4-12
剣戟が続く。四方八方からの攻撃にトールは歯嚼みしつつ、それでも冷静を保つよう懸命に耐えていた。
敵は――強い。
レベルならば自分が勝っている。しかし、数というのは非常に重要だ。レベルがどれほど高かろうと、敵の数が多ければ敗北する可能性は十分に有り得るのだから。
厄介なのは「太陽の勇者」であるソフィア、「魔女」のルミナークの二名だ。
ソフィアはトールと同じく「勇者」であり、レベルもこの中で一番高い。単純なレベルの数字だけでいえば、トールを上回っている可能性もあった。
トールが現在互角以上に戦えているのは魔族であるというのが大きい。人間という下等種族とは本来の地力が違うのだ。その分レベルは上がり難いが、一レベル毎の上昇量は上である。
また、「叡智」が下賜した鎧の防御力もかなり大きい。同時にこの鎧の効果により、トールの体力と魔力は合算されている。魔法をあまり用いないトールからすれば、魔力がそのまま体力に追加された状況だ。さらに身体が実体を持たないために、骨折などといった身体破損の心配がないのも無視できない。
ただ、それだけ有利な点があっても、数の暴力というのは非常に強力だった。
ソフィアは果敢に攻めて来ながらも、消耗すると素直に退く。そこへ交代して「戦斧」のオラルドと「聖盾」のアイリーン、「銀翼」のシルバーがソフィアを休ませるために怒濤の攻撃を仕掛けてくる。そのため、肝心のソフィアをトールは攻め切れないでいた。それぞれ一対一であれば瞬殺できるが、三人揃われると話が変わる。
ルミナークもまた厄介という点でソフィアに並び立つ。
〈詠唱破棄〉と通常の詠唱を織り交ぜることで的確にトールの動きを縛ってくるのだ。無詠唱で足場を崩し、詠唱での魔法はトールへダメージを狙わず、その衝撃でバランスを崩させるのが目的のようだ。
直接攻撃をして来ず、搦め手に集中した存在というのは忌々しいことこの上なかった。なにせ接近して来ようとしないのだから。トールに彼女を排除する手段は、目の前に迫って来る者たちをどうにかしない限り存在しない。
また「慈愛」のメシアも鬱陶しい。何が「慈愛」だ、とトールは吐き捨てたくなった。
メシアは閃光系魔法でこちらの視界を眩まし、仲間が直撃を喰らうまでの時間を稼ぐことで誰一人として死人を出さないようにしている。ならば失血死を狙おうかと想っても、広域回復魔法で損害の穴埋めをしてくる。
それに加え、雪の精霊らしいエミリーも邪魔だ。彼女はひたすらにトールの大剣へ狙いを定め、耐久力を削ると同時に切れ味を鈍らせ、同時に重くさせている。これは真綿で首を絞めるように、じわじわとトールの体力を削っていた。さすがに精霊なだけあって、嫌がらせをさせれば天下一品というわけだ。
そして「怪傑」のアリア。彼女を放置すれば既に沈んでいる他の仲間をも回復されかねないため、それだけはトールもさせていない。彼女も隙は見計らっているものの、あまり期待していないのか、魔法薬を用いて仲間を補助したりこちらのステータスを低下させることに専念しているようだ。
(だが――)
厄介だということは、それさえ落とせれば勝機が見えるということでもある。
ソフィアとルミナークは戦闘において最高に厄介だ。が、それ以上に厄介なのは別人でもあった。
それはオラルドとアリアの二人である。
アリアのせいで、トールは常に意識と視界に彼女を収めていなくてはならず、そのせいで思うように動けなかった。
そしてオラルド。彼はこの中で最年長らしく、的確な判断と指示を全員に伝える。時折はトールの判断を先読みしているかのような最高のタイミングで言い放ったりしていた。また、下手にその指示をトールも聞いて行動するため、動きが早過ぎるとオラルドの指示を無視してソフィアがさらに一撃与えようとしてくる。
無理矢理行動を止めて反応するのは可能だが、無理な動きに身体のあちこちが軋んでいるのだ。勿論、魔具であるこの鎧を着用している限りは肉体的な損傷など皆無なのだが、痛むことは痛むのだから仕方ない。
つまり、戦闘外で厄介なのがオラルドとアリア。戦闘面ではソフィアとルミナークが。
本当の意味でトールが厄介だとしているのはつまるところ、誰を撃破すればいいのか判断できないこの状況にこそあった。
(くっ! こんなことなら、『欠落』殿から多対一の戦い方も学んでおくべきだった!)
トールはこの事態に舌打ちしつつ、そんなことを思う。
しかし、彼女は知らないことだが――「欠落」はそれを踏まえた上で、一対一での戦い方しか魔王軍へ教えなかったのである。
表向きは訓練に協力している。それに教えを受けた者たちは皆、恐ろしい勢いでレベルが上がるものだから、それに気付かない。
実際は一対一の修練など、実戦において役に立たない。魔王軍である彼らが戦うとすれば、それは戦争やそれに準ずる何かであり、敵は必ず複数なのだから。
実戦を踏まえての修練ならば、多対一や一対多、多対多の戦い方を教わるべきだった。
それはさながら甘い毒のようだ。レベルがちょっとやそっと上がったところで、人数の差に簡単にひっくり返される。
数の暴力がどれほど強力なのかは、「欠落」が誰よりもよく知っているのだから。
「っは、は、っは、は……」
「どうやら、息が上がってきたみてえだな」
「大剣もだいぶボロボロだ」
「ふう。あたしたちにも勝ちが見えてきたかな」
「……舐めるなよ、人間ども」
「っ!? 離れろっ!」
トールの放った〈雷衝斬〉はオラルドの機先を奪った指揮で無駄撃ちに終わる。
(っぐ!? まず、い……!)
トールは魔具の効果により、体力と魔力が同一化している。そのため、スキルによって魔力を消費すればするほど死に近付いているのだ。それに加え、長期戦のせいで体力自体も磨り減ってしまっていた。
命が尽きるまで、それほど余裕はない。
「油断せずに行きましょう!」
「ここで負けるのは馬鹿のすること」
「あの馬鹿に良い顔されないのは、いいことね」
トールは再度舌打ちし、周囲をじろりと見回す。スリットの隙間から赤い燐光が漏れ、その畏怖に周りの冒険者たちは皆背筋を震わせたようだ。
否、ただ一人――震えない者がいた。
「…………」
「…………」
ソフィアだ。
「あの〈スターバースト〉とかいうスキルは使わないのか? 今使えば、私をあっさりと殺せそうだが?」
「アレは奥の手だから、一度使ったら使わないことにしてるの」
他の者もそうなのだが、彼女だけは、より高い次元で油断をしていない。
そう。まるで「欠落」が浮かべている瞳にそっくりだ。
戦う以上、相手が倒れるまで気を抜いてはいけない。それは人間でも魔族でも、必ず学習することだろう。
しかし、そうはいっても、レベル差があれば油断してしまうのも生物の性である。これを完全に取っ払うことはできない。
だが「欠落」は違う。彼のあの目はきっと、油断とはまた別のものなのだ。
常に相手を倒す方法を模索しているといっていい。それはどんな修羅場に身を投じれば身に付くのであろうか。今一時に限定するならば、目の前にいるソフィアも同じ目をしている。
他の者たちはこの戦術が型に嵌まったと理解している。実際、この戦い方を続けていれば彼らの勝ちは揺るがないだろう。トールもそのことを薄らと理解している。
しかし、ソフィアは違う。彼女だけは、もっと早く戦いを終わらせる方法を常に模索している。それと同時に、自分一人であればどう戦えばいいかすらも。
彼女たちの戦術は嵌まっている。しかし、何か突発的なアクシデントさえ起これば、すぐに瓦解する戦術だ。
そう、例えば――
「トール様!」
「ややっ! 人間!」
「おいたちが助太刀に参ります!」
――このように、敵となるトールの側に援軍が来れば。
「っづ!?」
「ああああああっ!」
その声に呼応されたかのように、ソフィアが飛び出てトールへ一撃を見舞う。
「みんな! そっちをお願い!」
「しかし、それではソフィーが!」
「このままじゃ、負けるっ! それは駄目よ!」
やはり、とトールは内心で笑みを零す。
間違いない。彼女は自分と同じく「欠落」の背を追っている。
目的とするものは違えど、強くなる過程でこれ以上なく明確に、あの背中を追い求めているということは変わらない。
「奥の手の出番ということか?」
「そうみたいね。悔しいけど、普通に戦ったら、あなたには勝てないから」
「ふん。悔やむことはないだろう。人間と魔族というだけで大きな開きがあるのだ。それを埋めるスキルのひとつやふたつ、飲み込めない我らでもないさ」
「……そう。なら、遠慮なく」
ソフィアの仲間たちはトールの仲間たちの方へ駆けていった。それを確かめ、トールは深く息を吸い込んで気力を取り戻す。
ここより先は一対一。誰の邪魔も入らない決闘。その場では言葉すら不要だ。
互いの力が、磨き上げた技術のみが、戦闘を物語る。
「来い」
「ええ――〈スターバースト〉!」
蒼白い輝きがソフィアを包む。
これがきっと、最後の戦いになる。
そんな予感をトールは胸に抱き、きっと目の前の相手も同じなのだろうと予感する。
「おおおおおおおおおっ!」
「あああああああああっ!」
剣と剣が火花を散らし、鈍い音を奏でた。
しかしながら、どこかそれは、楽しげな笑い声にも似ていた。




