2-7
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………なんだよ」
さっきからじーっとこっち見やがって。
ソフィアは俺に訊ねられ、ふぅんと情けない息を漏らした。
「じっと見てたら〈ハイパーラーニング〉も発動するかなって思ったけど」
「いや、無理だろ……」
「どうやったら発動するのかなあ」
ん? こいつ、わかってないのか?
「発動条件、わからないのか? 教会行ってないのか?」
「行ったわよ。ちゃんとレベルアップもしたんだから」
今度はドヤ顔で胸を張る。百面相ですなあ。
実際、彼女のレベルは上がって一一八になっていた。一〇〇レベルを超えて一ヶ月ちょいで四レベル上げたと考えると、結構な速度だ。どれだけモンスター相手に暴れ回ったのやら。普通、そこまでのスピードでは上がらないと思うんだけど。
「ま、たしかに。俺の動きに付いてこれてるんだから、多少はレベルアップしたみたいだな。二、三レベルくらいか?」
「一〇よ、一〇! 頑張ったんだから!」
こいつ、サバ読みやがった……!
わざわざ両手を広げてこちらに見せてくるが、そこ主張する意味なくない?
「嘘吐け。いいとこ五レベルだろ」
「うぐ、バレてる……」
眉が八の字になった。でもすぐ元に戻る。表情筋凄いんだろうな、たぶん。
「なんでわかるの?」
「経験積めばわかるようになる」
「またそれ? むう」
唇尖らせても仕方ないよ。レベルアップと同じで地道に経験値を積むしかない。
これは単純な実力においても同じこと。一足飛びで手に入る力や技術は所詮紛い物なのだ。
そういう意味では鍛冶とも似ている。きちんとひとつひとつ段階を仕上げていかなければ、素晴らしい出来のものは決して作れないのである。
「一気に強くなりたい気持ちはわかるけどな……」
言いながら歩いていると道を邪魔している岩があったので乗り越える。俺ならジャンプで一気に越えられるが、ソフィアには無理だろう。ある程度跳び、手を貸して引っ張り上げてやる。
「地道に経験を積むのが一番強いししこりも残らない。ズルい手を使っても、いずれは自分の身にツケが回ってくるだけだ」
他の誰であろう、俺が言うのだから間違いない。
「でも……それじゃ追いつけない……」
「また『英雄』か? じゃあ聞くが、『英雄』はズルした強さで『強欲』を倒した。おまえはそう言いたいのか?」
まあその通りなんだけどね。
「そんなことっ!」
「それなら……」
岩を飛び降りる。積もった雪に膝くらいまで沈んだ。クソが! 冷たいわ!
「おまえも地道にレベルアップするしかないだろ? 付け焼刃が欲しいわけじゃないはずだ」
そのくらい、普段のこいつを少しでも見ていればわかる。
さっきまで静かだったが、それはようやくの話。それまではうるさくて仕方なかった。メシアやメイのうるささとは別だったが。
俺というレベルの高い「勇者」がいるからか質問攻めにあっていたのだ。どういう風に剣を振るのか。魔法はどういうタイミングで使うのか。より効果的な魔法の使い方、スキルランクアップの際にどういう強化をすればいいのか等々。
すべては少しでも早く強くなるため。
そのひたむきな前向きさ、向上心は嫌いじゃない。だから鬱陶しかったし面倒だったけれど、すべての質問に辛抱強く付き合ってやった。俺、偉い。
ふと、俺を鍛えてくれた師匠たちもこんな気持ちだったのかな、なんて思った。アレとはまた別だろうけれど。
アレは拷問というやつだ。修練場の日々はぬるま湯過ぎて、俺は殺されるんじゃないかと思ったくらいだ。使えない「勇者」は出荷よー。
「大丈夫だよ」
「え?」
岩から飛び降りてきたソフィアに告げてやる。
「おまえはそのまま強くなればいい。今のままの方法で強くなれ。決して、他の近道を探そうとするな。〈ハイパーラーニング〉はパッシブスキルだから仕方ないが、それに頼ろうとするな。それは付け焼刃でしかない」
メッキはいずれ剥がれる。それに頼っていたら、いざというときに頼れるものがなくなってしまう。鍛え上げた自分の身体と技術こそ、絶対に裏切らない唯一無二の存在だ。
「……うん。わかったっ」
「よし。そんじゃ……これからどうするかなあ」
「どうするって? 精霊を探すんじゃないの?」
そうなんだけど……。思いつく場所は全部探したんだよなあ。
「雪の精霊っていっても、寒くないわけじゃない。身体を構成しているのが魔力ってだけで、他は普通の生物なんだ。下手に動物とかでなく人間に近い身体をしているから、より寒い森の中にはいないはず」
魔力で編んだ服着てるしね。〈情報開示〉したところ、アレはそういう固有スキルを使ったものらしい。
「ああ、そういうことか。だから岩場ばかり探してたのね」
わからずに付いて来とったんかい。剣だの魔法だのの前に聞くべきことあるやんけ。
「となると…………」
「…………おおう……」
上を見上げた。つられてソフィアも上を向き、変な声を出す。
「あいつら空飛べるしな……」
「待って。登るの? 本気?」
あれ、随分嫌がるな。どうしたんだ?
「こんなの登っててワイバーンに遭遇したらどうするのよ」
「ワイバーン怖い?」
「こわっ……怖いというより、厄介よ」
まあ、そうだな。一〇〇レベルを超えたモンスターでありながら、群れで行動する。そして〈ブレス〉を連射する上に空を飛ぶ。
ドラゴンとどちらが強いというわけじゃないが、ドラゴンが群れになって襲ってきたと想像すれば、ソフィアが嫌がる理由もわかる。ましてや崖を登っているということは、まともに戦える状況じゃないってわけだ。
「ま、どうとでもなるさ」
「ち、ちょっとぉ……」
「気にすんなよ。いざとなれば俺が守ってやる」
「っ!」
一瞬、ソフィアは言葉に詰まったようだった。不思議に思って振り返ると、への字口でこちらを睨んできている。大きな猫目ですね。
「別にいいわよ! わたしはわたしで勝手に身を守るから」
「無理しなくていいぞー」
「無理なんかしてないっ」
言って、崖に向かって手を掛け始める。そして踏み外し、落ちて来た。そのまま雪に沈んでいく。ダメージはないだろうが、口に雪が入ったみたいだ。
「ぶえっ」
「ヘタクソめ」
「む、むぅーっ! じゃあ、お手本! お手本見せてよ!」
「……別にいいけど」
俺じゃ参考にならないと思うけどなあ。
ソフィアの手を取って助けようとすると、いらないと撥ね除けられた。別にいいけどね。
「まあ……じゃあせいぜい盗めるところは盗んでくれ」
言って、固まった雪を蹴る。
片腕と両脚のタイミングを合わせない。常に二箇所は崖に触れているようにする。そして勢いが大事だ。四本目がない以上、勢いを切らしたら一気に落ちる。
そこでステータスをフルに発揮だ。指で全身の体重を支え、片足で岸壁を蹴る。もう片方の足で身体のバランス調整。あとはその繰り返しだ。
「ほいっと。こんな感じだ」
「盗めるとこなんてないわよバカー!」
だろうな。技術はもちろんだが、俺の登り方は勢いあってこそ。そしてソフィアではこれだけの速度を作ることはできないだろう。
仕方ないので飛び降り、ソフィアの隣に着地する。
雪に沈み込まない俺を見て、彼女は目を丸くしていた。
「なんで……沈まないの?」
「おまえ、魔力制御もできないの?」
おかしいな。師匠たちは魔力制御を鍛えないと戦えないって言ってたぞ? 魔法を鍛えてくれた師匠だけでなく、剣を教えてくれた師匠も言っていたし、重要なはずなのに。
「バッ、バカにしないでよ! できるわよっ!」
顔真っ赤にして怒るなよ。
「んじゃ試しにやってみ」
「ふんっ」
ソフィアはこちらを睨み付けながら魔力制御を開始する。
魔力制御とはいっても、別に本当に制御してコントロールするわけじゃない。体内にある魔力より大気に満ちる魔力の方が多いので、体内の魔力を少し外に放出し、それを操ることで体外の魔力を思うように動かすのが魔力制御である。少し釣りに似てるかな。
「うん。全然駄目だな」
「なあっ!?」
腰に手を当てて眉を顰めながら言うと、衝撃を覚えたみたいだ。
なに? 今の「勇者」の育て方ってこんなにヌルいわけ?
「それだと魔力をただ垂れ流してるだけだろ。自分の魔力の流れで大気中の魔力が押し流されてる」
強い水流によって水が流されているのと同じだ。
やるべきは弱い水流で水に流れを作ってこちらに掻き回すことなのである。ソフィアのやり方は洞窟などの閉鎖環境なら良いかもしれないが、屋外では押し出した魔力がどっかへ行ってしまうので無駄だ。
「細い管を何本も作って束ねたイメージをしてみろ。体外に出した瞬間に束ねていたのを解放させて周囲の魔力をこちらに引き寄せるんだ」
「え、えと……こう!?」
「違う。ヘタクソだなおまえ。メイのがまだしっかりやるぞ?」
「メ、メイちゃんに負けた……」
仕方ないのでソフィアの手を取る。
「おまえのやり方だと、魔力はこう流れてあっち行っちゃうわけ。俺が言ってるのはこういう風にしろってこと」
ソフィアの手を彼女の身体から引き離すようにし、それは駄目だと言う。続いてある程度移動させると、大きく弧を描いて自分に戻るように教える。ブーメランの軌道だな。
「ぁ、なるほど……」
「あまり遠くまで掻き混ぜる感じにするなよ? 無駄に魔力を使うし、集まった魔力を制御するのも面倒になるからな」
「わかった」
今度はうまくいっているようだ。自分でも手応えを感じたのだろう。弾けたように俺を見てきたので頷いてやる。すごく嬉しそうに笑った。
「よし、よし……! じゃあ、次! なんで沈まなかったの?」
もうかよ。もっと練習しなくていいのか? ああ、でも、時間もないか。
「魔力制御の応用だよ。着地の瞬間に足下に魔力を集めて広くする。そうすることで衝撃を広く分散させるんだ」
さっき思いっきり沈んで苛ついたからな。ズボン濡れて冷たい。断じて漏らしたわけではない。冷た過ぎて漏らすかもとは思った。
「えと、えと……こうして、こうで……」
「ほう」
「え? どうかした?」
「いや、そのままでいい」
驚いたな。〈ハイパーラーニング〉に関係なく、修得が早い。単純に才能か。
思うに、ソフィアは道理を理解さえさせれば体得するのが早いのだろう。基本を覚えるのに時間はかかるが、そうすると一気に応用までできるようになる感じ。こりゃあソフィアをメインで教えてた修練場の教官たちは楽しかったんじゃなかろうか。
「これでいけそう?」
「ああ。そしたら――」
感じた魔力に振り返る。続いてソフィアも俺が見ていた方向へ顔を向けた。
そこには宙空に浮かぶ男が。折角ソフィアに色々教えるついでにセクハラしようと思っていたのに邪魔してくれやがって。ぶん殴るぞ。
「そうか。テメエがさっき、なんかのスキル使ったヤツだな」
「え、なに? なんでアイツ……空飛んでるの?」
宙空に浮かんでいた男は片手に精霊を二体掴んでいた。真一文字だった唇が弧を描き、俺に向けて開かれる。
「コレがオマエらは欲しいらしいな」
「……へえ」
頭に上がっていた血が一気に下がり、代わりに殺意が込み上げる。
精霊を掴んでいた手をこちらに向け、それから一気に握り潰した。精霊たちの断末魔が周囲に響く。
「そんな、酷い……」
「酷い……? コレが可哀想だとでもオマエは言う気か?」
男がソフィアを睨み付けた。敵意を叩き付けられ一瞬怯んだようだが、さすがは腐っても「勇者」。すぐに平静を取り戻す。
「殺す必要がないものを殺す意味がないって言ってるの」
「ハッ。お優しいことだ。じゃあ聞くが――」
男は首を左右に振ったかと思うと、笑みを濃くして訊ねてくる。
「――オマエ、仲間をオレが殺したとして、怒らないのか?」
「アンタ――」
「落ち着け。挑発だ」
ソフィアの右足を蹴って動きを止める。
「……蹴らなくても」
「悪いな。知らないかもしれないけど、俺、左腕ないんだ」
「知ってるわよ!」
まあ見ればわかるよなあ。
「殺せてないんだろ、どうせ」
「ほう。何故、そう判断できる?」
男の挑発に俺は乗らない。敵に流れを掴ませてたまるか。
「何故なら、俺はオマエの想像も遥かに及ばないくらい強い『勇者』だからだよ」
「ふん。話にならんな。まるで理屈が通らん」
実際のところはメイの奴隷印を戒めるスキルが消えていないからだ。
とはいえ、現状がどうなっているのかはわからない。死んでないってだけでしかないが、たぶんソフィアの仲間も生きてるだろう。瀕死という可能性はあるが……まあ平気だろう。
「そんで? なんで俺たちの前に姿を現したんだ?」
「……魔力の反応があったからな。精霊たちがいるのかと思っただけだ」
ん? やけに素直だな。もしかして……コイツ……。
「どういうこと? 精霊たちを憎んでるの!?」
「憎む? 憎む……どうして……いや、どうでもいい。ただ、精霊は殺しておかないとオレの気が済まない。それだけだ」
いやまあ、それが憎いってことなんだと思うよ?
ソフィアがうまい具合にヤツの気を紛らわしてくれた。その間に俺は義眼のスキルを発動させてヤツのレベルやステータスを視させてもらう。
「…………やっぱな」
だからペラペラ喋ってたわけね。ふうん……救いがねえな。
コイツはもう助からない。どう足掻いても、終わりだ。
なら、わざわざ俺の方から手を下すまでもないか。
「おい、ソフィア」
「え、なに……?」
「逃げるぞ」
「逃げ……なんでっ!?」
俺はともかく、おまえじゃ勝ち目がないからだよ。
「アイツ、どう見ても魔族でしょう!? 空飛んでるし、精霊を素手で殺すし!」
「…………は?」
え、ちょっと待て。おまえ…………マジで? 「勇者」ならそこらは知っとけよ。
「……駄目だ、逃がさない。もう、誰も逃がしはしないっ!」
「うーわ、ありゃあキレてますわ」
「ち、ちょっとっ!」
ソフィアの手を取り、森の中へ逃げ込む。
「逃がすかっ!」
敵の放った魔法が俺たちのいた場所へ降り注ぎ、爆発する。轟音と暴風。新雪が巻き上がり、粉雪のように散っていった。
俺とソフィアはヤツの魔法に当たらないよう蛇行しながら駆ける。幸い、ソフィアに教えた甲斐もあって魔力制御はできている。おかげで雪の上でも平らな地面のように走ることができた。
「なんでっ、逃げるのっ!」
「勝ち目がないからだ。さっきの魔法を見ただろ?」
直撃したら一撃で死ぬぞ、おまえ。
「っ、おいっ!」
俺の手を振り払い、ソフィアはその場に立ち止まった。
「……色々教えてくれたのには感謝してる。心配してくれるのも、ありがとう」
彼女の顔は笑顔だった。
決して満面の笑みではない。
しかし、笑顔ではあったのだ。
「けど、わたし、『勇者』だから、逃げられない」
「『勇者』とか関係ねえだろ。無駄に死んでどうする? 強くなってからまた戦いに来ればいいだけの話じゃねえか」
「ううん。それじゃ駄目な気がする」
ソフィアは俺に背を向け、魔法の音がする方……敵に臨んだ。
「きっと、ここで逃げたら次も逃げる。レベルが低いとか、色んな言い訳をして戦えなくなっちゃう。それじゃ駄目なの」
「……『勇者』だからか?」
「それもあるけど……きっと、それだけじゃない」
じゃあ、何がある。
自分より強い相手に戦うのは馬鹿のやることだ。
勝ち目がか細くても、あるならいい。けど、それもないのに戦うのは自殺志願者でしかない。
勝てない相手と戦う。そのために己を奮い立てるもの。それは決して勇気ではない。
「ロールが『勇者』だから勇者なんじゃない。それはきっと『英雄』も同じ。わたしはあの人に並びたい。それで、一人じゃないんだって伝えたいの」
「――――――」
呆然とする。まるで雷に打たれたような衝撃。
こいつは一体、何を……。
何で……?
「わたしはきっと、勇者になりたいんだ」
そう言って、ソフィアは駆け出した。
「………………バカやろうが。勝手に死にやがれ」
呟き、彼女に背を向ける。そして森に入ろうとし、気付いた。ソフィアがいないのであれば、俺は逃げる必要がないことに。
「……メイを拾いに行くか。そんであいつの仲間を探して危ないぞって教えてやって、それから……」
それから、どうする?
こいつらを見捨てて旅をするのか?
どう考えてもそれが正解だ。これまでの自分の判断を信じるなら、どう考えてもそれ以外に選択肢なんてない。
俺が一番大切なのは俺自身だ。死んだら意味がない。
それなのに、どうして――こんなに胸が苦しいのか。
「これか……これなのか、今回悪魔が返しやがったのは……」
こんなものなら一番最後に返してくれれば良かった。そうすれば俺は要らないものを削ぎ落とし、余分なことに悩まず、最短距離で「英雄」の欠片を拾い集めることができたのだ。
きっと契約解除で悪魔が返してきたのはおそらく「葛藤」。
これまでは悩むことはあっても、それはメリット・デメリットを計算していたりするくらいだった。どちらが俺にとって得なのか、損なのか。それで切り捨ててきた。
今回はどう考えても俺にとって損だ。
あの敵のレベルは一九九。精霊に歯向かっているのが不可解だが、このダンジョンが生んだ門番だと見ていいだろう。
ヤツを倒すのであれば、間違いなく俺は力を見せねばならない。足手まといがいるために、俺が一人で戦うわけだ。そうすると、俺が「英雄」だとバレる可能性がある。
それは駄目だ。それはいけない。「英雄」は「英雄」でいなくてはならないのだ。決して「欠落の勇者」なんてモノが「英雄」だとバレてはいけない。
なら、簡単だ。とてもシンプルな答え。あいつらを見捨てればいい。
なのに、これまでなら簡単にそれを選択できたはずなのに、今はできない。
「……クソ、クソッタレが…………ちくしょう」
熱くもないのに汗が流れる。噛み締めた奥歯が悲鳴を上げる。
心臓は早鐘を打ち、動いてないのに呼吸が乱れた。
『ヒヒヒ、迷ってる……迷ってるよ……』
『もっと、もーっと迷っちゃえ!』
耳に、何かの声。
そちらを向くと、白い雪の精霊がいた。
「そうか……そうだったな……」
ここは迷いの森。
道だけでなく、判断も――心も惑わす夢幻の森ということか。
「ああっ!」
一気に距離を詰め、片方の精霊を掴み、そのまま潰す。つい先程、敵がやっていたように。
『えっ? えっ!?』
一瞬にして片割れが死んでしまったからだろう。精霊は驚愕しているようだった。
「おい」
『ヒッ!?』
ゆっくりと精霊へ手を伸ばす。全身を震わせた精霊は身動きひとつ取れず、たっぷり数秒掛かった俺の手に容易く収まった。
「俺をおまえたちの住処まで案内するんだ」
『ええっ!? そんなこと――』
「死にたいのか? 別にそれならそれでいい。ああ、けど……おまえ一人じゃ可哀想だよな」
親指で顎を持ち上げ、そのまま首の骨が折れる限界まで動かす。
「連れ立っておまえの同胞全員皆殺しだな。この森……ダンジョンもまとめてすべて壊し尽くしてやるよ」
『そんなのできっこない…………わよネ?』
「できないと思ってんのか? 甘く見られたもんだな…………来い」
「御呼びですか、『欠落』様」
『えええっ!? あ、あく、あく……悪魔ぁ!?』
突如として現れた悪魔に、さすがに精霊はその存在を理解する。傍目には人間の女性にしか見えないのだが。
「ヤツは俺が殺す。その死体……いや、おまえが望むのは魂か? そいつをくれてやる」
「ほほう……これはこれは。『欠落』様からのプレゼントですか?」
「んなわけねえだろ。コイツに、俺が住処ごとこの森を消し飛ばせるってのが本当かどうか教えてやってくれ。十分支払えるだろう?」
「勿論で御座います。おつりがあるくらいですよ」
言って、悪魔はキシキシと嗤った。
「この御方の言っていることは本当ですよ? 『欠落の勇者』様ならその程度のことはいとも容易いでしょう。それこそ、一撃で可能かと思われます」
『そんな……そんな力、魔王くらいじゃ……』
「その魔王をも倒せる可能性を秘めているのが『勇者』ですから」
精霊はごくりと唾を飲み込み、信じられないモノを見る目で俺を見上げた。
「どうする? どちらでもいいぞ。ここで同胞と心中するか? それとも……」
『あ、案内する! 是非ともさせて下サイ!』
「そうか、それは助かる。ああ、俺がそれだけの力を持ってるってのは秘密だぞ? 適当に恐ろしい『勇者』って誤摩化しとけ。もしバラしたなら……」
「『欠落』様? なんなら、私の方で話せないよう呪いを掛けましょうか? その程度であれば支払いの範囲内で御座います」
『ちょっ、言わナイ! 言わないからア!』
「じゃあ呪いを頼んだ」
『嘘ぉ! 酷い! 言わないって言ってるのニィ!』
鼻で嗤う。
「信用できない。おまえら精霊はな。そうやっていくらでも人を騙して陥れて来たんだろう? そのツケを払うときが来たってことだ」
容赦しない。揺るがない。もうやると決めたのだ。そのための方法も考えた。
呪いを掛けるために近付いてきた悪魔が全身を震わせる。
「フフ、ウフフフ……。実に、実に素晴らしいですね、『欠落』様は。実は最近、悪魔の界隈は貴方様の御話で持ち切りなのですよ」
「なに?」
「魔王よりも魔王らしい『勇者』として、です」
「…………」
褒め言葉とは到底思えないなあ。悪魔的には褒め言葉なのだろうけれど。
「あくまでも、悪魔の褒め言葉で御座います。悪魔だけにね」
それ前も聞いた。いや、うまいなと今でも思うけど。
「じゃあ、呪いを頼む」
「畏まりました」
『ヤメテー! 離してー! もう二度とこんなことしないからー!』
知らん。絶望に沈め。精霊のような魔力で構成された存在が呪いを掛けられたら、同胞から蔑んだ顔で見られるだろうが、そんなこと知ったこっちゃない。
悪魔は役目を終え、消える。ヤツを殺した後にでもまた呼べばいいと言っていた。
「じゃあポーチの中にいろ」
「ウウ……汚されちゃったよぅ……シクシク」
うるさいので蓋をして聞こえないようにする。呼ばれたら出てくるように告げておく。今更従わないということもないだろう。
「さてさて……デキの悪い後輩『勇者』に教育の時間だな」
片手剣を抜き、肩に担ぐ。
まだ魔法による爆音が続いている。時折空へ向かって光属性の魔法も飛んでいる。ソフィアは無事なはずだ。
メイや「太陽」のメンバーも無事でいるはず。精霊に襲われていたらわからないが、まだ生きているなら問題ない。
「やるか」
呟き、駆け出した。




