3-9
「おらおらおらおらぁ! もっと速く高く飛べやメイ!」
『はいなのですっ! ですがご主人様! あまり蹴らないで欲しいのですっ!!』
「やかましい! 今の俺は少しハイだ! 普段より怒りっぽいぞ!?」
『うう……メイはとんだ貧乏くじを引いたのかもしれないです……精霊さんが恨めしいのです……』
「ぶっとばすぞ!」
良い! 気分が良い! やはり普段のように力をセーブしたままっていうのは、慣れているつもりでもストレスが溜まるらしい。
結局メイとの話し合いの結果、イッカクを追い立てるのに使うのは下位ランクの魔法に留めておくことにした。最上位は考えるまでもないし、上位魔法だって下手するとそのままイッカクを殺してしまいかねない。その点、下位魔法であればどれだけ力を注ぎ込んだところでスキルの限界がある。ゆえに、イッカクは死なない。結構なダメージは入ったかもしれないが。
それにメイがドラゴンへと変身し、その背中に乗って飛ぶことで視界が凄く速い。景色が一気に流れていく様は俺が力を振るっているかのようだ。レベルが低くなろうと、ドラゴンという種族はやはり最高位であるということだ。
そうこうして現在。俺たちはイッカクをクラーケンと接触させた後、オラルドたちの乗っているはずの船を探して飛行中というわけだ。
『あっ、ご主人様! 見えたのです!』
「おっ。マジか。どれどれ……」
遺憾ながら、メイの背負っていた荷物は現在俺が背負っている。ポーチに移しておいたモノクルの魔具を取り出し、それで確認する。ドラゴンの視力には俺も敵わないからな。
「おお、えっちらおっちら進んでんな」
『そういう言い方はどうかと思うのです……。あれもきっと全力なのです?』
「んなわけねーだろ。イッカクとクラーケンをぶつけて消耗させるのが目的なんだ。早く着き過ぎて良いことなんてほとんどない」
今度はイッカクとクラーケンの戦いの様子を見る。
イッカクは額から生えた巨大な角に魔力を収束させる。その蓄積値は凄まじい。それによって魔法をより強大かつ範囲拡大させる〈魔法強化〉と呼ばれるスキルを使っているのだ。エルダードラゴン辺りだと〈魔法強化・最大〉を使いこなす。大小の差はあるが、角を媒介とする点でもイッカクと同じである。
イッカクの溜め込まれた魔力が放たれる先を求め、クラーケンを捉える。クラーケンの全身を焼く大規模の雷撃。
周囲の海水が煮え滾り、白い煙を放つ。急速に煙と化した空間を補おうと、海水がそこへ流れ込む。大渦が無数に生まれ、巻き込まれた魔物どもがぐるぐる回り、沈んでいく。
「いかん、駄目だ。目が痛い。電撃はこれで見るもんじゃないな……やめよう」
『ご主人様ァ!? 割と戦況を見る意味で大事だと思うのですぅ!』
「ええい、うるさい。俺があの程度のカスどもに負けると思うのか?」
『うう……力さえセーブしなかったら、メイだって思わないのです……』
む。それはそうか。俺が手加減して戦っているからこそ、メイも心配しているのだ。
「あ、そろそろいいぞ」
『ほえ? どういうことなのです?』
「もう変身を解いてもいいってことだ」
『ええっと、でも……そうしたら、落ちちゃうです。どうするです?』
「問題ない。解除しろ」
『わかったです!』
下手に海上にいるだけあって、ドラゴンの姿が見られても困る。俺もメイも隠蔽魔法なんて使えないのである。
いや、正確には使ってはいた。メイの「多重存在の影」が持つ固有スキル〈模倣〉を使い、エミリーの隠蔽系魔法はロックさせておいた。しかし、このロールはランクアップさせていないため、出力が非常に弱い。ある程度の範囲に入られると意味を為さないのである。だからそれより前に姿を眩ませないとマズい。
『解除するですっ』
そう宣言した直後、メイの〈変身〉が解除される。宙空へ放り投げられ、すかさずメイをキャッチ。
高々度からの自由落下は一定に達すると等速になる。それを利用して荷物をメイの背中に移させ、ふうと額の汗を拭った。拭う前に風圧で吹っ飛んでいくが、まあ気分だ。
「ごごごごごごご主人様あ! 怖い! 怖いのです!」
「ええい。俺に引っ付いとけ。そしたら安心だろ」
「はいなのですっ」
背中にピタッとメイがくっ付いて来る。前に回された手を俺も掴み、離れないようにさせた。
「メイにも見せてなかったが、『勇者』がどれだけ万能で、なんで魔王を倒せると言われるくらい最高のロールかってのを見せてやる」
「で、です……?」
魔力を収束。この系統のスキルは俺にしては珍しく、最高位までレベルアップしていないため、多少の集中が必要だ。俺が保有するスキルは多数あるものの、基本的にスキルレベルはマックスか一かの二択だ。
何故中途半端なスキルレベルで止まっているかというと、使って熟練度を溜めても良かったが、それで呼び出せる存在の力と魔力消費量を考えると、微妙だったのである。
こういったときには非常に役に立つが。
「〈召喚・大気の精霊〉」
「ええええええええええっっっ!?」
メイが絶叫する。甲高い悲鳴だからうるさくて仕方ないが、今のは驚愕によるそれであり、俺の望むところだったので許してやろう。
「ふふふ、びっくりしたみたいだな」
「びびびっくりするです! そりゃあもうっ! ええええっ!?」
俺が使ったのは召喚系スキルだ。
もう自由落下など起こっていない。半透明な存在が俺たちを乗せ、宙空にふわふわと浮いていた。
「ご主人様、『召喚術士』のロールも持ってたです?」
「いやいや、さっき言ったろ? 『勇者』ロールは万能なんだって」
「……本当、『勇者』ロールって卑怯なのです」
まあ、それは俺も我ながら思う。ただ、ランクアップにかかる経験値は他のロールと比べ物にならない。同じくらい稀少である「賢者」と比べても数倍はあるのだ。スキルの熟練度も同様。俺の場合は一人で旅していたからここまでロールやスキルを育てられた。
ただ勘違いされているようだが、これは本来の「召喚術士」たちのような召喚とは違う。
「勇者」ロールで召喚する精霊は名前こそ「精霊」というものの、エミリーたちのような本物の精霊とはまた違う。
正確に言うならば、魔力によって形成された仮想生命体である。スキルの発動にどれだけ魔力を込めたかによって大きさや強さが変わる。また、属性によって色や形状は変わるものの、基本的に半透明である。
今回呼び出したのは「大気の精霊」。巨大なエイみたいな形をしている。
精霊を構築しているのは俺の魔力なので、こちらの意思通りに動き回る。
ゆっくりと海面へ近付き、スレスレの高度を維持して大きく迂回し、後方から船へ近付いた。
「うし、飛び移るぞ」
「はいなのです!」
精霊の背を蹴って飛び、宣言通り船へ飛び移る。そこにはあんぐりと口を開けたままの冒険者たちが数名いた。知らない顔だなと思ったが、よくよく考えると知った顔の方が少ないので当たり前だった。とりあえず近くにいたやつに話を聞き、オラルドのいる場所を教えてもらう。
「おい。来たぞ」
「……ん? ぅうえええええっっ!? なんでおまえここにいるんだっ!?」
「いやいや。来るつっただろ。来ない方が良かった?」
「いや、聞いてはいたけどな……」
オラルドの反応は周囲の者からしても予想外だったようだ。「あの『戦斧』が慌ててるぞ!?」みたいな感じで盛り上がっている。勝手に盛り上がってろ。ついでに俺の視界に入らない場所で野郎だけでホモホモしく盛っててもいいぞ。女は俺が面倒を見よう。
そんなことより、今のクラーケンたちの話をしなくてはならない。俺が話してもいいが、この冒険者たち相手ならばオラルドから伝えさせた方が説得力もあるはずだ。面倒だが、仕方ない。
「イッカクはクラーケンと接触、交戦中。削ってはいるが、やはりクラーケンが勝ちそうだ。俺たちが着くまでにイッカクが生きてるかどうかは微妙だな」
「そうか……。クラーケンはどれくらいの力量だと思う?」
メイがドラゴンに変身しているときに義眼のスキルで確認したレベルを伝える。
「おおよそ二二〇。イッカクは二四〇くらいありそうだが、種族ステータスの差だな、クラーケンが勝つ。イッカクの攻撃は広範囲だから、一体を削るのに適してない。だいぶ削ってはくれると思うが、仕留めるには届かないはずだ」
「なるほど……」
そんな話をしている隣でぐったりしているメイの下にエミリーが飛来する。にぱー、と笑顔になるメイが向けた先にエミリーがいるわけだが、当然彼女の姿は隠蔽魔法で隠されており、その向こうにいる男たちが少し顔を赤くしていた。直後、誰が微笑みかけられたのかと喧嘩が始まる。アホかい。というか幼女に微笑まれて顔を赤くすんな。病気持ちかおまえら。
「首尾はうまくいったんでしょうね」
「『欠落』さんなら、大丈夫だろう」
ルナアークとエイリークがさらにやってくる。エミリーが来た時点で予測はできてた。
「聞いて驚き歓喜しろ。あの普通よりでかいイッカクでも、クラーケンには勝てそうもないみたいだぞ」
「どこに喜ぶ要素があるのよ……」
頭が痛そうにするルミナーク。あれー? 敵が強かったら嬉しくない? オラルドから聞いた話によると、こいつはいつも強い魔法を使うらしいから、ご同類かと思ったんだけどな。
「アレだけのイッカクが……。ということは、クラーケンというモンスターの方がイッカクより脅威だと考えた方が良いということですね?」
「そうとも言えない」
エイリークの疑問をバッサリ切ると、彼は頭に疑問符を浮かべていた。
「単純な能力だけでいうなら僅かにクラーケンが勝るかもしれないが、たぶんほぼ同格と見ていいはずだ。イッカクは攻撃に長け、クラーケンは防御に長ける。イッカクは俺が追い立てたのもあって、疲弊していたはずだしな」
「たしかに……。俺たちの足で二日とはいえ、それなりの距離がある」
オラルドも頷き納得する。
まあ実際は、普通に戦り合えばあのイッカクが勝ってたはずだ。うん、正直、ハイになってやり過ぎたと思う。何発か直撃させた覚えもあるしな。一応、イッカクが高い耐性を持つ雷や氷、水属性で攻撃したんだが。単純に体力削り過ぎた……。
ただその分、イッカクは本気でクラーケンと戦っているはずだ。ドラゴンに追い掛けられていないにしても、逃げる先でクラーケンがいる。同格だからこそ、そして普段ならば勝てるだけのレベルを保有するイッカクだからこそ、クラーケンを回避することはできない。モンスターにだってプライドや心があるのは知っている。動物だってそうなのだからモンスターだって似たようなものである。
「おや、君が『欠落』か。なるほど、なるほど……僕のための御前立て、ご苦労!」
ん? なんだ? 名前を呼ばれた気がするが、人が多過ぎてどこから聞こえたのかわからない。まあいいか。話したいなら自分から近付いてくるだろう。無視無視。こっちもこっちで忙しいのだ。
「それでオラルド、人員の方はどうなってる?」
「え? あ、ああ、おう……。近接組の数は少し足りないかもしれないが、『魔法使い』と『付与術士』の数は揃えたぜ。『守護者』は半分くらいだな……悪い」
「おい、何無視してる」
「いや、十分だろ。俺が動かなくていい要求数だったわけだし。まあ足りないならしょうがねえ、俺も働くか……働くのかぁ……」
「おめーが働かないこと前提の数だったのかよ!」
「貴様! 『欠落』とかいう無名の『勇者』がこの『銀翼』を無視するなっ!」
なんだよさっきからうるせえなあ。
大声を発されたことで、ようやく声の主の場所がわかった。船内部へ続く階段部分にいたようだ。そんなんわかるか。人に埋もれてるじゃねえか。
人々が左右に避け、道ができる。そうして「銀翼の勇者」を名乗る男は機嫌を直したようで、悠然とこちらに近付いて来た。
「僕を無視しようなどとは不敬極まりないが、まあ許そう! 僕の器の広さを喜び給え」
何言っちゃってんのコイツ? イッちゃってんの?
『あ、マスター! 聞いてヨ聞いてヨ、コイツさあ!』
そこへエミリーが念話で話し掛けてくる。ほうほう、なるほど。そんなけしからんことしていやがったのか。俺だってこの作戦のためとルミナークへの苛立ちで夜出歩くの我慢したのに? 許せんな。女性陣を慰めるのは俺の役目だったはずだ。むしろ俺以外に託せる男などいるものか。
「おまえ、うるさい。ちょっと黙れ」
「は――はっ!? き、君は今、僕にうるさいと言ったか!?」
「銀翼」を無視してその後ろにいる三人の女性を見る。三人は自分たちのリーダーの言動に「またか」という顔をしているが、続いて実力を窺うように俺を見ている。
「何を見て……ああ、僕の仲間か。ふん、思わず目が行ってしまうのも仕方な――」
「そいやぁっ!」
「うわああああああっっ!?」
男の胸ぐらを掴み、そのまま放り投げる。放物線を描いて集まった冒険者たちの頭の上を飛び越え、少ししてバシャーン、と良い音がした。
「ふう、良い仕事した」
「………………気持ちはわかるけど、戦力減らすようなことしてんじゃないわよ! 気持ちはわかるけどっ!」
「誰か! 縄を投げてやれっ! あれでも『勇者』だ! 貴重な戦力だぞ!」
ルミナークが俺に突っ込んできて、オラルドが周りの者に「銀翼」を助けるよう慌てて叫んだ。それからオラルドも、当然「銀翼」の仲間たちも俺を睨んでくる。
「ふん。俺以外の『勇者』なんぞ必要ないわ。今回の作戦で『勇者』は正直足手まといでしかないからな」
下手に焦って魔法なんぞ撃とうものなら転覆してしまう。ソフィアを見ていても思ったのだが、随分とスキルに頼っているやつらの多いこと多いこと。魔法どころかパッシブスキル以外のスキル――アクティブスキルやリアクティブスキル――が使えなくなるダンジョンとか、知らないんだろうな。
自分の剣の腕もしっかり磨いた「勇者」ならともかく、普段のノリでスキルを使いかねん「勇者」は邪魔でしかない。特に「勇者」の魔法は強力なものが多いから、基本戦術に組み込んでいる者が多いはずだ。
「ぎざ、ぎざぎざぎざまああっ!」
そこへ救出された「銀翼」が帰ってきた。予定外の水浴び兼鎧の重さで沈む恐怖と戦ったからだろう、全身ガチガチと震えている。なので、良い笑顔を向けてやった。
「身体拭いて着替えてこいよ、風邪引くぜ? これが俺の器の広さだ。喜べ」
「アンタの器なんてコップ一杯くらい分しかないでしょ……」
もうちょっとあるはず。コップ二杯分くらいはある。下手すると海くらいある。
「ぼ、僕を相手にこの狼藉……許さん、許さんぞ貴さ――へっくしゅ!」
「風邪引くし、連れてってやれよ。こいつ、おまえらのリーダーだろ?」
「あ、ああ……」
先頭にいた「魔法使い」風の装備をした女に告げる。その後ろにいた女二人が前に出て「銀翼」を連れていった。どうも、この副リーダーっぽい「魔法使い」はこの場に残るようだ。
「どのようなことになっているのか、簡潔に説明を願えるか」
「クラーケンとイッカクが交戦。イッカク不利。クラーケンちょっと疲れちゃった。以上!」
「簡潔過ぎる! なんだ!? おまえたちはこんな男を作戦の中心軸に据えているのか!?」
えー、失礼なー。これ以上なくわかりやすく簡潔にまとめたのに。
まあこんなのはどうでもいい。俺の立てたビューティフルでスマートかつクールな作戦を詰めよう。まさに「欠落」の名に恥じない作戦にだ。
「とりあえず、『守護者』の半数は船の護りだ。『付与術士』も同様だが、後で俺のとこに集めてくれ。人によって付与させる魔法が違う。んで残り半数の『守護者』は『魔法使い』たちの護衛。『魔法使い』たちは必死でクラーケンに魔法連射。他の近接組はクラーケンの触手で船を壊されないよう、それぞれ持ち場に移動して戦闘。そんな感じか」
オラルドに簡単な説明をし、それを全体に伝えるよう言っておく。それから俺はメイとエミリーを連れ、船首側へ移動した。
「おお、やっとるやっとる」
「ご主人様、あの魔具貸して欲しいですー」
「チビるなよ?」
「……忘れてたです。やっぱりいいのです」
『というか、何でこの距離から魔具なしで見えるの? マスターの視力ってどんなの?』
「ドラゴンには敵わないくらい」
『当たり前すぎない!?』
イッカクとクラーケンの攻防を見守る。あちらからすれば、こちらはまだ海上に浮かんだ豆くらいだろう。当然こちらからも似たようなものなのだが、連中はでかいのでよく見える。イッカクの電撃でばしばし光ってるし。
「エミリーはメイに付いてろよ? 攻撃はしなくていいが、メイだけは本気で守れ。俺は今回、船首や船尾に駆けずり回ることになるだろうからな」
『オッケー!』
「メイはどうすればよいです?」
「クラーケンの能力をひたすら下げ続けろ」
それ以外おまえにできることはない。あ、いや、あるか。
「あと、範囲をできる限り小さくさせて、船に取り付いてきた触手を固定させるんだ。そうすることで近接組でもしっかりダメージを与え続けられる」
「わかったのです!」
「見付けました。我々はどうすればいいんですか?」
声を掛けられ、振り向く。そこには先程の「銀翼」パーティにいた一人の女性と、他にも数名がいた。
どういう数を言っていたかは忘れたが、俺が以前にオラルドに伝えた数と同じくらいいるから、それで合っているのだろう。「守護者」が半数しかいないから、そこは俺が穴埋めだな。少し面倒だなと思うが、穴埋めという単語を意味深に考えることで無理矢理気力を絞り出す。
「そうだな……」
すかさず義眼のスキルを発動させ、集まった者たちのレベルを確認する。スキルまで見ようと思えば時間がかかるため、そちらは諦める。誰も死にたくないだろうし、聞けば答えてくれるだろう。総力戦であることは理解しているはずだ。
集まった「付与術士」は六人。一番レベルが高いのが「銀翼」にいたサリーという女だった。一一九レベル。他は一〇〇レベル超えが一人と、あとは八〇後半から九〇前半くらい。まあ作戦を立ててから決行までの時間を考えると、よくぞこの短期間でこれだけの高レベル冒険者を集めたものだなと感心する。
「まず大前提として、この船を壊されるわけにはいかない。『守護者』にも付与してもらう予定だけど、人数も揃わなかったみたいだし、不安が残る。一人二人はそっちに回ってもらう」
「一度付与すれば、スキルが解除されるまでは他の魔法も使えるけれど?」
サリーが訊ねてくる。ま、当然の疑問ではあるか。手が空いた者を放置させておくのは愚策でしかない。が、仕方ないことでもあった。
「クラーケン相手じゃ、手空きの時間はまずないよ。むしろ魔力が枯渇してからが問題だな。〈回復速度上昇〉とか〈急速回復〉とかのスキルはあるか?」
皆が疑問を抱えつつ、とりあえず質問に答えていく。サリーは当然持っていて、もう一人も持っているが、他はないみたいだ。おおよそ一〇〇レベルを超えた辺りから、本格的に長く戦闘を維持できるようなスキルが修得でき始めるからな。また、ロールのランクアップもたいていその辺りからなのも影響しているだろう。
「クラーケンは厄介だ。でかさや耐久力も厄介だがそれ以上に、スミがヤバい」
「スミ?」
わかっていないようだから、説明する。アレは「付与術士」泣かせだ。
付与系魔法はスキルの効果時間が切れるか、術者が解除するか、何らかのスキルによって解除されるかによって効果を失う。同じ魔法を上から重ね掛けするのにはスキルレベルを上げるか、そういったスキルを別途に修得する必要があった。
そしてクラーケンは付与系魔法を解除するスキルを持つ。そう、でかいイカの形をしているだけあってイカスミである。魔法をうまく扱えないモンスターだから、スミにスキルを乗せることで効果を発動させているのだろう。〈付与解除〉と呼ばれるスキルで、モンスターの中には〈剥がし〉とかいうスキルに同じ効果が内包されていたりする。
体力が二割を切って〈死の拒絶〉が発動してからは常にイカスミをばらまきながら戦ってくるといってもいい。終盤なだけあってこちらも疲弊し、まず万全の状態でいる者はいないだろう。そこをどれだけ耐えられるか、一気呵成に攻められるかが問題だ。それより前に逃げてくれたら話は早いのだが、それを期待するのも愚策だろう。やるなら勝つ気でいかなければ。
「船の耐久力を上げる付与が二名。そして三名で転覆などバランスを崩さないようにする付与も要る。そして一人……あんたは遊撃だな。他のメンバーを見て、付与が切れていたりしたらすかさず掛け直してくれ」
レベルが最も高いサリーには遊撃を依頼する。理解した様子でうなずき、他の者たちもやることを限定されたからか、少しホッとしたようだ。
「…………」
考えが甘い。やることを限定したというより、彼らの実力ではそれくらいでないと使い用がなかったというのが正解なのだ。ホッとするよりも悔しがって欲しかったところだ。今そのことを指摘して士気を下げるのは愚策なので、言わないでおくが。
集まっていた「付与術士」たちがそれぞれで保有するスキルの相談をしながら、各自の持ち場へ離れていく。彼らから視線を切り、再度遠くで争いを繰り広げている二体のモンスターを注視した。
『……マスター?』
「ご主人様……?」
エミリーとメイが俺の雰囲気の変化を察したようで話し掛けてくるが、特に返事はしないで黙っておく。
——ヤバいな。随分キてるじゃないか、俺。もう「英雄」じゃないんだ。落ち着け。
イッカクを追い立てるために下位魔法ではあるが、全力を出したのが問題だったか。上位魔法を制限して使うのと、下位魔法を制限せずに使うのとでは、感覚がまるで違う。
心臓が鼓動を早めた。脈打つ血潮と共に魔力が奔る。それに伴い、興奮がまだ冷めていない。
あの「勇者」に苛立って即座に行動へ移したのもそのためだ。
「欠落」になって時間が経ったといっても、まだそこまで経っていない。
それに対して「英雄」として活動していた時間は何年だろうか。そうなるべく育てられた期間を含めると、俺のこれまでの人生すべてであったともいえるかもしれない。
悪魔との呪いとはまた別に――それは呪縛のように俺の心を鎖で捕らえ、がんじがらめにしている。
敵だ。アレは敵だ。自分を、仲間を、人々を殺すに足るバケモノだ。
殺せ。敵は殺せ。そして安寧を取り戻せ。
この身はそのためだけに作られた。人類の造り出した至高の一振り。
魔王という天災級の命にすら届く白銀の牙。
下等種族たる人間の最後の希望。
「…………そういうのは、もう、いいって決めただろう?」
自分へ言い聞かせるように、小さく呟く。
俺一人が希望であっても仕方がない。それは裏を返せば、俺がいないといけないということでしかない。
俺がどれだけ強かろうと、俺のまったく関与できない場所で人が襲われていたら助けることができない。当然だ。そんなことができる者がいるとすれば、それは神しかいない。
だから、「勇者」だ。俺と同じ領域に並び立つ可能性を持つ存在。
世界中の「勇者」たちが俺ほどでなくても、近しいだけの力を持つことができたなら、もっと助けられる人が増える。
それはきっと、長い旅路になる。
俺一人の寿命ではきっと届かないくらい先の話。なら、下地を整えるのが俺の役目だ。そして出来る限りスムーズに行動へ移せるようにバトンを渡す。
その未来をこの目で見られないのは惜しいが、仕方ないと割り切れた。
最初の一歩を踏み出す者がいなければ、道は生まれない。
そして始めの一歩を踏み出すことには勇気がいる。
ならばこそ、その先陣を切るのは「英雄の勇者」でしか有り得ない。
そのためにも……まずはあの角を手に入れる。呪いを解くために。




