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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と迷いの森
23/129

2-9

 精霊の住処は岩山の中腹辺りにあった。精霊魔法によって隠蔽されており、外からは岩肌のようにしか見えなくなっている。知らなきゃ入れないな。


「結局、本気で一回跳べばいいくらいの高さじゃねえか」

『いや、それはマスターが桁外れだからなだけデショ』


 誰がマスターじゃい。


「……というか、狭い」

『もー、文句ばっかりー。ワタシたちに合わせた大きさなんだから仕方ないデショー』


 精霊の大きさからすればかなり大きいのだろうが、所詮手のひらサイズのお人形みたいな存在である。子供ならともかく、成人男性にはキツいぞ、これ。それに寝てる成人女性も一人連れてるんだからな……。

 許しを請うように膝立ちになって腰を屈め、擦るようにして進まないと通れない。精霊の大きさなら結構な人数が通れるのだろうけれど。


「人間でも通れるように改築しとけ」

『無茶言わないでよ! これでも大分頑張ったのヨ!?』

「……ん? おまえ、これ掘ったとき居たわけ?」

『そうヨ。言ってるじゃない、エリートって』


 呪いの掛かったエリート(笑)だけどな。


『モウ! そんなコト言わないで、ホラ! 頑張って!』

「くそう……」


 目の前で精霊は俺を先導しながら悠々と浮いている。俺はソフィアを胸に抱きながら、膝を擦りつつ進む。……なんだこれ? 色々なことが間違っている気がする。

 そうして少し進むと、開けた場所に出た。開けたといっても、俺からすればようやく腰をくの字から解放できる程度の広さなだけなので、依然として膝は擦ったままである。ズボン破れないかな……破れないよな……雪山だよ? 頼むぜ?


『警報! 警報ー!!』

『人間が来た! 人間! 殺せー!』


 お、わらわらと精霊が飛んでやってきた。なんかこういうの見ると虫みたいだな。

 潰したくなるが、ソフィアを抱いてるから我慢しよう。


『みんなぁ! ストーップ!!』


 俺の連れていた精霊が全員に大声で停止を叫んだ。


『守護隊長! 何故ですか!?』

『こんな下等種族、殺してしまえばいいではないですか!』

『ちょ、ばばばば馬鹿言わない! マママスター!? 怒ってる!? 怒ってないヨネ!?』

『マスター!?』


 おや、なんだ? 他の虫……間違えた……精霊たちが俺を見て驚愕している。


『守備隊長、正気ですか!? 人間をマスターなど……隊長とはいえ罰されますよ!?』

『えーい、うるさーっい! ワタシがマスターって覚悟なく呼ぶと思うかぁ!?』


 思う。結構思う。だっておまえ調子いいじゃん。手のひらクルクル回るじゃん。なんでメイといいこいつといい、俺に集まってくるのは調子いいやつらばかりなんだ……。もっと俺を見習って欲しい。


『――何事ですか?』


 やがて、その場に荘厳な響きを持つ声音がもたらされた。

 精霊たちは壁際に移動し、整列する。

 今思ったけど、この空間の感じと構造、蟻の巣に似てる……。


『女王様。守備隊長エアリー・ビーがただいま帰りました!』


 そういう名前なんだ。へー。初めて知ったわ。

 女王と呼ばれた、少し大きい精霊が俺を見て鼻で嗤う。身体が大きいと態度も大きくなるのだろうか。


『なんです、その汚らわしい人間は。さっさと処理してしまいなさい』

『おま、お待ち下さいっ!』


 精霊――エアリーが必死で止めようとするが、女王の命令に忠実な周りの精霊たちは一斉に俺に魔法を放ってきた。


「いてっ」

『!?』

『どういうことだ!?』

『我々の攻撃魔法が効かない!?』


 いや、痛いよ? 蜂に刺されるくらいは痛い。体力もちょっとは削れる。

 ただこの展開は気付けていたので、普段オフ状態にしている加護をオンにしていただけだ。そうでなければ流石に精霊たちの魔法をあれだけ喰らったら死ぬ。

 余談だが、加護をオフにしてるのは下手に有名にならないためだったりする。同系等の加護持ちなら見破られる可能性があるからだ。今回の場合は氷属性の加護である。とはいえ、加護を与えられるだけの強力な存在は少ないし、そう簡単に加護は与えていいものではないから、滅多にないだろうが。


『エアリー! どういうことです!? なんですか、この人間は!』

『そ、それを申し上げに参上しました!』

『……わかりました、説明しなさい。皆は本来の仕事へ』


 俺が移動できる場所があまりないので、結局この場で説明することになった。


『……信じ難い話です』

『本当です! このにんげ……マスターは本気で我々の住処ごと、森を焼き払える強大な力を持っているのです!』


 おお、本当に説得してる……。ちょっと感動した。おまえ、ただの馬鹿じゃなかったんだな。メイよりは賢いようだ。


『お待ち下され……』


 そこへ老いた精霊がやってきた。


『守備隊長は現在、呪いを受けている様子ですじゃ』

『呪い!? それで妾の前に!? なんという恥知らずな!』

『そ、それはぁ……』


 さすがに可哀想だし、俺の望む展開になる気もしないので口出しする。


「俺が呪いを掛けたんだよ」

『貴様……人間風情が?』


 女王は疑っているようだ。まあそりゃそうだろう。精霊の身体は魔力で構成されているのだ。それに呪いを掛けるのだとすれば、精霊を上回る魔力がなければならない。まあ俺に呪いを掛けるスキルはないが、あったらできただろう。レベル差とは偉大である。レベルを上げて物理で殴れば大抵問題ないからな。


『信じて下さい、女王様……。ワタシの言っているコトはすべて本当です……。掛けられている呪いも、マスターにとって不利になる情報を喋れなくなるというモノです……』

『じい、どうなのです?』

『ふむ……。守備隊長エアリー・ビーよ、しばし動くな』


 どうもこのじいと呼ばれる精霊は聖職者のロールを持つみたいだな。人間の聖職者と違って寄付を要求しないだけ好感が持てる。


『……女王様。信じ難いことですが、真実のようです』

『エアリーほどの者が……なんという……』


 愕然としていた様子の女王だが、すぐに意識を切り換える。そして俺を睨んできた。


『何が目的です、人間』

「ひとまずは、休憩できる部屋だな。できれば俺とこいつが寝転がれるくらいの広さがいい」

『……それほどまでの広さはありませんが、最も広いと思われる空間を用意しましょう。他には?』

「そのじいさんでもいい。回復系スキルを使えるやつを手配してくれ。こいつの身体ぼろぼろでな。回復させたい。主に魔力関係で」


 回復魔法なら俺も全属性で使えるが、魔力関係の回復魔法は僧侶などのロールの固有スキルであるため、俺には使えない。


『了解しました。じい!』

『畏まりました。準備をしますので、しばし時間を頂きますじゃ……』


 そう言って、じいさんは去っていった。弱った虫みたいに安定しない飛行だなあ。歳のせいかな? 人間でいうなら千鳥足みたいな感じ。……酔ってんじゃなかろうな。


『それで、他には?』

「んー、そうね。今ここの周辺に魔人がいるのよ。そいつは俺がぶっ殺すから、そのあとにエアリーを貸し出してくれるか? この森抜けたいし」

『わかりました。他にはありますか?』

「あと、か……メシくらい?」

『食事ですか……。人間が満足する量……』


 女王の顔が曇る。そりゃそうだろう。人間と精霊では身体の大きさに差がありすぎる。俺一人が満腹になるまで食った場合、果たして精霊何人分の食料が必要となるのか。


「適当でいいよ。おまえらでいう一〇〇人分くらい? 皆殺しにされるよりいいだろ?」


 びくりとエアリーが震えた。俺のいうことが本当に起こり得ると理解しているからだろう。


「当たり前だけど、毒とか仕込んでみろ。皆殺しにするからな。俺は〈毒無効〉があるからいいけど、こいつはそうじゃない」


 嘘である。〈毒無効〉のスキルはさすがにない。〈状態異常耐性〉はあるけど。


『毒などという野蛮な手は使いません! 殺るならば徹底的に殺ります!』

「そりゃあいい。じゃあ、次に誰かが俺を攻撃してきたら、開戦の合図でいいな?」

『マ、マスター! どうか、攻撃してきた者だけにできませんか!? せめて、ワタシの命でよければ差し出しますので!』

『エアリー! 守備隊長である貴方が――』

『申し訳ありません女王様! 少し黙っていてもらえますか!?』


 エアリーの突然の反抗に女王は口をぱくぱくさせていた。逆にいえば、それだけ女王からの信頼を彼女は得ていたのだろう。


「や、だめだめ。おまえの生殺与奪は俺が握ってるだろうが」

『そ、そんなぁ……』


 慈悲はない。冷酷だと言われてもいい。

 俺は自分が「英雄」だとバレる危険を冒してでもソフィアを救うと決めた。それが限界だ。それ以上は甘くできないし、命の保証などできない。


「どうする? 敵対するならしてもいい。ここで同胞と共に永眠する覚悟があるのなら」

『……いえ、やめておきましょう。エアリーは妾と共に生まれ育った同胞。その彼女が言うのでしたら、信じましょう』

『女王様……』


 エアリーが涙を浮かべている。指に針を刺して滲み出てくる血の珠くらい小さいからよくわからんが……。


『それでは、あちらへ。エアリー、お客人をもてなしなさい』

『畏まりました!』


 それからエアリーに案内された場所へズリズリ移動する。どうにかならんか、これ。


「いやいや、狭いわ」

『我慢して下さいな! これが限界なんですぅ!』


 八の字に飛び回りながらエアリーが主張する。むう、信じるしかないか。

 その空間は寝そべられるほどではなかった。膝を曲げる必要がある。そして天井もそれほど高くない。あと広さもそうでもない。仕方なく、ソフィアを抱きかかえる体勢になった。


「……なあ、どう思う? これ、ソフィアが起きた後、俺殴られるんじゃないかな?」

『…………名誉の勲章ってコトでひとつ!』


 殴られることは否定しないんだな。なるほどな。なるほどな……。


「わかった。それじゃ治癒を始めてくれ」

『畏まりましたぞ』


 そうしてじいさんが回復魔法を唱えようとした瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。


「待ったぁ! 待った待った待ったあああっ!」

『ふぁああっ!?』

『な、なんじゃあ!?』


 大事なことに気付いた。とても重要なことだ。もし気付かないままだったら、俺は今後絶対にこのときの判断を悔やむ。いやあ、気付けて良かった。反省って大事。


「ちょっとさっきのとこに戻して」

『わ、わかりました……』


 またズリズリ移動するが、今度は希望に溢れているので何も問題ない。

 大広間は俺が膝立ちできるくらいの高さが確保されており、そして横幅も奥行きもかなり広い。精霊の住処のメインホールだから当たり前か。

 つまり、ある程度は自由に身体を動かせるのである。


「よいしょっと……」

『あ、そういうコト……』


 エアリーは気付いたようだ。

 俺は装備していた革鎧を脱いで身軽になる。うん、寝るときはこうでないとね。そしてソフィアの身に着けていた金属製の鎧も外していく。

 いやー、俺って親切だわ。寝てるやつを安全な場所まで連れてくるどころか回復までさせてやって、しかも安眠できるよう鎧も外すとか、実に紳士だわー。


『マスターって絶対良い死に方しないと思うヨ』

「次に不用意なこと言ったら羽を捥ぐと俺は言ったな?」

『ち、忠告だから今のはオッケーデショ!?』


 まあ許してやるか。でも睨みは効かしておく。


「……ソフィアが起きたとき、おまえが提案したと言え」

『イ、イエッサー』


 これで憂いはない! いざゆかん! ヴァルハラへ!

 先程の場所へ戻り、同じ体勢になる。


「ほほ、ほほほ……」

『やー。すごい幸せそうな顔だね、マスター……』


 メイって邪魔者がいるから、こういうの久しぶり!

 しっかりとソフィアの体温と女性特有の甘い香り、そして身体のやわらかさを堪能する。


「それじゃ、回復頼む」

『………………ええ、畏まりましたぞ』


 精霊の魔法は威力が高い。それは回復魔法においても同様だ。

 外部的な損傷――切り傷など――が瞬く間に消える。続いて目には見えないが、緑色の光で身体の内側が治療されているのがわかる。やはり光の密度が一番高いのは両脚だ。あんな無茶な動きやら何やらしてたらそうなるわな。


「ぅ……ん……」

「よしオッケー! おまえらは出てけ! 何人たりとも近寄らせるな! でもエアリーは俺が呼んだらすぐ来い! 瞬間移動して来い!」

『瞬間移動は無理だけど、全力尽くすヨ! だからホント皆殺しとか勘弁してネ!』


 それは約束できんな。おまえらがどう出るかだ。


 精霊たちが部屋を出て行き、扉を閉める。狭い空間は仄かな魔法の灯りだけで眠るのには最適な薄暗さだった。


「ぁ、ん……え?」

「起きたか?」

「ひっ、わああああ痛っ!?」

「おゔっ!?」


 ソフィアは目を覚ました瞬間、俺に抱かれているのに気付いたのだろう。顔を真っ赤にさせて離れようとしたところ、後頭部を天井にぶつけて戻ってくる。そして額が俺の鼻にクリーンヒットした。


「~~~~っ!」

「…………っ!!」


 予想外の痛みに二人して悶える。それから立ち直るやいなや、ソフィアは相も変わらず真っ赤な顔で、目をぐるぐるさせながら狼狽して大声で訊ねてきた。


「ちょっ、どっ、どーいうことっ!?」

「まあとりあえず落ち着けよ」

「落ち着けるわけないでしょ!?」


 優雅に朝チュンモーニングコーヒーとかできる状況でもないから、落ち着けないのも無理はないかもしれない。

 仕方ないので背中に手をやってソフィアを胸に抱く。抵抗を見せるが、俺の筋力に敵うはずもない。やがて諦めたので、それから頭を軽く撫でてやった。すると何故か、さらに脱力した様子だった。なぜかとは思ったが、好都合なので聞かないでおく。またこんな狭い空間で暴れられても困る。

 あと正面から抱き合う形なので、俺の身体に合わせて双乳が形を変えているのもわかる。いいぞ。とてもいいぞ。精霊の住処を探して大正解だったな。


「…………ここ、どこ?」

「精霊の住処だ。言っただろ」

「そりゃ、言ってたけど……ああ、だからこんな狭いのね」

「そういうこと。諦めて身体預けろ」

「……むう。なんか、変なコト考えてないでしょうね」


 か、かかか考えてねえし!


「あっ! 鎧付けてない! ああっ! わたしも!?」

「エアリー! エアリーッ!!」


 結局、エアリーがやってきて説明し、ソフィアが理解して平静を取り戻すまでに十回くらい殴られた。もっと早くこいよ!


「えと、その……ごめんなさい……」

「や、まあ、いいさ」


 ほんとにな。

 俺の胸にソフィアは身体を預け、抱き合う形でその場に転がる。膝は曲げていないといけないのが癪だが、まあそこは甘んじて受け入れよう。ソフィアの股に膝を入れられるならまるで問題ないどころか好都合だったのだが、ぴったり両脚を合わせているのでそれもできない。おのれ。

 視線を下に移せばソフィアの耳が見える。真っ赤になっていた。彼女の顔は俺の首筋に埋もれる感じになっている。

 鎧もなくなったが、防寒着が邪魔だ。おのれ。

 でも、彼女の身体のやわらかさは十分に感じられる。体温も、あまりに早過ぎる心臓の鼓動も。あともうすんごい良い匂い。なにこれ。女の子の汗は臭くないって本当なの?


「また……助けてもらっちゃった」

「うん? 別に気にすることねえだろ」

「そんなことないよ……」


 あまり喋らないでくれます? 凄くこそばゆい。なのにソフィアは深呼吸を始めた。

 そして意を決したように訊ねてくる。


「あなたは――『英雄の勇者』を知ってるわよね?」

「気のせいだ」

「そんなはずない」


 ああ、やはり。

 誤摩化してもはぐらかしても、ソフィアは諦めないだろう。

 魔人を圧倒しておいて、気付かないわけもない。

 これだけの力を持つ者がそう沢山いるはずもないのだ。


 冒険者は冒険者をパーティに選ぶ。それは一般人よりも実力があるというのも理由のひとつだが、それ以上に同じ力量の持ち主と組んだ方が連携が取りやすいという理由があった。

 突出した個がいると、集団の動きは乱れる。乱れた集団は烏合の衆であり、力量の低い者は率先して潰されてしまう。

 また、冒険者であるなら、自分は持たない知識を持っている可能性も高い。それによって未知の数を減らし、アクシデントやハプニングに対して冷静な者を用意しておくことで、全体の生存率を高める。


 ならば「英雄」は何故単独で行動していたのか?

 単純に「英雄」に見合う実力の持ち主がいなかったからだと人は判断する。そしてそれは事実だ。


 魔王を倒した「英雄の勇者」。それは圧倒的な力の持ち主。

 魔人を倒した「欠落の勇者」。それは圧倒的な力の持ち主。


「欠落」の力を垣間見ておきながら、この両者を関連付けない者の方が少ないだろう。だから俺はできるだけ目立たないよう行動していたのだ。冒険者としての登録に奴隷を用いたのもそのためである。俺の実力が奴隷と二人セットということで薄まるように。


「………………」

「ねえ、教えて」


 溜め息を吐く。

 仕方ないと諦める他ないだろう。自分で撒いた種だ。

 それに、覚悟はしてきた。


「教えてやってもいいけど、見返りが要るな」

「む。……まあ、当然か」


「強欲」を倒して半年以上経つのにいまだ「英雄」は話題の的だ。各国は「英雄」の行方を追っていて、賞金を懸けるほどである。……犯罪者か何かかな?


「お金、じゃないよね」

「金なんてあったも仕方ないからな」


 重くて荷物になる。


「じゃあ、装備とか?」

「要らん。俺が装備で困るほど弱いと思うか?」

「だよね……ええと、ええと……じゃあ、わたし」

「いいね。乗った」

「冗だ――うええええっ!? 困る! それ、困るっ!」


 冗談というのは笑みを浮かべている時点でわかっていた。だから二の句を告げる前に割り込んでやったのだ。


「え、えと……でも、その……」

「嫌か?」

「ぁ、ぅ……嫌かどうかで言うと……嫌」


 嫌なんかい! おかしいぞ!? 俺は死にそうなとこ助けたんだぞ!? 吊り橋理論提唱したやつ出て来い! 断られないと思ってドヤ顔してたのが恥ずかしいわ!!


「あなたのことは、嫌いではないけど……」


 もうやめて。「欠落」のライフはゼロよ……。

 表情からも声音からも真摯に言ってるのがわかる分つらい……。

 黒歴史が生まれてしまった……。


「こ、これで勘弁してっ」

「むっ」


 ソフィアは腕立てのような体勢で顔を持ち上げ、俺の顔の前に持ってくる。

 顔も耳も首筋も真っ赤だ。目はきゅっと閉じられていて、長い睫毛が震えている。

 こうして冷静に至近距離で見ると、余計に顔の造りが整っているのがわかった。小顔だし鼻も高いし。


「…………」


 それだけに、にゅっと突き出された唇が悲しい。なんだそれ。タコかな?

 まあこんな美少女勇者の唇を奪ったというのはそれはそれでステータスだろう。いいネタにもなりそうだ。今後有利に使わせてもらおう。

 左頬に右手を伸ばし、触れる。びくりとソフィアの身体が震えた。

 手をずらして耳朶をくすぐるように経由し、後頭部へ持っていく。優しく手のひらで包み、ゆっくりとこちらへ唇を近付けさせていった。


「――――やっぱ駄目!!」

「んぅぶぐっっ!?」


 痛っ! 痛ぁっ!! 人中に……人中に額が突き刺さった! 前歯折れるかと思った!

 もう怒った。もう許さん。これだけ人が譲歩してやったというのに、くれたのはヘッドバッドかい! しかも急所に!


「おまえ……」

「だ、だめだよ、やっぱり。こういうのは好きな人同士でやるものなんだし……」

「じゃあもう『英雄』の話はしない。というか、怒ったから」

「そこをどうにか……」


 両手を組んでお願いしてくるが、許さん。でも頭を下げて襟の隙間から谷間が見えたから、ちょっとは許す。もう一度チャンスをやろう。


「どうしても話して欲しかったら身体で支払うんだな」

「えっ?」


 より無茶な要求をすると、予想外にもソフィアはきょとんとした顔になった。


「それでいいの? それなら、なんでもやるよ」

「……は?」


 え、なに? キスは駄目だけどアッチならいいの? やだ、今の「勇者」怖い……。


「なに? 荷物持ち? 服を繕えばいい? それとも靴磨き?」


 笑顔でグイグイ来るが、こいつまさか……。


「おまえ、身体で払うって意味、わかってないのか?」

「え? 何かあなたの代わりにやればいいんでしょ?」


 笑顔だ。こいつ、マジだ。そういえば、これまでもそうだったな……。どうして修練場でそういう知識を教えてこなかったんだ。スキルの知識とかよりもっと大事なことってあるでしょ。常識とか。


「ちょっと耳貸せ」

「うん」


 ソフィアは素直にスッと横を向く。もう赤くない。マジだよこれ。マジかよこれ……。

 口を近付け、教えてやることにした。先輩「勇者」として教育せねばなるまい。


「俺が言ってる身体で支払えっていうのはな……」

「うんうん、うん、う……ん……? ぅ…………ぅぅう、うああああぁっ!?」


 顔を真っ赤にして俺から距離を取ろうとし、また後頭部を天井にぶつけて戻ってくる。今度は予想が付いていたので身体を少し起き上がらせ、受け止めてやった。ヘッドバットも喰らわない。……もう二度と喰らうものか!


「だ、駄目! そういうのは駄目って言ったでしょ!? そゆの、禁止!!」

「えー。でもおまえ、なんでもするって言ったよね?」

「禁止! 禁止だからっ!」


 真っ赤な顔で涙目になりながら、フーフーと俺を威嚇してくる。

 ……なんか、アホらしくなってきたな。

 それに眠くもなってきた。


「きゃっ!?」


 身体を引っ張って、抱き寄せる。ほとんど密着しているようなものだったが、今度は本当に密着していた。


「なにを!」

「『英雄』のこと、知りたくないのか?」

「知りたい! けど……」

「眠くなってきたし、寝落ちするまでな。引き換えに、湯たんぽ代わりになれよ?」

「え、と……うん! それくらいなら!」


 雪の精霊の住処なだけあって、少しここは寒いのだ。俺たち人間が掛けられるほどの布団もないし、こうして暖め合うのが得策だろう。決して下心ではない。決して。なにしろ「欠落」の半分は優しさでできているのだ。もう半分は下心。


「えへへ……」


 えへへておまえ……。

 ソフィアは満面の笑みを浮かべているが、どうにもその脱力してる感が不自然というか不可解に思える。こいつ、ここまで精神年齢幼いようには思ってなかったんだけど。


 おそらく、昔から「英雄」に憧れていたからだろう。

 この一時の間に限り、彼女の精神は一七歳の「勇者」ではなく、純粋に「英雄」に憧れているだけの子供のものに退行しているのだ。

 それはさながら、寝る前に師匠へ冒険の話をせがんでいたかつての俺のようだった。


「……何から話すかな。とりあえず」


 こういう言い方で説得力を持たせるか。


「俺はかつて『英雄』のパーティにいたんだよ」


 嘘ではない。グレーではあるけれど、黒ではない。


「えええええええっっ!?」

「うるさっ。あんまりうるさいと寝るぞ」

「ぁ、あぅ……ごめんなさい……」


 しゅんとしたソフィアの頭を撫でると、また彼女は笑みを浮かべた。なんだ? 頭撫でたら大人しくなるのか? 犬かな?


「パーティのメンバーは『英雄』と俺に付いて来れず、一人ずつ去っていったよ。一人は死んだんだけどな」

「そう……なんだ。やっぱり、死ぬことも……あるよね」


 当然だ。冒険者なんて、死のリスクを引き換えにして金を稼いでいるのだ。命を落とした仲間を見たことがない冒険者の方が少ないはずである。


「んで、二人きりになった。聞きたいのは『英雄』のことだろうから、俺との会話とかは省くぞ」

「う、それも気になるけど……うん。話しやすいやり方でお願い」


 目を閉じる。話すのは俺が寝るまでだとソフィアも納得済みだ。

 何の話をしようかな。やはり、「英雄信仰」とやらをぶち壊す方向でいくか。

 話す内容を決め、俺が「英雄」だとバレないラインを考えつつ、口を開いた。

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