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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と海の街
40/129

3-13

本日二話掲載です。

後半の話(第三章エピローグ)は短いためです。

一時間後に投稿します。

 突然現れた黒い甲冑を眺め、首を捻る。


「あいつ……トール、だったか」


 俺に「竜踊りの笛」を寄越したやつだ。何故か俺に勝負を仕掛けてきて、甚振ったら喜んだドMである。黒い甲冑もきっとそんな内心の表れだろう。実に邪悪なやつだ。きっと病気持ちに違いない。


「それにしても……落ちるぞ、あいつ」


 どういう理屈で空間を曲げて海上に現れたのかは知らないが、まあ魔具か何らかのスキルを使っているのだろう。そうでなければおかしい。

 ……でも、どういったものなんだ? さっぱりわからない。

 俺の知らないロールやスキルもそりゃあるだろうが、それでもあそこまで目覚ましいものは覚えがあると思うんだけどなあ。世の中広いぜ。


 そんなことを考えながら、いつやつが海に落ちて慌ててくれるか楽しみにしていた。しかし残念ながらそれは起こらず、やつは普通に海面を歩いている。これもスキルか魔具によるものだろう。何なのか気になるが、以前に義眼のスキルを無効化されてしまったので諦めることにした。


「あ、いや……待てよ?」


 スキルで弾いたのではなく、魔具で防いでいたのなら?

 あいつは俺が「欠落」として行動している間に出会った者の中で最も強かった。そしてあの長大な大剣を振るっているところを見るに、ロールは「戦士」とかそこら辺だ。なら、特殊なロールのようなスキルは持っていないかもしれない。もちろん、多重ローラーである可能性はあるが、それは数少ない。

 妥当な線でいえば、魔具だ。そしてあのとき壊れる音がした。なら、使い切りの魔具であると考えられる。ひょっとすると、そうでないかもしれない。


「まあまた弾かれたところで殺し合いにはならないだろ」


 顔見知りなわけだし。剣がないから、もしそうなると厄介だ。御する自信はあるけど、多少怪我はするかもしれない。とはいえ、その程度のリスクでもある。


「ではでは、早速……おうっ」


 案の定、また弾かれた。そんでもって痛い。

 今度は以前のような誰何の声もなく、やつはこちらへ向かって殺気を放ちながら一目散に駆け寄ってくる。


「俺だよー」


 手を振ってみせると、面白いくらい速度が落ちた。それから少し悩んだ素振りを取り、結局は歩いてこちらに近付いてくる。


「お久しぶりです『欠落』殿。……その格好は?」

「盗賊に身包み剥がされた」

「盗賊に……!? いえ、冗談はよしましょう。あなたほどの人間が盗賊風情に身包みを剥がされるなど、想像も付きません」


 いるかもしれねえだろ!? アァン!? 俺が嘘吐いてるってのか!?

 まあ実際問題、俺から身包み剥げるような盗賊いたら世も末だが。あ、一人有り得るのいたわ。まああいつの場合は問題ない。

 閑話休題。


「そもそも、ここは無人島でしょう?」


 それもそうか。納得。


「ま、単に濡れちゃったから乾かしてるだけだよ。連れが女で、自分も乾かすから出て行けって言われてさ」

「なるほど。それはあのときの?」

「ん? 違う違う。偶然同じ作戦に従事しただけのやつだ。一夜の仲ってやつさ」

「な、なるほど……さすがです」

「まあな」


 本来の意味とは八割くらい違うけどな! 納得しちゃったよ!


「そんで、おまえはどうしたんだよ。なんかいきなり出て来たけど……」

「む。そうでした。私の主人からの命でして……その前に」


 甲冑が小さく軽い音を立てる。これだけの鎧でほとんど音がしないというのは異常だ。おそらくは魔法が付与された鎧。つまりは魔具と同じだと見ていい。ひょっとすると、この鎧が俺の〈情報開示〉を弾いていたのか?


「『欠落』殿が従事した作戦というのは、どういったものでしょう?」


 ん? こいつ、知らないのか? クラーケン退治ともなると、結構な範囲のギルドにクエストが貼り出されていると思っていたのだが。まあ詳しくは知らないけれども。

 俺と同じように、冒険者登録してない猛者ってことかな?


「クラーケン退治だよ。面倒だった。アイツウザい」

「ハッハッハ。まあ、『欠落』殿ほどの腕でしたら、その程度でしょうな」


 俺だけならね。

 ただ今回は俺ひとりではないので、イッカクの角も取り零すし、リヴァイアサンが出てくるし。面倒なことこの上なかった。これ以上災厄が俺の頭に降って来ないことを祈る。あれ以上の災厄ともなると……エルダードラゴンとか魔王とかか。うわー、嫌だ嫌だ。想像もしたくない。


「しかし、他の連れは一人だけ……と? あなたの実力を疑っているわけではないのですが、それではいささか足りないのでは?」

「まあね。うっかり船から落ちちゃった感じ」

「そういうことでしたか。なるほど……」


 本当のことは伏せておくことにする。俺が「英雄」だと気付かれたら面倒だしな。いつも通り、適当なこと言ってはぐらかそう。もう考えなくても次から次へとポンポン口から言葉が出る。成長である。


「では、他にモンスターは出ませんでしたか?」


 ……なんだ? 何を聞き出そうとしている?

 トールに敵意はない。悪意も邪気もない。素直に答えてやってもいい。

 だが、声が少しだけ、本当に少しだけ、硬い。それは何か企んでいる者の声音だ。

 はぐらかすことは当然可能だ。だが、この男が何を聞きたがっているのか。それが知りたい。

 唇を捩じ上げ、嗤う。


「何て答えて欲しいんだよ?」

「……っ!」


 俺の回答に、トールは絶句する。

 それは心を読まれたからか、それとも。……それ以上はさすがにわからない。

 だから、わかる材料だけで推測する。見当違いでも問題ない。単なる好奇心だ。


 まず大前提として、トールは強い。それは間違いない。強過ぎるということはないが、少なくとも白銀階級の冒険者くらいの実力はある。

 そんな人物が冒険者登録をしていないことも意外だ。単にギルドに寄っていなくて見ていなかったという可能性もあるが、そこは省いておく。

 そして全身の甲冑。魔具があれだけ貴重品なのに、こいつの装備は全身鎧だ。それがどれほど稀少なのかはよく知っている。

 まだある。海上に突然現れた、不可解なスキル、あるいは魔具。これは海上を駆けていたことにも共通する。〈空中歩行〉ではなさそうだったしな。

 そして「主人」という単語。これだけの能力を持つ男を下におけるだけの者。


 ………………駄目だ。答えが出ない。

 可能性があるとすれば、別の大陸の王族とかか? それで、メイみたいに奴隷としてトールは使われている……いや、それでも、メイとは実力が桁違い過ぎる。

 なら考えの方向を変えてみよう。トールの主人は、彼を黙らせることが可能なくらいの実力者である、と。

 考えようとして、すぐに諦める。そんなやついないだろ。これだけの実力だぞ。下手すると弱い魔族すら殺せる。それより上のやつなんて、それこそ――


「――――――っっっ!?」

「ど、どうなされました!?」


 頭にひとつの仮説が過った。

 それは信じ難いことだ。というか、信じたくない。

 仮説は虫食いだらけの巻物みたいに穴だらけ。なのに……話が通ってしまう。

 冷や汗が涌き出す。全身の鳥肌が立つ。呼吸が乱れた。冷たい。空気が冷たい。寒くて凍えてしまいそうなほどに。


 ふと――幻視する。

 見知らぬ女性の冷たい魔手で自分の身体が握られていることを。

 それは死神の手に似ていた。

 爪は鋭く、剣よりよく切れる。言の葉は呪いの如く、ドラゴンの〈ブレス〉よりも恐ろしい響きで。視線は絶対零度。対象を睨んだだけで、その魂まで凍て付かせて命を奪う。


「確認……させ、ろ……」


 喘ぐような呼吸。まともな呼吸ができない。寒いのに、心拍数だけは天井知らずに跳ね上がる。まるで何キロも全力マラソンしているような。

 じわじわと、足下から酸で溶かされていくかの如き焦燥感が募った。


「なんでしょう?」

「おまえの主人は――」


——聞くな。聞いてはいけない。それは断定してはならない情報だ。

——聞け。聞いておかなくては。それは仇敵になりうる者の情報だ。


 二つの相反する意思が俺の中に生まれる。その両方が正解で、間違い。

 絞り出すように――勇気を絞り出して――訊ねる。


「――魔王、か?」

「………………」


 トールは沈黙する。

 何故、沈黙する? 一般的に見て、沈黙は肯定の証左。

 一時間とも二時間とも思えるくらいの時間を経て――実際は数分だろうが――トールは頭上を見上げた。釣られて、俺も見上げる。

 夕日が曇天を突き破り、茜色を地表海上へ分け隔てなく、惜しげもなく注いでいた。

 それは血の色、死の色、命の色。


「肯定です。我が主人は『叡智の魔王』メサイア・ホワイト様です」

「メサイア・ホワイト……そうか。それがこの大陸を支配する魔王の名か……」


 ぞくぞくとした悪寒が身体を震わせる。しかし、どうしても、それが魔王の手によるものだと思えてならない。錯覚だ。錯覚のはずなのに、そう思えてしまう。


「もう一度……今度はこちらから聞きましょう」


 目の前の男は――否。魔族であるトールは俺へ問い掛ける。


「クラーケンの他に、モンスターはいなかったのですか?」


 自分の主人が人間にとっての大敵だと宣言したからだろう。トールはもはやその覇気を隠そうともしていない。いまや俺は獅子の前で震える小兎のようなもの。吹けば飛ぶ塵にすら等しい存在だ。

 無論、トールにとってではない。

 トールの背後に君臨する、絶対零度の魔王に対しての話。

 ガチガチと歯の根が合わなくなる。うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。

 どうしてこうなる? どうして俺の人生はこうも魔王と運命がある?

「英雄」になるべく鍛えられた。「英雄」として過ごしてきた。「英雄」であるためにありとあらゆる方法で強くなり、「強欲の魔王」を倒した。

 それでも――まだ足りないというのか。

 人類の悲願である魔王の討伐。それも最強最悪と名高い「強欲の魔王」を倒して、まだ足りないだって?


「――ハ」


 嗤える。嗤えてきてたまらない。俺の人生は茶番のようなものだ。

 どれだけ走っても、足掻いても、出来レースからは逃れられないとでもいうのか。

 他人が均した道を歩くなんてごめんだ。俺は俺の道を進む。それは「強欲の魔王」を倒した段階で成立していたはず。

 もう、師匠たちに育て、鍛え上げられた恩は返したはずだ。

 何が運命だ。そんなもの、こちらから願い下げだ。


 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!

 そのために「英雄」を捨て「欠落」になったのだろう!?

「英雄」にはできなくて、「欠落」になる道を選ぶのだろう!?

「欠落」のまま――「英雄」に戻るのだと決めただろう!!


 過去の「英雄」ではない。新たな「英雄」へ。

 新たな「英雄」を誕生させる、誰も見たことのない道へ進むと決めた。

 ならばこそ、ここで退いてはならない。

 ソフィアの言葉が、シルバーの意思が、背中を押す。

 胸に火が灯る。

 そうだ。俺は「勇者」だ。とっておきの「英雄の勇者」だ。

 だけど、俺がなりたいのはきっと、そうじゃない。

 ソフィアやシルバーが憧れるのと同じ――ロールでもなんでもない、紛れもない勇者になりたいと望んでいるのだ。

 だからこそ、魔王に怯えるわけにはいかない。

 たとえそれが、「強欲の魔王」に次ぐ実力者「叡智の魔王」だとしても。


「――ハッ、聞いて驚け。クラーケン相手にイッカクをぶつけることで、ここらの海域の二大モンスターを倒してやったよ」

「それは、凄まじい功績です。他には?」

「ああ――リヴァイアサンが出て来たな」


 トールからの威圧感が強まる。

 当然だ。この海域に棲息するリヴァイアサンは一体のみ。それはトールの主人の「叡智の魔王」のペットだというではないか。

 それを傷付けた都がひとつ滅びたと聞く。

 ならルゴンドの街は、俺は、どうなる?

 答えは簡単。知ったことか。

 それならきちんと首輪でも巻いて飼ってろって話。自由に放し飼いしているから、他の人に攻撃されたりするのである。全部魔王が悪い。俺は悪くない。


「うっさいから殴ってやった。ぶっ殺してやろうかとも思ったが、まあ、止められたな」

「止められた……ですか」

「ああ。けどまあ、殴ったのも仕方ないぜ。俺を殺そうとしやがったからな。それで反撃を許さない狭量な魔王なのか、『叡智』は」

「まさか! かの魔王様は非常に器の大きな方です!」


 よし。その言葉を聞きたかった。


「なら、伝えといてくれや。人間側に落ち度はないってな。元々、リヴァイアサンは巻き込まないでおこうって話だったのに、向こうからやって来た上に攻撃してきたんだ。人間に反撃するなって方が無茶だぜ」

「ええ。頷ける話です。そういう話でしたら、魔王様も怒らないでしょう」


 あれ……そうなの? そんなに話のわかる魔王なの? こっちは割と結構な覚悟を決めたんだけどな。パンツ一丁だから格好付かないけど。

 丸腰というなら丸腰である。まあ最終兵器をひとつ隠し持ってるけどな! 野郎相手に見せる気はないけれども! なんなら「叡智」もこいつで黙らせてやるぜ! 悲鳴も嬌声も上げさせてやるぜ! 黙らせてないね。


「以前の都はリヴァイアサン――リーズというのですが――が魔王様のペットだと知った上で、自分たちから攻撃したのです。そのため、見せしめとして滅ぼしました」

「ほーん、なるほど。そりゃ滅ぼすわ」


 俺が魔王でもそうする。サルニアはエルキアの次にでかい大陸なのだ。都ひとつ滅ぼしたところで人間は減らないだろう。どうせすぐに増える。


「……相変わらず、面白い方だ。考え方が人間ではありませんね」

「そうかい? 存外、行き着いた思考こそがコレなのかもな」


 人間は下等種族。それはわかり切った事実だ。

 しかし、考えようによれば――思考面でもそうなのかもしれない。

 でなければモンスターや魔族、魔王といった人類の敵がいるのに、人間の国同士で戦争なんて起こすはずもないからだ。そりゃあ魔王側から見れば下等種族だろう。


 そして弱肉強食の世界である以上、強者たる魔王軍が弱者である人間を蹂躙するのも頷ける話だ。

 その弱者の中に――虎へ噛み付き、喰い殺すネズミがいるというだけの話。

 所詮ネズミはネズミ。虎が本気を出せば終わる程度の獲物でしかない。


「どうですか? 我が魔王軍へあなたを是非とも招待したいのですが。『叡智』の魔王軍には人間も少数ではありますが、居ます。ましてや『欠落』殿ほどの実力者であるなら、決して後悔するような待遇はありません」

「断る――と言いたいところだが」


 ピン、とくることがあった。

 俺がサルニア大陸で探す解呪のアイテムの中、最も入手が難しいと思われたもの。

 氷のバラ。それは「叡智の魔王」の魔王城に存在する。

 そして悪魔から言われた、半年以内にサルニア大陸から立ち去るべきだという言葉。

 何があるのかはわからないが、期限まではあと三ヶ月を切っており、この大陸を去るまでの時間も考えると、猶予はほとんどない。

 であるなら、話がどう転がるかは別にして、ここで魔王城へ行くのもアリか? そのついでに氷のバラを頂けるなら奪えばいい。すぐにこの大陸を去るのだから、悪くない手でもあるように思う。


 しかし、これはかなり厳しい橋だ。

 氷でできた橋で、バランスを崩せば崩壊する。そのうえ、綱渡りのように細く、鋭い氷の刃の上を裸足で血を流しながら進むのに似ていた。

 でも、決断は一瞬。葛藤はもう終わらせた。

 俺は俺の目的のために、走り続ける。

 雨にも風にも雷にも地震にも負けてはならない。当然、天災級である魔王にも。


 ああ、そう。今更な話。

「強欲の魔王」を討った「英雄の勇者」が「欠落の勇者」になったところで、人間そのものが変化するわけではない。

 実力差はわかってる。魔王とはそれほどまでに強大な相手だ。

 けれど、怯んでやるわけにはいかないのだ。膝を屈してはならないのだ。

 それは俺の些細でちっぽけな誇り。


 迷いを振り切ってしまえば、違和感に気付ける。「叡智の魔王」の名に惑わされていた。

 現在の俺に恐怖心はない。そんな感情は悪魔との契約で、あちらに渡したままだ。

 であれば、俺は先程、何故震えていたのか。

 これだけ魔具を数多く所持しているトール。ならば、俺を錯覚させるような魔具があってもおかしくはない。

 案外……それで俺を震わせて「叡智」の傘下にしようとしてたとか? 有り得ない話でもないな。


「俺は『叡智の魔王』には……いや、魔王たちには降らない。けど、敵対したいわけでもない。単に話し合いくらいなら、テーブルに付くくらいの気概はあるぜ」


 まあ相互理解というやつだ。それなら平気。魔王以外ならそれほど怖くない。いや、俺に怖いものなんてない。


「構わないでしょう。魔王様も……あなたが相手なら、興味を持つかもしれない」

「……? よくわからんが、あとで帰してくれるならいいや。あ、そうだ! 悪いけど丸腰だからさ、ほら、見ての通り」

「そ、そうですね。これ以上なく丸腰なのは一目でわかります」

「うん。だからできれば片手剣が欲しい。あれだ、招待客だろ、俺? プレゼントってことでさ。そんな良いやつじゃなくていい。普通くらいので」


 上等なやつだと、研ぎ直すのに金が掛かるしな。そういう心配のない「英雄」時代の装備が名残惜しいが、まあアレは強過ぎるので、なくてもいい。「欠落」には不要だ。


「それくらいで良いのでしたら、いくらでもあると思われます」

「そっか。そりゃありがたい。……ところで、どうやって行くんだ?」

「先程、私が現れたように空間転移を行います。そうした魔具を下賜されていますので」


 なるほど、やはり魔具だったか。それより空間転移てなんだ。ふざけてんのか。


「それじゃ、服を取ってくるついでに言伝しておく」

「了解しました。こちらで待っております」


 そう告げて駆け出し、あの洞穴へ向かう。


「おーい、俺の服取って――」

「へっ? き、きゃあああああっ!!」

「どわっ!?」


 信じられるだろうか。洞穴一杯くらいの火炎が自分に迫ってくるのである。


「危ねえっ! 殺す気かおまえは!」

「死んでしまえばよかったのにっ!」


 なんてことを言いやがる。けど、裸は目蓋の裏に記憶の隅に、確かに焼き付けました。意外と清い身体してんじゃん。目立つ傷もあったが、まあ冒険者ならそれくらいはあるよね。


「悪かったから、服着てくれよ。服取らなきゃいけないんだ」

「……チッ」


 舌打ちかよ。マジかよ。なんだこの女。

 ともあれ、ルミナークの準備ができたのを確認してから洞穴へ入る。そうして服と革鎧を手早く装備し、彼女へ言伝を頼んだ。訝しんだ顔をしていたが、言って聞かせる。


「ちょっと魔王城に行くことになった」

「………………は?」

「そういうわけで、メイとかエミリーとか、捜索隊にはそう言っといてくれ。そのうち戻るから、ルゴンドで冒険者やってろって言ってて」

「待ちなさい! 何言ってるの? 頭沸いたの!?」


 なんて失礼な。俺の灰色の脳細胞に何を言っているんだ。黒でも白でもない、誰もが気付きながらも追求できないグレーゾーンを突き進むアイデアを生む稀有な脳細胞だぞ?


「いや、前に知り合った魔族の男がいてな。そいつが招待してくれるって言うから、じゃあ行ってみっかなって感じ」

「はあ……?」


 理解が追いついていないようだが、事実は事実なのだから仕方がない。


「おまえの実力なら、ここで過ごせば安全だろ? それに集めた果物、全部食べちゃっていいぞ。一個はもらうけど」


 そう言って、リンゴに一番近い黄色の果実を取って口に入れる。あ、酸っぱい。これすごい酸っぱい。リンゴと違うわコレ。何コレ? 見たことない。似てるから違う品種なのかと思ったが、コレ全然違うわ。シマウマと牛くらい違う。食べるけれども。


「そんじゃ、任せた」

「ま、待ちなさいよ! アンタ、本当に正気なの!?」


 何を言っているんだか。振り返り、訊ねる。


「魔王も人間も、大差ないだろ? 話し合いのテーブルだって言ってるから、俺は着くだけだ。そうでなけりゃあ逃げ出すさ」

「な……」


 絶句しているルミナークを後にし、さっさとトールの下へ急ぐ。


「よし、オッケー」

「そうですか。それは良かった。時間制限に引っ掛かるところでした」


 そんなものあるのか。まあ空間転移なんて卑怯過ぎるもんな。それくらいの制約はあってしかるべきか。


「それでは、私に触れていてもらえますか? 直接触れ合っているものをリンクさせる魔具なので」

「了解」


 物的接触で魔力を流す仕組みなんだろう。そういうの、見たことある。

 トールが魔具を起動させ、魔力が彼の鎧から伝わってくる。

 一瞬の酩酊感があり、思わず目を瞑る。


 開いた後はまるで見たことのない――白銀の世界が広がっていた。

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