3-8
ルゴンドの街はある種のお祭り騒ぎになっていた。というのも、最近冒険者ギルドで話題になっていたという意味では「白無垢」と同じである「勇者」が街に滞在していたからである。そして「白無垢」と違い、その「勇者」は男性であった。街の女性たちがそれを放っておくはずもなく、彼のパーティメンバーが代わりにギルド支部長や市長、自分たちより冒険者階級上位者である「戦斧」との話し合いをしていた。
なのだが。
「『銀翼』殿は今日もいないのか」
「すいません……」
ルゴンドに現れたのは「銀翼の勇者」。その一行で副リーダーともいうべき女性が頭を下げる。それに続き、他の「銀翼」メンバーも集まった面々へ頭を下げ出した。
エミリーはそんな面々を見て、不憫だなあと憐れむ。言動や形はどうあれ、自分がマスターと呼ぶ「勇者」は自分やメイを守ろうとしてくれる。それとは明らかに違うなと、直接「銀翼」と面識のないエミリーでもそう思えるくらいだった。ちなみに、「欠落」の意向ということで、エミリーはオラルドとルミナーク、エイリークを除いた面々には隠蔽魔法で身を隠している。
「銀翼の勇者」のパーティメンバーは三人。「魔法使い」のシルヴィア、「守護者」と「戦士」のアルヴィナ、「付与術師」のサリーだ。傍目の実力だけでは、この作戦に参加するには力不足なのではないかと少し危ぶむエミリーではあったが、オラルド曰く、功績を考えれば十分らしい。ロールは確かに優秀なものなので、エミリーも納得した。
何故「銀翼」が居ないのか。それは彼女たちが話を濁すため定かではないが、十中八九間違いない噂は既に街に拡まっている。
街の女性たちから誘われ、日中も、当然夜間も、そういった者たちの部屋で過ごしているという噂だ。何をしているのかなど、想像付かない者の方が少ないだろう。成人していて気付かないならピュアか馬鹿かの二択だ。
「……気に入らないわね。やっぱり男ってのは……」
ルミナークがそう小さく呟くのをエミリーは聞いた。それから少し悩み、ええいとばかりに意気込んで彼女へ念話を試みる。
『ハロー。聞こえる?』
「っっ!?」
『あ、変に声に出さないでネ? これが念話だから。頭の中で、しっかりワタシに伝えるつもりで考えてくれたらダイジョブヨ』
(……これ、で大丈夫?)
『オッケーオッケー。ばっちし』
エミリーからすれば普通の会話か筆談か程度の違いだ。ルミナークと魔力によるバイパスを繋げる作業も、意識すらせずに行える。だからこそ、「欠落」の言う魔力間バイパスの存在に気付かなかったのだが。
『それで、どう思う? 「銀翼」って、ロクでもない気がするワ!』
(少し、意外。あんな男に従っておいて、そんな普通の感性もあるのね)
『マスターと一緒にしないで欲しいわネ。あの魔法見たデショ? アレを見てまだ歯向かうんだから、アンタのこと、好きにはなれないケド、嫌いでもないのよネ。まあ、ワタシの場合はマスターが強過ぎるから、警戒して監視してるのがお仕事なワケ!』
(ああ、なるほど……。本心から協力してるわけじゃないってことね)
そういうわけでもないのだが、説明するのも面倒なのでそういうことでいいや、と判断するエミリーだった。
彼女個人としては、もはや魔王級の実力者である「欠落」に反抗する気持ちなど一切ない。というか、彼の正体が「英雄の勇者」その人だということも知っている。魔王級なのも当然だろう。今は当時よりレベルが随分下がっていると言っているが、では「強欲の魔王」を倒すときはどれだけ恐ろしい存在だったのかと身震いする。
それでも、当初思っていたよりよりも生活は随分と楽だ。「欠落」はああいう言動をするものの、自分たちの行動を無理矢理縛ろうとすることはあまりないし、ある場合は大抵納得できるだけの理由がある。つまり割と融通が利くところもあるのだ。
そういうこともあって、エミリーは存外今の生活を楽しんでさえいたくらい。食事が与えられないこともないし、与えられる食事は彼らが摂るものとほとんど同じであるのだ。監視役だと彼が察していることを踏まえれば、むしろ好待遇に近いだろう。
『それにしても、この状況で作戦会議にすら来ないってどーゆーコトなワケ!? 明日決行なのヨ!? 人間ってみんなこうなの?』
(ふざけないで。あんな唾棄すべき連中と一緒にされるだなんて迷惑よ。いえ、訴訟すら起こしたいくらい)
ルミナークの声は刺々しい。
『なるほど? ところで、あの日の続きだケド……なーんで、マスターをあんなに嫌うのヨ?』
(…………それは)
『聞きたい聞きたーい。ケド、話したくないなら別に話さなくてもイイのヨ?』
(へ? 聞きたいんじゃ……)
『だって、それはワタシの気持ちだモン。マスターは聞かなくてイイって言うだろーしネエ』
(それは……どうして? なんであんな男をそんな風に……)
『いやいや……アンタ、マスターの何を知って「あんな男」って言ってるんだか。まあ、マスターなら間違いなく、聞かない理由をこう言うわネ。「面倒だ」って』
(…………)
『マスターがアンタの事情を聞いてどうするかはわかんないケドさあ……聞いたら、協力するかしないかの二択が出てくるワケデショ? その判断すら「面倒だ」って言う人なのヨ、ウチのマスターは!』
だから余計にルミナークに苛立っていたのかと、自分で説明しながらエミリーは気付いた。「欠落」ならば苛ついた瞬間、即座に報復へ動く。それができないというフラストレーションもあり、余計に苛立っていたのだろう。
そしてそういったフラストレーションをモンスター相手に解消した後は余裕ができていた。それは逆説的に、ルミナーク個人に対してはそれほど苛ついていたわけではないということだ。
フラストレーションを生んだ原因がルミナークなのは揺るがないが、「欠落」が苛ついていた最大の理由はルミナーク個人ではなかったのである。普段なら取れるはずの行動が取れないということに苛ついていたのだ。爪を噛む癖がある者に対し、今日一日爪を噛むなと強いているようなものだろう。
『だから、話したくないなら別に話さなくてイイわヨ。……あ、話が進むみたい』
(……そうみたいね)
ルミナークはどこか沈痛とした表情を浮かべ、その後ろにいるエイリークは彼女のそんな雰囲気を敏感に察し、彼女を励まし始めた。おそらくは緊張していると思ったのだろう。それを見てエミリーは興味を失くし、話し合いの方へ意識を向ける。
「連絡次第、『欠落』殿がイッカクをクラーケンの元へ誘導する。我々は早朝を待って船で出立し、クラーケン退治へ向かう」
ギルド支部長がギルドホールへ集まった冒険者たちへ向かい、朗々と作戦の概要を説明していく。その途中で、「銀翼」メンバーであるシルヴィアが手を挙げた。
「一角鯨をクラーケンにぶつけるという話だが……どれほどの成功確率だ?」
「信用できない、と?」
「眉唾物の話だ。そもそも、一角鯨を誘導できるのであれば、クラーケンだって同様にして遠ざけることはできるのではないのか?」
それは他の誰にも否定する材料がなかった。支部長も市長も言われて初めて気付き、たしかにと頷いている。他の冒険者の面々もまだ小声であるにしろ、ざわめき始めた。
「『欠落の勇者』の力を知らないで、そういうことを言うのはやめてもらいたいわね」
『……エッ?』
ギルドホールに生まれた喧噪を断ち切るような魔法の言葉。鋭い声音には刃のような鈍色の光が含まれているように思えた。
自然、注目は一カ所に集まる。その視線はエミリーのものも含まれていた。
それも当然だ。彼女を知る者であればこそ、まさか「欠落」の擁護を彼女がするとは思わない。
「あなたは……その『欠落』とかいう聞いたこともない『勇者』を信用しているんだ?」
シルヴィアは異論を発してきたルミナークへ微笑を浮かべて訊ねる。
「全身の肌を削り落としたくなるような冗談はやめて」
「では、何故?」
シルヴィアは細い目をさらに細くし、今度はルミナークを睨むようにしてその真意を窺う。
「この目で見てしまったからよ。リーダーの『戦斧』も同意見」
「『戦斧』は近接役だろう? 魔法に関しては感覚も定かではないはずだ」
「おい。それはおれを軽んじてるってことでいいのか?」
さすがにここまで言われれば、オラルドも黙ってはいられない。
また、この場に集まった冒険者で「戦斧」に助けられた者は多い。ここに集まった冒険者たちはクエストの報酬に浮かれたというよりも、「戦斧」への恩返しという者が多かった。ゆえに、彼らもシルヴィアたち「銀翼」一行へさらに悪感情を募らせる。
サリーがびくつき、悪感情から仲間を守ろうとアルヴィナが無言で前へ出る。
「……失礼。少し言葉が悪くなった。けれど、言いたいことはわかってもらえると思う」
訂正するようにシルヴィアが告げる。それから彼女はルミナークを見た。見たというよりも、睨み付けるといった方が正確だろう。
「『勇者』が強いということなら、我々は嫌になるほど知っている。だが、それでも彼らの魔法があまりにも強過ぎる……と思ったことはないのだよ。私みたいな『魔法使い』からすると、余計にね」
「銀翼」のナンバーツーである「魔法使い」の言葉に、僅かに冒険者たちも不安の色を滲ませ出した。慌ててオラルドが治めようとするのをルミナークは止める。
「そう言われても、見てしまったものは仕方ないでしょう。悔しいし、ムカつくけど……『欠落』の強さだけは本物。その一点に掛けては信用していると言ってもいい」
突然のルミナークの心変わりに訝しんでいるのはオラルドやエイリークも同様だ。だが、彼らではこの場で訊ねることはできない。
なので、エミリーは念話で訊ねることにする。
『あれあれー? どうしちゃったのかしら、いきなり』
(変な茶々を入れないで。自分で言っててさぶイボ立ってるんだから)
エミリーはにたりと嗤いながらルミナークを眺め、それから鋭利な瞳でシルヴィアを見る。
『最近有名になってきたって言ってたわネ。そんなに強いのかしら?』
(さあ? ただ、功績は確かだって言われてる。少なくとも、足手まといにはならないでしょう)
まるで仇を睨み合うような二人を制止するように支部長は大きく咳をし、場の空気を整え直す。それから全体を安心させるような太く低く、温かな声音で告げた。
「『欠落』殿の実力は間違いない。なにしろ『白無垢』が彼の奴隷であるのだ。主人たる彼は紛れもなく、彼女よりも強いだろう」
その一言で全冒険者たちが揺れる。
「白無垢」の話題は既にこの大陸の全冒険者ギルドで噂になっている。下手すると、隣り合う大陸のギルドにまで届いているのかと思うほどだ。
僅か二ヶ月で黄金階級へ到った新米冒険者。ドラゴンを単独で退治した者。
だからこそ、それだけの力を持ちながら、奴隷であるという話が際立つ。
それならその主人はどれだけ強いのか——「白無垢」の話を聞けば聞く程、皆がその疑問を抱く。疑問は次に「本当に強いのか?」というものへとも変化する。
その疑念を断ち切るかのように、ギルドの支部長ほどの立場にいる存在が「強い」と断言した。それによって他の冒険者たちは少しホッとする。あるいは納得する。
「しかし……奴隷である『白無垢』にすべてを任せ、主人たる『欠落』は何をしていたというのですか?」
だが、シルヴィアはなおも食らい付く。まるで認めたくないと言うかのようでもあった。
『なーんか、ちょっと前のアンタみたいネ』
(やめて。……客観的に見ると、そうなのね。自分でも嫌になるわ……)
しかし、それは他の冒険者たちもそうだろう。シルヴィアが特別強固に反対しているわけではない。いってしまえば彼女は、全員が言わないでいた不安要素を言葉にしているだけなのだ。誰も、直接「欠落」の実力を見たわけではないのだから。
支部長の言葉で納得できる者もいる。ただ、そういった者は支部長の判断力がどの程度優れているか知っている者だけだ。一介の冒険者たちでは納得できない話でもある。
自分たちが鎬を削り、命も削り、少しずつやっとの思いで積み上げてきた階梯を一息で飛び越して行った新人冒険者。そんなモノを、どうやって受け止めろというのか。
ましてや、それだけの力を持つ者よりも強い「勇者」など。
ただ、誰もがあることに気付いてもいる。
この世は決して平等ではない。そも、人間という種族自体、モンスターや魔族たちに比べて弱い種族なのだ。その時点で平等ではないのは歴然としている。
であるならば、同じ人間という種族の中でも、どうして平等などといえるだろう。
ロールという壁がある。複数のロールを保有している者もいれば、複数を併せ持った上位ロールの持ち主もいる。その時点で既に篩に掛けられており、さらには訓練環境やどんな仲間と巡り会わせるか。
決してこの世は平等ではない。個々人は与えられた選択肢の中で、できる限り最善だと思えるものを手に取って来ただけに過ぎない。
そういう意味では、ある意味、「勇者」というのは妥協してしまう一点でもあった。それだけの圧倒的な能力を持つロールなのだ。ゆえに、人は思う。「勇者」が相手なのなら仕方がない、と。
問題は、そんな「勇者」をよく知る「銀翼の勇者」一行の副リーダーが反対的な意見を述べていることなのだ。
「『欠落』を見たことないやつが信用できねえのは当たり前だ。誰だって、実力の疑わしいやつを信用しろったって、できやしねえ。自分の命が懸かってるなら尚更だ」
そんな不安を一蹴するため、オラルドが大きな声を上げる。
「だがな、そこはおれを信用して欲しい。やつは明らかにおれより強い。たぶん、おれと普通に剣で打ち合えて、その上で魔法も『魔法使い』が呆れるくらいのレベルで使えるんだ。断言するぜ。おれは『欠落』がいないなら、今回の作戦には乗らなかった。だが『欠落』がいるから、乗ったんだ。それにこの作戦はあいつの提案だ。なら、おれは信用しない理由がねえよ」
周りの者が驚愕に顔を歪める。
「戦斧」にここまで言わせる程の「欠落の勇者」とは一体何者なのか、と。
むしろ嘘だとしても、「英雄」と言われた方が気も楽になる。「欠落」という別の人物だからこそ、皆不安を覚えてしまうのだ。いくら「戦斧」がここまで言ったとしても、不安が消えないわけではない。
でも、不安が消えなかったわけでもない。
それだけの信頼を「戦斧」は勝ち得ている。それだけの実績と功績が彼にはある。
「あんたらも、どうかおれを信用しちゃくれないかね? 今回の作戦に『魔法使い』『守護者』『付与術師』はどうしても必要なんだ。それと、当然『勇者』もだな」
「……わかった。『戦斧』をここまで言わせるんだ。これ以上は口を慎もう」
シルヴィアが折れる。そして、彼女はルミナークへ目を向けた。今度はその視線に敵意などは含まれていない。
「あなたにも、悪かった。あとで、良ければ少し話をしないか。あなたが見た『欠落の勇者』の魔法がどれほどのものだったのか、聞きたい」
「別に話してもいいけれど、参考にならないわよ……」
『ワタシもそう思うー。そもそも、信じてくれないと思うのよネ』
そうして彼らもまた、作戦決行の時を待つ。
日の出が起こるとき。それが出立の時だ。
薄靄残る早朝の海を、船は音を立てて滑り出した。




