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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と海の街
38/129

3-11

 クラーケンの体力が二割を切る。問題はここから。

〈死の拒絶〉により、クラーケンの動きは全快時より遥かに力強く、そして速くなるはず。イカスミによる付与剥がしも頻度が上がる。俺が寄生樹を植え付けたことで妨害はできているが、それでもヤツがそういった行動をできないわけではない。


「こっからだ! 気合い入れろよ!!」


 オラルドが大声で全員へ呼び掛ける。あちこちから怒号に近い返事が返ってきた。

 悪くない。

 この状況下だが、まだこれだけ気力を残しているなら、行ける。

 そう思っていた瞬間だった。


「――――――っっ!?」


 違和感。圧倒的なまでの違和感を感じる。

 なんだ? どうして? どこから?

 全感覚を研ぎ澄ませ。集中させろ。おまえの持つ全ての力を総動員させるんだ。


「おい? 『欠落』?」

「ちょっと、黙ってろ」


 視線をあちこちに向ける。何も変化はない。ただの大荒れの海である。

 辺りにはクラーケン以外に、この場へ現れることが可能なモンスターの姿はない。


 姿はない。

 姿がない?


 どうして? イッカクは――何処へ行った?


「――海か!」


 奥歯を強く噛む。ここまで来て、想定外が起こるか!


「オラルド! 攻撃は一旦中止! 全員を甲板に集めろ! 船員も含めて……とにかく全員だ!」

「え、あ……わ、わかった!」


 俺の形相を見て疑問を掻き消したのだろう。本当、理由を聞かれないってのはいい!


「アルヴィナは船の中を! オラルドは冒険者たちを頼む!」

「おまえは!?」

「あの馬鹿を黙らせる役が要るだろう?」


 この期に及んで力を振るわないわけにはいかない。「英雄」としてバレないラインを攻めなければ。少なくとも、一七〇から一八〇レベル程度の動きでは無理だ。


 オラルドとアルヴィナが去っていく船尾楼にてただ一人、クラーケンと対峙する。

 明瞭かつ明確な殺気を向けたので、クラーケンも俺へ注視していた。そりゃそうだ。ただの人間が放つようなチャチな殺気ではない。〈覇気〉というスキルも利用している。


 その隙に、まだ指示の届いていない船首楼から放たれる魔法が着弾。クラーケンの体力も二割を切る。〈死の拒絶〉が発動し、声なき声をクラーケンは上げた。


「まあ、落ち着けよ。そうすりゃあ、今すぐ殺したりはしないさ」


 一閃。触手が数本まとめて切断され、血が零れて海面を揺らす。されどもクラーケンが大人しくなる気配はない。もう少し痛めつけておくべきかなと考えていると、声が掛けられた。


「待て! 僕も加勢する!」

「…………はあ?」


 今更なんで来たの、この残念「勇者」。


「船酔いは治ったのか?」

「まだだ! だが、こんな状況で『勇者』である僕が黙っているわけにもいかない!」

「…………」


 俺が今回「銀翼」を無下に扱わなかったのは、こいつの顔色が悪いということもある。けれど、それ自体は船酔いのせいであるともいえるだろう。

 だが――こいつは震えていた。

 みっともなく、だらしもなくガクガクと震え、今にも泣きそうだ。鼻汁などはもう出ている。ずびっと音を鳴らして鼻汁を啜り、「銀翼」は両手剣を握る。剣先は、それ大丈夫かと心配になるくらい震えていた。

 俺に大口叩いたときの態度は、今となっては欠片もない。


「怯えてんの?」

「当たり前だ! こんなバケモノ、怖いに決まっているだろう!」


 おや、素直。戦う前の威勢は本当にどこに行った? むしろどこからやって来たのか知りたいくらい。


「けど、僕は『勇者』だ! 困っている人を見捨ててはいれない!」

「……おまえも『英雄信仰』か?」

「『英雄信仰』……? ああ、僕のそれは、違う」


 ほう? どういうことだ?


「銀翼」はあちこちを見て、俺以外に誰もいないのを確認してから口を開いた。


「僕は、昔からビビリだ。怖いものは怖い。戦いたくなんてない。けど、『勇者』だからそれじゃ駄目だって思った。僕より怖い思いをしてる人がいるんだ。なら、怖い思いを知ってる僕だからこそ、これ以上怖がらせておくことはできないと思ったんだ」


 はあん。なるほど。よくぞまあそういう風に考えられたな、こいつ。

 俺には理解できない話ですね。


「逃げりゃいいのに……」

「な、仲間といるときはそうしている。……一人になるのも怖いから、近くにいるけど」


 逃げとるんかい! ああでも、アルヴィナも似たようなこと言ってたな。


「危なくなったら、出るさ。一人で逃げるのも怖いけど、それ以上に――仲間を失うことの方が怖いからね」


 その言葉は、少し胸にきた。

 俺だって他の冒険者たちと同様、仲間を失ったことがある。だから余計に、その恐怖がどれほどのものか理解できるのだ。


 改めて、こいつのステータスを覗く。

 ウィリアム・シルバー。一二二レベル。本当にビビって逃げているだけでは決して手の届かない数字だ。そしてスキルを見て、驚く。本当、最近の「勇者」はどうなってる? こんな妙なスキル持ってるの?


 そのスキル名とは〈小勇者〉。敵を前にするとステータスが一律にダウンするスキル。そして仲間や他の人がピンチに陥ると、ステータスが普段の三割増しになるという性能を誇っていた。

 強いとも言えるし、弱いとも言えるスキル。

 それはある意味で、ウィリアム・シルバー本人を象徴しているともいえた。

 そしてそれ以上に驚きなのは、このスキルを「勇者」であるこいつが所持していること。


「勇者」ロールはステータスを上げたり下げたりするスキルを修得できない。なのに、こいつのこれはそれに該当するスキルだ。自分の意思では自由にできないパッシブスキルであるとはいえ、こんなスキルを「勇者」が持てるというのは驚くしかない。


「おおおおっ!」


 叫び、剣を一閃。他の連中が苦戦していた触手をシルバーは切り捨てる。ステータスの向上具合は恐ろしいほど。このスキル、要らないけどちょっと羨ましい。要らないけど。


「そういや、随分殊勝な態度じゃないか。『欠落』が無名だなんだと言ってくれたが」


 意地悪く訊ねながら、俺の方も触手を切り捨てる。近場のものはシルバーに任せることにして、みんなが集まっている甲板を狙った数本だ。ついでに、少し強力な刃を振るって深くクラーケンに傷付けておくことにした。これで俺の方にもっと注目してくれるだろう。


「あ、あれは……! 僕が『勇者』らしくないと、その……疑われるから、それでも問題ないように振る舞っているんだ。楽しくないとは言わないけど、苦痛でもある」


 なるほど。たしかにそういう振る舞い方なら、仲間たちだけを戦わせていてもおかしくは思われないか。


「でも、それで何人も抱いてきたんだろ? ちくしょうめが」

「ばばばかなこと言わないでくれ! ルゴンドの人たちは怯えていただけだ! 頼りにしていた夫を失ってた人もいたから……。僕は添い寝していただけだよ。そりゃ、誘われなかったかといえば嘘になるが、それは駄目だと思うし……」


 なんだ、こいつもソフィアと一緒で純真だな。抱けるときは抱けばいいのに。未亡人とかエロスな雰囲気しか感じない。

 まあこのビビリっぷりを見ていると、抱く勇気すらなかったとも取れるか。


「しかし……どうして、こんな陣形に?」

「ああ。リヴァイアサンが来てるみたいでな」


 迷惑なヤツだよまったくと愚痴を零すと、シルバーは愕然とした表情で震え出した。


「なななんだって……!? 冗談だろ!?」

「冗談でクラーケンと戦ってるときにこんなことしねえよ」


 今ならわかる。〈索敵〉のスキルを使って周囲を警戒したからな。地中から襲ってくる敵にも対応できるよう、砂漠で熟練度を上げていて良かった。そうでなければ気付けなかっただろう。あ、ソフィアにこのスキルの有用性教えるの忘れてた。最高位までレベルアップさせると、なんとなく程度の違和感でしかないものの、一部パッシブスキルとしての側面も持つのである。それのおかげで俺は今回、リヴァイアサンの接近に気付けたのだ。

 そしてその気配がこちらに向いたのにも気付いた。


「よし、お疲れ。ちったぁ助かったかな。で、もう休んでていいぞ」

「はあ!? 何を――」

「足手まといだってんだ」

「な……うわあああっ!?」


 海に投げたときと同様に、シルバーの胸ぐらを掴んで全員集まったところへ放る。


「エミリー!」

『はいはい!? 何なの、マスター! 何事ヨゥ!?』


 あ、思ったより近くにいた。気付かなかったな。


「メイは?」

『みんなと一緒にいるわヨ。他の冒険者たちが「俺が守ってやる!」って息巻いてるワ。レベル、メイより低そうだけど……』


 ……メイ相手に何良いとこ見せようとしているのだろう。馬鹿なのか? 変態なのか? まあいいや。


「リヴァイアサンが寄ってきてる」

『リヴァ……ッ。マ、マジで?』


 頷くと、エミリーは青ざめて一回転し、俺の肩に留まる。


「落ち着いたか?」

『……よくよく考えると、マスターの敵じゃないのよネ』


 その通り。しかし、ヤツらが邪魔だ。


「ついでにクラーケンも潰す。とりあえず、俺の魔法でおまえらを陸地まで運ぶけど、そこはおまえの力ってことにしといてくれ」

『えっと……どういう魔法かわかんないと、難しいかなーなんて……』

「もしうまく演技して騙せてたら、褒美も考えてやる」

『まっかせてヨ! コレでもワタシ、エリートですからっ!?』


 チョロい。手のひらぐるんぐるんだな。


「隠蔽魔法も解除。メイのところに行って、俺からの指示だと伝えろ。用意ができたら俺に連絡。連絡が付き次第、魔法で運ぶ」

『了解! アレ……マスターはどうすんの?』

「勝手に帰る。心配するな」

『はいよー! うっしゃー、ご褒美ー!』


 ぴこぴこ羽を羽ばたかせてメイの元へエミリーは飛んでいく。そして俺を攻撃するついでに隠蔽魔法を解除したエミリーをも仕留めようとする触手を排除。

「――来る。少し、早かったな」


 それは以前に見たことのある、クジラが海面付近の魚群をまとめて捕食する場面に似ていた。

 一瞬の無音。そしてそれが過ぎた後、甲板の方から凄まじい悲鳴が聞こえた。

 リヴァイアサンは大口を開けてクラーケンに噛み付いたかと思うと、そのまま暴れる獲物を大人しくさせるために左右へ頭を揺らす。その衝撃で大波が連鎖し、船が大きく傾いだ。ギギィ、と船体の軋む音。帆が破けていないのは奇跡か「守護者」の付与の賜物か。


「人の獲物搔っ攫いやがって。クソが」


 クラーケンはどうでもいいが、イッカクの角は違う。リヴァイアサンがあんな固いもの食べるとも思えないので捨てたのだろう。今では海深くに沈んでしまっているはず。おのれ……まあ、イッカクは他にもいるので、それで代用しよう。


「本格的に、今回は骨折り損のくたびれ儲けだな……。最低限、ストレスの発散には付き合ってもらうぞ?」


 冷静さは残っているように思える。だが、そんなことを考えている時点で、やはり冷静でもないのだろうとも思う。

 当たり前だ。今回は手の届く範囲に呪いを解くためのアイテムがあった。それがするりと抜け落ちていくだけならまだしも、アホの横入りのせいで駄目になったのだ。そりゃ、そのアホに復讐するのは当然だろう。つまり何が言いたいかというと、俺が正義。


『マスター! オッケーよ! みんな揃ってるみたい!』


 エミリーから連絡が来る。甲板ではギャアギャアとうるさい。ええい、助けてやっから黙れ。


「〈召喚・大気の大精霊〉」


 三〇〇レベルオーバーの「勇者」の魔力が一気に一割も減少する。それだけの魔法が普通の魔法であるはずがない。

 つまりは逆説的に――これだけの魔法であるからこそ、精霊であるエミリーの魔法だと皆が信じてくれる。


 上空に巨大な雲が突如出現したかのような感覚。あるいは錯覚。

 その正体は当然、俺の召喚した大気の大精霊だ。前にメイと乗ったときのものがエイを巨大化したようなものであれば、今回のそれはさらに巨大版。このガレオン船並の大きさを誇っている。


(エミリー。大精霊の操作権限をおまえに譲る。それで全員を連れ出して逃げろ)

『はっ!? 大精霊って何事!? 聞いたコトないんだケド!』

(いいから、やれ。褒美が欲しいならな。おまえなら簡単に操作できるはずだ)

『イエッサー! ごっほうび、ごほうびー! 良い響き! ステキ!』


 魔力による手綱を甲板にいるエミリーへ手渡すイメージ。……成功。


『ギャアアアアアア!! 何コレー! こんなの聞いてない! えっ、ウソ、マジで!?』


 念話で騒ぐな。キンキンうるさいわ。耳許で騒がれてる感じ。


(いいから、早くしろ)

『わわわかってるわヨゥ……。でも、コレ、凄く重い……。マスターのうそつきー! 簡単って言ったじゃないのサー!』

(それを簡単に制御できるくらいの実力が精霊のエリートならあると思ったんだけど、買い被りだったか?)

『できるヨ! できますヨ! これくらい! ええと、こうだから……アレして、そうなるでショ、そんでもって……こうしてこうヨ!』


 ぎゅん、と大精霊が船の隣、左舷側へ移動する。半透明なそれへ、まずメイが飛び移った。最初は恐る恐るだったが、続いて他の者たちも乗っていく。


(げ、リヴァイアサンがこっち見てるぞ。早くしろ)

『無茶言わないでヨゥ! そこはワタシのせいじゃないってばー!』


 仕方ない。少し前に出て、リヴァイアサンへ剣先を向ける。


「お座りだ」


 もうほとんど船に人はいない。それに大精霊ならば最悪、海に落ちても触手を伸ばして拾うことができる。エミリーがそれに気付いていないとはさすがに考えていない。あいつも馬鹿ではあるが、本気で愚か者なわけではないのだ。ましてや精霊の話。本人も精霊なのだから、気付けて当然。むしろ気付いてなかったら褒美どころか罰するレベル。


「〈奈落の槌〉」


 闇属性魔法を放つ。巨人の拳大の魔力が渦巻き、リヴァイアサンの上方へ出現。そこから特大の拳骨が振り下ろされる。

 轟音。リヴァイアサンの耳をつんざくような悲鳴が海面を叩き、水飛沫を上げさせる。


『行けるわ!』

(よし、逃げろ! 全速力だ!)


 ふわりと大精霊が浮かぶ。向きを後方へ変え、ルゴンドへ頭を向けた。


「ご主人様っ!?」


 大精霊に乗っていたメイが俺を見付け、悲鳴を上げた。


「バカ! 飛び降りようとするやつがあるか!」

「離してっ! ご主人様が! ご主人様がまだ残ってるのっ!!」


 メイが飛び降りようとして、オラルドに止められている。

 何してんだ、あいつ。バカなの? エミリーだって俺なら大丈夫と安心してたのに、なんでエミリーより付き合い長いあいつが慌ててんだよ。まだこの距離なら念話も届くか。


(エミリー、メイを落ち着かせておけよ?)

『いや、繋げるわヨ。えーっと、そいっ!』

(ご主人様!? 何考えてるです!?)

(いやいやいや。コイツ仕留めないとまた面倒になるだろ?)

(あ、そういう……けど、ご主人様はどうするです!?)

(適当に帰る。最悪泳ぐ。まあソレみたいに精霊呼ぶわ。ああ、誤解されるのもアレだから、エミリーはみんな届けた後に戻ってくるフリしろよ?)

『わかったワ』


 危ない。言い忘れるところだった。でないとどうやって戻って来たのかって話になる。


(メイはそうな……宿で待っとけ)

(ほ、本当に……大丈夫です? 死なないです?)

(…………おまえ。本気で、あんなカス相手に俺が死ぬとか思ってんのか? これはもうお仕置きですわ。俺が本気出したらどうなるか、身をもって学習してもら――)

(しししし心配しただけですっ! ご主人様があんなのに負けるとか、思ってないです、そりゃもうですっ!)


 ならいいけど。

 じゃあなー、と大精霊に手を振っていると、そこから飛び降りる影がひとつ。おい。

 彼女は魔法を使って上空からの勢いを殺し、それからこちらへ駆けてきた。


「……馬鹿か、おまえ? なんで残った?」

「アンタが残ったからよ」

「ハア?」

「アンタに借りは作りたくないって言ってんの! だいたい、転覆したらマズいのは変わってない……どころか悪化してるでしょうが! 『勇者』だからってなんでもかんでも一人でできるとでも思ってる!?」


 ルミナークはそう言って俺を睨むと、すぐにリヴァイアサンへ視線を移した。


「……魔法が要るでしょ。あんなの相手だと。それで、今回で一番レベルが高い『魔法使い』が私だから、ここに残った。一番レベルの高いアンタも残ってる。これがきっと、一番生存率の高い方法だわ」


 ふっと自嘲の笑みを浮かべながら、ルミナークは眼前の敵を睨み、告げる。


「…………ええ」

「なによ」


 一番生存率高い方法は、おまえが残らないことだよ。言いたいけど言えない。こんなもどかしさが他にあるだろうか。


「はあ…………どっちかが死にそうになっても助けないって言っただろ」

「死ぬつもりで来たわけじゃないわ。勝てると踏んだだけよ」

「というと?」

「イッカクの死骸がないわ。たぶん、ヤツが食った。そしてヤツは既にクラーケンも殺してる。なら……私たち二人分くらいは見逃す可能性も――きゃっ!?」

「甘い」


 デコピンしておく。思ったより可愛らしい声を漏らしたな。


「どれだけ常識はずれであろうと、コイツはモンスターだ。魔族はともかく、モンスターに理性を求めるな。話をするのも、理解をしようとするのも無駄」


 その証拠に、リヴァイアサンは俺たちを睨んでいる。ターゲットロックオンって感じ。

 口を開け、閉じ、どう喰い殺そうか思案しているような顔――いや、違う。


「やべっ」

「むぎゅっ」


 ルミナークの口に手をやり、こっちに抱く。そして俺も短く意図を発し、深呼吸して息を止めた。


「瘴気だ!」

「っ!」


 理解したのだろう、ルミナークはぎゅっと目を閉じて抵抗をやめる。俺はそのまま横へ飛び、甲板へ下りる。先程までいた船尾楼へ瘴気が吐かれ、濃い紫色の煙が残留した。


「何、アレ……瘴気?」

「猛毒だと思え。肺腑から溶かされる」

「……リヴァイアサンと戦ったこと、あるの?」

「詳しい話はオラルドから聞きな。それより……やっぱ、船じゃ戦えんな」


 仕方ない。他にこいつ以外誰もいないのが救いだ。


「悪い」

「は……?」


 先に謝ってから首裏をチョップ。正確に狙い、昏倒させる。

 抱きかかえ、リヴァイアサンを見上げた。


「まあそりゃ、そうするよな」


 口が開かれる。今度は瘴気じゃない。

 リヴァイアサンの瘴気は、人間でいえばゲップのようなもの。胃に溜まったガスを吐き出しているだけで、それが人間にとっては猛毒だという話。


 今度のそれは――明確に、こちらを殺すための攻撃。

 リヴァイアサンは海竜とも呼ばれる。

 空を飛ぶことを忘れ、海で暮らすことを選んだドラゴン。

 そう、ドラゴンである。ならば、彼らの十八番とも呼べるスキルは当然持ち合わせている。

 即ち――〈ブレス〉。

 水と風の複合属性の〈ブレス〉。その攻撃は容易く船を貫き、大破させる。


「あばよ」


 ルミナークの口と鼻を塞ぎ、そのまま後方跳躍。そして躊躇なく、真っ黒に見える海へ飛び込んだ。それから急いで海面へ浮上する。一度詠唱しなくては、どんな強力なスキルであっても使えない。逆にいえば、一度詠唱してしまえば一定時間内は大丈夫ということだ。魔法の場合は毎回詠唱する必要があるから別だが、スキルなら平気。


「〈空中歩行〉」


 そう言ってスキルを発動してから、また海中へ潜る。

 このスキルは名前こそ〈空中歩行〉だが、実際は足の裏へ魔力によって足場を作るというものだ。それは水中であっても当然問題なく使える。

 空中を駆けた場合、リヴァイアサンに容易に発見されるだろう。だが、海中であれば船の沈没もあいまって、見付からない可能性が高い。見付かれば海上から宙空へ出ればいいだけの話だしな。


 二歩三歩と、水棲モンスターもかくや、という勢いで一気に移動する。時折海面へ浮上し、俺とルミナークの分も呼吸。再度彼女の口と鼻を手で覆い、また海中へ潜って移動を再開させる。

 目的地は既に決めている。あの場所まで徒歩で二日だったから、今のこの速度を維持するなら、二時間程度で辿り着ける。それにストレートで近付いているし、もしかするとさらに短縮できるかもしれない。

 下手に精霊召喚の魔法を使わないのは、もしもリヴァイアサンに〈魔力感知〉のスキルがあったときのことを考慮して、だ。〈空中歩行〉ならば気付けないよう魔力を霧散させることができる。


 しかし……おのれルミナーク! こいつ、どこまで俺の邪魔をすれば気が済む!?

 こっちはリヴァイアサンを八つ当たりも兼ねてぶっ殺す予定だったのに、こいつのせいでそれもできなくなってしまった。

 このまま放置して殺そうかとも思ったが、悪意があって俺の邪魔をしたのではないとも十分わかっている。だからこそ、余計にタチが悪い。何の気の迷いだというのか。

 島に着いたら、気を失っている間に多少やらしいことしようそうしよう。そう決めた。

 決めたら早い。少しばかり、移動速度が増していく。

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