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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と海の街
29/129

3-2

 着いた。ここがルゴンドだ。

 海に面した交通の要所であるこの街は潮風が常に吹いており、そこかしこが磯の臭いに満ちていた。俺もメイも気にしないが、元精霊現妖精であるエミリーはそうでないらしい。


『ぐえー! くちゃい、くちゃいヨこの街! 人間ってなんでこんなくちゃい街に住むノ? 鼻おかしいんじゃナイ!?』


 磯臭さはあるけど、そこまでか?

 メイを見てみるが、彼女も俺と同じように首を傾げていた。まあエミリーだしどうでもいいや。勝手に苦しめ。あと海の精霊と潮の精霊に謝っとけ。


「あ、そうだ。ここからはおまえ、姿隠せよ。会話も念話に限る。俺が許可しない限り姿を現すな。さもないと……」

『わ、わかってるわヨゥ!』


 エミリーに聞いて初めて知ったことがある。精霊の得意魔法はそれぞれの環境に適応したものであるため各属性に別れると思っていたのだが、最も得意なのは隠蔽系魔法らしい。そしてそれはすべての精霊に共通するらしい。

 思い起こせば確かにと頷ける話だ。俺ですら精霊をなかなか見付けられなかったし、住処などエミリーに案内されるまでわからなかった。迷いの森という迷宮を作り上げたことからも推測できてよさそうな話だったな。


 エミリーは現在、森で取ってきた木の蔓を利用してメイと繋がっている。トンボを紐で結んで逃げないようにするのと似たような感じ。違いがあるとすれば、繋がっているのがメイのサイドポニーの髪飾りという点くらいか。普段はメイの肩や頭に座っている。

 そして念話。これはスキルでも何でもないため、義眼に内包された〈情報開示〉のスキルでも視えなかった。人間や動物の発声方法がステータスにいちいち表示されないのと同じ理屈である。エミリーの話では、近くにいれば、その人物たちと念話によって会話できるようだ。これは検証したので間違いない。

 エミリーをバイパスとして魔力ラインを構成し、その魔力を振動させることによって生じる会話であるため、エミリーがラインを構成しないと、他者が話を聞くのは絶対不可能なのだとか。

 エミリーだけでなくメイとも会話する必要があるため、普段よりテレパシーに対して意識を割く必要があるだろう。留意しておかねばなるまい。


(こんな感じだな。聞こえるか?)

『バッチリヨ!』

「だいじょぶなのです!」

(…………)

『…………』

「あれ……おかしいのです……」


 全然大丈夫じゃなかった。思っくそ声出とるやんけ。


(こ、こうです? これでちゃんとできてるです?)

(ああ、大丈夫だ。ヘマするなよ。しくったらお仕置きだからな)

(ひええ! 気を付けるのです……)

『ワタシはその点平気ネ! ああ、ほんと……良かったワ……』


 俺のお仕置きに対して二人とも怯え過ぎだろ。いや、お仕置きなんだからそれでいいんだけどさ。

 この念話は「英雄」であることを隠す必要のある俺からすると、非常に都合が良い。メイは馬鹿だから殊更に良い。ちょっと、俺の中でエミリーの重要度が増した瞬間である。


(それでそれでご主人様。この街に何の用があるです?)

(この街ってわけじゃないんだけどな。悪魔との契約解除に必要なアイテムがあるんだけど、船が要る。ここで誰かから掻っ払おうと思ってな)

『発想が蛮族よネ。でもそこがイイ! 力あるんだからやっちゃいナ!』


 失礼だな。時と場合を勘案して手段を選ぶわ。けど、今回は話し合いでうまくいく未来が見えなかったので、無理矢理しか手段がなかったのである。


(言葉に気をつけろよエミリー。おまえを縛る紐の素材を何にするかは俺の気分次第だと思ってろ)

『こわっ! な、何を選ぼうっていうのさぁ……』

(そうだな……カエルの腸とかどうだ?)

『絶対、イヤ!』

(それ、メイの髪に結ぶです? メイも嫌です!!)


 俺には関係ない。材料は選り取りみどり、選び放題だ。といっても、二人とも嫌がりそうなものを選ぶとなると、また選択肢も狭まってしまう。喜ぶような素材は俺が嫌だし、間違っても金をかけたくないし、やはり自然由来のもの……腸しかないな。そうしよう。あ、いや待て。ミミズが元になったモンスターでもいいな。時折頭をガリッと噛まれるかもしれないが、俺は痛くないし。


(ま、そういうわけだ。行くぞ)

(とりあえず、冒険者ギルドです?)

(そうだな)

『なんで?』


 エミリーはまだ人間社会を知らないからわからないようだ。

 モンスターの素材を売るのは冒険者ギルド関係の商店でしか無理だ。そのことを示す看板を出していればいいが、出していない場合もある。無駄足を踏むのも嫌なので、どこにその店があるか冒険者ギルドに訊ねるのが早い。

 それに冒険者ギルドで話を聞けば、街の構造やどこにどんな店があるかも聞くことる。飲食店は歩きながら探せばいいが、宿は冒険者ギルドで聞いた方がいい。冒険者に配慮してくれる宿が存在するためだ。宿によっては夜間で歩けなくなったりするからな。それに、こちらの都合を言えば、それに即した宿を紹介してくれたりもする。

 とりあえず新しい街に入って最初にやることといえば、冒険者ギルドを探すことだと言っても過言ではないのだ。娼館とか行くにしても、メイとかを放置できる場所を確保しなくてはならないし。


『なーるほどネ! そんじゃ、どういう建物かとか、わかる? 空から見てこようか?』


 あ、そうか。そういうこともできるのか。

 思ってたよりエミリーがいると便利だな。うるさいのがアレだが。


『どうヨ!? 褒めてくれてもいいのヨ?』

(調子に乗るなよ。寝るときメイの人形にするぞ?)

『アレはもう二度とごめんヨ!』

(うう、ごめんなさいです……)


 一度、メイがエミリーと一緒に寝たことがある。翌朝、エミリーはレベルアップしたメイの握力で握り潰されそうになって泡を噴いていた。あまりにも面白い光景だったから、ベッドに腰掛けてその光景を三〇分ほど眺めていたくらいだ。以降、エミリー専用のベッドとなるものを毎度メイが用意するようになった。皿に布を敷いているだけだが。


『そんじゃ、行ってくるワネ』


 エミリーの胴に結んだ紐はメイの髪飾りにくっ付けている。そのため、髪飾りを外すだけで脱着が可能である。毎回メイは髪が解けて結び直すことになるけど、俺は一切労しないので問題ない。

 宣言した通りにエミリーが空高く飛んでいく。この飛行能力も魔人などと違って精霊や妖精が生まれながらに所持している能力であるため、ステータスには表示されない。鳥だってステータスに飛行とか書かれているわけもないしな。

 ただエミリーたちのそれは最初からある程度の速度が出せる代わりに加速が悪い。一定距離飛行を続ければ速度も上がるが、実用的ではなかった。そのため、俺が動けば簡単に捕まえることができる。メイではさすがに無理だが。

 隠蔽魔法は俺とメイを対象外としているため、その姿を見ることができる。文字通り自由に羽を伸ばせるのが嬉しいのか、くるりくるりと回りながら飛んでいた。


『うーん、やっぱりマスターみたいにはいかないわネ。あの急上昇と急落下のスリルと来たらなかったワ! またポーチに入らせて欲しい!』

(いいから、さっさと探せ)

『わーかってるってば。ええと、人が沢山出入りしてるところでいいかしら?』


 普通なら大声を出さなければならない距離だが、まだ念話は通じるらしい。これも便利。

 エミリーの問い掛けには「それでいい」と返す。そういった場所を何軒か回っていれば、そう遠からぬうちに辿り着くはずだ。……いや、街の人間に聞いた方が早いか? エミリーは冒険者ギルドを見たことがないため、すぐに探し当てることができない。

 なんだ、やっぱ使えないじゃないか。将来性に期待するか。それでも駄目なら解雇だ。


『んん? なんか、寂れてるわネ、この街。活気がないし……』


 なんだと?


(活気がないってなんだよ)

『そのままヨ、若い男も女も少ないワ。年寄りは多いけどネ。揶揄い甲斐もないったらないワ』


 よくわからんな。港街なんだから活気に満ちていると思っていたのに。いや、俺の偏見かもしれない。そんなもんなのかな。あるいは、若い衆は漁に出ているとかかもしれない。どちらにせよ、詳しい話は晩飯を食うついでに店員たちに聞けばいいだろう。若い女が少ないというのは問題だ。主に俺のモチベーション的な意味で。


(それで、どうだ? 見付かったか?)

『これかな、ってのは何軒かあったヨ。それでいい?』

(ああ、十分だ。街の人に聞くつもりだしな)

『ワタシが飛んだ意味なくない!?』

(けど、自由って気持ちいいです? メイは今、毎日楽しいですよ?)

『あ、それはわかる。束縛されてるからこそ、自由への解放ってやつネ! ちょっと貴重なことを知った気分だワ』


 いや、性癖が歪んでいってるだけだよそれ。


 ともかくエミリーが戻ってきてから再度メイと合体させ、ルゴンドの街へ入る。最初に出会した人間に話を聞き、冒険者ギルドの方角を知る。それからエミリーの記憶を頼りに歩くとすぐに見付かった。

 冒険者ギルドは街の入口近くに建てられているのが基本なのだが、この街の場合は大きな街道の交差点に存在するということもあって、三つ分の入口がある。また北に港もあることから、どこに冒険者ギルドがあるかわからなかった。

 ちなみに、俺たちは南口から来た。結果的にそれは正解だったのだが、冒険者ギルドが南口近くにあることから考えても、ここが一番人の出入りのある街道なのだろう。

 いつも通り、冒険者ギルドの外で俺は待つことにする。中に入るには冒険者である証明の階級プレートが必要になるからだ。

 万が一に備えてメイにはエミリーを付けているが、まあ彼女のレベルなら問題ないだろう。元とはいえ精霊なのだし。

 それに、いつの間にかメイにも二つ名が付けられていた。迷いの森に入る前にギルドへ訪れたときに知ったのだが、「白無垢」というらしい。心が汚されていないとかそういう理由からだそうだ。

 単に馬鹿なだけなのだが、世間の人間は現実を美化して受け取る傾向があるのを知っているので、納得した。ドラゴンを単独で追い払ったと噂の「白無垢」に喧嘩を売るやつもいないだろうしな。


「……ん?」


 メイがすぐに出てきた。どういうことだ? もうちょっと時間がかかると思ったんだけどな。宿の条件とか伝える必要あるし……。


「どうした? もう話が終わったのか?」

「えと、その……」


 メイは眉を八の字にして困った顔を浮かべている。それを見てこちらも訝しがっていると、エミリーが補足してくれた。補足というより説明か。


『メイが「白無垢」ってわかった瞬間、ビックリしてたヨ。そんで、問題があるらしくって、お偉いさんが話したいんだって。でも、メイじゃ判断できないから、マスターも呼ぼうってワケ』


 なるほどな。

 メイが奴隷であることはギルドでも周知の事実だが、主人である俺は何故かスーパーアドバイザーという話になっていた。別にそれで問題ないので否定もしていない。メイを鍛えているのは事実だし。

 ただ、実際はメイに事態の判断をする能力はない。能力がないというか、権利がない。

 緊急事態を除いて基本的には俺の判断を待つ奴隷として調教している。これに関してはメイの性格もあるのだろう。別段苦労した覚えもなかった。

 なので今回の件にしても、自分では判断できないと踏んで俺を呼んだのだろう。


「わかった。俺が入るって伝えろ」

「はいです!」

『よっしゃ。行こ行こ、メイ』

(ですですっ)


 踵を返してメイたちがギルドホールへ戻っていく。あとは職員が来れば問題もなく入れるだろう。

 俺がメイたちと一緒に行っても問題ないだろうが、もし「英雄」であった頃の俺に会ったことのあるやつがいたら面倒なので、それはしない。職員と先に会い、今ギルド内にいる冒険者たちの中で二つ名付きのやつがいたら、その名を教えてもらうのだ。もしいたら入らない。こればかりは仕方ない。俺も面倒なのである。

 結果、この中に「英雄」のことを知っている冒険者はいないようだった。安心して足を踏み入れることにした。そういった質問を食らった受付嬢からは物凄く訝しんだ目を頂戴したが、まあそれは……悦べるほど訓練されてないなあ。むしろ薄く笑みを浮かべてやったら鳥肌を立てて目を逸らされた。なんでだ。ちょっと視姦しただけじゃねえか。ピタッとした服を着てる方が悪い。俺は悪くない。

 ギルドホールを経由し、端にある階段から二階へ上がる。さらに三階へ。普通の冒険者ギルドが二階建てや平屋なのを考えると、ここは随分儲かっているらしい。街道の要所と考えれば納得だが……だからこそ、エミリーの言っていた活気がないという言葉が気になる。

 三階の最奥一歩手前の部屋。そこが会議室であるらしい。

 職員が扉をノックし、「『白無垢』様御一行が参られました」と告げる。


『マスター! メイの名前が先に呼ばれたヨ! これ、説教デショ!?』

(ち、ちょっ! 精霊さん、酷いのです!)


 やいのやいのと念話がうるさい。黙れと念話で告げ、静かにさせた。隙あらばメイを甚振ろうとするな、エミリーは。まあ精霊の悪戯好きが現在メイ一人に集中砲火されているわけだから、仕方ないっちゃないかもしれないが、そこに俺を利用しようとするな。

 職員が扉を開く。その先にいる人物たちから意思ある視線が複数こちらに向けられた。それらは束ねられることで、物理的な圧力さえ感じられるようだった。


「む、彼は……」

「ご主人様です」


 メイが俺と自分の関係を簡単に説明した。まあ、それ以上の説明もないよな。


「ああっ!? おい、おまえ! 『欠落』じゃないか!? なんだってここにいやがるんだよ!」

「あん? 誰だよおまえ」

「おま――忘れたってか、おれを! そりゃ、あの頃はおれも無名だったかもしれないけどよ……」


 集まった者たちの中で冒険者らしき人物はこの一人しかいない。そしてこいつは俺が「欠落」だと知っている。ということは会ったことがあるはずなのだが。


「……あ、思い出した。エルキアで会ったおっさんだ。やけに俺の話に食い付いてきて鬱陶しいなあって思ってたから覚えてるぞ」

「おっさん言うな! まだ三十路に入ったばっかだ!」


 おっさんじゃないか。師匠が言ってたぞ。男は二〇過ぎたらみんなおっさんだって。俺もおっさんか……二五からと勝手に変えとこう。来年の俺の考えることが手に取るようにわかるな……。


「というか、鬱陶しいで覚えられるってどういうことだ……。ん? おれの名前は覚えてないのか?」

「知らん」

「おまえ……『忘れた』でもなく『知らん』っておまえ……」


 三日くらいだったしな。あれ、もうちょっとあったか? 少なくとも一週間を切っていたのは覚えている。

 ちょっと懐かしいなあ。まだ「英雄」から「欠落」になって間もない頃だ。たしかリヴァイアサン討伐のクエストをおっさんが受けてて、そのための行軍が俺の目的地への道と一緒だったから同行したのだ。金くれるって言ったし。それで手伝ってやったのである。今思えば手を貸し過ぎだったな。


「『戦斧』殿になんて口の利き方をするのだ貴様は!」

「『戦斧』? おっさん、二つ名もらったのか? そりゃめでたいな」

「あんがとよ、おまえのおかげだよ。でも、そろそろ名前を覚えてくれ。オラルドっていうんだ」

「そうかい。気が向いたら覚えとくよ、おっさん」

「このっ! 相変わらずじゃねえか!」


 言いつつも、オラルドは男くさい笑みを浮かべている。怒っているわけではないのだろう。

 こういった無駄な会話で時間を長引かせたのには当然理由がある。この場にいる者たちのステータスを義眼のスキルで覗くためだ。こいつらがいつ敵に回るかわからない以上、警戒を怠るような真似はしない。

 そも、ギルド支部長が行う会議に冒険者がいる時点で二つ名持ちなのは想像が付いていた。オラルドとは思わなかったが。

 オラルドはあれからそれなりに経験を積んだようだ。少なくとも、俺が最後に会ったときのソフィアよりレベルが高い。ソフィアは「勇者」であるためステータスで勝っているが、それは「勇者」のステータス補正が強過ぎるため仕方ない。レベルで勝っているだけで彼がサボらず血の滲むような訓練をしていたのがわかる。

 オラルドは一六二レベル。「戦士」と「ウォリアー」のダブルローラーだ。「戦士」ロールは最高ランクである黄金の一歩手前である銀、「ウォリアー」はそのひとつ下である銅ランクにまで向上していた。驚くほどの成長度だな。


「おっさん、随分強くなったみたいだな……」

「まだおっさん呼びか……いいか、おまえだし。ま、鍛えたってことよ。おまえさんみたいな『勇者』を見たら、こっちも奮起してな」


 へっへっへ、とオラルドは笑う。こちらは鼻で嗤っておく。それから上座にいる支部長へ視線を移した。


「あんたが支部長だな。ウチの奴隷に何の用だ? さすがに主人の俺に話は通してくれるよな?」

「奴隷買ったのか、おまえ。あ、それが『白無垢』か」


 横槍入れないでくれる? 話進まないんですよ。


「支部長に何という口の利き方だ! 身の程を知れよ小僧!」


 さっきも怒鳴ってきた男だ。なんじゃいこいつは。

 ステータスを視るに、サーキスという名前らしい。レベルは三四。ゴミか。ロールは「騎士」だ。それで無駄に鎧を身に纏ってるんだな。


『なんでこの人、安全な室内なのに鎧着てるの?』

(メイにはさっぱりです)

(俺にもわからん。たぶんロールが『騎士』だから騎士らしくしてるんじゃないか?)

(なるほど)

『え、ちょっと待って。なんでマスター、あの人のロールわかるノ?』


 あ、言ってなかったっけ?


(俺の持つ魔具のおかげだ。〈情報開示〉が使える)

『…………。マスターはおかしいおかしいと思ってたケド、今回の話はすごいのかすごくないのか。普通に考えるとすごいケド、マスターでって考えると普通の気もするしなあ……』


 なにやらエミリーは悩んでいるようだが放っておこう。


「うるせえな。俺だって丁重に話し掛けてくるならそれなりの態度になるさ。てめえみたいなのがいるから、俺もそれ相応の態度まで身を落としてやってるわけ。わかる?」


 暗に、普段の俺はサーキスより位が高いと言ってやる。こいつは挑発に弱そうだから、利用して話を優位に持っていこう。


「きさ、貴様――」

「黙れ、サーキス! 先程の『戦斧』殿の話を聞いていて、何故『欠落』殿に突っかかるのだ!」

「ぐっ、し……しかし!」


 サーキスを一喝したのは支部長の次に位の高い位置に座る初老の男性。冒険者でも職員でもなさそうなサーキスがこの場におり、なおかつやつを叱ったということは、彼はこの街の権力者と考えた方が良さそうだ。もしも会議室を提供しているのが彼であれば、上座の位置は支部長と逆になるのだろう。

 性格の方は今のところ、普通。良くも悪くもない。あくまでも俺にとって、という意味だが。


「失礼しました。『欠落』殿……でよろしいでしょうか」

「ええ、結構です。あと申し訳ないのですが、先程より多少マシ程度まで口調を崩させていただいてよろしいですか? まあ、断られるとも思っていませんがね」


 メイが現れるやいなやのこの展開だ。ただでさえ優位なのは間違いない。あと変に丁寧な口調って疲れる。「英雄」の頃は息を吐くようにできたのだが、「欠落」として地で生きている間に錆び付いてしまったらしい。我慢する必要がなくなった以上、もう抑圧された状態には戻れないのだ。人間とは味を占めると戻れなくなる欲深い生物なのである。


(ご主人様、大丈夫です? 怒られないです? あと、なんで断られると思ってないんです?)

(あとで話してやるから黙ってろ)

(はいです)


 メイは馬鹿だから、三歩くらい歩けば忘れるだろう。最近は賢くなるよう調教するのも諦めた。だってひとつ覚えたら三つ前のこと忘れるんだもん。犬の方がまだ利口だわ。


 俺の言い分があまりに無礼であったためか、サーキスでなくとも不快感を抱いた者はいたようだ。こういう場なんだから表情くらい隠しなさいよ。「戦斧」の二つ名を持つオラルドや支部長、街の権力者――市長はさすがというか、眉ひとつ動かしていない。

 内心で市長の評価を少し上げる。

 支部長の方はギルドでの職員なので、冒険者との接点があるためわかる。冒険者にはそういう礼儀作法を知らない連中がごまんといるからだ。だが、市長はそうではないだろう。それでいながらこの反応ということは、老獪な男性だと注意しておいた方が良さそうだな。

 とはいえ、老獪だからこそ、俺には手を出せないとも予想できるのだが。俺に手を出せば酷い目を見ることになると直感で理解できるだろう。


「構いません。支部長もよろしいですか?」

「構わない。『戦斧』殿が太鼓判を捺すほどの方なのだ。言葉に見合うだけの実力を誇るのは間違いないだろうしな」


 こちらもこちらでえらい評価だな。まあ、俺の実力からすればまだ過小評価なのだが。


「つか、おっさんってそんな評価されてんの?」

「『戦斧』殿はリヴァイアサンを討伐したほどの猛者だぞ! 貴様がそう気軽に話せるような相手では――」

「いやいやいやいや! いいですって! 冒険者ってのは、こう、そういう間柄なんですよ!」


 あ、誤摩化した。そうか、リヴァイアサンを倒したときの功績で、ギルドに俺のこと言わなかったな? 自分のパーティだけでやり遂げたって報告したわけだ。まあ、お礼としてもらった金も結構なものだったし、許してやろう。所詮リヴァイアサンだし。あの頃よりレベルが下がってるからまともにやれば手こずるかもしれないが、それでも問題なく倒せる。まともにやらないなら、群れで来ても余裕。でかい魔法ひとつ落とせばそれで終わる話だ。


「はあ……。相変わらず、おまえさんが関わると心臓に悪いったらないぜ」

「自業自得だろ。ま、いいけどね」


「そんで?」と話を促す。


「俺より支部長たちの――」

「あんたの話の方が先だよ」


 腰に手をやり、体勢を少し楽なものにする。長話でも問題ないといった風に。

 話の流れをコントロールするのは俺なのだ、と言外に主張する。


「……支部長」

「そうだな。椅子を用意しよう。掛けてくれたまえ」

「や、メイのだけでいい。俺は立ってる」


 誰が敵かわからないからな。先走って魔法を放ってくる阿呆がいないとも限らない。その場合、即座に後悔させてやる。

 支部長の脇にいた秘書の男性が会議室を出て行き、椅子を持って帰ってくる。メイのだけでいいと言ったのに、俺の分まで。仕方ないので、座ることにした。彼の苦労を考えるとちょっとね。この椅子でかいし、座り心地いいし。まあロールが「モンク」だからそこまで苦労してないだろうけど。


「リヴァイアサン倒して、そんで?」

 話しやすいよう、こちらから口火を切った。何を訊ねているかは冒険者特有の阿吽の呼吸でわかるはず。


「他には、吸血鬼やガーゴイルの魔族とかだな。あとはクエストを受注しながらモンスターを倒してきた」

「へえ! 魔族を倒したか。やるじゃん」


 思ったより強くなってる。魔族を倒したとなれば、レベルがこれだけ上がっているのも頷けた。

 レベルのようにステータスへ表示されるもの以外の要素も鍛えられているようだ。雑魚モンスターを狩ってるだけでもレベルは上がるからな。しかし、それでは強敵を相手にしたときの立ち居振る舞いが違う。リヴァイアサンを相手にしたときは、そこまでの実力はなかったはずなのだ。


「おまえさんなら苦もなく殺るだろうが」

「まあね。あの程度じゃ歯ごたえもないよ」


 俺の一言に会議室がざわついた。

 これもまた、オラルドの話を先にした理由のひとつ。

 単に「戦斧」が保証した人物なのではなく、口だけでない実力の持ち主だと理解させるための方法だ。下手に勘違いされて暗殺者を向けられるのも面倒だからな。


「しかし、今では『戦斧』殿の方が強いのでは?」


 誰かが訊ねる。俺が声の主に目を向けるより早く、反射といっていいほどの速度で誰であろうオラルド自身が鼻で嗤った。


「まだ『欠落』に勝てるとは思っちゃいない。足手まといにはならないくらいの力は得たつもりだけどな」


 いや? 全然足手まといだけど? 何勘違いしてるの? 調子乗んなよ?


『マスターと比べるのが間違いデショ』

(ですです。ご主人様と比べるのは可哀想なのです)


 それもそうか。まあ俺も全力は出してないし、本気ですらなかったからな。


「ま、そうな。ソフィアくらいの力があるなら話は別かもな」

「ソフィア……? お、おい! まさか『太陽の勇者』のことか!?」


 おや? オラルドが食い付いたかと思えば、他の面々もそのようだった。サーキスとやらも目を見開いている。


「ああ。前にちょっとあってな。『白無垢』でウチの奴隷の名前が売れてんだ。それくらいの情報は知ってるはずだぜ?」


 言いながら、隣に座るメイの頭に手をやってぽんぽんする。本人は「ですですっ」と言いながら満面の笑みだ。たぶん話の流れは理解していない。こうやってぽんぽんするとすぐご機嫌になる。頭を叩くと良い音がするし、きっと中身空洞なんだ。


「なるほど……。それで? 『太陽』とどんな話したんだ?」


 俺のことを相も変わらずとか言ってるが、オラルドこそ変わっていない。俺の話について聞きたいことがあるとズケズケ質問して来るのだ。まあ、その好奇心は冒険者にとって必要なものかもしれないがな。


「話ってより、稽古付けてやった感じかな。魔力制御とか雑過ぎ、あいつ」

「……『太陽』の魔力制御が雑だなんて話、聞いたことないぞ」

「そうか?」


 まるで駄目だったけど。今ではかなりマシになったけどね。それでもまだまだだ。


「横からすいません。……『戦斧』殿、この『欠落』殿はどれくらいお強いのでしょうか?」


 名も知らぬ会議参加者の一人が訊ねてくる。俺は自分がどういう批評をされるか少し楽しみで、微笑を浮かべた。


『悪い笑顔ー』

(おまえも大概だぞ)

『あ、やっぱり? こういうの、面白いよね。勘違いしてるのは知ってるケド、どれくらい勘違いしてるかなー、って思っちゃうよネ?』


 エミリーも大概の暗黒微笑である。

 そんなやり取りしている内に、少し考えていた様子のオラルドが口を開く。


「わからん。その一言に尽きるますな。どれだけ強いか、想像も付かないですよ」


 あら、結構雑な口調。その程度の相手ってことか? まあ座っている場所的にもそうか。


「そ、それほどなのですか?」

「ええ。彼と出会ったときは一人でしたからね。一人で旅することがどれほどのものか、冒険者をよく知る支部長ならば理解できるかと」

「そうだな。……まるで、かの『英雄』のようだ」


 ぎくり。


『ちょ、マスター! これ、ヤバいんじゃない!?』

(ヤ、ヤバいのです……?)


 メイは理解が及んでいないようだった。僥倖だ。もし理解していたら、表情に出ていただろうから。そのまま馬鹿でいていいぞ、メイ。


(問題ない。この程度はこれまでもあった)

『な、ならいいケド……ん? なんでワタシが焦ってるんだろ……?』


 たしかに。


「『英雄』殿とこんな小僧を並べるのはやめていただきたい!」


 だん、と机に両手を叩き付けてサーキスが怒鳴った。他の誰かが制止する間もなく二の句を告げる。


「『英雄』殿の人間への献身振りはこの場にいる全員――いや、世界中の民が知っているはずでしょう!? それをこのような、『白無垢』殿ほどの人物を奴隷にするような恥知らず――」

「サーキスッッ!!」

「っ!」


 市長がサーキス以上の声量と鋭さで怒鳴る。さながら槍で貫かれたように、サーキスはそれ以上喋れなくなった。


「……防衛長ともあろう人物が冷静さを忘れるなど、恥を知るのは貴様じゃ。『欠落』殿、彼の暴言を許して頂けませんか。彼もまた『英雄』殿の御威光に魅了された者の一人なのです」

「……ま、いいよ。あの人が俺を嫌ってるのは十分わかってたし。別に気にしてないさ」

「懐が広くいらっしゃる……ありがたいことです」


 俺を持ち上げようとしてるのよくわかってるぞー。無駄だからな。

 というか、サーキスってこの街の防衛長なわけ? こんな短気なのに? 人選ミスってない?

 レベルに関しては仕方がない。冒険者と違い、一般の人間は外に出ようとしないものだ。出るときは冒険者を雇う。そのための冒険者なのだし。むしろレベルが三四もあることの方が驚きだ。レベル一桁の人間など珍しくもないのだから。


 大国の軍事担当の将軍という人物でも、一〇〇レベルどころか五〇レベルにすら届かないことが多い。これは才能限界があるため、途中から見えざる手によってレベルアップできなくなるからだ。そこから先は地道な筋トレなどによってステータスを上げるしか方法がなくなるのである。

 ただ才能限界を上げる方法はいくらかある。基本的なのはアイテムを使う方法だ。稀少なので値段は高いが、それによってレベル上限が上がる。他には偶然頼みになるが、ロールのランクアップによって一定確率でレベル上限が上がるようだ。悪魔に聞いたから間違いないだろう。

「勇者」や「賢者」のような稀少なロールほど才能限界は高く設定されており、一度限界突破したときの上昇値も高くなるらしい。他にもダブルロールやトリプルロールなどもそう。つまり、ロールが稀少な者ほど才能限界は高いということだ。

 オラルドの場合は「戦士」と「ウォリアー」のダブルローラーだが、この二種のロールはそれほどレアではない。しかし、合計で三回もランクアップしている。おそらくはそのすべてでレベル上限が上がったのだろう。ダブルローラーということもあって上昇値は高かったはずだ。だからこそ、一六二レベルという高みにいるのである。

 才能限界に到った場合、レベル数値が黄金色で表示されるのでわかりやすい。銀色だと、才能限界まであと一〇レベル以内という感じだ。サーキスはまだレベルが上がるみたいだな。「騎士」は上位ロールだから、頷ける話ではある。


「さて……」


 一言呟く。それで全員の注目が俺に集まり、無駄口も消えた。場のコントロールは握ったも同然だ。


「俺のせいでちょっと話題が逸れたのはすまない。そろそろ本題に移ろうか」


 机に肘を付き、顎を拳の上に乗せた。

 そして余裕綽々の笑みを泰然と浮かべた。


『暗黒微笑ここに極まれりネ。いやー、ほんと魔王だわー』

(この笑顔を寝る前に向けられると、メイはおねしょしないかいっつも不安になるのです……)


 うるさい。というか、メイはそうじゃなくても時々おねしょするだろ。だから、というべきか?


「この街で今何が起こってるんだ? 全部つまびらかに教えてもらおうか」

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