にも言いたいことは沢山あるけれど、仕方ない事情もあるのは理解しているので、一旦やめる。


「叡智」の魔王軍の状況は多少聞いている。

 メサイア率いる「叡智」の魔王軍は「強欲」との戦争でほぼ全滅し、強力だった者たちはほとんどいなくなってしまったのだという。それから時間の開きがあるとはいえ、今の最強格がトール程度というのは魔王軍として痛い状況だろう。メサイアが俺を配下として欲しがるのも当然といえた。


 ロールが違うから十把一絡げにはいえないが、「強欲」の魔王軍のリーダー格であった四天王はトールよりも一〇〇レベルは上だったろう。単純なレベルだけでいうなら、四天王たちは主人である「強欲」より上だったはずだが、トールはその単純なレベルの話でさえ「強欲」やメサイアよりも下なのである。種族ステータスが下なのにレベルも低くてどうするという話だ。


 そんな状況だったからか、トールは遮二無二自分のレベルを上げることに執心した。その結果、周りの行動を気にせず単身で戦場を駆け回る漆黒の「勇者」が誕生したのだ。

 これまではそれでも良かったかもしれないが、これからはそうもいかない。迷惑が俺に掛かってくるからだ。


「なので、明日からはとにかくおまえらのレベルを上げるために訓練だ」


 じろり、と視線をメイとエミリーにも向ける。


「えっ? メイたちもです!?」

『まっ、チョッ、待ってヨ! ワタシたちも!?』

「当たり前だろ。おまえらが三人固まって行動することの方が多いんだから」


 俺一人だけなら新しい大陸に来ても平気で行動できる。むしろ俺が行動できない大陸とかあるのだろうか。強いていうなら東の果てにある龍皇国くらいだろう。

 しかし、この三人はそうではない。なので時間も取られて非常に癪ではあるが、三人のレベル上げをしなくては。

 本当なら放り捨ててやりたいところだが、メイは冒険者資格の持ち主兼雑用兼玩具として必要だし、エミリーはメイの護衛兼悪巧み要員かつ〈精霊通信〉での念話が役に立つ。トールはメサイアとの協力の象徴であり、彼女がメイたちに付くことで俺の単独行動を可能とさせる点で有用である。あと俺の欲望のはけ口として重要。それでも娼館には行くが。アマチュアの相手をすることで、さらにプロの技量の高さに感銘を受けるという意味でトールは非常に有能だ。うむ、苦しゅうない。


 まあともあれ、結局はパーティを組む上での利点から彼女たちを放ることはできないのだ。以前のように「強欲」を倒すだけの旅ならばそれでも良かったが、悪魔との契約を解除するアイテムを探す旅となると長丁場になる。そうなると危険の数も増えるし、アクシデントもこれまで以上に考慮に入れないといけない。だからこそ、俺はメイという奴隷を購入することに踏み切ったのだった。


 問題は俺のレベルからすると、同行者は確実にお荷物になるということ。なので、俺と彼女たちとのレベル差をできる限り小さくしなくてはならない。俺のレベルも今後下がることになるだろうが、そういう意味でレベル差を埋めるのはちょっと消極的に過ぎるだろう。


「明日は朝一でトールの冒険者登録だな。それから適当なクエストを受けて、ここの冒険者ギルドに『白無垢』の名前を植え付ける。で、同時におまえらのレベル上げだ」

「私を冒険者登録ですか? ですが、私のステータスでは……」


 トールの疑念は理解できる。

 教会でステータスを記した書類をもらうためには、〈情報開示〉を受ける必要がある。そうすると自分が魔族であるとバレてしまうため、拒否したいのだろう。


「考えが足りないぞ。なら、なんでメイが冒険者登録できてると思ってんだ?」

「え、あ……たしかに」


 トールが顔を上げ、メイを見る。既に彼女が魔族であり、ドッペルゲンガーという種族だということは教えていた。しかし、トールが顔を上げたおかげで足が持ち上がって変な体勢になった。なので、軽く踵落としを喰らわせてもう一度頭を下げさせた。


「問題ない。そういうわけで、悪魔を呼ぶ」


 そう告げると、またトールは反射的に頭を上げた。


「悪魔……!? それは、いけません旦那さま! 連中は魔王様たちに恭順をせず、自分勝手に行動するならず者どもです! 精霊のように悪辣で、尚且つ、ただの魔族では抗えないほどの力を振るう者たちですよ!?」

『精霊がここにいるんだケドネ……』

「言われても仕方ないだろ」


 エミリーは諦めたような乾いた笑みを浮かべていた。実際、精霊たちの性格が俺たちから見て悪辣なのは間違いない。嘆息しつつ、トールの疑念を払うことにする。


「問題ない。前から付き合いのあるやつだしな。な、メイ?」

「はい! 悪魔さんは良い人なのです!」

『良い悪魔とか存在が間違ってると思うわヨ?』


 たしかに。けど、名前がそうというだけで、別段悪魔だからといって性格が悪辣かというとそうでもない気がする。いや、あの悪魔は悪辣だと思うけど。

 そもそも、あの悪魔の話を信じるならば、悪魔とは契約を遵守する者たちだ。契約のレートなどについてこちらに説明したりしないし、自分たちが利すればいいので、こちらがアホならカモられる。

 だが、俺と契約しているあの悪魔は何を考えているのかは知らないが、俺と細く長い取引をしたいという。実際にこれまでの契約でも真摯だったように思う。

 だからこそメイは信用しているし、俺もあいつを信用しているのだ。信頼まではできないが、敵とはとても言えない相手であることは間違いないだろう。


 メイの冒険者登録の際の書類は現金がなかったため、モンスターの素材で代用した。その場合は買い叩かれるために大量の素材を必要としたが、今回はそれなりの現金を持っているし、こんなこともあろうかとメサイアに頼んで少ないながらも魔具を持っている。おそらく足りるだろう。それも踏まえた上で、俺はトールにあの鳥どもを大量に殺させたのだ。識字率とか知ったこっちゃねーわ。


「ま、文句は聞かない。そういうわけだ」


 俺は悪魔との取引で修得していたスキルを用い、悪魔を召喚する。


「御呼びですか、『欠落』様。……おや、見知らぬ者が増えているようですね」


 キシキシと嗤い、悪魔がトールを眺める。今回は妙齢な女性の姿だ。褐色の肌には無数の刺青が入っていて顔半分くらいが火傷で爛れているが、気にしないことにしておく。以前に訊ねたら気分だと答えられたし、今回も同様だろう。


「悪魔さん! お久しぶりなのです!」

「はい、お久しぶりですメイ嬢。相変わらず健やかな様子ですね。エミリー嬢はいかがですか?」

『アンタ! この呪い早く解きなさいヨ!』

「それはできません。いつ『欠落』様の情報を流すかわかりませんので」

『マスターの力はわかってんだから、そんな馬鹿なマネしないわヨ!』

「うっかり、ということがございます。別段、それ以外に困ったことはないでしょう?」

『精霊的に、呪いが掛かってるってのが問題なのヨ!!」

「とはいいましても、それはできません。『欠落』様からも一言どうぞお願いします」


 ん? そこで俺に振るのか?


「エミリー、お口チャックだ。さもないと揚げて食うぞ、メイが」

「メイがです!?」

『猟奇的過ぎる!?』


 無事黙らせることに成功したので、悪魔にトールについての話をすることにした。

 一つ話せば十くらい理解してくれるので、話が早い。


「ふむ。なるほど、それは構いませんが――以前も申し上げた通り、教会の書類を偽装するのはそれなりに高額ですよ?」

「これで足りると思うんだが、一応見てくれ」


 メイに指示してリュックから硬貨の詰まった袋を出させた。普段使いのものと違い、悪魔との契約に使う用の金を貯めたものだ。中身は大白金貨に白金貨、大金貨といった高額貨幣ばかりが詰め込まれている。


 貨幣はだいたい一〇〇枚でひとつ上の硬貨へ変わる。金貨一〇〇枚で白金貨一枚分だ。ただそれでは嵩張るので、大硬貨が存在する。これは五〇枚分の価値だ。大金貨二枚で白金貨一枚分になるということ。

 とはいえ大陸毎に変化する相場は小さく変化するし、そもそも貨幣自体各大陸で違うので、頭からそうだと決め掛かるのはマズい。貨幣を発行しているのは魔王なのである。つまり魔王が望めば白金貨が大量に出回って価格破壊が起こることだって有り得るのだ。

 余談だが、基本的に金は隣り合う大陸の分はギルド関係で換金できる。


 俺はメイを「白無垢」として二つ名が付けられる程度には冒険者として行動した。またそれ以外にも、色々なモンスターの素材や採集したアイテムなども売っている。それで結構な金が貯まっているのだ。貯まる端から高額のものに換金して荷を小さくしている。


「ふむふむ……まだ足りませんねえ」

「げっ」

「足りない場合は、わかっていますね? 私と契約しているのは貴方ですよ、『欠落』様」


 キシキシと、綺麗な並びの白い歯を剥き出しにして悪魔は嗤う。手を振り、理解していると伝えた。

 この悪魔と契約しているのは俺だ。そのため、いざというときに身や魂を切り売りするのは俺の役目である。メイが奴隷だから俺の代わりとか、そういうことは悪魔には一切通用しないのだ。

 そも、悪魔の基準からいくと、たぶん奴隷とか渡されてもむしろ困るくらいなので、素材と同じく安く買い叩かれることだろう。それならまだ俺の指とかを差し出した方がマシである。


 そして一度呼び出して依頼をしてしまった以上、キャンセルは利かない。簡単にポンポン呼び出して何もなく帰されるなど、悪魔として沽券に関わるからだろう。召喚したからにはそれに足る契約か、それに準ずる何かが確実に必要となるのである。


「そんじゃ、これでどうだ?」

「それは……なるほど。これはメサイア様のお手製と見てよろしいですね?」

「何故、わかる?」


 俺でなく、トールが悪魔を射殺しそうな目で睨んだ。また踵落としを喰らわして黙らせる。


「躾のなっていない下僕ですね。どうなさられたのです、『欠落』様。調教が足りていないのでは?」

「レンタル下僕だからな。メサイアへの忠誠心を一部俺に譲ってるだけだ。仕方ない」

「なるほど。そういうことでしたか」


 トールが何やら反論したそうにしていたが、足に力を入れて頭を下げさせ続けているのでどうしようもない様子だ。メイとエミリーはいつトールが爆発するかとあたふたしている。爆発したらしたでメサイアに魔具を利用して通信し、改めてトールを窘めてもらえばいいので、俺としてはそれはそれでなのだが。使用回数制限はあるが、それで彼女が俺の言うことをきちんと聞くようになるのであれば安いものだろう。


 メイは奴隷として買った。だから俺には逆らえない。

 しかし、エミリーとトールは違う。別に俺が縛っているわけではないので、彼女たちはいつ俺から離れてもペナルティなど存在しないのだ。ゆえに俺は離れて行くのを止める権利がないが、かといって止めるつもりもない。

 あくまでもスタンスとしては「勝手にこいつらが付いて来た」を崩さないでおく。期待しなければ裏切られることもないのだよ。

 ただ同行する以上は俺の指示に確実に従ってもらわねば困るので、躾はしているけれども。

 いざというときに切り捨てる順位でいうと、エミリー、トール、メイだ。これを勘違いしては困ったことになりそうなので、改めて自分の頭に刻み込んでおく。そういう風に接さなくては。


「『精霊玉』ですね。これはレプリカのようですが、本物と大差ないようです。さすがは『叡智の魔王』といえるでしょう」


 悪魔が小さな球状の水晶を矯めつ眇めつして感嘆の息を吐く。それに機嫌を良くしたのか、トールの反抗心が少し治まったようだった。


 この魔具――「精霊玉」――は周囲にいる妖精や精霊を呼び寄せ、協力させるという力を持つ。一時的に最低ランクの「精霊使い」のロールを所持している状況になるのだ。

 もっとも、俺たちにとっては無用の長物である。だって普通に精霊のエミリーがいる。彼女の呼び掛けであれば妖精や精霊は協力してくれる可能性が高いためだ。

 それにもともと、精霊玉があったところで協力してくれるかどうかは別の話なのである。精霊たちの気を引きやすくなるというだけの魔具でしかないというのが俺の結論だった。そんな中途半端なものに頼ってられるか。それなら自分の〈精霊召喚〉のスキルを使った方がマシである。本物の精霊ではないが、俺の魔力で作っただけあって忠実だからな。


「了解しました。これにて契約は成立とさせて頂きます」


 硬貨の詰まった袋と精霊玉を懐に入れたかと思うと、今度はそこから一枚の書類を悪魔は取り出した。メイのときと同じく、トールのステータス偽装書類だ。


「トール・テンペスト。『勇者』ロール。レベル一九八。種族人間……二つ名の記載がないな」

「おっと、失念しておりました。失礼しました。では、こちらを」


 言って、俺から書類を受け取った後、また新たな書類を差し出してくる。そちらにはきちんと「暴風の勇者」と記載されていた。「勇者」は他のロールと違い、初めから二つ名を持つのでその記載が必要なのだ。


「今の、俺が指摘しないと困ったことになったんじゃないのか?」

「……そうですね。大変失礼致しました――ので、代わりに、ここは無償でレベルアップの儀式を行うということで如何でしょう?」


 何だ? おかしいな。こんなミスをこの悪魔がするだろうか?

 何か裏がありそうだが、反射的に指摘してしまった今では遅い。まるで釣り針に掛かった魚のような気分だが、悪魔に俺をどうこうする意思はないと、これまでのことから判断する。受け入れてもいいだろう。


「…………そうだな。頼む」

「畏まりました。……『欠落』様はこちらの意図を汲んで頂けるので、非常に助かりますね」


 フッ、と悪魔は溜め息を吐いて苦笑する。

 正直悪魔の意図は読めていなかったのだが、あからさまに表情に出したヒントもあれば、答えには辿り着けた。悪魔も人間と同じく、感情のある生き物という枠からは抜け出せていないらしい。


「え、と……どういうことです?」


 メイがわかってなさそうに訊ねたが、悪魔の方からは答えられないのだろう。俺が代わりに答えることにする。


「あんまりサービスし過ぎるのも良くないってことさ」

「他者の足を引っ張るのが得意なのは、悪魔も魔族も人間も、変わりませんから。私はこれでも有名で高等な大悪魔と呼ばれる類なのですよ。なので、色々と留意しなければならないことが多々あるのです」


 前回呼び出したとき、悪魔は氷のバラを手に入れられなかった。なのに一目見て満足したからとして、一時的であるとはいっても俺のレベルを上げた。それが問題になったのだろう。これは他者から見れば、一方的に悪魔が俺に協力したと判断してもおかしくない。どうもそれに関して色々あったようだ。


「『欠落』様は娯楽対象として注目されていますからね。私も余りに肩を寄せ過ぎると良くないのですよ」

「勝手に娯楽にされても困るんだけどな」

「そこは有名税というやつですね。観念するしかありません」


 なるほど。トールが悪魔を精霊ほど悪辣と言うわけだ。人のプライバシーを一方的に侵害しておいてよくもフェアプレーの精神を押し付けるものだ。

 ……勿論、これが悪魔のブラフであるという可能性もある。でっちあげの話をすることで、俺が悪魔へ同情したりすることを誘導しているということ。こいつは信用できるが、信頼はできないのだから、そこは気を付けておかねばならない。あくまでも利用できる相手、という枠から外に出させてはならないのだ。悪魔だけにな。うまい!


「そういうわけなので、レベルアップをさせて頂きます」


 言って、悪魔は指を弾く。


「さてさて、どうなったかな」


 悪魔の行うレベルアップは教会のそれと違って一瞬で終わるので、個人的には気に入っている。金銭的なやり取りが発生するのが問題だが、あいつらと違ってこっちの呪いを無理矢理解こうとしないのはだいぶだいぶマシだ。気分が違う。


 義眼の魔具に内包されているスキルを行使し、自分と他の連中のレベルを確認する。

 俺のレベルは三三〇に上がっていた。たぶん魔王城で二ヶ月もの間トールたちの相手をしていたのと、メサイアと戦ったことで経験値が溜まっていたのだろう。既に一度通過したレベルであるため、スキルなどの獲得は起こらない。


 メイのレベルは一三一に、エミリーは一五〇になっていた。そしてトールは二〇一までレベルアップしている。彼女はソフィアたちと戦ったようだったから、それで経験値を獲得したようだ。


「トールの書類のレベルはどうする?」

「そのままでいいのではないですか? それとも、新しくしますか? 別に、構いませんが。それは無償で行います。今回の儀式は私の落ち度によるもの……ということなので」


 なるほど。そういう形になるわけね。


「…………いや、いいかな。この辺りだと能力的にはあまり違いがわからないだろうし、下手に二〇〇レベルを超えてるからといって注目されたくもない」


 一九八でも十分注目されるレベルではあるが、二〇〇との間には才能限界の壁がある。ここで行き詰まる冒険者だって多く存在するのだ。勿論、ここまでレベルを上げられない冒険者の方が圧倒的多数ではあるのだけれど。

 トールは自分が今レベルアップしたことに驚いている様子だ。彼女の常識からすれば、教会以外でレベルアップするというのが信じられないのだろう。静かでいる分には困らないので、特に何も言わないが。


「それでは、本日はこの辺りで失礼致します。ですが……」

「ん?」


 珍しいな。普段は用事が終わればすぐに帰るのに。


「ひょっとすると、近日中にまたお会いすることになるやもしれません」

「どういうことだ? そっちから来るってことだよな?」

「ええ……。私の親族でひとり厄介な者がいるのですよ。私の方で身の程を理解させても良いのですが、それでは意味がありません。私に抗える悪魔の方が少ないですから」


 なるほど。力がある者に屈服させられたからといって、その人物が弱い証明にはならないということか。精神的な話だから悪魔も困っているのだろう。

 というか、薄々勘付いてはいたけれど、この悪魔はやっぱり悪魔の中でも大分上の方の悪魔なんだな。バレてもいい情報だからあっさりバラしたのだと思うが。


「首輪と鎖は勿論付けますので、『欠落』様に躾を任せたいと思っております。まだどうなるかは未定なのですが」

「ええ? 面倒過ぎる……」


 こっちだって、まだトールをきちんと従えさせられてはいないのだ。

 彼女はメサイアへの忠誠心から俺に反抗していないだけで、俺個人への忠誠心は然程でもないだろう。こうやって足を頭に置いたり、彼女の身体を弄ったりすることで、どこまで反抗しないかを確かめている最中なのである。それで上限を理解できたら飴をやって、メサイアとの関係もなく俺個人への忠誠心を植え付ける予定なのだ。それが終わってないというのにもう一人追加とか、勘弁して欲しい。


「用がない時は呼び出さないで結構です。一応悪魔の血は流れているので、『欠落』様の事情に応じて召喚し、従わせて頂ければという程度なので」

「なるほど。俺より強い可能性は?」

「くふふ、面白いことを仰りますね。ご自分でも理解していらっしゃるのでしょう?」


 まあ、そうね。俺より上ってことはないだろうね。でなければ、俺にこんな話を持ってくることはないだろうし。

 しかし、それは俺だけに限った話。メイたちだとまた話は変わるのだ。


「下手すると殺すかもしれないが、それでもいいなら」


 優先順位で俺はその存在をどこに置けばいいのかという話。個人的には、これまでの付き合いもあるので、メイたちを優先したい。多少なりとはいえ情もあるのだ。もしいざとなった場合、俺はソイツをこの手で殺す可能性だってあるだろう。

 だから、事前に確認を取っておく。それで契約違反とか言われても困るからだ。


「構いませんよ。弱ければ死ぬというのは、我々でも共通の不文律でございます。正味な話、アレが死んだところで私には何の痛痒もございません。ただ、私が養っている以上は身の程を理解し、融通の利く脳みそを獲得して欲しいと願うばかりなのです。死んでも困らないとはいえ、積極的に死ねばいいとまでは思っていませんので」


 む、それは非常に理解できる。この悪魔もこれでなかなか苦労人らしい。ちょっと親近感が沸いてしまった。


「馬鹿は困るよな……」

「まったくです……」


 ちらりと三バカに視線を向けながら口にする。メイは両手を頭にやって俯き、トールは普通に落ち込み、エミリーは窓の外を見て口笛を吹いていた……いや、吹けてないわ。口でピーピー言ってるだけだわ。


 馬鹿で困るといえば、思い出すのも憎らしいあの駄剣。ソフィアに押し付けて来たが、やはり折っておくべきだっただろうか。

 四宝剣の一振りで聖剣だなんだとご大層なこと言っていたが、かつて「英雄」だった俺が振るっていた剣には届かなかったあの駄剣。

 奇跡を起こして俺の左腕を復活させたのは良かった。けど、あれからしばらく魔力の回復速度が落ち込んでしまったのだ。〈回復速度上昇(極上)〉も一時的に封印状態になっていたし。

 どう考えてもあの駄剣が原因だろう。ソフィアに押し付けといて良かったとは思うが、へし折っておくべきだったという思いもまだ抜けない。

 ……まあいいや。あんな駄剣のこととか考えるだけ無駄だわ。

 魔力回復速度が落ちたり〈回復速度上昇〉と引き換えに左腕を使えるのはアリだが、それでもあの剣を握るのを考えたらまだ普通の剣のがいいわ。俺、十分強いし。


 頭を振って思考を元に戻す。その動きで足が動いてトールをペチンってやったけど、まあいいや。なんか潤んだ目でこっちを見ているが気にしない。靴先、金属板仕込んでて硬いからね。


「ま、そういうことなら。……おまえのことだから、出て来るタイミングは見計らってくれるんだろう?」

「ええ。『欠落』様にはできるだけ迷惑の掛からないタイミングで顔合わせをさせたいと思っております」


 それなら問題はない。考えようによっては、あまり魔力を消費せずに召喚できる存在が増えたと判断できるだろう。俺がソレを必要とする場面があるかどうかは別だが。


「本日は非常に良い契約が交わせ、大変有意義なお時間でした。それでは」


 言って、悪魔は丁寧にお辞儀をしてから姿を消す。途端、気を取り直したトールがやおら立ち上がって問い掛けてきた。


「旦那さま、あの悪魔は一体――」

「どうどう、落ち着け」

「ひ、ぁ、ぅ……」


 散々弄って理解した。トールは首筋から耳に掛けてのラインに弱い。そこを軽くなぞった後に口の中に指を二本捩じ込むと、どんな状況でも黙り込む。指先を舌がなぞってくる感触に背筋がぞくぞくするが、それはおくびにも出さないよう心掛けた。

 なんて偉いんだ俺は……自分で自分が恐ろしい……普通なら我慢できないで襲い掛かるところだぞ。メイが寝るまでは我慢しよう。


「あの悪魔について文句言うな。これだけ言っても聞かないようなら、おまえはもう要らない。メサイアの下にでも戻るといい」


 指を口から外しながら、そう告げる。指に付いた唾液はエミリーの魔法で、液体だけを凍らせて砕いた。俺の指にはダメージの入らないようにした精緻な魔力制御だ。だが、それをやった本人が驚いている。どうも一気にレベルアップしたことで、魔法の威力などが上がっているのに感覚が追いついていないようだった。

 いや、俺の指まで凍らせたら折檻だったけどな? 雪の精霊であるエミリーが氷付けになったらどんな気持ちになるんだろうな。


「――ッ! り、了解しました」


 トールはぶるりと身体を震わせ、俯いたままそう応えた。

 彼女にとってメサイアへの忠誠は絶対だ。そしてメサイアがトールへ俺に同行するよう指示を出したのだから、それが駄目になるというのは彼女にとって、メサイアからの信頼を裏切るようなものなのだろう。その恐怖は並大抵のものではないはず。


 魔族たちは魔王の支配下に加わることにより、その能力を伸ばす。

 ちなみに魔王軍に属するからこその魔族である。じゃあそうじゃないのは何なの、という疑問が出てくるわけだが、そこは全部引っ括めて亜人の括りになる。

 閑話休題。


 魔王たちは自分の配下を強化するという固有スキルを持つ。反面、支配下に加わった魔族たちは自分たちが忠誠を誓う魔王に対して反抗することができなくなる。ただし、そのスキルはあくまでも魔族の側から忠誠を誓わなければ発揮しないパッシブスキルであるというのが、魔王としての悩みどころといえるだろう。


 そのスキルによる強化はステータスへの補正と、才能限界の引き上げだ。レベル自体を上昇させる能力はない。ただし、配下の魔族がレベルアップすればするほど、その恩恵は大きくなる。メサイアが俺を取り込んで配下たちを一気にレベルアップさせたいと狙った理由の一端でもあった。


 また、スキル以外に配下側からの本心による忠誠心が強ければ強いほど、ステータス補正はより強力なものとなる。トールがサキュバスという種族であるにも関わらず筋力が高いのは、決して「勇者」であるからだけではないのである。まあそれにしても、約二〇〇レベルの「勇者」にしては低いのだが。魔力はその分高いから問題ないといえばないか。だからこそトールには魔法をきちんと使えるようにさせないと。


「それじゃ、寝るぞ」


 言って、メイたちをベッドに行かせる。それを確認してから、俺は部屋の照明になっている量産型の魔具のスイッチを切るのだった。

 そしてメイが寝入ったのを確認し、トールを起こして夜の訓練を開始するのであった。

 いやー、辛いわ。自分の手下を強化するために寝不足まったなしだわ。俺、マジ「勇者」。

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