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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と「叡智の魔王」
53/129

4-11

 なんなのだ、この男は?


 メサイアは頭の中に泡沫の如く浮かぶ疑問を何度も消していく。

 たかが人間。されど――「英雄の勇者」は人間の身で自分すらもが敵わなかった「強欲の魔王」を討ち滅ぼした。その事実が気に掛かる。

 当初は「もしかしたら」というくらいの思いだった。ほぼ毎日の夕食での会合により、その「思い」は段々と確度を増し、実際の戦闘を通した現在。この推測はもはや確信に近い。

 この「欠落の勇者」とやらは、何らかの事情で名を捨てた「英雄の勇者」だ。

 ならばこそ、と復讐心が鎌首をもたげ、笑みを零す。


 なのに――あと一歩のところで、確実にヤツはするりと手のひらから滑り出る。まるで目付きの通り、蛇のような男だ。いや、目付きや態度だけでなく、普段の狡猾な会話を含め、蛇そのものといえるかもしれない。

 なにせ、あと一歩というところで仕留め切れないということはつまり、その瞬間「欠落の勇者」は「叡智の魔王」の想像の一歩上を行っていることを意味しているのだから。


 ヤツは隻腕の上に隻眼だ。魔法の精度を見ても隻眼なのが足を引っ張っているのがわかる。片腕がないため重心が狂い、走る際にも加速が足りない。長い直線の廊下を駆けているときは確かに速いが、一度角を折らせると、驚くくらいに速度が落ちていた。もはや、常にステータスを下げられているようなものだ。


 だからこそ、なんなのだと思ってしまう。

 生き汚いといえばいいのだろうか。ともかく、活路を見出すのが早い。まるで窮地に追いやられ慣れているようだが、これだけの実力を誇っておきながらそれもあるまい。

 レベルが高いとはいえども貧弱な人間なのだ。隙を見せれば、一〇〇レベル以上も格が下の者が相手であってもあっさりと死ぬ可能性がある。

 それだけ貧弱な人間という種族は、敵を倒すときは全力を尽くすと決まっている。それが最も生存確立が高いのだと、生物として理解しているのだ。

 ゆえに、これほどまでに強い存在である「欠落」が、ここまで窮地に慣れているのが不可解過ぎる。


(この男もギフト持ち……? 有り得るわね。そうでもないと、『強欲』が殺られた意味が……わからない……。確かに、人間にしては……強いけれど……それでも、『強欲』ほどでは、ない)


 そうして思考に耽りながら追い掛け回していたのがまずかったのか、突如「欠落」は閃光を放った。攻撃かと思って防御魔法を展開させるが、それはただの目眩しのようだ。

 目眩しの場合、衝撃を受け止める防御魔法では何の意味もない。

 視界を焼かれ、気付いたときには遥か後方――宝物庫のある方角へ一目散に駆けていた。


(不味い――!)


 何故、この男は土壇場に来て此方の弱点を見透かしたような動きを取るのか。


 舌打ちと同時に必死にメサイアも追い掛けるが、最高速に乗った「欠落」に追いつくことはできない。そこはロールによるステータスの差だろう。

 彼は隻腕のせいで加速が悪いが、「勇者」ゆえに最高速自体は高いのだから。トップスピードに乗ってしまえば、いくら魔王であるとはいえ「錬金術士」であるメサイアが追いつくことは不可能。

 ゆえに魔法を放つ。しかし、読んでいたかのようにこちらを振り返りもせずに放たれる魔法で相殺される。


(どうする? 殺してしまう……それとも、やはり……手駒とする方が……)


 この状況下でも、悩んでしまう。「欠落」が「英雄」だったとしてもしなくても、その実力が高ければ高いほどに、悩みは消えない。


「叡智」の魔王軍は「強欲」の魔王軍とぶつかったせいでほぼ壊滅状態に陥った。あれから長い年月を掛けて復活してはいるものの、当時ほどの力はない。側近として侍らしているトールがようやく当時の最高戦力に近付いた程度なのだ。それもトールが突出しているというだけで、他はまだまだである。


 だからこそ――「欠落」という格別な戦力は喉から手が出るほどに欲しい。

 メサイアが他の魔王と戦う日が来るとすれば、魔王軍を鍛えるのは必須事項。今の状況ではどれだけ優れた魔具を与えようとも、それを活かし切れないうちに沈んでしまう。


 魔王同士の戦いに入れる者など、どの魔王軍にも存在しない。しかし、戦争が魔王同士の一騎打ちだけなわけもない。魔王軍は必ず出るのだ。

 そこにトールだけでなく、「欠落」という戦力があれば話が変わる。いや、あれほどの戦力であれば、魔王同士の戦いに多少割り込むことすら可能かもしれない。もしも本当に彼が「英雄」だとすれば、それどころの話ではないだろう。


 また、トールからの報告にも気になるものがあった。

 トールや他の配下たちが「欠落」と戦闘訓練を行うことで、恐ろしい勢いでレベルを上げているという。戦力を取り戻す速度が「欠落」の有無で桁違いに変わるという話だ。


 要するに、「欠落」を手駒にした際のメリットが大き過ぎる。これがメサイアを悩ませている理由だった。

 彼は一貫として配下に加わろうとしないが、この鬼ごっこを利用して痛めつけ、うまく誘導すれば手綱を握れるかもしれない。いや、握れるはずだ。そう判断せざるを得ない状況に持ち込めばいいだけなのだ。


 普段の「叡智」ならば絶対に迷わない判断。しかし、現状の憂慮すべき配下たちの戦力低下を考えれば考えるほどに迷いが生まれてしまい、結果として「欠落」を取り逃し続けていた。


 そして――「欠落」の宝物庫への侵入を許してしまう。

 扉の鍵を〈施錠〉で閉めたらしく、開かない。このために連れてきた侍女へ〈解錠〉を命じるが、開かないと言って顔を青ざめさせている。一度魔法を放ってみたが、まったくダメージもないようだ。


(なんらかの、特殊なスキル……ね。この空間がもはや別次元と、化している……? ともかく……こちらからの、影響は、皆無……。無効果とは、違うようだけれど……)


 仕方なく、歯嚼みしながら扉を睨む。この中に別の出口はない。これだけのスキルだ。効果時間はそれほどないはず。解除された瞬間に中へ押し入ってしまえばいい。


 ただ、苛立ちは募る。他のどの魔具や金銭を奪われてもいいが――氷のバラだけは絶対に駄目だ。

 まさか見付かるとは思わない。アレは自分のスキルによって存在を他者に感知させなくしているのだ。そうでもなければ、聖剣などという忌々しい存在と同じ空間に置くものか。

 万一この宝物庫に足を踏み入れる下郎がいたにせよ、そういった存在は氷のバラに気付く前に聖剣を手にし、そちらに目を奪われる。「叡智」が聖剣を壊さずにいたのは目眩しが理由なのだった。

 氷のバラにかけたスキルを破るとすれば自分に匹敵するレベルで、なおかつ、ロールを最上位まで上げた「盗賊」のスキルでやっと「何かあるかも?」くらいにしかならないはず。

 護りはほぼ盤石。

 だが、所詮は「ほぼ」。完璧ではない。

 不安と苛立ちは募る。

 なにしろ——相手はことごとく、こちらの想定の一歩上を行く人間バケモノなのだから。


「っ!」


 そのとき、宝物庫の扉が内側から開いた。即座に魔法を放とうとしたが、扉の向こう側から放たれる魔法の方が早い。


(っっ!? 威力が、跳ね上がって――不味い!)


 放とうと思っていた攻撃魔法をすんでのところで止め、防御魔法へ切り換える。しかしその魔法はどうやら光属性であったため貫通性質を持っていた。

 直撃とはいわないものの、半分以上がすり抜ける。


「……っぐ、ぅ」

「魔王様!?」


 自分の手で作った最高クラスの装備を貫通し、腹部から灼けるような痛みが駆ける。即座に魔力を回復薬へ「錬金術士」のスキルを用いて変質。傷を治療した。

 直後、奥にいる「欠落」を睨み付けようとして――再度、目眩しのスキルに引っ掛かってしまう。


(上手い……実に、場慣れしている……。相手の思考を……読む? いや、誘導しているのね……)


「欠落」は今の間に横をすり抜けて行ったようだ。

 だがそんなことはどうでもいい。それよりも確認しなくてはならないものがある。

 急いで宝物庫の中へ入り、砕かれたソレを目にし――


「殺すぞ、糞餓鬼ィィイイイイイイイッッ!!」


 耳朶を揺らした瞬間に気死する赫怒の咆哮を上げた。


◇◆◇◆


「ひょう! 怒っていやがる」


 後ろの方からメサイアのブチギレた咆哮が聞こえる。ついでに小さいながらも悲鳴が聞こえた。たぶん、怒りのあまりに手にしていた侍女を握り潰したのだろう。

 ドンマイとしか言えないが、まあ、自分の尊敬する魔王のサンドバックになったと思えば幸せなのかもしれない。俺には関係のないことだ。別にこれまでの仕打ちとかでイライラしてたワケじゃないよ? うん、全然違う。そんなことカケラも思ってない。


『どうするのです? 戦うのでは?』

「こんな狭いところで戦ってられるか」


 結局のところ、ここで戦うのは分が悪い。メサイアの魔法の出力を考えると、常に廊下全域が攻撃対象なのである。ゆえに、俺が回避するためには通路を曲がらなくてはならず、そうすると反撃できなくなってしまう。ともかく広い場所へ出なければ。


「よし、窓!」

『魔王城の窓がそう簡単に破れるわけが――』

「うるさいぞ駄剣。黙って俺に使われてろ」

『だだ駄剣!? せ、聖剣の間違いですよ!? りぴーとあふたーみー! 聖剣!』


 うるさいから駄剣でいい。今は非常時だから使ってるが、こんなん要らんわ。キャンキャン喧しい。叱れば素直に黙る分、エミリーのがマシともいえる。

 世の中広いな。エミリーよりマシなやつがいるなんて……。


「ぶっ壊ーす。秘剣――」


 剣技系スキルを選択。それも秘剣シリーズである。


 世界で唯一、その人物ただ一人しか使えないスキルをユニークスキルと呼ぶ。それは唯一だからこそユニークスキルなのであり、他者も使えるようになった瞬間そうでなくなる。反面、ユニークスキルである間は効果が爆発的に上昇する。なので色んな意味で、ユニークスキルは広まらないのである。


 秘剣シリーズも元々はユニークスキルで、俺が教えを請うてスキルを編み出した者から授かったものである。俺とその人以外は使えないから勝手に秘剣と言っているだけで、ぶっちゃけるとただの剣技系スキル。

 話として広まると厄介だから、意図的にそう呼んで、迂闊に使わないようにしている。


「――〈雲雀〉!」


 刀身に纏わせていた魔力を多重展開。〈八重刃〉と同じ内容だが、あちらは普通の斬撃を八つ重ねるのに対し、こちらは幾らでも魔力を動員する限り可能。尚且つ、魔力を纏わせた高威力の斬撃をコピーできるのが特徴。端的にいえば、上位互換。

 破壊力を増大させ、俺の一閃で窓ごと魔王城の壁に剣撃状の大穴が空く。


「寒っ! そうか、ここ雪城だった」


 装備の類は全部部屋に置いてきていた! 失敗!

 幸い防寒着を着ているが、高価だったマントもなければ鎧もないぞ。鎧はメサイアの前において何の防御にもならないから別にいいが、マントは困るな。寒いし、高かったし……あと寒いし。


 魔王が無意識に放出する魔力での気候変化。メサイアの場合は冷気だ。魔王城の周りはちょっとシャレにならないくらい寒い。寒いというか極寒。一般人ならここに連れて来た瞬間死ぬかもしれない。氷風呂の方が何倍も温かいくらいだろう。


「ええい! 動けばあったまる!」


 魔力循環回路を魔力が奔る。それによって外気に対して肉体の抵抗値を上げる。魔力の無駄遣いではあるので、装備があった方が良いが、なくても耐えられるようにはできる。魔力様々だ。


 どうやら俺がいるのは三階くらいの高さであるようだ。気にせず飛び降りる。適当に城の壁面に剣を突き入れて速度を落とし、着地。雪の上だから着雪? まあいいや。


「さて……ちょうどいい感じに開けた場所はあるかな」

『物凄い豪雪ですね……。以前はこうでなかったし、湖もあったのですが』


 そういや、この駄剣は遥か昔にとある「勇者」が使っていて、メサイアに破れたというものらしい。それだけ昔はまだここまで雪に覆われていなかったのか。メサイアの放つ魔力が澱のように溜まって、ここまで強力な冷気を作り出したのだろう。


「その湖のある場所に案内しろ」

『湖の上で戦う気ですか? 割れますよ? 嫌ですよ、湖の底に沈むとか』

「何十年以上は絶対経ってるだろ。厚い氷の上だろうし、その上にさらに雪も積もってるはずだ。というか文句言うな。湖どころか肥だめに沈めるぞ」

『あっちです!』


 よし、あっちか。

 深く積もった雪の上を走り、真っ白に染まった森に入る。寒い地域の木々だからかどうかは知らないが、枝や幹は石膏のような白色で、葉は黒い。不思議な感じの森だ。針葉樹だからか鋭く黒い葉はまるで毒を持っているかのよう。

 森を最短距離で真っ直ぐ抜け、何もない楕円形の広場へ出た。おそらくは木々の生えていない楕円形のこの広場こそが元湖なのだろう。

 白一色の景色を染めるのは紅一点ならぬ黒一点。


「よう。先回りか?」


 軽いノリで声を掛けると、返答代わりに黒い稲妻が放たれる。軽く横に飛んで回避。着弾した瞬間にくぐもった音が炸裂し、積雪を巻き上げた。その様は火山が噴火したかのよう。


「わかりやすいように木とかへし折ってやったんだからな。感謝しろよ?」

「それ以上吼えるな、糞餓鬼め……。所詮、下等生物ニンゲンということ、ね……」


 おっと、まだキレてるのか。


 などと余裕めいた態度はあまりしていられない。俺のレベルが上がったとはいえ、依然としてピンチなのは変わらないのだ。

「強欲」とメサイアがほぼ同格だとしたら、俺が倒せるレベルでないのは明らかなのである。というか、魔王という時点で今のレベルでは敵わない。それだけのステータスの開きがある。ましてやかつてのような最高級の装備もないのだ。

 せめて隻腕でなければとも思わなくもないが、今更だ。もっとも、「強欲」を倒した時点で既に隻腕ではあったのだが。


『「叡智の魔王」……今度こそ、私がその命を刈り取ります!』

「いや、俺だろ。おまえ関係ねーだろ」


 あと殺すつもりはないし。何か勝手に張り切ってるけど、やっぱ邪魔だなこの駄剣。用済みになった瞬間捨てよう。あ、悪魔にやるのも悪くない。


「もう遊びは終わりよ。……死になさい」

「遊びのつもりなんざ、こっちにはねえけどな」


 遊び感覚で魔王の前に立っていられるものか。

 メサイアから放たれる鬼気は精神の弱い者であれば、即座に気死するレベル。魔王の覇気なのだ。これに耐えられるのはある程度のレベルを持つ者だけ。少なくとも三〇〇レベルはないと、戦闘体勢に入った魔王と相対することさえ不可能ではないかと思う。よほどロールやスキルに恵まれていないと、その時点でパーティが半壊するかもしれないのだ。

 これだけ色濃い殺気を放てるのはきっと魔王級の実力者のみ。そして平然と受け流せるのも、同様。正直なことをいえば怯んだフリして実力を騙しておきたいが、そんな余裕はない。口や思考でふざけたことを言うのは、余裕を持っているという自己暗示のため。


 ビリビリとした濃密な殺気は魔力となり、彼女の全身を覆っている。

 だが、それがどうしたというのか。その程度で怯むのならこの場に立っていない。既にその段階はとうに通り過ぎてしまっている。


 今のメサイアにはきっとどんな言葉も届かないだろう。それこそ、側近たるトールが何か言ったとしても無意味に違いない。なにしろ、俺が殺したあのバラの残骸を見たのだろうし。

 復讐の対象だとしても、愛情の対象だとしても――メサイアがあのバラを大切に想っていたという事実に関しては変わらない。その感情がプラスであれマイナスであれ、強く想っているモノが壊されて平気でいられる存在など魔王を含めていないだろう。


 だから、今はとりあえず戦闘だ。俺が簡単に殺せないとわかれば、理性を働かせて戦う必要があることにも気付く。理性が働けば、こちらの言葉を完全にシャットアウトすることもない。そこから話を俺にとって有利な方向へ持っていく。

 まずは、生き残ること。さらに付け加えられるならば、反撃によって理性を取り戻すまでの時間を短縮させる。


「来――いぃっ!?」


 俺が気付くよりも前に、メサイアは攻撃を終えていたらしい。いつの間にか漆黒の黒雷球が周囲に展開されている。そのうちのひとつをスキルを用いて切り裂き、その場を滑るようにして回避。俺がいた場所へ降り注いだ黒雷球は連鎖して爆発し、凄まじい轟音と爆風を全身に叩き付けてくる。


「がっ」


 全身だけでなく肺腑を灼く熱風。黒雷球の内部には火属性の魔力が蓄えられていた。

 雷と火と闇属性の複合魔法をノータイムとか、とんでもないもん撃ちやがる。何の魔法なのか推測する時間すらない。


『ち――ちょっと! 頑張ってください!! まだ一撃ですよ!?』


 この駄剣、本当……うるさい。

 その場に両膝から崩れそうになるが、咄嗟に剣を杖代わりにして倒れるのだけは回避する。剣を横に薙ぎ払い、その反動で体勢を整える。


「簡単には……殺さない……嬲り、殺す……!」


 即座に火属性と水属性の回復魔法を用いて被害を消す。それでも、消費した体力と魔力はそう簡単に戻らない。

 恐ろしいほどの火力だ。そのうえ火傷の状態異常は痛い。戦闘的にも精神的にも肉体的にも痛い。


「矢継ぎ早にっ!」

「回復する時間、くらいは……待ってあげたわ」


 俺が回復する時間を待ったというより、読んでいたというべきか。それくらい、メサイアの攻撃は間髪入れないタイミングだった。体勢を整えた直後に着弾するタイミング!


 次手は槍系魔法。黒稲妻の槍は先端が三本に分岐し、トライデントのよう。それが十本を超える数で、あちこちから飛来する。それらを時に回避し、無理なものは弾く。どれも直撃すれば、体内から放電によって仕留められる。だが、弾く度に軽い放電が起こり、少しずつ体力を削られていく。闇属性が含まれているため、完璧に打ち払うことができない。


『背後です!』

「っ!」


 俺が気付くより一瞬早く、聖剣が声を掛ける。咄嗟に身を捻って躱すが、三叉槍の一本が脇腹を掠めた。すかさず電流が流れた。ここでも闇属性が真価を発揮し、全身に纏わせた防御力を上げるための魔力を無効化してくる。

 目の前が白く染まる。同時に思考が停止する。

 されど、幾千幾万の実戦で鍛え込まれた肉体と思考は奔り続ける――!


「……っづ、ぁあ、あ……」


 どうして? なんで? 背後からの槍はなかったはずだ。それは既に回避した。

 回避したはずの攻撃が再び襲ってきた……としかいえない。


『魔王を相手に考えている余裕なんて――ぶびっ』

「黙れ。おまえが喋っていいのは、今みたいに危ない時だけだ」


 誰か仲間がいてくれるのであれば、考えるより前に攻めることもできる。回復するための時間を稼げるからだ。意外と、戦っている間に相手の手の内が割れたりするということもあるのである。

 しかし、俺は一人だ。だとすれば、相手の発した手札はできる限り暴いておかなくてはならない。でないと、その一手で死ぬ可能性があるのだから。


「『錬金術士』……磁力か!」


 厄介な……。魔王なのだしそうだろうとは思っていたが、やはりメサイアはロールランクも最大まで上げているようだ。つまりは固有スキルである〈魔力変質〉も修得している。


〈魔力変質〉は魔力そのものに何らかの性質を付与させるもの。魔法自体にそういったものは存在するが、それは数が限られる。メサイアはそのスキルを用いることで、どんな魔法でも好きな性質を付与させられるのだ。

 例えば爆風系の魔法に斬撃性質を付与させることにより、回避不能な斬撃を放つことができる。線でなく面での斬撃という、ちょっとよくわからないことを実現させられるということ。


 先程の槍は磁力の性質を帯びていたようだ。メサイアの任意のタイミングで起動し、彼女の元へと槍は移動する。勿論、俺が射線上に入った瞬間に起動させるのだ。

 さっきもそうだったが、闇属性での攻撃であるため、普通の回復魔法は効かない。通常のロールで修得できる回復魔法は光属性であるため、闇属性を祓うという部分に多量の魔力を持っていかれてしまうためだ。魔王ほど強力な敵と戦っているときに魔力を節約しないのは自殺志願者のやることである。

 俺はよくそう思われがちだが、そんなわけない。

 もっと色々食べたいし、色んな女を抱いたりしたいし、色んな景色を見たい。

 それに――やるべきこと、話したい人、取り戻したい名が、あるのだ。

 こんなところで死ぬわけにはいかないし、死んでもやらない。


 雷属性の回復魔法で受けた傷を塞ぐ。体力の回復は光属性でないと駄目だが、アレは一気に回復させるとき用に取っておく。使う前に死んだらアホらしいが、それでも回復回数は魔力の節約のためにも減らしておかなくてはならない。


「次……」

「どこだっ!?」

『下です!』


 さすが、腐るほど惰眠を貪っていても聖剣ということか。相手が魔王だからかどうかは知らないが、メサイアの攻撃魔法がどこからやってくるか先読みできるらしい。少しだけ評価が上がるが、マイナスなのに変わりはない。吐瀉物からウンコになった程度の変化。


『避けないとっ!』

「ンな時間はねえっ!」


 軽く跳躍し、勇者ロール固有スキルの剣技〈雷霆閃〉を放つ。白い雷竜が剣閃から生まれ、雪中から飛び出てきた黒氷槍を砕いた。


「次……ッ!?」

「地に堕ちなさい」


 いつの間にかメサイアは俺のすぐ側までやって来ていた。さすがは魔王。〈飛翔〉を当然のように使い、そのスキルレベルも迷いの森で戦った魔人とは雲泥の差。

 拳の上には三本の鋭い刃が生じていた。ネコ科の爪を剥き出しにしたようなそれは黒色で、鋭利に光っている。


「〈空中歩行〉」


 急いでスキルを行使し、その場からさらに上空へ跳躍。メサイアの振るった鉤爪は空を引き裂くだけの結果に終わる――はずだった。


「逃がさない」

「射出可能とかアリか!?」


 一度放たれた鉤爪が切っ先を俺へ向け、捻れるような軌道でこちらへ飛来する。ここでもまたメサイアは〈魔力変質〉を使っているらしい。


「闇と氷の複合属性!」

『光属性は私が担当しますっ!』


 聖剣が予想外の一言を告げる。どこまで信用できるかわからないが、負担が減るというのであればありがたい。幸い、あの鉤爪ならば防げなかったところで、即座に回復することもできる。ここは聖剣の力量を確かめるとしよう。

 俺が氷属性を相殺させる火属性の魔力を刃に纏わせると、直後に聖剣自体から光属性の魔力が追加される。一振りで三本の鉤爪をすべて打ち消した。


『……なんと。前の持ち主だった「勇者」より、貴方はレベルが上のようですね』

「思ったより、役に立つな。その調子で頑張れ。肥だめか不燃ゴミかくらいは、選ばせてやる」

『どっちにしても私の未来悲惨過ぎませんか!?』


 そのまま〈空中歩行〉で場を移動し、メサイアの追撃を逃れていく。


「ちょこ、まか、と……」


 とは言うものの、メサイアの視界から逃れることはできない。彼女の視覚には確実に俺がいて、後衛ロールである彼女は、俺が視界から逃れるということを決して許さない。それはそのまま、彼女の戦闘技量の高さを証明する。


「羽虫を殺すには……まず……羽を捥げば、いい……」

「パチンってやりゃいいだけだろうに!」

「その、程度の段階は……とうに、超えてしまっているわ……」


 とか言いつつ、メサイアは指を弾いてパチンと鳴らした。まあ俺の言っているパチンとは違うわけだが……もっと面倒だな、これ。


『ぜっ、全方位!? 回避不可能です!!』

「とんでもねえ魔力だな」


 一瞬で周囲の景色が沈んだ色合いへ変化した。錯覚ではないだろう。

 鉛色の空から降る雪は白色――そのはずだった。

 だが、今は黒色へと変色してしまっている。


「戦場を……外にした、のは……悪手だった、わね……」

「それが、そうでもない」

「チッ。不愉快な……顔」


 顔関係ねーやろ! あ、そういう話じゃないか。


『マズいですよマズいですよ!』


 駄剣が慌てているが、とうに慌てる段階は通り越しているだろうに。魔王と敵対している時点で、慌てられるなんて悠長な段階ではないのだ。


 既に魔法は行使されてしまった。「強欲」も似たような攻撃は一度放ってきたから、対処法はわかる。

 問題があるとすれば――この駄剣がかつての剣と違い、どこまでついてこられるか。


「まあ自称聖剣だし、魔力に耐え切れずに燃え尽きたりはしないだろう」

『何か、サラッと恐ろしいこと言ってませんか?』


 今のは遠回しに「覚悟を決めろよ?」と言ったのだ。


「広範囲殲滅攻撃がくるぞ」


「強欲」の場合は闇属性だった。ではメサイアの場合はどうなるのか?

 メサイアは鬼ごっこをしているときからずっと雷属性を多用している。ただ、この魔王城一帯が雪に覆われていることやサルニア大陸の平均気温が低いことから見ても、彼女の生来得意とする属性は氷であるはずだ。ゆえに、俺が好んで使う氷属性は使えない。利用され得る。


 広範囲殲滅魔法はまず回避不可能。だってそういう魔法なのだから。かといって防御も不可能である。闇属性が織り交ぜられているのは見ればわかる。

 対処法は、より強力な攻撃を放ち、相殺させ、無効化したフィールドを作り出すこと。そこへ身体を滑り込ませるのである。この魔法自体の制御がかなり難しいため、メサイアも容易には動けないはず。

 ある程度の範囲を持ち、威力が高く、氷属性と相殺以上が可能で、尚且つできる限り負担の軽いスキル。よし、アレに決定だ。


『ぎゃっ!? なんですか、この魔力! 貴方、私をここで殺す気ですか!?』


 聖剣内部に手当たり次第に魔力を注ぎ込んでいく。さらに外部である刀身にも大量の魔力を纏わせていった。


『え、ちょっと、正気ですか!? こんな魔力……魔王くらいしか……』

「グダグダうるせえ! 聖剣なら黙って『勇者』に使われろ!!」


 こっちも、これを失敗すれば死ぬんだ!


「〈天地を焦がす星骸の大火〉!!」


 四音節もの大魔法だ馬鹿野郎!


 剣を振るい、魔力が光の粒子となって放られる。黒色の鉛じみた降雪が粒子と触れ合った瞬間、大爆発が引き起こされた。大爆発は当然他の粒子に干渉し、爆発が連鎖し続けていく。瞬く間に周囲が爆煙に遮られた。


「……『勇者』で、ありながら……四音節の大魔法を……?」

『ま、魔王に迎合するのは非常に癪ですが! どういうことですか!? 「魔法使い」より強力な魔法を放つ「勇者」なんて聞いたこともありませんよ!? というか私、ヒビとか入ってませんよね!?』


 あー、うるさいうるさーい。主に駄剣がうるさーい。


 おそらく、メサイアは今の魔法で俺が死ぬとは思っていなかっただろう。けれど、大ダメージを喰らって瀕死くらいのつもりではあったと予想できる。それを上回ったため、こうして思考に揺らぎが生じている。

 思考の揺らぎ――それは理性が戻ってきている何よりもの証左。

 だが、まだ駄目だ。まだ俺の言葉は届いても表面のみ。こちらが何を言っても、信じられない事実であったなら「嘘だ」の一言で掻き消える。

 それではいけない。「嘘だ」と口で言いつつも「もしかして」と思えるくらい、俺の言葉が通るようにならなくては。


 ただ馬鹿みたいに二ヶ月も魔王城で食客をしていたわけじゃない。メサイアの性格も少しは理解できている。

 彼女は「叡智の魔王」の二つ名が相応しく、理知的で物事をよく思案する性格だ。そのため、明らかな嘘でない限りは自分の中でそれが本当かどうか確かめる性質である。勿論その検証時間は一瞬程度で済むからこその「叡智」なのだが。

 ロールが「錬金術士」というのはひょっとすると、彼女にとって「賢者」以上の利点なのかもしれない。「錬金術士」は活かし方によって弱くも強くもなるロールなのだから。

 メサイアならどんなロールであっても活かせるだろうが、そういう意味では「錬金術士」は彼女にとって天職みたいなロールなのかも。


「もう一度……改めて、聞こうかしら」

「……なんとなく読めるな。まあいいや、ワンチャンくれてやろう」

「…………あなたは、『英雄の勇者』では、ないの?」


 予想通りの質問だが……聞いた価値はあったな。

 今メサイアは俺のことを「あなた」と呼んだ。さっきまでの怒り具合を考えると、その呼び名は決してありえなかったはずだ。だいぶ……俺の予想以上の速度で冷静さを取り戻しているように思う。


「違う。俺は『欠落の勇者』だ。何度も聞いてくんなよ、ついに歳のせいかボケたのか?」

「……そう。なら、あなたが死んでも、代わりはいる、わね……」


 あれ? これは予想外の返答だな。困ったな。やはり想定より怒っていたのかもしれない。


「じゃあ、やっぱり……死になさい」

「そう来るよなあ、やっぱり」


 至近距離から放たれた魔法は槍系と弾系の二種。ただし種類が増えたからといって、それぞれの数が減ったわけではない。そんな甘っちょろい技量の持ち主ではないのだ。

 数は先程と同じで、そのうえ二種類ずつ。つまり倍である。どうも、これまでの戦いで俺のレベルが予想より上だということを理解し、真面目に殺せる攻撃を放つようになったらしい。

 要は「ひょっとしたら死ぬかもしれない」攻撃から「ひょっとしたら生き残るかもしれない」攻撃に変わった。


「空中戦とかやってられん! 俺は地面に下りさせてもらう!」


 冗談のような口調で言うが、内心は切迫していた。〈空中歩行〉は決して燃費の良いスキルではないのだ。むしろ最悪の部類に入る。スキルレベルを上げることで消費魔力を最小限にはしているものの、それでもやはり燃費は悪い。なので、空中戦とかできる限り避けるべきなのだ。魔王相手に魔力とか、どれだけあっても足りないのだから。


 蛇行しながら地上へ駆ける。魔弾や槍が飛来し、俺にぶつかるものは聖剣からのコールでようやく反応する。それだけの速度を出していた。

 体力はキープしているため、まだ七割ほどある。しかし魔力がマズい。残りは四割を切っていた。前のレベルのままだと三割五分くらいだったな。いや、ステータスの魔力も落ちているから、迎撃により火力が必要なことを考えると三割切っていたかもしれない。


 悔やむべきは、魔王を相手にする際の魔力保有量。俺の持つ加護を総動員できればもっとマシに戦えるはずなのだが、俺の加護はちょっと普通のソレとは違うので、使うのに馬鹿にならない魔力を必要とするのだ。「強欲」との戦いでレベルをアホほど上げたのも、隻腕をカバーするのと同じくらいの重要度で魔力の確保が必要だったからだ。


 着地した瞬間、横へ直角に跳ぶ。それと同時に剣を振るい、上から飛来する魔法を弾くか切り裂くかしていく。そうこうしているうちに、メサイアはゆらりと着地してきた。惜しい。パンツ見損ねた。折角ドレスがひらひら舞っていたというのに。


「〈死神の抱擁〉」


 メサイアが初めて魔法名を詠唱する。直後、心臓を掴まれるような悪寒。

 それは錯覚ではない。一秒後の未来――俺に降り注ぐ必死の魔手。


「〈聖光〉!」


 即座に光属性の魔法で打ち消す。闇属性の魔法に対してのみ有効な対魔法だ。

 ただ、それで戦闘の流れを握られた。これまでも握られてはいたが、押し戻せる範囲だった。

 それが、致命的なところまで押し流された感がある。

 ぞくぞくとした悪寒は引かない。魔手は祓ったはずなのに、今でも心臓を手のひらの上で弄ばれているような錯覚がある。


「!」


 瞬間、目の前にメサイアが現れた。手のひらを眼前に突き出され、そこに魔力が収束していく。咄嗟に上半身を捻って躱すと、腹部にはもう片方の手刀が捩じ込まれた。


「ぁっ、ぐ……」

「……ッフ。意外と、血は常識的に……赤いのね」


 単純な物理攻撃ですら、腹に文字通り突き刺さるほどのステータス……!

 もう限界だということで、光属性の回復魔法で体力を一気に回復させる。しかし直後、メサイアの腕が振られるごとに俺の斜め上から魔弾の嵐が襲ってくる。回避しても、それを読んでいるかのように、さらに魔弾が。


『誘導されています!』


 そんなことはわかってんだよ! それでも、誘導に乗らないと即死だから仕方がない。

 罠があるとわかっていても、そちらへ行かなければならないこの状況。これを避けるために、戦闘の流れは握っていなければならないのだ。どこで間違えた。いや、考えるのは後回しだ。今は生き残ることにのみ集中する。


 魔弾に関しては、魔力障壁を展開することで直撃だけは避ける。だがそれで防げるのは直接のダメージのみ。メサイアほどの魔弾であれば、直撃を避けても衝撃波までは打ち消せない。余波だけでも普通の「魔法使い」が放つ魔弾くらいのダメージがある。「戦士」などの前衛系ロールの人物に殴られるくらいの火力だ。


「私が『錬金術士』なのは、理解できたよう、だし……。なら、わかる、わよね……。私が得意なのは、中距離……遠距離は、あまり、好まないの……」


 知っている。それくらい、知っているさ。だから焦っていたんだ。


「錬金術士」は「商人」などと同じく中距離で戦うロール。近距離戦闘が可能なほどの筋力は持たないが、かといって遠距離しかできないわけでもない。装備次第によっては近距離戦闘だって可能。ましてや魔王ほどの実力があれば、本来どの距離でも戦えるのだ。

 ゆえに、ここまで距離を詰められるというのは俺にとって避けたかった状況。


 けれど――その言葉は俺が待ち望んでいたものでもある。

 本音を言えば、もっと距離のある段階で聞きたかった台詞だ。


「知ってるさ……聞いたからな」

「…………?」


 ぴくり、とメサイアの眉が動いた。

 誰からか、と考えているのだろう。彼女ほどの実力であれば――だからこそ――鬼ごっこの最中に俺がそのことを知らなかったと理解しているはず。


 普通に考えれば、俺が他の魔王城の者からそのことを聞き出す時間はない。ましてやあの状況なのだから。というかそもそも、配下である魔族が自分たちの魔王のロールを話すわけもない。

 想像もできない、答えが出るわけもない疑問。

 それはメサイアの思考にしこりを作る。そして、それを解消せずにはいられない。

 だからこそ、彼女は「叡智」という二つ名を得たのだから。


「誰から、聞いたと……いうの?」

「俺があの状況で聞けるやつなんて、限られてるだろう……」


 そう。おまえが大事にしているあのバラの正体だ。ここへ話を持って行きたかった。


 ハッキリ言おう。これまでの戦いでわかった。今の俺がメサイアを倒すのは不可能だ。

 だから俺が生き残る方法としては、メサイアからの俺への殺意を消すことしかない。

 あのバラに関しての情報を流し、メサイアの息子とやらが俺に殺してくれるよう祈っていたという風に持って行くのだ。つまりメサイアを騙してしまおうという作戦である。

 ニヤリと不敵に笑い、メサイアへ口を開こうとする。


『私です!』

「あのバ――」


 …………………………何?


『魔王を倒すために「勇者」に手を貸すのは聖剣の役目です!!』

「……なる、ほど……」


 う、嘘だろ……? ここまで来て……こんなオチとか、マジか?

 ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。どうすればいいかマジでわからない。頭が真っ白になった気分だ。実際真っ白なんだけれど。


 今までも咄嗟のトラブルに遭ったことは山ほどあるが、どれも俺一人のことだったために足を引っ張る者はいなかった。メイやエミリーが加わった後にしても、最悪の場合はステータス全開でどうこうできる場合がほとんどだったため、本気で焦ったことはない。


 けど、コレは駄目だ。この状況は最悪だ。

 目の前にいるメサイアは魔王だ。俺がステータスを全開にしても勝てない相手。

 そもそも、ずっと全力なのである。


 これだ。これなのだ!

 俺が馬鹿を連れたくない最大の理由がこれだ!


 メイやエミリーのような言うことを聞く馬鹿ならまだいい。勝手をすると怒られると理解しているから、出しゃばらない。それならいい。いないものとして扱える。

 けれど、言うことを聞かない馬鹿は駄目だ。本当の意味で足手まといだ。

 咄嗟に捨てようかと思ったが、メサイアと戦う際に武器は必要。どうしようもないときだけ魔法を使い、そうでないときは剣技で魔力消費を抑えられる。


『い、痛! いたたたた! どんな握力を――』

「オマエ、もう二度と喋るな。本気でへし折るぞ」

『――! ………………』


 そうだ。それがオマエにできる、最大の役割だ。他は要らない。

 駄目だ。考えが浮かばない。こうなると、戦いながら考えるしかないが……そんな時間が、果たしてあるだろうか?

 これまでは、ただ戦うことでメサイアの理性を取り戻させるのが目的だった。しかし、今となってはそれをしつつ、さらに新しい手を考えなければならない。

 そう悠長に考えていたのが悪手だった。

 メサイアは既に自分の疑問に答えを得てしまった。なら、もう迷う時間はない。


「――――あ」


 爆発が起こり、俺はそのまま何もできず、吹き飛ばされた。

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