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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」と迷いの森
19/129

2-5 幕間

短いです。

「あっ、はあっ、はあ、はあっ」


 駆ける。駆ける。駆ける!


 ルークは心臓が口から飛び出しそうなほどの勢いで走っていた。脇腹が痛いが、それ以上の恐怖が身を衝き動かす。

 背後には魔物。イノシシとカマキリを足して二で割ったような個体が非常に大きくなっている。

 ルークが木々を避けて走らなければならないのに対して、モンスターは木を障害として捉えておらず、へし折って最短距離で猛追してくる。


「寄る、な……っ!」


 まともに視界には捉えず、とにかく後方へ向けて攻撃系魔法を放つ。連続で放ったうちのどれかが命中したのか、モンスターの悲鳴が聞こえた。

 敵の足が止まったのを確認し、振り返る。


「〈降り注ぐ茨の咎〉!」


 三音節による上級スキル。放った魔力が茨のように変形し、敵の上空から降り注いだ。ダメージはそこまでではないが、その場に縫い止める追加効果を持つ。一人で森に入っているルークにとって最も心強いスキルだった。

 呼吸が荒いのは仕方ない。けれど、魔力を練り上げ、放つ瞬間だけは息を止めなければ。そのためにも集中力は切らしてはならない。


「〈久遠に響く槍〉!」


 次手に選んだのは貫通性質を持つ光属性の槍魔法。ただし、この魔法は対象周辺にある魔力に反応し、その数を増やす。モンスターはルークが事前に放った茨で縫い止められているため動けず、さらに槍魔法はその茨で本数を劇的に増やした。

 抵抗もできずに四方八方から槍魔法に突き刺され、モンスターは全身から出血。やがてその場に地響きを立てて倒れ臥した。


「はっ、はっ、はっ……」


 魔力はもう空だ。走ってきて生まれた熱も、汗が急速に冷えていくせいで逆効果になった。けれど、手足がびくびくと震えているのはそのせいばかりではないだろう。

 モンスターと戦う恐怖。

 モンスターを倒した達成感。

 そのふたつがないまぜになってルークの身体を震わせていた。


「……いや、こんな場所でとどまっているわけにもいかない」


 ルークは自身のスキルが発動するのを自覚していた。大気中の魔力を回収するパッシブスキル〈魔力回復〉だ。これによって、普段の倍以上の速度で魔力が回復していっている。賢者ロールであるルークは魔力を失えば、もう抵抗手段はない。よって、必須のスキルだった。


「時間が、時間がないんだ……」


 ルークは早い思春期を迎えた。

 二次成長期ということもあって背はぐんと伸び出したし、声も風邪を引いたときのようにいがらっぽくなった。血のせいか薄くはあるけれど、髭も生えてきた。

 成長しているのだと理解した。

 そして、そこから連鎖して気付いたときの恐怖は筆舌し難い。


 今はメアリーも子供だ。だから自分たちの言うことを素直に聞いている。

 でも、成長したらどうなる?

 色んな可能性が浮かんで消える。

 その中でルークが一番見たくないのは、メアリーが自殺する未来だった。


 いつか彼女を救う予定だった。

 でも、いつかじゃ駄目なのだ。

 もっと早く、もっともっと早く、どうにかしないといけない。


 さらに魔法の勉強に集中するようになって、一年が経過した。賢者ロールの彼が散々打ち込んで何年だろうか。動物やモンスターを倒したりはしていないが、魔法の勉強とその実践による訓練は欠かしていない。おかげでレベルも多少は高くなった。少なくとも、子供だと言われることは減ってきた。


 無理すんなよ、と幼馴染のリードは言ってくれた。彼も成長して精神的に大人になろうとしていたため、以前のような素振りはなくなっていた。周りはその限りでもないのだが、そこは個人差があるのだろう。

 茶色い短髪に少し細い目と、そばかす。それは昔から変わらない。ルークがリードと、メアリーと遊んでいた頃のままだ。そしてそのままの目で、リードはルークを心配してくれていた。

 問題ないよと彼には告げた。

 そう、問題などないのだ。

 自分ならできる。そう信じていたから。


「この森に……あるはずなんだ。運が良かった……」


 メアリーの呪いに効くかはわからない。しかし、ある程度幅広い呪いを解呪する薬草があることを偶然ルークは知った。魔王が各街に配ったあのゲームで、国で準優勝したときにもらった景品の錬金術の書に記されていた。

 著者は驚くことに「叡智の魔王」その人。彼女は優秀な錬金術師でもあったため、その内容の詳細さときたら。ルークは手に入れてからしばらく、寝る間もないくらいだった。


 その薬草は雪深い森に生えるという。また強い魔力を浴びていないと解呪の成分を帯びないらしい。黄色い花弁に白い筋の走った可愛らしい花だ。

 ルークの生まれ育った街のすぐそばに森がある。この地方は年中とまではいかないが、冬は雪が積もりに積もる豪雪地帯だ。

 その森には雪の精霊が住むと聞いたことがある。


 本当に、幸運に幸運が重なった結果だった。メアリーを無理に連れて旅に出なくても、なんとかなる。自分の力不足でメアリーの命を失わせることはできない。だからこそ、相当な力を手にしなくてはと思っていたのだ。

 でも、この距離なら。

 そこまでの力を目指して訓練し続けてきた、今のレベルなら。


「こっちだ……」


 森の奥へ進むうちに、何故か直感があった。根拠は何もない。でも、こっちだと直感できた。

 それを裏付けるように、白い雪の結晶のようなものが宙に浮かんでいることに気付いた。それは滞空し、ときに空へ舞っている。

 アレだ。アレが雪の精霊だ。


「あの、もしも――」


 会話が通じるのかわからないが、それでも敵対的行動は取らない方がいいだろうと判断する。ルークはそう思って話し掛けるのだが、精霊たちは既にこちらに気付いていたようで、彼を見て笑っていた。

 精霊たちは無邪気で美しく、可憐だった。

 幻想的な光景に惚けていたルークだったが、精霊たちの手招きを見て森の奥へ進むことを決めた。


「……行こう」


 若干拍子抜けしたものの、ルークはゴールに近付いている確信があった。

 魔王のゲームの大会で準優勝し、錬金術の書を手に入れた。そして解呪の手がかりを見付けた。それは自分の家のそばにある森だ。遭遇したモンスターだって倒した。

 すべてがうまく行っている。歯車が噛み合ったかのようだ。

 だから、きっともうすぐ手に入る。


 そうしたら魔法薬を作って、メアリーの呪いを解くのだ。その後はどうしよう。家にいても仕方ない。でも、メアリーが望むのならそれだっていいだろう。

 ああ、リードにも悪いことをした。他の人たちにもキツく当たってきた。後悔しているし、反省している。謝れば許してもらえるだろうか? いや、許してもらえるまで謝ろう。そして友達になって、それからそれから――


 そんなことを考えていると、森を抜けた。目の前には岸壁だ。

 どういうことだろうかと精霊を見回すと、彼女たちは少し高いところにいた。


「っっ!!」


 見付けた。

 精霊たちの指差す先に、ルークの求めていた薬草があったのだ。

 たしかに高い位置にあるかもしれないが、急というほどの斜面じゃない。なんとか登れる高さだ。幼い頃はメアリーを背負って木に登ったことだってある。自信ならあった。


「く、そ……このっ」


 滑り落ち、登り、滑り落ちる。

 少しずつコツを掴み、ようやく手が届く距離になってきた。あと少し。懸命に手を伸ばす。


「――っへ?」


 目の前に二体の精霊が現れ、凶悪な形相の笑みを浮かべる。

 彼女たちはルークの額に蹴りを叩き込んだ。片手を離していたからか、身体を支えることができず、そのままルークは下まで落ちてしまった。幸い、雪が積もっていたおかげでダメージはほとんどない。

 だが、そんなのはどうでもいい。あと少しだったのだ。邪魔さえなければ。


「おまえら……っ!!」


 許さない。絶対に許さない。

 ここまで案内してくれたのには感謝している。だが、絶対に許さない。

 殺してやると魔力を収束させようとし、精霊が何かしているのに気付いた。


「おい……おい、おいいいいいっ! やめろ! やめろよっ!!」


 片方の精霊が腹を押さえながらケタケタ嗤う。もう片方の精霊もケタケタ嗤いながら、指を弾いた。

 瞬間、轟音。そして浮遊感。


「――――――」


 如何なる魔法なのか、ルークにはさっぱりわからない。

 ただ、ひとつだけ判明したこと。


「なんだ、それ……」


 目の前の岩が凄まじい高さまで伸びた。いや、違う。

 自分の高さが低くなっているのだ。

 足下の雪も少なくなっている。


「そんな……そんな、そんなそんなそんなああああああっ」


 この森は雪深い森だ。

 雪が深過ぎる森なのだ。

 雪が積もり、冷気で固まり、氷となる。そのうえに翌年雪が振り、またその繰り返し。

 いわば地層のようにして雪が積み重なっていた。その上にルークは立っていた。

 それをあの精霊たちは一気に消したのだ。もはや雲の上のような高さに花が行ってしまったように思える。


「ぃ、いや……そんな、こと、ない。そんなはず、ないんだ……」


 頭を振り、馬鹿な考えを消す。そこまでの魔法なんて聞いたこともない。

 また崖に手を伸ばす。今度は垂直に近い崖だ。でも、登らないなんて選択肢はルークになかった。


 登る。落ちる。登る。落ちる。


 手の皮などとうにズル剥けた。血と土で手はぐちゃぐちゃな色だ。爪の間に泥が入ることもない。爪などとうに剥がれてしまっていたのだから。


 登り、落ちる。登り、落ちる。


 少しずつ、登る技術も上達していく。

 けれど、高く登れば登るだけ、落ちたときの衝撃も強くなる。今度はクッション代わりになっていた雪もない。

 まるで自分から死に向かっているかのよう。ゴールに近付いているようで遠ざかっているような感覚。あるいは錯覚。


 精霊がケタケタと嗤う。

 精霊がケタケタと嗤う。

 精霊がクスクスと嗤う。

 精霊が鼻で嗤う。


 精霊が――嗤うのを止めた。


『もう十分愉しんだし、いいよ。おやすみー』

『また愉しませてねー。あ、無理か。死んじゃうもんね』


 キャハハハハと精霊が嗤う。

 そして氷の刃が、槍が、茨が、光が――


「メア……リー」


 ルークは自分がそう呟いたことすら気付けなかった。

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