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本日二話更新です。
超短い前話を事前に……読まなくても大して影響はないかも……。
白い爆発が連鎖する。視界を塞ぐ猛吹雪の中、鉛色の背景を漆黒の甲冑が緋色の燐光をヘルムのスリットから零して疾走する。
「ぐおおおおおっっ!?」
「ほう。あなたは少しできるようだな」
「ちっ! 『戦斧』相手に少しってのは腹立つな!」
「実力差がすべてだ」
「もっとも過ぎて、ぐうの音もねえよっ」
オラルドは漆黒の剣士が振るう大剣を両手持ちの戦斧で相殺させようとする。しかし如何なる膂力か。剣士の大剣はまるでナイフのように振られ、その連撃を耐えられるほどの強度をオラルドの戦斧は持っていない。
いや、どんな武器でも不可能だ。それこそ、ミスリルかオリハルコン以上の金属で作られていないと不可能だろう。
最低でもミスリルという時点で普通は考えられない。
オラルドの冒険者階級は最上位である白金。その彼が普通に冒険者として活動し、年収に相当する金額を費やし、尚且つ幸運も併せ持って初めてミスリル製の戦斧が手に入る。オリハルコンともなると三年以上、さらにより凄まじい幸運が必要になるだろう。
それ以上であるスター級の武具など夢のまた夢。伝説の類だ。なにせ確認されているのはかの「英雄の勇者」が使っていた武具くらいなのだから。
スターハートの剣にスタープラチナの装備。
それらは「英雄」の物語に出て来るだけで、直接見たことのある者などほぼいない。
「退けっ! 僕が相手をするっ」
「――っ!? 馬鹿が!」
オラルドの戦斧にはヒビが入っていた。もう耐えられないというところでシルバーが割って入り、両手剣で剣士の大剣を弾いた。
だが、作戦がそのせいで崩壊したことに気付き、オラルドは助けられた身だが罵倒してしまう。
「助けてもらっておいてその台詞か。……しかし、なかなか良い剣だな。ミスリルではないか」
「貴様のソレは――オリハルコンか!」
シルバーは目を細め、剣士の持つ大剣が何でできているかを見抜いた。
「その通り。魔王様から授かった我が宝剣よ」
何やら悦に浸った声音を漏らす剣士に対し、その背後から両手剣が振られる。剣士は難なくそれを回避し、やれやれと呟いた。
「背後から襲うなど……『勇者』のやることか?」
「倒せればいいのよ」
「なるほど、たしかに。私の見た中でも最強の『勇者』も同じことを言っていたな」
「『欠落』さんのことね……!」
ソフィアは眼前の剣士を厳しく睨み、鋭く問うた。
「あの人をどうしたっ!」
「どうしたもこうしたも……ただ客人待遇でもてなしているだけだが。それより、君はどうしたのだ? 以前よりも口が悪くなっているようだが」
「っ……やっぱり、あのときと同じ人、か」
ソフィアの顔が歪む。
それも当然だろう。彼女たち「太陽」のパーティは以前、ドラゴンに殺されかけた。それを救った人物こそ、正しく目の前の剣士だったのだ。
そのときの彼は尊敬すべき人物だったように思う。それがまさか、魔王の配下だったとは。
しかし、冷静に考えてみればわかる話でもあった。どこの世界にドラゴンを片手で留められることのできる者がいるというのだ。ソフィアの知る中でも最強の実力の「欠落」ですら、スキルを行使してようやく浮かせられる程度。それをこの剣士は完全に抑えたのだから。
魔王の配下。つまりは魔族だ。
魔族は強い。そんなことはわかっている。
けれど、魔王城がようやく視界に入るほどの距離にやってきたのだ。強敵が現れたとはいえ、ここで逃げ出すわけにはいかない。
「ごしゅっ、ご主人様はどうなっているですっ!?」
『ちょっ! メイ!?』
メイをエミリーが抑えようとし、失敗する。さすがに手のひらに乗るくらい小さな妖精であるエミリーに、メイを力で抑えることはできなかった。なので、代わりにアリアがメイを抑える。そして彼女の前にはメシアとアイリーンが油断なく剣士の隙を窺っていた。
「あなたは――なるほど。そういうこと……か。あの方はやはり規格外だな。魔王様が執着するはずだ」
「何を言ってる?」
「あなたたちには関係のないことだ」
シルバーの問い掛けに剣士は首を横に振って答えた。
「関係ないわけないでしょ。あの莫迦の話をしてるんだから」
ルミナークが杖を構え、魔力を収束させながら睨む。
「困ったことだ。どう見ても高レベルの者ばかり。ようやく多少人数が削れたと思っていたのだけれど、なるほど。私を疲弊させる作戦だったのか」
「そうよ。あなたと正面からまともに戦えるなんて、わたしも思ってない」
オラルドたちが立てた作戦は単純だった。勿論、それは作戦を立てられるほど時間に余裕がなく、仕方なくというものであったが。
オラルドの斧が限界に達した今、敵がこの場で最も脅威と思っているのはソフィアのようだ。スリットの内側からは燐光が漏れているため、どんな目をしているのかはわからない。
ソフィアはヘルムの中にある両眼を射抜くほどに目を細める。
そしてどうしてこうなったのかを考えた。
魔王城がようやく視界に収まった瞬間、突如空間が捻じ曲がり、そこから漆黒の剣士が現れた。
驚く一同の中、最も経験豊富である「戦斧」は白金階級も頷けるほど素早く、全員に身を隠すよう告げた。
剣士は自分たちへ気付いているようだったが、数は特定できていないと判断。また、あの剣士がソフィアの知っている人物であれば、相当に強いという情報を得る。またそのことから考えても、ルミナークが「欠落」に言われた「叡智」の顔見知りの人物もこの剣士であると簡単に想像がついた。
そこで「戦斧」は作戦を立てる。片方のチームが囮になり、もう片方のチームが魔王城へ先行し「欠落」を救出するという作戦だ。
魔王城へ先行するのはこの中でも選りすぐりの精鋭にすべきだということもあり、「太陽」パーティは全員。それに「戦斧」からは「欠落」に命を救われたルミナークが、「銀翼」からはオールラウンダーなロールである「勇者」のシルバーが出ることになった。オラルドはこの剣士と戦う者たちの生存率を上げるため、この場に残ることに。
しかし、剣士は強かった。強過ぎた。
ひとりまたひとりと意識を刈り取られ、最後の一人であるオラルドが窮地に陥った際にシルバーが間一髪間に合ったというわけだ。そして今では先行隊のはずの「太陽」たちまで戻って来てしまっている。
「馬鹿野郎どもが……!」
「いや、これでも考えたんだけどねえ」
アイリーンが少しずつ横にずれていき、武器が壊れ掛かっているオラルドをすぐに助けられる位置へ移動する。
「ソフィーが気付いてね」
「何をだ?」
「一瞬で現れただろう? 前に『魔女』と一緒にいるところから『欠落』さんが消えたときも同じさ」
「つまり、転移に関係する魔具を持っている可能性が高いということです」
メシアがアイリーンの言葉の続きを拾う。
「スキルの〈転移〉を剣士系ロールの男が修得しているとは思えない。相手は『叡智』の配下。なら、それは魔具の可能性が高い」
さらに、アリアがメシアに続いた。
「……なるほど。ヤツを倒しちまえば」
「そういうこと! 魔具を手に入れて、一気にわたしたちは魔王城へひとっ飛びよ。だから――」
ソフィアが両手剣を返す。キチ、と音が鳴った。
眼前には漆黒の剣士。その戦闘力の高さは十二分に承知している。
だが、少数精鋭で構成されたこのチームで、さらに「戦斧」と「銀翼」のほぼ全員で疲弊させた後なのだ。ならば、勝機はある。
「――渡してもらう。あの人を取り返すために」
「別段、牢獄に監禁しているわけでも、拷問しているわけでもないのだがな」
「魔王軍が『勇者』を相手にお優しい対応してるって方が信じられないわよ」
「そも、人類を脅かす魔族が目の前にいる。『勇者』として放ってはおけない」
「ふっ。まあ別に、彼には帰ってもらってもよいのだが……今は魔王様と取り込み中だ。せめて、その話が一段落着くまでは近寄らせるわけにはいかないな」
「――――ッッ!!」
瞬間、目の前の剣士の気配が膨張したかのような錯覚。
「そもそも……我らが主人たる『叡智の魔王』様の城を汚い人間風情の土足で汚すわけにはいかない。あまつさえ、魔王様から授かった魔具を奪うだと? 片腹痛いな。その思い上がりは、身をもって反省してもらう他あるまい」
剣士が動いた。それに反応できたのはソフィアとシルバーのみ。きちんと目でも追えた者に限ればソフィアただ一人だけだった。
「アイッ!」
「っっっぐぅ!」
剣士は一足でオラルドまで距離を詰めた。距離があったため、かろうじてアイリーンがそれに間に合い、両手剣で大剣を防ぐ。鈍い金属音が響き、衝撃波が生まれ、二人の周囲の吹雪が異様なラインを描いた。
「私の一撃を防ぐか。なるほど、『守護者』でないと不可能だな」
「っが!」
「無意味だが」
縦の剣戟を防いだはいいが、それに全神経を集中させてしまっていたために、直後に下から腹部へ跳ね上がった蹴りを防ぐことはできない。鎧が陥没し、アイリーンは吐血。背後のオラルドごと吹き飛ばされて気を失った。
「…………」
「…………」
ソフィアもシルバーも、誰一人として口を開くことができない。
この場で最も耐久力に秀でたロールである「守護者」に尚且つ「聖騎士」のアイリーンがたった一瞬で昏倒してしまったのだ。それも剣で切られたわけではない。背後に守るべき者がいたにも関わらず、鎧の上から蹴られた衝撃で気を失ってしまったという事実。
それは剣士の筋力が彼女の耐久力を遥かに上回っていたこれ以上ない証拠だ。
「安心しろ、殺していない。他の者も、誰一人として殺してはいないさ。君たちは皆、あの『勇者』の知り合いなのだろう? ならば、彼の気を悪くしないためにも、死者は出さない方が良いと思うのでね。まあ殺したところで……彼は気にもしないだろうが」
淡々と、剣士は口にする。
「だが、無傷で帰すつもりもない。殺しはしないが、気を奪ってこの場には放置させてもらおう。運が良ければ誰一人として死なないが、運が悪ければ凍死するだろうな。まあ、それくらいは覚悟してもらわなければ。我らが魔王城へ挑もうとしているのだ。これでも十分温情は与えているつもりなのだからね」
「誰が負けるものかっ!」
シルバーが怒りで顔を歪ませ、剣士へ疾走する。
「なかなかの速度だな」
剣士の言う通りだった。シルバーの脚力は、彼よりレベルが高いであろうソフィアのそれと同程度。同じロールであるとはいえ別人なので、ステータスの伸びには個性が出る。
とはいえ、その事実にソフィアは少しだけ目を見開き、同時に我に返る。アイリーンが即座に破れた衝撃で思考停止してしまっていたのだ。
シルバーの二つ名が「銀翼」であることも、彼の俊敏性と関係しているのだろう。彼の速度は非常に高い。少なくとも、こうしてあの剣士と打ち合えるほどには。
「確かに速度は見所がある。しかし、肝心の筋力が足りな――ッ」
「そんなもの、どうだってできるわ」
すかさずルミナークの補助が入る。
ルミナークは無詠唱で火炎弾を撃ち、剣士の足下の雪を一気に溶かした。それによって剣士はバランスを崩し、シルバーの刃が彼の喉元へ突き刺さろうとする。
「殺った……っ!?」
「君たちは、実に愚かだな」
あまりにも軽い音を立てて、シルバーの剣が折れる。弧を描いて飛び、積雪に音もなく突き刺さった。
「何故魔王様の側近を預かっている私の鎧がオリハルコン如き脆い金属の鎧を着用していると思ったのだね? ん……? ああ、言っていなかったか。これは失礼だったな。愚かだというのは訂正しよう」
「あ、が、ぁ……」
剣士はシルバーの顔面を掴み、その握力で一気に彼の意識を奪う。シルバーもまた、折られた剣先と同じく積雪に倒れた。
「君たちが強いのは理解した。人間にしてはの話だが……まあ、諦めてくれ。よほどでなければ――」
「うっさいわよ!」
「……人が話しているというのに。礼儀知らずな」
またも無詠唱で放たれた火炎弾が剣士の顔面を焼く。しかし、まるで痛痒も感じていない様子にルミナークは唇を噛んだ。
「………………」
「さて。前衛はあとあなた一人だが、どうする?」
剣士がソフィアへ問う。自然、彼女へ視線が集まった。
ふう、と溜め息を吐き、覚悟を決める。
「奥の手はあまり使うもんじゃないんだけど……」
「ソフィー!? まだ魔王城の前なのですよ!?」
「けど、そうも言ってられないでしょ? この状況だしね」
集中し、大気中の魔力を集める。
「メシア、それとルミナークさん、フォローをお願いします」
「……わかりました」
「何する気なのかはわからないけど、わかったわ」
「奥の手、か。見せてもらおうか。どんな悪あがきをするのか愉しみだ」
その余裕もここまでだ、と剣士を睨みながら思う。
脳裏に描くは理想の自分。
目蓋の裏には尊敬するあの背中を。
彼から授かり、昇華させたスキルを行使する。
それは世界でただ一人しか使える者のいないスキル――ユニークスキルの発動。
その名を、彼女は詠唱する。
「〈スターバースト〉!!」
純白とは少し違う。
蒼白い輝きがスパークしたかのようにソフィアの全身を包み込んだ。
欠落「これ、間接的に俺が連中フルボッコにしてるようなもんだよね。だってトールは俺が鍛えたんだから。知ってたけど、やっぱ俺最強だな」
メイ「そこで自慢げな笑みを零すご主人様に、メイは驚愕を隠せないのです……」




