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「……なんだ?」
メイと冒険者ギルドの側までやってくると、中から物凄い勢いで人々が出て行った。全員酷い形相で、あの表情には何か見覚えがある。ああ、魔族を前にした一般人の顔だ。ということは、そういう何かがあったのだろうか?
「まあいいや。人が少ないのは好都合だ。メイ、さっさと登録してこい」
「了解なのです」
冒険者登録さえしてしまえばモンスター素材を売れる。そうすれば金が入る。金がないとこの世の中非常に生き難いのである。裏を返せばこの世は金で回っていると言っていい。過言かな? 過言だな。
冒険者ギルドでは冒険者に対して様々な恩恵を与えている。モンスターの素材を売れるのもその一環だ。モンスターを狩ってくれたら、それだけモンスターの被害に遭う者が減る。先制的自衛というわけだな。また、教会でのレベルアップの儀式に掛かる費用を免除されたり、一番安い宿くらいならタダで泊めさせてくれたりする。野宿して風邪引いて冒険者に死なれるのも困る、ということだ。
もちろん、冒険者ギルドは慈善事業ではない。働かない冒険者にそれらの待遇を与え続けるわけにはいかないのだ。
冒険者がクエストを受注せずにいられるのには期間がある。一定期間受注せず……というよりは達成せずにいると、階級が一段階下がるのだ。もちろん、最低階級でさらに下がった場合は冒険者資格を剥奪される。
階級は六つに分けられており、金属を加工して作られたプレートの色で区別される。最高位から順に、白金、黄金、銀、青、赤、黒だ。階級が高い冒険者ほど難易度の高いクエストを受注することが多いため、階級が下がるまでの期間は長く設定されている。白金の場合は無期限だ。「英雄の勇者」の冒険者階級はそれである。
「冒険者じゃないとモンスター素材を売れないから金が入らない。でも、クエストを達成しないと階級は上がらないし、最悪資格剥奪なんだよなあ。そんな回り道してる暇はないってのによぉ……」
厄介なことに、冒険者ギルドはどこの国にある支部でも連絡網ができており、どこで登録しても名前とレベルが各ギルドに出回るようになっている。つまり、一度剥奪されてしまうと、もう他のギルドで新しく登録する……ということはできないのだ。
「悪魔曰く、半年以内にサルニア大陸を出ないとヤバいんだよな……。ううん、どうするべきか……」
ギルドの外で悩んでいると、扉が内側から開かれた。目を向けると、メイが顔だけこちらに覗かせている。どうかしたのだろうか? まさか、幼過ぎるという理由で登録できなかったのか? でも、年齢制限とかはなかったはずだし……。いや、俺が知らない間にそういうのができたのかもしれない。だとしたらまた面倒だな……。
「どうした?」
「ちょっと、ご主人様に相談したいことが……。中に入ってもらえますです?」
「いいけど」
何だというのだ? さっき冒険者たちが必死こいて逃げて行った理由と重なるのだろうか?
蝶番に油が注されていないのか、ギギィと鈍い音を立てた扉を開く。ギルドホールは俺が知っているそれよりも暗かった。だがそれは照明的な意味ではなく、雰囲気としての話だ。かつて黄金級冒険者が殉職したときに暗い雰囲気のギルドに入ったことがあるが、ここまでではなかったはずだ。
「ええと、それでこの方が……」
「はいです。メイのご主人様です」
おや!? 普通に奴隷であることバラしたぞ!? やっぱり、単に俺のことを「ご主人様」と偶然呼ばなかっただけか。ちょっとは頭を回して気を遣ったのかと感心してたのに。
「ご主人さ――ご主人様!? どうしてメイをそんな苦々しく睨んでるです!?」
「おまえは駄目な奴隷だなあと思って」
「メイが何したって言うですぅ!」
べちーん、と頭を叩いておいた。頭に両手を当てて涙目のメイを無視し、ギルド職員へ向き直る。
「それで、何の用だ?」
メイと俺のやり取りに唖然としていた職員だったが、俺が話し掛けたことでハッと我に返り、懇願するように捲し立ててくる。
「メイ様は現在、当ギルドで確認しているどの冒険者よりレベルが高いのです! どうかこのクエストを受けて頂けないでしょうか!?」
その叫びは痛切な色をしていた。懇願というより哀願に近い。
目の前にいる彼女はおそらく受付嬢だろう。彼女の後ろには複数人の職員がおり、彼らも頭を下げている。何人かは腹の出たおっさんだが、服の質が良い。こいつらの中にこのギルドの支部長がいるのだろう。
支部長自らでなく、受付嬢を前に出した理由はなんだ? いや、考えても仕方ないか。先にそのクエストやらを見てみることにしよう。
クエストの依頼書を受け取って見てみる。いつの間にかメイが隣に来ていて、背伸びして見ようとしている。仕方なく、手の高さを下げてやった。プルプル震えてたしな。
「ドラゴン……か」
「はい……」
「うええ!? ドラゴンです!?」
メイが頓狂な声を上げる。しかし、それも無理ないことだろう。
なるほどな。だから先程は冒険者たちが我先に逃げたわけだ。
――ドラゴン。
基本的に魔族より下位の存在であるはずのモンスターの中で、下手な魔族より強いという異質な存在。
巨躯は歩くだけで地響きを起こし、尻尾の一振りで家屋を破壊する膂力を誇る。全身は竜鱗と呼ばれるドラゴン特有の鱗に包まれており、生半可な攻撃は通用しない。それだけの力を持っておきながら魔法も扱うという災害級のモンスターだ。
最悪なのが翼で飛行しながらの魔法やドラゴンの種族固有スキルである〈ブレス〉による攻撃だ。戦士ロールなどのように接近戦しかできない者はほぼ反撃手段を失ってしまう。
個体にもよるが、基本的にレベルは一〇〇を超えている。歳経てエルダーのロールを手にしたドラゴンの場合はさらに跳ね上がり、最低でも三〇〇レベル。
詳しく依頼書を読んでみると、この街から東へ馬で十日ほどかかる場所にセパリアという小国があり、その国からの依頼であるようだ。国の側にドラゴンが突如現れ、攻撃してくる素振りはないが、離れる素振りもないという。セパリアにも冒険者ギルドはあるが、そこの冒険者でもクエストを受注する者はいなかったようだ。そのため、周辺のギルドへこのクエストを回したのだという。
ふむ……。これは、悪くないかもしれないな。
「解せんな。ドラゴンは高い知性を持つ。会話はしてみなかったのか?」
「当然の質問かと思われます。ですが、そのドラゴンは会話ができなかったようで……」
「会話ができないドラゴン?」
そういうものも……まあ、いるにはいるか。主に若いドラゴンだ。あるいは、単に人間嫌いで会話する気にもならなかったとかが考えられる。
そして支部長が受付嬢を前に出した意味もなんとなく理解できた。
ざっと眺めてみた感じ、目の前の受付嬢が職員の中で一番若く、美人である。とにかくクエストを誰かに受注してもらいたかったのだろう。そのためにはなり振り構ってられないというわけだ。誰か一人でも冒険者を出すことができたなら、後にギルド内で何らかの争いがあったとき、このギルドは有利になる。
……まあ、彼らも本気でドラゴンを討伐できるとは思っていないのだろう。セパリアのことはほぼ諦めているはずだ。だから、その後の糾弾を避けるためと考えられる。
「ドラゴンねえ……。残念だがな、俺の奴隷はドラゴンの相手をできるほど強くない。レベルが高いからって、ドラゴンに勝てるほどじゃないんだ」
「あぅ……」
メイが隣で落ち込んだ。落ち込まなくていいんだよ? これはこちらにとって有利に話を運ぼうとしているだけなんだから。
ドラゴンを倒す。
それだけの偉業を為せば、初っ端からかなりの階級でスタートできる。つまり、クエストを受注しなくてよい期間が伸びるのだ。
あと、報酬額をより高くしてもらったり、初期階級を事前に確約してもらったりと、色々と高く付けさせてもらおう。俺からすればこの程度のドラゴンなんぞ鼻くそほじるくらいの労力でしかないが、他者からすればお先真っ暗なはずだ。それに、死ぬと分かっている相手になら何でもしてやろうと人は思うはずだ。ましてや成功報酬の約束だというなら尚更である。
「では、貴方様ならば……」
「悪いな。俺は冒険者じゃないし、諸事情あって登録する気もない」
ちょっと翳りのある感じの苦笑を浮かべておく。これで意味深に勘違いしてくれるはずだ。
「では……」
よしよし。いいぞ。いい感じだ。ククククク、美人のそういう表情、イイね!
表情にはおくびにも出さないが、内心は両手に扇子を広げてパレードである。まあ隻腕なんですけどね。想像の中でくらい五体満足でいさせてくれよ。
「そうですね。でしたら――」
俺の求める条件を出そうとした瞬間、耳障りな音を立てて背後の扉が開かれた。
ギルドホールにいる全員の視線がそちらに集まる。それは当然、俺も含め。
「話は聞かせてもらったわ! その依頼、この『太陽の勇者』が受領する!」
「『太陽の――」
「――勇者』ぁ!?」
その二つ名を象徴するかのような後光を背に、勝ち気な顔の少女は犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った。
◇◆◇◆
二つ名とは善かれ悪しかれ、偉業を為した者に授けられる称号である。しかし、中には偉業を為さずとも二つ名を与えられる者もいる。
そのひとつが「魔王」である。
そして、「勇者」もまたその特異な存在のひとりだった。
勇者のロールを持つ者は非常に稀少だ。そのため、人間たちは必死で「勇者」を見つけ出し、輩出しようとする。
人類に希望を与えるために。
魔族に絶望を与えるために。
現在、世界で最も有名な「勇者」は「英雄の勇者」だ。自身の危険を顧みず、困った者がいれば率先して手を貸し、謙虚な姿勢を崩さない。勇者の模範たる人物である。
そして「英雄の勇者」は最悪の魔王とも呼ばれる「強欲の魔王」を打ち倒した。
魔王が滅んだ瞬間、その強力な魔力は大気中の魔力を震わせ、世界中のあらゆる存在にそのことを報せる。どれだけ魔力の低い存在であっても、ソレは感じられるのだ。それだけの力を魔王は所持している。
「英雄の勇者」は「勇者」たちからも尊敬され、負けてはいられないという競争心を駆り立てる存在でもあった。
それは「太陽の勇者」とて例外ではない。
彼女はエルキア大陸に渡り、「強欲」を倒すためにレベルアップしようと訓練している途中、「強欲」は倒された。だからこそ余計に、彼女は「英雄」に対して強い競争心と憧憬を持っていた。
だが、「英雄」はいなくなった。ある者は相討ちになったと言い、ある魔王は自分が倒したという。
彼女はそれを信じなかった。彼女が目指した「英雄」は「強欲」に相討ちであろうと負けるような存在ではなかったからだ。
だから他の魔王を倒しに行ったという噂を信じた。
そして考える。次に「英雄」が向かうのは何処か?
「強欲」の支配していたエルキア大陸は世界最大の大陸だ。そんな大陸を支配していた魔王を倒せば、救われる人の数も当然多くなる。ならば、次に多くの人を救うとしたら、向かうのは次に大きな大陸――サルニア大陸だ。
もちろん、かつて「英雄の勇者」だった「欠落の勇者」がサルニア大陸に向かったのは違う理由である。だが、次に大きな大陸に向かうという意味では同じ理屈だった。
そして、ようやく――「太陽」は変わり果てた「英雄」と邂逅する。
◇◆◇◆
扉を開き、やってきたのは「太陽の勇者」を名乗る少女だった。
年齢はおそらく十代後半くらい。半ばを過ぎた頃かも? セミロングの髪はピンクブロンドで、キラキラ光を反射する感じから「太陽」と名付けられたのではなかろうか。
彼女の後ろには他にも三人いる。四人パーティなのだろう。全員女だ。
「……なんだこいつ」
はて、「太陽」とかいう勇者っていただろうか? 覚えがないな。
そんなことを考えていると、横からドンと押される。受付嬢が俺を押しのけて「太陽」の元へと向かったからだ。
「お、おわわわわっ」
「ひええ! 潰されちゃうのです!」
受付嬢だけじゃなかった。他の職員たちも俺たちを押しのけて受付嬢の後を追う。メイは小柄だから体重も軽く、吹き飛ばされそうになっていた。襟首を摘んで確保しておいてやる。
「貴方様が『太陽の勇者』でしたか!」
「名前は聞いております!」
ギルド職員たちの声には熱が混じっていた。中には涙ぐんでる者もいる。なに、これ。
「ご主人様とはまるで違う勇者なのです。こう……確かに、『太陽』って感じがするのです」
「『欠落』で悪かったな……」
「ひええ! 痛いのですう!」
「おやめなさいっ!」
鋭い声が掛けられ、俺も職員たちも目を丸くして声の方を見た。それはどうも「太陽」の後ろにいるメンバーから発せられたようだった。
輝く銀色のロングヘアを揺らしながら、黙っていれば清楚な感じの女性がまなじりを吊り上げてこちらにツカツカ歩み寄ってくる。
「こんな幼い少女に乱暴など……神が許しませんよ!?」
「馬鹿を言え。これはアレだよ、アレ。……フィッシングだ」
「メイの髪の毛は釣り竿です!?」
目の前まで来た女はメイの襟首辺りに目をやって痛ましそうな眼差しになったかと思うと、またさっきみたいにキッとした視線をこちらに向けてくる。
「彼女を解放しなさい」
「ほい」
「ふう、やれやれなのです。あわやハゲるとこだったのです」
そこまでやらんわ。失礼な。やるなら一気にむしるわ。
「そういう意味ではありません!」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「わかっているのでしょう!?」
「ち、ちょっと……メシア……」
続いてちんまりした少女がやってきて、メシアとかいうらしい女の袖を引っ張った。
「なんです、アリア」
「他所様に口挟むのはやめようよ」
「ですが!」
「そうだよ。やぁめぇろぉよぉー」
「あなたは少しくらい真面目に話す気がないのですかっ!?」
おや、また怒らせてしまったらしい。それにしてもキレやすいやつだなあ。黙っていれば清楚な美人なのに惜しい。こう、シスター的な雰囲気がある。
「えと、仲間が失礼しました。わたしはアリアといいます。こっちはメシア」
「これはご丁寧に、どうも。諸事情あって、俺は名前を言えないんだ。二つ名に従って『欠落』と呼んでいくれればいい」
こっちも頭を下げておく。
「メイはメイなのです」
うん。言わなくてもいいね。
「メシア、悪い癖」
「ですが、アリア……。このような少女を奴隷になど……」
おや? おかしいな。なんでこいつ、メイが俺の奴隷だとわかってるんだ? こいつの前ではメイも俺のことを「ご主人様」と呼んでいないはずだが。
もしやと思い、義眼のスキルを発動させて集中する。メシアはアリアと話しているため、こっちには十分な時間があった。結果は案の定といった感じ。
メシアのレベルは一〇四。ロールは勇者と並んで稀少な賢者だ。だからか、固有スキルに〈賢者の瞳〉がある。隠蔽系のスキルなどを無効化するスキルだ。
それにしても、賢者とは驚いたな。このパーティ、勇者がいるのに賢者までいるのか。
賢者は魔法使いと僧侶を併せ持ったロールだ。ダブルロールと同じでランクアップには膨大な経験値などが必要になるが、基本ステータスがそのぶん高い。とはいえ専門ロールには劣ったりするし、魔法使いや僧侶にも固有スキルがあるため、どちらが上というわけではない。けれど、賢者の方が上だと考える人が多いのも無理はない。それだけ優秀なロールなのだ。
そしてついでにアリアの方も視ておく。
アリアのレベルは九七。ロールは商人と怪盗。両立してはならないロールが両立している気がする。
商人の固有スキルで〈真贋鑑定〉があり、怪盗の固有スキルで〈痕跡看破〉がある。これらによって見えないモノも視れるようになり、なおかつそれが罠かどうかや本物かどうかも理解できるようになるのだ。だからこそ、彼女の目にもメイの奴隷印が視えたのだろう。
「私の仲間まで変な目で見ないでください!」
アリアのステータスを覗いていると、彼女を庇うようにメシアが前に出てきた。変な目ってどういうことだ……。いたって普通のつもりだったのだが。決してスリーサイズを視ようとしていたわけじゃないよ。本当だよ。「欠落」嘘吐かない。
「ご主人様は顔がちょっと蛇っぽいのです」
「マジで!?」
初めて言われたぞそんなの。かつての「英雄」は蛇面だったの? なにそれ邪悪。
「じゃあおまえはアレだな……」
「な、なんです? お人形さんみたいって言うです?」
「いや、なんか……ああ、もういいわ」
「ここまで来てそんなんアリですっ!?」
ぽかぽか叩いてくるが、痛くない。むしろメイの手の方がダメージを負ったようで痛そうにしていた。馬鹿かおまえは。
「あなたはっ!」
「おおぅ!?」
なんかまたメシアが怒り出した。なんで? どうして?
少し考え、理解する。今ので俺が奴隷印を通じてメイに非服従の罰を与えたと思っているのだろう。とんだ見当違いなのだが、まさかステータスの差での自爆ですと素直に言えるはずもない。レベル三〇〇オーバーとかバレたら厄介過ぎる。
「英雄の勇者」は死んだのだ。
「欠落の勇者」が代わりに生まれ、「英雄」を蘇らせるために奔走しているのである。
だから、俺が「英雄」だとバレるわけにはいかない。「英雄」は英雄のままでいてもらう予定なのだ。
というか、なんだ。悪魔との契約で渡してしまったものを返して欲しいとは思っているが、別に「英雄」の二つ名自体にはそれほど執着していない。名前がアレなのは厄介だし辛くもあるけれど、それよりも大事なものの方が先決だ。
「騒がしいな。どうしたんだい?」
「…………ほう。これは、なかなか」
「ご主人様……顔がやらしーのです」
ばかやろ。こんなん見てやらしい顔になっても俺は悪くないわ。責任の所在はあちらにある。
新しく現れた「太陽」パーティ最後のひとりのロールは聖騎士と守護者、さらには舞踏家という、勇者や賢者くらい稀少なトリプルロールの持ち主だった。聖騎士が戦士のクラスアップした騎士と僧侶を併せ持ったロールであることを考えると、クインティプルロールともいえる。ここまでくると、勇者とかより確実に少ない。その分、ランクは非常に上げ辛いのだろうが。
彼女の名前はアイリーンというらしい。レベルは一一九。スキルの項目を見てみたが、量が多過ぎてちょっと気持ち悪くなった。ここまでくると固有スキルだけでもある程度の量があるなあ。
だが! そんなことはどうでもいいのである! どうでもよすぎる! 世の中にはもっと重要なことが沢山あると俺は断言したい!
色々と言いたいことはあるが、血を吐く思いで一言に要約すると、この女はエロい。それに尽きる。なんて戦闘力をしてやがる……!
「良いものを見た。晴れ晴れしい気持ちだ。明日から元気に頑張れる気がする」
「メイはそんなご主人様を見て明日から曇天の気分なのです」
今の気分ならメイの悪口も聞き流せる。まるでカラスが縄張り争いで鳴き叫んでいるかのようなもんだ。
うん、ウザいな。
「アイ。またメシアが……」
「ああ、そういうことかい」
アイリーンはアイという愛称なのか。なるほど……なるほど……!
彼女は「またか」と言わんばかりの顔で嘆息しつつ、肩甲骨くらいまである髪を搔き上げながらメシアに微苦笑を向けた。
「メシア、前から言ってるだろ? 注意を促すのは……まあいいさ。けど、喧嘩腰で行ったってどうしようもないだろ。上から目線で言われちゃあ反発されるのも仕方ないさ」
「アイリーン……。たしかに、そうかもしれませんが……」
「でもま、メシアの気持ちもわかるけどね。お兄さん。あたしも、そんな小さな子をいじめるのはどうかと思うよ」
「そうだね。やめることにするよ」
「あっさり!? あっさりですか!?」
「ご主人様の手のひらクルクルなのです。三六〇度自由自在なのです」
頑張れば七二〇度くらいいける気がする。
まあそれはともかく、と短く前置きをしてから三人に訊ねることにした。
俺の表情が変わったからか、あるいは雰囲気までも変わったからか。三人とも多少意識を変えたようだ。うおお……胸が揺れたぞオイ。そんな装備で大丈夫か? こちらは一向に構わんがな!
「おまえら、ドラゴンに挑むつもりか?」
「当然です。困っている人々を放置などできません」
「とメシアは言ってるけど、わたしはどっちでもいい」
「あたしもだね。リーダーに任せるよ」
「二人とも!?」
まるで裏切られたような目で仲間の二人を見るメシア。それを見てアイリーンたちは微笑を浮かべていた。からかっただけなのだろう。
「おまえたちがどれだけ強いのか知らないけど、ドラゴンに挑むのはやめた方がいいと思うけどな」
「ふふ。心配してくれてありがとう。けどね、あたしたちはこれまでもそういうことを言われ続けてきたのさ。だから、これからだってそうするよ」
ヒュウ、かっこいい。勇者名乗っていいんじゃない? 俺は許すよ。
「かっこいいです」
「そうかい? ありがとね」
メイも同じ意見だったようだ。アイリーンはそんなメイに対して人懐こい笑みを向けていた。
「ご主人様も、もっと勇者らしくしたらいいと思うのです」
「人はそう簡単に変わらんよ」
「それは諦めの言葉じゃないと思うのです……」
そんな会話をしていると、目の前の三人は双眸を見開いて俺を見つめてきた。
「あ、あなたは……『勇者』なんですか?」
「そうだよ」
「それなのに奴隷を!?」
「落ち着きなって、メシア」
どうもメシアは奴隷に対して排他的だな……。奴隷を嫌っているってわけではないのだろうが、奴隷制度が嫌なのだろう。あれはあれで良いもんだと思うけどね。
「だからこそ『欠落』って言われてるんだよ。勇者らしくないことくらい、俺が一番にわかってるさ」
自嘲を含め、嘲るように告げる。その態度にメシアはもちろん、アイリーンとアリアの二人も不快に見えたようで顔が歪んだ。
「『勇者』がそんなこと言ってどうするんですかっ」
もはや予想通りにメシアが噛み付いてくる。「賢者」がそんなに短気でいいのか。
とはいっても、ロールが人格に影響を及ぼすことはない。これはあくまでも個人の才能のひとつだといえるからだ。別に「魔法使い」だから武闘家になれないかといえばそうではないし、「盗賊」が聖職者になれないかというと……まあそれはなれないか。料理人とか商人にはなれるな。聖職者はちょっと話が別だ。アレはロールが大前提の職だ。
「では問題です」
指を一本立てて告げてみる。二人は唐突な言葉に不可解そうにし、メシアは冗談のように感じられたのか、また怒っている。本当、黙ってさえいれば清楚なのに……。
話の腰を折られないうちに言ってしまおう。
「右にはモンスターに襲われている人が、左には今にも崖から落ちそうな人がいます。あなたはどちらを助けますか? なお、時間的に片方しか助けられません」
「え……」
「そんなの、パーティを二分して――」
「だから、それは駄目なんだって。なら『四人揃ってようやくどちらかを助けられるとして』って言い換えようか?」
「随分悪趣味な問題だねえ」
そんなことを言われても困るな。「勇者」ってのは常にそんな質問を投げ掛けられる立場なのだ。
三人が頭を捻らせていると、それらを笑い飛ばすようにとことん明るい声が鋭く響いてきた。
「当然! 両方助けるわよっ」
声の主に全員の視線が向く。腰に両手を当て、勝ち気な瞳をこちらに向ける「太陽」がそこにはいた。
「ソフィア。もう話は終わったのかい?」
「ああ、うん。後でみんなにも聞いてもらうけど……そっちがなんか面白そうな話してたからね」
ふふんとばかりに目を逸らして笑う「太陽」。ちらりとギルド職員の方を見ると、当惑した様子が隠せていない。これ……話半分にこっち来たんじゃ……。こいつ勇者のくせにやりたい放題だな。まあ俺に言われたくはないだろうか。
「でも、ソフィーの回答はだめらしいよ」
「へ? なんで?」
「どちらか片方しか助けられないらしいのです……」
メシアが悔しそうに首を横に振った。そこまでガチな問題でもないんだが……。
「そんなの知らないわよ! ただ、わたしだったら諦めないってだけの話だもの。わたしの限界を勝手に決めんなぁ!!」
拳を高く突き上げ、咆哮する「太陽」。アイリーンはやれやれと微苦笑し、アリアは微笑、メシアは目をきらきらさせながら首を縦に何度も振っている。奥の方で話に付いて来れていないギルド職員たちは話がわからないながらも「太陽」の演説に感動している。
「ご主人様、この明るさはアレですか?」
「それ以上はいけない」
メイの口を封じる。言ってはいけない。また怒られてしまう。まあ「太陽の勇者」という二つ名があれば、誹られることは少なかろう。ただし実力が伴えばだが……他のパーティメンバーのレベルを見る限りは問題なさそうだけど。
「……やっぱりか」
ソフィアのレベルは一一四。レベル自体はアイリーンより低いが、ステータスはこちらの方が上である。
だが、スキルを軽く眺めていて笑えばいいのか憐れめばいいのかわからないものがあった。
〈脳天気(快晴)〉
これが「勇者」の固有スキルでなくてよかった。俺、こんなスキル要らない。
「それでわたしの仲間に意地悪な質問したのはあなたね? ううん、なるほど。意地悪そうな顔をしてるわ」
「だそうです、ご主人様」
うるさい。軽く傷付いてるんだから黙れ。初対面のやつにこうも言われるなんて……。
「わたしはソフィア。『太陽の勇者』の二つ名で呼ばれているわ」
「俺は諸事情あって名前が言えない。けど『欠落』って言われてるよ」
「『欠落』……? ぷはっ! あはははは! たしかに!」
周りの連中が皆ギョッとした顔をしている。隣ではメイが目を細め、剣呑な光を点そうとしていた。頭を撫でて大人しくさせるが。
俺も普通なら怒るところだが、あいにくスキル〈脳天気〉を見てしまった後ではあまり怒れない。考えなしで思ったことが口から飛び出てしまうんだろうなあ。可哀想だから怒る気にもなれないや。
「ソ、ソフィア!」
「失礼ですよ!」
「申し訳ありませんっ」
アイリーンとメシアがソフィアに注意し、アリアが謝ってくる。気にしなくてもいいと手を振って苦笑を浮かべておいた。
「え、なに? 『勇者』なの? あ、それで……。えと、ごめんなさい。わたしてっきり人として色んなものが欠落してるからそういう二つ名なのだとばかり……」
「むしろそっちの方が酷えぞ、オイ」
ああ、そういう意味で笑ったのか。俺はてっきり左腕と右目がないことを笑ったのかと思った。他の人々も同じだろう。
「……っ、…………っっ!」
笑い過ぎだな、メイ。
「はっ! 笑ってない、笑ってないですよ!?」
笑ってただろ。しっかりばっちり残った左目が見てたわ愚か者が。
ただ、これは使える。頭の中でこれから先の話の持って行き方を考えた。
彼女たちはドラゴン討伐へ乗り出すだろう。個体にもよるが、このパーティのレベルであればたしかに勝ち目がある。「太陽」パーティが出向くとなると、俺たちの方には声がかけられないかもしれない。なにせ一人は隻腕かつ隻眼であり、もう片方は幼女である。
レベルにしても、メイでは足手まといだ。ましてや冒険者登録したばかりの初心者。ドラゴン討伐の難易度を考えると、最下位である黒級冒険者にクエストを受注させるのはギルドとして褒められたものではない。というか今回みたいな緊急事態でない限り、規則でできないはずだ。
それでは困る。俺はとっととメイの冒険者階級を引き上げておきたいのだ。クソ、「太陽」が来る前にとっとと受領して出向けば良かった。後の祭りだが、それならばそれなりに取り戻せる範囲であれこれ手を考えるしかない。
「ドラゴン討伐に出向くのはいいけど……おまえらのレベルで勝てるのか?」
「勝てるかどうかじゃないわ。勝つのよ!」
「ああ、おまえには話してないよ」
「なんでよ!? わたしがチームリーダーなのよ!?」
だって話通じそうにないんだもん。
そういうわけで、アリアとアイリーンに目を向ける。メシアは「あれ……。私、ソフィーと同じ対応ですか?」と目を丸くしていた。当たり前だろエセ賢者め。
「ドラゴンか……。アリアは戦ったことある?」
「な、ないですよ! ドラゴンなんて!」
「あたしはある……。一度だけだけどね」
驚いた。ドラゴンと戦ったことあるのか。
それは俺だけでなく、彼女の仲間やギルド職員たちも同じようだった。
「当時のあたしは弱くて、強いパーティにほとんど無理矢理に近い形で同行させてもらってたのさ。それで……ドラゴンと出会った」
目を伏せ、暗い雰囲気でアイリーンは語る。
あとの流れは想像できたし、それに近かった。
パーティは半壊。前衛が死に体で後衛も魔力切れ。もう絶体絶命の大ピンチに陥ったとき、咄嗟に横から助けが入ったのだという。
「すごく強い戦士の方でね。武闘家のロールも持つダブルロールの人だったんだ。まともに動けないあたしたちをひらひら踊るみたいに救出してくれたかと思うと、今度はひとりでドラゴンと戦いに言ったのさ」
「ひ、一人でですか!?」
「なんということを!」
アリアとメシアが驚愕している。しかし、アイリーンは乾いた微笑を浮かべ、首を横に振りながら説明を続けた。
「いや、あたしたちは足手まといでしかなかったのさ。あの人は危う気なく戦って、ドラゴンの首を切り落とした」
おお……と周りからは感嘆の息が漏れた。
しかし……聞き覚えのある話だな。似たような話が出回ってるのか? ううん、誰から聞いたっけな……ああっ、そうか! 前に俺の仲間だった戦士の話か! あいつ、そういうことしたことあるつってたな。実際はドラゴンとひとりで戦うのは無茶で「もう二度とあんなことしないよ」と言っていたのを覚えている。
そして、俺にひとりで戦おうとするなと言ってくれたのだ。当時は既に悪魔と契約しており、恐怖心を失っていたためだ。結局、彼女の言葉を最後まで守ることはできなかったな。
そんなことを思い出していると、アイリーンが鋭い目でこちらを見てきた。敵意はないため、普通に見返す。……なんかこんな露出過多の美人と見つめ合ってると胸がどきどきしてくるな……。
「あんた……『欠落』さんは驚かないんだね」
「……まあ、ドラゴンだしな。俺も昔、倒したことあるよ」
今度はさっき以上に驚愕の視線が向けられた。肩を竦め、昔の話だと呟いておく。つまりは隻腕隻眼となった現在、そんなことは不可能だと思わせるためだ。全然余裕だが。
「あ、そういえば……ご主人様はレッド――」
「黙れ?」
「り、了解なのです! メイは良い子なのでお口チャックなのです! ムグムグ」
両手を口に当てて黙るメイ。レッド・エルダードラゴンを倒したことがあるなんて知れたら大騒ぎだ。あれだけのモンスターを討伐したことのあるやつなんておとぎ話の英雄くらいでしか存在しない。少なくとも、現在の世界には俺以外いないだろう。いたらもっと有名になっているはずだ。
そういう意味では、悪魔に素材を持っていかれて良かったかもしれない。下手に売ると大騒ぎになるからな。……あれ? てことは、下手にエルダードラゴン倒すより普通のドラゴン倒して正規の値段で売った方が金になるんじゃ……。うん、金集めが簡単にできるということで良しとしておこう。悲しくなんてないやい。
「そこで提案がある」
さっき問題を出したときのように、指を一本立てた。今度はギルド職員たちにもきちんと聞いてもらえるよう、視線をそちらにも向けておく。
「『太陽』のパーティに臨時で俺たちも入れてくれないか? メイのレベルは低いが、そこは俺がカバーするよ。こいつは魔術師だから、ドラゴンの能力を下げられるし、生き残るチャンスは上がるだろう? それに、俺の方からそのドラゴンがどれくらいのレベルなのかとか、どういう攻撃をしてくるかとか、アドバイスもできる」
うんうん、と皆頷く。
「代わりに、報酬は山分け……はアレだから、俺たちにも多少分配してくれ。ただ、ギルドの側ではメイの冒険者階級をある程度引き上げてくれないか?」
アドバイザーとしての役割を担う、と俺は告げる。そしてまともな戦力にならないので報酬は低くなるが、代わりに冒険者階級を上げてもらう。そこに関しては「太陽」たちにとって何のデメリットもない話だから問題ないだろう。こちらとしてはそれがメインなのだが。
「どうする、ソフィア。あたしは良い案だと思うよ」
「わたしもそう思う」
「そうですね……。メイさんのような幼い子供を連れて行くのは業腹ですが、前に出て積極的に戦うわけでないなら、私もアリだと思います」
「ふむふむ……なるほどー」
分かってるのか分かってないのか。ソフィアは腕を組んで考え込むような素振りを見せた。考えてないって俺にはわかるけどな。〈脳天気〉だし。フリだけだろどうせ。
「でも断る!」
「ええっ!?」
周囲の人たちがみんな驚愕した。俺もびっくりして目を丸くした。なんでじゃい。
「なんてねー。ウソウソ、冗談だよじょーぉーだーんー。……あ、あれ……」
アイリーンがソフィアの頭を掴んだ。メシアは笑ってない笑顔で近付き、アリアは肘でソフィアの脇を突いている。
「ちょ、やめ……ごめ、ごめんなさ……わた、わたし『勇者』なのに! なにさ、この仕打ち!」
自業自得だろ。
「ご主人様……本当にこの人たちとパーティ組むです?」
「仕方ないだろ、こうなっちゃ」
「そこはかとない不安がうなぎ上りで虹が架かりそうなのです……」
メイはしょんぼりし、俺も嘆息する――ように見せかけ、鋭い眼で彼女たちのステータスを再度確認する。
「それに……」
「です?」
ソフィア。勇者で一一四レベル。
アイリーン。聖騎士他で一一九レベル。
メシア。賢者で一〇四レベル。
アリア。商人と怪盗で九七レベル。
それにメイが魔術師で六六レベル。
「……どうせ勝てないだろうしな」
低い呟きはぎゃあぎゃあ騒ぐ「太陽」たちの喧噪で掻き消された。隣にいたメイだけがそれを聞き、なるほどですと小さく頷く。
ドラゴンは最低でも一〇〇レベル以上のモンスター。現れた個体がどれだけのレベルかわからないが、彼女たちのレベルを超えていることは十分に有り得る。メイの魔法でステータスを落とせるといっても、レベル差が掛け離れていると効果は低くなるだろう。
ひょっとしてと思い彼女たちのスキルを確認したが、ドラゴンに対して効果が大きいものはないし、自身の力量を過剰にブーストするスキルもない。
俺がいなければ負けはほぼ確実だ。
「さて、どうするかな」
助けるか、助けないか。
かつての「英雄」ならば迷うことはなかった。しかし、ここにいるのは「欠落」だ。
ドラゴンと戦い、彼女たちを助けた場合と助けなかった場合を考え、思案に耽った。