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「冒険者ギルドです?」
メイが疑問符を浮かべて訊ねてくる。
早朝。宿を出て朝食を簡単に済ませた後、どこに向かうか訊ねてきたメイに応えてやった。
「そうだ。これから金を手に入れるにも情報を得るにも、冒険者ギルドに登録するのは必要不可欠だ」
生きるだけなら動物を狩って食えばいいし、毛皮や骨を売ればいい。だが、それで手に入る金銭は非常に安い。それでは旅などできやしないのだ。
というのも、体力を回復させるポーションや武具の類は高いのである。そう、高いのである。
「なんで二回言ったんです?」
「大事なことだからだ」
悪魔との契約で俺は「英雄」の二つ名を失った。別にそれ自体はもはやどうでもいいのだが、問題はそれに伴い「英雄」を象徴する武具を没収されたのである。それを持っていたら一発で「英雄の勇者」だとバレてしまう類のものだ。
つまり、レアで優秀な装備である。おかげさまで、そこそこではあるものの、革の軽鎧と数打ちの剣しか俺はまともに装備していない。モンスターとの戦いはレベルの差でゴリ押しているようなものだ。
安い剣というのはいずれ折れてしまうのである。そもそも、錆びたり刃こぼれだってする。しょぼいものなら買い換えればいいが、それだって金がかかる。だからそこそこくらいのものを買っているが、今度はその代わりに整備のための費用がかかる。そこそこの剣だからそこそこの値段だが、動物の毛皮などでそう易々と補填できるだけの金額ではない。
「モンスターの素材を売ればいいんじゃないです?」
「だからこそ、冒険者ギルドに登録するんだよ」
動物と違い、魔物等の素材は特殊な加工や処理が必要なものが多い。そして特殊なだけあって、特殊な技術やスキルを必要とするものがある。そのため、モンスター素材は冒険者ギルド関連の店でないと売れないのである。餅は餅屋ということだ。
「ご主人様は登録してないんです?」
「登録してる」
「えっ? ならなんでなんです?」
「…………」
俺が登録しているのは「英雄の勇者」としての登録だ。悪魔との契約ゆえに、それは使えない。そして名前は同じである以上、そちらで登録するのも不可能。
「偽名じゃだめなんです?」
「それは俺も考えたんだが……メイもちょっと考えてみろよ」
「?」
小首を傾げ、サイドポニーが揺れる。衝動的にそれを掴み、ぐいぐいと引っ張ってみた。
「いたっ、痛いですご主人様ぁ! なんです、なんなんです!?」
「衝動に身を任せてみた。後悔も反省もしてない」
「それ、いずれまたやるってことです!?」
その通り。奴隷なんだからご主人様を喜ばせろ。
ある程度満足したので解放すると、メイは半泣きでふうふう威嚇しながら距離を取ってくる。そんな姿を見てニヤッと嗤うと、すぐに愛想笑いを浮かべて戻ってきた。一ヶ月の教育は実を結んだようだ。
「冷静に考えてみろよ。ぽっと出の初心者がいきなり三〇〇レベルオーバーだぞ? 怪しまれるに決まってるだろ」
「ああ、なるほどです……」
メイの六〇レベルオーバーだって微妙だ。だが、まだ言い訳できるレベル。レベルだけにな。うまい!
「では、なぜ教会に向かわないんです?」
メイの疑問は当然だった。
冒険者ギルドで冒険者登録を行う際には名前とレベルを記載した書類が必要となる。それはその冒険者がどれくらいの能力を持つか判断するためにやむを得ないことだった。下手に実力のない者を登録して勝手に死なれても困るからである。
勇者というロールを持っていても、一レベルでは役に立たないのだ。どれだけ素晴らしい名剣を持っていたとしても、それが子供の上に魔法使いのロールだと意味がないのと同じ。
だから、レベルに応じたクエストが受けられるようになっている。その証明のためにも、教会で自分のレベルを記した書類が必要となる。それも、冒険者ギルドと関係のある教会でなければいけない。専用の書類だから偽造も不可能というわけである。
「馬鹿、おまえ……。教会で〈情報開示〉なんかされてみろ。ステータス見られちまうだろうが」
「……あ、なるほどです。たしかに、ご主人様にとっても困りますです」
呪いのアイコンなんか見ようものなら連中意地になって治しにくるぞ。何せ、呪いの解除は結構な布施をしなければならないからだ。そもそも金がないってのに。善意の押しつけで呪いを解除する上に布施を要求するって本当に聖職者かと言いたくなるが、聖職者ではなく神職系ロールの持ち主だと言われてしまうと反論できなくなってしまう。実に商魂逞しいといえよう。
「では、どうするんです?」
「こうする」
街から離れ、街道に出る。そこからさらに森の中に入り、誰も近くにいないことを念入りに確認してから指を弾いた。
「悪魔やーい、出てこーい」
「お呼びですか、『欠落』様」
召喚陣など必要なく、転移にかかる余分な魔力すらない。
本当に突然に、さも初めから居ましたよといわんばかりの違和感のなさで、悪魔は突如そこに出現した。
「契約解除ですか? それとも、新たな契約を交わしますか? どちらでも私は一向に構いませんよ」
「盗み見してるくせに、よくぞそういうことを言う」
「ウフフ。それはもう、実に愉しませていただいております」
現れた悪魔は人の形をしていた。容姿なんて悪魔にとってはどうとでもできるものなのだろう。呼び出す度に違う出で立ちなのでから。
ちなみに、今回は五歳くらいの幼女の格好だった。金髪に白い肌、青い瞳。見た目だけなら貴族のかわいらしいお嬢さんといえた。中身真っ黒だけどな!
「え、え、え? ご主人様……この方が、その、悪魔なんです?」
「その通りですよ、メイ嬢。私にとって姿形など自由自在なのです。ゆめゆめ、侮らないことをお勧めします」
これである。好意的と臭わせることを吐いて、相手の油断を誘う悪魔のやり口。今回は俺が連れている奴隷ということも理解しているから正直に告げているものの、以前に俺の仲間もこれに騙されて契約しそうになっていて、止めた覚えがある。そのときは幼い純真無垢な男の子の格好だったか。
そいつがショタコンなのではないかと当時の仲間内で話題になったのは余談である。
「けど、最近は女の格好が多いな。なんで?」
「おや。『欠落』様は巨漢の方が良かったですか?」
「いや、いい。そのままの君でいて」
もしも叶うならボインのお姉ちゃんでいて。
俺の返事にキシキシと嗤い、悪魔は畏まりましたと返してくる。
「さて、契約解除でも新たな契約でもない。レベルアップですか?」
悪魔が訊ねてきて、再度首を横に振る。
動物やモンスター、魔族などと戦うと経験値を得られる。そして教会を訪れることでこれまた彼ら特有のスキルによってレベルアップが可能になり、ステータスは飛躍的にアップする。これがレベルアップによる成長システムだ。魂が成長するんだってさ。胡散臭え。
では、教会に頼れない俺はどうやってレベルアップしているのか?
その答えがこれだ。悪魔を呼び出してレベルアップの儀式を行ってもらっているのである。
考えようによっては、これは非常に便利でもあった。何せ、普通なら教会でしかできない儀式を、どんなダンジョンでも、たとえ戦闘中であっても行えるというのだから。
だから戦闘中に悪魔を呼び出して溜め込んだ経験値をレベルアップに費やし、「これが俺の本当の力だ……!」なんてロマンを叶えることもできる。いや、やらんけど。アホらしい。
「今回はそれでもないんだ」
「ほう?」
これまでの悪魔との会話で、なんとなく予想できていることがある。
この悪魔は俺の行動をどこからか見ている。だが、会話までは拾えていない。そして建物の中も見れていない。あくまでも俯瞰できる状態でないといけないらしい。
ただし、森やダンジョンの中などは例外であるようだ。強いていうのなら、人の手で作った建造物だと覗けないといったところか。
「冒険者ギルドに登録しようと思ってな。名前とレベルを記載した書類を手配して欲しい」
「……なるほど、なるほど。となると、メイ嬢のものでよろしいですか?」
「それで頼む」
「ま、まま待って下さいです! ご主人様、本当に良いのです!?」
メイが慌てて口を挟んでくる。その慌てぶりを見て勘違いに気が付いた。俺より先に悪魔が口を開いたが。
「ああ、メイ嬢はどうやら勘違いをしているご様子ですね。私が『欠落』様と契約する際と同様のものを対価に要求するとお考えなのでしょう?」
内心を読まれたことにメイが動揺するが、こくりと頷いた。悪魔はそれを見て嗜虐心をそそられたのか、笑みをより一層濃くした。気持ちはわかる。メイって弄りたくなるよね。泣かしたくなるよね。時折意味もなく頭叩いたりしちゃうもんな。
「我々悪魔は対価を要求します。ですが、これは我々のルールのようなものでしてね……あまりに過剰な対価は要求できないのですよ。誰かを嵌めて大きな利益を得るよりも、細く長く利益を得られる関係を望んでおります」
どこかの商人かおまえは。
「今回もレベルアップの儀式と同様、金銭での取引で十分でしょう」
「あ、金はないんだ。モンスターの素材でもいいよな?」
「結構でございます。『欠落』様ですから、素材でのお支払いの場合は理解しておりますね?」
頷く。メイは理解していない様子だったので、説明してやった。
悪魔との取引が金銭で終わる場合、これは人間が扱う貨幣で十分だ。
元々、悪魔との契約は金銭とか感情とかそういうものではなく「契約者にとって価値のあるもの」だからだ。俺のステータスアップに関しては金銭で払える範囲を明らかにオーバーしていたから、感情だったり腕だったりが対価になったというだけの話。
そしてモンスター素材を対価とする場合、それは店で売るよりも明らかに安く計算されてしまう。これは俺にとっての価値がそれだけでしかないからだ。金になってくれないならただの荷物でしかないわ、こんなもん。
「では……こちらでよろしいですか?」
「その準備の良さ、腹立つわあ」
悪魔は笑みを崩さないまま懐に手を入れ、書類を一枚取り出した。それは紛れもなく、冒険者ギルドと繋がりのある教会が発行するもの。
「……『欠落』様ですから、構いませんか。別段、用意しているというわけではないのですよ」
そうなの?
俺の意外そうな顔が面白かったのか、悪魔はより笑みを深くする。
「我々は契約者様の要求に臨機応変に応えねばなりません。ですので、それ相応のスキルを所有しております。これでも、私、悪魔界隈では有能なのです」
そう悪魔が告げた瞬間、俺の右眼の義眼にノイズが走り、悪魔のステータスが一部開示された。
名前はアリス。レベルは不明。ステータスも同様。ロールは悪魔のみ表示されているが、限界までランクアップされていて、俺の「勇者」と同じく黄金に輝いている。
そして固有スキルに〈万物創造〉とある。
「なんだ、そのスキルは……!?」
「制限もあるのですがね。あくまでも、契約者様との間に必要となったときだけ使えるスキルで御座います。悪魔だけにね」
クソ、うまい! なんだこの敗北感は……!
「そういうわけで、お支払いの程をお願い致します。ああ、そうそう。『欠落』様ほどともなれば必要ないかもしれませんが――」
悪魔――アリスは表情こそ嗤いながらも、まったく笑っていない眼でこちらを見つめてきた。
「契約に必要な対価が差し出せない場合……理解しておりますね?」
「……ああ」
これが、悪魔との契約で一番恐ろしいところ。
彼……いや彼女? まあ今は女だから彼女としておこう。
彼女たちは契約の際、最初はこちらの願いを叶えてくれるのだ。そして後になって対価を要求する。
つまり、その願いに対してどれだけの対価が必要なのか、こちらにはわからないのである。
以前にレベルアップで必要な対価が足らなかったことがあった。レベルがキリの良い数字に到達したあとだ。つまりは一〇〇から一〇一になるときのようなもの。
あのときに悪魔は「才能限界」という言葉を言った。
人間が魔族などに対して勝てない理由のひとつにこれがある。
個々の人間にレベル上限が存在し、それ以上のレベルアップが望めなくなるのである。もちろん、レベルアップができなくなるといっても強くなれないわけではない。筋トレすれば筋力のステータスは上がる。だが、レベルアップの方が遥かに向上するし、時間も早い。だが、レベル上限に達してしまうとそれ以上は不可能なのである。
レベル上限を超えるためには特殊なアイテムや儀式が必要となる。俺は悪魔との契約によって、レベル上限を上げるのにそれらを必要としなかった。莫大な金や貴重なアイテムを要求されたりはしたが。
勇者を初めとし、優秀なロールは才能限界が高く設定されているが、それでも魔王を倒すとなると、ほぼ確実に才能限界を一度は突破しないと不可能だろう。ちなみに魔族やモンスターにもレベルという概念がある以上、才能限界はある。こちらも、モンスターよりは魔族の方が才能限界は高い。
悪魔は当初そのことを知らせずに俺のレベルを上げた。その際に勝手に才能限界を突破した分も対価を要求され、俺は支払い能力がなかった。ゆえに、それ以外の部分で支払うこととなってしまった。
「あのときのこと思い出した。意地悪いことするよな。正に悪魔」
「褒め言葉で御座います。ですが、『レベルアップしたい』という願いは叶えたはずですよ? 言葉足らずではあったかもしれませんが、才能限界自体は一部の人間なら知りえた情報で御座います」
舌打ちする。それから顎をしゃくり、メイに荷物を悪魔に差し出すよう指示を出した。
「では、物色させていただきましょう」と言って、悪魔は荷物の封を開く。それから適当な素振りで中身を取り出したかと思えば懐に入れていく。でも服は膨らまない。どうなってんだ一体。
「おや、これは……」
悪魔が取り出したのは緋色の眼球だ。大きさは人間の頭くらい。俺も悪魔も平然としているが、メイは気持ち悪そうにしていた。
「レッド・エルダードラゴンの眼球ですか。これはこれは……。傷もありませんねえ。立派なものです」
「ちょ、おい……まさか……」
「ええ。こちらも対価として徴収させて頂きます」
マジか! おまえ……マジか……。
「それでまだ足りないってのか!」
「教会関連の書類の偽造は高いですよぉ?」
ほとほと嫌になるなあ。
「ご、ご主人様……。エルダードラゴンって……」
メイに頷いてみせる。彼女は心底信じられないといった顔でこちらをまじまじと見てきた。
ドラゴンは魔族でなくモンスター、魔物の一種である。だが、ドラゴンともなると下手な魔族よりも強い力を誇る。その中でも歳経たものが「エルダー」というロールを手にするのだ。
その戦闘力は無比……とまではいかないが、まあ魔王と同格の存在といえる。さすがに「強欲の魔王」ほどではなかったし、他の魔王の強さを知っているわけでもないけれど、それくらいは強いと断言できるだろう。実際、「強欲」の次に強かったのがそいつだったのだから。しかも俺一人のソロプレイときた。泣ける。でも、誰かいたところで瞬殺されただろうから、結局は変わらないかも。
あのときで、たしかレベルは四八〇くらいだったはずだから、今より一〇〇レベルも高かったはずなのだ。それでも死闘だったから、もうエルダードラゴンを倒すのは不可能と考えていいだろう。
契約を幾らか解除したことで、俺のレベルは「強欲」と戦ったときよりも遥かに落ちてしまっている。悪魔曰くレベル上限自体は変わらないらしいから、鍛えに鍛え続ければ、いずれはあれだけの力を手にするかもしれないが。
ふと、種族差というものを思い出す。
同じレベルであっても、種族の差によってステータスには差がある。一レベルの人間が同じ一レベルの魔族と戦っても瞬殺されておしまいだ。ましてやレベルが上がるほどに、レベルアップの必要経験値は高くなる分、上昇幅も大きくなるのだ。
「……『強欲』は強かったな」
考えていると、しみじみと一人言を漏らしてしまった。
「あれだけのレベルですからねえ。むしろ、それを『勇者』とはいえ人間が倒したことに私は実に驚きましたよ」
「本音は?」
「実に快感で御座いました。他の悪魔どもと賭けをしていましてね。『欠落』様に賭けていたのは私を始めとして少数でした。大穴でしたよ。あの阿鼻叫喚の地獄絵図は一生の思い出ですね」
思い出したのか、悪魔はゾクリと身体を震わせ、快感に浸ったかのように妖艶な笑みを浮かべた。見た目五歳くらいの幼女なのだが。せめてあと二〇年分くらい歳経た格好で出てきてくれたらちょっとくらい嬉しかったかもしれない。
「ふむ。それでは、これくらいで良いでしょうかね」
悪魔が荷物から離れ、俺に書類を渡してくる。記載された内容を見て、きちんと手直しされているのも確認。よくできている。ムカつくことに、この悪魔は自分で言うように実に有能なのだ。痒いところに手が届くというか。だからこそ、俺は誘惑に負けてこいつを度々召喚してしまうのだけれども。これも細く長く利益を得るためなのだろう。
「うわ! すっごい軽いです!」
メイが荷物を背負って歓喜の声を上げている。そりゃそうだろうな。ぺちゃんこだものな。おまえの胸と一緒だな。どれくらい残っているのか逆に気になるわ。
「ウフフ。それにしても、レッド・エルダードラゴンの眼球とは非常に良いものを仕入れさせて頂きました。それも、こんな破格で」
やはり破格か。どれだけ買い叩かれたんだ俺は。
「気分が良いので、『欠落』様にアドバイスを差し上げましょう」
「……それも、細く長く付き合う秘訣か?」
「そう捉えてもらってよろしいでしょう」
悪魔はニコリと笑い、口を開く。その笑みはこれまでのものと違い、邪気が薄かった。こういう笑みをこいつが浮かべることはたまにある。そしてそれはたいてい俺にとって有利なものであり、陥れることを目的としたものではない。
「一年……いえ、半年でしょうか。それ以内にサルニア大陸を脱出することをお勧めさせて頂きます」
「…………理由、は言えないよな」
「ええ。本来、対価なしにこのような情報を無料で渡すのは禁止されておりますので。ですので、ここは私が口を滑らせたということでひとつ」
「わかった。いつも通りってことだな」
「はい。私は貴方様に期待しているのですよ」
ん? どういうことだ?
「なにせ、私との契約を解除しようとするなど、考えはしても実行に移した者はこれまで一人もおりませんでしたら。ましてや、実際に達成できるなどとは、ね」
だからこそ、と悪魔は笑みを深める。
「『欠落』様がどれだけ自身を回収できるのか、愉しみで御座います。最後まで到達したとなれば、下手すると貴方様にこの身を捧げてもよいかもしれません」
「やめてくれ。気持ち悪い」
「おやおや。これは酷いことを。傷付いてしまいますねえ」
言いながら、キシキシと嗤う。
「それでは、今日はこの辺りでお暇しましょう。また御用があればいつ何時でもお呼びして下さいませ」
オーバーに一礼すると、悪魔は現れたときと同じようにその姿を消した。いついなくなったのかわからなくなるくらい自然に。
「…………」
「ご主人様! 見て下さい! 軽いです! ほら、これ! すごく軽いです!」
「見りゃわかるわい!」
「痛い! 痛いです! 髪の毛引っ張らないで下さい!」
なくなったものはこれから金になるはずだったものなのだ。それが大量になくなったというのに何を浮かれているのかこの奴隷は。
ましてやエルダードラゴンの眼球だ。アレがあれば、もしかしたら錬金術師に依頼してすごい魔具か何か作れたかもしれないのに!
だからこれまで隠し持ってたのに! 現金で支払ってたのに!
「ああああああああちくしょう!!」
「痛いですううううううううう!!」
森の中に俺の咆哮とメイの泣き声が響いた。