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本日二話掲載です。
プロローグもありますので、そちらからご覧下さい。
ピルルルルル、と高い鳥の鳴き声が海上に響く。それは群れのリーダーが発するもので、それに合わせて子分たちはリーダーの指示通り動き回る。
広がれば空を覆い隠すのではないかと思えるほどの数を誇る連中が一個の生き物のように動く様は見ていて壮観だ——それがモンスターでなければ、だが。
現在、俺たちは船上にいる。つまり逃げ場などない。そんなところに空から急襲をしかける鳥型モンスターの統率された群れ。
普通なら慌てふためくところだが、俺には関係のない話。
「へえ。なるほどね」
商人の話に頷く。
そんな風にこんなものが役立つのか。なるほど、それで中々高価なわけね。思ったより実入りが良さそうだぞ。棚からぼたもちだな。
「そういうわけだから……トール! もうちょっと仕留めてくれていいぞ! けど逃げられたら困るから、リーダーは後まで待て。逃げようとしたら仕留めていい」
「わかりました!」
トールへ向けて大声を放ち、同時にエミリーへは念話で連絡する。
(エミリーは補助だ。トールの移動に合わせて氷で足場を作れ)
『簡単に言うケド、結構難しいのヨ!?』
(知らん。丁度いい訓練にもなるだろ)
(頑張ってくださいです、エミリーさんっ)
メイが頭の上に腰掛けているエミリーに声援を送り、エミリーは息を吸い込んで魔法を連続で行使する。
海原を駆けるガレオン船の上空では、トールがエミリーの作り出した足場を利用して飛び回り、宙空を舞う鳥のモンスターたちを切り捨てては船上に次々と落としていく。そのせいで文字通り血の雨が振り続けているわけで、甲板は鉄臭く、そして醜い。
なので高貴な存在である俺は避難しているわけだが、話している商人を除いて手の空いている者たちは血の雨を浴びながらもきゃっきゃとはしゃいでいる。理由は単純。そのモンスターを俺のところへ持ってくれば、多少だが報酬を払ってやると言ったからだ。現金なものである。
金の亡者どもめが、と甲板を走り回る連中を尻目に、俺は目の前の商人と交渉している。その内容というのは、現在トールたちが戦っているモンスターの骨などの買い取り価格だ。
普通はモンスターの素材というのは専門の店でないと売ることはできない。その専門というのが冒険者ギルドと提携を組んでいる商店だ。その実は商売者ギルドとの協定の商店でもある。ただ、現在は海上ということもあって治外法権扱い。ゆえに問題ない。勝手にその素材に毒性があって死んだとしても、自己責任でという話に収まるのである。
後ろめたい話なのでこれまではこういったことをしてこなかったが、ここ最近メイは予想外にも「白無垢」として名が売れているし、彼女が俺の奴隷であるということも広く知られている。そのため、悪い部分は主人の俺が受けることにより、冒険者としての活動にはまるで影響を及ぼさないと判断したのだ。二つ名を付けられるほどの冒険者なら、ギルドでもそう簡単に放り出したり罰したりできないだろうという黒い理由もある。
鳥は空を飛ぶため、とにかく体重を減らそうとする。糞を頻繁に落とすのもそれが理由だ。そのため骨も軽く、強度は非常に低い。部位によっては子供の手でも余裕で折れるだろう。モンスターの場合はもう少し固いが、それでもやはり脆いことに変わりはない。
そういった理由もあって、基本的に鳥型モンスターの骨はあまり高く売れない。装備に用いたところでかなり弱いからだ。そのうえに折れれば先が鋭く、むしろ余計な怪我をしかねない。
それが俺の常識だったのだが、目の前の商人はそれを高額で買い取るという。気になって理由を訊ねたところ、こういった骨はペンの素材になるのだそうだ。
貴族であれば上等な羽根ペンを欲しがるのが一般的。羽根が豪華であればあるほど良いものだとされている。ゆえに鳥型モンスターで確保すべきなのは汚れや破損のない綺麗で大きな羽根であるとされている。
なのだが、新しいペンが最近作られたようだ。それがこの骨ペンである。
普通の鳥の骨では折れてしまうため、鳥のモンスターの骨でないと作れないというところに惹かれるらしい。俺には理解できないが、まあ貴族には見栄というものが確実に必要であるため、仕方ないのだろう。より上位の貴族であればあるほど、そういったところに金を掛けていないと周りに舐められるのである。一度舐められてしまえば最後、噂話によってそれは事実とされてしまうのだ。無根拠でもそうなるというのだから、貴族界隈は伏魔殿という話の信憑性を裏付ける。少なくとも、俺には貴族をやる自信がない。
それだけなら「俺にはよくわからない話だなあ」で終わるのだが、この骨ペンは意外と実用性もあるのだとか。
先に述べたように、鳥の骨は中が空洞になっている。なので、そこに先んじてインクを注入しておくのだ。そうすることにより、羽根ペンのようにペン先をインクに浸けるという過程を無視してスラスラ文字を書き続けることが可能になる。
貴族たちは日々処理しなければならない書類も多く手紙も多々書かなくてはならないらしいから、その微妙な手間を省ける骨ペンというのは画期的な発明品なのだとか。
一方で、俺はまた別のところに目を付けた。
この骨ペンが貴族たちに広まれば、そこから低い身分の者へも広まるかもしれないということ。
普通の羽根ペンと違って、骨ペンは中にインクを注入した状態で売りに出すという。つまりは消耗品だということだ。そしてインク壷より遥かに消耗サイクルが早い。ゆえに値段も多少安価になるわけだ。
また骨ペンも普及すれば羽根ペンと同様にランク分けされていくことは想像に難くない。貴族は見栄を張る生き物だからだ。つまりグレードの高いものから低いものまで生まれる。所詮見栄えを変えるだけで製造工程はほとんど変わらないのだとすれば、グレードの最も低いものはより安価になる。よって低い身分でも買えるようになるよ、やったね! てこと。
これは識字率の向上に繋がると俺はピンと来た。俺の灰色の脳細胞が唸った。
識字率が向上すれば、全体的に人々の知識量も増える。そうすれば、少しくらいは死亡率も下がるだろうという判断だ。
問題があるとすれば、ペンだけでなく紙も安価で普及するようにしなければならないというところなんだけど、まあそこは知らん。なんで俺がそこまでやらにゃならんという話。ちょっとしたことで識字率を上げたり死亡率を下げたりできるなら一汗掻いてもいいが、そこまでやるなら一汗どころじゃないのでやる気にはならない。
ちょっとだけ手助けしておく、くらいがいいはず。紙の件は誰かに任せよう。それで本当に識字率が向上したなら、俺は諸手を振って「俺のおかげだ」と言えるわけだ。イイネ!
これは余談だが、このモンスターの肉は船全体の食材として提供する予定である。モンスターの肉が嫌だというなら食べなければよろしい。ただ、これを食うというのであれば、その食費は軽減されるであろう。
この話をしたとき、あまり嫌がる者はいなかった。どうもモンスターの肉を食べないようにと言い回っているのは教会であるようなので、影響の少ない者というのも確実に存在するようだった。
教会がそう言いふらしているのは悪意からではない。中には肉に毒素を含むモンスターもいるためで、無用の被害を広げないための宣伝だろう。初めからモンスターの肉を食べようとしないのであれば、毒肉を喰らう者も生まれないのである。
まあ単純にモンスターの肉は筋張ったものが多いから、食用に適さないという理由もあるのかもしれないが。
「海鳥のモンスターの骨は非常に貴重ですからね。これは売れますよぉ」
「ふうん。ま、これだけの量だから、相場より高くても十分利益は出るだろ?」
「勿論です!」
商店で売るより高く商人が買い取ることで俺は得をする。商人は珍しい海鳥のモンスターの素材を大量に得ることで、コネを作れる。完璧な取引だった。特に俺が働いていないというのが大きい。
骨ペン自体は鳥型モンスターの骨を使えばできるが、海鳥のモンスターの骨となると珍しいので、まあ貴族用として欲しがっているんだろうな。
「いや、それにしても……」
トールは非常に役立つな。だって俺、働かなくていいんだぜ。つまり不労所得だ。俺がやれば早いが、働かなくていいという甘い誘惑にはさすがの〈状態異常耐性〉も働かなかった。
少し扉を開けて空を見上げると、中々のスピードで空を自由に駆け回っている。太陽の光を反射するように剣閃が輝き、直後に血の雨と一緒にモンスターの死骸が船上に降ってくる。
さすがは「勇者」の約二〇〇レベル。普段から訓練している成果だろう、剣技は十分過ぎるほどだ。あとは単純にレベルを上げるだけでいい。
トールを仲間に引き入れたことによって、俺はかなり行動の自由を得た。メイとエミリーのコンビではイマイチ戦力的に信用できず、あまり放置できなかったのだが、トールを加えることである程度危険なことでもこなせるようになったはずだ。そうなれば、同時に俺も別行動を取ることができる。これは旅において重要なアドバンテージといえる。
また俺の実力が突出しているため、メイやエミリーは正直お荷物な部分もあった。それもトールと組ませるのであれば十分以上の活躍を見せるはずだ。普通に考えて、「勇者」と「魔法使い」に「魔術師」というロールの組み合わせは優秀なのだから。たいていの状況は乗り切れるはず。
「……ん?」
「……おっ。あと一日くらいですね」
肌に触れる風の感触が変わる。ある一点を越えた段階からいきなり温度が上がった。これはある事実が関係している。
そのことを知っている者は慌てていないが、知らない者は突然の事態に慌てていた。
「旦那さま! ご無事ですかっ!?」
「問題あるわけねーだろ」
トールは慌てて俺の前に着地し、心配してくる。が、気温が変わったくらいでどうこうするわけない。風邪だって引かないぞ。最後に引いた記憶は……いつだろう?
「しかし、この急激な気温の変化……。何者かの仕業では!?」
「ある意味では合ってるけどな。これはアールグランド大陸……つまりは『剣舞の魔王』が支配する地域に入ったってことだよ」
俺は「暴食の魔王」が支配する最西のジェノバ大陸出身で、それから「強欲」のエルキア大陸、「叡智」のサルニア大陸と渡って来たので知っている。
各魔王は無自覚に、その魔力によって自分の支配する大陸を覆っている。そのため、各大陸はそれぞれ支配する魔王によって、環境的に特色を持っていた。わかりやすいのがサルニア大陸だろう。「叡智」の魔力により、あの大陸は全体的に気温が低い。魔王城に近付くにつれて急激に気温は落ち込み、魔王城周辺は一年中雪が降り続けるほどだ。つまり一年中冬の大陸がサルニア大陸なのだ。
それとは逆に気温が劇的に変化したということは、「叡智」の支配領域から脱したという証明になる。とはいえここまでの変化は急過ぎる。普通なら「叡智」の支配を抜けて気温がちょっと上がるくらいの変化であるはずだ。そのはずが異様なくらい気温が上昇した。ということはつまり、アールグランド大陸を支配する「剣舞」の支配領域に入ったということを意味する。
この二大陸は割と近い距離にあるのでこういった現象が起こるのだろう。そもそも、冒険者でもない一般人たちが船で交易できるのだから、ある程度は近くないと無理だろう。
「ああ、そういうことなのですか。さすがは旦那さま、博識ですね」
「よせやい」
さすがにこの程度の知識で威張れはしない。大陸をひとつでも渡ることがあれば、皆知ることなのだ。
「それより、おまえ……」
「どうかしましたか? ああ! いち早く鳥を落として参ります!」
いや、そうじゃないんだけど……止める前にトールはまた跳んで行ってしまった。
「……返り血が凄かったですな」
「まったく気にしてないというのもどうかと思う」
俺だってそりゃあ戦ったりするから返り血に塗れるのは理解するし覚悟しているが、それでも全身血塗れで会話とかはしないぞ。一言で今のトールを表するなら「凄惨」だ。白い軽鎧は血で真っ赤だし、顔も髪も、知らない人が見れば大怪我しているかのように見える。
あの状態で夜にメイを起こしたら間違いなく漏らすな。一八〇パーセントくらいの確立で漏らす。一度漏らし、気絶し、そしておねしょでもう一度漏らすという意味で一八〇パーセント。
「アレじゃ戦う度に洗浄しなきゃならんだろ。まったく……これはお仕置きだな」
仕方ない。やりたくはないが、そりゃあ主人としてお仕置きはせねばなるまい。装備の洗浄で時間を掛けて旅の邪魔をしてしまうのだから。うん、俺は悪くない。むしろ正義。
ちなみに。トールから「旦那さま」と呼ばれている通り、彼女の主君たる「叡智の魔王」メサイアから、俺はトールの支配権を握らされていた。といっても口約束そのものなので、トールが嫌がれば強制もできないのだが。
しかし、「支配権」とわざわざメサイアが言ったことを考えると、トールに拒否権はないといえるだろう。つまりは俺の胸先三寸で彼女の運命は右にも左にも転がるのだ。
「返り血を浴びないように戦う方法も教えなきゃならんか……」
普通の冒険者なら経験を重ねることで自然と洗練されていくのだが、トールは冒険者ではないので身に付かなかったのだろう。そもそも、これまでは全身甲冑に身を包んでいたのだし、仕方ないかもしれない。アレは最高位の錬金術士ロールであるメサイアが作り出した魔具でもあるので、魔力を流すことで汚れなどを払えたようだし。
必要がないのならば、当たり前だがそういった技術は身に付かない。必死になって身体を動かし、血汗を流して、初めて人は技術というものを手にし、磨けるのだ。
「それにしても……あと一日で着くのか?」
「ええ。『剣舞』の魔王城は大陸の最北端にあるといわれております」
なるほど、一番遠い場所がこの辺りなのか。だから魔力の干渉領域も一番薄くなっているということだ。
「向こうの都はハーシェルだったか?」
「はい。古代語で『豊漁』だといわれていますね」
ふうん。あまり意味のない知識が増えたな。たぶん三日くらいすると忘れる。
潮風が血の臭気を流していく。大きな帆は風を受け、満足するまで食べた直後の腹のように出っ張っていた。それは推進力となり、船を前へ前へと送り出す。
初のアールグランド大陸。幸先の良い名前の港町だが、果たして何が待っているのか。
サルニア大陸では思ったよりも契約解除のためのアイテムを回収できなかったが、今度はできる限り集めたいなと思いつつ、まだ見えない街を見据えた。
「あっ! 旦那さまっ!?」
「ご主人様!?」
『アチャー』
上から血が降ってきた。生暖かく、非常に鉄臭いシャワーだ。
全身を真っ赤に染めた俺の側にトールが顔を蒼白にして着地する。俺は彼女へ向けてにこりと嗤い、口を開いた。
「トォォオオオオオオオルッ!?」
「申し訳ございませんんんんんんんっ」
叱られていないメイが涙目になって止めに入るまで、トールへの説教は続くのだった。




