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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と海の街
39/129

3-12

「なんてことだ……」


 ルゴンドの街は葬式会場のような雰囲気になっていた。オラルドから報告を得て、支部長や市長が発した言葉がこれである。


「それでは……『欠落』殿とルミナークさんは犠牲になった、ということですか?」

「……わかりません。ですが、この状況ではそれ以外考えられないでしょう」


 市長が訊ね、オラルドが伝える。彼本人もまた、顔を顰めていた。冗談だろ、と訊ねたいのは支部長も市長も同じだが、オラルドのこの表情を見てはそれ以上言えない。

 ショックを受けているのはオラルドもそうなのである。いや、自分以上だろうと市長は考える。

 ルミナークは新人であるとはいえ彼のパーティメンバーだし、「欠落」は彼がリヴァイアサンを退治したときのメンバーで、今回の会議の際もそれなりに仲良さそうだった。

 仲間と友人。その二人を一度に失った者の喪失感とはどれほどなのか。


「『白無垢』殿は……」

「宿に込もったまま、出て来ません。彼――『欠落』に付いていた妖精も再度探したようですが、見付からなかったそうです。ただ……」

「ただ?」

「船の残骸が浮かんでいた、と……」

「そうか……」


 今回の一行が「欠落」に協力していた妖精のおかげで助かったことは既に全員が知っていた。支部長や市長だけでなく、作戦に協力した冒険者たち全員が、だ。

 精霊でなく妖精が冒険者に付いてくるというのは非常に珍しい話だが、なくはない。そしてそういった者は全員妖精の加護を受けており、強力な冒険者たちだった。「欠落」は「勇者」でもあったため、あれだけ凄まじい力を持っていたのだろうと推測されていた。


「ルゴンドの街は救われた……しかし」

「ええ……人類にとって、あまりに大きな損失です」


 支部長の言葉を市長が拾う。それを否定する者は一人もいなかった。

 オラルドより遥かに高いレベルの「勇者」であり、しかも妖精の加護持ち。それはひょっとすると、次代の「英雄」になれる器だったかもしれないのだ。


「新しく、『欠落』を探すクエストを発行した方がいいかもしれんな」

「そうですね。そうしましょう。街の方からも報奨金を――」

「いや、それは今後の復興に充てるのが良いだろう。貴重なガレオン船も失った。最初の一隻も含め、アールグランド大陸との貿易船が消えたことになる。早急に新たなガレオン船を手配すべきだ」

「しかし! それでは、この街を救っていただいた張本人に対してあまりにも……!」

「そうとも、限りません。市長」


 オラルドが口を開き、市長たちの目が彼に集まる。


「物的証拠から見て、『欠落』たちの生存は絶望的です」

「ならばこそ……」

「いえ、ですが……どうしてでしょうかね」


 オラルドはその場を離れて歩き、窓に近付く。その先の空を見た。

 イッカクのスキルによって集まっていた暗雲は晴れようとしている。隙間から茜色の夕日が注いでいた。血の色のような朱色でもあり、燃え盛る情熱的な命のような赤でもあった。


「あの男が、こうも簡単にくたばるとも思えないのですよ……今話してて思っただけなんですが」

「なるほど。冒険者ならではの勘、というやつか」


 オラルドが浮かべたぎこちない笑みを見て、支部長は納得したように呟く。

 だが、オラルドは首を振ってそれを否定する。


「いえ。『欠落』の活躍をこの目で見たからこその感想です」

「……そうか。では、余計に捜索隊を派遣せねばなるまいな」

「私をその一員に入れてもらえますか?」

「うむ。『戦斧』ほどの実力者だ。心強い」




「くそっ! どうして! どうして僕はいつも……!!」

「うわ!? ああ、もう……」

「リーダー、今日は荒れてるわね」

「荒れもすると思うけどね」


「銀翼」のパーティは宿で今日の反省会兼夕飯を摂っていた。宿側に金を渡し、部屋で食べられるようテーブルなどを手配してもらったのだ。

 これは彼らにとって、珍しくないことだった。クエストを受注して戻ってきた日などはほぼ毎回こうだ。

 反省会というのはリーダーである「銀翼」が一人反省しているからであり、実際は会というほどのものでもない。


「真面目だしね、リーダー」

「あの傲岸不遜さは正直、見習って欲しかったけどね」


 サリーとアルヴィナが呟きながら、食事を摂る。しかし、普段の反省会よりも気分が乗らないのも確かだった。

 全員の脳裏に過るのは隻眼隻腕の「勇者」の姿だ。

 自分たちのリーダーである「銀翼」がチキンなのは全員重々承知である。そしてそれが治らないかなあと思っているのも、だ。

 けれど、誰もこのパーティから外れようとはしない。


 それは何故か?

 簡単だ。どれだけチキンでも、及び腰でも――「銀翼」は決して逃げない。仲間をいつでも助けられる位置から離れようとしない。困った人を見捨てない。


 そういった人間性に惚れているからこそ、彼に付いて来ている。だから、アルヴィナはオラルドからパーティに誘われた際にもすぐ断った。理由はさすがに照れ臭いためはぐらかしたが、そのことに後悔はない。

 今回の作戦で「銀翼」の株は下がった。しかし、そんなことは彼らにとってどうでもいいことだった。

 それよりも大事なこと――「欠落」を死なせてしまったことこそが問題だ。


「けど……本当にあの人死んだのかな?」


 アルヴィナがパンを齧りつつ、呟く。


「どういうことだ?」

「シルヴィー見てない? あの人が戦ってたとこ。わたしは一緒に船尾で戦ってたんだけどさ……もうアレ、破格。人じゃないよ実は」

「ああ、私も見てたわ。あそこに攻撃集中してたから、付与剥がれるの早かったし」


 続いてサリーも頷きつつ続ける。


「たしかに、見た。……見間違いだと思いたかったが、やはり、アレは事実か?」

「わたしは見てないなあ。あの人消えて『戦斧』と二人だけだったし、必死だった」

「私は見てた。あの魔法、何? シルヴィア、撃てる?」

「冗談言え。私は人間だよ」

「あの人も人間だと思うけど。……気持ちはわかるけど」


 ぷっ、と誰かが笑い、それが連鎖する。ようやく、いつもの反省会らしくなった。

 シルヴィアもシルバーが割ったグラスで切った手を治療した後、それに加わる。


「僕が、もっと『勇者』として強ければ、彼一人に任せず済んだのに……」


 頭を抱えて苦悩するシルバーを一人残して三人の女性陣が食事に励む。いつもの光景だった。

 無論、いつも通りを全員が意識して行動していただけのこと。

 その日、眠りに就いた者は全員残らずうなされていた。




『ねえメイー、ちゃんと食べないと身体に毒だヨー』

「……食欲が、ないのです……」

『うえー。マジでかー』


 主人の指示通り、メイは宿に戻ってひたすら主人の帰りを待っていた。


「……ひとりでのお食事は、美味しくないのです」

『チョット? ワタシのコト忘れてない?』

「あう! そういう意味ではないのです!」

『ま、わかってるケドネー』


 エミリーは嘆息してパンを食べていた手を休め、メイの肩へ移動する。


『マスターがあんなのに負けるワケないじゃーん?』

「それは、そうなのです……。でも……」


 俯くメイの目から涙が零れた。頬を伝い、顎に集まる。そしてぎゅっと握られた拳の上に音を立てて垂れた。


「なら、どうしてご主人様は帰ってこないです……?」

『そりゃ、あの女のせいなんじゃない? あいつがいるからマスターも本気を出せなかったんだって』

「それで……食べられたです? 庇って攻撃を受けたです?」

『チョ!? そこまで言ってないでショ!?』

「でも、うう……。ご主人様ぁ……メイを一人にしないで欲しいです……」

『だーかーらー! ワタシがいるっての!』


 耳許まで飛び上がり、エミリーはメイに叫ぶ。メイは両耳を塞ぎ、いやいやと頭を振った。


「精霊さんはいつか故郷に帰ってしまうのです! メイは……メイと一緒にいてくれるのはご主人様だけなのです!」

『ウッ……それを言われると、チョット辛い……。そりゃ、そうだけどさあ……』


 ぶんぶんとメイが頭を振る動き自体はかわいいものだが、いかんせん一〇〇レベルを超えた者の動きだ。ベッドがギシギシと揺れ、鞄がその衝撃で倒れる。中身が零れ出した。


『あっ。ワタシ知ーらない。もし何か壊れてたら、メイが怒られなヨ?』

「あう……しまうのです……」


 そうしてエミリーは食事を再開させ、メイは荷物を鞄に戻していく。


「あああああああああっっ!!」

『ムグッ!? ンッ、ンンッ、ング……グ、ガッ……ゲホゥッ!』


 突然の大声に驚いてパンを食道に詰まらせていたエミリーは必死に胸を叩いてどうにかし、コップの中にある水に頭から突っ込んで中身を飲む。


『ぶはあっ! 危ないじゃないノ! ワタシを殺す気!?』

「精霊さん精霊さん! これ! これなのですっ!」

『はあ? 何これ――あああああっ!! そうか! これならっ!』


 メイが見付けたのは主人がイッカクを発見したとき、連絡を取るために寄越していた血入りの小瓶だった。


「どうして、これがここに……? だって、精霊さんが持って行って……」

『ああ。用が済んだからオラルドだっけ? あの男に頼んで、この部屋に届けるよう言っといたのヨ。そんなの重くて邪魔でしょうがないし。ケド、結果オーライネ! いやー、ワタシは自分で自分が偉――ぎゅぶっ!?』


 エミリーは抱き着いてきたメイによって潰されかかっていた。


「ありがと……ありがとうなのです……」

『わ、わか……わかったから、どいてー! 死んじゃうー!』

「あわわわ! ごめんなさいですー!」


 まったくと嘆息しつつも、ようやくメイが笑みを見せたことにホッとしたエミリーだった。


◇◆◇◆


「ふう……こんなもんかな」


 日が暮れるまでにはなんとかなったな。

 オラルドがイッカクと見間違えた島。そこに俺はいた。

 そもサルニア大陸に来たのなんて初めてだ。ルゴンドなんて尚更だ。ここはどこだ。


 なので、あんな海洋からどこへ行けばいいかもわからなかった。けれど、足手まといを抱えたままリヴァイアサンがいる場に留まるのも危険。なので、唯一手がかりだと思えたこの島を目指したのである。ルゴンドに帰ってはルミナークにお仕置きできないのが理由だ。

 今回は散々だ。何も得るものがなかった。ならこれくらいは美味しい思いをしてもいいはずだ。誰も文句は言わせない。ルミナーク辺りは文句言いそうだが、いざとなれば魔人であることや「死霊使い」であること、エイリークが死霊であることなどで脅せばいいだろう。


 それほど大きくない無人島は野生の楽園だった。まあ全員殺気を向けるだけで逃げていったのだが。適当に安心できそうな場所を見付けてルミナークを寝かせ、枯れ木や食料になりそうなものを探した。動物は寄生虫とかいたら嫌だから、果実を選んだ。というか、ルミナークを助ける過程で剣を落としてしまった。あの瘴気のときだな。チクショウ。マジで損した物品が出てしまった。ともかく、そのせいで血抜きとかできないので、肉はやめておいたのである。


 枯れ木を集めて魔法で火を起こす。このためだけに火属性で火球を打ち出す魔法は威力を上げないでいる。熟練度だけはマックスだが、魔力消費量軽減に全振りだ。威力や射程距離などはほとんど初期のままである。それでもステータスが高いため、真面目に撃てば結構な威力になるのだが、それはしない。これは火を起こす専用魔法なのである。俺の中では。


 革鎧は既に脱いでいる。服も脱いで絞っている。これで乾いてくれるだろう。下着はさすがに絞ってからまた履いた。紳士な「勇者」なのでね。ただ股間や尻を火に当てて一生懸命乾かそうとしている姿は誰にも見せられないな。「勇者」のイメージダウンになる。


「うう……ん」


 ビクッとした。見られるかと思った。イメージダウンじゃん。


「あ、そうか。こいつもこのままだと風邪引くな」


 濡れた服が肌に張り付いている。そしてこいつはそんな感じのピタッとした服を元から着ていた。おかげで余計にスタイルが露になっている。

 ほうほう……これは……悪くないんじゃないでしょうか?


 思い返すと、ソフィアは引き締まっていたな。まああいつも「勇者」だし、そりゃそうだ。ルミナークは彼女と違って「魔法使い」であるため、肉付きが良い。そりゃあ冒険者だから太ってるわけもなく、普通の人と比べると痩せている方だろう。けれど、冒険者の中では肉付きが良い方ではないだろうか。

 たぶん、相方がエイリークだからだろう。死霊だから食事は身体を動かすエネルギー分だけ摂取すればいいし、残りは彼女が食べられる。そして「聖騎士」なので、前衛は彼に任せ、彼女は後衛から魔法を撃てばいいだけだ。あまり動く必要がないのである。


「ふふ……帰った連中は今頃盛大に祝ってるんだろうな。ご馳走か……いや、俺も悪くはない。これはこれで貴重なご馳走と言えなくもないはずだ」


 ぎらり、とルミナークの身体を頭の先から靴の先まで舐めるように見る。

 お仕置きの予定だったが、それだと脅す必要がある。それはイメージダウンに繋がる。それは良くない。

 けど、こっちなら……?


「命を救ったわけだし? ちょっとくらいお礼があっても普通だよな? うん普通。それに風邪引かれるのも困るし、可哀想だし? いやー、俺本当『勇者』だわ。立派だわ。そりゃ誰もが憧れるわー」


 言いながら、とりあえずローブを脱がそうと手を伸ばすところだった。


『ハロハロハロローン! マスター! 無事!?』

(……………………おまえ、殺すぞ?)

『なんでっ!?』


 ガッカリした。かなりガッカリした。やる気失せた。もういい。こんな女、風邪でもなんでも引いて勝手に死ねばいい。俺の知らない場所で野垂れ死ね。ついでに惨たらしく死ね。


(はあ……それで? 何の用だ? ご馳走とか食わなくていいのか?)

『ご馳走? 何のこと?』

(は?)


 話がうまく伝わってないのか? どういうことだ?

 とりあえず腰掛け、岩に背もたれる。洞穴のような場所に今俺たちはいるのである。ここなら外敵も来ないだろうし。


(とりあえず、あの後どうなったか教えろ)


 そうしてエミリーからあの後、ルゴンドの街でどうなったか聞き出す。それはちょっと予想外なことだった。


(俺たちの捜索隊……? ああ、死んでると思われてるのか)

『いや、死んでるというより、生きてるって思ってるらしいヨ? ただ、リヴァイアサンを相手に二人だから半死半生なんじゃないかって』

(そういうことね)


 まあピンピンしとりますが。水分が足りないくらいか? けどまあ平気。果汁を沢山含んでそうな果物取ってきたし。リンゴはなかった。チクショウ! ポーチの中のリンゴが俺の正気の生命線か……。


(話は大体わかった。俺たちがいるのは、イッカクを探したときに見えた島だ)

『あそこ!? あんな遠くまで泳いだの!? そりゃ見付かんないワ……』


 エミリーが驚愕しつつも納得したような呆れ声を漏らす。そうか、俺が戻ってくるよう言ったから探したわけだな。ご苦労。そのまま忠実に働け。


『あっ、チョ! 落ち着――落ち着きなさいって、メイ!』

(ん……? どうかしたか?)

『メイが代われってうるさいのヨ! できるワケないでショ! これ、普段のとは違うんだから――アリ? なんでマスターと話せてるんだろ?』


 そういえばそうだ。普通に念話できたから思いつかなかった。これだけ距離が離れてると双方向の会話は無理だと思っていたんだけどな。

 何か俺のステータスに変化でもあったのかと、義眼のスキルを発動させる。アホみたいに並んだスキルの山を見ていると、辞書を見ている気分になる。ある程度は記憶しているため、記憶と項目がズレた場所を探した。


(あ、あった。ええと……〈精霊通信〉か。精霊の力を使って、遠くの場所にいる精霊と連絡を取れるようにするスキルね。すごいんだかすごくないんだか……)

『スゴいわヨ! どう考えてもスゴいでショ!』

(や、でもたぶん、これおまえだけだぞ?)

『エ……そうなの?』


 たぶんそうだ。おそらく、俺が召喚した精霊の操作権限をあのときエミリーに譲渡したから生まれたスキルだろう。となると、ユニークスキルということになるのだろうか。

 おそらくは俺の魔力とエミリーの魔力との間にバイパスが生まれたから念話が繋がるだけで、それ以外の精霊とは無理だ。エミリーにしても、今回のように俺の血液などを媒介としなければ無理だろうし。

 似たようなことが起これば有用だが、普段使えるかというと、使えないスキルである。うん、このスキルも放置決定だな。そういったスキルは山ほどある。


(そんで? メイがどうしたって?)

『そうなのヨ! 聞いてヨ! メイのやつ、マスターが戻って来ないからってビービー泣いて大変だった――ウワ! やめてヨ! チョット! メイ! ステイ! ヌワーッ!?』


 なんか向こうでは大変らしい。溜め息を吐き、エミリーに魔法の言葉を授ける。


(メイに『黙れ』って言え。俺がそう言ったと。もし黙らなかったら、帰ったときに十回くらい殴るって言え)

『わかったワ!』


 しばし、間が空く。


『黙ったワ!』


 そりゃ良かった。


(それじゃ、捜索隊にメイとエミリーも加わっておけ。たぶんオラルドも参加するだろうし、安全なはずだ。あと……『銀翼』も加わるかもしれないな。あの性格からして)

『ゲッ。アイツも?』

(いや、あいつ……思ったより面白いぞ。というのもな……)


 本人は隠したがっていたようだが、俺は知らん。積極的に話すつもりはないが、エミリーやメイくらいは除外していいはずだ。


『何そのスキル! アホらし!』

(だろ? まあ、だからそういう感じの性格なんだよ。んで、捜索隊で一緒になって威張ってるところ見たら『おまえの本性を知っている』とか耳許で囁いてやれよ)

『それイイ! 絶対やるワ!』


 どうやって俺の場所がわかったかオラルドたちに絶対訊ねられるので、その件に関しては俺を捜した際に、魔力の痕跡を辿って連絡を取ったと言うように伝える。精霊や妖精についての魔法はまだ解明されていないことが多い。エミリー本人が言えば、その通りに伝わるはずだ。ましてやあの大精霊はエミリーの魔法ということになっている。疑われはしないだろう。


『アッ、チョット、メイ! 拗ねないでってばー! マスター、メイが拗ねるからこの辺にしときましょ』

(おう。あ、メイに言っといてくれ)

『なに?』

(ちゃんとメシ食って、あったかくして寝ろって。風呂も入れって言っとけ。風邪とか引かれても困るしな)

『了解! よーっし、メイ! お風呂よ! ワタシの髪を洗いなさい! 目に沁みないようにネ!』


 相変わらずうるさいな、エミリー。まあいいや。

 念話が途切れ、多少のノイズも完全に消える。その空白を埋めるように、潮騒が響いていた。洞穴だからか、反響してよく聞こえる。

 そして、消えた音にも気付いた。


「……起きたのか」

「随分前からね。さっきから百面相して、気持ち悪いったらなかったわ」

「…………ま、他人から見るとそうか」


 客観的に、黙ったまま表情だけが変わる自分の姿を想像し、納得する。


「エミリーと連絡が取れた。明日には捜索隊が動くみたいだ」

「エミリーって……ああ、あの妖精ね」


 ルミナークはなるほどと頷いた。


「捜索隊が動いてここへ船を出す……。二日か三日ってとこね」

「そんなもんだろうな」


 仕方ないと呟いてから、彼女は俺を睨んだ。


「ところで、なんでアンタ裸なの?」

「は? 濡れた服乾かすためだけど?」


 わかるだろ、それくらい。自分の服も濡れてんだから。


「というか、あの状況からどうやって逃げて……あれ? 私、何で意識を――」

「泳いだ。泳いで逃げた」


 俺が意識を刈ったことに気付かれてはならない。どうせややこしくなる。


「泳いだって……無理があり過ぎるでしょ。相手はリヴァイアサンよ」

「さすがのリヴァイアサンも、俺の芸術的犬掻きの前には尻尾を巻いて逃げるしかなかったのさ……」


 犬だけにね! うま……くないな。相手ドラゴンじゃん。いや、尻尾あるな。尾びれだったか。やっぱりうまいじゃん! いずれ悪魔に勝ちたい。


「はあ、もういいわ。アンタと話してると疲れる。……それより」


 ん? なんで俺を睨む?


「出てって」

「はあ?」


 ふざけてんのかコイツ。誰が助けてやったと思ってんだ?

 反射的にそう言おうと思ったが、頬が赤くなっているのに気付いた。焚き火の反射かと思ったら、どうもそれとは違うようだ。


「濡れた服が気持ち悪いの! 早く乾かしたいのよ! だから出てって!」

「いや、おまえ……俺を見ろ! 俺を見習え!」


 なんならもっと近くで見てもらっても結構だ! それくらいの度量はある! なんならあと一枚脱いでやろうか! あと一枚しか着てないけど。


「このっ!」

「危ない! 無詠唱で魔法撃つか、普通!?」


 人間相手に! それも命の恩人だぞ!?


「逃げるなっ!」

「出てって欲しいのかそうじゃないのかどっちだ!?」

「アンタが死ねばそれで全部解決するでしょ!」

「なるほ――そうじゃねえよ! うわ、危ねっ!」


 一瞬納得しかけた。なるほど合理的じゃないか。俺の命が奪われることに目を瞑れば。

 仕方ないので洞窟を出て、よじ上り、島に上がる。騒いだためか、動物たちはこの辺りにはいないようだ。


「……ん? 魔力の反応?」


 近くの海域で魔力の反応を検知した。そちらに近付くと、空間が歪曲する。驚愕して見ていると、そこから漆黒の甲冑を身に纏う剣士が現れた。

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