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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と海の街
37/129

3-10

「どうしたんだ?」

「あん?」


 声を掛けられて振り向くと、そこには「銀翼」の「魔法使い」であるシルヴィアとルミナーク、そしてエイリークがいた。

 シルヴィアは俺の視線の先を探り、ああなるほどと納得の息を漏らす。


「これだけ離れていても見えるか。サルニアとアールグランドの海域に住まう三大モンスターの二体だものな」


 ふう、と嘆息を吐くシルヴィアの双眸に憂いが浮かんでいるのを見て、疑問が浮かんだ。


「聞いておくか。おまえら、ああいう大型モンスターと戦ったことはあるか?」

「災害級モンスターと戦ったことがあるわけないだろう?」


 災害級? 何を言ってるんだ?


「アイツらは別に災害級じゃないぞ? せいぜいがSランクだろう」

「ご主人様……Sランクも相当だと思うのです……」


 あれ? そうかな……。


 冒険者ギルドのみならず、この考え方は意外と魔族にも浸透している。つまりはモンスターによる被害の大きさで危険度を振り分けているのだ。


 最上位が魔王やエルダードラゴンといった連中で天災級。

 次点が「強欲」の魔王軍でいう四天王や温厚なエルダードラゴンなどの災害級。

 それからはSからEまでのモンスターだ。おおよそ二〇〇レベルくらいがSランク相当のモンスターであるといえる。魔人や魔族は最低でSランク。強くなれば災害級だが、災害級は相手のできる冒険者がほぼいないため、強い者から弱い者まで数多く存在する。というか、その辺りになるとスキルの活かし方がかなり大事になったりするので、一概に強い弱いと括れる話ではなくなるのだ。


 それでもって、今回の話。

 クラーケンやイッカクだが、レベルはともかく、連中は行動が割とパターン化している。それで十分戦えてこれたからだろう。魔族と比べるとあまりに稚拙だ。適切な対処法さえ掴めていれば問題ない。そのためSランクだと判断したのだが……そうか。たしかにメイの言う通り、人間のレベルからすると、十分災害級だしSランク相手でも敵うわけがないか。弱いなー、人類。


「おまえらは?」


 ルミナークへ目を向ける。エイリークが目配せし、彼女はふうと溜め息を吐いて答えた。


「ドラゴンを一体倒したのが最高記録ね」

「ドラゴンを……っ!?」


 シルヴィアが瞠目する。俺も目をちょっと見開いた。


「それはおまえら二人で?」

「馬鹿なこと聞くわね。無理に決まってるで――ああ、メイさんは撃退だけなら一人で成し遂げたんだったわね」

「はいです。でも……あのドラゴンは前に『太陽』さんたちと一緒に戦って弱っていたのです。それに、メイはほとんど何もできませんでしたです……。一生懸命前で立ち塞がって気絶して……それから気が付いたら、ご主人様に助けてもらっていたのです」

「俺が行ったときには、もう居なかったけどな」


 ああ、ほんと、口裏合わせといて良かった。そしてメイが覚えていてくれて良かった。ギルドに報告する際、もし忘れたら一週間メシ抜きと脅した甲斐があった。


「十分立派よ。あなたの主人と違ってね」

「…………」


 頬を引き攣らせてしまうが、我慢する。エイリークもルミナークの肩をそっと叩いて落ち着かせたので、よしとしよう。


「あのあのっ! あのとき、街でドラゴンが出ていたので、てんやわんやだったのです。ご主人様はそっちに協力を……」

「けど、あなたを一人でドラゴンと戦わせていたのは事実でしょう? ……いえ、これは余分か。悪かったわね、メイさん」

「そんな! そんなことないのです!」


 いや、俺に謝れ俺に。

 というかこいつ、俺でなくメイ相手だと普通なんだよな。一体なんなんだ、まったく。何があったか知らんが、それくらい心の中でうまく整理させとけよ。


 そんな会話をしていると、凄まじい魔力と海水の波濤が押し寄せてくる。


「おっ」

「わあっ!?」

『はぅあぁっ!』

「っ!」

「これは……」

「決着、か……」


 イッカクが極大の稲妻を落とした。いつの間にか青く晴れていた空は曇天へと変化しており、どれだけのスキルが使われたのかわからない。

 ともかく、イッカクは〈死の拒絶〉もすべて総動員し、最後の反撃を放った。


 まるで雷龍の如き一撃。


 雷霆の一振りがクラーケンの全身を包んだ。蒼白く暗がりに浮かぶクラーケンの身体が脈打ち、雷が消えた後は全身から白い煙を立てる。焼きイカだな。

 しかし、死んではいなかった。弱点属性である雷属性の攻撃ではあったが、最大の弱点である火属性ではない。それならば、クラーケンの高い耐性力なら耐えられる。

 人間ならばぜいぜいと息を荒げて全身を震わせているだろうイッカクへ、怒りと共にクラーケンの触手が振り下ろされた。

 二度、三度、四度と繰り返される。周辺の海水が流れ出た血液で真っ赤に濁っていく。先程の雷撃で周辺の魚が一斉に死んで浮いているためか、海面は夥しい魚の死骸で埋め尽くされており、鱗が光を反射し、血液の赤さもあって地獄の様相だ。

 死の海――そんな単語が脳裏を過る。

 きっと、それは俺だけでない。周りの者たちも、雷撃の爆音でこの光景に気付いた他の者たちも全員同じだろう。

 だからこそ、俺は口を開いた。


「ふん。死線も修羅場も散々超えてきた。ここにいる連中なら経験の大小こそあれど、皆同じだろう?」


 ゆっくりと後ろへ振り返り、全員を見渡す。あ、内側の階段から「銀翼」が出てきた。先程の爆音に慌てたのか? しょっぱいやつやのー。


「それなら今回も同じことだ。違いがあるとすれば、今回生きて帰ることで、おまえら全員華々しい戦果を手にするってことくらいだな」


 皮肉気に唇をねじ上げ、全員をゆっくりと見回す。

 理解が追いつくにつれ、どいつもこいつも目の色が変わり出した。


「行くぞ。ヤツは既に手負いだ。撃退じゃねえ――ブッ殺す!」


 勝鬨の如く、勇ましい勇士たちの咆哮が轟いた。

 もしもそれに形が与えられるのならば、きっと、エルダードラゴンに勝るとも劣らないものであったのではないか、そう思った。


◇◆◇◆


 ソレは深海を彷徨っていた。


 食事は数ヶ月に一度でいい。しかし、それだけ頻度が少ないからこそ、一回の食事は最高のものでなくてはならない。

 それは主人から食事についての制約を与えられる際、彼が主張したものだった。主人は興味がないのか空虚な瞳だったが、鷹揚に頷いて許可を下した。

 ゆえに、数ヶ月に一度の食事の機会。ソレは深海を彷徨い、最高の一食を探す。


 彼も生きている。そのため三大欲求の類は当然のように存在するのだ。

 食欲は数ヶ月に一度と決められた。性欲は同種がこの海域に存在しないため、発散することができない。もっとも、発情期など数十年に一度程度なのでどうでもいいのだが。

 だから普段は寝て過ごしている。時折何らかの理由で起きたなら、自由に気が許すまで海を放浪し、また眠りに就く。


 そして食事が許されるその時をただただ待った。

 その時だけは三大欲求のうちのひとつを最大限に行使することを許されているからだ。


 ソレが最高の食事を求めて深海を彷徨っていると、何らかの騒ぎが海上で起こっていることに気付いた。自分の食事を妨げるような馬鹿騒ぎは要らない。黙らせてやろうと思ったところで気が付く。

 海上での騒ぎが、どうしてここまで深くまで届くのか?

 好奇心が目覚め、動き出す。

 それだけのことができる獲物――それは、稀少な食事に最適なご馳走ではないか?


 ソレは笑みを浮かべ、深海から海上へ浮上する。


 そのことに誰も気付く者はいない。

 気付くはずもなかった。

 サルニア大陸とアールグランド大陸間海域三大大型モンスターが一同に会するなど、そんな世紀末的光景を誰が想像するだろうか。

 ゆえに彼は何の制約も障害も受けぬまま、一気に海上へ浮上する。


◇◆◇◆


「帆が限界だ! 畳ませてくれっ!」

「馬鹿言え! 機動力を失えばすぐ死ぬぞ! クラーケンだって津波なんぞいくらでも起こせるんだっ!」


 飛び交う怒声、悲鳴、悲喜こもごも。

 喜の色は自棄になった感じだが、ともかく色んな感情が船上を占拠していた。


 飛び交っているのは冒険者たちの声だけでない。魔法がクラーケンに着弾した際の爆音もそうだし、その際の爆風やクラーケンの身動きひとつで起こる凄まじい波が船にぶつかる音や衝撃、風の音だってうるさい。一時的にこの場で嵐が起こっているかのようだ。

 それでもなんとか戦えているのはひとえに「付与術士」たちの付与した魔法によるおかげ。個人的に一番頑張っていたのは「付与術士」なんじゃないかと思う。いやまあ、みんながんばっているのだけれども。


「ああもう、手が足りねえなあ! やっぱ『守護者』もっと要ったわ! なんだってあれっぽっちなんだちくしょう! おいオラルド! おまえに言ってんだぞ!? 聞いてんのか!?」

「あれだけの時間でここまで掻き集めたことを褒めてくれてもいいだろっ!?」

「うっさい! 足りなかったんなら集めてねえのと同じだ!」

「ひでえっ!」

「あんたら真面目に戦いなさいよ!?」


 近接組の最前線は俺とオラルドがいる船尾だと断言できるだろう。なにせ、先程から波が押し寄せて船に掛かってくるのである。ただでさえ波に浚われる危険性があるというのに、その波の中から触手が飛来し、船を破壊しようと――あるいは誰かを掴んで握り潰そうとしてくる。

 それに抵抗するためには、まず波を受けてもびくともしないだけのレベルがいる。それを可能とするのが俺とオラルド、そして「銀翼」の「戦士」かつ「守護者」であるアルヴィナだけだった。「銀翼の勇者」は船酔いして寝てる。何のために来た?


 また、俺の役割は手加減してクラーケンと戦うだけではない。

 ともかく人数が足りていないのだ。遊撃ができるやつなんていないと言っていい。ゆえに、余裕のある俺がその穴を埋める。

 触手を切り払い、魔法を打ち払い、それでいながら船全体を俯瞰するように視界に収める。当然そんなことできるはずもないので、敵の挙動から行動を予測するのだ。また、先んじて全員のレベルやロール、ステータスを一度は見ていた甲斐があった。おかげでどこがどれくらいの実力を持つか、ある程度想像することができる。

 そうして船全体を注意していたのだが——あ、ヤバい。俺でなく「魔法使い」側がヤバい。たぶん誰も気付いてない。当たり前か、みんな目の前で必死だよな。


「ここ、ちょっと任せるぞ!」

「ちょっと!? 何言ってんのアン――」

「ああわかった! 行け! おまえが言うならそうなんだろっ!?」


 うん、伝わるってのは良いもんだ。説明をするなんて戦闘中には無理。

 あっちなら剣は要らないので、この場に突き刺しておく。隻腕なので、いざというときに使えるようにしておかなくては。

 ひらりと跳び上がり、船縁に移る。船から落ちないようにした手すりみたいなものだ。


「な――」

「『欠落』には驚くだけ無駄だぞ! それよりあんた、良い腕してんな! 『銀翼』からウチに来ねえか!?」


 場所も場合も考えずに勧誘してんじゃねえぞおっさん。


 この帆船はガレオン船と呼ばれるでっかいやつだ。クラーケンと戦うだけの冒険者を船上に確保するにはこれくらいの大きさが必要だった。片方に寄るわけだし、その重さで転覆されても困るからだ。スキルによる付与はあるが、それは極力クラーケンによる影響だけに留めておかねば、すぐさま付与が切れてしまう。

 それに、船を操作する船員だって必要だ。そのため、どうしてもこれだけの大きさが必要となったのである。

 そして——クラーケンとまともに相手取るのであれば、このガレオン船がまだ複数欲しかった。当然すべての艦に人員を十分乗り込ませた上で。

 正直な話、この程度の数でクラーケンに海上で勝利するなどありえない。すべては俺がいるから勝てるのだ。これは自分を持ち上げる話でなく、事実として。

 クラーケンの行動予測から人員の配置。そして人が減らないように敵の攻撃を払う役目。俺一人に掛かる比重が余りにも重過ぎるのだ。

 勿論、俺はそれらを背負える。だが、同じことをできるやつなどいないだろう。これも有能がゆえの宿命と考えるべきだろうか。


 駆ける。その途中、通り過ぎた者たちが全員口をあんぐりと開けていた。雨とか海水とか飲んじゃうよ。そしてクラーケンの触手が張り付いている部分を発見。他の近接組が必死に切断しようとしているが、なかなか刃が立っていない。


「どけっ!」


 叫ぶ。俺の声に全員がその場から後退する。


「邪魔なんだよ、消え失せろ!」


 迷いの森で雪を蹴っ飛ばして道を作っていた経験が活きた。速度をほとんど落とすことなく触手を蹴り飛ばす。俺の靴先が衝突した瞬間に弾け、肉片が戦っていた男たちの顔にかかった。彼らは口を開けていたわけで、要するに……。


「ぐええええっ!」

「クラ、クラーケンの触手を俺、いま、飲ん――」

「めんご!」


 生のイカには寄生虫がいるというけれど、コイツの場合どうなのだろう? 寄生されていないことを祈るばかりである。

 そのまま船首側へ向かう。船体はやや沿っているため、途中で段差があるのだが、面倒なので一気に船首楼へ飛び移った。唖然とする者たちを無視しながら宙空で体勢を変え、右腕をクラーケン側に突き出す。

 直後、そこに魔法が出現。クラーケンによるスキルだ。


「何――っ!?」

「マズい! 誰か――」


 その場にいる「魔法使い」たちは全員クラーケンへ攻撃に集中していた。甲板にいる者たちも同様。これに反応できる者などただ一人をおいて他にいない。つまり、悔しいことに、この集まった冒険者たちの中で最も優秀な「魔法使い」だ。


「私がっ!」

「必要ない!」


 ルミナークが〈詠唱破棄〉のスキルを持っているのは既に知っている。勿論、それでは肝心の威力が下がるためにクラーケンへの攻撃では詠唱していたが、本来そのスキルが活躍するのはこういったアクシデントの際だ。とはいえ、その程度の火力でクラーケンの魔法に対抗できるはずもないのは本人が一番自覚しているだろう。

 なので、俺が声を掛けてそれを中断させる。それで俺の魔法が邪魔されても面倒だ。消し飛ばせるとは思うが、手加減しているためどうかはわからない。


 義眼のスキルを発動。〈情報開示〉によって敵のスキルと放たれる魔法の予測。クラーケンは巨体なだけあって、十二分に〈情報開示〉の準備時間は確保できた。

 ヤツが使おうとしているスキルは〈遠隔操作〉。これにより、触手から一定範囲内の空間にあるものを自分の自由に動かすことができる。もっとも、魔力を操る必要があるため、クラーケン自身には大して旨味のないスキルだ。

 ただし、魔力を放って操るスキルだ。その先で魔力を魔法へ転化させることは十分に可能。つまり、自分の方向からしか発動できないはずの魔法を、別の方向から発動させるために〈遠隔操作〉のスキルを使おうとしている。

 さらに〈情報開示〉による敵の保有魔法の中から、〈魔力感知〉でクラーケンの選んだ魔法を予測する。

 ヤツが選んだのは爆発系魔法。得手とする水と風の複合属性。それでここにいる連中を一気に船から落とすつもりだ。

 であれば――俺が選ぶのは対となる火と雷の複合属性魔法。ついでに闇属性も混ぜちまえ。


「〈鳴雷轟く赫怒の剛槍〉!」


 放つ。

 赤黒い稲妻の槍が、出現したばかりの水球を貫く。水は瞬時に沸騰。そして俺の魔法の衝撃波により、水球に内包されていた風もまとめて吹き飛ばす。


「っど、ぁあっぶないっ」


「勇者」の放つ魔法だ。いくら手加減しているとはいえ、反動値は問答無用で最大。

 宙空で放ったために船への影響はほとんどないが、俺自身は後方へ放り出される。船の方向からいうと、右舷から左舷へぶっ飛んだ。慌てて帆を支える縄を一本掴んで身体を支えた。その衝撃で大きく船が左舷へ傾くが、付与のおかげですぐに元へ戻る。もし足を滑らせて落ちたやつがいたらドンマイ。ドジ踏んだそいつが悪い。


 ぐるぐると縄を掴んだまま回転して反動を殺し、甲板に下りる。すると、呆然とした目を向けている「魔法使い」どもの顔が見えた。


「……おい? 何やってんだ。クラーケンには当たってないぞ? さっさと攻撃を続けろよ。おまえらがメイン火力なんだ。でないと、時間が経つばかり。死ぬ可能性が増すばかりだぜ?」


 死にたいならいいけどね、と俺を注視していた「魔法使い」全員に告げる。全員呆然としているからか、俺の言葉に素直に頷いた。ルミナークだけは額に手を当てている。頭痛かな? 魔力使い過ぎじゃない? まあ節約するような状況ではないので仕方ないだろうが。

 ともかく、言いたいことは言い終えたので、また船尾楼へ向けて動き出すことにした。


「……本当に、アレは『勇者』なのか?」

「私も似たような気持ちよ……」


 シルヴィアとルミナークが何か話してた。聞こえてたけど、無視する。


「わー! ご主人様ー!」

『何アレ!? あ、でも……前のよりは、弱い? 弱くてアレってコト!?』

「サボるな、働け。さもないとメシ抜きだぞ」


 途中でメイとエミリーがいたので、少し歩みを遅くする。そして呑気な顔をしていたので注意を促しておいた。目の色が変わっていたから、これで少しの間は大丈夫だろう。クラーケンの動きも鈍るはずだ。


「よし、到着。ただいまっ」

「お、おお……おかえり」

「……あなたは、何というか……無茶苦茶ですね」


 あれ? なんなのその評価?

 どうしてこんな評価になってしまったのか腑に落ちないまま剣を取り、無造作に振る。斬撃関係のスキルを発動し、魔力による刃で触手を一本切り断った。どこに振ってもクラーケンには当たるよな、これだけでかいと。


「なんだ、そのスキル!」

「〈遠隔攻撃〉っての。魔力を使うことで射程を伸ばすっていえばいいかな?」


 弱過ぎて使わなかったため、スキルレベルは修得したときのまま成長していなかったのだが、それがこういった場面で活かせるとは思わなかった。遠くにいるなら走って近寄ればいいし、そうでないなら魔法でどうとでもなったので、使わなかったのだ。そうか、こういうときに役立つのか……。

 まあ最大の問題は〈空中歩行〉を覚えた後に修得したことなのだが。一からスキルランクを上げないと、延長した刃の威力も上がらないのである。それなら〈空中歩行〉で近付いてから切った方が明らかに強かった。


 そんなことを話しながら、刃を振るい続ける。俺があまりに活躍していては「英雄」だとバレるかもしれないので、ギリギリ気付かない程度の線を狙う。

 先程みたいに触手へ刃が立たないやつらがいれば、切りやすいように切れ込みを僅かに加えておくように。ルミナークたち「魔法使い」に関してはエイリークが別の場所から戻ったから大丈夫だろう。どうやら甲板にいる触手退治に協力していたようだが、今後は俺がそっちを請け負えばいい。あいつは「魔法使い」たちを守っていればいいのだ。「聖騎士」だし、なんとかなるだろ。


「ああもう、ウチの『勇者』が情けないったらないわね……!」

「なんなのアイツ。本当に強いの?」

「強いか弱いかでいえば、強いわ! けど、いざというときじゃないと活躍できない病というか呪いというか……教会で解呪して欲しい!!」


 切なる願いのようだった。ソフィアの〈脳天気(快晴)〉のように、そんな感じのスキルがあるのやもしれん。

 そんなことを話しながら、クラーケンの体力を義眼で確認する。

 イッカクとの交戦によって、開幕から七割になっていたが、今では五割を切っている。これだけ攻撃して二割しか削れてないのかよと思わなくもないが、レベルに開きがあるので仕方ない。メインアタッカーである「魔法使い」で最高レベルのルミナークですら、クラーケンとは五〇以上ものレベル差があるのだ。むしろ、よくダメージが入っている方だろう。

 これだけダメージが入っている理由は考えるまでもない。メイの存在だ。


「魔術師」ロールであるメイは敵の弱体化を主としたスキルを修得する。レベルはクラーケンと比べて圧倒的に低いが、ランクアップは一度しているし、俺が選別したスキルを集中的にレベルアップさせていることもあって、一応効果は発揮している。


 人によっては「魔術師」ロールを馬鹿にする者もいる。というのも、身体強化系スキルを修得する者からすれば、自分たちが速く動けるスキルの方が有用だからだろう。攻撃系スキルの強化倍率も変わる。

 何よりも大きな理由として、「魔術師」は攻撃系スキルをほとんど修得しないし、しても威力の低いものばかりだからだ。

 だが、それは大きな勘違いだ。そもそもとしての前提が間違っている。

 たしかに自分を一割強化できるスキルがあれば、相手を一割弱体化できるスキルは要らないかもしれない。けれどそれは一人だけの話。メイのような「魔術師」が相手を弱体化した場合、恩恵は味方全員が受けられるのである。

 つまるところ、「魔術師」は味方ありきの戦闘方法を取るロールなのだ。そしてこういった相手にこそ、その真価を発揮する。


 メイが放った魔法により、クラーケンのステータスはかなり下がっている。少なくとも、レベルの掛け離れた人間たちでも相手ができる程度には。


 うなりを上げて飛来する触手の雨。ドラゴンの尻尾にも似た攻撃が無数に飛来する。

 回避不可能。防御も不可能。質量に圧倒的な差があり過ぎて耐えられない——普通ならば。


「聖騎士」たちが防御系スキルを放つ。「戦士」たちが身体強化系スキルを用い、全員で息を合わせて触手に攻撃を放つ。「魔法使い」による爆撃。「僧侶」の回復魔法で戦線復帰していく冒険者たち。


「辛くも耐えてる……って感じだな」

「いいからおまえも戦えよ!」


 疲れたでヤンス。ちょっとくらいサボってもいいじゃねーか。


「ちっ。隻腕隻眼の男を扱き使うとか、良識を疑うな」

「おまえには常識を疑うがな」


 ああっ!? 上手いこと言い返された!?

 ちくしょう、ちょっとへこむ。こんなときはリンゴを食べよう。そうしよう。


「こんなときに何を食ってやがる!」

「うるさい! 俺がリンゴを食べる邪魔をするな! 叩き落とすぞ!」


 剣を鞘に納めてポーチから小さな小さな可愛らしいリンゴを取り出す。

 さすがは交易の都ルゴンドというべきか。俺も見たことのないリンゴがあるなんて……。

 リンゴは瑞々しい碧色で、ちょっと頑張ったら握って隠せそうなくらい小さい。芯も種までも食べちゃうもんね。


「うん。なかなか良い酸味だ、気に入った」


 こんな良いリンゴがある街を滅ぼそうとするとか……ちょっとクラーケン救えないわ。

 気を変えて剣を抜きつつ、オラルドの脇をすり抜けて触手へ飛び移る。なんか喚いていた気もするけど、どうでもいいので無視。俺のやることはすべて正しい。何しろ俺が正義だ。


 俺を捕まえようとする触手を躱し、切り裂き、触手を伝って本体へ接近する。イカスミがばらまかれるものの、俺自身に付与は何ひとつされていないので問題ない。スミに塗れるのは不愉快だが、嵐に近い現状、雨で簡単にスミは流れていく。


「ちょっとお仕置きが必要だな」


 とはいえ、俺が派手に攻撃するのもよろしくない。

 なので、弱らせる感じにしておこう。

 本体に剣の切っ先を突き立て、魔力を流す。


「〈震え蠢く寄生樹の浸蝕〉」


 放つのは木と闇の複合属性魔法。せいぜい中位くらいの魔法であり、手加減しているので暴れ苦しむことはないだろう。直接ダメージを負わせる魔法でもないしな。


 やることを終えたので、宙空へ跳び、下位魔法を適当に撃ってその反動で船へ戻る。オラルドたちが呆れた顔で俺を見ていた。


「何をやってきたんだ……?」

「寄生樹を宿してきた」


 おっと、何だその顔は? もしかしてご存知ない?

 木属性は非常に目にすることの少ない魔法だが、存在する。人によっては地属性と勘違いしていたりもするが、まあ仕方ないかもしれない。基本的には地属性と合わせて複合属性で放つ魔法ばかりだからな。

 では木属性単体の魔法はどういうものかというと、今回のように相手に寄生するタイプの植物を植え付けるというもの。種を魔力で生み出し、一気にある程度まで成長させるという方が正確かもしれないな。


「大した魔法じゃないさ。別に身体の中で暴れるわけでもなんでもない。クラーケンの魔力じゃあまり成長できずに、そのうち枯れるさ」

「けど、おまえがやるんだから、意味はあるんだろう?」

「そりゃ、当然」


「勇者」ロールでは強化や弱体化といった魔法は修得できない。だが、こうして木属性を利用することで、間接的に弱体化させることはできる。自分にやれば強化ということもあるにはあるが、「英雄」ならばともかく、「欠落」と化した今の俺では使いたい方法ではない。ほら、キモいし。

 今回の魔法であれば、寄生した植物はヤツの魔力を吸って成長するだけだ。痛みを伴うこともないし、行動を束縛するわけでもない。

 では、どういうことが起こるのか?


「ヤツの魔力回路に寄生させた。常に魔力を垂れ流しにしているようなものだな」


 寄生樹が成長するためには魔力が要る。その餌として、ヤツの魔力を利用する。

 それだけではない。魔力回路に寄生させたことで、寄生樹が成長すれば魔力循環も滞る。例えるなら血管に血栓を作ってやったようなものだ。


「えげつねえ……」

「とは言ってもね。所詮は嫌がらせに過ぎないよ」


 ただ、これでクラーケンは魔法もスキルも行使し難くなった。

 メイの弱体化を受け、さらには魔力で身体強化することも難しくなる。つまりは余計にステータスダウンが起こったわけだ。

 ましてや、今回の寄生樹は俺が放った魔法。手加減しているから一気に魔力を吸い上げることはないといえども、厄介さという意味では凄まじいものがあるだろう。


「さてさて。どうなるかな?」


 敵の体力を確認する。

 こちらの攻撃が着弾する毎に、先程までとは雲泥の速度で体力がガクンと減少していく。


「さて——気合い入れろよ」


 薄く、笑む。


「ヤツもキレるぜ」


 残りの体力が二割を切ろうとしていた。

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