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人間という種族はあまりにも弱い。実力の伴わない者であれば――具体的にいうと特殊なロールを持たず、レベルも低い者などだ――下手すると、そこらの野犬にすら殺され得る。
であるならばモンスターや魔族などが相手ともなると、余程の実力者でないと生き残ることはできやしない。だが、そんな実力者がそうホイホイ居るはずもなく、基本的に人間という種族は被捕食者の枠から抜け出せないのが現状だった。
これが大きな国や都市であれば、まだいい。軍という組織が存在し、軍には兵士がいる。兵士の仕事は戦うことである。だからモンスターが襲ってきても、民衆たちは戦う必要がない。兵士たちは仕事柄、訓練などによって一般の民衆よりも遥かにレベルが高く、優秀なロールを持つ者も多いため、餅は餅屋ということだ。
ただ、ここで問題がひとつ。兵士の仕事は戦うことであるが、一体何のために戦うのか、ということである。
簡単なこと、王のためだ。
彼らだって職業人。彼らの雇用者は王なのである。だから王のために、王が統治する国を守っているのだ。それが結果として民衆を守っているということに繋がる。
では、そういった強力な統治者、あるいは雇用者のいない小さな村などではどうするのか。
その答えが冒険者ギルドである。
といっても、村が襲われてから冒険者ギルドに依頼しても遅い。そのため、大抵の村や町は冒険者ギルドと契約を結び、定期的に周辺のモンスターを討伐してもらっている。先制的自衛というやつである。
またそれ以外にも、貴重な薬草の採取やその他諸々。困ったことがあったときに依頼を出し、受理されれば、クエストとして成立し、冒険者たちがそれを受領してクエスト達成へ向かう。
乱暴にまとめると、モンスターたちと戦う力量のある者たちが集まった何でも屋集団が冒険者ギルドだといえよう。
また、冒険者ギルドは各国家からの支援も受けている。これはいざ兵士たちよりも普段から生死を懸けた戦闘を繰り広げている冒険者たちの方がいざというときは強いからだ。そのため、国家間での戦争が起こった場合は冒険者を雇わないという不文律があった。
というより、人間同士の戦争中にモンスターが介入しては困るため、その防衛に冒険者を雇うことになっている。この費用は敗戦国側が支払うというのが通例だ。
それ以外にも色々と冒険者が存在することによるメリットは多くあるが、とりあえずメイに説明するのはそこまでにし、これ以上はおいおいでいいだろうと切り上げた。
「ご主人様はどういう立場になるんです?」
「別に、ギルドに登録しないと仕事できないわけじゃないしな。単に報酬がもらえなくなるってだけだ」
「大問題です!」
「だからおまえを登録させようつってんだ」
ああそうでした、と自分で自分の頭をポカリとするメイ。あざと可愛いそんな態度に行き交う人々がホッコリした顔をしているが、俺一人だけは目を細め、への字口になる。
「馬鹿な奴隷はいらないなあ……」
「か、賢くなりますですっ!」
俺が何らかの指示を出して単独行動させる際、ある程度のトラブルはうまく解決できるだけの能力を持っていてもらわないと困る。そういうこともあると考え、意思なきゴーレムでなく意思ある奴隷を選んだのだから。
ただ、馬鹿な奴隷なら意思なきゴーレムの方がマシだ。事態が悪化するということだけは避けられるからな。
溜め息を吐いて気分を入れ換える。蔑む視線が普段のものに戻ったからか、メイはあからさまにホッとしていた。安堵に胸を撫で下ろすなんてマジでやってるやつ初めて見た。
「まあつまり、冒険者ギルドに登録するのはパーティに最低一人いれば、クエストを受注したり、素材を売ったりできるわけだ」
「なるほどです。ん? けど、普通の冒険者の人たちって、みんな冒険者たちでパーティを組むのではないです?」
その通りだ。
でも、簡単に答えを言ってはいけないだろう。メイは賢くなると自分で宣言したし、俺としても賢くなってもらわなければ困る。なので、成長を促すのは主人の役目だ。
「なんで冒険者だけでパーティを組むと思う? 色々理由はあるけど、最大のメリットを考えてみろ」
「え? え、えーっと……」
突然の問題に目を丸くし、すぐに顔を青くさせて冷や汗を流しながら考え始めるメイ。ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟きながら歩いていると、視線は自然と下に向かった。
あ、危ない。でもまあ、反省を促すためにもここは放置しておくべきかな。
「うきゃっ!?」
「ってえな、ガキッ!」
前から歩いてきたガラの悪い男にメイがぶつかる。咄嗟のことで、なおかつ思案に耽っていたからか、メイは受け身を取ることもできずに尻餅を着いてしまった。
黙って見ている俺のことを部外者だと判断したのだろう。男は一人ぼっちで歩いていたメイに対してさらに罵詈雑言を飛ばす。彼女がまだ子供だからだろうか、強気だ。
実際、客観的に見て、メイに勝ち目はない。
男は三〇代前半ほどで、ガラの悪い男にありがちなように、ガタイが良い。装備も悪くない。義眼のスキルでステータスを開示すると、レベルは四八と出た。ロールは戦士と盗賊と、珍しいダブルローラー。
ランクアップはしていないようだが、それは仕方ない。ロールを複数所持していると、それぞれのランクアップに必要な経験値や条件が厳しくなってしまうのだ。
時間に余裕があるため、より詳しくステータスを確認する。
俺の義眼に内包された〈情報開示〉で視られるステータスには段階がある。
まずは名前とレベル、ロールなどといった情報。次に簡単なステータス。
そして最後に、めちゃくちゃ集中して頑張ったりすれば、詳細なステータスやスキルなども視れるようになる。最後だけ一気に難易度が跳ね上がるが、それだけの恩恵はあるので仕方ない。
面倒臭いときは眼帯を取って直接視る。そうすれば一気に最終段階まで視通すことが可能だ。ただ俺は隻腕なので隙を晒すことになるし、どう考えても怪しい行動であるため、あまりすることはない。
眼帯を初めから外しておけばいいような気もするが、悪魔が「オススメはしません」と含み笑いで言ってきたので、そこは素直に従う俺なのだった。
戦士と盗賊のロールを保有していることから、魔力以外のステータスは軒並み高い。純粋な戦士や盗賊ロールの者よりも特徴となるステータスは低くなるが、バランスは良くなるのだ。
一方でメイはというと十歳前後の幼女の身体。さらにいえば、まともに鍛えていないのは服の上からでもわかる。かといって貴族かというと、一人でいるため有り得ない。
以上の理由で男はメイに強気に出ており、周りの人々も可哀想な目でメイを見ている。
だが、誰も助けようとはしない。
まあ、人間なんてそんなもんだ。
組織として種を守るために戦闘員と農作物を作る者などと技能を特化させているのは弱者の知恵だが、それは結果として、弱者の中でも力ある者とない者とをより際立たせるという弊害もある。
良識ある者が力を得ればいいが、そうでないとこうなる。力がなければ良識を持っていても意味がない。
だから俺は「強欲」を倒すために力を望んだのだが――果たして、それは正しかったのだろうか。
こういった光景を、旅の間にどれだけ見ただろう。
力とは単純な戦闘力だけではない。権力や富といった形で、様々な争いの火種となる。
「ギャリさん、そこら辺でいいんじゃないっすか?」
「おう? ああ、まあ、ガキだからな……」
後ろにいた細面の男がギャリとかいう男を制止する。
「助かったな、ガキ。ギャリさんの優しさに感謝しろよ?」
「……どこが優しいです?」
「あん? クソ生意気だなコイツ……。まあいい、それより……出すモン出せや」
今度は細面の男が前に出て表情を歪ませ、メイへ金銭を要求してくる。子供なんだから金なんてそれほど持ってないに決まっているだろうに。いや、でも、銅貨一枚を笑う者は銅貨一枚に泣くというし、あながち間違ってないかもしれない。たとえ銅貨一枚といえ足りないなら、あの悪魔は容赦なく俺の何かを奪っていくだろうしな……。
うん。これは良い教訓になった。前の失敗から悪魔に何か頼むときは十全の準備をするようにしているが、それでもこうして意識を新たにできたのは僥倖だ。
だから、ちょっと彼らを助けてやろう。
「はい。そこでストップな、メイ」
「うっ……了解です……」
メイの目にぎらりと鈍い輝きが点ったところで制止を掛ける。
「あん? なんだオメエ」
「ウチのガキが失礼したね」
「ガキとはなんです、ガキとは! メイ、ガキじゃないです!」
ガキじゃん。見た目も中身もガキじゃんおまえ。
パタパタと音が立つような足取りで俺の後ろにメイが回る。それで男たちは俺が彼女の関係者だと理解したようだ。まあ、兄のように思われているのだろう。まさかメイが奴隷とは思わないはずだ。奴隷印はそういったスキルを持つ者でなければ見破れない。
「オメエがこのガキの保護者か?」
「ま、そんなもんさ」
余裕めいた回答が気に入らなかったのか、細面の男の額に青筋が浮かぶ。対照的に、背後のギャリは目を細めて俺を眺めていた。俺が隻腕に片目を失っているのを見ても油断しないところを見るに、どうも多少の修羅場は潜っているらしい。……まあ、人間相手にここまで警戒するとなると、どういった修羅場なのかは想像が付くのだが。
「そんじゃあ、オメエがガキの代わりに慰謝料払えや」
「慰謝料? なんでだ。ダメージだけの話なら、ウチの方がでかいぞ?」
「ぶつかって来たのはテメエらだろうが!」
「そんだけでかい図体してんだから、そっちが気を遣うのが当然だろ。てか、この程度で慰謝料だのなんだの言ってんじゃないよ」
周りの人々がうんうんと首を縦に振っている。そりゃそうだ。でもおまえら、助けようとしてない時点で同罪だからな。せめてどっか行くか、衛兵でも連れてこい。
「この小僧……ッギ、ィッ!?」
「あいて」
苛立った男は我慢ならず、踏み込んで拳を繰り出してきた。こいつのレベルは三六で、ロールは盗賊。でも遅い。あえて受けてやるけれども。
拳が頬に当たる。首をぐりんと捻ってダメージを逸らす。もはや「痛い」って言葉も棒読みだ。
だが、それは俺が三六〇レベルの「勇者」という圧倒的なステータスを持つからこそ。これだけの耐久力を持つ俺に何の能力アップも掛かってない「盗賊」が生身で殴り掛かるとどうなるか?
「ギャアアアッ! 手がっ! 俺の手がああああああっっ!!」
「うわ。思ったより酷いことになってんな……」
拳が砕けるだけかと思ったが、手首もポッキリ逝ってますやん。どれだけ貧弱なんだよコイツ。
……あ、よくステータス見れば良かった。マイナススキル〈紙耐久〉があるわ。耐久が下がる代わりに回避力が上がるというスキルである。でも、明らかに耐久の下がり具合と回避の上がり具合が釣り合ってない。これは酷いスキルですわぁ。
「……まあ、殴って来たのはそっちだから」
じゃあそういうことで、と男を無視してその場を去ろうとするが、そうはさせまいぞとばかりにギャリが前に立ちふさがる。なんなの? でかい図体活かして門番か何かでもやるつもりなの?
「おい小僧。俺の連れにここまでやっておいて、それで終わりってか?」
「いや、俺は殴られただけだ。コイツの自爆だろ、どう考えても」
「誰がそんなこと信じるか! どうせテメエのロールは武闘家だろう!? 〈カウンター〉か何か使ったに決まってる!」
あれ? 周りのみなさんも首を縦に振ってらっしゃる!? どっちの味方だよ。野次馬だからどっちでもないのか。
「いやいや、俺の腰見てくれよ。剣あるだろ? 武闘家じゃねえよ」
「ダブルロールかもしれねえだろうが!」
ああ、なるほど。こいつ自身が戦士と盗賊のダブルロールだからそう思ったのか。見た目よりは馬鹿じゃないみたいだ。
といっても、どうしようかな。俺が何かしただけでもオーバーキルになりそうなんだけどな。かといって、見た目がガキのメイにやらせても……。
「あ、そうか」
「あん?」
「いや、こっちの話」
「テメエ……ふざけてんのか……」
青筋浮かべてプルプル震え出すギャリ。まあ落ち着きなさいって。
俺が気付いたのは、別にメイに戦わせてもいいんだってこと。だって、これから冒険者ギルドにメイを登録するのだ。であれば、彼女がこれだけ小さくてもきちんと戦うことができると周りに知らしめておくのは悪くない。
ギャリのレベルは四八。十中八九、こいつも冒険者だろう。そうでなければ、ここまでのレベルに達することはできない。兵士という線も有り得なくはないが、兵士がこんなことするわけもないしな。
「メイ、やっていいぞ」
「いいんです!?」
さっきまでのやり取りで既に頭に来ていたのだろう。喜び過ぎて目の中が星の海みたいになってる。キンキラリン。
「スキルは禁止な。肉弾戦のみ。あと殺すなよ? あまり傷付け過ぎるのも良くない」
「制限キツいです!」
「我慢しろ」
魔術師のロールとはいえ、レベルが二〇も離れていればメイでも肉弾戦で勝てる。それに俺がここまで注意しておけば、やり過ぎるというのもないだろう。
「ああ? ガキに何を――」
「舌噛むです?」
ぴょこん、という擬音が聞こえそうな軽い足取りでメイがギャリの前に出る。直後、彼女はその場で背面宙返り。俗にいうサマーソルトキックでギャリの顎を蹴り上げた。
「…………えー」
「あ、あれ……」
一発でギャリは気絶。その場に力なく倒れ臥した。
「ひ、ひひひぃい! バケモノ……バケモノだっ!」
細面の男が涙を流しながら必死で俺たちと距離を取る。腰が抜けているのか、物凄い遅々とした歩みだ。
周囲の人々は一瞬音を忘れ、一拍して理解した後、万雷の喝采を飛び交わせた。
「騒ぎは喜ばしくないな。行くぞ、メイ」
「はいですっ」
その場を逃げるように駆け出す。メイもひいひい言いながら一生懸命に俺の後に付いてくる。
「……あ、そうか」
ちょっとして、周りに人がいるとき、メイが俺のことを「ご主人様」と呼んでいないことに気付いた。
なるほど。奴隷と主人という身分がわからないようにしたのか。
多少は頭を使ったみたいだな。
「まあ、別に奴隷と主人って関係がバレたところで痛くも痒くもねえけどな」
奴隷制度は人間国家に関わらず、どこにでもある。もちろん国によってそれに対して嫌悪感を持つ者が多かったりはするものの、禁止自体はどこもしていないのだ。
別に奴隷だからといって酷い扱いをされるとは限らない。
だって、奴隷ってのは高いのである。それもべらぼうに。
奴隷印を刻む魔具にしても、本来は使い捨てなのだ。奴隷商はそれに伴ったスキルを持っていて、それによって使用回数を増やしているだけに過ぎない。そのための費用もあるし、商品維持にも金がかかる。
基本的には奴隷を購入するなんて凄まじい量の金を持つ者にしか不可能だ。そういった金持ちであっても、何十人と購入することは不可能。それだけの大枚を叩いて手に入れた奴隷を自由勝手に扱うのは割に合わないのだ。
だって、そういう金持ちというのは大抵権力者だ。権力者ということは貴族か、それらと太いコネを持つ者。であれば奴隷を買うよりももっと簡単に、そういう黒い欲望を放つ相手は手に入る。
旅の間で奴隷を買っている富豪の屋敷に泊めてもらったことがある。たしか偶然魔族とすれ違って襲われており、それを助けたからだ。
その屋敷の奴隷たちは、屋敷の使用人たちと同じ待遇を受けていた。違いがあるとすれば給料が発生しない程度。
まあ考え様によってはそれも相当に酷い待遇な気もするが、それより酷い目に遭っている者だって山ほどいる。
だから「奴隷=酷い扱い」は成り立たない。
この考えは基本的にどこでも通用する。だからこそ、奴隷制度はどの国であっても廃止しようとしないのである。もちろん、他にも理由は色々あるけれど。
「ひい、ひいぃ……ご主人様はやっぱり鬼畜です。メイは、メイはどうにかなっちゃいそうなのですぅ……」
顔から汗やら涙やら鼻汁やら出せるもの全部出しながら、それでもなお主人に対して悪口まで垂れ流せるとは。ある意味、メイの根性も座っている。
「そんな生意気な口叩いてると今晩床に寝させるぞ」
「鬼畜です! やっぱり鬼畜なのです! でもでも、メイはそんなご主人様に拾われたことを恨んでいないのですよ? 本当ですよ? だから床じゃなくベッドで寝させて欲しいです!」
視線に懇願が入り始めたな。それでいい。どちらが上かしっかり覚え込ませないと。
そんなことを考えながら、俺はメイがギリギリ離れない程度の速度を維持したまま、街を駆け抜けた。
◇◆◇◆
冒険者ギルドは蜂の巣を突いたような騒ぎだった。
「誰か! 手の空いてるヤツはいないのか!?」
「駄目です! それより、冒険者の方は――」
「頼ってられるか! この非常事態だぞ!?」
余程の事態に慌てているのだろう。カウンターの奥ではこのギルド支部の重役らしい者たちが大声で怒鳴り合っている。自分たちの会話がギルドホールに響き、冒険者たちにも聞こえているとは想像もしていないのがありありとわかった。
それで不快気に眉を顰める冒険者もいれば、それだけギルドの重役が焦っている非常事態とは何なのかと想像し、顔を青ざめさせる者もいる。当然、中にはそれを眺めておもしろそうにしている不謹慎な者もいた。
「何が起こってやがんだ?」
「わからねえ。ついさっき、ギルド職員が泡食って奥に行ったかと思えばこのザマさ」
熟練の冒険者たちは己が得物に手を預け、いつでも動ける体勢に入っている。これは誰かと戦うという意味ではなく、ギルド側に「いつでも動けるぞ」という意思表示だ。
冒険者ギルドにおいて、冒険者たちの価値は一様に同じではない。ギルドは各冒険者たちに階級を与えていた。また、その階級によって、国々において対応が変わる。そのため冒険者たちは皆、高い階級になることを夢見て日々クエストを達成しようとしていた。
一番わかりやすい力量差としてはレベルが挙げられるが、それ以外にも、個人がどれだけのクエストを達成したかの貢献度によって階級は上がる。これは多少のレベル差をひっくり返せるだけの知恵を持つ者などもきちんと評価しようという理由からだ。
モンスターの被害に遭っている国や都市は非常に数が多い。それは「叡智の魔王」が統治するサルニア大陸においても同様だ。「叡智」はあくまでも積極的に人間を滅ぼそうとしないだけであり、配下である魔族たちが人間の暮らす街を襲撃したとしてもまったく意に介さないからである。
そのため、より強力な冒険者を輩出することがギルドの望みだった。単純な戦闘能力だけでなく、幅広い知識や知恵を持つ者も増えなくてはならない。
冒険者ギルドは人類の守り手なのだ。少なくとも、職員たちは皆そう信じている。
そして、そのことは冒険者側も熟知している。普段気にも留めはしないが、ギルド職員たちは冒険者たちができるだけ余計な考えをする必要がないように働いていることを誰もが知っているからだ。
依頼が本当に正しい内容なのか。報酬は正当な額か。どれだけの難易度で、どれだけの力を持つ者ならば受注できるのか。それらの勘案を済ませ、ようやくクエストは貼り出されるのである。
また、冒険者ギルドと繋がりのある教会でのレベルアップの儀式に掛かる費用も、ギルドに登録した冒険者なら免除される。これもギルドがあってこそのことなのだ。
そしてより多くの冒険者を輩出するために、登録自体には教会からのレベルが表記された書類が必要だが、それ以外は特に制約はない。書類の発行と登録に金は掛かるが、ある意味ではそれすら稼げない者では登録するまでもないという試験のようなものだ。これはあまりに力のない者を登録して勝手に死なれても後味が悪いからである。
だからこそ、眉を顰めた冒険者たちも「自分たちを侮っているのか」と職員に詰め寄るようなことはしない。受付職員は奥の会話が冒険者たちに聞こえていることがわかるので顔を青くしているが、それを見て「不憫だな」と思う程度には心に余裕があった。
「やむを得んか……」
「ああ。クエストという形で出すしかあるまい。しかし……注意書きは必要だな」
やがて受付の奥から重役らしき人物が現れ、クエストカウンターに新たなクエストの貼り紙を追加した。その横には注意事項がこれ以上なく大きく赤色で書かれている。異例のことに冒険者たちは目を丸くしながらも、これほどまでにギルドの重役を慌てさせたのはどんなものなのかと興味津々の様子でカウンターに群がった。
「な……」
「ふざ、ふざ……」
「ど、どど……」
『ドラゴン!?』
最前列の者たちの悲鳴に似た大声で、ギルドホール内の冒険者たちは全員、何故ギルドの重役たちが慌てていたのかを理解した。
そして我先にと別のクエストの貼り紙を取ったり、ギルドから退出したりする者たちが続出する。最終的には両手の指で数えられる程度の者しか残らなかった。
「……クソ、なんということだ」
「仕方あるまい……。彼らとて、無駄に命を捨てたくはないだろう」
重役たちが受付の奥で嘆息していると、ギィと音を立てて扉が開かれた。
もしかして、という期待を込めて職員たちはそちらを見るが、すぐにガッカリする。
扉を開いたのはまだ成人もしていない、十歳前後の幼女だったからだった。