4-2
メサイアとの話を終えて会食の間を出ると、すぐに扉の側にいた侍女が俺の側にやってくる。そして俺を一睨みして先導するように歩き出した。実になっとらん。その尻が見事なラインを描いていなければ殴っていたやもしれん。尻に感謝しろ。間違えた。温厚かつ慈愛に溢れた俺に感謝しろ。
手にはランプがあり、魔王城なのだといわんばかりに薄暗い廊下を照らしながら進んでいる。
ランプの中にある火は魔法によるものではなく、蛍みたいなモンスターの放つ光だ。なので、直接触っても熱くない。ただ、今日はその火がいつもよりか弱く見えた。
「ウィスプの管理はきちんとやっとけよ?」
「死ねば、新しく捕らえればよいだけの命でございます。お気になさらず」
そのモンスターの名はウィスプ。冒険者もよく利用する、非常に弱いモンスターだ。どれくらい弱いかというと、ゴブリンと比べてなお弱い。スライムが敵を溶かす能力とか持っていなかったら、ウィスプと同じくらいの弱さといえるだろう。
ダンジョンでなくとも、洞窟に入ったりする場合も冒険者にはある。そういった場合は光源が必要になるわけだが、魔法で照らせるのは一時的なものなのであまりにも燃費が悪い。ゆえに松明を用意したりランプに火を点したりとするのだが、ウィスプがいればすべて解決。一パーティに一ウィスプというわけである。ま、俺は要らんけど。人魂とかいう噂もあるし。メイがビビっておねしょしても困るし。
しかし、この侍女も不思議なことを言うものである。新しくウィスプを捕獲しに出向くよりは、既に捕まえているウィスプをきちんと世話した方が楽だと思うのだが。まあ、そこら辺は侍女の事情なので、あまり口出ししても仕方ないか。ひょっとすると、魔王城なだけあって、周囲には野生のウィスプが群れで棲息していたりするのかもしれない。
そうこうしている内に、俺に用意された客室に辿り着く。まだ寝るには早い時間だが、お決まりのように侍女は「おやすみなさいませ」と告げてきた。要するに、「もう朝まで外に出んじゃねえぞ」ということである。
分厚い木製の扉を閉め、ふうと嘆息を漏らした。そのままベッドに腰掛ける。
「そろそろ、少しくらいは心を開いてくれてもいいんじゃないかと思うんだけどねえ」
当然だが、あの侍女も魔族である。というか魔王城なので、ほぼ全員魔族だ。
俺に関しては魔王の招待客という身分であり、側近であるトールが認めた人物ということなので表面上は丁寧に接されているものの、内心はそうでないのだろう。表情はふとしたときに出る態度からそれがわかる。
また、時間をかけて心を開かそうというのも難しい。というのも、一週間の曜日毎に俺に付く侍女は変えられているのである。そしてその全員が似たような感じだ。不思議なことに彼女たちは見た目があまり変わらない。同じ種族の魔族なのだろう。人間から見ると同じモンスターの区別が付かないようなものと割り切った。
俺に宛てがわれた客室は結構良い部屋だと思う。ベッドも天蓋付きの大きなやつだし、二重窓もでかい。風呂もトイレもある。家具なども丁寧な作りで艶も出ている。持って帰ってうまく売れれば一財産になりそうなものばかり。
ちなみに剣や鎧は部屋に放置だ。それを装備していてはただでさえ良く思われていない人間の「勇者」である俺は周りから敵意を持たれ過ぎるのである。いくら魔王が招待した客であるとはいえ、だからといって仲良くしようとは誰も思わないようだった。夜に出歩かないよう忠告してくるのもそういった理由からだろう。まあ、単に迷子になられるのが迷惑なだけかもしれないが。
そう。迷子である。この魔王城、でかいのだ。
俺の知っている魔王城はここを除くと「強欲」の城しかない。せいぜいがその配下である四天王の城くらいだが、アレはそこまでではなかった。普通に人間の城くらい。なので「強欲」の住んでいた魔王城を想定していたのだが、「叡智」の魔王城はそれより二倍か下手したら三倍くらい大きかった。でか過ぎてよくわからないくらいに。
これはおそらく、軍の関係だろう。「強欲」は四天王にそれぞれ城を与え、そこに配下の魔族を住まわせていた。つまり「強欲」の魔王軍は五つに別れていたのである。それに対し、「叡智」の魔王軍はこの城にすべて集まっている。なのでこれだけの規模が必要になったのだと思われた。
メサイアの力によるものか、魔王城に限らず、この地域周辺は季節が冬で固定されているようで、一年中雪が降っているらしい。エミリーと出会った迷いの森も似たようなものだったが、それも彼女の力が関係していることは間違いない。
万年雪に閉ざされているため、壁などは非常に分厚い石造りになっている。それを漆喰で固め、その上から壁紙のようなものを張ったり張ってなかったり。ちなみに俺の客室には張ってある。氷模様なので非常に寒々しい。
そういった関係上、魔王城の廊下は基本的に暗かった。ある意味では魔王城として正解かもしれないが、ここで生活している連中にとってはそれで良いのだろうか?
部屋には他にも簡単なテーブルやスツールの他、暖炉などもあり、衣服を収納するクローゼット、簡単な調理が可能な炊事場まである始末。ここで生活しろと言われてもなんら問題ない環境が整えられていた。大国の王城でもここまでの部屋はないだろう。というか部屋に風呂やトイレがある時点でおかしいのだが。
「さて、さて……」
堅牢なこの城は軍全員を集中させているということもあり、外部から攻め入ってもそう簡単に落ちることはないだろう。俺が倒す予定だったのが「強欲」でなく「叡智」であったなら、ひょっとすると負けていたかもしれない。倒さなくてはならない敵の数があまりに多過ぎるためだ。疲弊した状態で勝てるほどメサイアも弱くない。というか、「強欲」に引き分けられるくらいには強いわけである。
……うん、死んでたわ。下手に「強欲」が強過ぎて、配下を散らしていてくれて助かったな。
「そろそろ……帰らないとだよなあ」
悪魔の話に従うなら、俺はあと一ヶ月以内にこの大陸を出た方が良いらしい。それが何を意味しているのかはわからないが、俺はそうするつもりである。
となると、まずはメイとエミリーを回収するためにルゴンドへ向かわなくては。ルゴンドからなら海を渡ってアールグランド大陸へ行ける。最悪、魔力は消費するし目立つけれど、もうエミリーに罪をすべて被せることも可能なので、大気の精霊で移動するのもアリかもしれない。ともかく、足には困らないといえるだろう。制限時間的には一ヶ月以内にルゴンドへ向かうことが当面の目標かな。
エルキア大陸もでかかったが、サルニア大陸だって世界第二位の大陸である。こっちも十分でかい。懐からメサイアにもらった世界地図を取り出し、サルニア大陸を調べてみることにした。
「ここが魔王城だろ? ルゴンドは……遠ぉぉいっ! え、マジか……嫌になるな」
もういっそのことあいつら見捨てて一人で行動しようかな……まあ、その選択肢はないのだけれども。メイがいないと金が作れないしな。素材を売るには冒険者ギルド関連の店でないといけないし、そのためには冒険者階梯を証明するプレートが要る。それはメイに持たせたままなのである。
「トールの持ってた空間転移の魔具……欲しいな。奪うか? いや、『叡智』に狙われるのはマズいな……」
少なくとも俺の知る中で、最も人間に融和派……というか穏健派なのがメサイアである。彼女に好かれておくのは良いが、嫌われるのはマズい。単純に強いというだけでなく、今後のことを考えてもデメリットしかなかった。
「こうなりゃ正面からくれって言ってみるか……? いや、無理だな。俺なら絶対譲らんしな」
どうせ、また配下になれとか言ってくるのだろう。ならば平行線のままだ。あまりそういった先のわかる質問を投げ掛け続けていると興味を失われる。そもそも、自分の御膝元へあっという間にやって来られるような魔具を、信頼できない者へ渡すわけがない。
俺が今やらなくてはならないのはメサイアの興味を引くこと。そうして彼女の中の「欠落の勇者」の価値を上げておくのだ。「殺す必要もない」程度から「殺さなくていい」、そして「殺すべきではない」という段階まで。さすがに「協力すべき」という段階まで引き上げるのは無理だろう。ともかく、妙な要求はしない方がいいな。
そんな風に今後のことを考えていると夜も更ける。熱いシャワーを浴び、考えることを放棄してベッドに飛び込むことにしたのだった。
◇◆◇◆
極寒の暴風が死の形になって冒険者たちを襲う。
「く、そっ! どうして……!」
メイを庇うようにして前に立つオラルドは苦々しく吐き捨てた。
左右は切り立ったような崖。蛇のように曲がりくねった一本道で逃げ場は後方のみの隘路だが、眼前の敵が逃亡を許すはずもないだろう。
吐く息は凍て付く冷気によって即座に凍ってしまう。まともな呼吸も不可能なくらいの寒さだが、この一行へ全員一〇〇レベルを超えた者たちだけで構成されているため、行動は可能だ。しかし、この状況では多少動けたところであまり意味はないように思えた。
「ぁ、ぅ……ぅ……」
『ヤ、ヤバいんじゃない……コレ……』
メイとエミリーが――他の冒険者たちも――震えているのは寒さのせいだけではない。目の前に突如現れた敵のせいだ。
全身には雪と氷に彩られたような蒼と白の鱗。細い体躯に、大小二対の翼。腕は退化しているのか、あまり大きくない。されど、その分両脚が太く大きい。長い尾の先にはアイスピックのように鋭い棘。
ドラゴンだった。雪山などの寒冷地に適応し、進化したアイスドラゴン。それが突如目の前に現れたのだから、「戦斧」の二つ名を持つオラルドであっても、苦い顔をするのは当然だった。
それだけなら、まだなんとかなる。人数は揃っているし、様々なロールの者がいる上に平均レベルも高い。
問題なのはこの地形だ。ドラゴンの〈ブレス〉を放たれれば逃げる道がない。それはあちらも同様で暴れ回れるほどの広さがないのは確かだが、こちらと違い、ヤツならば崖にぶつかる覚悟で暴れることは可能である。純粋に動きが封じられているわけではないのだ。もしアイスドラゴンがそうした攻撃に出た場合、崖崩れから雪崩が起きて生き埋めになる可能性が高かった。
誰もが及び腰になる。そして、もうどうしようもないと悟り、戦うことを選択する。
「いいよ。下がってて」
しかし、全員が戦いの覚悟を決めるよりも前に、軽やかに前へ出る者がいた。
「ソフィアさんっ!?」
「大丈夫だよ、メイちゃん。わたしも、これでも強くなったんだから」
ニコ、といつも通りの笑みを浮かべて「太陽の勇者」は前へ進む。その後ろには彼女が信頼し、信用する仲間たちが追随していた。
「アイスドラゴンか……しんどいねえ」
「けど、戦うしかない」
「そうですね。私たちから、魔王城に一番近いルートを選んだのですから」
「欠落の勇者」を救い出すのは二つのチームに別れることになった。レベルが一〇〇に満たない、あるいは実力が足りないと思われる者たちは別の安全なルートを使う。安全といっても、十分危険ではあるが、まだなんとかなると思われる迂回ルートだ。そのルートならば人の暮らす町や村も少ないながらあるという話だ。
そして彼女たちの進むルートは魔王城までできる限り最短距離で一直線に進むというもの。人の暮らす町などは存在せず、常に野営を余儀なくされる。うまく寒さを凌げる場所がなければ不眠不休で行軍を続けるという、あまりにも濃い死の気配が常に傍らに存在するルートでもあった。
数はそれほどではない。というより、ルート選択は基本的に各冒険者の自由となったのだ。そのため、このルートを選んだのはなんらかの事情で、他の人たちよりも「欠落」への思い入れの強い者たちになった。それが偶然にも高レベルになったという話。
もっとも、こちらを選ぶ者も他には少数いたが、レベルが低いため断った者もいる。
メイとエミリーの「白無垢」パーティ以外には「太陽」パーティ、「戦斧」パーティ、「銀翼」パーティである。合計一六人という、魔王城へ攻め入るにしては超少数精鋭パーティといえよう。
かの有名な「英雄」を除けば、他に魔王城へ到達したパーティたちも世界には存在するのだ。そのすべてが返り討ちに遭っているのだが、それらはたいてい六〇人以上もの集団である。それから見ても、彼女たちは少数精鋭にも程があった。
「じゃあ、まずは機動力を削ごう。いつも通り、ソフィーお願い」
「うん」
アリアがソフィアへそう告げ、彼女も頷く。
「いつも通り……?」
オラルドがその言葉に疑問符を浮かべた。
「オラルド、どうするの? 私も出ましょうか」
「いや、待て。おい! 何人かで結界を張れ! それ以外は『太陽』の応援だ!」
全体のリーダーはオラルドが務めるということになっていた。レベルが高いということもあるが、それ以上に彼には大勢の冒険者を率いて戦った経験が豊富であるためだ。先日のクラーケン討伐も、建前上のリーダーはオラルドだった。ゆえに数多のロールやそれらの修得するスキルへの知識があり、様々な状況により的確な判断が下せたのである。
数人が自分たちを包む結界を張る。スキルレベルや術者のレベルにもよるが、結界は基本的にその範囲から動けない代わり、全体を防御する魔法である。その内側から「太陽」たちを応援するため、様々な補助魔法が放たれる。ルミナークも指示通り「太陽」たちへ耐寒防氷系の魔法を放った。「付与術士」ほどの効果はないが、ないよりはマシだ。
「精霊さんは……どうにもできないです?」
『無茶言わないでヨー。ワタシは雪の精霊ヨ? ア、今は妖精か。まあともかく、同じ氷属性のアイスドラゴン相手じゃどうにもこーにもならないってワケ』
「ぁぅ……」
メイもメイでアイスドラゴンへ魔法を放っている。「魔術師」のロールが放つ魔法によってアイスドラゴンの全ステータスは下降しており、レベルにして一〇以上は劣化していた。
ただ、そうしてしまうと、魔法の効力が切れるか消されるかするまで、メイは何もできることがない。八の字に眉を下げ、心配そうにソフィアたちを見守っていた。
そのとき――信じられない光景が目の前で起こる。
「〈召喚・火炎の精霊〉」
「っっ!?」
『ウッソ!? マジ!?』
ソフィアの使った魔法は「欠落」が使っていたものの別属性版だ。彼の用いた風属性ではなく、火属性の精霊を召喚する魔法。もっとも、実際のレベルやスキルレベル自体も違うため、ソフィアのそれは消費魔力量に比べ、あまりに小さなものだった。
それでも、精霊を召喚し使役することができるというだけで驚きの話である。なにせメイもエミリーも他の誰も、そんな魔法は聞いたことがないのだから。「精霊使い」ですら契約した精霊を使うことができるだけで、召喚など不可能なのである。
呼び出された火の精霊はトカゲを大きくしたような形をしていた。ただし普通のトカゲなわけもなく、精霊であるため、自在に宙に浮くことができる。精霊はアイスドラゴンを前にして怯む様子もなく、むしろ敵愾心に満ちているように見えた。
「飛ばせないでね。行くよっ!」
言って、いつの間にか剣を両手に握っていたソフィアが先頭になって駆け出す。
「ああっ!」
アイスドラゴンは精霊の突撃をひらりと躱したかと思えば、その動きを無駄にすることなく横薙ぎに尾を払う。先端の棘が崖を削り、超巨大な大剣で切り込んだかのような傷を残した。そして崖をプリンのように裂いたかと思えば、それは弧を描いて「太陽」の面々を襲う軌道で放たれる。
「アイッ!」
「あたしたちの仲間に手出しはさせないよっ!」
アイリーンは両手剣で尾を防ぐ構えを見せる。容易く吹き飛ばされ、全身の骨が砕けるのではないかという未来が脳裏を過った瞬間、周りからも短い悲鳴が漏れた。
しかし、その未来は来ない。
アイリーンのロールは「守護者」である。ゆえに、仲間を守るという役割に立てば耐久力などのステータスが劇的に向上するパッシブスキルを有していた。そこへさらに身体能力や筋力を爆発的に向上させるチャージ系スキルを用い、アイスドラゴンの一撃を完封してみせる。
「す、すげえ……」
「なんということだ……」
オラルドのパーティメンバーの二人が驚愕の声を漏らした。
同時にそれは、この場にいる全員の気持ちを代弁したものでもある。
尾による一撃をアイリーンが防ぎ、その間隙にソフィアはさらにアイスドラゴンへと接近する。無論、アイスドラゴンとてそれを受け入れるつもりはない。軽く片足を持ち上げたかと思えば、勢いよく振り下ろした。踏み潰すのではなく、地震を起こすためだ。そして追撃のための魔力を体内に収束させている。
「させない」
「させませんっ!」
アリアがポーチから鋭く魔法瓶を放る。「怪盗」のロールで修得できる〈投擲〉のスキルにより、狙いは正確かつその速度と威力を高められている。またスキルレベルを上げることによって、魔法薬の効果にまで影響があった。
魔法瓶が砕け、魔法薬が飛び散る。それは稀少品である魔法を魔法薬化させるといったスキルによって生み出されたもの。本来ならば紙などに描いた魔法陣でなければならない、物的携行化された魔法によるもの。いわば魔法を液体として持ち運びできるようになったということだ。
これによりアリアは間接的かつ限定的ながら、「魔法使い」のロールをも担えるようになった。
発動される魔法は〈サイクロン〉。そしてその魔法の効果には〈投擲〉のスキルによる強化が為されている。
局所的に爆発的な上昇気流を生み出し、その一撃はアイスドラゴンの脚を止めるほどに到っていた。
アリアと同時に、メシアも攻撃系魔法を放つ。
「〈雷桜の繁茂〉!」
杖の先端から稲妻が飛び出し、駆ける。アイスドラゴンの胴体に着弾し、弾けた後には傷の代わりに黄色い種子が埋め込まれていた。ソレは対象の魔力を吸収し、根を広げる。そして敏捷性のステータスを下げつつ、じわじわと体力を継続的に減らし続けるといった雷と木の複合属性魔法だった。
アイスドラゴンの溜め込んでいた魔力を一気に吸収できたからだろう。種子は即座に根を全身に広げ、メシアの想定以上の速度で動きを奪った。そこへソフィアの召喚した精霊が猛攻を仕掛ける。さながら炎の弾丸ほどの速度で飛び回り、一撃でアイスドラゴンの翼を貫くほどの威力だ。もはや火球ではなく貫通性質を持つ炎槍の如きとてつもない破壊力に、さすがのアイスドラゴンも呻くのを止められない。
「〈星光の牙〉」
アリアとメシア、そして精霊のおかげでアイスドラゴンには致命的な隙が生じた。それを逃す「太陽」ではない。
崖を蹴っての三角跳び。アイスドラゴンの正面へ飛来する。
「あああああああっ!」
全身を弓のようにしならせ、次の一撃のための魔力を剣に纏わせた。
対するアイスドラゴンも目前の敵を無視するはずもない。ここまで接近されたのは落ち度でしかないが、それでも反撃する力を持ち、その反撃で命を刈り取る力を持ってこそ、魔族に比肩するといわれるモンスターと呼ばれるのだ。
攻撃は当然〈ブレス〉。ドラゴン種の放てる基本にして最大の武器。
だが、それすらも――
「〈雷鳴閃〉っっ!!」
――届かないほどの、極光。
斬撃性質を備えた莫大な雷撃がアイスドラゴンの全身を包み込む。それはさながら、暗雲に閉ざされ光の届かぬ峡谷に生まれた太陽の如く。
視界を焼き焦がすほどの閃光。視界一面が真っ白に漂白され、色をかろうじて取り戻したとき、その場には地に横たわり、蒼と白の鱗を黒色に焦がされたアイスドラゴンの亡骸が転がっていた。
「一……撃?」
オラルドが信じられないものを見る目でソフィアたちを見つめる。だが、それは他の者にしても同様。むしろ、彼女たちの以前の力を知っているメイやエミリーにとっては余計に凄まじい衝撃だった。
『え、え、え……? どゆコト? ねえメイ、前はあの娘たち、あんなに強くなかったよネ?』
「メ、メイにはちょっと……むつかしいお話は困るのです……」
楽勝であるように思えたが、当然、アイスドラゴンを倒すのに被害がないはずもない。アイリーンは両腕と両脚の筋肉を痛めていたし、アリアやメシアもアイスドラゴンの近くまで寄ってしまったため、固有パッシブスキルである〈凍て付く波動〉によって体力と魔力を大きく削られていた。
「は、はっ……う、ん……! 強く、なってる……まだ、まだ……!」
最も被害が甚大なのは最接近したソフィアだ。
〈星光の牙〉によって超強化された〈雷鳴閃〉で敵の攻撃を掻き消すことはできたが、一切喰らわなかったわけでもない。アイスドラゴンの〈ブレス〉をほんの僅かとはいえ直撃されたため、身体のあちこちが凍ってしまっている。少なくとも現状左腕は動かせないし、腹部から腰にかけてもそうだ。そのため、積雪の上に落ちてから一人では立ち上がることもできないでいた。それでも〈回復速度向上〉のスキルのおかげか、他の仲間たちと比べると、時間経過ごとの回復量は彼女が勝る。
「待て、『太陽』! 今の……精霊を召喚したのは何のスキルだ!? 何らかの魔具でも使ったのか!?」
オラルドたちの横を突っ切ってソフィアに駆け寄る者がいた。
「あなたは……ええと、とりあえず、起こしてもらっていいかな?」
「む……あ、失礼した」
「銀翼」のシルバーが請われ、「太陽」ソフィアを引き起こす。
「すげえ光景なんだろうけど……『銀翼』はどうしたんだ?」
「あのウザい自尊っぷりはどこにいったのかしら? 普段からああしていればいいのよ鬱陶しい」
「ルナー、ちょっと落ち着こう。あの光景を見て、気持ちはわかるけれどね……」
ルミナークが居ても立ってもいられない様子なのを見て、エイリークが止める。
そんな「戦斧」たちのことは気に掛けず、シルバーは慌てた様子で起き上がらせたソフィアへ詰問に近い勢いで問い掛けた。
「どういうことなんだ!? あの召喚魔法は……」
「どういうことって言われても……何度も死ぬかもって思うくらい修行してレベル上げたら、なんか勝手に覚えてたんだけど……」
「ハアッ!?」
シルバーが頓狂な声を上げる……が、それを責められる者はここに誰もいないだろう。シルバーを慰めるようにアイリーンが肩に手をやった。
「諦めなよ。この子の乙女回路を高速回転させたやつが全部悪い」
「ちょっと、アイ! 何その回路。持ってないし!」
「いや、持ってる。ギュインギュイン音立てて回ってる。わたしには聞こえる。ハイパーダブル回転してる」
「絶対嘘でしょ、アリア!」
「……個人的には止めたいですが、何も言いませんよ、私は。個人の自由ですし」
「それ、言ってるようなもんだからねメシア。というか、違うしっ!」
顔を真っ赤にしてソフィアが仲間たちに否定の言葉を投げ掛けるが、誰もまともに受け取ろうとはしなか
った。一人置いてけぼりを食らった様子のシルバーの元へ、他のメンバーが近寄る。
「すげえじゃないか、『太陽』。最近の『勇者』の中でもトップクラスじゃないのか?」
「え、ありがとう……。『戦斧』のオラルドさんに言われると、自信付くな」
「私はあなた……メシアさん、だったわよね。さっきの魔法、何?」
「え、ええと……」
ルミナークは今にも飛び掛からんといわんばかりの好戦的な笑みを浮かべながら、メシアへ質問する。メシアはその迫力に一歩退きつつ、素直に答えた。
「以前、私は氷か風属性の魔法しか使えなかったのですが……それでは駄目だと思うことがありまして。それで、他の魔法も使えるよう訓練したのです。それでソフィーに付いて一緒に修行している内に……」
話すにつれてメシアの目から光が失われていき、最終的には濁った。
「アレには困った」
「あたしたち全員で止めたのに、この子は聞かないからねえ」
「わ、悪いとは思ってるよ? けど、ほら……レベルアップしたかったし……でないと追いつけないし……」
「出た! 乙女回路!」
「回ってる。いつもより随分余計に回っております」
「ちがーうっ!」
アイリーンとアリアはソフィアを揶揄うことに夢中になり、ソフィアもそんな二人を黙らせることに躍起になっている。当然、質問はメシアに集中することになった。
それも当然のことなのだ。「太陽の勇者」が頭角を現したのは去年くらいからのことであり、最後に大きな活躍をしたのはセパリアをドラゴンから守った一件である。それにしても、直後に単独で同様のことをした「白無垢」が話題を搔っ攫ってしまったため、彼女たちだけで成し遂げた華々しい活躍というと、随分昔のことになる。
華々しい活躍がなかったということは、それだけの強敵と戦っていなかったということでもあるのだ。それなのに、どうしてここまでレベルを上げているのか。もはや彼女たちは黄金階梯の冒険者とはとてもいえない。白金階梯であるオラルドの目から見ても、自分と同等以上の力を感じるのだ。そしてそれはソフィアたちと同じく黄金階梯であるシルバーにしても同様の感想だった。
特に、ソフィアの力は突出している。あれではまるで――自分たちが今魔王城から救出しようとしている「欠落」のようだ。
「……んんっ! まあ、いいとしよう。『太陽』たちは予想以上に強力だ。これは魔王城に挑むおれたちにとって僥倖以外の何物でもない! さあ、行くぞ。もたもたしてられないんだ」
このままではいつまで経っても終わりそうにないので、オラルドはリーダーらしく場を治めた。全員冒険者だということもあり、切り換えは早い。
「……他にどんな魔法が使えるの? 〈詠唱破棄〉はないの? それと――」
「か、勘弁してくださぃ……」
「どれくらい強くなったら使えるようになるんだ? レベルは?」
「えっと、よく覚えてないんだ……。あんまり教会行ってないし……どのタイミングだったかは……。あはは……」
もっとも、切り換えられなかった者もいたのだが。




