2-8
敵の魔法が次々飛来する。一体どれだけの魔力量とスキルを用いればこれだけの連射が可能なのか。
一呼吸で三連発の爆炎。それだけでも厄介なのに、その後には稲妻が飛来する。敵の攻撃は、さながらワイバーンの〈ブレス〉を彷彿とさせた。
「くっ、ぐ、ふ、ぅう……」
ソフィアは「欠落」に強気なことを言いはしたが、実際は彼の言う通り、勝てる気がしなかった。
最初は勝つ気でいた。勝てる可能性だって一パーセントはあると思っていた。
けれど、戦いが続くほどにその自信の火も揺らぎ小さくなっていく。最後の僅かな灯火さえ消えてしまったなら立ち上がることもできない。それはさせない。
だが、肝心の蝋が溶け切ってしまえば、火を灯し続けることはできない。
「くあっ!」
「どうした? 起き上がれよ『勇者』! 誰も助けることのできない弱虫め!」
直撃は一度も喰らっていない。「欠落」の言う通り、ヤツの魔法は一撃が致命傷になってしまう。
しかし、それだけの威力、攻撃を躱しても衝撃波までは躱せない。そしてその衝撃波が弱いモンスターの突進くらいの威力だった。
立ち上がる。身体が震えている。もう限界だと訴えている。
「限界――禁止っ!」
自分で自分を戒める。
限界だなんて誰が決めた。そんなものを作るな。何度も修練場で教官たちに言われた言葉が胸の内で蘇る。
あの十数年は辛いことも沢山あったが、楽しいことだって沢山あった。それに旅に出て仲間と出会った。それらすべてがソフィアの宝物だ。
宝物たちがキラキラと星のように輝く。
その度にソフィアを声援を受けている気になった。
記憶の中、お世話になった人、友人たち、大切な人、両親の顔が浮かぶ。みんなが喜んでくれるよう頑張る。それが彼女の出発点。
そのためにはこんなところで折れてはいけない。
限界を決めるな。
宝物が瞬く星の輝きに手を伸ばせ。
まだまだ先があるだろうと自分を鼓舞する。
(敵のロールは十中八九『魔法使い』、よね……。これだけの攻撃魔法、威力。どう考えても魔法使いだわ)
勝つためには冷静さを失わないこと。教官が記憶の内から呼び掛けてくる。
(明らかにわたしより強い。倒すためには……一撃必殺を狙うしかない)
敵はこちらが格下と侮っている。攻撃はどれも即死級だが、絶対に躱せないような攻撃はなかった。猫がネズミを甚振って遊ぶようなものだろう。
こちらがつけ込むべきは、その油断。彼我の実力差を考えると、ヤツが本気になった時がソフィアの最期だ。
だからこそ、油断している内に終わらせなければならない。
(後悔、させてやる……!)
二ヶ月近く前のことだ。ドラゴンを退治し、「欠落」たちと別れてしばらくした頃。ソフィアたちはそろそろレベルアップできるんじゃないかということで教会へ行った。ソフィアは〈ハイパーラーニング〉の詳しい説明を受けるという理由もあり、レベルアップの儀式だけでなく、新しいステータス表も見せてもらった。
そうして、驚愕する。
それは〈ハイパーラーニング〉にではない。
それによって「欠落」から手にした〈星光の牙〉に、だ。
ある程度の概要は聞いていたものの、詳細を調べるために神父へ頼んで説明してもらった。そしてそれは神父ですら驚愕するようなスキルだったことを知る。
〈星光の牙〉はチャージ系スキル。しかし、問題はその攻撃上昇倍率だ。
おそるべきことに、ロールのランクアップででチャージ系スキルを覚える「武闘家」や「モンク」、「戦士」たちのスキルランク最大値で、ようやく〈星光の牙〉の最低ランクなのだ。
つまりソフィアは一発で彼らのチャージ系スキルを極めたようなものらしい。それだけではない。〈星光の牙〉はそのうえ身体強化も乗り、さらにスキルランクだってまだまだ上げられるのだ。
さらに神父は語った。このような破格のスキルは通常、どんなロールであってもレベルアップやランクアップで修得することはできない、と。
どういうことか訊ねると、こういうことらしい。
特別な場所で、特別な条件を満たした場合にのみ修得できる——レアスキル。
強くなろうとむやみやたらに敵を倒して経験値を溜め、レベルアップを目指すだけでは絶対に手に入れることのできないスキルなのだ。
それを覚えていた「欠落」は何者なのか?
だから「太陽」パーティは次に「欠落」と出会ったら、しばらく共に行動することに決めた。少なくとも彼は自分たちより遥かに強力な存在で、幅広く深い知識を持っている可能性が高い。可能であるならその知識を分けてもらおうと思ったのだ。
そうして過ごしたが、いかんせん彼の情報は一向に集まらなかった。それも当然だ。彼は冒険者登録をしていないのだから。奴隷であるメイが登録していたため、時折どこにいるのかはわかったが、わざわざそこまで押し掛けて話を聞くのは厚かましいということになったため、偶然近くにいたら訊ねてみようという話にまとまった。
そして今回、偶然出会い、共に行動することができた。
今日の数時間だけで、ソフィアは信じられないものを何度も目にした。
そして先日の話もあり、確信する。彼は確実に「英雄」の情報を持っている、と。
これほどまでの「勇者」が無名である理由。「英雄」が消息を断った理由。
それらが重なっているのかはわからないが、両者の間にはなんらかの関係があると断言できるほどに確信した。
「――っぐ、ぁっ」
壁際へ移動した瞬間、敵の爆破魔法が放たれる。咄嗟に跳躍して回避するが、爆発の衝撃で空高く吹き飛ばされる。
「……ふん。死んだか」
敵は鼻で嗤い、こちらに背を向けた。
(油断、したな……!)
それは狙い通り。
先程までから敵の攻撃を見ていたが、実に理論的だった。壁際に寄れば広範囲にダメージを撒き散らす爆発系魔法を使うと予測していた。そのため跳び上がり、敢えて上空へ自分を吹き飛ばさせたのだ。
敵は理論屋。無駄を嫌う。この高さから落ちれば死は免れないと確信している。
だから、そこを狙う。
これほどまでの強敵――自分の命を懸けなければ、攻撃を届かせることすら叶わない。
「〈星光の――」
「っ!」
スキルを発動しようとした瞬間、気付かれる。
(そうか! 〈魔力感知〉……!?)
失念していた。スキルを使おうとするだけで魔力は動く。「欠落」から魔力制御のやり方を聞き、理屈は理解していたのに。
(今更、退くのはなしだ! 攻めるしかない……!!)
落下していく。足場となる岸壁に沿うようにして落下する。
敵の手がこちらを向いた。
視界が真っ白に染まる。雷撃魔法。
「――牙〉!」
足の裏の魔力制御を成功させる。岸壁に魔力がまとわりつき、落下速度を減衰させる。
「なっ!?」
敵はソフィアが落下しているのを計算に入れて魔法を放っている。だからこそ、攻撃はソフィアのやや下に着弾した。
(今だっ!)
壁を蹴る。一直線に、放たれたばかりの矢のように、ソフィアは敵を目指す。
(さらに……もうひとつっ!)
〈星光の牙〉はチャージ系スキル。
すなわち、次手の攻撃系スキルの威力も上昇する。
放つは勇者ロールの持つ攻撃系スキル二種のうち、単体攻撃系スキル。
ソフィアの使える中で最高の威力を誇る一撃。
「〈雷鳴閃〉っ!!」
「ガッ、ァア、アアアアアアアアアアアアッッ!!」
閃光の如き一撃。剣閃は雷鳴の如き轟音を上げ、敵を一刀両断する。
「っう、く、ぅうううっ!」
気分が悪くなる。目が回りそうだ。貧血の非常に重いやつよりまだ重い。
〈雷鳴閃〉はソフィアの単体攻撃系スキルで最高火力なだけあり、消費魔力が激しい。それに加えて、万全でも二度放てるかどうかほど魔力を消費する〈星光の牙〉まで重ね合わせたのだ。今の一瞬でソフィアの魔力は最大値の八割が消し飛んだ。意識がふらつくのも当然のことだった。
それでも、こんなところで死ぬわけにはいかないという意地が意識を縫い止める。
体勢を整え、足から着地する。魔力制御で衝撃を分散し、着地。
「っくぅ……」
それでも、衝撃は殺し切れない。ミシリと骨が軋む音がした。筋肉が千切れる痛みを覚える。
「っは、はあ……でも、はあ……勝った、よ……」
もう立ち上がることもできない。剣は離していないが、ふらふらだ。汗が目に沁みて痛いが、拭う気力もない。息も絶え絶えに肩をしきりに上下させ、仲間へ告げるように微笑する。
「……それで、勝った、気か……?」
「な…………ぅそ……」
敵を向き、ソフィアは信じられないものを見る。
一刀両断したはずだ。それなのに、まだ身体が引っ付いている。
「死ぬかと……ああ、死ぬかと思った。これが『勇者』か。なるほど、確かに、強い」
「なん、で……」
「『なんで』? フン、気付いていなかったのか。オレのロールは賢者だ。回復魔法を使えるのは当然だろう?」
一瞬、言っている意味がわからなかった。
けれど目の前の現実は残酷なまでに真実を告げていて、男の傷は緑色の輝きによって修復されていっている。
「もう限界みたいだな」
「そん、な、こと……っぐ!?」
気力を振り絞って立ち上がろうとし、失敗してその場に顔から倒れる。
「死ね」
「く、う……ッ」
視界が真っ白に染まる。先程と同じ雷撃魔法。今度は避けられない。
なのに、どうしてだろうか。
雷撃魔法が淡い蒼色の障壁に阻まれ、一切こちらへ漏れ出さない。
「なん、で……」
「言っただろ」
そこには逃げると言っていた男がいた。目の前の敵には敵わないと言っていた男が。
視界が滲む。
――ああ。
こういう風に、絶体絶命の危機を救ってくれる存在を、人は何と呼ぶのだったろうか。
わかっているはずなのに。
何度も口にしたはずの単語なのに。
この瞬間、この大事な瞬間に出てこない――
「いざというときは俺が守ってやるってな」
隻腕隻眼の男。奴隷を持つし、皮肉や悪口をよく吐くし、セクハラもよくする。とてもじゃないが、「勇者」とは決していえない男。
だけれども——今の現れ方は悔しいくらいかっこよくって、勇者らしかった。
思わず、ソフィアの胸が高鳴ってしまったくらいには。
◇◆◇◆
「うおーっ! 随分危なっかしい戦い方してんなあ、あいつ……」
木陰で気配を消し、敵とソフィアの戦いを眺める。
『ねえ、アイツ殺すんじゃないノ?』
「ん? 殺すよ? まあ、今は待て。もうちょっと後だ」
俺にも計画があるのだ。とりあえず、あのバカに俺の偉大さを見せつけて、言うことを素直に聞くよう教育してやらねばならない。
『……良いタイミングを見計らって出て行くってコト?』
「そゆこと。さすが精霊。そういうことはわかるんだな」
『よくやるモン。そんで絶望に叩き落としたときの顔がサイコー』
悪趣味だなあ。まあ過程に関しては俺も同じなわけだが。
『ケド、その前にあの娘、死んじゃうんじゃない?』
「さすがにそうなったら出るよ。けどまあ、あいつならなんとかなるだろ」
『フーン、よく知ってるんだ……。じゃあ、アレなの?』
「ん?」
精霊がニマニマと嗤いながら訊ねてくる。
『あの娘、好きなの?』
「は?」
『いや、あの……すいません……調子乗りました……ごめんなさい……』
あれえ、おかしいなあ? 俺はただ笑顔を向けただけなのになあ?
「つーか、何勝手に出て来てんの?」
『だって! 狭いモン! ちゃんと引っ付いて逃げたりしないから! いいデショ?』
まあ、それならいいか。けど付いて来れるかなあ?
「おまえ、レベルいくつ?」
『ちょっ、女のコにそういうコト聞く!? デリカシーないなあ……。アンタ、モテないデショ?』
「うん?」
『いや、本当……すいません……もう絶対生意気言いません……』
「次に不用意なこと吐いたらその羽、一枚ずつ毟るから」
『ひぃい……魔王だ……この『勇者』、魔王だ……』
失礼な。「勇者」中の勇者と呼ばれた「英雄の勇者」だぞ。昔は。
今? 今は「欠落の勇者」。
「そんでレベルは?」
『一三〇ですすいません……一三〇レベルですいません……』
「ふうん、低いな。じゃあ俺のスピードに引っ付いてこれるか微妙だな」
『は?』
俺よりレベルが高いと思っていたのだろう。随分ニヤニヤ嗤っていた精霊だったが、俺がそう告げると唖然とした顔になった。
『え、一三〇レベルの精霊って、結構トップクラス……』
「そうなの? 大したことねえな、精霊も」
『…………えー。じゃあ、アンタのレベルっていくつなの?』
どうしようかな……。まあ、悪魔に呪い掛けられてるし喋れないし、いいか。
「俺のレベル口外しない?」
『あの悪魔、アンタの実力を口外できない呪い掛けやがったのヨ! チクショウ!』
ほーん。ならいいや。
「三四二」
『…………へ?』
「だから、三四二レベル」
『…………ウソだあ……。いや、デモ……この森を消せる……マジで……?』
理解するにつれて精霊の顔が青ざめていく。服も肌も真っ白なのにどうして青くなるんだ?
『でもソレ、本気で魔王クラスなんじゃ……』
「口外しない呪いがあるから言っちまうけど、『強欲』殺したの俺な」
『…………ううん。もうなんかどうでもよくなってきた……。アハハハハー』
あ、理解の許容量超えた。まあ静かになったならいいや。
「ん? それは悪手だろ」
ソフィアのやつ、敵の攻撃が理屈通りってのがわかってないのか? それならもっと攻め方があるだろうに。あいつのレベルなら〈御鏡切り〉くらいなら覚えてるだろうし。攻撃のパターン読んで魔法反射で叩き落とすんだよ。接近戦に持ち込んだらこっちのもんじゃん。
「っ! 馬鹿か、あいつ!」
『ヒエッ!? ごめんなさい! 身の程知らずの馬鹿でごめんなさい!』
あれ!? 精霊が謝ってきた!?
壁際に寄ったソフィアに対し、敵は爆発系の魔法を放つ。辛くも回避するが、爆風によって彼女は上空へ吹き飛ばされる。
「ちっ。思ったより弱いな、あいつ。じゃあ行くか……ん?」
落ちてくるのをキャッチしようと宙空にいるソフィアを見た。すると、まだ目が諦めていないのに気付く。まだ出て行くのは早いみたいだな。
「何かする気か……?」
瞬間、魔力の反応。この感じと量……あいつの保有スキルなら〈星光の牙〉か。
しかし、ソフィアに背中を向けていた敵もその魔力を感知して振り返る。不意打ち失敗である。
「不意打ちの方法も覚えさせないとだな」
『「勇者」にあるまじき攻め方だネ』
いいんだよ。勝った方が正義。つまり俺こそが正義。世界で唯一絶対無二の正義の化身である。
敵が雷撃系魔法を放つ。速度も威力も高い魔法だ。ただし欠点として魔力消費が激しいことと、貫通性質であるため直線的な攻撃しかできないというものがある。
「ま、それしかないわな。でも、よくこの土壇場で成功させたな。しかも壁に」
『なに? なんの話……?』
「気にすんな。こっちの話だ」
頭を指でコリコリしてやると「あー、ソコソコ」と何故かうっとりした顔で言われた。なんだこいつ気持ち悪い。もう一匹いた方の精霊を生かしといた方が良かったか?
『なんか、失礼なコト思われてる気がする!』
「気のせいだ。気にすんな」
そして俺に気の迷いだと思わせるように努力しろ。忠実になれ。そうしたらミスしても殺さずに甚振るだけで許してやる。
ソフィアが〈星光の牙〉で〈雷鳴閃〉をブーストし、必殺の一撃を放つ。
「浅い」
魔力制御技術の浅さが出た。壁を掴み切れてなかったな。
浅く入った上に、きちんと推進力を得られなかったために威力も減衰している。あれでは普通の〈雷鳴閃〉並の火力にまで落ちてしまっている。
それからソフィアは着地。今度も魔力制御が未熟なため、反動で足が軋んでいるのがここからでもわかった。無理な着地だから筋肉も傷めただろう。もう動けない。
『え、え、え!? チョット! あの娘、アイツ倒しちゃったんじゃナイ!?」
「いや。まだ生きてるし、回復するぞ」
『回復? あの魔法の威力といい、「魔法使い」デショ?』
違うんだなあ、これが。俺はヤツのステータスを視たからわかる。
ソフィアも殺した手応えがあったのか、微笑を浮かべていた。何か呟いてる。死んでないぞ。
こういうの、横から見てると痛々しいな……。後々、この光景を客観的に見たら赤面して自殺しようとするんじゃなかろうか。
『え、ウワッ! マジ!? あれで「賢者」ってヒキョーデショ!?』
「仕方ないだろ、そういうロールなんだから」
ソフィアも気付いた。そして愕然の余り、素の表情になってしまっている。
『ちょ、ちょっと! さすがにマズイって! アレは可哀想だよ!!』
「ん。まあ、これ以上は無理だろうな。行くぞ」
『うん! あ、ちょっと待って。やっぱりポーチに戻る』
それが正しい。……あ、おい! 時間掛かり過ぎだ! ヤバい!
精霊がポーチに戻るやいなや、ダッシュで駆ける。参考になるよう〈御鏡切り〉を見せようかと思ったが、これはそんな時間もない!
絶望に暮れるソフィアの前に出るのと敵が魔法を放つのは同時。もはや障壁魔法を構築する猶予はない。
こうなったらアレしかないな。
「〈アイギス〉!」
手を付き出し、スキル名を詠唱する。瞬間、前方に大きな円形の障壁が展開された。
「なん、で……」
ソフィアが涙を浮かべながら訊ねてくる。
俺は間一髪で間に合ったことに冷や汗と安堵の笑みを零しつつ、一生懸命になんて台詞を吐こうと考えていたのか思い出す。
「言っただろ」
台詞を思い出し、前を見据えた。敵が信じられないものを見る目でこちらを見つめていた。
「いざというときは俺が守ってやるってな」
よし! 決まった!
『ソレが考えてたシナリオ?』
うっわ、びっくりした! なに、精霊ってテレパシーできるわけ!?
『一応、双方向でできるヨ。これでもワタシ、エリートですから!』
何がエリートだ一三〇レベルの癖に。馬鹿かコイツ。
『ひっど! ひどい! でも怖いから従うワタシでしたー』
まあ、口に出さずとも会話できるのは楽でいいな。ポーチの中からでも案内できるわけだし。
『あ、それは無理。外の景色見えないと説明できないし』
……使えねえなあ。
『ひどいぃ』
そんな馬鹿な会話を精霊としていると、敵は躍起になって魔法を連射してくる。
無理無理。通用しねえよ。
『てか、何このバリアー。どういうスキル? こんなのアリ?』
俺が展開しているのは特殊な条件でのみ修得できるレアスキルの〈アイギス〉だ。一定時間の間、あらゆる魔法攻撃などを遮断する絶対魔法防御障壁。衝撃すらも通さない優れものだ。それに加え、魔法ではなくスキルなので展開に掛かる時間もない。魔力充填も必要なし。ただその名を詠唱するだけでいい。
その分、デメリットもある。普通の魔法は魔力を充填させる技術を磨くことで連射できるが、魔力充填の必要のないこの魔法は連続で発動できない。一度行使したら最後、丸一日は使えなくなるという俺の切り札のひとつなのである。
『いやいや……本当、こんなのアリ?』
アリだろ、あるんだから。認めなきゃ、現実を。
「強欲」のクソ野郎には奥の手の魔法があると配下の魔族を痛めつけて聞き出していたから、どうにかしてこのスキルを手に入れる必要があった。奥の手をこれで破ったときの顔はいまだに忘れられん。思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
「なんだ……その顔は! オレを、オレを馬鹿にしてるのかッ!?」
あ、誤解された。
「喰らえ……オレの切り札を……!」
なんか両手に凄い魔力を蓄えてる。結構な充填時間だな。切り札というだけある。
「『欠落』さん! 逃げて! もうこの障壁も限界よ!」
ソフィアが必死に俺を生かそうと逃げるように言うが……限界じゃないしなあ。
そもそも、俺自身、限界とか決めたことないし。限界だと思ったら悪魔を呼んで才能限界突破させたり反則レベルアップをしていたから、本当に限界を感じたことがない。そうでもないと一人旅とかできんよ、マジで。遊びじゃないんだからさ。
敵が切り札とやらを放ってくる。〈アイギス〉はびくともしない。まあ、「強欲」の奥の手以上の威力じゃないとなあ……。
「そろそろ時間だな。行くぞ」
「え……えっ?」
敵も切り札が通用しなかったことに動揺しているようだし、今がチャンスだ。
翳していた右手を引くと〈アイギス〉の障壁も解除される。敵はすぐにそれに気付いて魔法を放とうとしてくるが、俺の方が早い。ソフィアを担ぎ上げ、移動を開始した。
「わっ、ちょっと! どこ触ってるのよ!?」
「この緊急事態で文句言うな!」
でもお尻の感触はしっかり覚えておく。今度は鎧に邪魔されないしな。
『……サイテー』
殺すぞ。
ソフィアたちが戦っていたのは壁際だ。その壁方向へ一気に跳躍する。おおよそ二五〇レベル程度の出力だ。
「なっ、ぁ、え……っ?」
『え、なに!? 凄いこのカンジ! わあ、わああ! オモシロイ!』
爆風でソフィアが吹き飛ばされた高さをさらに超える。一度崖に足を付け、さらに真上へ跳躍。
「ま、待てっ!」
敵が必死で追い掛けようとしてくるが、所詮一九九レベル。俺の速度に追いつけるはずもない。
ヤツの持つ〈飛行〉スキルは空を飛べるというメリットがあるが、飛翔速度を上げるためには熟練度を上げる必要がある。ステータスを覗いたときにスキルレベルが一なのは確認済みだ。それじゃあ普通に駆け足くらいだろ。
『えと……ウワッ! 行き過ぎ行き過ぎ! ここよりもっと下ヨ!』
なに!?
ポーチから顔を覗かせた精霊が慌てて向かうべき場所を指示する。俺も宙空で身体を反転させて落下しようとするが、それを妨害する者が現れた。
『ギョアアアアアッッ! 死ぬ! 死ぬよこれはっ!!』
「ワ、ワイバーン!? こんなときにっ!」
ついつい跳び過ぎてワイバーンの巣食う高度まで来てしまったらしい。面倒だなあ。
数は十体。問題ないな。でもソフィアの位置には気を付けて……と。
「――殺すぞ」
「強欲の魔王」を殺したときに得たスキル〈死の宣告〉。視線内にいて認識できる生物すべてを対象とし、俺のレベル以下の対象へ九割の確率で即死させるというもの。魔力がごっそり削られるが、その効果は強力無比にして残酷無惨。端的にいうなら殺気で殺すってやつか。
問題は視界内のすべてが対象になるので、味方も巻き込んでしまうという点だ。滅多に使わないから問題でもないか。
『は? はあ? はああああああっ!? 睨んだダケで死んだ!?』
「っ、っ、っ!?」
「所詮翼の生えたトカゲだろ。トカゲ相手に得物は要らん。視線のひとつもあればいい」
ちっ、やはり確立九割。十体いたこともあって、一体は残ったか。
「安心して見とけ」
「は――へ、え、ちょっとぉ!?」
ソフィアを宙へ放る。そして空いた右手をワイバーンへ向けた。
「〈白夜の閃光〉」
氷と光の複合属性魔法。貫通性質を持ち、少しでも擦ればそこから冷気が流れ、対象を凍て付かせる魔法だ。レベル差のせいか、ワイバーンは頭から尻まで串刺しにされた後に全身を凍らせて落下していく。
『チョ……ワタシたちの氷属性魔法より……』
レベルに差があるからな。たぶん同じレベルで放ったなら精霊たちの魔法の方が威力は上だ。そこは仕方ない。種族が違う。まあそれでも張り合う方法はあるが、今はその機能をカットしている。
「わわわわたしを無視するなあああああああっっ」
あ。いつぞやの台詞を放ちながらソフィアが落ちていった。慌ててそちらを向く。
「〈空中歩行〉」
これも〈星光の牙〉と同じく、仙人とかいうクソジジイから腹立つ修行を受けて学んだスキル。
足の裏に魔力障壁を小さく出現させて足場にし、空中を自由に移動できるようになるものだ。魔力消費も馬鹿にならないからあまり使わないが。
「武闘家」「モンク」「ウォリアー」を内包したロールであるバトルマスターの固有スキルである〈空中歩法〉なら魔力消費も軽いが、その代わりにこちらは固有スキルでないため、勇者ロールの俺でも修得できた。
『空も自由に……。いや、ホント……認める。アンタ……いや、マスターは魔王だワ』
失敬な。あと誰がマスターか。ぜんぜんおまえ従順じゃないだろ。いらんわこんなん。
『酷い! イロイロできるヨ? ホントヨ?』
宙空に連続で足場を出現させ、それを蹴って推進力を得る。あっさりとソフィアを同じように掴まえて肩に背負った。
「た、助かったけど……もっとやり方あったでしょ絶対!」
この野郎。助けてやったのに。これは罰が必要ですね。俺は悪くない。いざゆかんイスカンダルへ!
なでり。
「お尻を触るなあっ!」
「馬鹿言え! 非常事態だぞ!?」
「絶対余裕あるでしょ!」
そそそそんな馬鹿な! ああほら! 敵がやってきたぞ!
「きさ、貴様は何者だっ!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴ってくる。いやさ、ほら。そういうのって、野郎がやってもこっちは寒いだけなんですよね。
「これが『勇者』だよ」
「ゆ、勇――」
「また遊んでやる。今はただ、眠ってろ」
その場で回転。一気に距離を詰めたため、敵は反応できない。
改めて敵のステータスの耐久力と残り体力を見る。それを踏まえて威力を調整し、死なないように心掛けた。
「『英雄』じゃないけどそれくらい強いハイパー踵落としッ!」
「ぎゅぼっ!?」
脳天に踵落としを叩き込んだ瞬間、敵は我ながら凄まじい勢いで落下していく。落下というより墜落と呼んだ方がいいくらいの勢いだ。
『……死んだんじゃない?』
手加減してるし、落とす場所も雪の上に調整したし、死にはしないだろ。それよりさっさと案内せんかい。
「ち、ちょっとぉ! どこへ行くの?」
「ん? 最初の予定通りだよ」
俺は計画を重視する男なのだ。意地でも守る。でも都合が悪いと破る。人間だもの。
「予定通りって……」
「精霊の住処」
「それって…………ああ、もう、いいわ。うん、驚き過ぎて、疲れちゃった」
あは、とソフィアは笑う。
「疲れてて……ごめん、寝ていい?」
「安心して寝ていいぞ。尻は撫で回すけど」
「安心できなくなった!?」




