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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と「叡智の魔王」
47/129

4-5

 うまいこと魔王城を後にする理由が思い浮かばないまま数日。そんなある日、俺は侍女に起こされた。珍しい。普段はトールが稽古ということで起こしに来るというのに。


「トールじゃないのに、どうやって俺の〈施錠〉を破ったの?」

「別に気にしなくても結構でしょう? お強いのですから」


 いや、気にするだろ普通。トールは魔具を使ったようだが。

 家などには普通鍵を掛ける。それを施錠という。これは一般的な話。

 これを魔法で代用したものが〈施錠〉という魔法である。人間種族ならば一〇レベルくらいで覚えられる初歩的な魔法だ。普通の施錠と違うのは、これは鍵がないものにも適用できる点である。術者以外が開ける際には〈解錠〉という魔法が要る。〈施錠〉と対になる魔法なのだが、こちらは修得難易度が跳ね上がり、八〇レベル以降となる。盗賊や怪盗のロールだともっと早く覚えられるのだが。


 どちらも共通してスキルレベルを上げることで効果を強化することができる。たとえば〈施錠〉の場合、宿屋などで使えば、普通の鍵に加えて魔法の鍵も開けない限り、外部から入ることはできないのでスラムの宿とかでも安心していられる。

 厳密には結界系統の魔法であるためか、スキルレベル次第では外部の音が入ってこなくなったりするように設定したりできる。おかげで外でパレードをしていたとしても、室内は静かでいられるわけである。

 けど治安の悪い都市などでない限り必要のない魔法だ。俺は魔王城だから使っていたし、一人旅を長いことしていたから油断しないよう使っていたけれど。〈施錠〉のスキルレベルを最大まで上げたのって俺くらいじゃないだろうか? それでまさかあんなスキルが解禁されるとは思ってもみなかった。魔力消費量が莫大なので、俺ですらおいそれと使えないスキルである。


 そんな俺が本気でないとはいえ一応〈施錠〉を施した扉が開かれた。

 何かが起こったのは確実。毎朝俺を起こしに来やがるトールが来ないのだから相当だ。なにせあいつは魔王の側近なのだ。そのトールが別の仕事に着く必要があるくらいの事態……想像も付かないな。他の魔王でも戦争吹っ掛けてきたのか?


 そんなことを考えながら案内されたのは会食の間である。朝にここへやってきたのは初めてだな。

 扉を開いて中に入るが、普段の晩飯のときと違いはない。せいぜい並べられている料理が朝に相応しいものであるということくらい。大理石のテーブルの先にはメサイアが座っている。……いや、微笑を浮かべている? どうしたことだ?


「どうしたの……? 座りなさい……」

「そうする」


 言って座り、グラスを手に取った。リンゴジュース! わかってるじゃないかと料理長に親指を立てると、会釈された。でも酸っぱいなこれ。美味しいけど。また人面林檎を使ったに違いない。他のリンゴとかないのだろうか。

 話は朝食を済ませてからということなので、大人しく食べることにする。


「……むう、うまい。やっぱり、ここで食べる料理と食堂とでは違うのか?」


 料理長に訊ねると、苦笑を浮かべられた。

 どうも魔王に出すものということで、料理長が直々に調理しているらしい。そうでない部分も、きちんと目を配っているとのこと。まあ全身いたるところに眼球があるのだから、いくらでも目を配ることはできるだろう。

 食堂の食事に関しては部下の者に任せているらしい。そちらのメインは三人いる副料理長が持ち回りでしているようだ。あっちはあっちで美味しいから問題ないけどね。俺の舌ではとりあえず全部美味しいのである。問題は何もない。貧乏舌最高と思っておこう。不満はデザートがないくらいか?


 そうこうして朝飯を済ませると、メサイアは珍しくテーブルに肘を着き、両手を組んだ上に細い顎を置いた。おお、谷間が強調されておる。悪くないぞ。全然悪くない。

 意味深に嗜虐的な笑みを浮かべ、メサイアは口を開いた。


「人間が攻めてきたわ……」

「は?」


 意味がわからなかった。何を言っているんだ、こいつ。


「ふざけた話はよせ。どうしておまえを人間が襲うってんだ」


 レベルが違う。話にならないくらいに違う。それに加え、メサイアの統治はおそらく全魔王の中でも人間にとって良いものだ。何しろ我関せずを通してくれるのだから。人間側にわざわざ危険を冒す必要がどこにもないのである。


「それは……そちら側の考えること……。私にとっては、同じことよ……。事実、は……何一つとして、変わらない……」

「ま、待て……。本当、に?」


 メサイアは小さく顎を引いて肯定した。

 理解できない。どうして? どうしてわざわざ危険を冒してまで魔王城へ攻め込むっていうんだ? ましてやまるで攻める必要のない魔王へ。


「本当に……わからないの……?」

「………………っ」


 ああ、そうだよ。気付いている。気付いているが――信じられなかっただけだ。

 どうも、ルゴンドの冒険者たちは頭がパーらしい。どうかしてんのか? 脳にウジでも沸いているんじゃなかろうか。


「……俺が自発的に来たんだ。放っておけばいいものを」

「事態とは……常に、予想を超え……超展開、を起こすもの……く、くく……」

「何が、おかしい……?」


 いつの間にか料理長はいなくなっており、ここには俺とメサイアしかいない。

 どうも嫌な気がしてならないな。この肺腑の底から沸き上がる不快感は何だろうか? すべてがメサイアの手のひらの上ということなのだろうか? それを俺の身体が直感で理解しているということか?


「貴様……『英雄』でしょう?」

「違う。この間、くどいと言ったな?」


 立ち上がり、椅子を蹴り飛ばす。


「何度も言われなきゃ覚えられないくらい下等な脳でもないだろう」

「く、くくく……」

「嗤ってんじゃねえ」


 大理石のテーブルを蹴り上げる。宙空を漂ったテーブルはメサイアの上空へ達した段階で虚空に飲み込まれ、消え失せた。


「…………っ!?」


 なんだ? 何をした? どういう魔法……スキルか!? わからない!


「そもそも……貴様が『英雄』であってもなくても……変わらない」

「なに?」


 目の前でメサイアも立ち上がっていた。瞬時に彼女の衣装が黒ずんだ蒼色の魔力に包み込まれる。それはさながら星の瞬く夜空のような色。


「……〈換装〉か!」


 まさか、と驚愕する。魔王のロールが何かはわからないが、そちらで修得したスキルだと判断すべきだろう。

 そのスキルは自分のロックした空間に存在するものへ、即座に装備を変えることを可能とするスキルである。しかし、〈換装〉の発動には前段階として複数のスキルを重ねる必要がある。たとえば空間のロックや、その中にある装備品へのロックなど。これらはすべて別のスキルによるものなのである。いわば最上位のスキルといっても過言ではない。


 俺もそのスキル自体は修得しているし、発動も可能だ。ただし、俺がロックしている装備はどれも「英雄」でなくなったときに悪魔に没収されてしまったため、使えない。今となってはまるで無意味なスキルなのである。


 魔王の身体を魔力の靄が包み、晴れたときにはまるで別の衣装を身に着けていた。

 肩から肩までの丈しかない、白い肌を剥き出しにした物理防御力皆無にしか思えない漆黒のドレス。ハイヒールは氷でできていると思えるほどの透明感。両手には大小三つの指輪がそれぞれ嵌められていた。それぞれ人差し指、中指、小指である。そしてネックレスにブレスレット、イヤリングにサークレット。

 魔王の装備であるためか、どれも義眼のスキルは受け付けない。あれだけ装備しているというのに、そのどれも解析することができないとは!


 直感する。

 この姿こそ「叡智の魔王」の戦闘形態。

 絶大な魔力を武器として戦う魔族の王としての姿なのだ、と。


「貴様が『英雄』なのなら……くびり殺すだけ……。そうでないのなら……ただ殺して終わるだけ……。何も、何も……変わらない。変わりは、しない……」


 メサイアの瞳が狂気に彩られているように見えた。いや、違うな。元々狂気に染まっていたのだろう。そのために本心が見えなくなっていたのだ。生まれたときから目の見えない者が色というものを理解できないように。


 果たして、それはどれだけの業なのか。

 狂気に濁り、狂気に染まり、それを平然とできるようになるまで。

「叡智の魔王」をそんな事態に追い込んだのは――何だというのか。


「…………っ!」


 いつでも対応できるようなつもりでいたが、メサイアが片腕を俺に向け、白魚のような指を一本立てる様に、一切反応できないでいた。


「鬼ごっこを、しましょう……」

「………………は?」


 気が抜け――る気配はないな。むしろ、全身を圧縮させられているよう。「真綿で首を絞められる」という慣用句があるが、これがそれか? いや、これはもっと悪いな。どちらかというなら悪魔との契約に似ている。自分の中の大事な何かがひとつひとつ、音を立てて欠落していく感覚。あるいは錯覚。

 恐怖という感情を契約によって失っている俺ですら――この感情と危機感が恐怖なのだと思わずにいられないほどに!


「無事に……私の手から逃れられたら、そのまま……逃がしてあげる。褒美を、くれてやっても、いい……」

「へえ? じゃあ、俺が負けたら――捕まったら、どうするんだ?」


 ニタ、と形の良いメサイアの唇が弧を描く。


「八つ裂き? 股裂き? 引き摺り? 釜茹で? 斬首? 陵遅? 火炙り? 水責め? いやいや……その程度では済まさないわ。貴様には私の気が済むまで、玩具になってもらう……。その肉体も、その魂も……摩耗し切り、転生をも許さない……」


 聞くだけでも身の毛もよだつ拷問が列挙される。陵遅刑ってアレか。少しずつ人の肌を薄く切り落としていくやつか。意外と長生きしちゃって苦しんじゃうヤツだな。知ってる知ってる。「強欲」が暇潰しにやってたって聞いてる。たしか成人女性くらいが一番長生きするって悦びながら言っていた。

 だというのに、それすら生ぬるい地獄が捕まった際の俺の運命らしい。


 まあ――運命というものがあるなら、俺はそれを超えて行かなくてはならない。

 そう決めたのだ。

 覚悟が決まる。浮いていたような肺腑がようやく重さを取り戻す。

 心臓の鼓動は最高潮。この汗は冷や汗でなく武者震いによるもの。

 たとえ勝てない相手だろうと、負けることだけは許されない。

欠落おれ」が、「英雄おれ」自身に――許すことはできない。


「……フフ。目の色が、変わった……わね。やはり、『英雄』か……」

「違うって何回言えばいい? 俺は、馬鹿の相手をするのは嫌いなんだ」

「フ。……この私を前に、馬鹿、とは……実に、面白い……」


 パチン、とメサイアが指を弾く。瞬間、俺の首の周りに蒼色の火の玉が浮かんだ。合計で十個。付かず離れずの距離で、別に熱くはない。そして俺の身体に触れる気配もなかった。


「逃げなさい……。それが消え去った瞬間、私も動く……」

「なるほど。じゃあ、ゴールはどうする?」

「ゴール……? 私の気が済むまでに……決まって、いるでしょう……?」

「事実上の死刑宣告じゃねえか」


 まあ、それは相手が魔王で、俺を敵視している時点で決まっていることだ。勿論、かといって俺がそれを受け入れるという話でもない。


「じゃあ、逃げるぞ」

「どうぞ……。この部屋を出た瞬間から、ゲームスタートよ……」


 ふうん。なら、ある程度腹の中のものが消化できるまで待機しようかな……とは思ったが、視線が痛い。許される空気でもなさそうなので、速やかに退場することにしよう。

 とりあえず、この部屋に滞在されることが許される僅かな時間で考える。


 俺がメサイアに勝つことは可能だろうか――否、不可能である。

 俺が彼女から逃げ切ることは可能だろうか――是、可能である。

 それは実力を隠して可能なことだろうか――否、不可能である。


 つまり、俺が持てるすべての力を総動員して、ようやく逃げられるということが即座に頭に浮かぶ。

 相手は「強欲の魔王」に比肩する「叡智の魔王」。あれからレベルが著しく下がった今の俺に勝てる相手ではない……が、逃げ切ることはできる。

 勝つことが不可能である以上、逃げることに重点を置くことにしよう。

 そう判断するや否や、ダッシュで会食の間を飛び出した。


「ちょ……何をやって――」

「邪魔だ」


 俺の前に身体を割り込んで邪魔しようとした侍女の首を拳で捻り飛ばす。一秒以下とはいえ、無駄にしたのは痛い。

 いや、待て。コイツ死んでないぞ。コイツもデュラハンだったか!


「…………っ!?」


 気を取られてから気付いた。火球が消える速度が思ったよりも早い! セコいなメサイア! 魔王の癖にセコい!


「ちっ」


 無駄に使える時間はない。こうなっては最早仕方がない。目の前に現れた者は即座に殺して駆けることにする。願わくば、俺が稽古を付けた者が現れないことを祈るばかりだ。

 三〇〇レベルオーバーのステータスを惜しげもなく解放し、本当の意味での全力で廊下を駆け抜ける。

 問題はこの魔王城が広大かつ複雑過ぎること。外に出られればいいが、そうでなければメサイアに時間的猶予を与えることにしかならない。途中で運良く窓のある通路があればいいが、あいにく俺は見たことがなかった。

 窓があったとしても、部屋と同じで二重窓になっているだろうから壊し切れないかもしれない。なんたって魔王城だ。破壊対策くらいしているだろう。だからこそ、メサイアもこんなゲームを仕掛けているわけだしな。

 そうこうしているうちに、火の玉がすべて消えてしまう。

 瞬間――


「ッッッ!?」


 ――凄まじい威圧感が背後から迫ってくるのを感じた。


「ヤ、バい……な。マジで」


 想像以上だ。「強欲」を倒して調子に乗っていたのか?

 違う。そんなハズがない。あの頃と比べ、自分のレベルが低くなり過ぎたというだけの話だ。


「――ぁぶなっ!」


 もう少し直線的に走って距離を稼ぎたかったが、その前に背後からの威圧感がどんどん近付いて来ているのを感じる。咄嗟に横へ跳んで別の通路へ入り込む。

 直後、俺の走っていた直線上を黒い稲妻が駆け抜けた。その稲妻は廊下を余すことなく埋め尽くしていたもので、俺がここへ潜り込んでいなければ、回避は不可能だったに違いない。


「殺す気満々じゃねえか――!」


 吼え、走る。曲がる。走る。曲がる。走る!

 蛇行するように進まなければ貫通性質を持つ雷撃からは逃れられない。時折、直線上に魔王軍の配下がいたように思えたが、それすらも無視してメサイアは魔法を放ってくる。敵味方お構いなしってか! 実に魔王だ!


「はっ、はっ、はっ!」

「――追いついた」


 突如、耳許で囁かれるウィスパーボイス。

 まるで全身の血が沸騰したかのようで、それでいて全身の血が凝固したようだ。


「――ぉ、おおおおおおああああああああああっっ!」


 咄嗟に振り向きながら右腕を振るう。メサイアは嘲笑を浮かべながら緩やかにバックステップする。何故か片腕にはデュラハンの侍女を抱えていた。

 メサイアが俺へ腕を向ける――のと同時に、俺も腕を向けた。


「〈渇愛す悲恋の邪炎〉!!」


 俺の放った魔法とメサイアが〈詠唱破棄〉で放った魔法が相殺。こちらは詠唱ありなのに、あちらはなし。それで同火力。たまんねえな! やってられん!


「逃がすと思うの……?」

「そう簡単にゲームセットもつまんねえだろっ」


 即座に逃げ、角を折れる。同時に振り返り、そちらへ腕を向ける。

 先程仕掛けた罠に掛かってもらおうか——!


「待ちなさ――っ!?」

「〈魔退けるは勇往の白雷〉っ」


 先の魔法は加護を一切使用しなかった。対して、今度の魔法は加護を発動。

 消費魔力量は減っているのに、威力や攻撃範囲は格段に上昇する。それだけ、加護というものは凄まじい性能を誇る。


 おそらく、メサイアの視界は真っ白に染まったはず。結果がどうなったのかはわからないが、それを確かめる時間もない。全力で通路を駆け抜ける。ともかく、また曲がり角へ到着しなければここで終わりだ!


「アアアアアアアッッ!! おのれ! 弾けろっ!」


 ヒステリーな叫び声が聞こえる。それは殺意と呪怨に満ちた怨嗟の声。


 俺の放った魔法は威力のほとんどない魔法。言ってしまえば相手の視界を奪うためだけの魔法だ。

 しかし、この魔法は対象の視界をほぼ確実に奪う。光と雷の複合属性魔法なのだ。どんな魔法やスキルによる障壁も意味がない。それらを貫き、単純なレベル差によってしか覆すことができないのである。


 魔王のレベルアップには他の種族に比べて莫大な経験値が必要なはずだ。つまり、俺と比べてレベルの数値自体は低いはず。ならばこの魔法は有効なのだ。


 魔王に限らず、強力な者は最低ひとつくらい状態異常への耐性を持つ。それこそ魔王ならほとんどの状態異常が効かないといってもいいだろう。しかしこの魔法はそれを無視してレベル準拠の結果をもたらすという破格の性能を誇っていた。

 そんな魔法を放つのが、レベルだけは高い俺なのだ。ほとんどどんな相手であっても確実に盲目の状態異常を引き起こすことができる、対強者に向けた切り札である。もっとも、相手の魔力ステータスやスキル次第で解除までの時間は短縮されてしまうのだが。


 曲がり角を発見し、直ぐさま飛び込む。もう着地の体勢など気に掛ける余裕はない。遮二無二飛び込んだ。その直後、黒稲妻が通路を駆け抜け、短い悲鳴を上げて何人かの魔族が巻き添えに遭った。


「……は、ぁ……」


 ヤバい。ヤバ過ぎる。どこが「叡智の魔王」だと言いたくなるくらいだ。暴虐とか狂乱とか蹂躙とかの名前のが似合っているんじゃなかろうか。

 ぐっと奥歯を噛み締め、再度走り出す。後方からはメサイアの怒り狂った怨嗟の声が呪いのように俺の身体を縛り留めようとする。がくん、と身体の力が抜けた。いや、落とされた。


「〈カースマジック〉!? いや……〈呪言〉か!?」


 前者は対象へランダムで状態異常をひとつ付与するスキル。後者は対象のステータスを劣化させるスキルだ。

 魔王ほどの敵を相手にする場合、たったひとつであってもスキルの無駄撃ちはできやしない。レベルが俺より低かろうが、種族のステータス補正ですべてひっくり返る。肝心要の体力や魔力ですら、あちらの方が上手なのである。ゆえに、こちらは一手に複数の意味を持たせなければならない。


 俺に〈解呪〉のスキルはない。即座にポーチへ手を付き入れ、狙いのものを取り出す。

 これも〈換装〉を応用したもの。俺の持つ別のスキルと組み合わせ、アイテムに限るもののその対象にロックを仕掛けておくことで、ポーチを繋げて別の空間から任意のアイテムを取り出すことができる。「商人」ではないため、数量制限が非常に厳しいのが問題である。

 そうして取り出したのは〈解呪〉の効果を持つ魔具。昔手に入れ、悪魔との契約を解除できないか試して駄目だったものだ。取っておいて良かった。昔の俺グッジョブ!

 即座に発動させてステータスの劣化を解消し、またポーチに戻して走り始めた。


「なんだ……? なんのロールだ? 『魔術師』……ってわけでもないよな。考えろ……『魔術師』じゃないなら何のロールだ? 〈呪言〉が使えるロール……」


 メサイアのロールがわかれば使って来る魔法も想像が付く。さっきからぶっ放してくる魔法はおそらく魔王の種族として修得できるスキルだろう。わざわざロールが判明するようなスキルを放ってくるはずもない。あのように怒り狂ってはいても、「叡智」の二つ名はダテじゃないはずだ。


「くそっ! 剣が要る!」


 武器だ。武器がなくては始まらない。

 体感時間で一時間以上逃げているように感じられるが、まだ五分と経っていないのは確実だ。

 曲がり角で折れながら走っているとはいえ、まだ俺に用意された客室にすら辿り着けていない。

 そも、あそこまでの距離を稼げていないのだ。それなのに何度も死に直面している悲し過ぎる事実。今にも涙が零れそう。こんなのあんまりだ。


「クソッタレ……強過ぎるだろうが。これだから魔王ってヤツは!」


 舌打ちし、走る。

 やがてヒステリックな叫びは消えた。気味悪いほどの静寂が背後から忍び寄ってきて、耳許でうわごとを呟き続けてやかましい。確実に盲目が剥がれたな。つまり、追いつかれるのは時間の問題だ。


「…………仕方ない」


 ただ出口へ向かって逃げるだけが正解じゃない。

 途中で角を折れる。ただし、出口とは逆の方角。会食の間方面の道だ。

 メサイアは俺の魔法で一時的に盲目の状態異常に陥った。そのため、俺の足取りは追えなくなったはず。それを利用して別の出口を探る。


「どこへ、行こうというの? こちらは……逆よ?」

「――――っ!?」


 なのに、突如目の前へ現れるのは当然のようにメサイア!

 咄嗟に足を止め、睨み付ける。


「観念して、玩具になる気ができた?」

「まさか。……どうして俺の居る場所がわかった?」

「説明……すると、思う?」

「だろうな!」


 当たり前だ。敵の前で手の内をバラすなど愚か極まりない行為。

 だが……よくよく考えると、最初に俺の居場所がバレたことも不可解だ。たしかに直線的に逃げてはいたが、即座に真っ直ぐというわけではない。それくらいは考えて一本は折れたのである。

 気付かれた理由は、火球が消えた瞬間にあると思っていた。火球を生み出したのもメサイアなのだから、それが消えたタイミングで居場所を特定したのだと。

 しかし、その想定はおかしいのだと今更ながらに気付く。

 何故なら、火球が消えた瞬間には、既に俺は別の場所にいるのだ。いくら魔王より劣っているとはいえ、これでも「勇者」で三〇〇レベルを超えているのだから、その場を即座に特定できるというのはおかしい。


「聞いたことがないかしら――『魔王からは逃げられない』」

「っ! まさか……」


 ひとつ、頭に思い浮かんだ。


「魔王は……魔王城にいる生物の居場所を感知できる……?」

「フ、クク……ご明察。正解者には、愛の込もったプレゼントを、差し上げましょう」

「歪んだ愛は要らねえなぁ」

「殺し愛とも、言うけれど?」

「命の奪い愛ってか!?」


 誰がうまいこと言えといった。悪魔かおまえは。魔王だったな。似たようなもんか。


 メサイアが腕を振るう。黒稲妻が駆けるかと思って咄嗟に〈アイギス〉を発動させようとしたが、魔力の波長が違うことに気付いた。


「――これ、は」


 がく、とステータスが劣化するのを感じる。また呪いかと思ったが、そうではない。

 周囲の壁が凍て付き始める。足下が凍り始める。

 すべてが絶対零度の色彩に侵され始めていた。


「〈永久凍土〉か!」

「……本当、面白い。普通の玩具として……では、つまらない……。貴様には、ええ、特別な玩具になって……もらいましょう」


 少しずつ、少しずつだが、確実にメサイアのロールに近付けている気がする。錯覚や勘違いでないことを祈るばかりだが……その前に、この状況をどうにかしなくては!


 メサイアの放った氷と闇の複合属性魔法〈永久凍土〉は、ある意味で彼女を象徴している魔法であるともいえる。

 術者を中心とし、その周囲に万物を凍て付かせる力場を作り出す魔法。その力場に入り込むと敏捷と耐久のステータスが半減するありえないほど凶悪な魔法なのだ。その分、魔力消費量も莫大なはずだが……涼しい顔をしていやがる。

 始めから期待していなかったものの、やはり魔力切れを狙うのは無理なようだ。天文学的な生存確立が潰えたところで惜しくないのだが、心情的には結構惜しい。


「〈魔退けるは勇往の覇気〉!」


 仕方ないので、こちらも勇者ロール固有の魔法を行使する。変化するパラメータは違うが、メサイアの〈永久凍土〉と似たようなものだ。結局のところは相殺に持ち込むのが精一杯だが。


 俺は舌打ちし、メサイアは酷薄に嗤う。

 メサイアの保有する魔力量に比べ、俺の魔力量は絶望的に少ない。彼女は〈永久凍土〉に大した疲労を見せないが、俺の方は相殺するだけのために一割ほど持っていかれているのだ。


「フフ……たしかに、ゲームがそう簡単に終わっても、面白くない。もう一度……時間をあげましょう。出口はあちらよ……さあ、逃げなさい」

「要らねえよ。つまり、そっちにオマエにとって、見られたくない場所があるってことだろう?」

「…………生意気な玩具は、要らないわよ?」

「玩具になった覚えはねえよ」


 運命が在るのだとすれば、それを設定するのは神だ。

 俺は運命を破ると決めた。

 つまり、神の玩具であることを辞めるということ。

 俺は俺だ。俺の意思で生きている。

 そこに神なんて会ったことも話したこともねえヤツの意思が介在してたまるものか!


「俺の歩む道は自分で決める。その障害になるのなら、魔王も神も薙ぎ倒すだけだ」

「勇ましい言葉……。腐っても、『勇者』ということ?」

「違う」


 即座に否定する。メサイアは意外そうな顔を浮かべ、俺の答えを待った。


「俺が『勇者』かどうかなんて関係ない。俺にも、人間にも――魔族にだって! みんな自分の道を選び、摑み取る権利がある」


 夢見、破れる者だっているだろう。

 苦悩し、挫折する者だっているだろう。


 けれど、それは挑戦したからだ。

 そうでなければ、ソレは決して手に入らなかったはずのものだ。


 ソレをどうして後悔と呼ぶのだろう。

 どうしてソレを失敗と呼ぶのだろう。


 ある者はそう言う俺を「傲慢だ」と言うだろう。「強欲だ」と言う者だっているかもしれない。

 けれど――それでも。

 俺はそう主張し続けなくてはならない。


 だって、俺は勇者だから。

 この片腕には希望を抱き続けると決めてしまったから。


 そんな俺を嘲る者もいる。

 こんな俺を罵る者もいる。


 だが、それがどうしたというのだ?

 その程度で怯むほど、安い覚悟で決めたわけじゃない。

 そもそも、恐怖心なんてとうの昔に手放してしまっている。


 必要なのは、勇気。


 凍て付く風にも、照り付ける陽射しにも、足を取ろうとする豪雨にも負けないだけの覚悟を決める勇気。

 ただ一歩を踏み出すだけで――世界は七色に輝き出すのだ!


「オマエが雪で覆ってまでして隠したい秘密――暴いてやるよ」

「やってみせなさい、下郎――女の秘密を暴こうなど、褥に押し入る強盗よりも下衆よ」


 地を足が蹴る。

 メサイアが腕を振るうのと、それは同時だった。

欠落「魔王とか正直卑怯だと思うよ。チートだよチート! 正々堂々戦えよ。魔法なんて捨てて掛かってこい!」

メイ「それは……」

エミリー『ワタシたち後衛組全否定だよネ』

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