表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と「叡智の魔王」
43/129

4-1

本日二話掲載です。プロローグがあるので、そちらからどうぞ。

 今日も今日とて一日の仕事を終え、夕食の席に着く。始めの頃はクソでかいテーブルに俺と魔王二人きりでげんなりしたが、苦言を呈し続けた甲斐もあって、今は常識的な範囲に落ち着いている。普通よりやや大きめのテーブルに対面で腰掛けた状態。身を出して手を伸ばせば、相手に触れられるくらいの距離だった。


「ふむ……。であれば……少しは強行手段に出ても良いということね……?」

「だな。まあ奴さん短気だから、上手くいくかはそれで五分五分ってところだが」

「いや、いい……。これまでは情報もなかった。十分よ……」


 フッ、と薄く笑う「叡智の魔王」。見た目は二〇代後半の美女である。しかしてその実態は数百年も生きてる若作りのババアなのだが。


「…………」


 おっと怖気が。やはり雪と氷に囲まれた城だからかな? 石造りとはいえ、寒いもんだ。


「む、うまい。何、この肉?」

「料理長……?」

「はっ。人面兎のヒレ部分のステーキです」


 人面兎ってアレか。クソキモいアレか。とんでもないモンスターを食わせやがるな、ここ。まあ魔王城だから仕方ないか。もう諦めたことだ。うまいしどうでもいいや。鶏じゃないならいい。

 がっついていると、正面にいる魔王がにやにやと微笑を浮かべてこちらを見ていた。

 思えば、俺がここで厄介になり始めてから随分と表情過多になったように思う。魔王も成長するってことだな。そういう意味では魔王を成長させた俺はもはやゴッド勇者を名乗っても良いのではなかろうか。


「……なんだ?」

「いや、なに……。……モンスターを食すことに、抵抗を覚えないのだなと……思っていただけよ……」

「変わんねえだろ。動物も草花もモンスターも、毒がありゃないやつもいる。うまけりゃマズいやつもいる。それだけだ。随分前に言ったぞ?」

「そうだな……。だが、聞きたくなっただけだ……」


 ソファかよこれ、と思えるくらい座り心地の良い椅子に深く背もたれ、魔王は言う。

 寒くないのかと思うくらいに大きく開かれた白いドレスから双乳が弾んだ。実に目に優しい。


「はあん? まあ、好きにすりゃいいさ。ここは魔王城で、今の俺は食客だ」


 言葉の通り、大した労力もなしに衣食住完備な魔王城で俺は悠然と暮らしていた。これが念願の食っちゃ寝生活かと思わないでもないが、刺激がここまで少ないと面白くない。

 それに最初の頃は人間で、しかも「勇者」だということで突っかかって来る魔族もいたが、刺激も欲しいしイラッとしたのもあって、実戦で黙らせたらみんな反抗しなくなった。五割以上の力は出さざるを得なかったから、やはり魔族というやつらは皆強いなと思った次第である。

 その後、タダでメシを食うというのもアレなので、稽古を付けて欲しいと願う連中は鍛えてやっている。といっても、サンドバックにしているだけなのだが。ただサンドバック代表であるトールが魔王の側近だというから、仕方ないのかもしれない。マゾばっかかここ。


「ところで……。メサイアは他の魔王のこと聞いてどうするんだ?」


 訊ねる。

 この魔王はちょこちょこと他の魔王について俺に訊ねてくるのだ。といっても、俺だって生まれ育った大陸の魔王——つまりは「暴食」くらいしか知らないのだが。

 そんなもん同じく魔王であるおまえのが詳しいだろと思ったが、交流はほとんどないらしい。それもそのはず。魔王どもはほぼ全員が敵対し合っているのだとか。

 遥か昔は世界中の魔族人類すべて巻き込んで、魔王たちによる世界大戦というのもあったとさ。おとぎ話の域まで遡ることになるので、あまり興味はないから聞いてる途中に寝落ちした。翌日のメサイアは普段にも増して極寒だったな。寒い大陸を統べているだけある。

 他はともかく、目の前にいる魔王であるメサイアは北方のアールグランド大陸を支配する「剣舞の魔王」フェルト・ゾールマンくらいしか交流がない。


 満を持して訊ねた先。そこにどんな未来を描いているのか。

 これは聞きたかった話なので、余裕を見せておく。下手にがっつく姿勢を見せると高く売りつけられそうだからだ。

 それにこれは出会ってからすぐに訊ねるのはあまりに不躾な質問だった。こちらは「勇者」の人間であり、彼女たちからすれば敵だからだ。そのため、信用を手にするために黙って協力してきたのである。

 決して上等な衣食住に屈したわけではない。決して。


「…………」


 メサイアはいつもと同じく思わせぶりな、それでいて上品な手つきで手元のグラスを手に取り、果実酒を口にする。俺も釣られて同じようにグラスを口にした。うわ、うまい。なんでこんなうまい酒が複数あるの? 同じようなのあんまりないんだけど。リンゴ酒をもっと出して欲しい。度数は弱目を希望。


「……そうね。そろそろ、話してもいいかしら……。トール」

「はっ」


 やはりというべきか。メサイアも俺にこの話について話すタイミングを見計らっていたようだ。

 メサイアの背後に立っていた黒甲冑の魔族の男――トールが動く。彼が傍らから取り出したのは古ぼけた巻物だ。それを開き、俺へ見せてくる。


「なんだ、これ?」

「……世界地図よ」

「世界地図……!」


 目を見開く。どれだけ貴重なものなのか、想像も付かない。

 大まかな地図自体は人間でも入手できる。冒険者たちは国から国、街から街へ移動するので当然だ。けれど、それはあくまでも人間たちの測量によるものであって、同じ場所を記した地図でも誤差が生じる。

 ましてや大陸規模の地図など魔王くらいの格でないと持っていないはずだ。

 だというのに、大陸をさらに超えて世界規模の地図だといわれると、もはや貴重品などというレベルではない。


「トール」

「了解しました」


 え、なに? 何を了解したの? さっぱりわからないんだけど。

 そんな俺とは違い、トールはメサイアの機微を理解したらしい。さすがは側近。ただのドMとは違うというわけだ。デキるドMなのである。つまりグレートドM。病気持ちだな。


 トールは傍らから真新しい巻物を取り出すと、それを俺へ差し出してきた。受け取って広げると、先程の世界地図の写しであることがわかる。


「それを……貴方にあげましょう」

「へえ、いいのか? 貴重品じゃないのか?」

「写本だもの……。それに、あなたが私の軍に加わると思えば、安いものよ……」

「いや、それはねえって」


 俺は人間である。ついでに「勇者」だ。魔王軍には降らない。今は気の迷いってだけなんだから……!

 それと思わせぶりに横目で見てくるのはやめて欲しい。メサイアが自覚しているかいないかはともかく、その艶やかな視線は俺に効く。非常に良く効く。どれだけの誘惑を断ち切っているのか理解して欲しい。ある意味、「強欲」よりも手強い魔王だった。なんせ三大欲求を刺激してくるのだ。これが……これが魔王か……! おのれ、負けないぞ。三大欲求最後の一角だけは負けてやらないんだからぁ!


「ふうん……なるほどね」


 世界地図の写しを広げて眺める。

 大まかに見て、大陸は一三個ある。左から二番目、でっかい横長の大陸がエルキア大陸。「強欲の魔王」が支配していた大陸だ。一番左なのは俺が生まれ育ったとこだな。メサイアに話していたのもこの魔王である。つまりはジェノバ大陸。


 そしてエルキア大陸から右上にある楕円形の大陸がここ、サルニア大陸である。ちなみにサルニア大陸東部が現在地である「叡智」の魔王城。

 サルニア大陸中央部から北には海を挟んでアールグランド大陸が。南東部にはハーヴェスト大陸がある。そして右にはまだまだいくつもの大陸が。一番東にあるのが龍皇国だった。

 龍皇国はちょっと特別。龍皇国という名の大陸で、同時にひとつだけ存在する魔都の名だ。


「ん……? なあ、これって大陸になるのか?」

「一応は、そうね……。最も小さな大陸は、最も小物の魔王に相応しい……」


 クッ、と喉を鳴らしてメサイアは小さく嗤った。今のは少し魔王ぽかったな。

 俺がメサイアに訊ねたのは西から数えて八番目の大陸グリーンウッド。ただ、大陸と呼ぶにはあまりにも頼りない大きさだ。周囲には小さな島が点在しており、そこらも一応はグリーンウッド大陸の一部に組み込まれているらしい。


「小物ってのは?」

「……言葉の通りよ。特殊なスキルを、持っているから、弱いとは言えない……。けど、脆弱なのも確か……。人間を相手に……あの忌々しい『強欲』と……似たようなことをして、強くなった気でいるだけの、小物……」


 はあん。そりゃあ小物だわ。しかし「強欲」……メサイアに嫌われてんだな。忌々しいっておまえ。ああ、以前に戦争やってたんだったか。


「強欲の魔王」は最悪の魔王だ。アレも欲しい、コレも欲しいという欲求に忠実なヤツで、そのためなら命も命と思わない。自分の兵である魔王軍の魔族ですらもが、愉しみのために虐殺されるくらいである。ならば人間やモンスターはどれほどか、という話。もっとも、四天王とその周囲くらいの魔族には手を出さなかったようだ。全員俺がブッ殺したけどな!

 そう考えると、おそらくその小物の魔王は「強欲」の四天王くらいの強さだろう。いや、魔王を名乗ってそれが認められているのだから、もうちょっと強いか?


「グリーンウッド大陸、ね。魔王は?」

「『嫉妬の魔王』……そう呼ばれているわ……」


 そりゃまた、なんか……アレな二つ名だな。俺の「欠落」も大概だが。


「そんで、何で他の魔王の情報を知りたがる? 世界征服でもするのか?」


 人間からすれば、支配者がメサイアになるのは悪くない気がする。

 彼女は人間なんて歯牙にも掛けていないので、自分へ剣を向けない限りは自由にさせてくれるだろう。マイナスの支配をしない分、他の魔王たちよりは随分上等であるといえるはずだ。このことは現在のサルニア大陸の状況から見ても信用できた。

 メサイア以外であれば、龍皇国くらいのものだと思うが……あそこは遠過ぎて、俺はほとんど情報を持っていないのでどうとも言えない。

 話によると「剣舞」もメサイアと似たような支配であるらしいが、あちらはそこそこの税を課しているらしい。活かさず殺さずの重税っぷりだが、無駄に死なないようにモンスターの脅威からは守っているのだそうだ。

 それが幸せかはともかく、下手に甚振って殺されたりしない分、他の魔王よりマシなのは確かだろう。


「世界征服、それもいい。……しかし、それはあくまでも過程の話……。私の目的は、そのさらに先にある……」

「……? どういうことだ?」

「それは、貴様が我が手の内に収まるかどうか、がわかってからね……」

「じゃあいいや」


 いくらなんでも「勇者」が魔王の軍門に降るわけにはいかない。メイが魔族だとバレるわけにはいかないのと同じで、それは人類への叛逆だと思われても仕方ないからだ。

 けれど実際問題として、手を取れるなら協力した方が良いとは思う。人間という種族は基本的に魔族に勝てないのだから。尻尾を振って腹を見せろとはいわないが、四対六くらいの割合で手を結ぶならアリだと思う。戦力差など考えるまでもないくらい開いているわけだし。

 勝ち目のない戦いに次々と「勇者」やその仲間たちを送り込んで墓石を増やす必要もないのだ。この辺は意識改革を促しておく必要があるだろう。俺が「英雄」に戻った後ではそれも必要かもしれない。……俺の寿命の間では不可能だろうがな。


 ただ、気になるな。メサイアの狙いは何なんだ?

 他の魔王についての話はいずれ直接敵対するときに備えての用心と判断できる。魔王の中では「強欲」に次ぐ実力者と聞いたことがあるが、他の魔王たちを見たことのある存在なんて、それこそ魔王かその配下の魔族に限られる。だから情報の確度はあまり信用できないといえるだろう。


 ただ、「叡智の魔王」がその二つ名の通り、慎重な性格であることは既に十分理解している。そして「強欲」と違って無闇に力を行使する者でないということも。

 実力に関して、弱いわけがないのは確か。少なくとも、「強欲」との戦争で引き分けるだけの力は確実に持っている。それだけでも頭が痛くなりそうな話なのだが、それに加えて慎重な性格だというのは敵対する者にとって分が悪過ぎる。

 さすがに「強欲」と互角のレベルだとは思えないが、情報とそれを駆使する能力を併せ持つことで互角にやり合えるということだろう。


 各魔王の情報を事前に仕入れることで、戦う必要のある魔王とそうでない魔王とを区別している。そして前者であれば自分が有利になる情報を、後者であれば協力できるような情報をさらに手に入れようとしているのだ。

 臆病と慎重は違う。

 メサイアは慎重なのであって、臆病ではない。

 そして慎重な相手というのは、それだけで手強い存在だ。


 そんな慎重な存在であるメサイアが世界中の大陸に手を伸ばせるようになって――その先に、彼女は何を求めているというのか。

 恒久的平和な安楽な世界……とか? 駄目だ。自分で思いついておいて気持ち悪くなった。そんなものあるはずがないし、あったとしても俺は嫌だ。そも、他者に対する興味の薄いメサイアがそんなものを望むとは思えない。

 では、何か。世界中の大陸に手を伸ばせるようになって求めているもの、手に入れたいもの。


 パッと思いついたものでいえば、魔具。

 魔具の中には稀少なスキルが内包されたものがある。俺が悪魔と契約して手に入れたこの義眼もそうだ。〈情報開示〉が行使可能となる魔具なんて、ひょっとするとこの世には二つとして存在しないかもしれない。

 そういった破格の魔具を求めている――のだとしたら、それが正解だとはいえないが、理解はできる。

 いくら魔王といえど、ロールの縛りからは抜け出せない。

 義眼の〈情報開示〉はスキルランクが最低の状態で固定されている。俺が持つスキルというわけではないため、どれだけ使用しても熟練度が溜まらないのだ。そのため、魔王や強力な魔族相手であっては通用しないのである。トールの場合は魔具で防いだようだが、そんな風に、魔具で防がれることだってある。本来の神職系ロールで正当に修得した場合はスキルランクを上げられるので、また話は別。


 では次。メサイアが貴重な魔具を欲しがっているとして、その性能……内包しているスキルは何か――だが、これは考えても意味がないだろう。候補が多過ぎて絞り切れない。絞るためには、彼女からさらに情報を引き出す必要がありそうだ。なので、現時点ではこの程度にしておく。


 じゃあ次……と考えようとしていると、メサイアが面白いものを見る目で俺を観察していたことに気付いた。


「なんだよ?」

「いえ、別に……。ただ、何を考えていたのか……と思っていただけよ……」

「残念だったな。俺の頭の中は常に崇高なことで占められてる。つまりは、この後のデザートは何かってことだ」

「そう……。私の目的が何かを、考えていたように思えたけれど……考え過ぎのようね。私が欲しがっているものが魔具であると仮定し、そのスキルを絞り切れず、今考えるのはここまで……というところかしら?」

「全然違う。今晩のメインがステーキだったからな、デザートは何かって考えてた。さっぱりしてるものの気がする」


 人面兎のヒレとはいえ、ステーキはステーキ。しつこくはなかったが、それは他の肉と比べての話だ。なのでさっぱりしたデザートで口を洗うものだと思う。食後のドリンクに関しては、俺の好みではないので出なくなった。食事中に飲みたいし。リンゴだといいな。リンゴのシャーベットとかだともっといいな。

 果たして今晩のデザートは——っしゃおらあ!

 来ました。やって来ました。盛り上がって参りました。


「なんたる……なんたることだ……こんなリンゴのシャーベットがこの世にはあるのか」


 出て来たリンゴのシャーベットをスプーンで一掬い。口に入れて舌の上で溶けた瞬間、全身に電撃が奔ったかのような衝撃を受ける。はわわ……こんなのだめだよ。だめになっちゃうよ。


「というか、なんだこのリンゴ! うまい!」

「料理長……?」

「人面林檎のシャーベットでございます」


 また人面シリーズかよ! 好きだなおまえら! でも美味しいから許す。いつかコンプリートする日が来てしまうのだろうか。

 ただ、疑問が浮かんだ。


「人面林檎って、もっと酸っぱくなかったっけ?」


 たしかに酸味はしっかりあるが、それと同じくらい甘い。なので酸味の強さが和らいでいる。刺激は強いものの、後に引かないのである。これは悪くない。むしろ良い。というか最高。持って帰りたいくらい。あと魔王城の周りが万年雪で寒いってのもいい。寒い中自分はぬくぬくとアイスを頬張る幸せ。外にメイを放り出して、窓越しにそれを見ながら食べられたら満点だな。


「人面林檎の糖度を引き上げるには特別な育成が必要でして……」

「ほう」


 興味を持って耳を傾ける。その僅かな瞬間、メサイアが笑みを濃くした気配を感じた。


「餌が重要なのです」


 餌か。そりゃまあ、そうだろう。

 人面林檎はリンゴといいつつも、木に生えるわけではない。直径八〇センチから一メートルほどの巨大なリンゴに人の顔が付いてるモンスターなのである。これはビッグアップルという品種のリンゴに擬態するためだといわれている。ビッグアップルだと思って近付いてきた獲物を逆に捕食するのだ。そのためか、人面林檎自体のレベルは低く、平均で三五から五〇レベルくらいのモンスターである。

 つまりボール感覚で俺が蹴ると消し飛ぶ。強くなることは同時に何かを犠牲にするのだと理解し涙を零した最初の事件だ。嫌な事件だったね……。


「人なのよ……」

「へえ」


 メサイアが端的に特別な餌の正体を告げてくる。それを聞き、なるほどなと頷いた。

 時折、ちょっと甘い人面林檎に出会すことがある。義眼を手に入れてから注意深く調べていたところ、そうした人面林檎はたいていレベルが高かったから、それが理由なのだと思っていたが……そうか、人間か。管理して大量生産とか出来なさそうで残念だ。さすがにそこまで鬼畜にはなれない。あ、でも罪人とか処刑するついでにならアリかもしれない。まあ俺は王様でもなんでもないからそういうのできないけど。


「…………」

「…………」

「…………」

「……なんだよ?」


 メサイアも、その後ろのトールも、料理長までもが、俺を見て怪訝な表情を浮かべていた。メサイアだけは面白そうな目ってだけだが。表情変わらなさ過ぎんよ。氷か何かで出来てんのかよ。なんで俺を揶揄うときだけ表情豊かになるのよ。


「……『欠落』殿は、人間を餌にしたと聞いても驚かないのですね。そして、それを口にさせられてすら、怒らない、と……」


 トールが訊ねてくる。そういうことか。


「別に? メサイアのことだから手当たり次第の人間を餌に使ってるわけじゃないんだろうって思ってる。つまり、死んでいい人間ってことだ」


 判断基準が俺とはまた違うのだろうが、この大陸を支配しているのは彼女だ。郷に入りては郷に従えともいう。そこに俺が口出しするのは違うだろう。けどまあ、賢い者ならわざわざ殺す必要はない。そういった連中はメサイアたちを畏怖し、頭を低くして暮らすようになるからだ。静寂を好む彼女なら、わざわざそうした連中を殺そうとはしないはず。それよりは声の大きく、彼我の実力差もわからない馬鹿を始末するついでに利用しているんじゃなかろうか。

 そして俺はレベルの高い人面林檎ほど甘いと思っていたのだが、これもある意味では正解だろう。レベルの低い獲物よりレベルの高い獲物を狩った方が取得経験値は大きい。ただの獣よりは冒険者などの人間を食った人面林檎の方がレベルは高いはずだ。


「さすがに、人間の肉とかだと遠慮したいけどな。餓死する寸前ならともかく、直接じゃないなら仕方ないだろ?」


 それをいうなら、肥料で糞とか使えなくなるし。家畜の飼料にしたって、潰した同族の骨を混ぜたりするし。

 だいたいここは魔王城なのだし、それなら俺は人間が沢山死んだところで寝起きしていることになる。けどそういうの平気。人間が死んだことのない場所ってそうそうないと思うしな。だから墓場とかでも俺は平気で寝れる。


「……実に、面白いわね。……貴様の思考は、人間では……ない」


 失敬な。これでもかつては「英雄の勇者」と呼ばれていたんだぞ。昔の仲間からは「リンゴを食べさせればご機嫌だから『リンゴの勇者』だ」とか言われたこともあるけど。ちょっと嬉しかったのは内緒。


「人も、獣も……魔族すらも……同じ目線で見ている……。我々、魔王と同じく……超越者としての……俯瞰的視野の持ち主……」

「言い過ぎだ。『勇者』として動いていると、なんでもかんでも殺して旅するんでね。命の価値が平等とは思わないが、命そのものは等価値だと思ってるだけさ」


 一国を治める王の命とただの村人の命は決して同じ価値ではない。

 けれど、数字の上では対等だ。

 俺に関係する者の命であるなら俺の中でその命の価値は高くなるが、それ以外であればどうでもいいという判断。そうでなければ、背負い切れない。割り切りは必要だろう。


「……本当に、貴様は『英雄』では、ないの……?」

「くどい」


 言って、スプーンの先をメサイアへ向けた。咄嗟にトールが前へ出ようとするが、それを他ならぬメサイアが制した。


「俺は『欠落の勇者』だ。断じて『英雄の勇者』では、ない」

「そう……だとすると、やはり厄介、か……」


 ん? どういうことだ? ああ、「英雄」が「強欲」を倒したということは、他の魔王であっても倒せるということか。つまり、メサイアにとって潜在的な敵なのである。そりゃまあ厄介といえるだろう。


「魔王様であれば『英雄』など……!」

「トール……。私は、『英雄』を……過小評価は、できないのよ……」


 そう告げる際のメサイアの瞳には明らかに何らかの光が点っていた。だが、それがどういった色でどういう意味合いを持つのかまでは窺い知れない。あまり良いものではないように直感するが。


「では……『英雄』は……何処へ……?」

「俺に聞かれても知らんよ。どっかほっつき歩いているか、隠居してんじゃねえの?」

「……質問を変えるわ。……貴様が『英雄』であったとして……『強欲』を倒した後、何処へ、何をする……?」


 なるほど。そう来たか。

 普通の答えを出したとしても、それでは「英雄」が再度世に出て来ない理由に繋がらない。「欠落」の感性で、「英雄」が姿をくらました後の目的を推測しろということだ。

 知るか、自分で考えろ――と言いたいところだが、メサイアはその紫色の両眼を俺へ向けている。拒否権や黙秘権はなく、なおかつ嘘も駄目って感じだな。


 いや、そもそも——メサイアは俺が「英雄」であると疑っている。というより、半ば確信しているに近い状態だろう。

 決してそのことを口にするつもりはないが、こういう形での質問になら答えてやってもいい。今の俺はリンゴシャーベットのおかげで気分も良いしな。まさか、これも狙った上でのデザートだろうか? 汚い。やはり魔王。汚い。俺みたいに新雪の如き清らかな心を持とうと思わんのかね? 嘆かわしい。


「……逆説的に考えるべきだ」

「……なる、ほど」


 え、わかったの? じゃあ俺、ここで話すのやめていい? 勝手に想像で納得してくれるのなら、ボロとか出したくないし喋りたくないんだけど。……駄目っすか、そうすか。


「どういうことでしょうか、『欠落』殿」

「『英雄』は一人で『強欲』を倒した……眉唾な話だが、それを否定できる根拠や証拠がないから、そう仮定した上での推測だ」


 事前にそう告げておく。まあ否定はできないだろう。そも、人間が魔王を倒したという時点で眉唾なのは変わらないのだし。


「普通に考えて、魔王を倒すというのに『勇者』とはいえ、人間が単独で挑むなんてのは愚か過ぎる。であるなら、それには理由があったと考えるべきだ。それも、『勇者』あるいは人間にとってあまりよろしくない理由が」

「……なるほど」


 メサイアが続けろと顎で指示してくる。まあ、これじゃ質問に答えてないしな。


「何らかの疚しい事情があって魔王を倒した。じゃあ何故、他の魔王のいる大陸に現れたりしない? それも一番近いここへ」


 言って、テーブルを手の甲で軽く叩く。白亜の大理石が綺麗な音を立てた。


「だから逆説的に考えるべきなんだ。『英雄』は魔王を倒すのが目的なのではなく、『強欲の魔王』を倒すことこそが目的だったのだ、ってな。そうなると、今度は世に出て来ない理由だが……」


 疚しい事情が「英雄」にはあった。そして「強欲」を倒す理由。世に出て来ない理由。

 それらを無理矢理一本の線で繋げ、不格好ながら形を作る。それはまるで星座のようだが、そうなのだと言われるとそうなのかと納得してしまう。そういった理由を探る。


「つまり、『英雄』が他の魔王とグルだった可能性だ」

「なんと……!?」

「辻褄は……合うわ、ね……。多少、強引では……あるけれど……」


 そりゃそうだ。この場でメサイアを納得させるためだけの嘘だもの。

 とはいえ、完全に嘘八百かといわれると、そうでもない。

 疚しい事情があったのは確かだ。なんたって悪魔と契約してたんだし。そして今現在、ある意味魔王と協力しているようなものである。俺からすると茶番でしかないが、それを知らない者からすると、そう思われても仕方がないだろう。

 というか、メイもいるしな。奴隷とはいえ、ガッツリ協力関係と思われるかもしれない。


「つまり……『英雄』は他の、いずれかの魔王の下にいる……と?」

「じゃねえの? いくらなんでも、目撃談がひとつもないのは不自然だ。けれど、魔王や配下の魔族たちが協力しているなら納得できる」


 勝手に「ウチに来た!」とか言ってるやつらは山ほどいるようだが。


「となると……ジェノバでしょうか?」

「それが……妥当、ね……」


 二人の言うジェノバ大陸は俺が生まれ育った大陸だ。「英雄」の出身大陸は有名である。

 ジェノバ大陸はエルキア大陸の西に位置する最西端の大陸だ。支配しているのは「暴食の魔王」ジノン・ヴァイパー。税金代わりに食料を納める必要があるが、それを守ればわざわざ人を殺そうとはしない魔王である。

 ただ、それは彼にとって効率良く食べ物を集めるためにそうしているというだけで、期日までに納められなければ、翌日にはその場所から生き物は一切存在しなくなる。つまりは――喰われる。

 常に死と隣り合わせの大陸なのである。ゆえに、農業や牧畜を営む者が非常に多い。おそらく職業別人口比では世界一位だと思う。


 俺が今日の晩飯でメサイアに話していたのも「暴食」についてだ。

 彼女がどういう目論見なのかはわからないが、晩飯で彼女と俺が同じ卓に着く際、少しずつ情報を引き出していくのだ。一気に聞いてこない理由がわからない。こればかりはどれだけ考えてもわからなかった。俺を長く滞在させるためなのかと思ったが、それはそれでよくわからないしな。他にいくらでも理由なんてでっち上げられるはずなんだし。

 ただ、俺の予想外にも、「暴食」と「英雄」が手を組んでいたという話は説得力があったようで、メサイアとトールは何やら思案している様子である。


「暴食」はとにかく食う。めちゃくちゃ食う。そして悪食でもある。

 土でも鉄でも木でもなんでも食べてしまうのだ。なのに何故か勝手に美食家を名乗っており、珍しいものであれば、供物はそれだけでオッケーと言ったりもするよくわからない魔王でもある。実に好き放題生きているという点が「強欲」と共通している。


 さらに、ジェノバ大陸とエルキア大陸は隣近所。世界最大の大陸と呼ばれるエルキア大陸を支配していた「強欲」が消えたとなれば、「暴食」は異なる大陸に眠る未だ食べたことのないものを大量に手に入れられるだろう。それと「英雄」がなんらかの取引を結んだのではないか――と考えているのではなかろうか。まだエルキア大陸に来ていないのは、サルニア大陸にいるメサイアを恐れて、という感じで。


 ただ、その仮説には疑問がいくらか生じる。世界最強の魔王と謳われた「強欲」を倒した「英雄」が、何故いまだに「暴食」を殺さず恭順しているのか。しかし、そこは仮定の話でもあるため、どれだけ悩んでも答えは出ない。

 まあ出るはずもないんだけどね。別に取引とかしてないし。

 それに「暴食」は結構な歳なようで、遥か昔――最盛期――に比べると、要求する食料の量も随分減ったようだ。少なくとも、人々が生かさず殺さずといった危機的状況でない程度には。放っとけば寿命で死ぬんじゃねえかな。


「……興味深い話、だったわ」


 言って、メサイアは顎で俺に出て行けと告げてくる。これ以上この場に残り続けてポカを出すわけにもいかないので、軽く肩を竦めてから退室することにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ