3-4
「ってことはつまり、『白無垢』は奴隷になった後にできた二つ名ってことか?」
「時系列追っていけばわかるだろ? 最近注目の的なんだから」
会議室での話し合いを終え、俺はオラルドに連れられてその隣の部屋にいた。
こちらは応接室のようだが、三階まであるギルドらしく、中の様相は立派だ。普通の冒険者ギルドというと二階建てなので、三階建てということはそれだけ依頼が多くあり、冒険者も多く、よって金が流れ込むということだ。
ソファはモンスター素材の革張りだし、室内の調度品も大人しいながらもよく見れば美麗かつ精緻な作りだとわかる。どこがどう立派なのかまではわからないものの「英雄」として様々な権力者の部屋などに案内された経験があるため、それが良い物か悪い物かくらいはわかる。真贋を区別しろといわれたら厳しいけれども。端的に言ってしまうと、金目のものは判断できるということ。
オラルドが真っ先に下座に座った。対面に座ろうとすると、おまえはおれの隣だと言われて戦慄したが、この後でギルド支部長と市長がくるらしい。その二人が上座ということだ。俺を自分よりは上の場所に座らせようとしている心遣いは感じるので、黙って従っておく。別に崇め奉れと他者に要求するほど俺は傲慢ではないのだ。いやむしろ謙虚だ。俺より謙虚なやつなどこの世にいないだろう。誰か褒めてもいいぞ。
少しして、職員の一人がお茶を持ってきてくれた。器も凝ってるな。
ソファの前で上座と下座を分かつテーブルは黒曜樹から作られたものだろう。継ぎ目の類が一切ないので、ひょっとすると一本から削り出したのかもしれない。ただでさえ高い黒曜樹由来のものだ。そうなるとどこまで天井知らずの値段になるのだろう。少なくとも、このテーブルはメイより金銭的価値が高いに違いなかった。たぶんメイ五に……五匹分以上の価値はあるだろうな。
というのも、黒曜樹はとある超大型モンスターの背中にしか生えないのだ。そのモンスター自体は大人しい性格であるため危険は少ないが、それでもあの背中からこいつを伐採してくるのは並大抵の努力や実力ではできない。凄まじい実力と、気合いと根性と愛と勇気と血と汗と涙、そして根性が要るのである。
そのモンスターとはアース・エルダードラゴン。飛ぶことを忘れて翼を退化させた大人しい地属性の龍だ。近くから見れば動く山で、遠くから見れば遠近感が壊れるくらいクソでかい亀というのがわかりやすいイメージ。もっとわかりやすくいうと、山に手足と頭と尻尾が付いたもの。
他のエルダードラゴンと違って天災級モンスターではないが、災害級ではある。というのも、あまりに身体が巨体過ぎるため、ただ移動するだけで地震に津波に山崩れが起こり、下手すると国が踏み潰されてしまうからである。まあ近付いて来ているのがかなり前からわかるため、情報を得れば避難し、人的被害はほぼゼロに抑えられるのが救いといえるだろう。国は蹂躙されるのを覚悟しなければならないが、国家にとって最も大切なのは人なので、かなりマシな方だ。
その背中は広大かつ肥沃な大地となっており、そこでしか手に入れられない素材は沢山ある。黒曜樹もそのひとつ。硬く粘るため、木剣の芯をこいつにするだけでも結構な値段になる。完全に黒曜樹で作られた木剣など、それだけでも一線級の武器となる。鋼の剣を相手にしても、木剣が切れる前に鋼の剣が折れるくらいだ。その代わりに研ぎ直すということができないので、冒険者の武器としてはあまり使い勝手が良くないかもしれない。鈍器として使うのであればまるで問題ないだろうが。
机から目を離しお茶を飲もうと目を向ければ、差し出された器も凝っている……というより特殊なものだった。
まずカップに取手がないのである。そのまま直接持つわけだ。熱くないのかなとも思ったが、不思議と外まで熱は伝わってこない。しかし、口を近付けてみれば、中のお茶は熱々である。そして不思議な匂いがする。
「なんだ、これ?」
毒か? それはそれでパッシブスキルがあるから飲めるけど。客人に出すものじゃないよね。まあ常識的に考えて毒ではないだろうが。
そんな俺の問い掛けに対し、オラルドは「あれ? おまえでも知らないことってあるのか?」と心底意外そうな顔をした。
「別に俺は全知全能じゃないぞ。行ったことない大陸の方が多い」
「複数の大陸に行ったことあるってだけで、冒険者としてはごく一部なんだけどな」
「俺は冒険者じゃないからな」
「余計にレアだろ」
それもそうか。まあ真実を告げることはできない。
「それで、これってどういうものなんだ?」
お茶を持ってきた職員に訊ねてみた。「戦斧」を前にした緊張で少し強張っているように思えるが、それ以上に彼女の目には、「戦斧」を差し置いて彼より高い位の席に座っている俺をどう扱えばいいのだろうといった逡巡が見られた。気にしなくていいのに。俺がこんなおっさんより偉いのは当たり前だろ。この部屋の装飾品みたいに一目で高貴なのがわかるだろ? 溢れ出してるだろ?
「ええと……極東にある龍皇国の茶器です。その茶葉も、龍皇国製ですね」
「へえ! 龍皇国のものがここまで届くのか。そりゃあ、貿易を大事にしたいわけだ」
素直に驚くと、受付嬢は多少俺に親近感を得たのか、強張らせていた笑みを和らげた。
「こちらの特別応接室にご案内したお客様は皆、同じ反応をしていらっしゃいます」
「だろうね。龍皇国とか……どれだけ離れてるんだ……?」
「大陸も何個挟むのかわからないな。そういう意味じゃ、世界で一番多くの大陸を回ってるのは船員たちかもな」
オラルドの言葉に頷く。見知らぬ異国の地というのはワクワクするものだ。ましてや普通なら絶対に辿り着けないほど遠くなのである。それは少しばかり羨ましいな。まあ、いずれ訪れる予定なのだけれども。
「龍皇国といえば、ドラゴンどころかエルダードラゴンが普通に棲息してるって話だが……」
「ええ、噂通りであるようです。しかし、龍皇国のドラゴンたちは西方大陸のドラゴンと違って大人しいようですよ。なんでも、攻めたり逆鱗に触れない限りは不干渉でいるのが基本なのだそうです」
ほう、それは良い情報だ。呪いの解除によってレベルダウンが起こる以上、魔王級の実力を誇るエルダードラゴンとは当たりたくないからな。極東に位置する龍皇国はどうすればいいか悩んでいたのだが、これならあまり気にしなくてもいいかもしれない。俺が西から東に移動する都合上、その頃にはどこまでレベルダウンしてるかわからないし。
そんなことを考えているとはおくびにも出さず、お茶に入れる砂糖かミルクを探す。別にストレートでも飲めるが、金のあるところならそういう無駄遣いをしてもよかろう。
「あ、このお茶はストレートでお飲み下さい。砂糖やミルクもありますが、おそらく必要ないかと思われます」
ほう? ストレート前提ってことは新茶なのかな? いや、でも龍皇国からサルニア大陸だと普通に一年以上掛かると思うんだけど……新茶じゃない? 新古茶とでもいえばいいのだろうか。
どういうことだろうと思いながら口を付ける。カップの淵は分厚く丸く、普通のカップと違って口を開く角度を上げなければならなかった。それから黄色のお茶を飲もうとして、中心に茶葉が一本縦に浮いているのに気付いた。邪魔だな、これ。こんなもんが混ざってくるとか、今日の俺の運は悪いのかしら。
「……へえ、うまいな」
目を丸くする。少し甘みがある。ストレートで飲んでいるのだから、茶葉自体がそういったものなのだろう。甘いのはあまり得意じゃないが、こういった爽やかで控えめな甘さは悪くない。むしろ良い。是が非でも龍皇国に行きたくなってきたな。
「そんじゃ、気分が良くなったところで聞かせてもらおうか」
職員にお代わりを告げて退室してもらい、オラルドが訊ねてくる。本題に入ろうってことか。
「さっきはおまえ、口を抑えてたろ? 正直な話、どう思う?」
「無理だろ。クラーケンを海洋で追い払う? 寝ぼけるなら寝てからにしろって感じだ」
「だよなあ……」
無論、俺が全力を尽くせば追い払うどころか討伐も余裕だ。けど、それをやるつもりは毛頭ない。
クラーケンのレベルは平均的におおよそ二一〇前後。先日迷いの森で戦った魔人と似たようなものだが、種族差がある。ステータスは魔人でいう二四〇レベルくらいあるだろう。そうなると、俺も実力を完全に隠すというわけにはいかない。スキルや魔法だけなら出力を落とすことで誤摩化したりもできるが、普段の動きはまた別の話だ。あっし、か弱い人間なもので。
まして、クラーケンと戦うということは、敵にとって有利な海上での戦いになる。動き回にも制限のかかった船上で、こちらは船をも守りながら戦わなくてはならないのだ。クラーケンが大津波一発撃つだけで、実力とは無関係にすべてが終わってしまう。
「わかってると思うが、前にリヴァイアサンをやれたのは、俺たちが陸地で戦えるくらい近場まで来たからだ」
「ああ、それはわかってるんだがな……。あれと同じ作戦は取れないのか?」
リヴァイアサンが陸近くまで来たとはいっても、海の上なのに違いはない。魔法を主な武器とする「魔法使い」などは陸から、戦士系の近接組は小舟を何艘も並べ、一定間隔で縄で固定し、それによって海上でも近接戦闘を可能とした。もし船が壊されても、泳いで帰ることが可能と思われる距離だったし。鎧着てるやつは知らん。絶望に沈め。
「無理だな。遠過ぎる」
「……やっぱり、そう思うか。おれもそう思うんだがな……」
ん? どういうことだ? そう思っているなら、オラルドは何故俺にそのことを訊ねたのか。少し考えて、ああと理解に及ぶ。頭を抱えているところを見るに正解だろう。
そのことを確かめようとすると、扉が開かれた。ノックがないことを見るに、支部長と市長だろう。そちらを見ると、やはり正解だった。が、追加で一人いる。
「お待たせしましたかね」
「いや、別に。このお茶に舌鼓を打ってたところさ」
「ははは、そうだろうな。とっておきのものだから、ここぞというお客人に対してのみ奮発しようと決めているのだ」
朗らかに笑いながら支部長は悠然と最上段の上座へ座った。その隣へ市長。そしてテーブルの横の椅子にサーキスが座る。
「改めて自己紹介といこうか。儂は冒険者ギルド、ルゴンド支部支部長を任せられているホーネック・サンドという。儂もかつては冒険者だった。『聖騎士』のロールだ」
豊かな白髪を撫で付けた支部長が笑いながら告げる。
「私はルゴンドの都を治める市長のアルバストロス・ケイリーです。冒険者ではありませんが、『魔法使い』と『魔術師』のダブルローラーです」
市長が白いものの混じり出した口ひげを撫でながら喋る。
「魔法使い」と「魔術師」のダブルローラーって凄いな。それ実質「賢者」みたいなもんじゃん。
「私はケイリー市長からこの街の防衛長を任せられているシェルノ・サーキスだ。『騎士』のロールを収めている」
俺をいまだに苦々しく睨んでいるサーキスが言う。鬱陶しいなあ、もう。
サーキスは市長と支部長のことをよく知っているのだろうか。先程の会議では普通に警護だったが、今はそれを行っていない。俺に対してだからかもしれないけど。
「そんでおれが『戦斧』の二つ名を授かったオラルドだ。知ってるだろうがな。ロールは『戦士』と『ウォリアー』だ」
最後にオラルド。
ついでに、全員に対して義眼のスキルを発動しておいた。
支部長であるホーネックはかつて冒険者だと言っていたが、仕事が忙しいのか引退したからか、腹に肉が付いてきている。レベルダウンも起こったようで、五二。
市長のケイリーも同様だが、冒険者でないことを踏まえると思ったよりレベルが高い。なにせ三三もある。ちょっとした小型モンスターなら彼一人で複数まとめて対処できるはずだ。
そして問題児サーキス。レベル三四。もう前線で戦わない支部長と市長がレベル低かったりするのは仕方ないが、防衛長のおまえがレベル三四てどうなの? 『騎士』なんだから、もうちょっと上げとこうよ。
そう考えると、やはりオラルドは二つ名をもらうだけあり、一線級の実力者だな。一六四レベルは伊達じゃない。
レベルを覗き見するのはやめとして、今回の件に関して頭を働かせておく。
オラルドと俺は二人ともクラーケンの退治には否定派だ。無理なものは無理なのだ。だが支部長はともかく、市長たちからすると大問題なため、どうにか解決したい。そのためオラルドは胃の痛む思いをしているらしい。二つ名のせいで祭り上げられているところもあるので、あまり面と向かってはっきり「無理です」とは言えないのだろう。
そんなこと考えていると、横から「おい」と言われた。なに?
「いや、おまえの番だろ」
あ、そうか。俺も言わなきゃならんのか。普段こういうのはメイを前にして、俺は喋りたいことだけ喋ってるから忘れてた。
「名前はわけあって言えない。『欠落の勇者』だから二つ名で呼んでくれ」
「『欠落』……なんだ、その二つ名は! 本当に「勇者」なの――」
「黙れよ」
僅かに腰を浮かせ、横に立てかけていた剣を抜き、サーキスの首もとに突き付ける。鎧が守ってくれるとでも思っていたのか? 正面から斜めに刃先を入れれば問題ないぞ。
場が静まる。誰もが絶句していた。
いい加減、我慢するのも限界だ。そもそも、俺が我慢する筋合いはこれっぽっちもないのだが、それは市長たちの顔を立てたということでもある。
そも、先の会議室の段階で、サーキスは市長たちから怒られていたのだ。それでも反省しないというのは頭が空っぽだということ。つまりは獣同然。であるならば、殴って身体で覚えさせるしかない。それが有効だというのはメイで既に実証済みである。
サーキスとついでに他の面々も黙ったのでこれでいいだろうと剣を引こうとする……と、扉がノックされる。慌てて剣を仕舞おうとしたが、支部長がノックへ条件反射なのか「入りたまえ」と言ってしまう。
扉を開いて中に入ってきた職員が見たものは――ルゴンドの防衛長であるサーキスの首もとに剣を突き付けている俺の姿だ。
「キャアアアアアアアアッッ!?」
甲高い声で職員は叫び、お盆を落としてしまう。がしゃん、と音がしてさっきのお茶のカップが割れた。お茶も床に広がり、敷き詰められている絨毯に染み込まれていく。
「……困るな、『欠落』殿。アレは高価なのだよ? 君、弁償できるのかい?」
「待て。ちょっと待て。今のは俺のせいでなくそっちの職員のせいだろ?」
「しかし、彼女が慌てるのも無理ないと思うがね。そして口で返せばよいのに、それを怠って実力行使に出たのは君の早計な判断のせいだろう? 違うかい?」
ぐぎ、ぐぎぎぎぎと歯軋りする。一応、支部長の屁理屈は屁理屈なりに筋が通っているのは確かだ。否定できない。
問題児を連れて来たのはそっちだろと言おうと思ったが、コイツは街側の人間であり、冒険者ギルド側の人間ではない。ゆえに、その言い訳も不可能。
「……なるほど、支部長。それでサーキスを連れることを許可したのですか」
「こうなるのではないかと薄ら思っていたからな。それに、冒険者たちだけで撃退するのだとしても、防衛長自身がこの場で話を聞いていた方が、後々面倒がないと思ったのだ」
無言で剣を引き、鞘へ乱暴に突き入れる。その音で職員がまたびくりと肩を震わせた。無視し、どすんと音を立てて元いた場所に座る。隣でオラルドが声を押し殺しながら笑っていた。てめえ。
「はああ……あんたら、良い死に方しないと思うぞ?」
「構わんよ。既に数多の命を奪ってきた。モンスターにしろ、人間にしろ……な。君も一応『勇者』であるのならば、身に覚えはあるのではないかね?」
支部長の目が一瞬昏く染まる。そしてすぐに元に戻った。
「……そうだな。ありすぎるほど、ある」
「だろうなあ」
うるさいよ、オラルド。おまえだって経験あるだろ。
冒険者である以上、一度は必ずそういった経験があるはずだ。
救援要請のクエストを受注し、到着した頃にはもう間に合わなかったこと。間に合ったとしても、半数が死んでしまっていたこと。重傷で助からない者をこれ以上苦しめないために、速やかな死を与えたこと。
きっと、どんな冒険者にもある。
冒険者がその仕事を長続きできないのは死んでしまうという理由もあるが、こういった事情で心に病を抱えて引退する者が多いのも確かなのである。この点に関して、心が強い弱いなどは関係ない。どうしても無理な者は無理なのだ。心に耐性を持たせることができるかどうかの話になる。
「だから、儂は救えるかもしれない命であるなら、儂個人の良識が許す限りはどんな汚い手を使ってでも助けようとする。それが奪ってきた命への贖罪だと思うからね」
「そういうわけで、わざわざ高い茶器を用意したって?」
「単純にこの部屋へ招待するほどの客人にはそれ相応のものが必要という話の方が先だ。だが、そういう狙いがなかったわけでもないかな」
今、君がそうして座っているようにね、と支部長は続けた。
諦め、もう一度嘆息する。
——このジジイ、嫌いじゃない。
好きでもないが、嫌いでもない。そしてそれは俺の中で割と重要な判断要素でもある。
権力者の中には最後まで本心などを話さない者も多い。そしてそれは当然でもあるので俺も別段怒ったりはしない。だが、良い気がしないのも確かだ。むしろ隠し事をされて嫌な気がしない者などいないだろう。先の冒険者の心と同じく、それは耐性の有無の話だ。
その点、この支部長は内心を曝け出した。その方が俺が協力する可能性が高いと踏んだのだろう。悔しいことに、それは正解だった。
まあ悪人というわけでもなさそうだし、手のひらで踊ってやるのも一興か。俺の踊りをその手で制御できるかは微妙だがな。
「し、支部長! 市長! 私は反対です! この者は人の命を何とも思っていません。私にはわかります!」
なんだとう? こんな短い時間で俺の何がわかるってんだおいコラ。俺ほど人の命に関して心を砕いている者がどこにいるというんだ。殺してやろうか。
「サーキスさん。残念ですが、私は彼を引き入れるべきだと思いますね」
「そんな……『戦斧』殿!?」
裏切られたような目でオラルドを見るサーキス。けど、それ以外の面々は俺を引き入れる気満々だった。どうしておまえ程度の人間の反対意見が通ると思ったんだ、三四レベルの分際で。
「冷静に判断したまえ、サーキス。『戦斧』殿が太鼓判を捺すほどの人材なのだ。そもそも、クラーケンほどの強大なモンスターを相手にするのに、人格を考慮に入れるのはやめるべきだと私は思う。勿論、むやみやたらと人を殺して回る狂人であるというなら話は別だが、彼は違うだろう?」
支部長がサーキスを諭し、ついに折れた。折れる前に俺を睨んではいたが。本当にわかってんのかアーン? 人の話はきちんと聞かなきゃ駄目ですよ? メイみたいに人の話を聞いてないと張り飛ばすぞ。おかげでメイは俺が喋ると凄く真剣に話を聞く。すぐ忘れてしまうのが問題だが。
「決定だな。きみ、新しいお茶を頼む」
支部長に言われ、お盆に割れた茶器の破片を回収していた職員が頷いて出て行った。それを見計らい、本題に入ることになる。
「話は聞いてもらった通りだ。『戦斧』とも話したとは思うが、どうかね? 討伐ないし撃退は可能だと思うか?」
「無理。特に海の上ってのが問題だ」
それから俺は先程オラルドと話したときと同じことを告げる。どうも市長たちは以前にオラルドがリヴァイアサンを撃退したときのやり方を期待していたようだが、それも無理だと聞いて肩を落としていた。
「それよりはまだ、普通にでかい船を出して、そこに精鋭を集めた方が妥当だ。クラーケンは水と風属性の魔法を使う。火と雷の属性に長けた『魔法使い』を優先的に連れた方がいいだろうな」
近接組は船が壊されないようにクラーケンの攻撃から防衛。なので「守護者」がいるかどうかが大問題になる。「守護者」の持つ固有スキルによって船の防御力を引き上げられるし、高ランクであるなら津波への耐性を持たせることもできるからだ。
「そういう意味なら『付与術師』も悪くない。船に掛かりっきりになるだろうから、さらにその護衛の近接組も余計に必要になるけどな」
逆にいうなら「付与術師」や「守護者」がいないのであれば、この作戦はまず成功しない。
「レベルや人数はどれくらいだと思う?」
「クラーケンのレベルにもよる。だが、まあ……ううん。船の大きさもあるか。それがどれくらい大きいかにもよるんだが、『守護者』が最低でも十人。『付与術師』は五人ほど欲しいな。主にダメージは魔法で与えるんだから『魔法使い』とかはもっといる。三〇人いてもいいくらいか。あと近接組が適当に必要で、『魔法使い』の防御にも回す必要もある……」
俺が具体的な数を上げるほどに、どんどん場の空気が重くなっていった。「守護者」も「付与術師」もまた、「勇者」ほどではないが稀少なロールであるためだ。
でも、まだまだ絶望してもらうよー。
「できれば、全員レベルは一〇〇を超えていて欲しいところだ」
「無茶苦茶だ!」
サーキスが叫んだ。まあ、この件に関しては俺も怒らない。みんな内心では叫んでいるだろうし。
「一〇〇レベルを超えるのがどれだけ厳しいかわかっているのか!? そもそも、貴様の話を鵜呑みにするのも私は反対だ! こんな無茶苦茶な話を言い出すあたり、先程の話も信用できん! 信用できんやつを連れて行けるか!」
怒らないと言ったな、アレは嘘だ。いや、嘘ではなかったが、気が変わったというべきか。
溜め息を吐き、侮蔑の視線を向けた。サーキスはさらに罵倒しようとするが、それより早く俺は口を開く。
「無茶苦茶なのはクラーケンを退治するって言ってるおまえらの方だろう。だから、俺はそれに対して最低限戦えるだけの条件を並べていってるんだ。おまえらがやろうとしてることは、それくらい難しいってだけの話」
冒険者階級でいうなら最低で銀。黄金以上で固めたいくらいだ。黄金階級の冒険者であれば、レベルは一〇〇前後である可能性が高い。白金階級だと一五〇を超える。おそらくはオラルドも白金階級だろうと思って訊ねると、やはりそうだった。
いや、まあなに? 俺は別にいいんだけどね。だってクラーケンなんぞ倒しに行くの面倒だし。
元々そこまでなかったやる気が急降下するのを食い止めようと思ったのか、オラルドが口を開く。
「私も『欠落』の意見は妥当……いや、少ないくらいだと思いますがね」
「そこは、おまえとかが死に物狂いで働くと信じてるからだよ」
「……一応聞くが、おまえは?」
「メイに任せる」
鼻でもほじりながら寝てようかな。
「おまえも戦えよ?」
「ええ? だっておまえ、クラーケンとか剣届かないだろ。常識的に考えろよ」
俺が使う得物は片手剣だ。両手剣などよりリーチが短いのである。さすがにナイフほど短くはないけれども。
「『勇者』なんだから魔法があるだろうが!」
「俺の魔法は使えないよ」
「はあ?」
頭に疑問符を浮かべるオラルドと、その他。まあ仕方ない。説明してあげるとしましょう。俺は優しいからね。
「反動のこと考えてないだろ。〈反動軽減〉とか持ってたら話は別だが、俺はない」
魔法が強くなればなるほど、攻撃には反動が生まれる。剣は攻撃の前に振り被る必要性があり、それが隙になる。魔法の場合は撃った後に反動によって隙が生まれるのである。剣を振った後にも隙は生まれるが、それは技術次第でどうとでもできる。しかし、振り被る動作の隙は速度以外潰す方法がないのである。
そして「勇者」の放つ魔法はどれも強力である代わりに反動の値がほぼ最大だ。反動を利用すれば〈空中歩行〉を使わずに宙空を移動することもできるので、俺個人としてはそれほど困っていないが、こういうときは問題になる。
「『勇者』の魔法はどれも反動がでか過ぎて、船みたいにバランスが大事な乗り物だと使えない。クラーケンと戦ってるときに、味方の攻撃で転覆とか最悪だろ?」
実に笑えない冗談だ。もしそんなことするやつがいたら、俺なら殺す。
「俺のことはいざというときの切り札だと思ってもらえたらいい。戦力外で計算する方がいいぞ」
「既に状況は追い詰められてるから、切り札でもなんでも使いたいところなんだがね」
「そもそも、俺は会議室で話を聞いてたときから疑問に思ってたことがあるんだ」
支部長の言葉は無視する。そんな大勢の前で実力を一部とはいえ見せられるか。後々の面倒を考えると頭が痛くなってくる。メイの鳥頭をどうにかするだけで十分頭が痛いのだ。これ以上は堪えられない。
「市長」
「なんでしょうか?」
「船が沈没することがたまにあるのは理解した」
海域外からのモンスターによるものらしい。魔王たちも交易してるって話には割と本気で驚いたけどな。大陸が違えば文化も違うものである。その点「強欲」は欲しければ配下や自分がその場に行って根刮ぎ力づくで奪って行くから、交易なんてもの頭になかったのだろうが。……いや、あの頭の回転を考えると、一応アイデアとしては持っていただろう。それより奪った方が早いと考えただけだ。
別にクソ野郎のこと考える時間でもないな。忘れ去ろう。既に死んだ男の話だ。
「だが今回のように大型モンスターの手で沈没させられたこと、過去にないのか? あるのだとすれば、クラーケン以外の二体の情報も欲しいな」
「馬鹿、おまえ……リヴァイアサンは魔王のペットなんだぞ!?」
誰が倒すつったよ。というか、余計に状況悪くなるだろ、それ。
「利用できないかと思ってな。……なんで誰も思いつかない? 人間で戦うのが論外なやつ相手なんだから、それが可能なやつを引っ張ってくるのが妥当な作戦だろう?」
むしろどのようにしてそちらを利用するか、誘き出せるかを相談した方がよいはずだ。
俺が言いたいのはつまるところ、怪獣大決戦の舞台を作ろうぜってこと。そんで弱ったところを仕留めればいい。実に合理的でクールなアイデアだ。人間ってのは頭を働かせなければね。
「クラーケンだって、同格の敵がやって来たなら呑気にしてられないだろうし。実際に戦うことになったとしても、疲弊してるところを狙った方が勝率は上がるだろ?」
香を焚いてローパーを誘き出すのと似ている。こちらが不利なのであれば、有利な状況まで持ち込めば良いのである。どうして敵にとって有利な環境で戦わねばならないのか。ましてやクラーケンほどの大型モンスターだ。疲弊してるくらいでもハンデにはならないだろう。
全員が驚いた顔で俺を見ている。また職員が入ってきて、その光景に訝しみながらお茶を置いていった。うん、うまい。気に入りました。
「思いつかなかったな……」
「そうだ。その手段自体は普通に冒険者で儂もやっていたことだ……」
「三大モンスターという看板に恐怖を抱き過ぎていたかもしれませんな……。確かに、二体揃ったところで、モンスターたちが共謀して我々を襲うと決まったわけではありませんからね……」
三人が考え始めるが、サーキスは認められないとばかりに腕を組んで鼻を鳴らした。
「そんな方法なら私だって考えていたさ!」
「ほーん。じゃあ、何で言わなかったんだよ?」
「到底、そんなことができると思わなかったからに決まっているだろう! 常識はずれなやり方を思いつくのはいいが、実行する場合はどうする? それが定かではないから、確実な方法で倒すしかないのではないか!」
いや、船出して人間だけで倒すのも全然確実じゃないし。
「そのやり方を思いつくのがあんたである必要はないだろう? 他の人なら良いアイデアを思いつくかもしれない。この場で必要なのは、クラーケンを退治する方法としてより確実かつ安全な方法を提案することだ。あとはそれを煮詰めて取捨選択する。冒険者なら誰もが普通にやっていることだぞ?」
「その通りだ。現実的かどうかはともかく、そういった別の手段があるとわかっているかで、話は変わる」
支部長が深く頷いて俺の意見を肯定する。
そして、次に眉根に皺を寄せた。
「しかし……リヴァイアサンはともかく、イッカクを連れてくるのは問題だな」
支部長はその名を口にする。
クラーケン、リヴァイアサンに次ぐ、三体目の大型モンスターの名を。




