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「強欲の魔王」と「叡智の魔王」との間で戦争が起こったのは、現在から考えると遥か昔のことだ。それこそ、まだ聖剣を携えた「勇者」が「叡智」へと挑む前の話。
結果として引き分けに終わったと言われているが、それは事実と違う。
実際は「叡智」の惨敗だったのだ。
初めから魔王軍の強さ自体からして「強欲」が勝っていた。むしろ、魔王軍だけの強さでいうならば、「叡智」の魔王軍勢は他の魔王軍と比しても劣っていたといえるだろう。
では何故「叡智」は「強欲」に次ぐナンバーツーの立ち位置で在り続けられたのか?
その答えは単純だ。「叡智の魔王」がそれだけ有能だったからである。
彼女は強いだけでなく、有能であった。
敵の軍勢の力量や配置、攻め方などを見極め、自軍を最適の位置に置く。さらに、戦う相手に合わせてアーティファクト級の魔具を製造し、配下たちに与えていた。
要するに、各自が戦う相手に特化した武装や作戦を手にしていたのだ。
敵より劣った軍勢でも、互角以上に戦える戦争を作り上げる。
それこそが「叡智」の強さだった。
ただ、ひとつ。
「叡智」ですら読み通せないものがあったとすれば。
それぞれの魔王は魔王中ナンバーワンツーの実力とされていたが、その間には大きな開きが存在したということ。
「錬金術士」のロールを持つ「叡智」は自分の軍勢に与えているのと同様、夥しい数の魔具を用いることでその差を縮めた。そうすることで半年に渡るほど長い期間、戦争は続いた。続けることができた。
ただ、それでも――「強欲」には届かなかった。
「強欲」は力尽きた「叡智」を蹂躙した。それは肉体的にも精神的にも、そうだ。
高いプライドゆえに「叡智」は自死しようとしたが、それを「強欲」は許さなかった。彼が欲しかったのは「叡智」の身体ではなく、その誇り高い魂だったのだから。
「強欲」は強欲ゆえに「強欲」。欲しいモノはどんな手を使ってでも手に入れる。
そういった彼にとって、「叡智」は誇り高いからこそ、手に入れるには脅迫が有用だと理解していた。
彼は告げる。もしも自死すれば、「叡智」の魔王軍は――否、サルニア大陸の魔族はすべて、人間以下の待遇をもって支配する、と。
そのようなこと「叡智」が許せるはずもない。ゆえに、彼女は「強欲」の蹂躙を受け入れざるを得なかった。
『強欲』の蹂躙は十日に及んだ。そして最後の時が訪れる。
「飽きた」
たったそれだけのことで、「強欲」は「叡智」から興味を失った。
彼の力をもってすれば、抱けない女などいない。もっとも、彼が抱いて壊れない女を探す方が難しいのだが、それとこれとは別問題であった。彼にとって重要なのは、自分の欲求が満たされることのみ。
自分の誇りが折れなかったことにより、「叡智」は勝利を確信した。この唾棄すべき魔王は確かに自分の身を蹂躙はしたが、その誇りまでは穢せなかったのだと。
そうして笑みを浮かべたのがマズかったのか。
「強欲」は不快げに鼻を鳴らし、良いことを思いついたというように「叡智」へとある要求を迫る。
それは――
◇◆◇◆
「あのメサイアが!?」
「そうです。さすがのメサイア様でも、自分の支配する者たちが人間以下の待遇にされることは耐えられなかったのでしょうね」
クツクツと嗤いながら、悪魔は「強欲」と「叡智」との間の出来事を語る。
そうして結局、メサイアは折れた。彼女は最後の誇りさえ砕かれたのだ。
そりゃ彼女が「強欲」を恨むのも当然だ。そして「強欲」を倒した「英雄」を恨むのも筋違いとはいえ、理解はできる。俺はいまや「英雄」ではないが、まあ一番かつての自分に近い人物も俺以外有り得ないだろうから、俺をそう判断するのも仕方ないだろう。
だから、彼女は俺を一瞬で殺すことをしないのだ。
自分の誇りが砕かれるのと同じくらいの屈辱を俺にぶつけているのだから、あっという間に死なれたら興醒めもいいところだろう。
「あの野郎、メサイアを好き放題したってか」
長寿な魔王だから、今と然程変わらない容姿か、もっと若いかだろう。そんな彼女を……あの巨乳美女をヤツは好き放題したっていうのか。許せんな。もっと残虐にブッ殺せばよかった。まあそんな余裕なんてなかったけれども。〈アイギス〉で切り札を防いだ際に絶望を覚えさせただけでもよしとする。
「そして、メサイア様は身ごもるわけですよ。怨敵の子を、です」
「強欲」は不敵な笑みを浮かべた「叡智」の心を完全に砕くことにした。
つまり、彼女が憎んでいるであろう己の子を孕ませるという方法だ。それも、彼女の方から懇願するという形で。
メサイアは世界最高の「錬金術士」といえるだろう。その彼女の手で、妊娠間違いなしの秘薬を作らせ、自分に投与させた。それから再度メサイアを犯し、ようやく満足して「強欲」は去ったのだという。
「それで、憎んでいた子をこうしたってわけか……」
「いえいえ……『欠落』様はメサイア様の怒りをまだ甘く見ておりますよ?」
「ん?」
どういうことだ?
「メサイア様はご出産なされました。魔王と魔王の血を継ぐ――それも、魔王の中でも一位と二位の――サラブレッドをね」
さらに悪魔は続けた。
メサイアはその子供を非常に愛情深く育てた。戦争によって低下した国力を回復させるために奔走し、あまり構っていられないことを謝りながら、子供を育てた。子供もその愛情を受け、すくすくと成長した。
だが――メサイアのその愛情はすべて、憎悪の裏返しだった。
とりあえず。そう「とりあえず」、恨みをその子にぶつけるために、敢えて愛情を子に注いだのである。
子供も母親の愛情を疑わなかった。
そうして成人を迎える日にプレゼントがあると言い――実の子に魔法を放った。
「この子はですね、まだ母親を疑っていないのですよ。『どうして?』と不思議に思って仕方ないのです。母親を恨み切れないほどの愛情を与えておいて、突き落とす。……いやはや、メサイア様は非常に恐ろしい方でございます」
思わず視線をそのバラへ落とした。
見た目は氷でできたバラに見える。いや、そう見えていた。
けれど、話を聞いた今となってはそう見えない。
「…………〈情報開示〉」
義眼のスキルを行使する。そうして表示されるステータス。魔王の血を継いでいるためかほとんど視えなかったが、植物でないことは確かだ。
「……本当に、ただのバラじゃないんだな」
「そうですよ?」
「――――」
即座に聖剣を握った。
一瞬の葛藤。
けれど、この場は衝動にすべて身を任す。
「眠れ。輪廻転生があるのなら、今度はもっと良い親に生まれろ」
「…………これは、おやおや…………予想外の事態に……私も慌てております……」
『安心しました。相手は魔族とはいえ、罪のない子です――痛い! なんで殴るのですかっ!?』
「うるさい」
俺がバラを――メサイアの子を殺したのはそんな深い考えがあったわけじゃない。救ってやりたかったわけでもない。
ただ、醜かっただけだ。
目にしているのが不愉快で堪らなかったから、殺しただけだ。
「……これでは、契約の完了は永遠に不可能になってしまいましたよ?」
「考え方を変えろ。おまえ、俺を見ていて面白いんだろう? 一生見ていられるじゃないか」
「なるほど……たしかに、それはそれで、悪くありませんね。この事態も、面白いといえば面白い。いやはや、実に予想外のことばかり起こしてくれる御方ですね」
それと、聖剣の切れ味や諸々を確認したかったのもある。この剣なら、俺が多少なりとも本気を出しても壊れることはまずないだろう。今のレベルならばまだ大丈夫なはずだ。
「まあ、一目見られただけでよしとしますか。契約達成とはいきませんが、本来は目にもできなかったところです。半分くらいなら――」
「違う」
「――と、申しますと?」
言わずとも、俺が何を告げるか理解したのだろう。悪魔は笑みを深くし、キシキシと嗤い始めた。それと共に、身体を興奮で震わせ始める。
「力を」
「……本来の契約ではございませんし、これは私のお礼に近いものです。レベルを定着させることはできませんが?」
「構わない。今のレベルじゃ、メサイアとまともに戦うことさえ無理だ」
『ちょ、何を考えているのですか!? 悪魔と契約!?』
聖剣がうるさいので、剣の腹の部分で壁を殴っておく。妙な悲鳴を発して黙った。しくしくとすすり泣くような声はウザいが、ぎゃあぎゃあ騒ぐよりはマシだ。
「そうですね……一応訊ねておきましょうか。どれほどのレベルをお望みで?」
「最盛期」
「それは望み過ぎですねえ。一時的とはいえ、それは不可能です」
それなら悪魔が許せる範囲で最大だ。
「お灸を据える必要があるみたいなんでな」
「――ッ!? フッ、クク……プハッ! アハハハハハハッ! そ、そういう狙いなのですか!? まさか、メサイア様を倒すでもなく? ……ああ、実に結構! 貴方様は真の勇者であると言わざるを得ません! まさか、魔族――魔王すらも、救済の対象なのですか!!」
違う。
それは、違う。
メサイアがどれだけ憎んでいても、それが変質したものであっても――子供に注いだ愛情は本物であったはずだ。
それを俺は知っている。本物でなければ、絶対に子供は気付く。
孤児であった俺だからこそ、あまりに多くの悪意を見続けた俺だからこそ、言える。
だから、俺が怒るのだとすれば、その一点。
どうして、途中で誰もメサイアを止めなかった?
どうして、彼女は途中で心変わりできなかった?
ロールではない。魔王という立場でもない。
けれど、それは彼女が「強欲」への恨みから脱せられていなかった証拠だ。彼女が変われなかったという話だ。
そして依然として今現在ですら――メサイアは「強欲」への憎悪の渦中にいる。
それこそ、「強欲」の呪いであるとも知らずに。
今でも「強欲」を恨んでいるというのは、まだヤツに囚われている何よりもの証左。
別に、それはそれでいい。復讐とか、どうでもいい。メサイアがそれでいいなら、そこに俺が口を出す権利は到底有り得ない。持っているはずもない。
けれども、彼女はその復讐を「強欲」の延長線上にいる俺へ向けた。
ならば、俺にだって彼女の復讐――彼女の意思――へ介入する権利が生まれるだろう。
悪魔の話が本当であるなら……そうであるからこそ……「強欲」を倒した俺には、メサイアを呪縛から解き放つ必要があると判断した。あんなクソ野郎に囚われていい存在など、居やしない。
穴だらけの理論だ。そんな余計なことはしなくていい。理性がそう叫ぶ。
でも、仕方ないんだ。
だって、そう思ってしまった。
昔と同じ。
今も昔も色々考えたりして失敗して、成功して、躓いて、それで生きている。
あの頃とは違うけれど――きっと、心はあの頃と変わらないままで。
「英雄」ではできなかった、衝動に任せて好き放題にする権利を「欠落」は有しているわけで。
だから、思うがままにバラに変化させられた者の命だって奪うし、メイだって意味もなく殴るし、邪魔だと思って者は殺す。
そんな俺だからこそ――魔族にだって対等に接していける。
今の俺は人類の希望である、魔王を倒すためだけの暗殺機械たる「英雄」ではない。
大事なものを削ぎ落とし――本当に大事だと思うものは保ち続けた「欠落」だ。
そしてどちらにせよ――勇者なのだ。
だからこそ、歩まなければならない。
血塗られた道でも、罵詈雑言を浴びせられようとも、勇ましく進まなければならない。
そしてそれは、俺が自分自身で決めたこと。
その意思はあの頃から変わらず、今もこの心臓を衝き動かす。
「救うんじゃない。ただ……『強欲』を討ったのが俺なら、その尻拭いは俺がしなくちゃって話だ」
『は? 「強欲」? あの最悪最低言語道断を地で行く魔王を?』
「うるさいですよ? 今、折角良いところだったのですがねえ」
『ぶぎゅっ!? ええっ!? なんですかこの呪いは! あなた――どれだけの高位悪魔なのですかっ!?』
悪魔は手を広げ、微笑む。
「畏まりました。貴方は実に、最高のお客様で御座います。その願い、可能な範囲で叶えましょう。定着はしませんが……そうですね。メサイア様との戦いが終わるまでは、その効果を続けさせていただきましょう」
「頼んだ」
悪魔は事もなさげに指を弾き、それではと告げて消えていく。
『ええと、あの……マスターって呼べばよいのですか?』
「どうでもいい」
『そんなあ……』
俺は自分自身のステータスを確認する。
「……まあ、戦えることは戦えるな」
レベルは四一〇にまで戻っていた。
欠落「良いことを思いついた……! やはり俺は天才かもしれん……いや、天才だわ。自分が自分で怖くなるわ……」
メイ「なんです?」
欠落「メサイアを組み伏して、そんでもってイロイロして、俺にメロメロにさせれば……!」
メイ「やってることが『強欲』と一緒だと思うので——痛いですぅ!」
エミリー『メロメロって今日日聞かな——痛イィィィッ!』




