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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と「叡智の魔王」
45/129

4-3

 疾風怒濤の勢いで大剣が振り回される。否、振り回しているように見えて、それらはすべてこちらの急所を狙うものばかり。回避と受け流しによってそれらすべてを捌き切るものの、連撃の最中に反撃を捩じ込む隙は果たして存在しなかった。


「っち」

「っは、は、っは、ぁ……」


 日毎、トールの技量は目に見えて向上している。技量だけではない。確実にレベルも上がっていっているようだ。

「叡智」の魔王城にも教会はある。魔王が教会で何を信仰するのだと思う者もいるかもしれないが、人間と同様に魔族にも信仰する神がいるのである。

 信仰する神が違うとしても、教会の役割はほぼ同じ。そのため、レベルアップを教会にて儀式を行わなければならないというのは魔族も同様である。

 ……あれ、モンスターとかはどうなってるんだろ。まあいいか。動物とかと一緒だろう。動物もどうやってるのか知らんけど。


 トールは敬虔であるようで、予定がない場合は毎朝毎晩の礼拝を欠かさないらしい。つまり、経験値さえ溜まれば確実に一レベルずつ成長しているのである。それに加えて鍛錬も積んでいるから、そりゃあ目覚ましい進歩もするというもの。


 また、レベルアップしているのはトールに限らない。他の連中も同様だ。

 人間の「勇者」である俺が稽古を付けるというのに納得した者だけ、特別に用意された修練場で相手してやっている。そういった者は少数ではあるものの、確実に存在した。そしてその数も初期に比べればかなり増えている。今では二〇名を超えているくらいだ。

 たった二〇名と侮るなかれ。最初はトール一人だったのだから二〇倍である。そも魔王軍に属する魔族が人間に教えを請うということを踏まえれば、この人数は異様なくらい多いといっていいだろう。

 とはいうものの、別に俺の功績というわけではない。迷惑なことにトールが宣伝して回っているらしい。そして稽古に来るようになった他の魔族たちも、また数を増やしている。

 曰く「面白い勢いでレベルアップする」「今までの自分から生まれ変われる」「おかげで彼女ができました」などなど。最後のやつ俺関係ねーやろ。


 まあレベルアップするというのは、至極当然のことだと思う。別に相手を殺さなくては経験値が手に入らないというわけではないのだ。文字通り経験値なのだから。

 無論、きちんと殺したときと比べれば、あまりにも経験値の入りは少ない。それでも三〇〇レベルオーバーである俺と戦えば、たとえ負けたとしても、それだけで膨大な経験値が手に入る。初期からいた者で約五〇レベルのやつがいたが、今では一〇〇を超えているのである。二ヶ月で二倍とかマジかと思えるレベルである。レベルが上がるほどにレベルアップへの必要経験値量は増えるのだから余計に驚く話だ。なので、信じようとしない者もいれば、信じてやってくる者もいるのである。


 ただ、それでも二〇名くらいから数が増えなくなっているのは単純に人間を嫌っているからだろう。劣等種である人間に何を学ぶのだ、という魔族のプライドが邪魔をしているのだ。それは高等魔族であるほどに比例しているように思えた。種族のステータス補正がなまじ高い分、そう思えるのだろう。

 彼らが潜在的な敵であることに変わりはないので、俺としてもそちらの方がいい。


 では何故俺は彼らに稽古を付けてやっているのか? 簡単だ。生きるためである。

 俺はメサイアに食客として招待された――が、それは晩飯に限った話。彼女に予定が入った日はともかく、俺の話を聞くために彼女は俺を呼んだのである。そのため、食事を共にするつもりのない朝昼の分は自分で賄えということだ。

 魔王城にも食堂がある。食わねば生きていけないのは人間も動物も魔族も同じだ。ちなみに支払いは現金である。金は人間と共通なので助かったが、それではいずれ手持ちの路銀もなくなって食えなくなる。

 どうすりゃいいんだと途方に暮れていたところ、トールが言い出した。自分に稽古を付けてくれるのであれば、給金代わりに食事代を負担する、と。俺がどれだけ食おうともトールにツケられるわけだ。食堂へは彼の方から話が回っていた。


 そしてそうこうしているうちに稽古を付ける者の数が増えた。なのに俺への金銭的待遇はそのままだ。「これおかしくね?」と気付いたのは二週間ほどしてからだった。まあいいんだけれども。新しい服とか装備とか、身の回りの世話とかしてもらってるし。超高級な宿に滞在していると思えば、この程度の労働は仕方ないと処理できる。


「隙ありっ!」

「あっ」


 どうしてこうなったのか思い返していると、隙を作らされてしまった。剣戟の瞬間、トールが手首を返して俺の片手剣を弾いたのだ。集中していれば対応できたが、上の空では駄目だった。


 ――そう。トールは急激に強くなっている。

 いくら手加減しているとはいえ、上の空では戦えないほどに。


 首筋へ冷たい感触が走った。トールの大剣の刃が触れられている。その気になれば一瞬で両断されていただろう。一拍して、心拍数が劇的に加速。汗が一気に噴き出した。

 懐かしい、死の感触。最後に感じたのは「強欲」との戦い以来だから、約一年振りだといっていいだろう。

 死の感触から連鎖的に口内で血の臭いが生まれた気がした。全身から血が抜けて冷えていくような錯覚。肌が粟立ち、ぶるっと震える。


「は、は――ははははっ! ようやく! ようやく一本取りましたよ!」

「…………まいったね」


 大剣を引き、トールは本当に嬉しそうに笑い声を上げる。周りの者たちも目を大きく開いてすげえすげえと騒いでいた。そして魔王側近という特別な身分であるトールを誉め称える。


「これ、もう俺がおまえに教えられることってないんじゃないか?」


 遠回しに稽古の打ち切りを提案する。そろそろ戻る予定だったし、丁度いい。これ以上トールを強くするのも問題だろう。


「まさか! まだまだ『欠落』殿には敵いませんよ。今のが手加減されていたということくらい、理解しています。魔法も使っておられませんし、スキルだってほとんど使っていなかったでしょう?」

「まあね」


 それは事実である。

 トールが全力を向けてきたのに対し、俺はレベル差のステータスに任せた剣技のみで対応していた。同じくらい手加減していたとしても集中していれば勝てたのだから、スキルを使うのであればもっと手加減しても勝てる。


「……けど、魔法はどうかな」

「どういうことでしょうか?」

「ほら。俺、隻腕だろう? それに隻眼で距離感も覚束ない。訓練でそこはどうにか誤摩化して戦えてはいるけど、魔法はちょっと話が別なんでな」

「なるほど、たしかに。魔法は話が変わりますね」


 説明するのがややこしいので困っていたが、どうもトールは片目を閉じたりして魔法を使う訓練もしたことがあるようで、理解してくれた。普通の遠近感以上に魔法の遠近感の感覚は重要なのだ。俺の場合はステータスと魔法の出力でまとめてぶち破ることでどうにかしている。そのため、魔法の精密さという意味ではそこまで高くない。それでもどうにかなるのだから、ビバ高レベルといえるだろう。


 それに魔法はただ唱えるだけで使えるわけではない。

 身体から魔力を放出できる部位は限られている。それこそ血液というわけではないが、似たように魔力は身体の中を走っている。魔力循環回路というやつだ。そしてそれは血液と同様、身体の末端部分からこそ勢いよく放出することができる。というか、そうでないと出せない。その気になれば足から魔法を撃つこともできるが、それはあまりにかっこ悪いし、バランスも悪い。腕で放つのが最適なのである。あとかっこ悪い。


 なので、そういった魔力を放つ部位は狙いを定めるという意味と、砲身になる意味を兼ね揃えている箇所でなければならない。

 俺は隻腕であるため、武器を握っていたなら魔法が使えないのだ。剣の切っ先を向けることで使うことはできるが、その際には魔力を刀身を通して奔らせる必要がある。剣自体の耐久性や魔力伝導率が高くないと魔法の威力が落ちる上に剣も砕けたりしてしまうため、使わない方が良いという結論だ。俺が使うのは安物の剣でいいと判断しているのは、そういった事情もある。金がいくらあっても足りなくなるのだ。「英雄」であった頃の装備ならまるで問題なかったけれども。


「もう一戦、お願いできますか?」

「んー、いいけど……あ、駄目だわこれ」


 剣に目をやるとヒビが入っていた。これじゃ打ち合えないな。魔王城に来て何本目だっけな。


「あっしのを使ってくだせえ!」

「いやいや、俺のを!」

「おいのをば、どうぞ!」

「いや待て。おまえのは斧だ」

「なんじゃあ!? 『欠落』さんなら斧だって余裕じゃい!」

「たしかに! 『欠落』さんなら余裕だな!」


 いや、無理だよ? パッシブスキルの〈剣戦闘〉が発動しなくなるし。これでもスキルで武器の耐久力とか底上げしてるんだけどな。


「……ま、じゃあサリューのを借りとくか。壊したらごめんな」

「構いません! ありがとうございます!」

 ヴァルキリーという種族の女性から片手剣を借りておく。うん……少し軽いな。まあ重くて破壊力があるよりはいいだろう。殺したら大問題だろうし。

 ちなみに、サリューは周りからすごい羨ましがられている。俺の稽古を受けるようになった魔族たちからの株はうなぎ上りなんだよね。もういっそドラゴンになるんじゃないかと思える勢いで。


「……じゃ、やるか」

「はいっ」


 所定の立ち位置へ移動する。トールも同様だ。あのドラゴンを退治したときと同じ距離を保つ。合図は必要ない。互いに構えを取り合えば、それが開始の合図になる。


「行きます!」

「あいよ」


 なのに、ご丁寧にもトールは前置きしてから行動に移す。別に要らないって何度も言ってるのだが、気が済まないらしい。まあ勝手にやってくれと思う。別にそれで俺が不利になるわけでもないし。


 トールの剣戟は唸りを上げるようだ。一撃一撃が全力。なのに、それを容易く連続で放ってくる上に、その回転率が非常に高い。これはシルバーもオラルドも、今はどれだけ強くなっているのか知らないが、ソフィアにだって受けられないだろう。

 俺なら力任せに受けて立つこともできるが、それをやれば片手剣の方にダメージが入る。サリューから借りた片手剣はそれなりに良いものだが、トールの大剣はメサイアが寄越した業物。さすがに打ち合うことはよろしくない。

 ゆえにまともに受けるのではなく、受け流す。その後の動きも含め、トールの攻撃を俺の予測範囲内に収め続ける。常に余裕を持って対処できることを忘れないように。

 その余裕を保てる時間も、前と比べて随分と短くなった。


 魔王城に滞在して一ヶ月くらいして信用を稼いだ後、トールへ彼のロールについて訊ねたことがある。答えは驚愕するようなものだった。

 トールのロールは勇者なのである。「マジか! 魔族のステータス補正で『勇者』とかズル過ぎるだろ!」と俺が叫んだか叫んでいなかったのかはいまだに稽古を受けにくる魔族の間で噂になっているらしい。叫んだのだけれど。


 魔族の種族にもよるが、「勇者」のステータス補正も踏まえて考えると、おそらくトールのレベルは一八〇前後だと思われた。それが稽古を受け出して二ヶ月で一九〇まで上昇している。これは驚異的な速度である。人間の「勇者」であれば二五〇前後のステータスなのではなかろうか。所有スキルに応じて補正は変わるから断定はできないが。


 トールの連撃を受け流しながら、反撃の機会を窺う。されど、ヤツとて俺の稽古を二ヶ月受けているだけあり、そんな無様な隙は晒さない。

 この連撃は斬撃系スキル〈八華閃〉によるもの。初撃をそっくりそのままコピーし、七方向から同時に叩き込むスキルだ。同時多発斬撃としては最高峰のスキルである。初撃から同時多発斬撃が繰り出されるまでの時間差がほとんどないのは、きちんと訓練で熟練度を溜め、スキルレベルを上げている証拠。


 それに対し、俺は一歩後退した。その動作にトールだけでなく、周りの者も予想外といった風である。

 その反応も当然といえよう。俺は基本的に相手の攻撃を受け流し、無理矢理に隙を作って攻撃するのを主としている。隻腕ではどうしても対処できない攻撃などもあるため、積極的に自分から突っ込んでいかねばならないためそういうスタイルになったのだ。後の先というよりは先の後というべきか。

 だが、勿論そのことは、他の攻め方ができないという理由にはならない。


「色んな状況を想定に入れておけよ。初見の敵は何してくるかわからないんだぞ」


 言いながら、片手剣を持ち上げる。悠然と佇む俺に対し、八方向からの斬撃が同時に殺到する。


「〈八重刃〉」


 こちらも斬撃系スキルを発動させる。〈八華閃〉と同じく、初撃を複数展開させるというものだが、こちらはすべてを重複させて一撃の火力を引き上げるタイプのスキルだ。スキルレベルも最高位。威力、範囲、重複間隔などはこちらの自由。

 ただの一刀で、トールの放った八斬閃をすべて相殺――以上。破壊する。


「な――」


 驚愕にヘルムの目出し穴であるスリットから赤い光が漏れ出た。俺と話してるとトールは頻繁にそれやるな。アレ、どういう仕組みなんだろう。なんで発光してんの? おっとマズい。集中してないと駄目だってさっき思い知ったばかりだった。

 そういう基本的なことを思い出させてくれたからこそ、今回はスキルを使った。そうすることで、俺の実力のほんの僅かな一端に過ぎないが――見せてやることにする。


「避けろよ……〈崩牙〉!」


 次に放つのは斬撃性質と打撃性質を併せ持つ〈崩牙〉だ。斬撃武器か打撃武器で使うかによって性質の割合が少し変わる特殊なスキルだ。ちなみに剣で放つ場合は打撃性質が僅かに上回り、木剣や槌の場合は逆になる。


「うっ!?」

「あっ!?」


 避けろって言ったじゃん俺! 知ーらないっ!

 折角忠告したのにトールは大剣で俺の一撃を防いでしまった。そのため、〈崩牙〉の打撃性質が牙を剥く。

 打撃性質の攻撃は武器や防具といった武装具の耐久力を大きく削る。〈崩牙〉も同様であり、スキルレベル上昇の選択において、俺はその性質を特化させていた。ましてやレベルアップによって破壊力や攻撃力も高まっている。

 なので予想通り、鈍く甲高い妙な音を立て、トールの大剣が爆発したかのように砕けてしまった。


「うあっ!?」

「あ、やべっ!」


 破片がトールのヘルムを固定する金具を破壊しているのを見てしまった。簡単な破損だからすぐ直せるとは思うが、その勢いのままトールは尻餅を着いてしまい、勢いのままヘルムががらんと音を立てて転がっていく。


「え――」


 そこで、今度驚愕するのは俺の方であった。ひょっとすると、俺の眼帯の上からも赤い光が漏れてるかもしれない。ないか。ないね。ただの眼帯だからね。


「おまえ……どうなってるんだ?」


 トールのヘルムが吹っ飛んだ後……そこには何もなかった。

 首も、頭も。

 あるべきものが、そこにはなかったのである。

 代わりといえば、赤い光が煙のように渦を巻きながら溢れ出ているだけだった。


「し、失礼しましたっ!」


 慌てた様子でトールの身体が動き、ヘルムを再度装着する。そうして謝罪してくるが、悪いのは俺だろう。


「い、いや……おまえ、大丈夫か?」

「え、ええ……大丈夫です」


 本当に? 首吹っ飛んでヘルムの中に収まってたとかじゃない? 大丈夫?


「おまえ……デュラハンだったのか?」

「あ、と……そういう風に思っていていただければ、はい」


 え、なんなの? 違うの? どうなってるの?


 デュラハンという種族の魔族がいる。サリューがヴァルキリーであるのと同じで、魔族にも様々な種族がいるのだ。

 デュラハンは基本的には人間と同じような容姿の種族だが、違いとして首から上が脱着可能なのである。ゆえに、首は急所にならない。言ってしまえばそれだけの種族だ。

 ただし、俊敏性が弱いものの耐久力が高い種族でもある。筋力のステータスも悪くはない。人間という種族をそのままググッと強化させた魔族であるといえよう。


「ああ、びっくりした。殺しちまったのかと思った……」

「お騒がせしました。申し訳ありません」


 トールも予想外の事態であったためか、やや狼狽した声音になっている。まあ、大剣で攻撃を防いだはずなのに武器がぶっ壊れた挙げ句に首も吹っ飛べば驚くわな。こっちはそれ以上に驚いたけどな。心臓がひっくり返って口から飛び出るところだった。メサイアに恨まれて狙われたらどうしようと思ってめちゃくちゃ焦った。いや、メサイアがトールに下賜した大剣折っちゃったけれども。


「惜しい……! しかし、トール様はデュラハンだったのですね」

「あれ? サリューたちも知らなかったのか?」

「はい。トール様の種族が何であるかは魔王様だけが知っていたのです。……その下のご尊顔も拝見したかったのですが……」

「ふっ。それはやめておいた方がいい。大した顔ではないからな」

「そのようなことを!」


 あれ、何この不思議な空間。何でここに俺はいるの? しっかり仕留めとけば良かったか?

 ちなみにその思いは他の魔族たちも同じようで、チクショウと漏らしている。そういえば、トールの稽古を付け始めて最初に来たのってサリューだったか。レベルが劇的に向上したというのも彼女の話である。ついでにいうと美人でもある。

 なるほど、おまえらサリューが目的だったか……。気持ちはわかる。美人と一緒に訓練できて、レベルも面白い勢いで上がるとなれば、そりゃ来るわな。何か起こりそうな気がするもんね。エロハプニングとかエロサプライズイベントとか。

 俺には一回もなかったけどね。なのにコレだ。現実は非情である。無慈悲といってもいいかもしれない。


「よし決めた! 俺は今日からトールにキツく当たるぞ!」

「ええっ!?」

「おおお! さすがは『欠落』さんだぜ!」

「やってくれるぜ!」

「さすが、おいたちの『欠落』さんですぜぃ!」

「最高だ! イカしてるぜ!」

「最高にクールだ!」

「あの……『欠落』さん、容赦を……」


 しないね! まるでね! 俺にはこいつらの希望を背負う覚悟があるからね。決して俺の嫉妬とかそういうんじゃないからね。


「おら、立てトール! もっと激しく行くぞ! ぶっ飛ばしてやる!!」

「し、しかし『欠落』殿! 私は剣が……」

「部屋から取ってこいや! 何本だってあるだろ訓練用の剣くらい! おらぁ、駆け足で行ってこいや!」

「かっ、畏まりましたっ」


 脱兎の勢いでトールが修練場から自分の部屋へと戻っていく。


「おら、サリュー立て! トールが帰ってくるまでにおまえの訓練だ!」

「えっ、わたしですか!? 武器は『欠落』さんが……」

「返したるわおりゃぁ! こっちは徒手空拳で勝負しちゃるわこんちくしょうが!」

「な、なんでそんなにキレてるんですか!?」


 なんでもどうしたもあるかあ! こっちはこいつらの希望を背負ってるんじゃい!


「いや、『欠落』さん……それはねえわ」

「さすがにそこまではちょっと……」

「ついてけねえよな……」

「最高にクールだぜあんた……」


 アレ!? おかしい! どうして!? どこで判断を誤った!?

 でも言ってしまったものはしょうがない。サリューを立ち上がらせ、所定の立ち位置まで移動する。周りの連中がやめてくれーと悲鳴を上げているが、気にしない。俺は俺の道を行くのである。おまえらは俺が寄越す希望に期待しておけ! 俺は「勇者」だ! 俺こそが「勇者」だ!



 これは完璧な余談なのだが……。

 トールが帰って来たときに目撃するのは、サリューに関節技……というか寝技を仕掛けている俺の姿だったりする。そして周りの連中は前屈みになりつつ血涙を流しているのであった。

 以降、変な性癖に目覚めたやつがいるらしいが、俺のせいではない。たぶん、きっと、おそらく。

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