4-10
「――ッッ!!」
「まだ、まだだあっ!」
ソフィアの剣撃を漆黒鎧の剣士が受ける。だがその度に剣戟とは思えぬ轟音が生じ、周囲の雪が吹き飛ばされていく。二人の戦意に寄せ集められるように舞い散る雪は吸い込まれた。
蒼白い光を身に纏い、ソフィアはさらに攻め掛かる。剣士は飛び退って距離を取ろうとするも、今のソフィアの身体能力はそれを許さない。
単純な運動機能だけではない。動体視力や反射神経も含めたすべての身体機能が向上しているのだ。
「なん、だっ!? その力は!」
「説明する必要なんてないでしょっ!」
剣士の実力は明らかにソフィアより上。それはレベルだけでなく、単純な剣技や対人戦闘での駆け引きについてもだ。
されど、ソフィアはその差をユニークスキル〈スターバースト〉でひっくり返す。
「まさか……ギフト!? あなたは、ひとりで二つもギフトを!?」
「知った……ことかああああっ!」
〈スターバースト〉はこの世で彼女一人しか使えないユニークスキルだ。そのため剣士もこのスキルのことを知るはずもない。そして以前にソフィアがギフトによるスキル〈ハイパーラーニング〉を修得したときも見ていたのだろう。
だからこそ、剣士は〈スターバースト〉をギフトによるスキルだと勘違いする。
ただ、その勘違いを誰も責めることはできない。〈スターバースト〉はそうした勘違いをしてしまうほど強力なスキルなのだから。
このスキルの基になったのは、〈ハイパーラーニング〉で「欠落」から修得した〈星光の牙〉である。
〈星光の牙〉は短時間の身体強化と、次手の攻撃の威力を飛躍的に高めるブースト系スキル。
ソフィアは「欠落」と別れ、彼から授かった他のスキルを実験し、少しずつ自分の身体に馴染ませていった。その際に思いついたのが〈スターバースト〉だった。
〈星光の牙〉は次手の攻撃しか強化されない。そんなブースト能力を落とし、身体強化の度合いも引き下げる。その代わりに効果時間を延長させることに成功させた。端的にいうなれば〈星光の牙〉の劣化互換である。〈スターバースト〉の開発はソフィアにとって苦肉の策でもあったためだ。
「欠落」の場合は元々の能力の高さもあって、〈星光の牙〉だけで敵を倒せる。しかしソフィアは彼より遥かに弱く、〈星光の牙〉をもってしても倒せない敵がいる。特にそういった敵が複数いる場合などはこちらの方が使い勝手が良かったのだ。
こうしてソフィアは「勇者」が本来持ち得ないブースト系スキルを手に入れた。対単体への高出力ブーストとして〈星光の牙〉、対集団へは持続可能なブーストとして〈スターバースト〉。こうした二種類のブースト系スキルを使える「勇者」など「太陽」を除いてこの世に存在しないだろう。
〈スターバースト〉で発せられた魔力によってソフィアの全身は薄く、攻撃手段の部位には多量の蒼白い光が纏われる。これらは内部からだけではなく、外部からも彼女の身を守り、強化させる外骨格の役割を果たしていた。
見ている者はまるで彼女が周囲の雪を味方にしているかのような錯覚を覚えるだろう。
(いける……!)
レベルも剣技も剣士の方が上回ってはいるが――絶望的な差でもない。あれからの修練によって、ソフィアも二〇〇レベルを超えるまでに成長したのだから。その修練で相手取る敵が強過ぎて〈スターバースト〉の開発を余儀なくされたのでもあるが。
ともあれ、二〇〇レベルを超えた「勇者」の攻撃力は元々高い。さらにそれを〈スターバースト〉で強化したのだ。
一撃一撃が、受け損なえば一瞬で命を刈り取る必死の攻撃となる。
「おあああああっ!」
「……ぐ、っくう!」
剣士はソフィアの連撃に苦鳴を漏らし、再度後退しようとするが、それをソフィアが許すはずもない。なにせ、実力では負けているのだ。〈スターバースト〉は一度使ってしまうと、魔力が尽きるまで自分の意思で解除することは不可能。そして魔力が尽きるまで敵が生きていた場合、もはや勝ち目などない。ゆえに、射程距離から逃すわけにはいかなかった。
ただ、焦って距離を詰めようとはしない。
この剣士を相手に、油断など決してできない。
ならば、どうするのか?
答えは簡単。何もしなくていい。
今まで通りただ確実に、自分に有利な間合いを維持し続けるだけでいい。
彼女は決して、一人で戦っているわけではないのだから。
「退かせないわよ!」
「ソフィー!」
「うんっ」
メシアとルミナークが共に高レベルであることを証明するかの如く、〈詠唱破棄〉による魔法の速射で剣士の動きを拘束する。
驟雨の如く降り注ぐは火弾の雨に風の刃。〈詠唱破棄〉の影響で威力自体は減衰しているものの、その魔弾の数を考えれば無視できるものでもない。剣士も大剣を振るって防げるものは防いだ。
「っ! そっちから仕留めるべきだったか……!」
ただ、剣士の装備も相当に優秀だ。なにせ彼の発言を信じるならば「叡智の魔王」が授けたものなのである。それが弱いわけがない。
近接戦闘を行う剣士が装備するのに相応しく、弱点である遠距離攻撃――魔法への耐性が非常に優秀な装備であるようだ。たとえ大剣で防げなかった魔弾が命中しても衝撃を与えるだけで、ダメージらしいダメージは入っていない。全身甲冑の面目躍如といったところか。
この鎧を授けた「叡智」とすれば、近接戦闘の場合は彼のレベルと剣技で対応可能であるため、そうでない遠距離攻撃への弱点を消そうとしたのだろう。彼もそれを理解しているからこそ、最初にオラルドやアイリーン、シルバーといった近接組を攻撃したのだとソフィアたちは類推する。
メシアたちの魔法はどれも剣士へまともにダメージを通さない。しかし、周囲の雪を溶かしたり、溶けた雪を凍らせて手足の動きを鈍らせたりといった方法で、その機動力を削ぎ落としていく。
攻撃ならば、ソフィアという特級の刃があるのだから。
「メイもやるです!」
『こうなったら一蓮托生ヨ、チクショウ!』
さらに、メイとエミリーも補助へ入った。
「魔術師」であるメイはその本領を発揮する。剣士のステータスを軒並みダウンさせ、エミリーは元雪の精霊らしく、こういった豪雪地域での場合、魔法が大幅に強化される。
「っ、身体が……!」
メイの魔法によってステータスが下げられ、そこへメシアとルミナークが周囲の雪を一気に溶かす。それをエミリーが剣士の身体へ纏わせ、氷結。足から胸の辺りまでが完全に凍て付き、動きを封じた。
「今っ!」
確認した直後、身体は脳が命令を与えるよりも早く動いていた。
好機を逃すな――そんな風に彼が言っていたこともあったと思う。
さながら放たれたばかりの矢のように、一直線にソフィアは駆ける。
「〈雷鳴閃〉!!」
〈星光の牙〉と合わせればアイスドラゴンですら一撃で葬る大技だ。ブーストの倍率の下がった〈スターバースト〉とはいえ、この火力では剣士とて倒せる。
蒼白い輝きを放つ、雷竜の如き一撃。
「お許し下さい魔王様……使いますっ」
目の前の剣士はそう言うかと思えば、即座にスキルを発動させる。
「〈雷霆閃〉!!」
蒼白い稲妻が剣士の大剣に纏われ、振られる。
蒼白い雷竜と白色の雷竜が互いに衝突し、颶風が巻き起こった。
「馬鹿なっ!!」
「『勇者』固有スキルですって!?」
雷竜と雷竜は互いに喰い殺すようにとぐろを巻く。その度に颶風と衝撃波が生じ、ソフィアと剣士をその場から弾き飛ばした。
「……く、……くあっ」
ソフィアは剣を杖代わりにして立ち上がろうとするが、身体が震えてうまく立ち上がれない。ついには剣が砕け、その場に倒れてしまう。
「魔力……が……」
まるで大量に出血したかのようだ。辺りに雪はもうないが、それでも凍て付く冷気が装備の隙間から入り込んでくる。さらに、まるで染み込むように体温を奪っていった。
この戦場は「叡智」の魔王城を視認できるほどの距離なのだ。大陸を冷気で包み込む「叡智」の魔力がこれ以上強い場所もない。
外気温は余裕で氷点下を下回っており、魔力によって最低限の自己強化をしていなければ、どれだけ厚着をしていても耐えられる環境ではなかった。
やがて白煙が吹雪によって掻き消された後、そこには佇む漆黒の剣士の姿だけが残っていた。
「……なんという威力だ。〈雷鳴閃〉で私の〈雷霆閃〉と並ぶとは……」
鎧の氷はすべて先程の暴風の衝撃によって剥がれてしまったらしい。「勇者」同士のスキルのぶつかり合いにより、弱いスキルによる付与効果がすべて剥がされてしまったためだろうと推測できる。ソフィアはそれを見ながら、バケモノかと小さく呟く。
目の前の剣士はチャージ系スキルなど使わず、ただ〈雷霆閃〉というスキルのみでこれだけの威力を叩き出した。それはつまり、彼は単独で、尚且つ余裕を保ちながらアイスドラゴンを葬れるということ。
けれど――本来の目的はそこではない。
にや、とソフィアの口端が上を向く。
「っな!?」
「おっと、気付かれたか。でも、もう遅い」
いつの間にか剣士に接近していたアリアが彼から離れ、メイの元へ行く。
「貴様! 私の魔具を!!」
「『怪盗』に隙を見せる方が悪い」
アリアは「商人」と「怪盗」のダブルローラーだ。相手の所有するアイテムを見抜き、価値あるものを盗むには十分過ぎる経験と才能を持つ。
とはいえ、これだけの相手を前にまともに盗むのはさすがに不可能。だからこそ、全員決死の覚悟で戦い、勝てばそれで良し。負けても、最後の瞬間にアリアが転移の魔具を奪えばいいという作戦だったのだ。
そもそもとして、自分たちの目的は「欠落」の救出である。目の前の剣士を倒すことではない。
それに、いかにこの剣士が強いとはいえ――あの「欠落」に敵うとは思えない。あとは魔具を利用して「欠落」を救出し、この場へ連れてくればいいだけだ。
その場合の問題としては、それまで自分たちが生き残れるかなのだが。
「ほら、メイちゃん」
「で、でも……みなさんが……」
メイもその危険性は理解しているのだろう。鈴がふたつ合わさったような魔具をアリアから渡されても、困ったようにこちらを見てくる。
「行って! それで『欠落』さんを!」
「こっちは私たちでなんとかするわ……早くあの馬鹿を連れて来なさい!」
「ええ。私たちだって強くなったのです。時間稼ぎくらい……!」
「問題ない。そのために、わたしもアイテムを温存してる」
アリアはポーチへ手をやり、素早く魔法薬の入った小瓶を仲間へ放る。ソフィアも受け取って直ぐさま口にした。魔力を回復させる貴重品「月霊髄液」というらしい。僅かではあるが、魔力がゼロとそうでないかは大きな違いである。この環境で魔力がゼロというのは凍死を意味するのだから。
「そこの少女、返しなさい。さもないと――」
『ほら、メイ! 早く! ワタシだって危ない道渡ってんのヨ! コッチはワタシも協力しとくから!』
「わ……わかったのです! 魔具さん! お願いするです!」
魔具を両手で包み、メイの祈るように目を閉じた。
手のひらから光が漏れ出し、それが彼女の身体を包む。
一瞬だけ、目映い光が周囲を明るく染め上げた。光が収まった後、そこには既にメイの姿などない。
「やったみたいね……」
「…………そうだな。やってくれたようだ」
剣士は怒気を孕んだ声でソフィアたちへ告げる。
「死に体の『勇者』一人に、私へ痛痒を与えられない『魔法使い』たち、か。それでどうしようというのかな?」
「『勇者』が一人とは限らないだろう?」
「なに……っ! そうか!」
「その通り。『怪盗』は仕事が早くないと駄目。捕まっちゃう」
アリアはメイに全員の注目が集まった瞬間、既にシルバーとアイリーン、オラルドの回復を済ませていた。さすがに、それ以上となると厳しいようだが、次はアイリーンとコンビを組んでいる「聖騎士」のエイリークを回復しようとしている。隙さえあれば、それも可能だろう。
疲弊はしているが、「勇者」が二人。そこへ「戦斧」に「魔女」が加わり、さらにメシアやアイリーンも攻撃へ参加できる。
「だが……それでも、私に勝てると思っているのか?」
「勝たなくてもいい。時間稼ぎだもん。それに……」
予備の剣をアリアから放られ、その切っ先を剣士へ向けてソフィアは告げる。
「その大剣、どこまで保つかな?」
「…………〈武器破壊〉、いや〈装備破壊〉か? 厄介なスキルだ」
ソフィアが「欠落」から授かったスキルの中にはパッシブスキルもあった。剣士が呟いたのとは違うが、効果は似たようなものの〈破壊者〉という物騒なスキルだ。
言葉通り、大剣の刃はかなりの部分が刃こぼれしていた。さらに薄くではあるが亀裂も生じている。まだアレで戦うことはできるだろうが、強く打ち合うことはできない。
また、単に刃こぼれを起こす程度が〈破壊者〉のスキルのすべてではない。対象の武器の内部、芯にもダメージを蓄積させることで、魔力伝達率そのものも低下させることができるのだ。ソフィアがいくら強化させていたとはいえ、〈雷鳴閃〉で上位互換である〈雷霆閃〉と互角に持ち込めた理由のひとつでもある。
「まだこんなところで立ち止まるわけにはいかない。あの人の背中はまだ遠いから」
「このようなところで、これ以上魔王様に不甲斐ない姿を晒すわけにはいかない。ましてや、かの方にも笑われてしまう」
ふとソフィアの頭で何かが過った。この剣士の言う「かの方」とは誰なのか?
それが誰なのか――わかる気がする。直感した後で、理屈がそれを補強する。
彼は「勇者」だ。そして「欠落」を魔王城で拘束もしていなかった……それが真実だったら?
ましてや「欠落」は顔見知りに会ったという軽いノリで魔王城へ旅立ったという。その際にいたのも十中八九、この剣士。
なるほど。であるならば、目の前の剣士もまた「勇者」として自分と同じく、「欠落」の背を追い掛ける同輩というわけだ。
ならばこそ――負けるわけにはいかない。
最初にあの寂しそうな背中を引っ張るのは自分なのだと、もう誓ってしまったから。
「行こう!」
「来いっ!」
互いに地面を蹴る。
一騎当千を誇る魔族の「勇者」と、「太陽」を先鋒とする人間の少数精鋭が最後の力を互いに振り絞り、激突する。
互いの気勢が絡み合い、それに促されるように吹雪はより激しくなった。
ソフィア「『欠落』さんを追うのは私だけでいいから」
トール「何を馬鹿なことを。むしろ貴様が引き下がれ」
ソフィア「は?」
トール「あ?」
メイ「ご主人様ーっ! 助けて欲しいのですーっ!」




