3-5
支部長はこの海域に存在する三大怪獣最後の一角の名を口にする。その名もイッカク。シャレではない。
イッカクというのは一角鯨のことである。ただただでかい鯨の頭に、巨体に見合うだけの立派な角をくっ付けたようなモンスターである。こいつもクラーケンやリヴァイアサンと同じく、海に棲息する大型モンスターだ。レベルも同じくらい。
ただイッカクがその二体と違うのは、体力こそ多いものの、防御力が非常に低いという点にある。攻撃特化のパーティで挑めば、他の二体よりも勝率は高い。
「どうして?」
「『欠落』殿ならばご承知かと思いますが、イッカクは攻撃範囲とその威力が桁違いなのです。クラーケンを倒すことは十分有り得ますが、それ以上に海の生態系が壊れてしまう可能性を憂慮すると、あまり取りたくない手段なのですよ」
ルゴンドの港からは貿易船だけが出ているわけではないらしい。普通に漁師も多く存在し、この街の収益に大きく貢献している。「漁師」のロールを持つ者がそうでない者を束ねて漁に出ることで、より効率化し、街の中での漁師という職の価値を高めていったのだという。先程の会議でも漁師長を名乗るやつがいたのはそのためだろう。ルゴンドの都においては防衛長と並ぶ権力者なのだそうだ。
「しかし、市長。このままでは貿易産業が死んでいくのも……この街の未来が途絶えてしまうのも確かではないですか?」
「……そうですね」
オラルドが市長を諌めようとする。
そう。ルゴンドは重要かつ重大な問題を抱えていた。それは長期的に見た場合、ルゴンドを死へ至らしめる問題でもある。
貿易関連の船乗りも漁師も、命の危険のある場へ身を投じるという意味では冒険者と同じである。そのため、彼らもまた冒険者ほどでないにせよ、レベルは高い傾向にある。そして高給取りということもあって、ルゴンドでは人気の職でもあるのだ。
そうして生まれてきた問題が、高齢化。
熟練した者は危険を直感して無理を冒さない。しかし、若い者は違う。欲に溺れることだってあるし、自分の力量を勘違いする者だって珍しくない。
ましてや先日の貿易船が沈められた事件もある。
つまり、人口に対して若い年代の比率があまりに少ないのである。それがエミリーの言っていた、この街の活気のなさに繋がっていた。
今回の貿易船ではアールグランド側の都と相談し、こちらで生活する若者を募集する予定だったという。その人数が少ない場合は奴隷を買うことすら計画に入っていたらしい。
奴隷たちには職選択の自由がない代わりに、こちらで普通に生活することが許される。家族を作ってもいいし、金が貯まって奴隷身分から自分自身を買い戻すことで、別の職に就くことだってできる。ルゴンドの若い衆では男が不足しているらしいから、結婚する相手に困るということはそこまでではないだろう。女たちからしても、自分たちより遥か歳上の男たちの子を産むよりは若い男との間で子を産みたいと思われる。男だって折角抱くなら若い女の方がいいものな。
「……あ」
そのとき、オラルドが間抜けな声を出した。何かに気付いた様子だった。
「おまえ、いいのか? あの奴隷を外に自由に歩かせて」
「メイのことか? あいつ『白無垢』だぞ? 別に問題ないだろ」
メイなら問題も起こさないだろうし。以前のようなことは可能性としてあるかもしれないが、今ではエミリーが付いているし心配ない。まあ、エミリーには隠蔽魔法で姿を消させているから、幼女が一人で歩いているようには見えるだろうが、襲ってくるヤツに反撃しないほど馬鹿ではないので問題なかろう。
「ああ、なるほど……。たしかに、問題かもしれませんな」
「そうだな。『白無垢』殿はその愛らしい容姿で各ギルド支部の受付嬢に人気だと言われているからな」
「?」
どういう疑問を抱いているんだ? なんで問題になるんだよ。
「……これまでの話、聞いてたな?」
ああ、と返す。どうもオラルドは真剣な様子だ。どういう話なのか想像も付かないな。
「逆に言えば、だ。この街の若い男たちは女に困ってないわけだ」
女は男に困っているみたいだけどな。実にけしから……可哀想な話である。今夜辺り、一人で外をほっつき歩こうかな。寂しく自分の身を自分で慰める婦女子の涙を拭ってやるのも、きっと「勇者」の務めだろう。いやー、「英雄」の名残が抜けてないわー。立派な「勇者」そのもので辛いわー。
「それで?」
「まあ……中には、どんな女を抱いたかってのがステータスになってる男たちもいるんだよ」
「勿論、そのような者は数少ないのですがね」
市長が慌てて訂正した。
「それでメイが狙われる、と? あいつガキンチョだぞ?」
色気なんてない。寸胴みたいな体型してる。そもそも魔族である。
「それが有り得るから、こうして心配して話してるんだろうがよ……」
「将来的に美人になる可能性があるということは、現時点でも容姿が優れているということでもありますからな」
ええ? ちょっと理解できない話だ。ちょっとというか、だいぶ理解できない。
「ガキで、馬鹿な、あのメイを?」
メイが喘いでいる姿を想像し――吐き気を催した。よし。あとであいつ殴ろう。
「……ま。俺としては、別にメイがよけりゃそれでいいけどな」
孕むのは問題だが。……あれ、メイが孕んだ場合ってどうなるんだ? ロックした貴族の少女の容姿が引き継がれるのか、それともドッペルゲンガーとしての魔族の血が遺伝されるのか。そもそも、魔族との間で子供ってできるのだろうか?
確かめたい気もするが、メイにそんな人体実験させるのも可哀想なのでやめておく。俺が抱く気もないし。どんな女にロックして化けたとしても、中身はメイなのである。欲情するわけがない。
そんなことを考えながら呟くと、他の面々はまた驚いた様子で俺を見た。
「おまえ……奴隷を買ったにしては、随分寛容なんだな」
「『魔術師』のロールに惹かれたようなもんだからな。実際は荷物持ちくらいしか役に立ってないけど。……ま、最近は俺の代わりにモンスターを倒せるようにはなったか」
「たしか『白無垢』殿は六六レベルで登録されていたな。しかし、ドラゴンを単独で退治したのだ。今ではもっとレベルも上がっているだろう。ステータスを更新しないのか?」
支部長の質問に対し、面倒の一言で切って捨てる。悪魔にまた書類を偽造してもらうのは面倒過ぎる。主に金銭的な意味で。
レベルは教会などでレベルアップの儀式を行わなければ上がらない。これは表示上の話でなく、ステータスという意味でもそうだ。ただ経験値だけは蓄えられるので、一気にレベルアップすることはある。また、一気にレベルアップするときの幅が大きければ大きいほど、ステータスへボーナスが発生する。知らんやつ多そうだし、色々教会から睨まれそうなのでバラさないが。
「お、黄金階級の冒険者がどれだけの戦力になると思っているのだ!?」
「俺の奴隷なんだから、俺がどう扱おうと勝手だろうがよ。そもそも、冒険者登録をしたのだって、素材を売れるようにするためだ。俺の行く先に関連するクエストがあるなら、ついでに受注してもいいってくらいの感覚だな」
「なん――き、貴様! それでも『勇者』か!? かの『英雄』殿を見習え!」
サーキスがその一言を言ってしまう。以前の俺なら殺気を飛ばすところだが、ソフィアとの会話でそこら辺は少しだけ寛容になった。少しだけだが。
こいつもまた「英雄信仰」に踊らされているのか。
「『勇者』だから人を救わなければいけない? 誰がそんなこと決めたんだ。勝手に周りがそう騒いでいるだけだろ。……俺にはそんな風に見られ、要求される『勇者』たちが哀れに思えてならないよ。それはある意味で呪いみたいなもんだ」
「な――」
サーキスが絶句する。市長も似たようなものだ。
しかし、冒険者としての経験がある……死の危険を理解しているオラルドや支部長は苦い顔をしつつも、否定しようという気配はないようだった。
「だから『英雄』は姿をくらましたんじゃないのか? そうでないなら、どうして姿を現さない? 本当に人を助けたいと思っているなら『英雄』として活動し、人々に希望を振り撒くことこそが重要なはずなのに」
「『英雄』殿にはきっと我々では想像もつかないようなことがあるのだ!」
まあ、そこは正解。方向性はまるで別だけどね。
「どっちでもいいさ。ただ『英雄』なら、自分以外の『勇者』にそういう行動を強いらせてしまったことを後悔するんじゃないかって、俺は思うけどね」
「く……」
さすがに今の一言にはサーキスも何も言えないだろう。
事実、後悔はしていないが、失敗したなあとは思っている。こんなことならもう少し俗っぽいところを出していても良かったな。祭り上げられてしまったから、そういう風にしようと判断したのだが……。ま、どうでもいい。判断するのは各「勇者」の自由だ。それを尊重するとしよう。
それより話を元に戻すべきだろう。
「脱線し過ぎたな。ともかく、メイであれば心配いらない。レベルも一〇〇は超えているからな」
「なるほど、それなら心配もいらないか。……ということはやはり、おまえのレベルも一〇〇は超えているんだな」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ」
「実績という意味では何もやってないだろうが……」
まあね。
ただ、三〇〇レベルオーバーなんて言えるはずもない。二〇〇とすら言えない。オラルドと同じ程度だが、経験の差でこちらが上……くらいに誤解されると丁度いい。「勇者」特有のステータス補正もあることだしな。
先程サーキスを脅したときの動きもそうだが、実際に一〇〇レベルを悠に超えているということを理解したためか、支部長や市長は少しばかりホッとしたようだ。強力なロールを持つ人間で一〇〇レベルを超えているとなると、安堵するのも頷ける。今は少しでも戦力が欲しいだろうから。
「支部長……『太陽』は呼べないのですか?」
「それも考えたのだがな……最近、彼女はギルドに顔を出していないらしいのだ。最後に訪れた際に『修行する』と言っていたらしい」
へえ、そうなんだ。まあ俺から〈ハイパーラーニング〉で修得したスキルも多いだろうしな。それらをしっかり覚え、自分の戦い方に馴染ませるには結構な時間がかかるはずだし、妥当だろう。
「ただ……」
ん? 支部長は少しばかり笑みを見せた。多少翳りがあるのが気になるが。
「まだ確定はしていないが、他の『勇者』を呼べるかもしれない」
へえー、そうなんだ。
「レベルも、最近更新されたものでは一四四と強力だ。『欠落』殿に肩を並べるだけの力はあると思う」
そういうことにしときますか。軽く肩を竦めて否定しないでおく。言外の肯定だ。
「しかし『欠落』殿の話を聞く限りでは、彼も魔法は使えないと考えた方が良さそうだ。そういう意味では『戦士』ロールの者と同じ役割をしてもらうべきだろうな」
あ、しまった。そうなるか。
たしかに勇者ロールの魔法はすべて反動が最大値になっているが、反動は魔法の威力に応じて変化する。その際の倍率が最大値ということなのである。
一四四レベルの「勇者」だと使える魔法は上位くらいだろう。であるなら……ああ、ものによってはやはり転覆する可能性もあるか。槍系魔法の最上位である極槍はどれであっても転覆するはず。そいつのロールランクにもよるな。剛槍クラスなら、複合属性でない限りはたぶん平気。
さて、そのことについて言及するべきかしないべきか……。もし言及したら「じゃあおまえはどうなるの?」ってなるしな……。でもしないならしないで、後になって「あのときああ言ってたのはどういうこと?」ってなるし。あちらを立てればこちらが立たぬ。あちらもこちらもそちらに立てたいね。うまい言い訳ないかなあ。
「……反動、か。あいつ、〈反動軽減〉のスキル持っているのか?」
「ん? オラルド、どうかしたのか?」
「ああ、いや……。ウチのパーティに強力な新人がいるんだが、そいつは『魔法使い』なんだ。今回も結構な戦力になるとおれは思っていたんだが、今の話を聞いていると不安になってな。もしも〈反動軽減〉がないなら……」
「その場合は反動の低い魔法を使えばいいだけだろ? そう指示しろよ」
「それがなあ……あいつ戦闘のときは威力の高い魔法を撃つんだ。〈詠唱破棄〉のスキルを持っているからな」
へえ、そりゃ珍しい。〈詠唱破棄〉は魔法使いのロールをランクアップさせないと手に入らないはずだ。少なくとも銅、あるいは銀くらいか。黄金――つまり最上位――までランクアップしているとは考え難い。そこまで行くなら二〇〇レベルは超えているはずだ。
「そこは後になって聞けばいいだろ。船が転覆するかもしれないんだ。もし従わないのなら連れて行かなきゃいい。勿体ないけど」
「そうだな。そうするしかないか……」
しかし、疑問があるな。
「そこまでの実力者なのに、二つ名はないのか?」
ロールがランクアップするくらいのレベルの冒険者ならば二つ名があるはずだ。
「本人が拒否っててな。一応は教会でステータス書類を発行してもらい、更新してはいるんだが、詳しい内容は教えてもらえない」
「それでよく仲間にしたな……」
「それだけの実力があったからな。それに『聖騎士』と二人パーティを組んでいて、一緒に加入するって話だった。それだけの『魔法使い』に『聖騎士』だ。仲間にしないのも勿体ないだろう?」
たしかに。「聖騎士」も稀少なロールだ。回復系魔法を使えるようになるから戦闘継続力も高いしな。
そういうことも考えると、たしかに「太陽」を呼びたいとオラルドや支部長が思うのも当然だ。あのパーティには「聖騎士」「守護者」「舞踏家」のトリプルローラーであるアイリーンがいる。レベルもそこそこあるし、今回の作戦にはうってつけの人材だろう。
それに加えて「勇者」に並ぶ稀少ロールである「賢者」のメシアもいる。
アリアは残念だが、今回のような大型モンスターを相手にする場合はあまり戦力にならない。小型モンスターなら攻撃もできるが、大型相手だとアイテムを使う係が限界だ。
ただし彼女は「怪盗」ロールを持つため、もしもとあるスキルがあれば、魔法薬の効果を常に最大に引き上げることができる。そうなれば話は別である。「付与術師」や「魔術師」をアイテムの限りだが兼任できるので、重要な戦力となるだろう。ランクアップさえすれば、〈強奪〉というスキルを使えるようになる。これはスキルランクを上げることで、戦闘中に限り相手の〈スキル〉を一時的に奪えるのだ。使う使わないは別だが、スキルをひとつ封印できるのは大きい。
そういうこともあって「太陽」パーティは実にバランスが良いといえるだろう。低いレベルから高いレベルになっても、立ち回りを壊すことなくどんな相手でも戦っていけるようになる。
「そういえばおまえ……『太陽』に稽古付けたって言ってたな」
「まあな」
「…………本当、底の知れないやつだな。仲間に引き込めて良かったぜ」
一時的なもんだ、気にすんな。そんな働く気はないし。
さて、そろそろかな。心の中でタイミングを見計らう。
お膳立て通りに話は進んでいる。そろそろ、俺の持って行きたい方向へ話を向けさせるべきだろう。
タダ働きなど、誰がするものか。
難易度は上がるかもしれないが、俺にとって有利な状況へ話を転がさねば。
「そんで他の大型モンスターをクラーケンにぶつけるって話だが……俺はリヴァイアサンよりもイッカクの方がいいと思う」
告げる。
これまでの話し合いの甲斐もあって、俺の発言には説得力が持たされていた。それは俺に敵対心を抱くサーキスだってそうなのだ。
全員が黙り、こちらの話に傾聴している。
「リヴァイアサンの方が都合が良いかもしれないが、魔王のペットだろう? もしも俺たちが利用したとバレた場合のことを考えると、不安要素が大き過ぎる。俺は違うが、冒険者たちはいいだろう。けど、ルゴンドの人間たちはそうじゃない」
市長が渋い顔で頷いた。他の面々も理解しているようなので、一呼吸おいて話を続ける。
「なら、他に利用できるのはイッカクだけだ。確かに攻撃範囲は広いし攻撃力も高いが、ヤツは防御が低い。すべて都合が良いように転がった場合、クラーケンを痛めるだけ痛めつけた後で死んでるかもしれないだろ? 可能性も、ないわけじゃない」
まあ、そうなったら俺が困るんですけどね。
悪魔との契約解除に伴うアイテムのひとつがイッカクの角である。それもほとんど損傷を受けていないものが望ましいらしい。サルニア大陸でなくともイッカク自体は存在しているが、今回こういう話だったので丁度いい。そも、港のあるルゴンドに来たのだって、そのために船を出してもらうからだったのだ。話を聞いたら断られるだろうから、最悪船を奪う予定だった。そういう意味ではクラーケンに感謝か。
「生きていたとしても、クラーケン相手なら相当弱っているはず。先んじて仕留めてしまえばいいだけの話だろう」
「そう簡単に言うが、イッカクは馬鹿げた体力をしていると聞くぞ? 倒したやつの話じゃあ、海が一面流れ出た血で真っ赤に染まったっていうほどだ」
「そう。そこが重要だ」
「あん?」
にやり、と笑みを零す。
「イッカクは確かに大規模魔法で生態系を壊すかもしれない。けど、敢えて死骸を放置しておくことで、餌としてその場の環境回復に役立たせることができる。血液だって重要な栄養源になるだろ?」
市長は目から鱗とばかりの顔になった。支部長やオラルドはイッカクほどのモンスターを倒しておきながら、素材を持ち帰れないことに嫌な顔をしていたが。
連中は知らないだろうが、イッカクは凄まじく程度は弱いものの、回復系スキルを幾つも持つ。
人間などと違って、モンスターたちが会得するスキルというのはロール以外にその存在固有の技能だ。狼などであれば牙や爪を利用したスキルを会得するといった風に。
逆説的に言えば、イッカクの血には回復系の効果があるかもしれない。いや、実際のところ知らんけど。死骸を放置して余計に酷いことになるかもしらんけど。その責任を追咎される頃には俺はもうこの場にいないので問題ない。
ちゅーか、ぶっちゃけた話。俺としてはリヴァイアサンを利用してこの街が滅んだとしてもどうでもいいわけ。それだと話が拗れるからイッカクを利用しようぜと言っているだけなのだ。まあイッカクの角が欲しいのも確かなんだけど。
話を元に戻そう。
「まあ全部が全部採れないわけじゃないさ。持ち帰れないってだけだし、船上から取れる程度は取って帰ってもいいだろ。それでも十分過ぎるはずだ」
お、表情が少し良くなった。現金だな、おい。
「だから、先に報酬の話をさせてもらいたい」
市長、それから支部長へ視線を移す。
「俺が欲しいのイッカクの角だ」
「一番高価なやつじゃないか!」
うるさいぞオラルド。黙ってろ。
「どうせ一番戦力あるのは俺だろ。それに、今回のこの作戦を立てたのだって俺だ。それくらいの報酬はもらえてもいいはずだ」
「まだ、イッカクを利用できるかどうかもわからないがね」
「そうだな。けど、それ以外に現実的な手段はないと思うぜ?」
これまでの話し合いでわかっているはずだ。クラーケンを倒すには、人間以外の第三者の協力者が要る。もちろん、敵の敵は味方理論なので、話し合いで協力させるわけじゃない。そも、モンスター相手に話し合いとか馬鹿げてる。
「それができないなら、この話はなしだ。俺は当然だが、メイも連れて行く」
「茶器の弁償はどうなるかね?」
「金で替えればいいんだろう? 考えてみなよ。ドラゴンを単独で撃退したメイが、あれより強くなってる。そして今度は俺もいる。ドラゴンを丸ごと渡せば十分だと思うが?」
「ド、ドラゴンを討伐するってのか!?」
オラルドは信じられないものを見る目で俺を上から下まで眺めた。そしてそれは彼が俺にこの場で一番レベルが近しいからこその驚愕だろう。オラルドも、たった二人でドラゴンを倒すのは無理だろうからな。というか、ドラゴンを倒す場合も今回と似たように大勢の人間がいてできることだ。普通なら。
俺の場合はドラゴンを見付けるのが最大の問題で、次の問題はそれを担いで持って来ることくらい。倒すのはどうでもいい。本気出せば一瞬で終わる。〈死の宣告〉を使えば傷すらできないしな。
「…………それだけの実力、なんだろうね。君の場合は」
「もちろん。クラーケンを前に、強過ぎるから相手ができないくらいにはね」
支部長は手を組み、悩み始めた。
「す、少しお待ち下さい! どうせこの者の言っていることなど嘘です! きっとうまいこと言ってこの場を去ろうとしているに決まっています!」
また騒ぎ出した。というか、その口振りの場合、俺を是非とも作戦に加入させたいみたいだぞ? 主張してることがめちゃくちゃだ。
そしてそのことは周りも思ったのだろう。またかとばかりの顔をしている。
「先程から……今日はどうしたのです、サーキス防衛長? きみの言っていることは支離滅裂です」
「そ、それ……は……」
言い淀む。しかし、それでも反抗心は微かに瞳に残っていた。反対しているが、その理由は言えないということか。
あ、ぴーんときた。わかった気がする。
悪人の考えることは予測できる。散々、様々な悪人に会って来たからな。俺が「英雄」だからといいように利用しようとして、無理難題を要求してくるのだ。聖人君子で通っている「英雄」がどうしたって? 二つ返事で受け入れたに決まっている。内心は真逆だったが。
ともあれ、そういった経験もあり、悪人には敏感だ。自分がサーキスになった気で考える。こいつにとっての現状のメリットデメリットを考え、そこから可能性の高いものを選び取る。
……これ、かな。
「そりゃ仕方ねえよな。今の街の状況じゃ、おまえさんモテモテだろう? どうにか問題を解決しなければならない。けど、この状況も悪くない。あんたさ、話し合いのテーブルに座る心構えがまずできてなかったんだ」
防衛長という権力者。そうでありながら、漁師長たちのように危険のある場へ赴く必要はなく、街に居られる。「騎士」というロールに、街で住む人間としてはそれなりのレベル。決して若いとはいえないが、老いてもいない。円熟してきた頃合いの歳で、性欲もまだまだあるだろう。
街の女は男日照りだ。だが、当然相手を選ぶ権利はある。その点、サーキスという男はちょうど良かったのかもしれない。歳は離れているが、このくらいなら別段珍しいわけでもないのだから。
「なんと……そんなことを!? そんなことを考えていたのか、サーキス!?」
市長がテーブルを両手で叩いて立ち上がり、激昂する。その怒りの矛先を向けられたサーキスは泡を喰って否定していた。
既に反抗心など消え去っていた。どうにかこの状況を鎮火させねばならない。その一心なのがありありと見て取れる。
「そ、そんなことありません! すべてこの男が――」
「では! どうして彼に対してそこまで否定的な態度を崩さないのだっ!」
怒りのあまり、市長も口調が崩れてきている。顔は真っ赤で、眼球も僅かに飛び出ていた。歳なんだし、そのくらいにしておいた方がいいと思うよ。
「市長、少し聞きたいことがある」
「そんなこと後に……いや、あなたの言葉でしたら……何かあるのですか?」
市長は我に返ったようで、まだ鼻息は荒いが、肩を怒らせながら席に戻る。サーキスは狼狽した様子でハンカチを取り出し、びっしょり掻いた冷や汗を拭っていた。すぐにハンカチは色濃くなってしまう。
そんなんでいいのか? ハンカチじゃなくタオルが必要なんじゃないの?
おそらくは正解だろう予想を話した後、サーキスがどんな表情を浮かべるのか想像するだけで嗤いが込み上げてきた。
「若い男が女を抱く。メイの話を聞いて思ったが、乱暴する男もいるみたいだな?」
「ええ、恥ずかしい話ながら……。ですが、ごく一部ですよ?」
「みたいだな。……あんたに届いた報告が、本当にそれですべてなのであれば」
「な、ま……まさか……」
再度、市長の目がサーキスに向けられた。
しかし先程と違うのは、今度は怒りでなく、明確な殺意が込められているということ。
「治安の方はどうなんだ?」
「治安……ですか?」
「だってさ、女に乱暴働くような男どもが、どうして他に悪事を働いていないって言えるんだよ?」
ハッとした様子で市長はサーキスを睨むのを止め、これまでの報告を脳裏で思い返す。それから若干青ざめ、震える口調で告げてきた。
「か、変わりません……。あるには、ありますが……普段と、変わりはない、と……」
「ハッ。そりゃあおかしい話じゃないか! 乱暴を働く男がいる時点で変わってるだろ。ならアレか? そういうことが起こる一方で、それ以外の悪事は逆に件数が減ってるってことか? そんなことが本当に起こり得るのか?」
「…………至急、調査した方がよろしいですね。支部長、もはや私はこの者を……いえ、ルゴンドの防衛職に就く者を信用できません。お恥ずかしい話ですが、依頼を出してもよろしいですか?」
「そうだな。我々も冒険者であり、一時的とはいえ、この街の民だ。至急調査する必要があるだろう。すぐにクエストとして貼り出させてもらう」
「ぁ、か、は……ぁ、う……」
サーキスの顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。口をぱくぱくしながら、酸欠の魚のような形相になっている。ああ、ほらほら。やっぱり、そんなハンカチじゃ冷や汗は拭い切れないじゃないか。
「……おまえ、どうしてそんなことまで頭が回るんだ?」
「人の悪意ってやつには敏感でね。一人で旅をしてると、どうしてもそういうことまで考えが及ばないと危なかったってだけだよ」
おそらく、防衛長とならず者たちはグルだ。しかし、治安が悪化していないのは恐らく真実であるように思う。現実として治安が悪化しているのであれば、噂としてそういった話が広まっていないとおかしいからだ。人の口に戸は立てられないのだから。
では、暴漢が増加しているというのに、他の犯罪発生率が下がっているのはどういうわけか?
治安を悪化させないことにより、防衛長はその任をきちんと務め果たしていると周囲から認識されるはずだ。そして悪事を起こさないよう、そういった者たちには裏で金を渡したりと何らかの取引をしていたのだろう。そういったメリットがなければ、ならず者たちがサーキスの命令に従う理由はないからだ。
なら、捕まっている犯罪者たちはどういった存在なのか?
単純な話。調子に乗って過剰な要求をしてくる者がいた場合――罪は発覚する。
防衛長自身が協力者であり黒幕なため、裁判でどんなことを言っても意味はない。すべて握り潰せる。
また、そういった者たちを裏でこっそり処理することによって経験値が溜まり、レベルアップしたのだとすれば……街という安全な場所に居ながらにして三〇レベルを超えられたとも考えられる。
これまで俺が出会って来た悪人の中では中の上くらいの悪人だな。いやあ、欲ってやつは身を滅ぼすね。くわばらくわばら。
そりゃあ「英雄信仰」もしようというものだ。それを謳うことで評価も上がるだろうしな? なんせ「強欲」を討ち滅ぼした救世の「英雄」様を讃えるのだから、周りも首肯するしかない。サーキスの言に疑問を抱かない者が出ないはずもないが、「英雄信仰」を謳うからこそ、自分の気のせいだと処理してしまうのだろう。
「ちょうどいいな! クラーケン相手にするときこいつ連れて行こうぜ。クラーケンの気を引くためにこいつ投げ捨てよう!」
「お、お待ちを! それだけは! それだけはあっ!!」
おやおやぁん? さっきまでの態度はどうしちゃったのかな? いやに殊勝な態度じゃないか、ええ? さっきみたいな言動でもこちらは一向に構わんのだよ?
「もう視界に入れておくことさえ汚らわしい! 即座に牢獄に……いや、防衛職員はもはや傀儡と思った方がいいか……」
「そういうことならば、ギルドの内で抑えておこう」
「よろしいのですか?」
「このような巨悪を見過ごして今まで会議をしてきたかと思うと、儂も責任を感じてしまってな。歳ということやもしれんな……」
「そのようなこと……」
あーっはっは! 正義は勝つ! いやあ、気持ちいいなあ、オイ!
「おい『欠落』? 機嫌良くなってるところ悪いが、別にクラーケン退治の話が好転したわけじゃねえからな?」
隣でオグルドが水を差してくる。んなこたあわかっとるわい。
というか、実際、別に俺にこんな問題話さなきゃ良かったのに。そしたらイッカクを倒した後にクラーケン見付けて、ついでだからと一撃で薙ぎ払っておいたのに。〈空中歩行〉で宙空から魔法を放つ分には反動なんて考える必要もないのだから。
まあ、そんなこと知る由もないだろうから仕方ないのだが。俺の本当の実力も知らないわけだし。……本当にルゴンドが平和を迎える最良の手段は、俺に何も話さないことだったのかもしれない。もう後の祭り。
「とりあえず、ウチのその新人たちと会ってけよ。夕食のときにでもどうだ?」
「奢りか?」
「……ま、誘った手前は奢りだな。しゃあねえさ」
よし、金が浮いた。
けれど、ふと何か忘れていることに気付いた。……あ、エミリーか。隠蔽魔法を使っているからか、俺の意識すらも消え去ってしまっていたようだ。影の薄いやつめ。いやあ、これは困ったやつだな。あとで叱っておくか。
隠蔽魔法にそんな効果はないけれども、エミリーが悪い。俺は悪くない。ついさっき、俺が正義だと証明されたはずだ。正義がやれば、何をやっても正義なのである。俺が、俺こそが正義なのだ。
「専用の個室がいいな。他の誰も視界に入らない場所」
「……何かあるのか?」
「いや、別に俺はいいんだけど、騒ぎになるのも面倒だからな。限られたメンバーにしか知らせない方がいいと思って」
たぶん、俺たちだけ食べてるとエミリーは騒ぎ出すはず。それも面倒だから、個室にしてもらって、姿を出させればいい。それで簡単に、納得できるような作り話をすればいいだろう。
「ちくしょう。それだと高くなるだろうが……」
「そうでもないと、夕食は別になるぜ?」
他の街の食事のように、こっそりと机の下に皿を置くような真似はできないだろうし。
「わーったよ。そんで、おまえ、宿は決めてんのか?」
「や、まだだな」
「それじゃ紹介しといてやるよ。付いてこい」
「あいよ」
あ、メイと合流せにゃならんのか。まあいいや。腹が減ったらギルドに来るだろう。受付嬢に言伝を頼めばいい。宿の名前と場所はオラルドに告げてもらう。
ついでに夕食後のことを考えると笑みが零れる。
ルゴンドの未亡人やら何やらを慰めるという大役があるのだから。




