2-12 エピローグ
短いです。
「ここか……」
悪魔が魔人の魂から抜き出した情報を元に、エミリーに案内させて迷いの森の外へ出て行く。
精霊女王たちに要求したのはエミリーを俺の仲間として連れて行くというものだ。奴隷とするわけではないが、俺に対して従順でなければ殺すと事前に言っておいた。そのことで責められても困るとも。
精霊は他の土地に行くとかなり能力が落ちてしまうが、それでも存在そのものが人間とは比較にならないので、十分戦力になる。
これはどういうことかというと、メイをエミリーに護衛させることで、俺が単独で行動しやすくなるのだ。これは個人的にかなり大きなメリットだった。
女王たちは「それでいいのか」といった顔をしていたが、俺がそれでいいのだと言うと「むしろもらってやってくれ」みたいな雰囲気になった。エミリーは少し恥ずかしそうにして俺を見たが、俺の笑顔を目にした瞬間に顔を蒼白にした。失礼なやつだ。これは教育が必要ですね。
閑話休題。
「廃墟だな」
「……冷たい感じなのです」
「おそらく、滅んでから二〇〇年は経過しているでしょうねえ」
しんしんと降り積もる雪のおかげであまり目立たないが、争いがあったのはわかる。
「ここなんだよな」
「はい。魔人発生のシステムは我々でもまだ完全究明はできていないのですよ。ですが、死して魔人として復活するまでに時間が掛かることもあるとはわかっております」
確認の意味で悪魔に問い、彼女も俺の意図を汲んでくれた。
あの魔人――男は、元々ここで生まれ育ったのだ。
『あまり、長居したい場所じゃないわね』
「そりゃ俺も同感だけどよ……ん?」
今、人がいたか?
そちらに向けて足を向けると、メイとエミリーが疑問符を浮かべた。悪魔だけはしたり顔で嗤っているが。
「どうした。置いていくぞ」
「ま、待ってくださいですー」
『待ってヨ!』
「……実に、実に面白い御方ですねえ」
茶色い短髪に細い目、そばかすの残る青年が俺を手招きしている。何らかの事情が聞けそうなので着いて行くのだが、あるところへ辿り着いた瞬間消えてしまった。
「あそこが目的地で合っております」
悪魔が言うので、それでいいのだろう。
「墓だな」
周囲には欠けたり倒れたりする墓が立ち並んでいた。
しかし、俺たちが前にしている墓だけは経年劣化以外、損傷がなかった。
「古代語……か?」
悪魔に読んでもらおうかと思ったが、その必要もない。悪魔がそう言うからにはそうなのだろう。
魔人の最期の願い。それは花をここへ持って来て欲しいとのことだった。
想定外だったのは、ダンジョンの門番である魔人を倒して手にしたダンジョンコアこそがその花ということだったが。おかげでコアを利用して武器を作ったりとか、悪魔との交渉の材料に取って置くとか、そういうことができなくなってしまった。おのれ、魔人。死しても最期まで俺を恨むか。俺が何をした。
「そういえば……」
悪魔が何か思い出したように口にする。
「昔……それこそ二〇〇年ほど前ですね。奇病がありましてね、身体の半身がゾンビ化するという病です。呪いだと当時は騒がれたようで、我々悪魔たちは誹りを受けたものです」
呪いの専売特許だものな、悪魔。
「ぶるぶる……恐ろしいのです……」
『ワタシ、病気とか関係ないからヘーキー』
「心配ございませんよ、メイ嬢。既に特効薬は出来ておりますとも」
ほーん。ちょっと安心した。二〇〇年前の病気と二〇〇年ほど前に滅びた都となると、ちょっとゾッとしない話だ。
「それで、何で今?」
「その花ですよ」
メイが持っている花を悪魔は指差す。白い花弁に黄色い筋が走った可愛らしい花だ。メイが持っていると、花売りみたいに見える。
「それこそ、『欠落』様から頂いた蕾の成長した姿です。まさか、まだ自生しているとは思っていませんでしたが……『ダンジョンコア』なら納得ですね」
それで? これがどうしたというんだ?
「その奇病の特効薬の中核の成分はその花から採られるのですよ。品種改良や、より効果の高い抽出方法が見付かって見向きもされなくなりましたがね」
「なのにこの花、数少ないのか?」
「品種改良のために根刮ぎ採取されたのですよ。それこそ我々の手を使ってでも、ね」
なるほど。そりゃ知ってるはずだわ。こいつがそれに協力していたかはともかく、悪魔が関係しているのか。
「……ん!? 絶滅したと思えた花の蕾だから、おまえ欲しがったのか!?」
「それもありますが、その花には魔力を吸収するという性能があり、呪いを解除するのに有効なのです。なので我々が育て、品種改良することにより、もっと強力な――おっと」
口を滑らしたのか、悪魔は珍しく慌てた顔をした。そしてすぐに普段の微笑に戻る。
「……『欠落』様との会話は面白過ぎていけませんねえ。思わず口を滑らすところです」
俺のせいにすんな。
しかし……呪いの解除に役立つのか…………。
「メイ。それ、とっとけ」
「ふぇ!?」
『チョット!? お供えするんじゃないの!?』
なんで精霊のおまえが真っ当なこと言うんだよ……。
「死人にそんなもん勿体ないだろ」
俺の呪いを解く……ために使うわけではない。だがこの先、「呪術師」とか「陰陽師」とか、そういったロールの持ち主と戦うこともあるかもしれない。であれば、大抵の呪いを解くのに利用できるアイテムは持っていた方がいい。幸い、雪の精霊であるエミリーを仲間にしたからな。彼女の力で鮮度を保っていてもらおう。
「ご、ご主人様?」
「供え物なら、こいつで十分だ」
言って、担いでいたものをその場に下ろす。
魔人の亡骸だ。
「悪魔が魂から聞き出して言うくらいだし、コイツが関係してる墓なんだろ? なら花を添えるより、コイツを埋めてやる方がいいだろ。どうせ死人同士だ。死んで再会できるのかは知らんけど、亡骸くらいは再会させたってバチは当たらないさ」
墓石をどけ、土を掘り始める。地属性の魔法を使えれば早いのだが、俺の魔法だと威力が高過ぎるので、それは良くない。なので地道な手段になる。
……まあ、墓なわけだし。それくらいの労力は払ってやってもいいだろう。
最初は手伝わなかったメイも手伝うようになり、エミリーは精霊魔法で氷のシャベルを作り出した。手袋越しなら寒くないので、それを使ってより効率良く土を掘り返す。悪魔はニヤニヤ嗤いながら見てた。手伝え。
「契約ですか?」
「エミリーまで手伝ってんだぞ。タダでやれよ」
「悪魔にそれは酷ですねえ」
ならせめてその嗤いやめろ。墓場なんだから、嗤うのはおかしいだろ。
まあいいや。悪魔が相手なんだし。魂を食おうとするやつだ。諦めよう。
そのまま掘り続けて十分ほど。棺桶にぶち当たった。
「開けますです?」
「さすがにそれはしなくていいだろ。その隣に埋葬してやろう」
「了解なのです」
『ラジャ! ワタシも全力で応援するヨ!』
手伝え!
亡骸を寝かせ、先程掘り返した土を戻していく。今度は五分ほどで終わった。
「どうだ?」
「おお……素晴らしい……!」
悪魔は珍しく目を見開き、素直な笑みを浮かべた。いや、魂、見えないんだけど。
「魂は喜んでいるようです。魔人化した人間の魂で、しかも解毒されるとここまでの輝きを放つとは……。ふむ、しかし……」
悪魔は悩んだ様子で顎に手をやる。
「どした?」
「いえ、これでは私が受けたモノに対し、『欠落』様の取り分が少な過ぎるのです。これは我々のルール……そうですね」
普段通りのアルカイックスマイルを浮かべ、悪魔は俺に問う。
「呪いをひとつ解呪しましょうか? それとも『欠落』様のレベルを上げましょうか? どちらでも構いません。今回は契約を成立させるための御相談ですので、呪いが増える心配はないと断言させて頂きます」
「…………いいのか? 死体を埋めただけだぞ?」
「構いません。それだけの価値があります」
まあ、それなら……受けておくか。
こんな、俺にとって得にしかならない取引など、普通なら裏を疑ってしない。だが、悪魔の話であるなら信用できる。交渉事に関し、悪魔は嘘を吐かない。
しばし考え、結論を出す。
「それは俺じゃないと駄目か?」
「どういう……ああ、そういうことですか。構いませんよ。ウフフ……我々でも思いよらないことを思いつきますね、貴方様は。実に面白い……」
俺のレベルを上げるくらいだから、それくらいは容易いだろう。レベルを上げれば上げるほど、次のレベルアップまでの必要経験値は増えるわけだし。
「じゃあ、言うぞ」
そう前置きし、俺は告げた。
◇◆◇◆
その瞬間、全世界の勇者ロールを持つ者のレベルが強制的に一レベル上がり、レベルアップの儀式が自動で起こった。
そしてあらゆる「勇者」たちは直感的に、それが「『英雄の勇者』の祝福」というものであったことを悟る。
また、誰も知ることはないが、それは「欠落の勇者」に近しい者にも強い効果をもたらした。
「欠落」の奴隷は魔術師のロールがランクアップし、「太陽」パーティの面々もレベルが上昇する。
またひとつ「英雄」の伝説が生まれた。
同時に、彼が今もなお生きていることを証明する切っ掛けにもなったのだった。
◇◆◇◆
ひどく、暗い闇の中をもがいているようだった。
呼吸をしようと口を開けば、まるで水中であるかのように黒く悪しき何かが入り込んで肺腑を焼き焦がす。
苦しい。
苦しかった。
何をしようと思っていたのか、何が目的なのかもわからなくなっていた。
――その瞬間を迎えるまでは。
どこを見回しても距離感すら掴めない深淵の闇を切り裂く純白の光槍。
『「強欲」をブチ殺した一撃だ! ありがたく頂戴しな!』
そんな声が響いた。
意味がわからない。
「強欲」とは「強欲の魔王」のことだろうか? アレほど強力な存在を倒す者がいるだなんて到底思えない。
けれど、何故か、理解ってしまう。
その言葉は真実を示している。
その言葉が真実であるならば――だからこそ――この暗闇を切り裂き、救った純白の光槍は並び立つ者のいないほどの「勇者」でなければ放てない一撃。
「勇者」がこの冷たく暗い闇の帳から己を解放してくれたのだ。
そして、「彼」は「彼女」と「彼」と再会する。
『相談しろって言ったじゃんか。どれだけ心配掛けさせるんだよ』
『――――ごめ、ん』
『偶然通りかかった「勇者」さんに依頼しちゃっただろ、まったく。……まあ、無事帰って来たからいいけどな』
『お兄ちゃんっ』
『メ、アリー……』
『もう! お兄ちゃんがいなくなって、わたし、寂しかったのよ!?』
『ご、ごめ――』
『でも、もう一緒だよね?』
『…………ぅ、ん。うんっ』
『俺も忘れてくれんなよ?』
『もち、ろん……だよっ。言いたかったこと、言わなきゃいけなかったこと……たくさんあるんだ!』
ようやく、長い旅路の果てに。
「彼」は帰りたかった場所へ——迷いの森から脱することができたのだった。
次回から第三章です。
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